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Re: 赤城さんの言うことは
投稿者: WD84c_4T_GTEU 投稿日時: 2006/01/11 12:55 投稿番号: [3280 / 7270]
こんにちは。普段ROMしている者です。
個人的な感想ですが、tydkemvoさんは量子力学に対するアインシュタイン
(EBRパラドックスなど)ではなく、相対性理論に対するコンノケンイチに
なっているんですよ。
コンノケンイチのままでは、同調しては貰えないと思いますよ。
アインシュタインになるためには、相手を納得させるだけの資料を出すのは
当然ですが、相手に自分の意見を理解させる(別に相手の意見を変えさせる
必要は無いです)だけのプレゼンテーション能力も必要ですので、難しい
ですけどね。
>一面(一部分)のみを強調しすぎているのではないかと思うのです。
赤城さんは赤城さんの意見を、それを補強する資料と共にプレゼンテーション
しているだけだと思いますが(違っていたらごめんなさい)。
多面的な議論をしたいのなら、別の方がそのプレゼンテーションをすれば
済む話で、赤城さんが複数の意見をプレゼンテーションする必要は無い
ですね。
これは メッセージ 3279 (tydkemvo さん)への返信です.
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赤城さんの言うことは
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 09:37 投稿番号: [3279 / 7270]
一面(一部分)のみを強調しすぎているのではないかと思うのです。
赤城さんの言うことはAかBか、○か×か、白か黒か、右か左か、みたいなとこあるでしょ?
歴史って二者択一みたいなAかBかどっちか、みたいなことじゃないと思うんですよ。
Aという側面もあったがBという側面もあったというような、歴史はいろいろな側面をもった多面的なものであると思っています。
日韓併合は日本の持ち出しのほうが多く慈善事業であったと、たしかに収支の面でとらえれば日本の持ち出しが多かった、教育にも力を注いだ、今で言うODAみたいな面はあったと思います。皆さんの言うようなことはわかっています。でもそれだけですか?純粋に善意だけで、慈善事業だけで国民の血税を注ぎ込んだのですかと。
何度もお断りしているように、みなさんのおっしゃることはわかるが、それだけだったのだろうかということを敢えて言いたかった訳ですよ。
日米開戦についても、ちょっと何か言っただけで怒濤のレス、そのうち冷静な投稿もありましたが、感情むき出しの罵倒も多かった。なんであそこまで拒否反応があるのかわかんないんですよね。
ハルノート云々についてはたしかに石油をアメリカに握られているというところは弱いかなあとも思っていました。
先に石油の禁輸を解除させるにはなにかエサをやらないとだめですね。
満州の権益を半分やるからとアメリカと個別交渉するとか・・・?
ま、済んでしまった歴史にIFを言うのは後知恵でしかないといえばそれまでですが、ここは自由にいろんな議論をしてよいんじゃないでしょうか。
ぼくはぼくのバランス感覚で、右よりの意見が多いところでちょっと左よりからモノを言ってみることはあります。
こういうふうにも考えられないかって。
ただそれは二者択一式の一方を全面否定する議論じゃなく、多面的にとらえたいというのがあってのことです。
これは メッセージ 3278 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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>本当にハルノートの受諾は
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 05:23 投稿番号: [3278 / 7270]
「日本の自殺」を意味し、日本は自衛上戦争する外なかったのであろうか?
別の方が書いていたように、ハルノートは、石油禁輸の先行解除をアメリカ側の義務とはしていませんから、たとえハルノートを受諾したからといって、アメリカがすぐに石油禁輸解除を行なったとは限りません。「日本側の履行を暫時見守る」という態度も取れたのです。その間に日本側は自動的に石油を食いつぶす。
したがって、この主張もピント外れですね。
ま、別の言い方をすれば、「後智恵」という一言で済むことですね。後智恵ならなんとでも言えます。後智恵なら、真珠湾で61万トンの燃料タンクを破壊しておけば、アメリカ側のニミッツが認めるように、アメリカ側は太平洋で半年近く作戦ができなかったのですから、太平洋の戦況もがらりと変ったはずです。
「トラトラトラ」のなかでも、アメリカ側が、「燃料タンクに火がついたら真珠湾がふっとぶぞ」というのが出てきます。
これは メッセージ 3276 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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れRe: >提出したハルノートは一部を削除
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 05:05 投稿番号: [3277 / 7270]
tentative and without commitment とは、義務をおわせない、約束をおわせない、という意味ですが、まだ交渉があれば変更される余地があるのですから、この文章から双方の義務が生じるのではない、ということを主にいったにすぎないですね。この文章はアメリカ側の出したものにすぎないからです。アメリカの提案に対する枕言葉みたいなものです。全く当たり前のことです。合意文書ではないのですから。tentative and without commitment のかわりに、without qualifications(無条件、無修正、手直しをしない、留保なし)で日本が受け入れる(Japan shall accept the proposal without qualifications)などがはいっていれば、これはもう「確実に、実質的」な最後通牒です。
その文章の対象は日本ですから、確かに双方に関係がありそうですが、交渉段階の文章だから、without
commitmentを使ったものです。
その文章の中に、Japan shall
--
-
とあれば、「日本は
--
-するものとする」というように義務を表しますが、tentative and without commitment によって「まだ交渉の余地はあるよ」といいたいようですが、形式に捕らわれる必要はありません。「最後通牒」ではないのですから。
双方の合意文章にcommit、commitmentが使われていれば、それ大変強い意味になります。「我々は・・・を約束する、・・・を義務とする」という意味ですから。金融界でも、ある銀行が借款団に加わって、その合意文章に、commit、commitmentなる語が使われていた場合、それから抜けることは、約束違反となり、以後、その銀行は完全に信用を失います。commitment、without commitmentなどの語が重要な意味をもつのは合意文書(契約書、外交文書等)の場合のみです。一方の提案の場合はあまり意味をもちません。
従って、ハルノートが「実質的に」最後通牒に等しいもの、という点を変更する必要はありません。without commitmentが付いていようが、いまいが、関係のないことです。出したハル自身が、「実質的に」最後通牒ということは知っていたからです。without commitmentがついているから、「実質的にも」最後通牒ではない、というのはあまり意味のないことです。
原文引用文章を書いた人間は、この点についてピントがずれています。
契約文書、外交文書について知らない人間のようです。
これは メッセージ 3275 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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>敢えて違う可能性は考えられないかと
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 04:48 投稿番号: [3276 / 7270]
これだけ様々な分野にわたって詳しい方々のいるカテで
このようなことを探ってみるというのは、実に実に興味深いことと私は思うです。
それでですね、
ここは「想像上の物語」をリアリズムで描いてみるってな感じでやれないでしょうか?
「〜たら、〜れば」もとことんつきつめて考えて見るとなにか新たな発見がありそうな気がします。
こちらに描かれてある「可能性」がどの程度リアルかは、私の頭では判断が出来ませんが、
少し意外なサイトにありましたので貼りました。(全文はリンク先をお読み下さい)
↓「東亜連盟戦史研究所」
ハルノート再考:「我が国政府はハルノートを受諾すべきだった」
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/halnoterethought.htm__________________________________
〜果たして本当にハルノートの受諾は「日本の自殺」を意味し、日本は自衛上戦争する外なかったのであろうか?所長は、ハルノート受諾こそ「日本生存の道」であったと考える。〜
__________________________________
これは メッセージ 3270 (tydkemvo さん)への返信です.
