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⑥韓国の本当の敵は中国

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 23:36 投稿番号: [3617 / 7270]
「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu2.htm

  その第一回目の受難は、西暦660年の百済の滅亡と、668年の高句麗の滅亡でしょう。これは金春秋(統一新羅の太宗武烈王)の売国的行為によるものです。

  第二の反逆は、先に述べた1392年、世界に誇る文化的祖国・高麗を亡ぼし、主敵の属国になり下がった太祖・李成柱によってなされました。

  第三の国難は、第二次大戦の終戦時におけるスターリンの走狗たちによる北朝鮮占領で、百万単位の虐殺者と、餓死者を出し、1000万の離散家族を発生させました。そういう北朝鮮の政権に阿諛追従し、太陽政策という美辞麗句で、主敵に大量殺人・核武装の資金と情報を提供して、反米・反日を内面から教育している金・蘆政権は第四の国難とも言えるでしょう。

  昔からこの国は、3000名の群衆が団結すれば政権を取れると言われています。これが北朝鮮工作の細胞が幅を利かせる理由でもあります。北朝鮮の現状は、2000名の核心部隊が組織力を持って2000万人民の生殺与奪権を握っている。それをいま、韓国にも応用しようとしているのです。

  歴史を直視せず、やみくもに「反日」を叫ぶのは、北朝鮮の思うツボです。そういうことに早く気づかなければなりません。

  さらに問題にしなければならないのは中国です。韓国は中国との戦いで結構勝利していたのですが、負けたことによって中国の言いなりにならざるを得ませんでした。それで保護下に置かれ、ただ命令に服従することを強いられました。しかも、そこを発展させるというようなことはしません。

  日本が台湾や朝鮮でしたように、インフラ整備とかいろんな設備をして学校を建て無料で教育させたようなことはしないわけです。一千年経っても一切そういうことはしないでしょう。それはロシアも全く同じです。要は隷属国家のままにしておいて、何の発展もさせないということです。

  そういう意味で、韓国、朝鮮の本当の敵は中国です。もちろん私は、中国に対して敵愾心を持てということではありません。地政治学的にそうなっているし、また歴史が証明しているところです。

  なのに、韓国も北朝鮮も、ロシアも中国もいい国、悪いのは日本、アメリカというわけですから話にならない。日本がやったいいことを、なかったことにしているのです。すなわち歴史の歪曲です。

⑤拉致黙殺の一点張り

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 23:17 投稿番号: [3616 / 7270]
「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu2.htm

  ですから、そうした動きは決して国民を守るということではありません。そのいい例が拉致家族の問題です。朝鮮戦争以降の拉致被害者は14万2953名と公表されていますが、身内が拉致されていながらその中に名前が見つからない家族の訴えには、まったく聞く耳を持たずで調べようともしません。

  私は以前から、拉致された人数は100万を超すとみられる理由を発表しています。それほど多く被害者がいるにもかかわらず、また日本が拉致被害者とその家族を保護している現実を参考にするでもなく、北朝鮮の指令に同調しながら黙殺の一点張りです。しかも人民を奴隷にし、餓死させている北朝鮮の政権を尊重している。それはもはや救出ではなく、拉致被害者とその家族を敵と見なしているといえるでしょう。

  そしてそれを正当化するために、歴史を歪曲し、北朝鮮を擁護し、空想と空理空論で徹底した反日・反米教育に熱中しているのです。なぜそのようになるのか。それは、権力者の動きをみれば分かります。近くでいえば、それが前大統領であり、それを現大統領も引き継いでいるということです。

  韓国では、李光洙が指摘しているように、虚言、騙すことが上手でないと、人気があっても大統領には当選しないのが実情といえます。前大統領は元来、共産主義者で死刑宣告の前科もあり、北朝鮮の金日成政権と密着し、骨の髄から北朝鮮の金政権支持者であることは周知の事実です。そういう彼が俄に「中道右派」だと虚言を吐くと、騙されることを好む朝鮮民族がたちまち彼に投票し大統領に当選しました。

  韓国の大統領は、法を無視してもかまわないほど専制的大権力を持っています。それが帝王的大統領・と称される所以です。いうならば法治国家ではなく、人治国家ということです。

  その権力で、従来の死刑囚や北朝鮮のスパイ、日本人拉致の犯人、辛光洙までも釈放して北に帰したり、すでに潰れかけていた北朝鮮よりの全教組(教職員組合)に数十億ウォンの大金を支援して再興させたりしています。そうやって親北朝鮮政策をとりながら、国定教科書も書き直させ、放送局の支配層を全員親北朝鮮寄りに整理しました。

  すなわち絶対権力を持った元首が、敵国と内応し、国民と国家・財宝を主敵に提供し、徹底した嘘と騙しで敵の傘下に安住する。これは、前にも述べたように韓民族の宿痾であり、国難ということができます。そういう問題が韓国にはあるということを歴史が示しています。

④親日派というレッテル

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 22:52 投稿番号: [3615 / 7270]
「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm

  最近韓国では、親日派という言葉をつかって政敵を糾弾する動きがあります。しかし、そもそもおかしいのは親日派という言葉です。戦前から東京にいた私は、年に1〜2回はソウルとか当時の平壌に行きました。その当時の韓国人は日本人以上の日本人です。劇場に行くと映画の前にニュースがありましたが、例えばニューギニアで日本が戦闘で勝利をおさめたという映像が流れると、拍手とか万歳が一斉に出ます。

  私は劇場が好きで、日本でも浅草などに行って見ていましたが、韓国で見るような姿はごくわずかです。韓国ではほとんど全員が気違いのように喜びます。それは当時としてごく普通の姿ですから、特別に親日ということではありません。だから基本的に親日派という言葉はないのです。それを無理やり「親日派」という言葉のレッテルを貼って糾弾する。それが今の韓国で、政治的にやられていることです。

  レッテル貼りは日本でもよく行われていることです。例えば、右翼、軍国主義、戦争美化というような言葉がそれです。そういう言葉を発して思考を停止させ、悪いという印象を与えるのです。要は、政治的に自分達と違う相手に対し、または対決する相手に対し、親日派というレッテルを貼って非難する。しかも本人だけでなく、その親とか祖先とか、全てを否定してしまうのです。

  戦争が終わってマッカーサー司令部が日本人を引き揚げさせたときには、向こうの人は別れを惜しんだものです。それが実情です。ところが亡命していた者が海外から帰ってきて、列強の餌食となっていた李朝末期の朝鮮とその住民を救うために、当時の日本と併合させた賢臣(李完用など)の働きをなんら評価することなく反逆者だと言って非難しました。

  彼らは終戦から三年経った一九四八年、法律を作って裁判を起こし処罰するということをやりました。しかし親日派というのは、その場で生きるために、誰でも一緒に努力して仕事をしただけであって誰も処罰する人はいなかった。

  ただ、堕落した民族を復活させる方策を論文に書いた李光洙とかはやられましたが、それ以外にはいませんでした。だから親日派の裁判は、歴史的に一応終わっているのです。だから今さら親日派といって非難するのはおかしなことなのです。でも、そうしないと自分たちのやっていることが正当化できない。そういうことです。

  というのは、例えば北朝鮮から逃げてきた人が、日韓併合の時は経済は発展して私達は幸福だったというように、現体制に対し批判の思いがある。朝鮮戦争では金日成や馬賊みたいなソ連のスターリンらがやってきて、みんな強盗された。それで数百万名が命を失い一千万離散家族となっている。そうした不満の気持ちが国民にはあるのです。その批判をかわすために、日本を悪く言って自分たちの立場を守ろうとする。親切で人のいい日本人という印象を、国民の意識から無くすために指導者は反日を煽るわけです。

③搾取されたのは日本

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 22:27 投稿番号: [3614 / 7270]
「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm

  そうした状況にある李朝を隣国において、1868年日本は明治を迎えます。当時の世界は強いものが弱いものを食う時代です。日本にとって清もロシアも大国です。その力が、清の属国になっていた李氏朝鮮、すなわち朝鮮半島から日本にやってくるという危機感が日本にありました。だからそれを防ぐために日本は、朝鮮としっかりと手を結ぶ必要があったのです。

  そこで1876(明治九)年二月、李朝と「日朝修好条規」を結びます。李朝成立後、484年が過ぎたときのことです。それは李氏朝鮮に、独立国家であってほしいという願いがありました。それが第一条にある「朝鮮国は自主の国」という言葉に表れています。これはきわめて重要な意義を持っています。

  しかしそうした清と朝鮮との主従関係を断ち切ろうとした日本の狙いは、実際その実現はほど遠く、民衆は相も変わらず、塗炭の苦しみを味わいつづけていたのです。

  1897年、李朝は国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とし、王を皇帝と称し、表面的には510余年ぶりに明・清の束縛を脱し、独立国家を形成したのですが、清の保護下にある李朝の専横は変わるところがありませんでした。それは近代化と自主独立の道を拒否しつづけることであり、列強が蠢くなか李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたことになるのです。

  1904(明治37)年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を見かねて、目賀田種太郎(1853〜1926年)を財政顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として立て直すという態勢がようやく緒につくことになります。

  目賀田財政顧問と総監府は、朝鮮の歳入不足分を補填するために、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立替え」を実施したほか、直接支出で援助しました。

  例えば1907年度、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上ありましたから、その差額は全額日本が負担しています。1908年には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出しています。

  総監府時代の四年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足分は、1428万円にものぼっています。そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、立替金の数倍、9000万円に達しています。

  現在の朝鮮・韓国の歴史では、このような日本の特恵的支援には一言の言及もありません。そして侵略だけを強調していますが、これがいかに偏狭な歴史観であるかということが分かると思います。それら詳しい数字については本に書きましたが、日韓併合によって、搾取されたのは、韓国・朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきでしょう。

②隷属国家の李氏朝鮮

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 21:44 投稿番号: [3613 / 7270]
「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm

  私は80歳になります。ここまで生きてきて、やはり韓国のためにも日本のためにも、自分の思うことを正直に語りたい。それが本音です。ご承知の通り今の韓国では、植民地時代の日本統治を肯定的にとらえて発表することは、相当の覚悟がいります。極端な話、身の危険も覚悟しなければなりません。しかし私の使命として、どうしても言わなければならないと思っています。

  なぜなら、歴史を歪曲するということは、国の進むべき方向を間違わせてしまうからです。実のところ韓民族は、いつも身勝手な解釈で歴史を解釈し、これがもとで幾度も実態を見誤り、国を滅ぼしてきたのです。とくに危惧するのは、それが韓民族の宿痾であるということです。だからなおのこと私は、歴史の真実を見る重要性を訴えたいわけです。

