竹島

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「竹嶼」が鬱島郡管轄下獨島の証拠

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/04/12 21:14 投稿番号: [12722 / 18519]
  日本統治時代になり獨島を「竹島」と表記するようになり、鬱島郡管下に勅令の竹島と石島(日本名「竹島」)が重複する不具合が発生するため、勅令の竹島を「竹嶼」と表記して区別するようになった。

おめでたいやつだ

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2006/04/12 21:02 投稿番号: [12721 / 18519]
>また、総督府が発行した学校教育用の地図にも、鬱陵島と竹島との間には、何ら境界を表す表示はありませんでした。
  総督府も竹島は朝鮮の管轄と教育していた可能性がある。

当時の日本領を日本が、どう扱おうが、関係ないわ!下らんこと書き込んでんじゃねえ!

石島=観音島は無理筋

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/04/12 20:53 投稿番号: [12720 / 18519]
>AHO師匠も石島=観音島を無理筋といいますが,何故無理筋なのかは説明してくれません
でした.

  何故無理筋なのか、勅令の石島との関連性について合理的な説明がないからだね。
  統監府統治時代、総督府統治時代の観音島は「鼠項島」と表記された。
  勅令に謳われたもう一つの島である竹島は、鬱島郡管下の獨島を日本名の竹島と表記したため、韓国が独立するまでの期間中は、「竹嶼」と表記することにより混同しない処置が執られた。
  だが、石島が「鼠項島」と表記されるようになった証拠は一切提示されておらず、また合理的な説明も全く為されていない。

  従って、無理筋と判断させて貰っています。

>よく,発音が似ていて,音に漢字をあてた可能性というのがありますが,

  違うね。
  石島と獨島の発音は全く同じだった、とするのが正しい。
  1910年以降韓国語の標準化が着手されるが、それ以前は南部朝鮮語の標準的な発音で全く同一の発音が為される表記であった。
  可能性ではなく事実です。

>1904年の「韓人の言うところの独島」

  韓人は獨島と書くと報告された。

>あと,1910年の併合までの4年間に鬱陵島郡守は独島についてなんらかの調査なり
報告をしたことがあるのでしょうか.

  正確には「鬱島郡守」(1900年の郡制施行による正式名称)。
  それはさておき、地方の出先機関よりも統監府がどう動いたのかが重要。

  韓国政府(統監府統治下)の発刊した『韓国水産誌』に日本名「竹島」が韓国所属島嶼として記載された事実があり、これについて日本政府からの抗議は全くなかった。中央政府を監督下に置いていた統監府が、何事もなかったかのように引き続き韓国領として取り扱った証拠。このような中央政府の認識が明らかであれば、「鬱島郡守」の行動は(それはそれとして興味深いが)大きな問題ではありませんね。
  日本政府も、結果として、統監府(日本の政府機関でもある)の認識を黙認したことになりますね。

  また、総督府が発行した学校教育用の地図にも、鬱陵島と竹島との間には、何ら境界を表す表示はありませんでした。
  総督府も竹島は朝鮮の管轄と教育していた可能性がある。

Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/04/12 20:08 投稿番号: [12719 / 18519]
>>当時日本は、韓国の首都漢城を軍事的に掌握しており、仮に通告したとしても、それに韓国側が異議を申し立てることができるような状況ではなく、韓国政府のことなど頭から無視していたからのことといってよい。

>だからこそ、韓国領を奪う必要はないんです。
韓国領でもへっちゃらで使えたんだから、韓国領ならかえって楽です。

  内藤教授の御指摘は、要約すると「韓国の領有権に抗議するのならば、日本が如何なる原因で領有権を取得したのか明らかにせよ」と云うことですね。
  愚生に云わせれば当然すぎるほど当然の御指摘で、下條一派が喧しく騒ぎ立てている国際司法裁判所への提訴云々を主張するのならば、先ずその訴因を明白にせよと云うことになるでしょう。
  訴因も定まらないのに提訴もへちまもないわけですから。

  ですから韓国云々以前に、日本が1905年の無主地先占を主張するのか、或いは、それ以外の原因を主張するのか、それが全く見えていないのに、仮定の議論を延々と続ける意味があるのかと云うことにもなるでしょうね。

Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/04/11 09:41 投稿番号: [12718 / 18519]
>当時日本は、韓国の首都漢城を軍事的に掌握しており、仮に通告したとしても、それに韓国側が異議を申し立てることができるような状況ではなく、韓国政府のことなど頭から無視していたからのことといってよい。

だからこそ、韓国領を奪う必要はないんです。
韓国領でもへっちゃらで使えたんだから、韓国領ならかえって楽です。

竹島が焦点になっている今から見るから肥大化させちゃうんですよ。
日本がわざわざ領有したと言うことは、すくなくとも厳然たる韓国領では無いという認識があったことをしめすでしょう。

日本の使用が先占とはいえないかもしれません、しかし、韓国側にはなんの使用管理調査実態がないです。

成長せぬ奴

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/04/10 22:35 投稿番号: [12717 / 18519]
>(つづく)

まるで   あしたのジョー   だな。

ポイ

Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/04/09 23:13 投稿番号: [12716 / 18519]
いちおう書いておくが、

>これは堀和生論文でも同様。あくまで「朝鮮人が竹島をよく認知していたこと(堀論文[1905年日本の竹島領土編入], p.112)」は好意的な解釈に過ぎない。

と書いたのは、例えば、大韓帝国学部編「大韓輿地図」(1899年)について「19世紀末、于山島への認識はより正確になった。(中略)古地図としては鬱陵島と于山島がほぼ正しい位置関係に描がかれている(p.101)」といったようなところに、「好意的」な姿勢を覚えるのである。

普通に見れば、朝鮮の地図を論じるところで、この地図をもって朝鮮側の「ほぼ正しい位置関係」を断言すべきではない。竹嶼という島が存在する曖昧さを含む中でこうした決め付けは学者としては資料への取り組みが甘いのではないか。

日本側であれ韓国側であれ「好意的」な解釈はやめてほしいものである。学術論文なのだから。

Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/04/09 22:57 投稿番号: [12715 / 18519]
>このため韓国側が、日本によるリヤンコ島の領土編入について知ったのは、一九〇六年(明治三十九)三月になってからで、それも偶然の機会からである。…(中略)…このことは、韓国ではリヤンコ島を欝島郡に属させて独島と公称していることを、中央政府も地方の道庁、郡庁でも明確に認識していたことを明らかにしている。

独島という存在がいかなる過程で韓国領土として意識されたかは一度考えてみる必要はありそうだ。かりにこの時点でそうした意識があったとして(私は公式的にそれがあったとは思わないが)、かといって勅令の石島=独島ともならないということ。