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>提出したハルノートは一部を削除
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 03:52 投稿番号: [3275 / 7270]
>こんど探してきます
先に見たのより少し詳しいものが見つかりました。
↓「ハルノートは最後通牒か」
http://ww1.m78.com/question/hall%20note.html__________________________________
ハルノートは昭和天皇が事実上の最後通牒であると、独白録で述べている。
それではハルノートの原文を見てみよう。
"Tentative and witout commitment"として"Outline of proposed basis for agreement between the US and Japan"と冒頭に明記されている。
つまり「仮のまた約束が成立したという事ではなく」「日米間の合意についての基礎となる提案の概要」と書かれている。これは中学生でもわかる英語だ。
どの角度から見ても、これから話し合いをするけれども、話し合いのもとになる考え方をアメリカから提案すると言うことで、交渉のステップに過ぎない。
この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。そして東郷茂徳外相は嘘の上奏を天皇に行ったのだ。外務省はこの経緯を明らかにすべきである。これはこれ以前からも引き続く外交上の失態の集大成である。吉田茂は、第1次大戦前、グレイが歴史に残る演説を下院でした直前までドイツ大使と話し合いを行っていた例をあげ東郷を非難している。
東郷は、嘘の上奏により開戦にもっていていった経緯が恥ずかしく、米国大使グルーとの面会を拒絶したのだ。
なぜ、東郷はそこまで臣下としてまた官僚としての道をはずしたのだろうか。陸海軍と争うことが出来なかったからだ。国益よりも陸海軍との和を大切にしたのだ。
大筋となる外交を専門外交官に任せてはいけない好例だろう。事実上の最後通牒などあるはずがない。最後通牒とはこれが認められなければ交戦状態に入るということで、交渉過程の条件吊り上げとは本質的に違う。
__________________________________
>〜これは中学生でもわかる英語だ。
当時の外交文書にあっても真に受けてかまわない言葉だったということでしょうか?
>この一節を外務省は削除して枢密院に提出した。つまり外務省は最後通牒でないことがわかっていたのだ。
事実なら、大罪ですね。
これは メッセージ 3274 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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>〜(「もしも〜」)亀レスご容赦
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/11 03:16 投稿番号: [3274 / 7270]
なんだか、大事になっちゃって・・・滝汗
「初心者のための〜」トピなんで初歩的疑問のやり取りもし易いかと思っったんですが・・
皆様方、あまりヒートアップせずゆっくりやりませんか
>小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。
>で、日本人は律儀でまじめ
「律儀で真面目」は国民性みたいなものですし・・・この国民にしてこの外交ありだったとか?
ここで少し戻りますが、
>ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども
tydkemvoさんへのkuuboakagiさんtrip_in_the_nightさんのレスには石油禁輸の問題が出ています(これはもちろん非常に重要な点ですが)
で、再度、山本翁(当時を体験している世代)の文です。
「〜ただこの上戦争する力がないことだけはよく知っていた。軍人だって知っていた。」
「〜蒋介石政権以外は認めないというハル・ノートは日本への最後通牒、宣戦布告ですよ。
政府はそれを国民にかくして発表しなかった。発表すれば、世論は開戦はやむを得ないと承知したでしょう。」
当時の国民世論からすると『蒋介石政権以外認めない』アメリカとの開戦なら仕方ないって事のようですが
何故そこまで蒋介石政権の中国は日本の国民世論が危険視する相手だったんでしょうね。
「のらりくらり外交」は世論がゆるさない雰囲気だったとか(普通選挙の時代にはいって政府も世論は無視できないし)?
んじゃぁ、そもそも満州事変以降十年たっても講和が出来なかったのは何故なのよ?(また論点を勝手に広げてすみませんです)
と、考えようとして・・・あり?そういえば「日中戦争」ってどんな戦争だったんだっけ?当時の戦場は?経済は?外交は?
(太平洋戦争に比べて)具体的なイメージが・・全く浮んでこないのに気付きました(ガーン!!また宿題がふえてしまった。orz)
で、またハルノートにもどって(すみません)
ハルノートを「最後通牒である」とは、
どのような場所で、どのような人達が、どのような過程で、どのように判断したのか?
いきなり「御前会議」に持ち込まれるとは考えられないですし、
検討過程では解釈、対策は複数でる方が自然に思われます。
(最初から一つしかでなかっとしたら、人材に問題があるような気がします)
以下は本当かどうかわかりませんが(8日の投稿以降に見たんですが)
ちょっとソースが見つからないのですけど、外務省が御前会議へ提出したハルノートは一部を削除したものだったとかー(こんど探してきます)
もし、事実なら外交が「律儀で真面目」説とはちょっと違ってきそうです。
これは メッセージ 3264 (tydkemvo さん)への返信です.
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大東亜戦争は侵略戦争でした、というのは
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 02:21 投稿番号: [3273 / 7270]
forced choice with no option というやつだな。
朝鮮併合は慈善事業ではありませんでした、というのもおなじ。
大東亜戦争ではパレンバンの油を貰いました(昭和18年のパレンバンの2大製油所の航空揮発油生産はほぼ500万バレル。落下傘部隊はえらい。国内の海軍燃料廠精精製分は130万バレル)。
大東亜戦争は、アジア解放戦争です。
朝鮮併合は慈善事業です。
朝鮮併合は地政学的目的をもっていました。
インパール作戦はビルマ戦線での現状打破を目的としていました。
インパール作戦は、チャンドラ・ボースの求めに応じたインド解放作戦です。
こんなことはとっくの昔から言っている。
これは メッセージ 3272 (tydkemvo さん)への返信です.
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赤城さんも
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 01:17 投稿番号: [3272 / 7270]
何そんなにムキになってんの?
日韓併合で日本の持ち出しが多かったなんて何をいまさらおっしゃいます
わかってますよそのくらい
わたしがそれを否定したことありますか
伊藤さんは朝鮮人民がかわいそうだから幸せにしてやりましょうとおっしゃったのでしょう
そういう一面もたしかにあったでしょう
歴史はもっと多面的なものじゃありませんか?
白か黒か、右か左か、○か×か、どっちか一方の2者択一みたいなんじゃなく
歴史をもっといろんな角度から見たっていいんじゃないかな
みなさんのおっしゃるのはわかるけれども、敢えてこうは考えられないかと
ちょっとでもそう言うと怒濤のごとく怒りのレスのアラシ・・・
これは メッセージ 3271 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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そろそろ皆に馬鹿にされ始めた
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/11 00:30 投稿番号: [3271 / 7270]
ということを気付いたか、気付かずか。
ようするに、後だしジャンケンも飽きられてきたということだな。
朝鮮併合は慈善事業なんだよ。何しろ日本の持ち出しなんだからな。植民地支配なんぞといいたければ、台湾みたいに日本の財政に貢献してからだな。こっちが持ち出しの植民地支配なんぞあるか。まぬけ。
これは メッセージ 3270 (tydkemvo さん)への返信です.
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Re: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/11 00:14 投稿番号: [3270 / 7270]
そんなムキになって怒らなくたっていいじゃん
たかが掲示板なんだからさあ
みなさんの言うことはわかるけど
敢えて違う可能性は考えられないかと
問題提起しただけなんだからさあ
これは メッセージ 3265 (kohshien21c さん)への返信です.