  一つ最近の現象をいえば、北朝鮮寄りの韓国政府の動きがそれです。日韓併合前の朝鮮は李氏朝鮮によって支配され、それが500年続きました。その時代がどんなであったか。日本人はそれを知らなすぎます。大多数の国民が飢餓に苦しんでいても、一切顧みることなく自分の体制を守ることだけに専念する、そういう時代でした。いうならばいまの北朝鮮と同じです。

  北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っているにすぎません。もし仮にいま、日本が北朝鮮を併合して統治するならば、金一族を除く北朝鮮国民は、随喜の涙を流すに違いないでしょう。

  そういう北朝鮮に対して韓国は、いま太陽政策と称して北朝鮮寄りになっています。李氏朝鮮時代の歴史を正しく知れば知るほど、それがいかにおかしなことであるかが分かります。では李氏朝鮮の実態はどうだったのか。またなぜ腐敗したのか。1392年に開国した李氏朝鮮は、その成り立ちに問題があります。

  明と高麗の戦いにおいて、高麗の重臣であった李成桂が、明との戦いで遼東地方の奪回に出陣します。ところが李成桂は密かに敵と通じて、威化島(鴨緑江下流の島)で軍を翻し、逆にときの高麗王と上官の崔瑩(総理兼参謀総長)将軍を殺し、政権を簒奪したのです。

  敵国であった明の力を得て打ち立てたその後の李氏朝鮮は、明のいいなりになって当然です。貢物を要求されれば断ることができず、人妻であっても供出しなければなりません。国民は奴隷民族化され、私有財産も没収されました。そして先制王権制度を変え、朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けてきた国際的自尊心を放棄し、明の属国として堕落が始まったのです。

  このような環境の中で階級制度は固定化し、創意工夫の精神は圧殺され、民衆は搾取と虐政を受けることになります。国王は名ばかりでなんら政策も施さず、その政府には国家の予算案すら存在しないという無軌道ぶりでした。いわば民衆は無政府状態に置かれていたのです。

①日韓併合を検証する

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 21:24 投稿番号: [3612 / 7270]
  歴史をどう見るか。人によってその見方は違うと思います。また違って当然だと思います。しかし事実を曲げて、歴史を自分の都合で書き直すことになれば、それは歪曲したことになります。

  よく中国や韓国は、日本の教科書は歪曲していると非難しますが本当でしょうか。日本人は、そう言われると本当にそうかと思ってしまう人も多いと思いますが、日本人はあまり韓国や中国の状況を知りません。私に言わせれば、例えば韓国と日本を比較した場合、日本が十のうち一の歪曲があるとするなら、韓国は十のうち九は歪曲があると言っていいでしょう。日本についての歴史だけでなく韓国の歴史そのものを歪曲しています。韓国の権力者たちによって恣意的に作られた『国定教科書歴史編』は、まさにその傾向を強めています。

  その顕著な例は、李朝500年末期の政治紊乱に蓋をして、公然たる売官買職が横行し貧官汚吏が跳梁した事実をまったく教えず、日韓併合がなければ、李朝は立派な国家として独り立ちできたかのような書き方をしているところに表れています。これこそ、実態を知らない歴史観です。

  日韓併合のことに少し触れれば、併合を通じて全国民に教育が徹底され、近代的医療制度が確立し、農漁業と重工業が興り、社会のインフラ整備によって工業国家としての基礎が築かれたことは、明白な事実です。

  終戦後、独立した韓国・朝鮮の教育は、日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾しますが、それがいかに歴史の実態を無視した身勝手なことであり、自己中心的な解釈であるかはいうまでもありません。

  教科書では、例えば次の記述があります。
「日帝の狙いは、韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、彼らの国家利益を増大させるものであった。日帝の産業侵奪政策で我が民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展が抑えられて、沈滞するほかなかった」

  これには、あまりにも歴史の誤魔化しがあり、私などはコメントする気にもなりません。李朝500年を知らないか、故意に隠蔽しようとしているとしかいいようがありません。民族産業の芽を切り捨てたのは、ほかでもない李朝であり、李朝の下では経済発展など夢のまた夢でした。なぜなら近代化を唱える者や先進的な思想家は、反逆分子として、その親族までも処断されたのです。そういう史実を、忘れたとでもいうのでしょうか。

  本当に日韓併合が悪かったというなら、それが事実かどうかを検証してみようというのが私の立場です。大勢の人が虐待されたとか、従軍慰安婦にされたとかいいますが、私にはとてもそうは言えません。それは歴史の真実を知っているからです。それを今回、本に書いたということです。もし私が間違っていたら言えばいいです。

「武士道の覚醒と強い日本を願う」崔基鎬
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm

「武士道の覚醒と強い日本を願う」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 20:51 投稿番号: [3611 / 7270]
韓国の「3・1節」に冷水を浴びせるように、enjoy koreaで盛り上がっているようなので、既出かも知れませんがこちらに投稿しておきます。
8回に分けます。
崔氏も、ご存知の朴氏と同様、日本統治を経験した世代には、共通の歴史認識と世界認識があるようです。

崔氏の著書、「韓国・堕落の2000年史」も読みましたが、2年前のこのインタビューでもやはり痛快ですね。
韓国人にも読んで欲しいです。

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「日本の植民地時代を顧みて」
ー朝鮮は日本の植民地になったお陰で生活水準がみるみる向上したー
元韓国・仁荷大学教授   朴贊雄
http://www.tsukurukai.com/07_fumi/text_fumi/fumi41_text02.html
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http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu2.htm

「武士道の覚醒と強い日本を願う」

崔基鎬(チェ・ケイホ)氏   1923年生まれ。
明知大学助教授、中央大学、
東国大学経営大学院教授を経て、
現在、加耶大学客員教授

外交評論家、加瀬英明氏が世話役となり、10月14日(木)、東京の北野アームスで出版を祝う会が開かれた。受付で渡されたのは崔基鎬加耶大学客員教授著『日韓併合   韓民族を救った「日帝36年」の真実』であった。最近韓国では、政治的に反日的な動きが強くなっている。そんな状況の中で、わざわざ「日帝36年が韓民族を救った」と題する理由は何なのか。著者は開会の挨拶で「私は歴史の真実を正直に書いただけです。韓国と日本は、アジアの安定のためにも両国のためにも、真の意味での協力が必要と思います。そのためには今のような歴史観では駄目です。歴史は歪曲せずに真実を見つめること。そうすれば、今後私たちがどう進むべきかを教えてくれます。日本には、昔から武士道があります。そういう素晴らしい精神を発揮してもらいたいと思います。この本が両国のために少しでもお役に立てば幸いです」と述べられた。日本の外交姿勢は韓国や中国に歴史認識で何か言われるとすぐに謝る。しかし崔氏は勇気を持って立ち向かっている。大いに学ぶべきことと思い取材をお願いした。

Re: ・・・・易く、学成り難し

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/03/01 19:42 投稿番号: [3610 / 7270]
>書込みをみる都度、もっと本を読んどけば・・・と思うですよ

赤城艦長殿と一緒にされては困ります。(苦笑)
私は他の人が投稿してくれないので、お節介にも書き込みをしているだけです。
内容も一般知識のレベルを出ないものです。
ただ、少なくとも自分なりに考えて納得した意見を、難しい表現を避けて分かりやすく書くように努めています。
兎亀さんも自由に、自分の意見、反論、疑問点を書いて下さい。
お互いに、偉い先生の誰々の考えではなく、自分の考えが持てるようになればと思います。

>「我が辞書」に丸山真男はいなかったくらいで、カントはかろうじて名前だけ・・・
>お読みでしたら、お薦め本かどうかアドバイスいただければ幸いです。

これは厳しい「踏み絵」ですね。様々な評価がありますから。
兎亀さんはすでに丸山氏については2冊も読まれているのですから、そのスタンスは理解してらっしゃると思います。
同調的に読むか、批判的に読むか、何気に読むか、私には分かりませんが、いずれにしても読む時間とカネがあれば先入観なく読んだ方がいいでしょう。
アドバイスと違うと思われると、後まで尾を引きます。(笑)

 「郷に入らば踏み倒し!」朝鮮人精神

投稿者: yakiniku7391 投稿日時: 2006/03/01 00:55 投稿番号: [3609 / 7270]
ttp://nandakorea.sakura.ne.jp/html/sekainome.html

世界中で嫌われてるんだね。。

マンマンセ〜〜〜〜!!

丸山真男

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/02/28 22:12 投稿番号: [3608 / 7270]
田舎の英語の塾(中学2年から高校1年まで)の先生がサヨクでして、丸山真男の「
現代政治の思想と行動」(未来社・当時は上下二巻)を、日本史の受験の役にも立つから読め読めとすすめられて読んだくらいで、他のものは読んでいません。

この本は今も書架にもっているのですが、今読み返してみますと、当方にとってはなんだか、隔靴掻痒の感がします。たとえば、   ナショナリズム、ウルトラナショナリズムの説明などにおいて。

明治以降の日本のナショナリズムが国粋主義ではなくて、アジア主義だったことをどう説明するのか、ウルトラとはナショナリズムの程度の高さなのか、地理的範囲の広さなのか、など。

それと、丸山は日本ファシズムの研究家ということになっているのですが、「ファシズムには、ご存知のように上からのファシズムと下からのファシズムがありまして」などといって、「どこに上からのファシズムがあるのか。ヨーロッパを見てみろ。ファシズムは全部下からの(エスタブリッシュにたいする)運動ではないか」などと批判されます(誰がファシストか・西義之)。

学問的態度については、これは丸山にだけに関したことではないのですが、日本の大学中心の学問は、一人の「巨人」とされる先生がでると、弟子達はみなその学説奴隷になる、と批判されます(ラスウェルと丸山政治学・滝村隆一)。
一ツ橋のサヨ歴史家・藤原彰が死んだとき、サヨクのなかからさえ、「これでやっとまともな歴研究ができる」という声があがったほどです。

>「翻訳と日本の近代 」

これに関しては、以前bosintang氏が、韓国の先生がこれを紹介して批評していたので、買ってよんだら、批評とはちがっていたので、なんだ、書かれたような事は載っていないじゃないか、というレスをしていた記憶があります。