これは堀和生論文でも同様。あくまで「朝鮮人が竹島をよく認知していたこと(堀論文[1905年日本の竹島領土編入], p.112)」は好意的な解釈に過ぎない。

1904年に竹島について韓人が「独島ト書シ」としていること(軍艦新高)もそれに関連する。もしもこの時期、朝鮮人が独島と書いており、しかも「公称」としてそれが認められていたのであれば勅令にも「独島」と書いたはずであり、またそれに関する言及の裏づけは数々出てくるはずである。

しかし何も出てこない。あるいは「于山島」としての資料もいくらでもあってもよさそうなものである。これまた何もない。

19世紀末から1906年あたりまでの朝鮮側の考え方について一度整理してみる必要があるように思う。「このことは、韓国ではリヤンコ島を欝島郡に属させて独島と公称していることを、中央政府も地方の道庁、郡庁でも明確に認識していたことを明らかにしている」というのはあるいは1906年時点に限ってはあてはまっても、それ以前に資料的にさかのぼることはなかなか難しいのである。

それはともかく、こうした議論があることは日本にとって幸いであると思う。日本はまだまだ大丈夫である。こうしたしっかりとした議論が多くなされればいい。そうした中から妥当な理解が導き出せればと思う。

韓国の論文をいくつか読んだが、正直なところ、その議論の深みのなさに落胆することが多かった。呆れてしまう誤りや論調も決して少なくなかった。日本はしっかりしていると思う。

歴史は歴史で究明し、あとは国際法に任せればいいのである。韓国は嫌だろうけど。

「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/04/09 20:48 投稿番号: [12714 / 18519]
  こうして中井の「りやんこ島領土編入並二貸下願」は、内務・外務・農商務の三大臣に宛て提出されることになった。なお「占領ノ事実」とされたのは、中井がリヤンコ島に小屋を建てて漁猟をしたことをいっている。報告書は「中井の漁業会社が同島に小屋を構えていること」と記しているが、閣議決定文では「明治三十六年以来中井養三郎ナル者該島二移住シ漁業二従事セルコトハ関係書類二依り明ナル所」となっている。
  いうところの関係書類の一つである申請書では、「明治三十六年ニ至り断然意ヲ決シテ資本ヲ投シ漁舎ヲ構エ人夫ヲ移シ猟具ヲ備へテ先ツ海驢猟ニ着手致シ候」とあり、また附属説明書のなかでは「三十六年五月余ハ爰ニ海驢猟ヲ企テ人夫ヲ移シ漁舎ヲ構エタリ」と記し、住居ではなく「漁舎」を構えたといっている。そしてこの漁合の利用状況については、一九〇四年(明治三十七)十一月に軍艦対馬が、「此島ヲ審査セシ際ハ、東島ニ漁夫用ノ菰葺小屋アリシト云フ」「此島ハ島上ニ小屋ヲ構へ毎回約十日間仮居ス」との報告がある。
  したがって、閣議決定書にある「該島ニ移住シ」というものは、漁舎を利用した年間十日ばかりの仮居にすぎないのであるから、これを「該島ニ移住」したとはいえないし、「占領の事実」とみることができるかどうかは疑問であることは明らかである。なお、小屋を構えたのは中井個人であり、報告書でいっている中井の漁業会社ではない。中井が会社をつくったのは、編入後の一九〇五年(明治三十八)六月であり、免許を取得した四名が共同して竹島漁猟合資会社を設立、中井はその代表役員となる。
  さらに、領土編入にあたっての問題として、諸外国への通告をしなかったなどの公示方法がある。
  日本政府は、一九〇五年(明治三十八)一月二十八日の閣議で領土編入を決定した後、二月二十二日に島根県に指示して管内に公示させた。島根県告示第40号である。また地元の『山陰新聞』は、二月二十四日付でそのことを報じている。
  しかし日本政府は、この決定を官報に記載して広く内外に公示する措置はとらなかった。このことについて外務省のホームページは、「外国政府に通告することは国際法上の義務ではない」とわざわざコメントしているが、政府部内にすら韓国領ではないかという疑念があったものを、韓国政府に照会することも、通告することさえしなかったことを、「国際法の義務ではない」といってすませることができるだろうか。
  当時日本は、韓国の首都漢城を軍事的に掌握しており、仮に通告したとしても、それに韓国側が異議を申し立てることができるような状況ではなく、韓国政府のことなど頭から無視していたからのことといってよい。
  このため韓国側が、日本によるリヤンコ島の領土編入について知ったのは、一九〇六年(明治三十九)   三月になってからで、それも偶然の機会からである。それは、三月二十八日に竹島を視察した帰途、風波を避けて鬱陸島に寄港した島根県の神西由太郎第三部長一行が、郡守沈興澤を訪問した時に、リヤンコ島の領土編入を告げたことからである。それを聞いた郡守は、日本の官人一行が来庁して「本郡所属の独島」が日本の領地になったと聞かされて驚いていると、江原道観察使に宛て翌日すぐに報告している。さらに江原道からの報告書にもとづいて中央政府の首相である議政府参政大臣の指令もまた、独島が日本領土になったということは全く根拠のないことと記している。このことは、韓国ではリヤンコ島を欝島郡に属させて独島と公称していることを、中央政府も地方の道庁、郡庁でも明確に認識していたことを明らかにしている。
  以上のことなどから、リヤンコ島の日本領土編入については、「暴力及び強欲により略取した」(カイロ宣言)領地にならないかどうかについて、十二分に検討してみる必要がある課題といえる。
(つづく)

