「竹島考證」に・・・
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 16:13 投稿番号: [16981 / 18519]
外一島関連ではもうひとつ興味深い記述があります。
北澤正誠の「竹島考證」の武藤平学の松島開拓建議について述べている箇所にはこのようにあります。
此より先数年陸奥の士族武藤平学なる者あり露領浦潮港に航し路松島なるものあるを望み九年七月東京於外務省之を開拓せんを建議す
於是松島竹島一島にあらずニ島たるの説初めて出つ
竹島考證 下
14
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/2a343tan1649-1881/注目すべきは「於是(ここにおいて)松島竹島一島にあらずニ島たるの説初めて出つ」の部分です。
武藤平学の松島開拓建議によって初めて松島竹島が二島つまり別々の島であるという説が出てきたと言っているわけですから、武藤平学の松島開拓建議より前の段階では松島竹島一島なり、つまり松島も竹島も同じ鬱陵島であるという説で外務省の認識は一致していたと「竹島考證」の著者である北澤正誠が考えていたと解釈することができます。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/16981.html