・・・・易く、学成り難し

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/28 06:22 投稿番号: [3607 / 7270]
  trip_さんとkuuboakagiさんの書込みをみる都度、もっと本を読んどけば・・・と思うですよ   (´・ω・`)

  なにせ、新聞に訃報が載るまで「我が辞書」に丸山真男はいなかったくらいで、カントはかろうじて名前だけ・・・


  >連続したものでしょう。

  で、丸山真男の著作についてです。

  「忠誠と反逆―転形期日本の精神史的位相」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480083987/qid=1141069394/sr=1-8/ref=sr_1_10_8/249-4099085-4883510

  「日本の思想 」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400412039X/qid=1141073164/sr=1-2/ref=sr_1_10_2/249-4099085-4883510

  上記の二冊未読なんですけど、もしかして「一般常識」で読む本だったのでしょうか?(大汗)
  (今からでも遅くないかなあ。価格は手頃だけど難しい本なのかしらん・・・)

  お読みでしたら、お薦め本かどうかアドバイスいただければ幸いです。


  私の読んだことのあるものはこの程度でして(読書傾向バレバレですねー苦笑)
「日本文化のかくれた形(かた) 」  
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006001282/qid=1141061047/sr=1-11/ref=sr_1_2_11/249-4099085-4883510
「翻訳と日本の近代 」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004305802/qid=1141074494/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-4099085-4883510

Re: >「自己否定と他者肯定」が

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/27 00:07 投稿番号: [3606 / 7270]
>明治維新は江戸時代の武士がやり、戦後の復興は戦前の軍国時代の人たちがやった。

>価値観が断絶していたのなら、彼らの行動のmoraleはどこからきたのか、という疑問が湧く。

その通りに思います。
明治維新をやった武士が「自己否定」し、四民平等社会を作ったとする「自己否定」論(?)もあるかと思います。
しかしむしろ、武士の精神を四民に拡張したのが明治維新と説明すべきだと考えます。
武士が持っていた倫理観や責任感を、国民一般に国家を担うべき矜持として教育したことが、近代国家の日本国民のモラルになったと考えます。
それは、戦前も戦後も変わりがなく、連続したものでしょう。

>「自己否定と他者肯定」が

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/02/26 23:21 投稿番号: [3605 / 7270]
日本の明治維新や戦後の歴史ではありません。


以前、出ていたレス(レスをした人もおぼえているのですが):明治維新は江戸時代の武士がやり、戦後の復興は戦前の軍国時代の人たちがやった。

価値観が断絶していたのなら、彼らの行動のmoraleはどこからきたのか、という疑問が湧く。

Re: 「善意の悪政」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/26 22:11 投稿番号: [3604 / 7270]
>朝鮮人が2人集まれば政党が3つできると言わしめたぐらい
>混乱していたそうです。

儒教的な権謀術数と派閥争いが政治だと勘違いしている朝鮮人ですから、仕方ありませんね。
韓国の政党も離散集合を繰り返し、定まりません。
韓国では権力を握るのが政治であり、国民の方に顔が向いていないようです。

>即ち、このような手段も手遅れとなっていたならば
>大韓民国も存在し得なかったのではないかと思われます

その通りですよね。
国連軍の血によって独立を保たれた韓国は、その恩を忘れています。
こうした歴史認識や現状認識ができない韓国が不思議でなりません。

Re: 「善意の悪政」

投稿者: tmakuma 投稿日時: 2006/02/26 21:23 投稿番号: [3603 / 7270]
もうかれこれ10年ぐらい前に出された本ですが
学研からでている歴史群像シリーズ朝鮮戦争上下
のなかには

アメリカ軍の担当者の話として

朝鮮人が2人集まれば政党が3つできると言わしめたぐらい
混乱していたそうです。

南北分断が38度線となったことも
北朝鮮側がソ連の後押しを受けた形でかなり前から
周到な準備をしていたのに対し、
(金日成を中心とした朝鮮労働党を作ったりとかね)
南のほうではアメリカ側はソ連ほどの準備ができておらず
ソ連の南下を食い止めるために
おっとり刀で決めたのが北緯38度線だったようです。

即ち、このような手段も手遅れとなっていたならば
大韓民国も存在し得なかったのではないかと思われます

Re: >「そも近代国家とは何ぞや?」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/26 21:00 投稿番号: [3602 / 7270]
>産業革命で資本主義が成長(拡大かな?)、資本家の台頭→経済的不均衡の社会問題化→社会改革運動

というのは、市民的近代国家の話で、しかも資本家(ブルジョワジー)の台頭はすでに近代国家の成立以前からありました。
社会改革運動は、前述のように経済競争・総力戦(第一次大戦など)を経験して、国民の社会権が認知され、増進されるようになりました。
それまで一般国民は単なる労働者であり、支配される者、放置された者にしか過ぎません。
たとえば、イギリスの炭鉱で働く子供達の絵というのをどこかで見たことがあると思います。
ただしこの子供達も奴隷身分ではなく、自由な契約関係であることが、絶対王政と異なります。

しかし、ロシアや中国のような中世的王朝国家では産業革命が起こる前に一気に共産主義革命が発生しました。
その共産主義独裁政権は理念とする国民の幸福を実現できず、逆に圧制になります。
共産党だけが特権化、王朝化して失敗。
自由なる国民の幸福追求と福祉的手当てがある現在の自由主義・資本主義社会が、よりよいシステムだろうと思われます。

しかし、近代化に失敗した国、そもそも国家という概念すらない地域は19世紀までに植民地に転落し、資本主義国家の経済を支える立場になります。
植民地の解放は第二次大戦の終了を待たねばなりません。

朝鮮でも自主的近代化の機会はいくらもあったのですが、自ら全て潰してしまいました。
中世的王朝から進歩することなく、国民の多くは農奴のごとき生活を強いられるだけでした。
その朝鮮王朝も中国の支配を受け、外交権も軍事権もない従属的な地位に甘んじて、自力で独立すらできなかった。
千年以上も中国の植民地として、国家といえる状態ではありませんでした。
未だに半人前の国家で満足しているのは、民族国家として独立し、独立のために戦った経験が一度もないためです。
しかも近代化はすべて日米任せという他力本願で出来上がった国ですから、近代化の苦しみを知らないし、近代の精神を持ち合わせていません。

Re: >「そも近代国家とは何ぞや?」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/26 20:59 投稿番号: [3601 / 7270]
>「そも近代国家とは何ぞや?」

法学的には、近代国家とは立憲国家、憲法で権力分立と人権が保障された国。
つまり、絶対君主制から立憲君主制、人治主義から法治主義、身分制から契約関係、人権尊重、権力の分配と均衡など諸原理を備えた国家です。
歴史的には、市民と国王との権力闘争・市民革命によって、国王の行政権を制限する法律を制定する市民議会の権限を認め、権利を拡大していく契約=憲法を定める。
そのとき絶対君主の扱いは各国の伝統や革命の有り方によって、違った道を歩むことになります。
フランスは廃絶。イギリスは早くから模範的な立憲君主制を確立。プロシアは皇帝の権限を一部温存。など様々なバージョンがあります。

以上のような法学的な説明では難しいですが、赤城艦長の説明の通り柔らかく表現すると、近代国家とは「国民国家」、国民が主人公の国家だろうと思います。
そのためには、精神的自由と経済的自由の保障という理念だけでは生活できません。
それに相応しい学校・病院・交通などの制度・社会インフラを整備し、治安と国防を確保せねばなりません。

もう一度、法学に戻すと、古典的近代国家が想定していた市民は教養と財産を有するブルジョワジーであり、ブルジョワジーの経済活動を阻害しないように国家の責務は治安維持と国防だけにあるとする「夜警国家」だったのですが、やがて国家間の国力競争、つまり戦争や経済競争に勝ち抜くためには、ブルジョワジーだけでなく、国民の総力が必要となります。
そこで、質の高い製品と軍隊を作る必要に迫られて、国民全体に一定の教育や福祉を施し、労働者の権利を認め、選挙権を拡大して、憲法に社会権を規定し、国家の責務も拡大した「福祉国家」「社会的国家」へと発展させることになりました。
したがって、最初から現代のような国民全体に権利や自由があったのではなく、歴史的な発展を経て、獲得していったものです。

>本家本元の欧米(この頃は西欧が主かなあ)でも近代国家の体裁が確立していた国にしてもその体制の歴史はごく若い国が多かったのではなかったかな・・・と
>でもって、そういった「発展途上の近代国家」の最先端を片っ端から取り入れて組み立てていった近代日本ってのは、かなり特異な(悪い意味ではありません)

明治憲法は基本的には新興国プロシア(ドイツ)流ですね。
欧米で、普仏戦争に勝利したプロシアに勢いに明治政府が影響されたと考えるのが一般的です。
しかも日本の天皇制を立憲君主制で表現した場合、イギリス型よりはプロシア型の方が収まりがよかった。
そして明治日本の陸軍、刑法、医学、哲学はプロシア、海軍はイギリス、民法はフランスなど模範となる国が混在しているのはご存知と思いますが、こうした諸制度・概念を導入するには、日本に適合するような翻訳・消化が必要です。
そして、日本には消化吸収能力があった。
つまり、近代国家の萌芽が明治維新以前にあり、その変革に適応するのに大きな抵抗や障害はありませんでした。
それが東洋的なものを全部捨て去ることなく、しかも西洋の単純コピーでなく、両立できた理由でしょう。
その意味で、東洋の端に位置する日本だけが西洋的近代国家を理解し、かつ西洋に対抗できる国になったというのは稀有ですが、また当然だったと思います。

Re: >近代国家へと (ズレズレです)

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/26 20:57 投稿番号: [3600 / 7270]
>明治開化も戦後の復興もある意味「自己否定」から発展がはじまった面がありますね。

これは用語の定義や感覚に違いがあると思うので、適当に書きます。(笑)

「自己否定」とは、韓国のように民族の歴史を抹消し、塗りつぶしてしまうことでしょう。
自分の記憶を消し、新しい記憶をインプットするのは「自己肯定」ではなく、「自己否定」です。

自分の失敗をそのまま認めて「自己肯定」し、そこに反省を加えて「自己変革」することがなければ発展しません。

「自己否定と他者肯定」が日本の明治維新や戦後の歴史ではありません。
つまり江戸時代を否定し、西洋文明を肯定したのが明治維新で、戦前の日本を否定し、戦後のGHQ統治を肯定したのが現在の日本とするのは、儒教の「易姓革命」的な考え方ですね。
しかし日本は「自己否定」でなく、時代の状況に応じた「自己変革」を選択しました。
「自己否定」すれば、自己の歴史は断裂し、前時代(否定された過去の自分)に責任を押し付ける無責任になるからです。
もちろん、「自己肯定」だけで変革がなければ、進歩も発展もありませんが。