「島根県竹島報告書」に異議あり4

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/04/09 20:46 投稿番号: [12713 / 18519]
  その竹島の命名も、内務省から島根県へ、それから島根県から隠岐島司に依頼した結果であるが、名づけ親の隠岐島司は、竹島・松島にかかる過去の歴史を完全に無視して、海図が鬱陸島を松島と記しており、竹島といっているのは「誤称」であるとして、新島は松島に対する竹島とするがよいと回答した。これに対して隠岐島庁でも島根県庁でも、誰一人として異論を申し出る者もなく決まったというのは、この当時、地元の隠岐の人にさえ、リヤンコ島についての認識がなかったことを表明するエピソードであり、固有領土というには余りにもかけ離れた話である。
  そしてもっとも重要なことは、中井としては、リヤンコ島を韓国領であるとばかりに信じて、韓国政府に貸下請願するつもりで上京したということである。中井だけではなく、この当時、海軍水路部も鬱陸島とリヤンコ島は韓国領であると認識して、『朝鮮水路誌』に記載して、『日本水路誌』には記していなかった。申請書を提出した内務省地方局でも、「韓国領地ノ疑アル莫荒タル一箇不毛ノ岩礁ヲ収メテ、環視ノ諸外国二我ガ国ガ韓国併呑ノ野心アルコトノ疑ヲ大ナラシムル」といって、中井の申請を却下したのである。
  そうした疑問を無視して、敢えて中井に申請書を提出させ、強引に領土編入にまでもちこんだ背景こそ明らかにされなければならないはずである。それは言及しないですまされる問題ではない。
  いうまでもなく、申請した当時は日露戦争のさなかである。日本海は、ロシアのウラジオ艦隊やパルチック艦隊との海戦が想定されていた海域であり、リヤンコ島がもつ軍略上での役割は注目されていた。
  だからこそ、中井の申請を好機と考えた海軍省の肝付兼行水路部長は、リヤンコ島の所属については確乎とした証拠があるわけではないが、リヤンコ島は日本の方が朝鮮よりも近いのであるからといって、これを全く無所属の島であると断定した。中井は、「肝付将軍断定二頼リテ本島ノ全ク無所属ナルコトヲ確カメタリ」と記している。さらに肝付水路部長は、中井が前年からリヤンコ島でアシカ漁をはじめたことをもって、リヤンコ島に   「移住」して、「同島経営に従事セルモノアル以上ハ」として、「無主地先占」の理論を使って領土に編入することを提案した。
  外務省の山座円次郎政務局長からも、「時局ナレバコソ領土編入ハ急務トスルナリ」とけしかけられ、外交上では何ら問題はなく、韓国領ではないかと疑われている島を領有化することは、諸外国に日本は韓国を併呑する野心があるのではないかという疑念をもたせることになるのではないかとする内務省の心配は無用であるという発言をもらっている。この時山座局長は、リヤンコ島に望楼を設けて海底電線で結べば「敵艦監視上極メテ屈竟ナラズヤ」とまで述べているのである。すでに鬱陵島には2か所の望楼が建設され、韓国本土の日本海軍淀泊地の竹辺洞との間の海底電信線も、九月二十五日には完成したところである。その直後の九月二十九日に中井の申請が出されたのであるから、軍部が色めきたったのも当然といえる。日本海軍は、鬱陸島での望楼建設工事に関連して、リヤンコ島の軍事的利用の調査をしており、その利用価値に注目していた(堀和生『朝鮮史研究会論文集』第24号)。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/hori1987.pdf
  中井を海軍の肝付水路部長に紹介したのは、農商務省の牧朴眞水産局長であった。牧局長に会うことができたのは、水産局に隠岐出身の藤田勘太郎がいたからである。藤田とともに牧局長に面会した中井は、リヤンコ島でのアシカ漁の話をしたところ、牧はリヤンコ島は必ずしも韓国領ではないのではないかと疑念を述べて、海軍水路部でリヤンコ島の所属を確認させたのである。前述したように、リヤンコ島は『日本水路誌』にはなく、『朝鮮水路誌』に掲載してあるとの報告を受けたはずであるが、肝付水路部長は全く無所属の島であると断定した。
  牧水産局長は、一八九八年(明治三十一)以来、その職に在り、遠洋漁業の奨励に尽力し、一九〇二年(明治三十五)には朝鮮水産組合を設立するなどして、日本漁民の朝鮮海出漁を積極的に推進してきていた。中井の申請書を見て、「本島(リヤンコ島)ハ本邦ヨリ隠岐列島及ビ鬱陸島ヲ経テ、朝鮮江原咸鏡地方二往復スル船舶ノ航路二当レリ、……今日駿々乎トシテ盛運二向ヒツツアル処ノ本邦江原咸鏡地方二対スル漁業貿易ヲ稗益スル所少カラズシテ、本島経営ノ前途最モ必要二被存候……」と朝鮮東海岸への進出を考えていること、まさに我が意を得たりと思ったに相違なく、中井の行動を応援する背景になったといえる。
(つづく)

「島根県竹島報告書」に異議あり3

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/04/09 20:22 投稿番号: [12712 / 18519]
  また、幕府に渡海禁止を決断させたのは、対馬藩からの申し出もあったが、決定的であったのは幕府の質問に対する鳥取藩の一六九五年(元禄八)十二月の回答である。
  幕府は「因州伯州え付候竹島は、いつの此より両国附属候哉」と質問している。これでみると幕府は竹島を因伯附属の鳥取藩領とばかり思っていたことがわかる。しかし鳥取藩は「竹島は因幡伯耆附属にては無御座候」と回答した。また、「竹島の外両国へ附属の島有之候哉」という質問に対しては、「竹島松島其外両国え附属の島無御座候事」と答え、松島を竹島の附属としてワンセットでとらえ、それ以外の島はないといっている。
  このことについて報告書では、「同藩に属さないと考えられていたにしても、日本領との認識がなかったとはいえず、まして朝鮮領とする証明にはならない」と記す。前述の鳥取藩の回答書が、竹島松島が因伯附属ではないといった背後に、日本領であるにもかかわらずという鳥取藩の認識を見出すことはできないというべきであろう。ここでは朝鮮領かどうかは問題外のことである。
  竹島とともに松島についても、ワンセットのかたちで併せて因幡伯耆に附属する領地でないと回答したことは、日本のものではないということであり、そのため竹島一件の結果として、朝鮮領であると確認されることになるのであった。

二.近世から近代へ

  外務省のホームページもそうであるが、一年前に島根県がつくった「竹島年表」も、一八七七年(明治十)の太政官で決定された「竹島外一島本邦関係無之」という重大な事項を欠落させていた。このことは、自分に都合の悪いことは隠しているといって、かねてより批判されていた問題であった。しかし今回の報告書では掲載された。
  前述した一六九五年の鳥取藩から幕府への回答、そして一八七七年の太政官決定は、ともに竹島と松島を日本領ではないとしたことから、日本政府そして島根県が主張している竹島の日本固有領土論を否定したことになる。
  それにもかかわらず、一九〇五年(明治三十八)のリヤンコ島日本領土編入は、閣議で「竹島を領有する意思の再確認」を決定したのだという。それならば、いつ、誰が、何をもって、当初の日本領としての確認をしたのかが問われることになる。領有意思の再確認説をとる研究会として明らかにすべき問題である。
  鳥取県出身で隠岐の西郷町に居住していた中井養三郎が、一九〇四年(明治三十七)九月二十九日に「りやんこ島領土編入並二貸下願」の申請書を提出してから、翌一九〇五年一月二十八日に閣議で決定するまでには多くの問題がある。それらについてキチンと説明して県民を納得させるべきだと思うものであるが、報告書はそれをしないで、領土編入の五年前の一九〇〇年十月二十五日に公布された大韓帝国勅令第41号を中心にした記述をする。
  韓国の勅令が関係するなどは、県民は誰も知らない。何しろ報告書があげている竹島関係書籍の奥原碧雲『竹島及鬱陵鳥』も、田村清三郎『島根県竹島の新研究』にしても、両書ともに何らの言及もしていないのであるから、竹島の問題とどのように関係をもつのかなどわからないのである。だから勅令にある石島が独島ではないかという説明など、如何にも唐突といわなければならないのである。   竹島の領土編入は、第一に、他国が占領したと認められる形跡がないことを確認し、第二に、中井の会社が同島に小屋を構えていたことから、「占領の事実」があるとして、「無主地先占」の国際法の理論でもって、合法的に行ったという。だがしかし、無主地というのであれば、政府がいう固有領土論とは矛盾する。固有領土というものは、昔からずっと日本の領地であったとするものであるから、無主の地ではなかったことになる。しかも固有領土というのであれば、松島という江戸期以来使っていた島名を捨てて、フランスの捕鯨船が命名したリヤンコ島の呼称で領土申請したのもおかしい。報告書は「竹島領土編入」といっているが、編入した時はリヤンコ島と呼ばれていたリアンクール岩であり、編入した後に竹島と命名したのである。
(つづく)

Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/04/09 20:21 投稿番号: [12711 / 18519]
  幕府が出した奉書に署名している四名のうち、二名は老中ではないのであるから、一六一八年という説は成立しない。四名全員が老中になるのは一六二二年であるから、その年以降でなければならない。一六二五年というのは池内敏氏の説である(『鳥取地域史研究』第1号、一九九九年)。竹島渡海免許の奉書には五月十六日とあるだけで年号は記していない。
  しかし大谷家によって「元和四年(一六一八)」と伝承され、文書のなかにも記されていることから、広く流布され通説になったものと思われる。一六一八年にこだわるのであるなら、いつからそうなったかを明らかにする必要がある。
  一六六一年の「竹島拝領」は完全に否定したのか、本文年表ともに出てこない。ここでの竹島とは現竹島のことで、当時は松島である。私はこのことについて、前掲論文では、ことのはじまりは、外務省の川上健三の推定によるもので、大谷家文書から松島渡海の例をいくつかあげて「寛文元年(一六六一)の松島渡海というのは、大谷、村川両家が幕府の正式承認の下に同島におもむくようになった年を意味しているようにも考えられる」と述べたことによる。しかしそれは川上も認めているように、「幕府の内意を得て」というものであり、正式承認などではなかったのである。
  以上のように、報告書の限りでいえば、幕府の渡海許可をもらって、米子町人の大谷、村川両家が鬱陵島に渡海して漁をしたというだけの話で、それでもって日本固有領土の例証とするわけにはゆかないであろう。しかも渡海に幕府の許可があったとしても、七十年後に起る竹島一件の結果として、竹島すなわち鬱陵島は朝鮮領であることが確認され、日本人の渡海が禁止される島になるのである。当然に、米子町人の竹島渡海でもって、竹島、松島を日本固有の領土とする認識は否定されるのであった。

  ところで、報告書の「古代から近世へ」の中心は安龍幅になっている。近世江戸期の日朝関係史は、安龍幅をキーワードにして展開されたといわんばかりである。
  たしかに、韓国側にとっては、安龍福は干山島(独島)を初めて確認した人物として重要であるかもしれないが、日本側にしてみれば、一六九六年(元禄九)の竹島渡海禁止後に鳥取藩に来日してきた朝鮮人という以上の意味はもたないのである。
  ただし鳥取藩にとっては、一六九六年六月四日に伯耆国赤崎灘に着岸して以来、八月六日に湖山池を出て加露から出港して帰帆してゆくまでの2か月間にわたって、安龍幅一行十一人を外交使節団と誤認して対応させられた外交案件であったということでは、詳細に解明される必要がある。
  幸い、伯耆に来る前に隠岐に寄港している。そのさいの取調記録が海士町の村上家で発見された。安龍幅は朝鮮八道の図を提示して、竹島、松島が江原道に属するとした。この文書は、日本語ができる安龍幅が隠岐の役人に取調べられた時に語った内容を記録しているという意味で重要である。これまでの安龍福関係史料は、抗議来藩した鳥取藩で記録されたものと、帰国後に捕えられて備辺司で行われた取調べでの供述記録などとあるが、いずれもが一方的な記録であり、客観性ということからすれば問題を内包している。
  また、鳥取藩池田家文書も貴重である。これまでは限られた範囲での部分利用であった。加えて、もっぱら利用されていたのは、報告書が記している『竹島考』や『竹島渡海由来記抜書控』のような、事件から一〇〇年以上も後になってまとめられた二次史料が中心である。当然に編者の主観的立場での記述が行われているのである。例えば、大谷家文書のなかで幕府の渡海免許交付の年を一六一八年と決めてかかっていることなどは好例である。同時期に記録された一次史料があるならば、それに拠るべきであることはいうまでもない。
  一六九三年(元禄六)にはじまる「竹島一件」にしても、朝鮮側に抗議して外交接捗にもちこんだのは、江戸幕府の意を体した対馬藩であった。そうである以上、交渉過程における朝鮮王朝内部での政権交代をもちだすのではなく、日本側からの説明が重要となる。もともと竹島一件なるものは、安龍福の送還を機に、朝鮮人の竹島への出漁禁止を日本側が求めたことからはじまったのである。それが三年の交渉の結果、反対に日本人の竹島渡海を禁止することで終ったのであるから、何故そうなったかを明らかにすべきであろう。
(つづく)

「島根県竹島報告書」に異議あり1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/04/09 20:20 投稿番号: [12710 / 18519]
   半月城です。内藤正中氏が「島根県竹島報告書に異議あり」と題する文を『郷土石見』4月号に書き、下條正男氏が座長をつとめる「竹島問題研究会」を批判しています。それを著者の了解を得て、数回に分けて転載します。リンクは参考のためにつけ加えました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「島根県竹島報告書に異議あり」
  -- 竹島の領有権問題 --
      内藤正中
はじめに

  二〇〇六年二月発行の『フォトしまね』161号の竹島特集は、島根県が設置した竹島問題研究会の中間報告ということで、五回にわたって研究会で検討された論点を整理するかたちで発表された。
  島根県は、外務省が主張する「竹島日本固有領土論」にもとづいて、一年前の定例県議会で「竹島の日」を県の条例で定めた。しかし、いうところの固有領土論については、すでに各方面から疑問が出されている。
  したがって、島根県の竹島問題研究会としては、固有領土論に内在する諸問題を解明することを最優先の課題にすべきであった。しかし研究会では、それをしないで、もっぱら韓国側の見解を中心にして報告書をまとめたようである。だから、県がいう固有領土論の是非を知りたい県民にとっては、折角の期待を裏切ることになってしまった。
  それというのも、報告書は、昨年七月から十一月にかけて山陰中央新報紙上で連載していた下條座長の「発信竹島」をかいつまんでまとめる内容でつくられている。座長として原案を提出したとしても、研究会で果してどれほど時間をかけて審議したかどうかは疑問である。
  私も十二月の研究会に出席して意見を述べる機会があった。そこで申し上げたことは、島根県と竹島・北方領土返還要求運動県民会議が作成したパンフレットに記載してある「竹島年表」を例にして、記載内容の誤りと重要項目の脱落を指摘しつつ、固有領土論への疑問を述べておいた。併せて私は、研究会の在り方として、相手国のことをアレコレ批判する前に、まず自らの姿勢を正すことから始めるべきであって、日本側の史料、とりわけて関係の深い鳥取藩池田家文書を徹底的に検討して問題を解明することの必要性と重要性について提言したのである。
  島根県は、竹島問題を結着させるためには、国際司法裁判所にもちこむことが得策であると考えているようであるが、その是非はともかくとして、そのためにも、日本側の主張を足もとから固めておく必要があると思うが如何。みずからが主張している固有領土論について、必ずしもゆるぎないものとは思っていないと見受けられるだけに、日本側の史料を中心にした検討が必要となる。以下に、報告書の時代区分に従って記してゆくことにしたい。