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たとえハルノートを飲んでも
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/10 01:04 投稿番号: [3269 / 7270]
「その履行を見守る」という態度をアメリカが取り、石油禁輸解禁をどんどん先延ばしにすることも可能(おそらく、そうやったのではという推測が成り立つ。蒋介石との関係で解禁はもはやほとんど不可能)一年で日本は備蓄の半分以上を食いつぶし、にっちもさっちもいかなくなる。それで、堪忍袋の緒が切れたとなれば、アメリカの思う壺。戦うにも石油がない。油の切れかかった日本を戦争に引き込めたということで、ルーズベルトにとっては一石二鳥。
これは メッセージ 3268 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: れRe: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/10 00:00 投稿番号: [3268 / 7270]
>ハルノートを飲んでしまえばよかったという連中の取り組まなければならない課題は、では石油の確保をどうするのか、ということですが、これについてはしゃべりませんねー。供給するかどうかはアメリカ次第(at the disposal of America)なんですから。
「なぜ日本は負ける戦争をしたのか」、「なぜ負けると分かっていて開戦を決意したのか」という疑問を設定し、『事実』を追及することは理解しますが、「だったら戦争せずに、ハル・ノートを受諾して適当にやっていれば良かった」というのは、思考の方向が違うと思います。
百歩譲って、日米開戦なかりせばの「IF」が許されるとしても、「ハル・ノート」以前の日米交渉の全内容と、日本が置かれていた状況を把握したうえで、つまり、それらの諸条件を前提に「IF」を考えないといけません。
それには、「石油」は欠かせない条件ですね。
これは メッセージ 3267 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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れRe: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/09 23:16 投稿番号: [3267 / 7270]
ま、ハルノートなんぞ無視しろ、とか飲んでしまえばよかったんだということをさかんにいいたいようですね。あそこのトピで集中砲火を浴びて、ここに逃げてきたということでしょう。
ハルノートを飲んでしまえばよかったという連中の取り組まなければならない課題は、では石油の確保をどうするのか、ということですが、これについてはしゃべりませんねー。供給するかどうかはアメリカ次第(at the disposal of America)なんですから。
以前、映画トピで、「アメリカの石油業界も、御得意の日本市場が無くなって、困ってしまい、アメリカ政府に、石油禁輸措置を解除してくれといっていたのだから、日本ももう少しがまんすればよかった」などという意見が出たのですが。こういうのを典型的な後智恵というんですね。
開戦後は、アメリカ政府そのものが大得意先になったので、石油産業界も文句を言わずにすんだ。
あと、中国からの撤退には満州がふくまれていなかったとか言って、これもみんなの集中砲火をあびていたようですが。
これは メッセージ 3266 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/09 23:02 投稿番号: [3266 / 7270]
>ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども満州は明言されていないこと。
>いつまでにっていう期限もないザル法みたいなものだったってこと。
>少なくとも日本側が自ら中国には満州も含むと解釈する必要はなかった。
>もうちょっとずるく立ち回って、いったんハルノートを飲んだふりして、催促されたらテキトーに小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。
>で、日本人は律儀でまじめ、外交オンチということが言いたかったんですよ。
①「ハル・ノート」は原則的概略的な要求が書かれているだけで、撤兵時期の実施期限や「満州国」の扱いなど具体的、不明な点はその後の外交交渉で決定されるのが外交常識です。
②「ハル・ノート」を受諾して、後は適当にやっていればよかったというのは、石油を停止されている日本にとっては不可能でした。
この場合、その後の具体的交渉や撤兵実施に不誠実であれば、日本の軍事と産業は停止状態となります。
アメリカは、日本側の対日石油禁輸解除について先履行の提案を拒否しているからです。
したがって、外交オンチとの批判はあたらないと思います。
『昭和16年4月16日日米交渉始まる。米国、「ハル4原則」を表明。
6月25日政府大本営連絡会議、南部仏印進駐を決定。
7月25日米国、在米日本資産を凍結。
7月28日日本軍、南部仏印に進駐開始。
8月1日米国、対日石油輸出全面禁止。
9月4日米国、日本の日米巨頭会談の提案を拒否。
11月5日野村大使を助けるため来栖三郎特命全権大使を米国に派遣。
日本は甲案(①日支間に平和成立すれば在支日本軍は2年以内に全面撤兵。②支那事変が解決すれば在仏印の日本軍も撤兵。③通商無差別待遇が全世界に適用されるなら、太平洋全地域と支那でもこれを認める。④日独伊三国同盟への干渉は認めない)と、
さらに具体的な乙案(蘭印での物資獲得が保障され、米が資金凍結を解除し石油の対日供給を約束すれば南部仏印から撤退、さらに支那事変が解決すれば仏印全土から撤退)を示した。
11月26日ハル国務長官、日本の乙案も拒否し、「ハル・ノート」を提示。
「ハル・ノート」は、当初の「ハル4原則」と基本的には何も変わっておらず、ハル長官は最後まで強硬でまったく譲歩しなかった。
支那・仏印からの無条件撤兵と、支那での重慶政権以外の政府・政権の否定(満州国を含むかについては両論がある)、さらに三国同盟の死文化を要求するもの。満州事変以来の日本の大陸政策を全面否定する明らかな最後通告だった。
その翌朝、ハル長官はスチムソン陸軍長官に、「私は日米交渉から足を洗った。いまやこの問題はあなたとノックス(海軍長官)、すなわち陸海軍の手中に落ちた」(「ルーズベルト大統領と1941年戦争の到来」防衛研修所)と語ったという。』
これは メッセージ 3264 (tydkemvo さん)への返信です.
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Re: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/01/09 20:14 投稿番号: [3265 / 7270]
外交音痴なら、日本は明治以前に欧米に植民地化されている。
外交音痴は、寧ろ支那や朝鮮王朝であった。
もっと歴史を大局的に考えられないのかね君は。
日清、日露戦争にしろ遥かに日本の国力の方が貧弱であった。
ロシアの場合国力は10倍以上であった。
それをどう君は説明する。
何時までもサヨクの決め付けイデオロギー的後知恵、一般論で物を言うのは卑怯だね。
いい加減にしろ。見っとも無いこと甚だしい。恥を知れ。
これは メッセージ 3264 (tydkemvo さん)への返信です.
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Re: ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/01/09 19:13 投稿番号: [3264 / 7270]
ウサギガメしゃんっ。
ぼくが言いたかったことはまさにそういうことでした。
ハルノートでは中国から手を引けとは言っているけれども満州は明言されていないこと。
いつまでにっていう期限もないザル法みたいなものだったってこと。
少なくとも日本側が自ら中国には満州も含むと解釈する必要はなかった。
もうちょっとずるく立ち回って、いったんハルノートを飲んだふりして、催促されたらテキトーに小出しにしてのらりくらりかわすということもできたんじゃないかなあと。
で、日本人は律儀でまじめ、外交オンチということが言いたかったんですよ。
いまでも日本は外交べたのまじめ人間が多いような気がします。
これは メッセージ 3261 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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一部の日本人には受け入れられない
投稿者: abcdefgtakeda 投稿日時: 2006/01/09 18:44 投稿番号: [3263 / 7270]
それは仕方ありませんが、それはごく一部です。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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Re: >このような脈略
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/08 23:08 投稿番号: [3262 / 7270]
>>>しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。by trip
>>また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】by toapanlangさん
>これだと統計分析・解釈の応酬があればなにか新しい展開が見えるかもしれませんね。
>(trip_in_the_nightさんご指摘の部分をもっとねちっこく突き回すとか) by usagigamemaimaiさん
厳しい指摘ですね。(苦笑)
「理屈と膏薬は何処へでも付く」の諺どおり、反論は可能でしょう。(笑)
たとえば、「『朝鮮土地調査事業史研究』の結論は日帝の土地調査事業によって、韓国で初めて近代的土地・租税制度が確立されたということだ。しかし、朝鮮後期に土地・租税制度が近代化へと移り変わろうとした動きが無かったなら、日帝がそうしようとしてもできなかったはずだ。そういった面から、私の主張は朝鮮社会の自生的発展を裏付ける“内在的発展論”と言える。」という「植民地近代化論」者の元東大教授の韓国・成均館大学宮島博史教授の指摘があります。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/03/13/20020313000040.htmlただし、この論を一般化することはできません。
「日帝によって近代化されたとしても、それを受け入れる朝鮮に近代化の萌芽がなければできない」という論が成立するからです。
「植民地近代化論」と「内在的発展論」はすべてに対立する立場ではないという意味に捉えた方が正しいのでしょう。
しかし、宮島博史教授は、「資本主義萌芽論」が朝鮮後期の商品経済・貨幣経済の発展などを挙げ、「内在的発展」は朝鮮末期にあったと主張するのに対して、「資本主義萌芽論」は受け入れられない。『実証的研究の裏付けが足りないためだ。より大きな問題は、資本主義萌芽論は欧州の歴史発展を韓国に適用しようとする欧州中心的考えであるためだ。商品・貨幣経済の発展が歴史発展の唯一の基準になり得るのか』 という疑問を投じています。
つまり、「資本主義萌芽論」の問題点は、①実証的でない。②基準が曖昧。ということです。
たとえば李栄薫教授は、1990年代に日帝の土地収用の実態を調査をしたところ、韓国の各地に残されている多くの「日帝時代」の関係書類から、韓国の教科書に書いてあるような「虐待と搾取」に反する事実ばかり発見されと述べています。
これは「植民地収奪論」に対する反証ながら、「資本主義萌芽論」「植民地収奪論」を主張する「民族主義実証史学」の実証主義にはほとんど実体がないことを証明しています。
そもそも、「資本主義萌芽論」は、「日帝=悪」という結論から出発した説で、「植民地収奪論」と平行して、韓国の近代化は「解放後から」民族の団結によって築かれたと考える民族主義的主張であります。
【参考】日韓の貨幣経済の発展比較。
韓国の「資本主義萌芽論」の「貨幣経済・商品経済の発展」基準によると、日本はすでに平安末期に近代経済の萌芽があることになる?