以上とは違って、「自己否定」は自殺であり、「他者否定」が殺人(ホロコースト)であるとするならば、「自己否定と他者肯定」への無責任な逃避や、「自己肯定と他者否定」のぶつかり合いを求めるのではなく、「自己肯定と他者肯定」が両立する困難な道を選択する必要があります。

ところが、韓国は自国の歴史を抹消し、新しく捏造すると不都合が生じるので、それにかかわる日本の歴史の抹消をも強要しております。
この概念で考えれば、韓国は「自己肯定と他者否定」を求めています。
はた迷惑ですね。

Re: 「善意の悪政」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/26 20:56 投稿番号: [3599 / 7270]
>日帝下の朝鮮人の感情はGHQ下の日本人の感情と似たところがありそうな気がしてきまして、

その感情は立場や認識方法によって異なるだろうというのが、常識だと思います。
たとえば日本に統治権を奪われた両班ら支配層の感情と、日本統治のお陰で封建身分制から解放されて学校に行き、自由に商売をし、それなりの生活の向上を得た多くの者の感情は異なるはずです。

日本の朝鮮統治はゼロからの一方的全面的な近代化です。
それは、端的に言えば、近代国家のつくり方を教える学校であったろうと思います。
学校で勉強することを苦痛と思うか、喜びと思うか、その違いがあると考えます。
しかし現在の韓国では「日帝はすべて悪」という認識で、ひとつの感情しか表現されません。(笑)
もっともその言葉に反するように、解放後も日本の忠実な教え子として日本の近代化を形だけながらも踏襲・模倣しております。(笑)

日本の朝鮮統治と異なり、GHQの日本統治は間接統治で、日本の統治制度をそのまま利用した方法です。
日本はそれなりに自由・民主主義を歴史的に経験しており、欧米の体制も知っています。
戦時体制が日本の全てではありません。
つまり、改革の選択肢やスピードについてGHQの統制を受けた感覚はあるが、日本国民全体としては圧迫感は小さかったと思います。
ただ戦犯問題は別です。

Re: >「そも近代国家とは何ぞや?」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/26 02:35 投稿番号: [3598 / 7270]
  近代の「国家」はそれ以前の「国家」とどう変わっていったのかをあまりよく知らないもので、日本の場合「明治維新」で一気に体制が変化してますが、
  ヨーロッパの国々の場合はどのような過程で移行していったのかなあと気になったわけです。

  >病気の治療が一般人もかなり受けられるような社会。

  >これはある程度の全体的豊かさがなければなしえないので、

  >近代化→国民全体のある程度の豊かさ。

  手がかりが出来ました。ありがとうございます。m(_   _)m

  産業革命で資本主義が成長(拡大かな?)、資本家の台頭→経済的不均衡の社会問題化→社会改革運動(運動の形はたぶん国により様々)→富の分配→社会の「ある程度の豊かさ」
  (以上は各国の「本国国内・本国人」の範囲で考えています」

  自国の社会全体をある程度の豊かさにする為にどのような方法をとったか

  そのある程度の豊かさを保つために(当時は)何が必要だったか(必要とされたか)・・・

  これも各国それぞれ少しずつは違いがあるでしょうし、前者と後者に時間的なズレもありそうですが、

  日本の場合、富国と強兵を同時に進める政策でしたけれども、考えてみると富の蓄積と軍備の増強を平行しておこなっていて、
  よく破綻せずにすんだものですね。(昭和10年代にその「破綻」があるのかもしれませんが)
  私の頭だと相当な綱渡りに思えます。有能な人材が多かったか、たまたま時流に恵まれたのか・・・はて?



  >私の知り合いの受験生が〜更に何種類かの抗生物質をためしてみて、

   やっと39度を越す熱が下がったそうです。

  親御さんはさぞ心配されたでしょう。
  肺炎といえども菌が脊髄に入り込む場合もあるそうですから、無事退院されてなによりです。

  私の長兄が赤ん坊の頃はまだ国民健康保険がまだ無く給料日前に熱をだされると結構金の工面で困ったりしたそうで、
  国民皆保険は有難かったといっておりました。これも経済成長のおかげです。
 
  >素朴文化生活を称賛する向きもありますが、病気になればころりと死ぬ危険が同居している社会でもあるということは認識する必要があります。

  朝、小鳥の声で目が覚めるような場所には小鳥の食べる虫もたくさん生息していることも認識してほしいものです。


>「そも近代国家とは何ぞや?」

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/02/25 04:27 投稿番号: [3597 / 7270]
病気の治療が一般人もかなり受けられるような社会。


近代化を否定して、素朴な社会を重んじるのはそれなりにいいんですが、近代化された国家では治療を受けて治るような病気でも死ぬことのある社会が非近代化社会。

病気の治療は、治療の機会を得られることと、その治療のレベルの高さが問題になりますが、これはある程度の全体的豊かさがなければなしえないので、近代化→国民全体のある程度の豊かさ。

今回のパキスタン地震では冬場を迎え、肺炎で死ぬ人も結構多いようですから、この意味ではパキスタンはいまだ近代化をなしえていません。   中越地震の被害者が肺炎になり、抗生物質による治療を受けられず、どんどん死んでゆくなどということは報道されていません。

私の知り合いの受験生が12月にどういう訳か肺炎に罹り(インフルエンザか普通の風邪かと思って家でそのまま数日間寝ていたけど、高熱が引かず、救急車で病院に運ばれました)、抗生物質を数種類試したが熱が引かず(病原菌に効く抗生物質を探すのに苦労して)、更に何種類かの抗生物質をためしてみて、やっと39度を越す熱が下がったそうです。それでも3週間以上入院していました。

素朴文化生活を称賛する向きもありますが、病気になればころりと死ぬ危険が同居している社会でもあるということは認識する必要があります。

Re: >近代国家へと (ズレズレです)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/25 02:47 投稿番号: [3596 / 7270]
  他トピの投稿タイトルですが

  ↓ちょっと面白い視点と思いました(投稿内容は・・まあこの際無視しますです)

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a1a1a4rbcea4ja5wa5ia5a4a5ia4nffc kdcbfm&sid=1835396&mid=11

  「たぶん、自己否定から繁栄がはじまったからだとおもうお〜略〜   apoon5 2006/ 2/21 2:46 」

  明治開化も戦後の復興もある意味「自己否定」から発展がはじまった面がありますね。
  (検証とか反省も「自己否定」になるのかどうか・・・ま、いいか)

>近代国家へと (ズレズレです)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/25 02:30 投稿番号: [3595 / 7270]
>それは全く違うと思いますよ

  「全く」は違わないような・・この件はもう少し考えてみます。


  で、すみませんがまたズラします   m(_   _)m

>日本統治時代は近代国家へと急激な経済的発展や生活の向上がもたらされていた

  この「近代国家」なんですが・・「そも近代国家とは何ぞや?」(大上段に竹光を構えてみるの図・・大汗)

  日本の明治開化も近代国家を目指した急激な変化で、そのモデルは19世紀欧米の国々の当時の「最先端」をとりいれながらの「日本の近代」だったわけですが
  本家本元の欧米(この頃は西欧が主かなあ)でも近代国家の体裁が確立していた国にしてもその体制の歴史はごく若い国が多かったのではなかったかな・・・と
  でもって、そういった「発展途上の近代国家」の最先端を片っ端から取り入れて組み立てていった近代日本ってのは、かなり特異な(悪い意味ではありません)
形になったりしたんじゃなかろうか??(几帳面に「理念」を追求しようとしたりとか)

  近代国家体制に入った(又は入りかけ)西欧諸国、まだ中世っぽい東欧、その後ろには帝政ロシア(こちらも何となく中世っぽい)。

  どうも脈絡の無い書込みですみません(やっぱ「竹光」じゃだめだあw)






























  脈絡なしついでのメモ(苦笑)

   ナポレオン、徴兵制、王政復古、共和制、ナショナリズム、デモクラシー、中産階級、労働者、産業革命、国民国家、領土、植民地、英、仏、米、メキシコ、テキサス、ハプスブルグ帝国、ロシア帝国、アルメニア、ギリシャ、イタリア、スペイン、一次大戦


  (G・バラクラフの本、なんで全部絶版なんだぁ〜!!滝涙)  
 

Re: 「善意の悪政」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/24 22:42 投稿番号: [3594 / 7270]
ついでに米軍の軍政によって統治された韓国。

これまた、朝鮮は米ソによって南北分断となり、近代国家を自ら運営したことのない右や左の派閥に無能な烏合の衆が加わって大混乱という点、日本とは全く国情が異なりますね。
米軍と韓国民との緊張関係以前に、派閥争いを抑えるには米軍の軍政がなければ、内乱状態になったと思われます。

ちょっとサヨク傾向のサイトですが、1905〜1950年の年表、「韓国戦後史年表   1」をざっと読むだけで、頭が痛くなります。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/korea/timetable/timetable1.htm

ついでに、1953〜2005年の年表、「韓国戦後史年表」はこちらです。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/korea/timetable/timetable4.htm

咸錫憲「苦難の韓国民衆史」
『われわれがまず明らかにしなければならないことは、この解放が盗人のように不意に訪れたということだ。
  解放後の腹立たしいこと、醜いざまは一つ二つではないが、その中でもほんとうに腹立たしいのは、この解放を盗もうとするやつらが多いことだ。彼らは、自分たちだけはこのことを早くからわかっていたと宣伝する。それは彼らがこの盗人のようにやってきた解放を、さも自分が送り込んだようにして盗もうとするためである。
  それは嘘だ。もし彼らがあらがじめわかっていたなら、それほど先見の明があったなら、どうして8月14日までへりくだって服従していたのか。その時一言でも予告して民衆を慰め、勇気をひきしめさせていたなら、いまになってことさら宣伝しなくても民衆は指導者としてお迎えしたことだろう。
  そういうことはやめて率直になろう。
  君も僕もみな知らなかったのだ。みんな眠っていたのだ。神社を参拝しろといわれれば腰が折れんばかりに拝み、姓を改めろといわれると競い合って改め、時局講演といえばありったけの才能を傾けて語り、米英を罵倒し、転向しろといわれれば実にアッサリ転向し、よく見られようと聖書もしまい、教会も売り、信用が得られるとなると四つん這いになり、犬の鳴き声もしてみせた。
  この国の志士思想家、宗教家、教育者、知識人、文人に、また海外流浪何十年と格好はよいが、その実、互いに博士派、先生派、なになに派、なになに系、なになに団と、ハワイやサンフランシスコではアメリカ人の召使いをしながら勢力争いをし、重慶、南京ではとうもろこし粥をもらって食いながら地位争いをしていた人たちが、なにをあらかじめわかっていたというのか。思想はなんの思想で、政治はなんの政治運動をしたというのか。
  この国が解放されるとあらかじめわかっていた人など一人もいないのだ。』