一.古代から近世へ
  島根県が作った「竹島年表」には、外務省のホームページと同じように、一六一八年(元和四)の項目で、「伯耆藩の大谷、村川両家が幕府から鬱陸島を拝領して渡海免許を受け、毎年、同島に赴いて漁業を行い、アワビを幕府に献上していたが、竹島は鬱陸島渡航への寄港地、漁猟地として利用されていた。また、遅くとも一六六一年には両家は幕府から竹島を拝領していた」と記している。
  これについて私は、伯耆藩は因幡藩か鳥取藩に改めること、鬱陵島や竹島を拝領したなどといっているが、それは大谷家が勝手にいっているだけで公式文書には出てこないこと、封建社会ではたとえ絶海の孤島であっても、町人が土地を領有するということはありえないこと、一六一八年に発給した幕府の奉書に連署している四人のうち、二人は老中ではないこと、したがって一六一八年発給説は間違っていること、その奉書には渡海免許とは記してあるが、竹島拝領などとは記していないことに加えて、一六六一年の松島拝領・渡海免許という史料は存在しないこと、などについて指摘したことがある   (『世界』二〇〇五年六月号)。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2005.pdf
  そのためもあってか、報告書はさきの「竹島年表」に比べて大幅な修正が行われている。「竹島年表」での記述(外務省のホームページも同じであるが)が間違っていたというのであれば、正直に誤りを認めるべきではないか。何もいわないで、「一六〇〇年代初め、江戸幕府が大谷、村川両家に限って渡海を許可」とだけ記し、年表では「一六一八年に幕府が両家に渡海を許可」としながら、カッコ書きで「一六二五年の説も」と記している。このことからすれば「鬱陵島拝領」「竹島拝領」は捨てたものの、一六一八年の奉書発給には未だ固執していることがわかる。
(つづく)

Re: 竹島

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/04/09 01:26 投稿番号: [12709 / 18519]
こんばんわ

>石島が観音島ではない可能性の一番は郡守の沈興澤が「本郡所属の獨島」と表現した
ことでしょうか?

勅令の石島が獨島であれば、その影響があった可能性はあります。
しかし、勅令の語句があらわれた当時の資料を見たことがないです。

>半月城さんは観音島は鬱陵島と同一の島と考えるべきとして石島=独島としている
みたいです.(間の水深が浅いことから)
半月城さんは石島=独島論者に対して,直接結びつける文献資料をまったく提示せず、
単なる当て推量で石島を観音島としていると言っていますが,普通に並べていけば,
観音「島」を石「島」とすることになんの問題もないように思うのですが.

石島がなんであるかは可能性にすぎません。
石島=獨島である確実な証拠がなければ意味がないです。

勅令以前の調査で鬱陵島直近の二島をカウントしていますので、水深が浅いから
などというのは、苦し紛れのでまかせに近いですね。
勅令が鬱陵島と二島書いていることは、獨島が入るなら三島書くのが自然でしょう。

>よく,発音が似ていて,音に漢字をあてた可能性というのがありますが,
もしかして,石島=独島だとして,石(トク)を聞き間違えて独(ドク)島と漢字を
あてたのは日本人と考えることはできないのでしょうか?

日韓で読みが異なるのは常識ですので、当然表記を確認したと思います。
石が正式なら韓国側では石島と読んだでしょう。
日本側の表記をまねする必要はないですし、日本側の記録を読んだわけでもないです。
なんにしても可能性にすぎないので、確証にならないですね。

>でもそうすると,日本は竹島が朝鮮領であることを知っていた事になりますが.

鬱陵島でさえ事実上勝手に使えたのですから、あえてあの島を分けて領有する必要がないです。
朝鮮領だとわかっているなら勝手に使えばよいのですから。
むしろ朝鮮領だと考えていなかった状況証拠ですね。
朝鮮名がついていたとしても、それが領有と言うことにはならないですよね。

>あと,1910年の併合までの4年間に鬱陵島郡守は独島についてなんらかの調査なり
報告をしたことがあるのでしょうか.

それも見たことがないですね。

獨島だけが問題ならともかく、鬱陵島も日本人に占領されたようなもんです。
日露戦争後は亡国を意識せざるを得ない状況ですので、獨島問題は忘れられたのかなと
推理しています。
統監府が領有の事実を否定したという説もありますが、だとしても、秘密ではないので
いくらでも調べられます。

竹島を守る李 舜臣将軍だぜ!

投稿者: bulgom2006 投稿日時: 2006/04/07 14:30 投稿番号: [12708 / 18519]
面白い映像ありました。^^

http://www.dkbnews.com/bbs/zboard.php?id=coolmovie&page=42&sn1=&divpage=1&sn=off&ss=on&sc=on&select_arrange=headnum&desc=asc&no=1114

Re: 竹島

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/04/07 14:17 投稿番号: [12707 / 18519]
いつも誠実な文章を拝見して勉強させて頂いております.
茶々屋なもので見苦しいかもしれませんが,どうかご容赦を

申し訳ありませんが,石島について不戦親父さんのお考えを今一度お聞かせください.

石島が観音島ではない可能性の一番は郡守の沈興澤が「本郡所属の獨島」と表現した
ことでしょうか?

半月城さんは観音島は鬱陵島と同一の島と考えるべきとして石島=独島としている
みたいです.(間の水深が浅いことから)
半月城さんは石島=独島論者に対して,直接結びつける文献資料をまったく提示せず、
単なる当て推量で石島を観音島としていると言っていますが,普通に並べていけば,
観音「島」を石「島」とすることになんの問題もないように思うのですが.

AHO師匠も石島=観音島を無理筋といいますが,何故無理筋なのかは説明してくれません
でした.

茶々かもしれませんが.
よく,発音が似ていて,音に漢字をあてた可能性というのがありますが,
もしかして,石島=独島だとして,石(トク)を聞き間違えて独(ドク)島と漢字を
あてたのは日本人と考えることはできないのでしょうか?

1904年の「韓人の言うところの独島」や1906年の島根県役人の鬱陵島
立ち寄りの際に「韓人の言うところの独島を日本の竹島として領土とした」と説明した
可能性はないのでしょうか.
初期独島のすべてに日本人が絡んでいます.
でもそうすると,日本は竹島が朝鮮領であることを知っていた事になりますが.