--
村井康彦著「教養の日本史」より抜粋
--
『「百錬抄」の記録によると、平安末期の治承3(1179)年6月ころ、天下に銭の病と称する奇病が流行した。
これは、日宋貿易によって「今銭」、つまり近代渡来銭が大量に流入し、流通し始めたことをいう。
それまで我国にも皇朝銭が鋳造されたが、交換手段として銭を必要とする経済段階ではなかった。
そのため、銭貨は死蔵され、准布・准米と称されて、絹布や米穀が現物貨幣として用いられていた。
そこで、ある研究者が鎌倉時代の土地売買の証文を集めて整理したところ、時期が下がるほど准米に比較して銭貨の使用の普及した様子がわかった。
当然、余剰生産交換の場としての市は貨幣の使用によって一層活発化したことであろう。
それに伴い、銭を出挙(借上)して蓄財する金融業者である「借上」が各地に出現した。』
>>朝鮮経済の反資本主義的性格も指摘している。19世紀末までに、米や麻・木綿などの商品が貨幣に代わり、利子率が年間30〜40%の高率だったという点は、資本蓄積の困難さを示している。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2004091845668
これは メッセージ 3260 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3262.html
ハルノート(「もしも〜」)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/08 03:18 投稿番号: [3261 / 7270]
女性トピで盛上がっていたとは・・
「〜たら」「〜れば」で想像力を総動員してみるのも色々と発見の多いことかと思いますです。
(私などは、質問と確認ばかりになるんだろうなあ・・ショボーン)
で、hontoさんの投稿の山本夏彦翁の抜粋を思い出しました
↓「この上戦争なんか望んでいなかった 」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0
bel&sid=1835396&mid=289&thr=289&cur=289&dir=d__________________________________
〜略〜
山本:そういうたとえがあるのです。昭和初年のエログロナンセンス時代は聞いているでしょう。
−−言葉だけは聞いています。
山本:今のポルノ時代と同じですよ。往年のエログロ時代が来るべき戦争におびえてのもの
だと言うなら、今のポルノ時代も次の暗黒時代の前兆だと言い玉え。それなら承知する。来る
べき戦争というが、だれもアメリカと戦争するなんて思ってもいなかった。
__________________________________
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0
bel&sid=1835396&mid=290&thr=289&cur=289&dir=d__________________________________
−−−どうしてです。
山本:国力が比較にならない、日米開戦の昭和十六年は満洲事変以来すでに十年たっている、
この上アメリリカと戦争するなんて出来っこないと、軍国少年はいざ知らず、大人は思っていた。
大衆は戦さに倦んでいた。日清日露、くだって満洲事変だって一年余りで終っている。
−−−大衆は賢かったんですか。
山本:賢くなんかないこと今と同じです。ただこの上戦争する力がないことだけはよく知っ
ていた。軍人だって知っていた。
−−−知っててどうして?
山本:「ハル.ノート」のせいです。日本軍は中国から全面撤退すべし、蒋介石政権以外は
認めないというハル・ノートは日本への最後通牒、宣戦布告ですよ。政府はそれを国民にかく
して発表しなかった。発表すれば、世論は開戦はやむを得ないと承知したでしょう。
−−−なぜ発表しなかったんですか。
山本:そんなこと知りませんよ。外交べたのまじめ人問ばかりです。僕なら「ハル・ノート」受諾します、そして催促されたら一個師団朝鮮に撤退させます。当時の朝鮮はわが国だと
いうことは世界が認めています。さらに催促されたらもう一個師団右から左に動かします。国
際情勢は猫の目みたいに変ります。わが国に有利に動いた好機を捕えます。
−−−成程「世はいかさま」ですね。
山本:分ったかい。もう一人の山本さん、山本七平さんは十二月八日開戦の日、二階で寝て
いたら下からドンドン天井をつつかれて「オイはじまったぞ戦争が」と言われて「えっ、どこ
とどこが」と聞いたそうです。七平さんはインテリだよ。そのインテリだって「まさか」と思
っていた。あとは推して知るべし。
〜略〜
__________________________________
>外交べたのまじめ人問ばかりです。
当時の日本外交は「狡猾さ」が足りなかった?(今もかな)
>僕なら「ハル・ノート」受諾します、そして催促されたら一個師団朝鮮に撤退させます。当時の朝鮮はわが国だということは世界が認めています。
>さらに催促されたらもう一個師団右から左に動かします。
>国際情勢は猫の目みたいに変ります。わが国に有利に動いた好機を捕えます。
確かに、真面目な「優等生」では思いつかなかったかも・・・。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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Re: >このような脈略
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/08 02:38 投稿番号: [3260 / 7270]
trip_in_the_nightさん、toapanlangさん、解説ありがとうございます。
>【イ教授の分析には目新しさがないという主張か、分析の価値を落とす狙いなのか?】
>数値に表れない要素を忘れているニダ
>〜による政治的陰謀ニダ
>【〜列強の「収奪」に原因を求める論陣を期待しているのでしょう。】
統計分析のことは解らないからもっといつも通りの脈絡での論陣を希望・・・してたってことでしょうか
(ガックシorz)
>しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、
朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。
>また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】
これだと統計分析・解釈の応酬があればなにか新しい展開が見えるかもしれませんね。
(trip_in_the_nightさんご指摘の部分をもっとねちっこく突き回すとか)
これは メッセージ 3259 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: >このような脈略
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/06 21:02 投稿番号: [3259 / 7270]
兎亀さんの労で、これまでの李栄薫(イ・ヨンフン)教授の研究と韓国の反応の概略が浮かび上がってきましたね。
キチンとした韓国史学界の反論を知りたいところです。
>>しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。また、経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。英国も、産業化の初期に農村経済の崩壊と賃金の下落を経験したし、日本経済も開港を前後して農業生産力の減少と物価の暴騰に直面した。このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。
>???
「このような脈略」、どういう脈略なんだろう・・・
東亜さんの説明と重複しますが、言葉を補って考えると。
李栄薫教授の主張、「朝鮮王朝の滅亡が、ある強力な外勢の作用のためだというよりも、体力が消尽したあまり自ら解体していったと言っていいほど深刻だった。」に対して、
①「しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。」
朝鮮民族の優秀さ、半万年の歴史という数値に表れない要素を忘れているニダ!
