Re: 第2次日韓協約
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/02/18 01:37 投稿番号: [3584 / 7270]
>(冗談)
冗談でよかったですよw(実は「学力」コンプレックスの強い兎亀です)
>どれだけ信憑性があり、どれだけ真実に近いものでしょうか。
>>モスクワの帝国外交資料館で見つかった。
発見された公電自体は本物なんじゃないでしょうか。
ただ、信憑性については(この公電ひとつで証明になったらさぞ楽でしょうけど・・)
「こういう情報がソウルから入ってきた」という内容以上でも以下でもないといった感じです。
「ソウルから情報が来た」は事実。
「その情報によれば〜」で発信された「公電」とされるものが発見されたのは事実。
で、この「ソウルからの情報を基に〜」
>>「韓国閣僚が署名に抵抗したため、日本側は強権を発動。朴斉純外相の自宅に憲兵隊を送り、用意した条約文に署名を強要したが、
>>外相が拒むので、日本側が自らなつ印した。伊藤特使は『これで保護領協定が締結されたと見なす』と宣言した」
>>「高宗皇帝は『条約を認めるなら、死んだ方がましだ』として拒んだが、日本の憲兵隊は宮殿内にもあふれ、
>>抵抗できない状況に追い込まれた」
と、ソウルの情報元はどういう人物なのか、そのとき現場にいたのか伝聞なのかとか・・真実も何もまだまだこれからかと
現場にいた人物からの証言だったとしても「強制されて無理やり〜」って「理由」は昔は使われる事がなかったかどうか・・
(これには当時のソウル側の情報元とロシア側との力関係がどのようなものだったかにもよるでしょうけど)
>>ドミトリー・パブロフ教授の調査で発見された。
↓こんな人でした 「Foresight 2005年7月号(新潮社)」
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/200507/person_01.html
____________________________________
ドミトリー・パブロフ
Dmitri Pavlov
1954年生れ。モスクワ大学歴史学部卒。歴史学博士。現在、モスクワ工科大学教授。『露日戦争』『メンシェビキ』『第一次ロシア革命』など著書多数。
日米開戦前夜、ドイツ紙記者を隠れ蓑に東京で大がかりなスパイ活動を展開した旧ソ連の大物スパイ、リヒャルト・ゾルゲの存在はよく知られている。しかし、百年前の日露戦争(一九〇四年二月―〇五年九月)で、フランス紙の記者が帝政ロシアのために、日本で大胆なスパイ活動をしていた事実は知られていない。
その仏人記者は、日本の政財界や軍の上層部に「ディープスロート(情報源)」を確保し、御前会議や元老会議の討議内容を入手。日本軍の奉天攻撃など各種の機密情報をロシア側に通報していたのである。
バレ(Balais)という姓の仏紙フィガロの東京特派員の存在は、筆者が最近、モスクワのロシア帝国外交資料館で行なった調査で初めて判明した。バレの正体は謎の部分が多いが、日露戦争を通じてロシア側の最も有力なスパイだったことは間違いない。この調査により、日露戦争で空白となっていたロシアの「上海スパイ網」の活動も明らかになった。バレを中心に、もう一つの「日露戦争」に迫ってみよう。
日露戦争では、情報戦でも日本が勝利したとされている。明石元二郎大佐による革命誘発を狙った対露諜報工作は有名だし、ロシアの月刊誌『ロージナ』も昨年の日露戦争特集号で、日本が旧満州(中国東北部)一帯に中国人やモンゴル人を使って強力な情報網を構築したことを紹介、「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。
訳=名越陽子
(続きは本誌でご覧下さい)
___________________________________
>「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。
>しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。
収集した「情報の質」に問題がなかったかなんてのも検証してみると面白いでしょうね。
冗談でよかったですよw(実は「学力」コンプレックスの強い兎亀です)
>どれだけ信憑性があり、どれだけ真実に近いものでしょうか。
>>モスクワの帝国外交資料館で見つかった。
発見された公電自体は本物なんじゃないでしょうか。
ただ、信憑性については(この公電ひとつで証明になったらさぞ楽でしょうけど・・)
「こういう情報がソウルから入ってきた」という内容以上でも以下でもないといった感じです。
「ソウルから情報が来た」は事実。
「その情報によれば〜」で発信された「公電」とされるものが発見されたのは事実。
で、この「ソウルからの情報を基に〜」
>>「韓国閣僚が署名に抵抗したため、日本側は強権を発動。朴斉純外相の自宅に憲兵隊を送り、用意した条約文に署名を強要したが、
>>外相が拒むので、日本側が自らなつ印した。伊藤特使は『これで保護領協定が締結されたと見なす』と宣言した」
>>「高宗皇帝は『条約を認めるなら、死んだ方がましだ』として拒んだが、日本の憲兵隊は宮殿内にもあふれ、
>>抵抗できない状況に追い込まれた」
と、ソウルの情報元はどういう人物なのか、そのとき現場にいたのか伝聞なのかとか・・真実も何もまだまだこれからかと
現場にいた人物からの証言だったとしても「強制されて無理やり〜」って「理由」は昔は使われる事がなかったかどうか・・
(これには当時のソウル側の情報元とロシア側との力関係がどのようなものだったかにもよるでしょうけど)
>>ドミトリー・パブロフ教授の調査で発見された。
↓こんな人でした 「Foresight 2005年7月号(新潮社)」
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/200507/person_01.html
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ドミトリー・パブロフ
Dmitri Pavlov
1954年生れ。モスクワ大学歴史学部卒。歴史学博士。現在、モスクワ工科大学教授。『露日戦争』『メンシェビキ』『第一次ロシア革命』など著書多数。
日米開戦前夜、ドイツ紙記者を隠れ蓑に東京で大がかりなスパイ活動を展開した旧ソ連の大物スパイ、リヒャルト・ゾルゲの存在はよく知られている。しかし、百年前の日露戦争(一九〇四年二月―〇五年九月)で、フランス紙の記者が帝政ロシアのために、日本で大胆なスパイ活動をしていた事実は知られていない。
その仏人記者は、日本の政財界や軍の上層部に「ディープスロート(情報源)」を確保し、御前会議や元老会議の討議内容を入手。日本軍の奉天攻撃など各種の機密情報をロシア側に通報していたのである。
バレ(Balais)という姓の仏紙フィガロの東京特派員の存在は、筆者が最近、モスクワのロシア帝国外交資料館で行なった調査で初めて判明した。バレの正体は謎の部分が多いが、日露戦争を通じてロシア側の最も有力なスパイだったことは間違いない。この調査により、日露戦争で空白となっていたロシアの「上海スパイ網」の活動も明らかになった。バレを中心に、もう一つの「日露戦争」に迫ってみよう。
日露戦争では、情報戦でも日本が勝利したとされている。明石元二郎大佐による革命誘発を狙った対露諜報工作は有名だし、ロシアの月刊誌『ロージナ』も昨年の日露戦争特集号で、日本が旧満州(中国東北部)一帯に中国人やモンゴル人を使って強力な情報網を構築したことを紹介、「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。
訳=名越陽子
(続きは本誌でご覧下さい)
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>「ロシア帝国の敗因は情報収集・分析を怠った情報戦の失敗にある」と日本に軍配を上げていた。
>しかし、実際にはロシア帝国も情報戦で健闘していたのである。
収集した「情報の質」に問題がなかったかなんてのも検証してみると面白いでしょうね。
これは メッセージ 3583 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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