あと,1910年の併合までの4年間に鬱陵島郡守は独島についてなんらかの調査なり
報告をしたことがあるのでしょうか.

世論の後押しがあったとすれば,短い期間で独島の調査が可能だったと思うのですが.

何かご存じですか?

Re: 竹島

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/04/07 12:51 投稿番号: [12706 / 18519]
勅令の石島が獨島である確証は、何一つとしてない。
勅令前の調査に獨島は全く登場しない。
日本の編入後の反対世論にも勅令は登場しないし、倭の松島で于山島だという
主張も登場しない。

つまり、現在の韓国政府の主張は、今までに登場した当時の記録をみるかぎり
確実なアリバイは何一つとしてない。
むしろ于山島を鬱陵島直近の島と考えていたとすればすべて筋が通る。
状況証拠的には相当無理な主張と言うべきだろう。

しかし、一つの可能性は見つけることが出来る。
日本の編入にたいして、郡守の沈興澤は「本郡所属の獨島」と表現した。
本邦などという表現でなく、本郡と表現したと言うことは、その根拠として
1.勅令の石島が獨島であるという理解があった。
2.距離的に近いので当然本郡所属と考えた。

の二つの可能性がある。
古代の于山島と考えた可能性もないわけではないが、その前の調査からして
可能性的には低いだろう。

確たるアリバイは皆無だが、可能性としては、そこに見いだすことができる。
郡守が「勅令により本郡所属になった」等言っておれば、状況は一変する。

また洗脳するのかされるのか

投稿者: o8ygvfrt 投稿日時: 2006/04/07 09:41 投稿番号: [12705 / 18519]
これでまた韓国国民を洗脳するのか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060406-00000000-kyodo-int

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: aldebaran09i 投稿日時: 2006/04/06 16:10 投稿番号: [12704 / 18519]
、人=チョン人という意味ね。

なるほど、自分は余りチョンという呼び方しないからピンと来なかった。(苦笑)

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/06 16:02 投稿番号: [12703 / 18519]
ハッ!!(敬礼)

それでは不戦親父閣下に竹島守備隊の指揮をお任せ致します。

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: o8ygvfrt 投稿日時: 2006/04/06 15:58 投稿番号: [12702 / 18519]
チョンでしょ
奴らにぴったり
いやもったいないな
テロリストの、

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: aldebaran09i 投稿日時: 2006/04/06 15:45 投稿番号: [12701 / 18519]
前から気になっているが頭に「、」〜それなんだ?
もう少し、ちゃんとした文章にしろよ!

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: o8ygvfrt 投稿日時: 2006/04/06 15:44 投稿番号: [12700 / 18519]
元々レベルなんて上がってませんが
奴らのレベルは0です。

Re: 、人によるテロが発生!

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/04/06 15:41 投稿番号: [12699 / 18519]
もういいよ。、とか下等生物とかとかあんまりレベル落とさんでくだされ。

、人によるテロが発生!

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/06 13:56 投稿番号: [12698 / 18519]
西日暮里にて
、人テロリストによるテロが発生!

自衛隊は直ちに出動させよ!
そしてテロリストどもを掃射せよ!

論理的思考ができない下等生物

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/06 08:49 投稿番号: [12697 / 18519]
、の思考は
まず「こういう結論になる(する)」という大前提を置くところから始まる。

そして
その結論が正しいと周囲を納得させるために
自分に都合の良いデータ(時には歪曲・捏造して)を並べる。
で自慢げに「ほらウリの言ったとおりニダ。(ホルホル)」と言い出す。
(奴らの思考は欠陥演繹法によってなされていて
「誤謬の原因(イドラなど)の排除」や「検証(客観的批判)」というものがなく
自分に都合の良いデータをひたすら集めるのみ。
そういう意味では演繹法でもないな。)

ES細胞の捏造事件なんかは起こるべきして起こったんじゃないかな?

所詮
、には他人の功績(この板でいう竹島)を横取りする歪曲・捏造データを作ることができても
自らが先駆者となり新発見・発明することはないだろう。


、レベルの頭じゃ未来永劫
科学分野でノーベル賞を取ることはないだろうな。

Re: >砂浜に埋もれた小さな指輪

投稿者: aldebaran09i 投稿日時: 2006/04/04 20:37 投稿番号: [12696 / 18519]
>竹島が「韓国領だった証拠」など、全宇宙から1個のニュートリノを拾い出すより難しい・・・
>要するに、そんなものは「存在しない」のです。

その比喩も違うでしょ?ニュートリノの存在は理論だけでなく間接的に検出され証明されてるのだから。

要するに韓国のいう独島を示す歴史的資料はないという事でしょう。国際法を無視して竹島を不要占拠して置きながら後付けで根拠を探している。これじゃ国際司法の場で闘えないよね。(笑)

Re: 日本は独島ストーカー

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/04 20:37 投稿番号: [12695 / 18519]
その「オーマイニュース」とか言うところの記事は、素人ライターによるものなんだろうけど、あまりにもレベルが低くて驚く。

たまたま、どこかで竹島が日本領となっていないかのような誤記をした地図を見つけたからと、そういったものにすがるしかない。それほど日本領竹島の存在を否定する根拠は希薄だということです。ここでも、古文書の曲解と屁理屈で「日本領否定」論しか展開できない「常連投稿者」がいますが、それとて同じ。

竹島を朝鮮領韓国領だとポジティブに示すことは全く出来なくて、しかも、もともと実在しないものなので、「日本領竹島」を否定する論法でしか領有権を主張できない。あるいは、せいぜい大声でわめくとか、マスメディアを言論統制するとか、そういうことでしか「韓国領独島」なるものは存在し得ない。

そのくだらない記事のなかに「我が国政府は日本に対してもっと強硬に「独島は我が国の領土だ!(トクトヌン   ウリタン!)」であることを言っていくべきだ」とありますが、望むところ、と言いたい。

>砂浜に埋もれた小さな指輪

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/04 20:11 投稿番号: [12694 / 18519]
まだ比喩がアマイように思います。

竹島が「韓国領だった証拠」など、全宇宙から1個のニュートリノを拾い出すより難しい・・・

要するに、そんなものは「存在しない」のです。

Re: 日本は独島ストーカー

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/04/04 20:06 投稿番号: [12693 / 18519]
本当に耳をふさいでいるのは日本ではなく実は韓国人であるという事実を、残念ながら韓国人は気づくことができません。私はある意味でこれは恐るべきことであるとも思っているのですが、彼らにとっては真なる歴史はただ一つであり、それは韓国の歴史教科書に具現されているという考えなのかもしれません。少なくとも国民の九割以上はそういう考えなのではないかと。

>これは木浦大学のチョン・ビョンジュン教授が長年の努力のすえ、サンフランシスコ講和会議当時に米国側全権大使だったジョン・フォスター・ダレスの「対日平和条約文書綴り」からおよそ半世紀ぶりに捜し出したものだと言ったことを、今でも憶えている。

