竹島

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資料考証「地図区域一覧図」

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/04/12 22:12 投稿番号: [12724 / 18519]
参考サイト
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/suirosi.html

(引用開始)
軍部の一連の書類について
  > 日本陸軍参謀本部、陸地測量部が1936に作製した『地圖區域一覽圖』にも
竹島が朝鮮領として描かれている。

これらの区画は、軍部が区画したものですね。
軍は、我が国の国境を云々する権限をもちませんから、
軍が如何なる地域の区画を用いたとしても、それは行政上の区画に何ら影響を及ぼしません。

なぜならば、当時、我が国の行政区画を決定する権限を持つものは内務省でした。
一方で、軍(特に統帥部)は、内閣の外にあって、独立して軍隊を統帥していたわけです。
その統帥の都合のよいように領土を区画するのは当然のことであり、「行政上の区画」と「統帥上の区画」が異なったとしても、「統帥上の区画」を根拠として、「行政上の区画」が定まるなどとは、まさに本末転倒の論議です。


陸軍測地測量部が作成した
「地図区域一覧図」について、「竹島」が朝鮮地域に含まれて描かれている。

このような地図は、
軍隊の運用のためその管区を定め、部隊を運用する為の地図であり、
基本的には管区や運用を行政境界と一致させるとしても、運用上の便宜から例外が出ることは不思議ではない。


結論として、竹島が軍の地図区分において
朝鮮管区(軍令上の区画)に加えられたとしても、
あくまでも行政区画上、島根県に属していた事実は変わりない。
(引用終わり)

  参考サイトの記述は、完全に事実と反する。
  当時の日本陸軍参謀本部陸地測量部は内務省地理局を統合した、日本で唯一の測量地図発行機関であり、行政上の区画と無関係とするのは全くの出鱈目である。
  戦後、陸軍の解体に伴って陸地測量部は内務省に移管され、現在の国土地理院の前身となっていることは周知の事実である。
  従って、戦後の行政区画は陸地測量部の地図区画と密接な関係があり、単なる軍管区と決めつけることは出来ない。
  内地については、軍部が勝手に区画したものではなく、統合された内務省地理局の行政区画を引き継いだものと考えられる。

  現在に至るまで戦前の公的な地図に竹島を島根県管轄とした地図が一枚も発掘されていないことや、戦後永らく国土地理院から竹島の測量地図が発行されなかったことも、このことと無縁ではない。
  戦中に測量地図が戦略物資として取り扱われたため、民間への発行が制限されたこともあるが、公的な島根県管轄図にも竹島が記載されなかった原因は、日本で唯一の公的地図発行機関であった陸地測量部が、竹島を島根県管轄としていなかったからに他ならない。
  また、国土地理院から竹島の測量地図が発行されなかったのも、陸地測量部の内地地図しか引き継がなかったことが原因であろう。
  つまり、竹島の測量地図は外地の地図として、総督府から韓国占領米軍へ、また韓国政府へ引き継がれたと考えるのが妥当である。
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