竹島

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Re: 「島根県竹島報告書」に異議あり5

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/04/09 22:57 投稿番号: [12715 / 18519]
>このため韓国側が、日本によるリヤンコ島の領土編入について知ったのは、一九〇六年(明治三十九)三月になってからで、それも偶然の機会からである。…(中略)…このことは、韓国ではリヤンコ島を欝島郡に属させて独島と公称していることを、中央政府も地方の道庁、郡庁でも明確に認識していたことを明らかにしている。

独島という存在がいかなる過程で韓国領土として意識されたかは一度考えてみる必要はありそうだ。かりにこの時点でそうした意識があったとして(私は公式的にそれがあったとは思わないが)、かといって勅令の石島=独島ともならないということ。

これは堀和生論文でも同様。あくまで「朝鮮人が竹島をよく認知していたこと(堀論文[1905年日本の竹島領土編入], p.112)」は好意的な解釈に過ぎない。

1904年に竹島について韓人が「独島ト書シ」としていること(軍艦新高)もそれに関連する。もしもこの時期、朝鮮人が独島と書いており、しかも「公称」としてそれが認められていたのであれば勅令にも「独島」と書いたはずであり、またそれに関する言及の裏づけは数々出てくるはずである。

しかし何も出てこない。あるいは「于山島」としての資料もいくらでもあってもよさそうなものである。これまた何もない。

19世紀末から1906年あたりまでの朝鮮側の考え方について一度整理してみる必要があるように思う。「このことは、韓国ではリヤンコ島を欝島郡に属させて独島と公称していることを、中央政府も地方の道庁、郡庁でも明確に認識していたことを明らかにしている」というのはあるいは1906年時点に限ってはあてはまっても、それ以前に資料的にさかのぼることはなかなか難しいのである。

それはともかく、こうした議論があることは日本にとって幸いであると思う。日本はまだまだ大丈夫である。こうしたしっかりとした議論が多くなされればいい。そうした中から妥当な理解が導き出せればと思う。

韓国の論文をいくつか読んだが、正直なところ、その議論の深みのなさに落胆することが多かった。呆れてしまう誤りや論調も決して少なくなかった。日本はしっかりしていると思う。

歴史は歴史で究明し、あとは国際法に任せればいいのである。韓国は嫌だろうけど。
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