資料を探すのが大変だったのは認めるとして、一方で、竹島が韓国領土であると判断できる資料を探すことの困難さについては「長年の努力のすえ」という言及にはからずも映し出されているようにも見えます。竹島が韓国領土であるという明確な証拠をさがすことは砂浜に埋もれた小さな指輪を探すことよりも難しいのです。

日本は独島ストーカー

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/04/04 12:59 投稿番号: [12692 / 18519]
コピペ

>1951年4月のサンフランシスコ講和会議を準備する過程で英国政府が製作した大型地図には、線
>で引かれた日本領土から、英文で「タケシマ」と表示された独島が確実に外れていた。従ってこ
>れは、独島が日本領土から明白に排除された「韓国領」であることを明確にしていたのだ。この
>地図は米国立文書記録管理庁で多数の独島領有権関連文書とともに発見されたという。これは木
>浦大学のチョン・ビョンジュン教授が長年の努力のすえ、サンフランシスコ講和会議当時に米国
>側全権大使だったジョン・フォスター・ダレスの「対日平和条約文書綴り」からおよそ半世紀ぶ
>りに捜し出したものだと言ったことを、今でも憶えている。


これが日本の口を封じる決定的証拠と言っている韓国人
本気で言ってるのかね.
まぁオーマイニュースだからね.

これじゃ日本の教科書に独島と日本の間に国境線が書かれているなんて話もウソだろうね.

【日韓】「日本は独島ストーカー。その執拗さには寒気がする。理解不能」…OhmyNews [03/31]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1143964353/


報道によれば、日本の高校教科書に我が国の韓流スターであるペ・ヨンジュンが登場するという。
こうした事実は3月29日に日本の文部科学省が発表したもので、来年の春から高校1年生が使う
日本の地理歴史教科書には「韓国の生活・文化と日本」というテーマでペ・ヨンジュンの写真が
掲載されるということだ。

このような報道に接して筆者自身も当然ながら嬉しく誇らしかったのだが、ペ・ヨンジュンを教
科書にまで載せるという日本人が、独島問題だけはどうして相も変わらず無理難題を言ってくる
のか、さっぱり分からない。

周知のとおり、これとは別に日本政府は高校教科書に独島を日本領土だと記述するよう指示した
という事実が判明している。これに対して我が国政府は強力に抗議したが日本側は一蹴したとい
うから、いっそう腹立たしい。

独島に関する彼らのお決まりの減らず口と妄言に対して、我が国政府は声明を発表して駐韓日本
大使を呼び出して遺憾の意を表明したが、日本政府はこれという反応を見せていないから、多分
彼らの耳は塞がっているのだろう。良い話も3回聞けば飽きるのが人の常だ。にもかかわらず日
本は、厳然たる我が国の領土である独島が自国領土だと言って相変らず狂気をあらわにしている
のだから、本当に呆れるばかりだ。

このような話にならない日本の「独島領有権」主張は、昔から今まで続く進行形であり、必ず
その宿痾の根を抜本的に取り除かねばなるまい。

独島が明確に我が国の領土であることは、既に英国政府の1951年当時の地図が傍証している。
この地図は第二次大戦終戦後の日本領土を規定する過程で作成されたものであり、日本はそれ以
上言うべき言葉がなくなったと思われたのに、日本人たちの執拗な独島愛好(?)ぶりには本当
に寒気がする。それなら日本(人)は独島ストーカーということか…。

1951年4月のサンフランシスコ講和会議を準備する過程で英国政府が製作した大型地図には、線
で引かれた日本領土から、英文で「タケシマ」と表示された独島が確実に外れていた。従ってこ
れは、独島が日本領土から明白に排除された「韓国領」であることを明確にしていたのだ。この
地図は米国立文書記録管理庁で多数の独島領有権関連文書とともに発見されたという。これは木
浦大学のチョン・ビョンジュン教授が長年の努力のすえ、サンフランシスコ講和会議当時に米国
側全権大使だったジョン・フォスター・ダレスの「対日平和条約文書綴り」からおよそ半世紀ぶ
りに捜し出したものだと言ったことを、今でも憶えている。

このように確かな文書と証拠があるのだから、我が国政府は日本に対してもっと強硬に「独島は
我が国の領土だ!(トクトヌン   ウリタン!)」であることを言っていくべきだ。近い隣国だが永遠に遠い
国でしかない国が日本だというが、彼らの二重観念は本当に理解しがたい。(洪ギョンソク記者)
▽ソース:オーマイニュース(韓国語)(2006-03-31 21:09)
http://life.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?at_code=320599

Re: 「独島」とは何なのか

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/04/04 09:56 投稿番号: [12691 / 18519]
>朝鮮人は、1954年に不法占拠をはじめるまで、一歩も足を踏み入れたこともない。

1904年アシカ猟の手伝いとして日本人が連れて行ったことがあります。
これが、記録に残る最初のものです。
安龍福が日本人によって連行されるときに寄った可能性もありますが、あまり確実ではありません。

、国では公人が公の場で嘘をついても

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/03 23:59 投稿番号: [12690 / 18519]
何ら責任を取らない(取る必要がない)そうだ。

つまり
、国は国家が嘘をつくことを教育している嘘と妄想で造られた国家だ。
だから竹島はウリの領土だと恥ずかしげもなく嘘をつくことができる。

だが国際社会ではそんなの通用しね〜よ。
テメーらの低い民度を基準に国際社会にしゃしゃり出てくるんじゃね〜!!
さっさと地球上の歴史から消え失せろ!!


朝鮮日報   社説(2006/04/03 07:14)より
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/03/20060403000000.html

税金も払わないくせにに権利を主張するな!

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/03 21:00 投稿番号: [12689 / 18519]
◆朝鮮総連への減免見直し
総務省、固定資産税で通知◆

在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の関連施設の固定資産税を自治体が減免している問題で、
総務省は3日、事務次官名で「公益性の有無などを厳正に判断すること」を求めた通知を各自治体に出した。
事実上、減免措置の見直しを自治体側に促す内容。

  通知は、熊本市の減免措置を公益性がないなどとして違法とした2月の福岡高裁判決(同市が上告中)を挙げ、
「使用実態を的確に把握」するよう求めている。

  総務省が3月に実施した調査では2005年度、
朝鮮総連の本部、地方本部、支部がある139自治体のうち、
札幌、千葉、大津、岡山、福岡の各市など64自治体が「公民館に準じた施設のため」などとして、同税を全額免除。

  減額は山形、新潟、静岡、京都の各市など26自治体、
「回答を控える」とした自治体も17あった。

  減免していないのは仙台、長野、松江、鹿児島の各市など32だった。

  総務省は今年夏ごろに06年度の課税状況についても調査する方針。

         <中日新聞   ニュース速報   (4月3日19時20分)>



、が日本の国土内に土地を持っているとことすら腹立たしいのに
税金まで払わずにいるとは不届千万!!
課税強化程度では生ぬるい。
国はテロリスト国家「北、」の構成員を私財没収の上国外追放するべし!!