Re: 「善意の悪政」

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/24 04:45 投稿番号: [3593 / 7270]
>日帝下の朝鮮人の感情はGHQ下の日本人の感情と似たところがありそうな気がしてきまして、

それは全く違うと思いますよ(日本の方は兎亀さんに任せます。笑)。
他国に支配されたとはいえ、日本統治時代は近代国家へと急激な経済的発展や生活の向上がもたらされていた訳ですから。
ただ感情面では圧迫感はあったでしょう。
しかしそれも生殺与奪権を握っていた李朝の両班支配の重圧に比較すれば、それほど息苦しいものではなかったはずです。

任文桓「自伝」
『私は、勉学の情熱断ち切れず、日本に渡り、働きながら同志社中学に転入し、多くの日本人の助けを借りて、東京帝国大学を卒業した。そして、朝鮮総統府の地方役所に勤務した。
  やがて外国に亡命していた独立志士達が、老齢の身を以て故国に帰り政権を掌握するに及んで、この老人達と国民の間の激しい断絶が、国の政治を限りなく悪化させるに及んで、私は新しい戦いを開始せざるを得なかった。
  このときの韓国民は、この老人達が国から亡命した30年前の民衆とは質が変わっているのに、老人達にはこれを評価するだけの能力がなかった。日本体制のさむらいとしての日本人は、理のみに走って無性に冷酷であり且つ陰凶であったが、私人としての日本人は情にも流されることのある、勤勉で節約を信じ、団結を尊ぶ良き手本であった。これを、36年間の日本統治を通じて、日本体制からではなく、日本人から学び取った韓国民の価値観は、旧韓末の黒い霧におおわれた世の中で、遊泳と策略のみに価値を認めていた時代と比べると、はるかに民族の充実に希望のもてるものに昇華していた。このすばらしい変化を見抜く能力を欠いた老人達の政治策略は、国民の価値観を後退低下させる危険性を含むものであった。
  例えば李承晩博士は大統領就任演説の中で、財務部長官が国務総理よりも重要な地位であると明言して、国民の失笑を買ったのであるが、笑ってのみ済ませることではなかった。金を握っているものが最も大事であるという半世紀前の政治感覚で統治されるであろう国民は、その断絶に抵抗して初めのうちは戦うであろうが、疲れてくると、それに巻かれる可能性は十分にある。
  私は、団結、勤勉、節約という日本統治36年間に培養された国民の価値観を守るために、戦いを展開せざるを得なかった。人生とは皮肉に充ちたものである。私は日本体制の吏僚であった間中、その体制の退却を願い、日本的なものを憎しみ通した。それが、日本が退却した今日になってからは、日本人から学んだ日本的な価値観を守り立てるために戦わなければならないのである。
  反日の旗幟を鮮明にした李承晩も、独立後の人材難の中、植民地時代の官吏たちの協力を仰がざるをえなかった。私は、独立後間もない時期に政府に登用され、農林部長官などを歴任した。
  激動の歴史を生き抜き、老境に至ってもなお日本への思いを断ち切れない私。好天ならはるかに対馬が望める釜山に居を構え、海峡を隔てた日本の、韓国に比べて濃い緑に思いを馳せる。ホテルの経営者として悠々自適の生活を営みながら、夜には日本のテレビを楽しむ(釜山には電波が届く)。息子たちは、日本のテレビの影響で坂本九の「上を向いて歩こう」を上手に歌い、相撲取りの名前もたくさん知っている。』

「善意の悪政」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/24 02:18 投稿番号: [3592 / 7270]
  どういう文脈の中での発言か聞きそこなったんですがGHQの占領政策のことを指すのか、
  部分的なことなのか、もっと広い範囲のことだったのか?はてさて(正月の放送、録画しとけばよかったなあ)

  ↓「NHK映像ファイル   あの人に会いたい」

http://archives.nhk.or.jp/archives-i/nhk_007.do

  ↓リンクがつながらない時はこちらのページ左側の番組検索からさがせます

http://www.nhk.or.jp/nhk-archives/home.html

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  (写真の字幕です)吉田茂「アメリカは善意の悪政を敷いた。日本は自らの手で直すべきである」
 
  政治家・吉田茂(1878〜1967)、83歳の時のインタビュー。
  戦後日本の進むべき道筋をつけた吉田茂が、サンフランシスコ講和条約締結に至るまでの舞台裏を語る。
  再軍備を迫るアメリカのダレス特使といかに渡り合ったのか、全権を委ねられた5人の大使がいながら、彼一人で日米安保条約を調印した理由は何だったのか。
  アメリカの占領政策に苦しめられながら、戦後日本の出発点を定めた宰相・吉田茂の外交史が浮かび上がる。

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  >83歳のときのインタビュー

   1961年というと、さてどんな時代だったんだろ?(安保騒動の翌年だってくらいしかうかばないなあ)


   さて、日帝下の朝鮮人の感情はGHQ下の日本人の感情と似たところがありそうな気がしてきまして、
   で、「善意の悪政」とは何を指した(意味した)か気になってきた次第です。(放送センターで番組観て来ればいいのですが、なかなか行けずにいます。残念!)

「日韓併合はボランティアであった」

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/02/22 07:12 投稿番号: [3591 / 7270]
前に述べたように、歴史の認識は、事実の認識と同時に価値判断の表明だから双方を含んでいるよ。

ボランティアであったとする根拠は、日本の持ち出しだったから。
地政学的、政治的、外交的理由があるから持ち出しも仕方が無かったという見方もあるかもしれないが、それだけを理由にするにはあまりにも持ち出しが多かった。

>・日本は太平洋戦争遂行の必要上、資源を確保したかった。

資源が必要だったから日米開戦をおこなったのではないの。北部仏印進駐とは異なって、資源確保をめざした南部仏印進駐があったから、石油禁輸があったのであって、日米開戦があったから、南部仏印に進駐したのではないよ。

>・しかし日本は過去に清の支配から解放したはずの朝鮮を併合、支配した前歴があり、白人を追い出した後の独立の約束を手放しで額面通り受け取るにはいまいち懐疑的である。

併合せずに、保護国に留まらせることのほうが抑圧的になる(ロシアのポーランド支配をみればよい。明治の頃に「ポーランド懐古」という歌がはやっているよ。)

この点については何度も書いた。もしアメリカと和平がなった場合、東南アジアをどうしたかは1つの問題。国政指導者の言っていたアジア解放がうそであれば、それだけのかなり大きな国内からする反動はおきたはず。

とにかく、当時アジアでアジア主義を唱えられる実力を持っていたのは日本だけ。
明治以降、日本の「右翼」が福沢を除き(福沢も最初はアジア主義者)、全部アジア主義者だったことはどう説明する。普通、右翼はどこの国でも国粋主義者なんだけど、日本の右翼はアジア主義者。それも、中には印度まで取り込むものもいた。右翼レベル、国民レベル、将兵レベルでは日本はアジア主義だったが、国政指導レベルでは国粋主義者だった?   国政指導者も以前は、少尉であり、大尉であったはず。が、位が上に行くと以前のパトスをなくした?

この日本の上下を挙げてのアジア主義を間違った政策だったといって(特に朝鮮併合に関して)非難するむきもあるんだよ。中川八洋あたりがそうかな。国政指導者・国民全部がアジア主義などという幻想にとらわれたから欧米に負けたのだ、という考え。

中川の説派なかなか説得力がある。

「朝鮮併合に何かありがたい魔術があるかのごとく、国民全員が狂ったのである。ハイエクの言葉をかりれば、国民全体が共観妄想をもったのである」(朝鮮を下に見る保護国化ならばともかく、併合などとんでもない。こんな甘っちょろい考えで欧米に勝てるはずがない。敗戦は必然の結果であった)。ということで、アジア主義に反対。

中川の説によると、国が上下を挙げて共観妄想をしたという点では大東亜解放も同じということになる。

事実と解釈・評価

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/02/22 06:16 投稿番号: [3590 / 7270]
事実ということによって、事実そのものの存在を言っていると思うけど、事実の存在そのものは意味がなく、それが意味を持つのは、その事実が認識された場合のみ。誰も知らぬ惑星にタイヤモンドが山とあっても、「人間に関わる限り」そのダイヤモンドの存在が人間に知られていなければ何の価値も持たない。人間がそれを知れば、では、そこまで行って採ってくるかということになる(宇宙論に関する人間中心主義ーanthropocentricismーもこれじゃないかな。宇宙が存在するのは、それを認識する者がいるから。我々の宇宙とは全く別の宇宙があっても、それを認識する者がいなければ、その宇宙は存在するとも、存在しないとも言えない)

ある現象(特に歴史的現象)においては事実は存在するだけでは意味がなく、それを知るためには認識しなければならない。事実の認識と、認識した事実の価値判断・評価・解釈とは別の次元。ところが、歴史的現象については、事実の認識の中に既に解釈、評価(価値判断)が持ち込まれてしまっていることが多い。

「歴史的客観的」事実について、E.H.カーはこう言っている。
「征服王ウイリアムズがイギリスに上陸した正確な日時と場所、トラファルガーやユトランドの海戦に参加した軍艦の数や火力、ある国の人口、貿易の統計など歴史に関する事実は確定され、テストされ、検証されうる。
しかしこれらの事実が「歴史上の事実」になるのは、これらを使おうとする歴史家の意思による。それらが自己の歴史学にとって重要であるとする歴史家の確信によるのである」

歴史について語ろうとして、ある事実に言及すること事態が一定の価値判断を示しているから、価値から自由な「客観的歴史的」事実というものはない。

「日韓併合はボランティアであった」といわなくても、「日韓併合」と言う事実自体、もしくは日韓併合に言及すること自体が一定の価値判断をしめしている。


ところで、個々の歴史的事実の評価・価値判断をどのレベルで行なうかも問題となる。これは歴史そのものをどう見るかに関わってくる。事実についての価値判断は実はこれに関わる。