②李朝滅亡のはるか以前の「19世紀に朝鮮経済は限界だった」が、李朝は滅亡しなかった。
経済危機だけで、国家が滅亡するものではない。李朝の滅亡は、日帝による政治的陰謀ニダ!
③また、「経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。」
「英国だって、日本だって乗り越えたんだもの」、朝鮮にも経済危機を乗り越える民族的な力が残っていたはずニダ!
との視点(脈略)から、韓国国史学界の反論も期待できる。
という意味でしょう。
つまり、「遁走」で有名な国史学界の李泰鎮ソウル大教授に代表される「内在的発展論」「近代化萌芽論」、つまり、日本に併合される前の李朝末期にも、自力で近代化(内在的発展)をする国力があり、その芽を日帝が摘み取ったという立場からは、数字に表れない朝鮮民族の力をもってすれば、近代化できたはずだ。その兆候はあった。
しかも近代化できなかったのは、日帝など外国が邪魔したセイで、朝鮮が反省すべき点はない。
したがって、朝鮮王朝を滅亡に追い込んだ日帝が悪いニダ!
という反論も成立するという記者の考えなのでしょう。
しかし、この「近代化萌芽論」では、「日帝統治は一方的収奪ではなく、朝鮮の近代化がこの時から始まった」ことまでは否定できません。
なぜなら、「近代化萌芽論」は日韓併合前の数量的根拠のない仮定の話ですから。
また、「近代化萌芽論」を認め、朝鮮に万に一つ近代化の萌芽があったと仮定しても、世界史的に考えれば欧米列強の植民地主義から免れるためには、20世紀初頭までに近代化できなかった時点で、すでにアウトだったのであります。
素直に考えれば、朝鮮が開国して何十年も経ていながら全く近代化していないこと自体、李朝の統治能力や民族的団結のカケラもなかった証拠です。
これは メッセージ 3258 (toapanlang さん)への返信です.
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>このような脈略
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/06 09:54 投稿番号: [3258 / 7270]
>>このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。
>???
「このような脈略」、どういう脈略なんだろう・・・
>もしかして「ストーリー展開」を期待しているって意味?(少し疑ってます)
これはですね、私は以下のように考えます。本文を逐一解釈しながら、私のツッコミは【
】でのべます。
>しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。
統計分析によらずとも、多くの民乱が19世紀に起こったことで、朝鮮経済が限界に達していたということはすでに立証されている。
【イ教授の分析には目新しさがないという主張か、分析の価値を落とす狙いなのか?】
>また、経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。英国も、産業化の初期に農村経済の崩壊と賃金の下落を経験したし、日本経済も開港を前後して農業生産力の減少と物価の暴騰に直面した。
このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。
経済危機があるからといって、社会の活力が衰えていることを意味するものではない。イギリスや日本も産業が発達する直前には経済危機を経験したではないか。
【つまり、朝鮮社会の停滞・衰退について、朝鮮内部の経済的な要因に原因を求めるのではなく、外圧や開国による列強の「収奪」に原因を求める論陣を期待しているのでしょう。
また、イギリス・日本の例を出すことで、「資本主義萌芽論」に依拠して、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていために経済危機が起こったという論を企図するものであるのかもしれません】
これは メッセージ 3253 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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おめでとうございます
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2006/01/06 09:25 投稿番号: [3257 / 7270]
イ・ヨンフン教授のインタビューなどじっくり拝読しました。イ教授のような知的思考に基づく落ち着いた雰囲気が韓国に広まる事を望みたい。
しかし、まだまだ先は長いようです。都度事実を突きつけ感情的反日思考に対応せざるを得ないでしょう。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3257.html
Re: 「イ・ヨンフン教授インタビューの反応
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/06 03:09 投稿番号: [3256 / 7270]
>兎亀さんは優しいですね。
韓国は「遠い国」なので「品定め」に慎重なだけでございますです。
例えは悪いですが、病害を生息地まるごと密閉(または焼却)するか、あるいは抵抗性のある個体が繁殖可能か確認するまで待つか・・・
切迫してなければ、後者の方がいろいろ発見があって楽しめ・・(以下自粛)
これは メッセージ 3251 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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>イ・ヨンフン教授 3
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/06 02:41 投稿番号: [3255 / 7270]
↓李栄薫教授「国史教科書、日本収奪を膨らませ過ぎ」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=62917&servcode=400§code=400
__________________________________
ホーム > 社会 > 一般
李栄薫教授「国史教科書、日本収奪を膨らませ過ぎ」
日本の教科書歪曲問題で韓日間の葛藤が最高潮に達した中、韓国内の学者が逆に、韓国の国史教科書が日本の収奪像を過度に誇張しているという主張を提起し、論議となっている。
こうした主張をしているのは、経済史学者であり国内の代表的植民地近代化論者である李栄薫(イ・ヨンフン)ソウル大経済学科教授。 彼は特に、植民地時代の経済的収奪だけでなく、歴史教科書歪曲問題の最大争点の一つである慰安婦問題についても、国史教科書の記述は「事実」でない「神話」だとして強く批判しており、波紋が広がっている。
李教授は23日、ウェブジン「ニューライト」(www.new-right.com)に寄稿した文「北朝鮮外交官と韓国の教科書がはまっている虚数の罠」で、教科書などで通用してきた慰安婦・強制連行者の数字は、正確な検証なく膨らんできた、と主張した。
彼はこの文で、北朝鮮国連代表部のキム・ヨンホ書記官が最近、ジュネーブ国連人権委員会で慰安婦の数が20万人、強制連行された人が840万人と述べた事実と、韓国の高校教科書が慰安婦の数を「数十万」、強制的に連行された人を650万人と記述している事実に触れ、「この数字には賛成できない」と明らかにした。
慰安婦の数が20万人という主張が初めて取り上げられたのは、1969年の国内の日刊紙であり、「挺身隊として動員された朝鮮と日本の女性は概略20万人で、うち朝鮮女性は5万〜7万人と推算される」と書かれていたと、彼は主張した。
しかしこれが、宋建鎬(ソン・ゴンホ)氏の「日帝支配下の韓国現代史」(1984)という本で、「日本が挺身隊という名目で連行した朝鮮人女性は、ある記録によると20万人で、うち5〜7万人が慰安婦として充員された」に変わったという。
徴用・徴兵に強制動員された男性が「650万人」または「840万人」だったというのも、同じ見解で批判している。