Re: 罪がばれそうだとパニック状態の韓国

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/04/02 15:05 投稿番号: [12688 / 18519]
>韓国の潘基文(パン・ギムン)外交通商相は30日午後、大島正太郎駐韓大使を外交通商省に呼び、
>日本の文部科学省が来年度の高校教科書検定で、韓国が領有権を主張している竹島(韓国名・独島)
>が日本の領土であることを明記するよう出版社に求めたことに対し、正式に抗議した。

潘基文(パン・ギムン)外交通商相には国連事務総長に立候補するにあたり、この問題が
速やかにかつ平和的に解決するにはどうするべきか、是非お知恵を伺いたいものですね。

外交通商相が大使に正式に抗議ということは竹島(独島)が紛争地化したと考えても差し支え
ないですね。

しかし、よく騒ぐ国民だね。大島大使を見習ってほしいね。

>互いの立場は立場として大局的観点から冷静に考えることが必要だ

全くその通り。
そんな近視眼的な観点では国連の事務総長なんてなれませんよ。って言ってるようなもんだ。

Re: ふ〜〜〜〜〜ん。こんな意見も・・

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/02 14:22 投稿番号: [12687 / 18519]
参考まで。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=1143582&tid=a1za1vcddega1wa4offckdc8gmada4nn neza4ga49&sid=1143582&action=m&mid=5278

まず漁業権の確立を

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/02 14:06 投稿番号: [12686 / 18519]
平和的手段として国際司法裁判所に提訴することも、もちろん有効な方策ではあるが、韓国が同意しなければ取り上げられないらしいのが難点だ。その間に、韓国は愚かしくむなしい「既成事実化」を積み上げようとする一方で、一方的に周辺に12カイリの領海を設定し、日本漁船を排除し、また、その外側の周辺海域においても、日本のEEZに不法侵入するなど様々な形で日本の漁業権と国益を侵害している。

まず、このことを正常化することが大事だ。外交交渉、様々な圧力手段、海上警備力のすべてを用いて行うべし。

「独島」とは何なのか

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/02 13:54 投稿番号: [12685 / 18519]
韓国は、歴史的には「于山島」という名称で文献に記載されている島についてしか領有権は主張できない。しかし、「于山島」からの歴史学的アプローチは完全に破綻したために、最近になって、韓国政府は公認用語として「独島」という名称を普及させ、韓国マスコミ・学会のファシズム的言論統制によって、日本領竹島(旧松島)が「于山」ではあり得ないという事実から目をそらさせようとしているだけである。

「独島」は、文献上も日本領竹島と絶対に等号で結ぶことはできない。それは韓国軍事政権下で生み出された空想上の「領土」(軍事独裁の象徴)にすぎない。

ここに登場する投稿者のなかに、しきりに「竹島=独島」と書いて、日本領竹島があたかも「独島」のことであると書き込む輩がいるが、韓国人にとってはそうする以外に「独島」を実在する地図上の空間に位置づけることができないからだ。一方、日本領竹島は、韓国名など一切用いなくても、要するに韓国朝鮮など存在しなくても、自国領土と厳密に科学的に位置づけることができる。現に、17世紀はじめより日本人は竹島(旧松島)および周辺海域を利用してきたが、朝鮮人は、1954年に不法占拠をはじめるまで、一歩も足を踏み入れたこともない。

罪がばれそうだとパニック状態の韓国

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/04/02 13:22 投稿番号: [12684 / 18519]
下の記事にこうある。

「未来の世代に誤った歴史観を国家レベルで教育するもので、深刻な問題だ」(与党ウリ党)

ナチスばりの大ウソとはこのことだ。国家レベルで虚偽のデッチ上げ話を国民に押し付けて洗脳しているのは韓国なんだよ。(嘲笑)



Yomiuri Online
教科書に「竹島は日本領」明記、韓国外相が抗議
  【ソウル=平野真一】韓国の潘基文(パン・ギムン)外交通商相は30日午後、大島正太郎駐韓大使を外交通商省に呼び、日本の文部科学省が来年度の高校教科書検定で、韓国が領有権を主張している竹島(韓国名・独島)が日本の領土であることを明記するよう出版社に求めたことに対し、正式に抗議した。

  潘外交通商相は「独島は韓国固有の領土であり、韓国の主権を損なう措置は受け入れられない」として「強い遺憾と抗議」を表明した。これに対し大島大使は「竹島に関する日本の立場は一貫している」と強調した上で、「互いの立場は立場として大局的観点から冷静に考えることが必要だ」と述べた。

  一方、韓国各政党も同日、「未来の世代に誤った歴史観を国家レベルで教育するもので、深刻な問題だ」(与党ウリ党)と非難した。

(2006年3月30日20時48分 読売新聞)

、の海賊による日本への攻撃の記録

投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/04/02 12:11 投稿番号: [12683 / 18519]
素人の掲示板・ブロクの類ではなく
国会が残している審査会・委員会の会議録なので
日本国政府の公式見解として一番信憑性があると思う。


さて
昭和21年以降の国会会議録を

「竹島&韓国&発砲」で国会の会議録を検索してみると
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_list.cgi?SESSION=3686&SAVED_RID=5&MODE=1&DTOTAL=26&DMY=7286
該当会議が26件もヒットする。

また「竹島&韓国&攻撃」で検索すると
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_list.cgi?SESSION=3686&SAVED_RID=6&MODE=1&DTOTAL=47&DMY=7688
なんと該当会議が47件もヒットする。

同じ会議中に「発砲」と「攻撃」の両方が使われていたり
過去の「発砲・攻撃」を再び俎上に載せているものもあろうが
単純に計算してわが国には
、の国営(または公認)海賊にわが国の領土竹島を不当に占拠され
、の国営(または公認)海賊どもから攻撃を受けたことを記録している会議録が73件も存在していることが分かる。
(検索条件を変えれば更に件数は増えるだろう。)


これは
、がわが国に対して明確な攻撃意図を持った侵略行為を行ったことに他ならない。
これを放置しておいて領土や国民の財産・生命を守れるのか!?
、の国営海賊によって(竹島ではないが)日本人の死者も出ている。

このことを
、が日本・日本人攻撃していないと言えるのか!?
そんなことを言っている奴はチキンか脳天気か似非平和主義者だ!!
、が先制攻撃をしているのだから反撃しても専守防衛には反しない!!
直ちに海上保安庁の巡視船と護衛に海上自衛隊のイージス艦を派遣すべし!!



参議院会議録情報   第015回国会   水産・法務・外務委員会連合審査会   第1号   (昭和28年2月23日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/015/1076/01502231076001c.html
竹島ではないが
、の海賊が日本の漁船に発砲して死者が出た痛ましい事件(いわゆる第一大邦丸事件)についての記録のリンクも貼っておくので一読されたい。
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