人類の歴史は常に向上、上昇していくものだといういわゆる「進歩の歴史学」(「思想の自由の歴史」を書いたビュアリがその例。これは高校の頃原文でよんでるよ。もともとダーウィンの進化論・適者生存に基づいた社会的ダーウィニズムに基づいている)、歴史は頂点に達すれば必ず没落するものだとする「没落の歴史学」(西欧の没落を書いたシュペングラーやトインビーが含まれる)、歴史は神様が決めるものとする「摂理の歴史学」(イギリスの歴史家バターフィールドが含まれる。どういうわけかキリスト国でこの説を採る歴史家は結構いる)。

で、歴史的事実の選択・認識と評価などという価値判断はこれらの歴史の見方、歴史学によって変るから、植民地主義は悪いことではないという歴史学だって成り立ち得る。(強者が弱者を支配して何がわるいんだ、強者と弱者が平等などということこそ不合理だとする歴史学だって成り立ち得る)。

歴史についてももう一つの観点は、歴史は連続したものか、それとも個々の現象が独立しておきるものか、といういうことに関する。トインビーやシュペングラーは歴史は繰り返すものと見る。カーは、歴史は連続したもので、繰り返さないとみる。
カーの理論はこう。自然現象は同じ事柄が同じ条件では繰り返しおきるが、しかし歴史は人間が担う。人間は過去についての記憶をもつ。過去についての記憶を持つものは、歴史について同じことをやらない。(この歴史は繰り返さないというカーの理論については、具体例を挙げて以前レスを書いたよ)。

長くなったのでこの部分は終わり。

韓国20代と386議員の政治性向

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/22 02:47 投稿番号: [3589 / 7270]
20代の政治的性向、半分が「中道」   脱理念化へ
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/02/19/20060219000019.html
>昨年11月、南北が2008年オリンピックの単一チーム構成に合意すると、インターネットに「単一チームは嫌だ」という意見が殺到した。理由は「面白くない」、「韓半島(朝鮮半島)旗を使用すれば、太極旗(テグッキ、韓国の国旗の名称)はどうなるのか」、「大韓民国(テハンミングク)と応援歌も歌えなくなる」という理由。

>「時期大統領の国政運営能力のうち、最も重要なのは何か」という質問には20代の63.5%が「経済問題解決のための能力」と答え、「統一問題の解決能力」と答えた20代は1.7%に過ぎなかった。

「中道」というより、これは北の惨状から目をそらして、わがままな自己チューじゃないのか。
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386議員ら「自由主義経済政策を支持」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72936&servcode=200&sectcode=200
>386世代(60年代生れで80年代に大学に通った世代)の議員らは「自由主義的な経済観」を持っていることが分かった。
>386世代国会議員ら36人を対象に行ったアンケート調査で、回答者らは「市場の自律性を最大限に保障し(91.7%)、FTA(自由貿易協定)の推進などを通じて市場開放を拡大すべき(89.9%)」との認識を示した。

>386議員らはまた、約60%が「南北(韓国・北朝鮮)連携より韓米連携を優先すべき」(63.9%)、「北朝鮮に人権改善を求めるべき」(58.3%)という見方を表明。

>歴代大統領への評価は、金大中(キム・デジュン、36.1%)、朴正煕(パク・ジョンヒ、22.2%)の順に高かった。

40%以上が北朝鮮の人権改善を求めていないことと、金大中が一番人気になるところが情けない。

ノーベル平和賞をカネで買った金大中は、民主化運動の闘士のように言われていますが、日本の在日組織に政治資金をオネダリに来て、朴大統領と在日組織の関係を保つためにKCIAによって拉致されたので自ら真相を明らかにできないという話は本当でしょうか。

赤城カンチョー様、ご教示願います

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/02/20 10:11 投稿番号: [3588 / 7270]
いつもわたくしの投稿におつきあいいただき、示唆に富んだご教示をいただき感謝しています。

歴史には客観的な「事実」そのものと「解釈、評価」があると思います。
前者の「事実」そのものは立場が違ってもひとつであると思います。
後者の「解釈、評価」は立場や価値観によって答えは一つではないと思います。


さて、「日韓併合はボランティアであった」「大東亜戦争はアジアの解放戦争であった」この二つの命題は「事実」ではなく「解釈、評価」であると思いますが、いかがでしょうか?

わたしは「日韓併合はボランティアであった」「大東亜戦争はアジアの解放戦争であった」これを「事実」と呼ぶことにはいささか抵抗があるのですが、「解釈、評価」とするならば、立場や見方によってはそういう解釈もありかなあとは思っています。

わたしが「事実」と認めるのは以下のようなことであります。

・日本は日清戦争後1895年の下関条約において朝鮮を清の支配から独立させた。
・日本は1905年に朝鮮を保護国化、1910年に併合した。
・日本の朝鮮支配は収支の面では日本側の持ち出しのほうが多かった。
・日本の支配の間、朝鮮の人口は増えた。
・日本は朝鮮においてインフラ整備、教育の普及を行った。
・日本は「戦後独立」の約束をスカルノらと交わし、彼らの協力を得た。
・日本軍は全国住民組織、軍隊など、オランダが決して教えなかったことを教えた。
・結局日本はインドネシア独立の約束ははたせないまま敗戦を迎える。
・1945年8月17日、スカルノはインドネシア共和国の独立を宣言したが、正式に独立が承認されるのは、再支配をめざすオランダとの戦争後、1949年のこと。

そして、事実は事実としてわたしの解釈、評価は以下のごときであります。

・日本の朝鮮支配はそれまでの欧米の植民地支配とは大きく異なる面があった。
・日韓併合は収支の面から判断するとマイナス収支であり、日韓併合は物質的な収奪を目的としたものとは言えないであろう。
・大陸進出の足がかり、あるいは地政学的な安全の必要上、あるいはたんに領土拡大はよいことだという考えがあったのかも知れない。
・日本の統治時代のインフラ整備や教育によってもたらされたプラス面は否定できないであろう。
・日本は太平洋戦争遂行の必要上、資源を確保したかった。
・アジアの白人勢力を駆逐する必要上、インドネシアにてこ入れし、将来の独立を約束し、義勇軍の養成なども行った。
・日本軍がオランダと戦って見せたこと自体はインドネシア人に大きな刺激を与えたであろう。
・しかし日本は過去に清の支配から解放したはずの朝鮮を併合、支配した前歴があり、白人を追い出した後の独立の約束を手放しで額面通り受け取るにはいまいち懐疑的である。
















わたしのおすすめ、早崎隆志さんのホームページ
http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/indonesia/

Re: 第2次日韓協約

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/20 02:12 投稿番号: [3587 / 7270]
>それ以前、以後の韓国の政治状況がどういうものだったかをみれば


  18世紀末以降の朝鮮国内政治史がどんなものか少し調べてみようかと(宿題が山になって「山体崩壊」起こしそうです   苦笑)

  先日の美術館紀行で紹介されていた収蔵品の「2百年前に描かれた」と紹介されていた画を朝鮮王朝最後の頃のものとの差を見ると
  朝廷の力がお抱え画家の筆致にも影響しているとするならば、見るも無残な「凋落」があったのかな?と思っていた次第です。
  (末期の画家の画が駄作だという意味ではありません。画自体は良いものでした)

  で、ご紹介いただいたサイトをみていましたら(毎度ありがとうございます)

  ↓まだ全部は読んでいませんが、もしかして「閔妃」ひとりのせいかしらん?(じっくり読まなきゃ・・また「宿題」です   苦〜)

http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/krjp/krjp03.html




Re: 第2次日韓協約

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/19 00:03 投稿番号: [3586 / 7270]
>ソウルの情報元はどういう人物なのか、そのとき現場にいたのか伝聞なのかとか・・真実も何もまだまだこれからかと

あくまでも、ロシア側の人物が情報元であり、「伝聞」ですね。

公電の内容の真偽については、「北の狼ファンクラブ」サイトの「北の狼投稿集:第二次日韓協約編」に詳細な説明があり、そこから抜粋します。
http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/krjp/

>>「14日から日本軍の多くの歩兵部隊、騎兵隊、砲兵隊が邦人保護を口実に昼夜ソウルの路上にあふれ、宮殿を包囲した」
>>「伊藤博文特使は将軍や部隊を引き連れて宮殿に乗り込んだ」

>現地の林公使は以下のように桂臨時兼任外務大臣に打電している。
>「.....唯韓国宮中並大官輩は疑惧の念を抱き、無頼の儒生等亦多少反抗を試むへきに付、其実行の方法に関して多少威圧を要することあるへきと思考するに付、予め御含を乞ふ。.....」(『日本外交文書』、電信第362号、

つまり、日本側が軍隊を出動した理由は、韓国の宮中や閣僚に対する、無頼の儒生等亦多少反抗して暗殺や騒乱を防ぐために、韓国の宮殿を守備するものであったと。
政敵の暗殺が政治党争である韓国の治安が悪かった、という話ですね。


>>「韓国閣僚が署名に抵抗したため、日本側は強権を発動。朴斉純外相の自宅に憲兵隊を送り、用意した条約文に署名を強要したが、外相が拒むので、日本側が自らなつ印した。伊藤特使は『これで保護領協定が締結されたと見なす』と宣言した」

これは、二十三日付け『チャイナ・ガゼット』紙の伝聞記事をさらに誇張した内容になっています。
職印については、上記記事等によっても、「日本の公使館員が憲兵を伴い韓国外務省(官邸)に出向いて、外務顧問のスチーブンスから受領してきた」もので、「日本側から自らなつ印した」かどうか当事者の記録はありません。
しかも、ずっと宮殿で閣僚協議を行い、その後条約文に署名したのは朴斉純外相一人で、彼が「署名を拒む」のに、「日本側が自らなつ印」しても仕方ないでしょう。(笑)


>>「高宗皇帝は『条約を認めるなら、死んだ方がましだ』として拒んだが、日本の憲兵隊は宮殿内にもあふれ、抵抗できない状況に追い込まれた」

>高宗は特派大使の伊藤博文に感謝の意を繰り返して表明しており、なおかつ締結後即座に、法部大臣陸軍副将李址鎔を特派報聘大使として来日させ、天皇に感謝の意を表した新書を捧呈した

また、閣僚会議でも反対意見や疑問点を発言する者もいて、日本側の威圧や強制という雰囲気ではありません。
宮殿内に日本の軍がいて、身の安全があったから、自由に発言していた状況だと思います。(笑)