彼は、60年代にある在日史学者が「強制動員された人は約600万人」と主張したが、40年間引用が繰り返されながら、韓国では650万人、北朝鮮では840万人に膨らんだ、と主張した。
○旻槿(チョ・ミングン)記者 <jming@joongang.co.kr>
2005.04.26 16:59:47
__________________________________
これは メッセージ 3254 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3255.html
>イ・ヨンフン教授 2
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/06 02:23 投稿番号: [3254 / 7270]
現代自動車トピのNo.9717でhonkytonkさんが2004年に取上げていた記事です。
↓「1920〜30年代の成長率4.1%」 (朝鮮日報)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/03/03/20040303000075.html__________________________________
ホーム > 経済 記事入力 : 2004/03/03 19:33
「1920〜30年代の成長率4.1%」
日帝時代、朝鮮は1937年の中日戦争勃発前まで国内生産及び支出が年間約4%の高い成長率を記録していたことがわかった。朝鮮の経済状況についての精密かつ総合的な統計が出たのは今回が初めてだ。
落星台(ナクソンデ)経済研究所(所長:李榮薫(イ・ヨンフン)ソウル大教授)主催で先月27日、ソウル大で開かれた「韓国の長期経済統計(2)−植民地期のGDPとGDE」において結論部分を発表した車明洙(チャ・ミョンス)嶺南(ヨンナム)大教授(経済学)は、「朝鮮総督府統計年譜」をはじめとする日帝時代の各種資料を利用し、1912〜1937年までの国内総生産(GDP)、国内総支出(GDE)、経済構造変化などに対する推計を提示した。
今回の調査結果は日帝時代の経済的性格を巡って学会で起こった論争を再燃させるものと予想される。日帝時代に高度成長がなされたという分析は日帝が韓国の近代化を主導したという主張を裏付けることになるからだ。
車明洙教授は「今回の統計は資料を手に入れることのできない日中戦争以降の部分は抜け落ちているため、日帝時代全体に対する評価ではないが、1920〜30年代の経済成長は明らかだ」と話した。これまで日帝時代の経済統計は広島経済大学の溝口敏行教授が1988年に作成したのが唯一のものだった。
車教授によると、この期間に年平均実質GDPは4.10%、実質GDEは4.24%の成長を示した。こうした数値は溝口教授が推定した年平均実質GDP成長率3.81%、GDE成長率4.01%よりも若干高い。
こうした成長率は同じ期間、欧州(1%台)や日本・米国(3%台)に比べ、より高いものだ。この期間、人口成長率が年平均1.61%だった点を考慮すれば1人当りの生産成長率は約2.4%を記録した。
植民地朝鮮の経済構造はこの期間、農業を中心とする第1次産業が1911年の75%から1930年代末には45%水準に下がった一方で、第2次産業(鉱工業)と第3次産業(サービス業)はそれぞれ7%から22%、18%から33%に増加した。
鉱工業とサービス業は1920年代はもちろん、世界的に大恐慌の打撃を受けた1930年代前半にも絶えず成長していたことがわかった。
李先敏(イ・ソンミン)記者 smlee@chosun.com
__________________________________
これは メッセージ 3253 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3254.html
>イ・ヨンフン教授
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/06 02:08 投稿番号: [3253 / 7270]
>これまでの李栄薫(イ・ヨンフン)教授。
既出も含めまして、その他の李栄薫教授関連の資料です
歴史は歴史でも経済史の専門だそうで、これは「正史」学者さんには今のご時勢では相当に手強い相手と思われます。
↓「朝鮮王朝は経済から没落した」(東亜日報
2004年10月17日
書評?)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=130000&biid=2004091845668__________________________________
「数量経済史で見る朝鮮後期」
李ヨンフン編/409ページ/2万ウォン/ソウル大学出版部
「民族主義実証史学」を掲げる韓国史学界は今、四方からの挑戦に直面している。「民族主義は虚構だ」というのがモットーの西洋史学界は、「国史解体論」で全面戦争を宣布した。漢文学界と社会史学界はミクロ史の塹壕を掘り、政治と思想中心のマクロ史の根幹を激しく揺さぶる。そして経済史学界は、過去の韓国史学界が在野史学界の主張を無力化した実証的方法論を使って、さらに徹底して武装した「数量経済史」で圧迫を加える。
「数量経済史で見た朝鮮後期」は、まさに経済史学界が民族主義史学界に照準を合わせた艦砲射撃である。民族主義史学界は、日本植民地支配の「朝鮮社会正体性」を反ばくするために、朝鮮後期にすでに資本主義が内在的に芽生え始めていたという「資本主義萌芽論」を提起した。1987年にアン・ビョンジク元ソウル大学教授と、成均館(ソンギュングァン)大学のイ・デグン教授を中心にして設立された「落星垈(ナクソンデ)経済研究所」はこれに対抗して、韓国の近代化は日帝強占期から本格化されたという「植民地近代化論」を展開した。
同本は、ソウル大学のイ・ヨンフン教授たち「落星垈経済研究所」の第2世代の新しい実証研究の初の結実である。彼らは韓国学術振興財団の援助を受けて、2002年8月から3年間に渡って「韓国の長期経済統計」に関する研究を進めている。同本は、その中でも1650〜1910年の人口、賃金、地代、物価、利子率、経済成長率などの統計を抽出して分析した第一次年度の研究論文9編を集めたものだ。
両班(ヤンバン)家の族譜や、米の価格、利子率の記録、各種の儀軌に現われた賃金の記録、族契や洞契などの地代の記録などを分析した同本の結論は、朝鮮後期の経済が18世紀までに安定期または発展期を経て、19世紀に危機に陥ったということだ。
増加の一路だった人口は死亡率の増加とともに減少傾向に転じ、米の価格など物価は暴騰した一方、実質賃金は下落した。18世紀の経済成長を支えた中国・日本間の中継貿易の減少で、中央政府の銀保有量は1742年の100万両から1782年には43万両にまで減少した。また海岸の木材伐木を許可しなかったため、内陸の山林は荒廃し、これは田の単位生産量の減少と農村市場の減少などにつながり、年間約1000万石におよぶ換穀制の解体を生んだ。これは「朝鮮王朝の滅亡が、ある強力な外勢の作用のためだというよりも、体力が消尽したあまり自ら解体していったと言っていいほど深刻だった」のである。
朝鮮経済の反資本主義的性格も指摘している。19世紀末までに、米や麻・木綿などの商品が貨幣に代わり、利子率が年間30〜40%の高率だったという点は、資本蓄積の困難さを示している。また、募軍と呼ばれた貧しい未熟練労働者の賃金が、匠人と呼ばれた熟練労働者よりも高かった点や、18世紀中葉に年間1000万石に達した換穀制は、非市場的な道徳経済の強固な尊属を示す。
しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。また、経済危機が必ずしもその危機を乗り越える内的動力の枯渇を意味するのではない。英国も、産業化の初期に農村経済の崩壊と賃金の下落を経験したし、日本経済も開港を前後して農業生産力の減少と物価の暴騰に直面した。このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。
__________________________________
>しかし、統計がすべてを語ってくれるのではない。19世紀に朝鮮経済が限界に達したことは、すでに多くの民乱が立証している。
>このような脈絡から、韓国史学界のさらなる応戦を期待してみることができるだろう。
???