まあ、この日韓協約だけでなく、それ以前、以後の韓国の政治状況がどういうものだったかをみれば、何事も日本のセイにするのは恥ずべき行為だと思いますけど。

 ソウルに行きたくなりました

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/18 02:35 投稿番号: [3585 / 7270]

  ↓ 世界美術館紀行 「韓国・壮大なる美の殿堂   〜ソウル・国立中央博物館」

http://www3.nhk.or.jp/omoban/main0217.html#20060217003

____________________________________

  去年10月、韓国ソウル市で国立中央博物館の新たな門出を祝すセレモニーが盛大に催された。新しい博物館は、間口が400メートルを超える巨大な建築に13万点余りの所蔵品から選りすぐった名品が並び、来館者でごった返しているという。
  一階の展示室には、古墳から出土した豪華な金冠や人物土器、石の仏塔や優美な弥勒菩薩半跏思惟像など、日本の古代史とかかわりのあるものが多い。古墳の発掘を行う博物館は、出土遺物により年々所蔵品が増えている。更に、市民からの寄贈も多い。
  国立博物館は、朝鮮総督府博物館を引き継ぎ、1945年、朝鮮時代の宮殿・景福宮で産声を上げた。高麗青磁や白磁、シルクロードの仏教壁画などは、戦前からのものだ。前館長で新しい博物館建設の総責任者チョン・ヤンモ氏は、誕生直後からの博物館の苦難の歴史をよく知る人だ。50年には、朝鮮戦争でソウルが占領され、釜山に美術品2万点を避難させた。86年には、旧朝鮮総督府庁舎に移転したが、忌まわしい記憶の残る建物への反発で庁舎は解体。旧総督府博物館を受け継ぐだけに、博物館の動向はいつも韓国民の関心を集めてきた。
  新しい博物館の二階にある絵画作品の多くは、戦後、収集されたもの。中でも、その精神まで写すと言う肖像画は、韓国で特に大切にされた。
  番組では、戦後60年にしてようやく、悲願だった安住の地を得て開館した国立博物館の歩みを、所蔵の名品を通して見て行く。

____________________________________

  ↓「「国立中央博物館」開館!   忙しい人のための最短観覧コース紹介 」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/10/24/20051024000074.html
___________________________________

  国立中央博物館は1度にすべての展示物を見るところではない。膨大な敷地内に数多くの展示物があるためだ。制限された時間内にどうすれば「最善の」観覧ができるのか?博物館が提示した「お勧めコース12種セット」を参考に、時間帯別の観覧コースを紹介する。「正式コース」と「名品ベスト10コース」を除いたコースは、博物館PDAの助けを借りよう。

  <11時間以上>

  「正式コース」。すべての展示物をひとつひとつすべて観覧する「コンプリートツアー」だ。動線の全長は約4キロメートル。結論から言えば、決してよいコースとはいえない。1度に3時間以上歩いていると、展示物は目に入らず、「博物館疲労(museum fatigue)」でダウンしてしまうかもしれない。

  博物館のすべてを1度に見る必要はない。ソウル・龍山(ヨンサン)に行けば、いつもそこにあるのがこの博物館。6つに分かれた展示館を幾つかだけ集中的に見て、次にまた来て観覧すればからだ。

〜略〜
<40分>

  会社の昼休みなどを利用してやってきたという人のためのコース。「先史時代」(29点)、「古代の装飾具」(32点)、「朝鮮のお洒落、朝鮮の生活」(31点)、「偉大な仏教文化」(28点)の4コースだ。

朝鮮日報
_______________________________________


>1度に3時間以上歩いていると、展示物は目に入らず、「博物館疲労(museum fatigue)」でダウンしてしまうかもしれない。


  そりゃあ、一点一点「生真面目に」観て回ったら20代の体力が無い限りダウンするだろうなあ

  3泊4日として、と・・・

   初   日:コース下見(展示室・付属施設)、ミュージアム・ショップ商品の品定め
   2日目:お好みコース前半、M・ショップでさらに「品定め」  

   3日目:お好みコース後半、同上にてショッピング(♪)

   4日目:気になる展示品をもう「ひと目」、同上にて「未練」の整理(笑)


   まあ、いつか休みが取れるようになったらの話ですけどね(寂笑)


  ↓入場料は2千ウォンと日本の感覚だとお手軽なんですけどね。向こうじゃ高いのかな?
   (他の施設と比べて高いのかそれとも博物館にそれほど興味が無いのか?ま、日本も特別展以外のときは空いてるでしょうけど)
 
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/04/20060104000016.htm

Re: 第2次日韓協約

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/18 01:37 投稿番号: [3584 / 7270]
>(冗談)

  冗談でよかったですよw(実は「学力」コンプレックスの強い兎亀です)


>どれだけ信憑性があり、どれだけ真実に近いものでしょうか。

>>モスクワの帝国外交資料館で見つかった。

  発見された公電自体は本物なんじゃないでしょうか。

  ただ、信憑性については(この公電ひとつで証明になったらさぞ楽でしょうけど・・)
「こういう情報がソウルから入ってきた」という内容以上でも以下でもないといった感じです。

  「ソウルから情報が来た」は事実。

  「その情報によれば〜」で発信された「公電」とされるものが発見されたのは事実。

  で、この「ソウルからの情報を基に〜」

>>「韓国閣僚が署名に抵抗したため、日本側は強権を発動。朴斉純外相の自宅に憲兵隊を送り、用意した条約文に署名を強要したが、
>>外相が拒むので、日本側が自らなつ印した。伊藤特使は『これで保護領協定が締結されたと見なす』と宣言した」
>>「高宗皇帝は『条約を認めるなら、死んだ方がましだ』として拒んだが、日本の憲兵隊は宮殿内にもあふれ、
>>抵抗できない状況に追い込まれた」

  と、ソウルの情報元はどういう人物なのか、そのとき現場にいたのか伝聞なのかとか・・真実も何もまだまだこれからかと
 
  現場にいた人物からの証言だったとしても「強制されて無理やり〜」って「理由」は昔は使われる事がなかったかどうか・・
(これには当時のソウル側の情報元とロシア側との力関係がどのようなものだったかにもよるでしょうけど)


>>ドミトリー・パブロフ教授の調査で発見された。

  ↓こんな人でした   「Foresight   2005年7月号(新潮社)」
    
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/200507/person_01.html

____________________________________

ドミトリー・パブロフ
Dmitri Pavlov
1954年生れ。モスクワ大学歴史学部卒。歴史学博士。現在、モスクワ工科大学教授。『露日戦争』『メンシェビキ』『第一次ロシア革命』など著書多数。

  日米開戦前夜、ドイツ紙記者を隠れ蓑に東京で大がかりなスパイ活動を展開した旧ソ連の大物スパイ、リヒャルト・ゾルゲの存在はよく知られている。しかし、百年前の日露戦争(一九〇四年二月―〇五年九月)で、フランス紙の記者が帝政ロシアのために、日本で大胆なスパイ活動をしていた事実は知られていない。
  その仏人記者は、日本の政財界や軍の上層部に「ディープスロート(情報源)」を確保し、御前会議や元老会議の討議内容を入手。日本軍の奉天攻撃など各種の機密情報をロシア側に通報していたのである。
  バレ(Balais)という姓の仏紙フィガロの東京特派員の存在は、筆者が最近、モスクワのロシア帝国外交資料館で行なった調査で初めて判明した。バレの正体は謎の部分が多いが、日露戦争を通じてロシア側の最も有力なスパイだったことは間違いない。この調査により、日露戦争で空白となっていたロシアの「上海スパイ網」の活動も明らかになった。バレを中心に、もう一つの「日露戦争」に迫ってみよう。
  日露戦争では、情報戦でも日本が勝利したとされている。明石元二郎大佐による革命誘発を狙った対露諜報工作は有名だし、ロシアの月刊誌『ロージナ』も昨年の日露戦争特集号で、日本が旧満州(中国東北部)一帯に中国人やモンゴル人を使って強力な情報網を構築したことを紹介、「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。
  訳=名越陽子

(続きは本誌でご覧下さい)
___________________________________

>「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。
>しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。

  収集した「情報の質」に問題がなかったかなんてのも検証してみると面白いでしょうね。

 

   
 

第2次日韓協約

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/17 22:54 投稿番号: [3583 / 7270]
兎亀さんに宿題です。(冗談)
お願いします。

>ソウルからの情報を基に、上海の情報拠点からロシア外務省に送られた公電

どれだけ信憑性があり、どれだけ真実に近いものでしょうか。
------------------------------------------------ -
保護領化、銃剣で強制=ロシアで新資料−1905年の日韓協約

  【モスクワ16日時事】日露戦争後、日本が韓国の外交権を奪い、朝鮮半島併合につながった1905年11月の第2次日韓協約は、日本が銃剣の圧力により強制したもので、韓国外相のなつ印を日本側が代行したとするロシア情報機関の機密公電がモスクワの帝国外交資料館で見つかった。
  過去の日韓論争では、韓国側が日韓協約は非合法で無効と主張、日本側は当時の国際法では合法的で有効だとして対立したが、第三国による観察は論争に一石を投じる可能性がある。この公電はロシアの歴史学者、ドミトリー・パブロフ無線・電子工科大教授の調査で発見された。
  ソウルからの情報を基に、上海の情報拠点からロシア外務省に送られた公電(05年11月24日付)は、11月17日の協約締結の状況について「14日から日本軍の多くの歩兵部隊、騎兵隊、砲兵隊が邦人保護を口実に昼夜ソウルの路上にあふれ、宮殿を包囲した」「伊藤博文特使は将軍や部隊を引き連れて宮殿に乗り込んだ」と伝えた。
  17日の締結に関しては「韓国閣僚が署名に抵抗したため、日本側は強権を発動。朴斉純外相の自宅に憲兵隊を送り、用意した条約文に署名を強要したが、外相が拒むので、日本側が自らなつ印した。伊藤特使は『これで保護領協定が締結されたと見なす』と宣言した」「高宗皇帝は『条約を認めるなら、死んだ方がましだ』として拒んだが、日本の憲兵隊は宮殿内にもあふれ、抵抗できない状況に追い込まれた」としている。
(時事通信) - 2月17日7時1分更新

今更・・

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2006/02/17 00:17 投稿番号: [3582 / 7270]
ハイヒールの番組で、トルコが親日国家だと言うことが、紹介されていた。ハッキリ言って・・今更ですか?船名は言っていなかったが、エルトゥールル号のことやイラン・イラク戦争のときのことなども紹介していた。番組に出てる人たちは大いに感銘を受けたようで、トルコに興味津々の模様。ま、江川達也は、当然知ってたけどね。そらそうだ!日露戦争物語なんぞ描いてるんだから、それで知らなければ馬鹿にされる。

韓国ならず者政権

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/02/16 23:37 投稿番号: [3581 / 7270]
こういう政権を許した妄想の歴史・現実認識に対する、右派保守派からの激しい反撃に期待します。

【社説】両極化を解決すると主張しながら分裂をあおるのか
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72799&servcode=100&sectcode=110
>青瓦台(チョンワデ、大統領府)の両極化キャンペーンの根本にある認識には納得しがたい点が多い。 インターネットホームページで始まった企画シリーズは、大韓民国を「勝者独占のカジノ経済」と規定し、国民を「勝ち組の20%」と「負け組の80%」に分けた。 そして「強者の貪欲には限りがなく残忍だ」とし、両極化の責任が‘持つ者’にあると扇動した。 李炳浣(イ・ビョンワン)青瓦台秘書室長は15日、在外公館長会議で「こうした状態へ向かえば韓半島は3つのコリア、すなわち貧富の格差による2つの大韓民国と北朝鮮に分かれるかもしれない」とまで述べた。
>両極化の解消が重要な社会的課題の一つであることを否認する人はいない。 社会安全網の構成に誰が反対するだろうか。 しかし方法が問題だ。 両極化は、国民を分裂させ、葛藤を助長して解決されることでない。 「勝ち組20%」が持つものを奪って、残り80%に分けるという言葉でないはずだ。 にもかかわらず、このように極端な対決を誘導するのをみると、経済的失敗に対する責任を転嫁しようということか、地方選挙を約100日後に控えて80%の票を得ようという政治的意図だと疑うしかない。

ちなみに、ノ・ムヒョンの経済政策は以下の通り。

[社説]小さな政府の実現に日本の命運がかかる
>盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は今年の年頭の辞で、二極化解消のための増税と「大きな政府」の必要性を強調した。社会的雇用を生み出して福祉システムを構築するためには、税金もさらに取り立てて公務員の数も増やさなければならないというのだ。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006021409318

そもそもノ・ムヒョンや側近連中は、サヨク民主化・労働運動家出身のならず者の集合体ではないか。

【社説】貧困問題は「強者のどん欲さのせい」と主張する大統領府
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/02/16/20060216000001.html
>現在、韓国が抱えている貧困問題の本質は、数年間経済が低迷し、企業の投資と雇用が萎縮したためだ。つまり、貧富の格差は「勝者のどん欲さ」のせいではなく、この政権の国家経営能力が失格だからだ。
>にもかかわらず、自らの無能さを反省するどころか、「金持ちのせい、江南のせい、ソウル大学のせい」という主張が繰り返されているのだ。
>こうした現実認識も問題だが、大統領府が素性の知れない「特別企画チーム」という名の下で、「学生運動のスローガン」のレベルに過ぎない両極化特集をホームページで連載した本当の目的が疑わしい。

これは経済政策だけでなく、過去史清算や外交政策にもいえることである。

「韓国経済は数多くの難問と不確実性抱えている」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/02/16/20060216000052.html
>ソウル大の安秉直(アン・ビョンジク)名誉教授も事前配布した論文で「市場経済体制の定着に向けてやるべきことが山積しているにもかかわらず、現政権は無気力だ」とし、「統一政策のために大韓民国の正統性が脅かされ、韓米同盟も揺らぎ、経済発展の基本条件は崩れつつあるなど、われわれが支払っている代価は余りにも大きい」と述べた。
>安名誉教授はまた、「韓国に自由民主主義がしっかり根を下ろしたとは言い難く、市場経済体制の安定化に向けて現政権は何を行っているのかわからない。現政権の政策の中で目立つのは統一政策だけ」と指摘した。

【歴史】韓国政府主導の「過去史整理」に待った
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/02/15/20060215000071.html
>従来の過去史機構の実態を調査した洪晋杓政策室長は、まず、「国家情報院の過去史委員会は10人の民間委員のうち8人が学生運動出身者か、そのような傾向をもつ者で構成されており、他の委員会も3分の2は、与党の立場に同調する人物からなるため、調査のバランスの取れた感覚や、中立性を担保

続 「〜再認識」空前絶後の当日売り切れ現

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/15 04:11 投稿番号: [3580 / 7270]
  続きです


___________________________________
投稿者 : mikasa 投稿日時 : 2006-02-14 PM 10:38 照会数 : 78 推薦数 : 1


〜   厳密に言えば、そのような話はその時代を生きた人々の「政治」であり、今日を生きる現代人に要求される近代科学ではない。それは民族というものを歴史の根本要因に置いた中世的根本主義の延長かも知れない。根本主義に根拠したドグマは、死んだ人々を審判して生きている人々を教化しようとする。しかし人間精神の本質は自由だから、ドグマが強要されれば反発するしかない。やがて共同体は分裂し社会は反目する。私が『解放前後史の再認識』 の編集に喜んで参加したのは、いよいよそのドグマが権力化して、いわゆる歴史を清算する事態となり、共同体の分裂と社会の反目が大変深刻な水準に達したと感じたからだ。
 


イ・ヨンフン(ソウル大教授, 経済史)

※この文は、2月14日付け朝鮮日報に掲載されたコラムです。(編集者注)


ニューライト・ドット・コム客員コラム
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr06000&num=1252


<コメント>
  左翼的自虐史観の是正を目指すこととか、出版社が敬遠したとか、何か新しい歴史教科書をつくる会が辿った道とそっくりです。目指すところもわりと似ているような気がする。

____________________________________



 

   こんなにまともな学者がいるのになぜあのような政府や新聞が出来たのでしょうね。(不思議だ)

「〜再認識」空前絶後の当日売り切れ現象

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/15 03:55 投稿番号: [3579 / 7270]
  14日付   朝鮮日報コラムとありますが日本語版には載っていませんでした。(mikasa氏の投稿はいつも内容がいいですね)

   ↓『解前史』その荒っぽいドグマ『解放前後史の再認識』 空前絶後の当日売り切れ現象   権力化されたドグマに対する反発  

http://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=42774&page=1

_____________________________________

売り切れだそうです 投稿者 : mikasa 投稿日時 : 2006-02-14 PM 10:38

解前史』その荒っぽいドグマ   『解放前後史の再認識』 空前絶後の当日売り切れ現象   権力化されたドグマに対する反発  

[イ・ヨンフン / 2006−02−13 23:18] 照会:556

   『解放前後史の再認識』が、書店に置かれてから一日で初版2000部が売り切れたと言う。「大韓民国はアメリカの植民地だった。」、「少数の親日の輩がアメリカと結託して民族分断の悲劇をもたらした。」、「6.25は革命的な統一戦争だった。」。 こんな荒っぽい話にこの20年間苦しんで来た大韓民国の多くの国民は、「何か良い本がないか」と待っていた心境だった。そういう国民的渇望が、人文社会系出版では前例がないという発売開始当日の売り切れ現象をもたらしたのだ。

   もちろん立場によっては、そのように見ないむきもある。本の序文でも紹介されたが、この本は編集途中で二度も出版社から出版取り消しにあった。他の二つの出版社からは、検討一週間後に出刊不可という返事をもらった。約束の刊行日をわずか半月後に控えて出刊を取り消して来た出版社社長は、「申し訳ないことだが、出版社としても金銭的損害も大きいが、取り消すほかないのは、この本の主旨に到底共感することができないからだ。」と説明した。私はその社長の非金銭的な計算と思想的志操を尊重する。

   それほど韓国社会は歴史認識において大きく分裂している。どうして分裂したのか? 他人が受け入れることができないドグマ(教条)が強要される時、共同体は分裂して解体される。ドグマと言うものは宗教的信念に基礎があり、森羅万象の因果応報がある単一の要因によって支配されるという根本主義的考え方を特徴にする。それは本質的に中世的だ。一方で、近代科学は、多くの要因の相互作用を重視する多元主義的な考え方を特徴としており、客観性の基礎として、経験的な資料やデータを重視する。近代科学ではドグマは有り得ない。

  過去の人々が残した資料やデータは不完全であるのが普通だから、近代史学に要求される客観性の基礎も、常に不完全で可変的であるしかない。だからこそ、歴史学者は歴史に対していつも謙虚でなければならない。近代科学の客観性は、窮極的に神に対する研究者個人の正直さに基礎するというマックスウェーバーの主張は、他のどの分野でよりも歴史学において一番妥当する。歴史学者に謙遜の美徳が一番切実に要求される場合があるとすれば、それは、まさに、彼が住んでいる国家の成立過程と道徳的正当性に関する問題と言える。何故ならば、国家は生きている千万生霊たちの共存共栄を保障する文明機構としてその功利性があまりにも重大であるからだ。歴史学者は国家の歴史を扱うときには、畏怖心を持って愼重の上にも愼重を期さなければならない。

   私が『解放前後史の認識』と言う本に批判を突きつけた基本的な理由は、このように近代史学に要求される謙遜と畏れの美徳を見出すことができなかったからだ。大韓民国は何の根拠でアメリカの植民地だったと言うのか。一方で北朝鮮は、何の根拠で革命的な民主基地だったと言うのか。こんな基礎的な質問に対して、その本の主要筆者たちは何も提示していない。何回もあちこちひっくり返して見たが、そんな基礎的な質問とそれに相応する論証は試みさえなかった。ただ解放前後の時期を生きて大韓民国に敵対的、批判的であった人々の話をあちらこちらに並べているだけだった。

〜続く〜
______________________________________


>Re: 続2左派民族主義 VS 右派脱民族〜

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/15 03:30 投稿番号: [3578 / 7270]
  >>過去史清算作業を指揮する「真実と和解に向けた過去史整理委員会」の宋基寅(ソン・ギイン)委員長さえも、過去史清算を既得権勢力と反既得権勢力の闘争と解釈している

  >>   権力の不純な思惑を暴露し、偏った歴史の書き直しを是正する有識者の社会参加がいつにも増して求められる


  >おバカで左巻きの韓国政府の「過去史清算」を、更に清算する時も近い将来でしょう。(笑)

  総力を結集しての市民運動になるかもしれませんね(西安事件の国共合作みたいな感じもするけど)


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