「このような脈略」、どういう脈略なんだろう・・・
もしかして「ストーリー展開」を期待しているって意味?(少し疑ってます)
これは メッセージ 3252 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3253.html
イ・ヨンフン教授
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/04 22:10 投稿番号: [3252 / 7270]
これまでの李栄薫(イ・ヨンフン)教授。
2004年テレビ討論会や研究発表会で、植民地時代の真実を検証する旨を次々と発表し、韓国内で論争を呼んだ。
①従軍慰安婦は売春業。②日本による収奪論は作られた神話。③高句麗は満州族の領土。④檀君も5000年の歴史も妄想。⑤1948年8月13日に始めて独立を与えられた。⑥漢江(ハンガン)の奇跡と朴軍政時代の再評価。など。
その結果、韓国での反応。
「慰安婦発言で物議」
李栄薫教授がナヌムの家を謝罪訪問
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/09/06/20040906000060.html>この日午前10時、Jトリック大学の安炳旭(アン・ビョンオク)教授(国史学科)と共に「ナヌムの家」修練館を訪ねた李教授は、イ・オックムさんら7人の前で謝罪の意を明らかにし、クンジョル(地面に額をつける韓国式のお辞儀)をした。
>李教授は「私の発言は日本が戦争犯罪を犯したという問題意識に基づいたものだった」とし、「日本に協力した多くの韓国人がおり、植民地解放以降も女性たちの性の搾取が国家権力によって行われてきたため、このようなことを総体的に反省してこそ韓国社会の道徳的な努力が高揚するという意味」と釈明した。
ソウル大教授「日本による収奪論は作られた神話」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/11/20/20041120000000.html>韓日問題を論じるシンポジウムでソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)教授が発表した内容だが、李教授は過去の「従軍慰安婦は売春業」発言に続き、再び論争を呼び起こしている。
>李教授「私たちが植民地時代について知っている韓国人の集団的記憶は多くの場合、作られたもので、教育されたものだ」
>李教授の主張がメディアを通じ知れ渡るとインターネットの各掲示板でも熱い討論が展開された。植民地史観の先兵と変わりがないと非難する書き込みが殺到した。
>一方で李教授の理論にも一理あるとし、教科書を客観的に見るべきという声も少なくなかった。
[社説] 李榮薫教授の「学問的勇気」に場を与えなければ
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005042977188>ソウル大学の李榮薫(イ・ヨンフン)経済学部教授は今日、ある学術大会で、「中・高校社会教科書に描かれた韓国経済の姿」という論文を発表する。大半の教科書が誤った統計を基に、韓国経済「漢江(ハンガン)の奇跡」を過度に批判しているという要旨だ。
>李教授の研究結果の公開は、「絶対悪」と公認されたように、日帝や開発独裁、当然のこととして受け止められてきた一般常識、権威の象徴である教科書の3大金城鉄壁に一度に挑戦状を突きつけたようなものだ。
>われわれは、李教授の肩を持とうというのではない。ただ、感性や宣伝ではない知的探求が自由に成立し、公論の場で論議される社会の風土が形成されなければならないという点を指摘するのである。李教授のような人にも、発言の場を与えられなければならないという話である。
>日本軍慰安婦は動かない日帝の犯罪行為である。しかし、日本軍慰安婦が何人だったのかということは、事実に関する問題だ。しかし、数字に異議を唱えれば、「慰安婦はなかった」という日本の主張に同調するかのように攻め立てる。朴正煕(パク・チョンヒ)時代には、人権弾圧が多かった。だからといって経済発展まで否定することは正しくない。日本の歪曲教科書を批判するなら、われわれも事実と真実の基盤の上に立たなければならない。少なくとも、学問の世界では「孤独な闘い」という言葉が無くならなければならない。
これは メッセージ 3251 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: 「イ・ヨンフン教授インタビューの反応
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/04 00:32 投稿番号: [3251 / 7270]
>いやホントに期待したいです。
>下川正晴氏のコラム(毎日)も韓国は変わった(つつある)という雰囲気でした。
>「雨降って地固まる」となるか・・・(政治的にはなりそうもないけど)まだ道は遠いかな
兎亀さんは優しいですね。
日常的に日本人と接する機会のある普通の韓国人の感覚は、随分と親日的な面もあるのでしょうが。
毎日コラムの下川氏も随分と韓国には控え目な部分もあるので、割り引いて読むべきかも知れませんね。
「イ・ヨンフン教授のインタビュー」でも書いていますが、韓昇助教授と同様に、この教授も猛烈な批判を浴びることでしょう。
韓国国史学会に対する、経済史や西洋史学者の批判はずっと前からありましたから、これくらいでは反日民族主義が弱ることはないと思います。
韓国にとって反日民族主義が大敗北となるコペルニクス的な事件が必要でしょう。
理由①数十年に渡る反日民族主義にどっぷりと浸かった韓国人の頭は、容易に転換できない。
時たま「2006年、世界の時間と韓国の時間 」のような記事を出すため、朝鮮日報は、親日派との批判を受けてます。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/01/20060101000000.htmlしかしこの記事も、反日をやめようではなく、過去の清算ばかりやっているとダメじゃん程度だと思います。
でないと、朝鮮日報は売れなくなります。(笑)
そのため、中央日報は日本の「新しい教科書」で捏造記事を書いた金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員が、次のような電波記事を書いて、韓国の読者を満足させている訳ですね。
「日本の神社、韓半島に由来」韓日史学者共同研究
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=71292&servcode=400§code=400理由②イ・ヨンフン教授の指摘のように、大統領、閣僚、議員など政権担当者が、反日民族主義の信仰者であり、重要政策として悪用している。
竹島・靖国の解決に日本は努力を=韓国外相
【ソウル2日時事】韓国の潘基文外交通商相は2日、通信社・聯合ニュースとのインタビューで、対日関係について「独島(竹島の韓国名)、歴史教科書、靖国神社参拝の3つの問題は、日本が歴史に対する正しい認識を持てば解決される問題」と述べ、小泉純一郎首相が靖国参拝を中止するなど、日本側の努力が不可欠との考えを改めて表明した。
(時事通信) - 1月2日13時0分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060102-00000014-jij-int
これは メッセージ 3244 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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Re: 空前の韓流ブームは救いだ
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/03 22:50 投稿番号: [3250 / 7270]
>>朝日新聞の元日社説
ツッコミ所満載で面白いですね。
>>大きな火種は小泉首相の靖国神社への参拝だ。悪いのはそっちだ、いや、そっちの方がおかしい。子供のようなけんかは歴史の歯車を逆転させ、せっかく緒についた「東アジア共同体」の機運にも水を差してしまった。
>内容で反論して欲しいものですが、
日中、日韓の「信頼」が壊れた大きな火種は「小泉首相の靖国神社への参拝だ」
と断言しております。
多分、内容的な反論ができないからでしょう。
この社説の言葉を使うと、「中国と韓国の誤解と誇張」が原因なのは明確です。
ここでは、それを知りながら、とぼけている朝日新聞の罪の方は大きいです。
>>空前の韓流ブームは救いだが、一方で『嫌韓』の言葉を冠した漫画が何十万部も売れている。インターネットにはさらに激しい言葉があふれる。冷静さを欠いた言論は、まるで国内のいらだちを外に吐き出しているかのようだ。
>朝日新聞は空前の韓流ブームが救いだったらしい。
爆笑。図星です。
しかもあの程度で「空前」とは、朝日新聞らしく大げさですね。
苛立って冷静を欠いているのは、朝日新聞、中国と韓国だけでしょう。
>>昨春、北京や上海で暴力騒ぎになった反日デモのように、中国や韓国には荒々しいナショナリズムが横たわる。中国の強権的な支配や軍事力膨張の不気味さなども厄介で、こちらがきちんともの申すべき点は少なくない。
中国と韓国への批判はこの部分だけですね。(笑)
朝日の社説によると、問題は日本だけにあるのではなく、日本だけで解決できないのも、明らかです。(笑)
>>靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。
勝手に日本の「武士道」という物差しを持ち出すのは、稚拙な手法ですね。
「武士道」なる日本文化で、「武士の情け」を見せれば、付け上がるのが中国と韓国の文化。
このような勘違いこそ、改めねばなりませぬ。
>>品格を競いたい
>>いま「60年たっても反省できない日本」が欧米でも語られがちだ。誤解や誇張も大いにあるが、我々が深刻に考えるべきはモラルだけでなく、そんなイメージを作らせてしまう戦略性の乏しさだ。なぜ、わざわざ中韓を刺激して「反日同盟」に追いやるのか。成熟国の日本にアジアのリーダー役を期待すればこそ、嘆く人が外国にも少なくない。
これは、矛盾ですね。
「品格を競いたい」と言いながら、「深刻に考えるべきはモラルだけでなく、戦略性の乏しさ」と言っているように、問題の本質は「戦略性」、つまり中国や韓国の「誤解や誇張」によるイメージ作りに対する日本の外交戦略ですね。
しかし、朝日新聞の認識と異なり、「中韓を刺激して反日同盟に追いやる」のは大成功だったのです。
武士道の「惻隠の情」を持たない中国や韓国の「誤解や誇張」を逆手に取り、その民族主義の悪質さが際立ってきました。
また、「欧米」や「外国」という言葉を持ち出せば、日本国民が動揺するとでも思っているのでしょうか。
日本が中国と韓国の「誤解や誇張」を解くべく毅然と反論し、世界に外交宣伝することが一番です。
その前に韓国は自滅するかな。
これは メッセージ 3248 (mikenekonomanma さん)への返信です.
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Re: この写真の左下の人って誰ですか
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/03 17:33 投稿番号: [3249 / 7270]
>超亀レスですが、ヨ・ウンヒョン(呂運亨)のようです。
>韓国建国ではかなり大きな役割を果たしたようですが
>名前も顔も知る機会がなかったのは不思議です(韓国では有名なのかな)
南朝鮮の独立運動家(左派)で、1945年9月6日、「朝鮮建国準備委員会」を設立、滞米中の李承晩を主席とした「朝鮮人民共和国」の樹立を宣言した人物です。
その後は左右の対立の激化もあり、46年9月23日には、左派のリーダーとして北を訪れるなどいろんなことを模索しますが、その北よりの姿勢が災いしてか、結局、47年7月19日、ソウルで李承晩派の放った刺客によって暗殺されました。
これは メッセージ 3245 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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空前の韓流ブームは救いだ
投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/01/03 10:22 投稿番号: [3248 / 7270]
http://www.asahi.com/paper/editorial20060101.html
明けましておめでとうございます。
ではじまる朝日新聞の元日社説
>「牙を剥(む)く中華帝国」
>「反日国際ネットワークを粉砕せよ」
まるで戦争前夜のような見出しが一部の大手雑誌に毎号のように躍る。
これは文藝春秋に正論ですね。
内容で反論して欲しいものですが、
日中、日韓の「信頼」が壊れた大きな火種は「小泉首相の靖国神社への参拝だ」
と断言しております。
>悪いのはそっちだ、いや、そっちの方がおかしい。子供のようなけんかは歴史の歯車を逆転させ、せっかく緒に
>ついた「東アジア共同体」の機運にも水を差してしまった。
いやいや朝日新聞が悪いと思っているのは日本でしょう。
朝日新聞は空前の韓流ブームが救いだったらしい。
>靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が
>参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。
>
品格を競いたい
べつにお祭り開いて大騒ぎしている訳じゃない。静かに御霊の冥福を祈っているだけだろうに。
騒いでいるのは中韓だよ。こちらはお願いしているじゃない。
>
中国の急成長によって、ひょっとすると次は日本が負け組になるのかも知れない。そんな心理の逆転が
>日本人に余裕を失わせているのだろうか。だが、それでは日本の姿を小さくするだけだ。
あれ?韓国は?
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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深夜の拾いモノ(NHK教育)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/03 02:42 投稿番号: [3247 / 7270]
途中から観はじめたんですが非常に面白い作品でした。
(再放送があったら録画しておこうっと)
「芸術劇場
演劇中継『その河をこえて、五月』」
__________________________________
平田オリザ演出「その河をこえて、五月」は、サッカーのワールドカップが日韓共同開催された2002年、日韓二人の作家による合作、両国の演出家、出演者による共同作業というユニークな方法で創作され、それぞれの国で高い評価を得た作品である。日本人と韓国人が、花見の宴に同席したひと時を描くことによって、違った文化を持つ二つの国の人間たちは、どこまで互いを理解することができるのかを問いかける。2005年5月25日東京・新国立劇場での再演を収録。
__________________________________
作品関連ページ
↓文化庁の抜け穴「
異文化コミュニケーション 」
http://www.bunka.go.jp/index.html_________________________________
平田オリザ/金明和作,李炳莒/平田オリザ演出『その河をこえて,五月』という演劇を新国立劇場で観た。
作者,演出家,俳優すべて日韓合同で演劇などできるものかと思う人が多いだろうが,これは実に見事に成功している。異文化コミュニケーションというと,異なる国民のことを考えるだろうが,世代の差,男女差,職業の差は時に国の差を超えるほどの「異文化」状況にある。そのことをこの劇は巧みにわからせてくれる。実に多様な異文化コミュニケーションが織りなして生み出す悲喜劇に,泣いたり笑ったりしながら,じゃあ,いったい自分は何者なのだろう,という本質的な問いかけに観客の一人ひとりが直面させられる。
異文化コミュニケーションの困難さを,あらためて実感させられながら,このような演劇を成功させたという事実が,観客のわれわれに,異文化コミュニケーションに努力してゆこうという勇気と希望を与えてくれるのである。
河合隼雄
__________________________________
↓ストーリーその他はこちらにありました
http://www.nntt.jac.go.jp/season/s262/s262.html__________________________________
〜略〜言葉の通じない状況で、なんとか意思疎通を図ろうとする人々の姿。日韓の歴史的関係、家族の絆、在日問題。そして、国家観、習慣の違い、民族を超えて共感できる人間のつながり……。“異国間コミュニケーション”をテーマに、ソウルの人々が集うという河原の風景を切り取り、出会いと別れを織り込んだ会話のなかから、“日韓の現在”の断片が静かに描かれていきます。
■■春、ソウル・漢江の河原。語学学校の韓国語教師・金文浩は、長男であるにもかかわらず未だ独身、小説家になるのを夢見ている。今日は、生徒である日本人たちや自分の家族と一緒にピクニックに来ているのだ。サラリーマンである弟の金才浩は、忙しい今の生活に疲れ、妻とカナダ移住を計画しているが、母に知らせて反対されることを考えるとなかなか言い出せず、ピクニックの合間に切り出そうと考えていた。
語学学校の生徒は年齢を超えて、さまざまな職業の日本人が集まっていた。夫の転勤についてきた主婦。日本の学校になじめず不登校生徒となり、ソウルまで来てしまった若者。転勤でソウルに来ている介護用品会社のサラリーマン。クレー射撃でオリンピックを目指すためソウルに渡った在日韓国人とその恋人。世界中を旅しているフリーター。メンバーがぽつりぽつりと集まりだし、ピクニックは始まった。言葉がうまく話せないため、最初はぎくしゃくしていたみんなも、だんだんと気持ちがほぐれ、話が弾んでいく。そこへ、道に迷った日本人観光客も紛れ込んで……。■■
___________________________________
日韓共作でこういう作品が作られるようになっていたとは、認識を改めねば。
(
´▽`)ノ♪こいつは春から縁起が〜(ィヨ〜ッ、チョン)
良エェェ〜わい(チョン、チョン、チョン・・・・・)
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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Re: 中央日報の捏造報道・なげぇー
投稿者: sampom337 投稿日時: 2006/01/03 01:32 投稿番号: [3246 / 7270]
>歴史問題は学者に任せて
例えば
優秀な学者が自らの研究成果を元に、最大限の効果を発揮しようと苦労している姿とは、実に違和感があります。
民間企業では研究所の成果は、製造部門なりが効果として発揮しています。
>この辺りが、イライラしますね。(笑)
政府、外務省内の実情に疎く、『イライラ』よりも『なんでだろー』状態です。
三三七拍子・・・覚えていたのですか???
あのころは、キチンと勉強し、認識を確立しようと志していたのですが、
最近は、お遊びに夢中で・・・
しかし、このカテに来てから私の認識度は、確実に高く(ちょっち)なったと思っています。
これは メッセージ 3238 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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Re: この写真の左下の人って誰ですか
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/03 00:40 投稿番号: [3245 / 7270]
超亀レスですが、ヨ・ウンヒョン(呂運亨)のようです。
韓国建国ではかなり大きな役割を果たしたようですが
名前も顔も知る機会がなかったのは不思議です(韓国では有名なのかな)
これは メッセージ 3210 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3245.html
「イ・ヨンフン教授インタビューの反応」
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2006/01/03 00:29 投稿番号: [3244 / 7270]
>(問) 良いお話をありがとうございました。
>(インタビュー終り)
翻訳のmikasaさん、ならびにtrip_in_the_nightさんへも御礼申し上げます。
>新しい息吹き教科書フォーラムに期待かけたい
2006年
いやホントに期待したいです。
下川正晴氏のコラム(毎日)も韓国は変わった(つつある)という雰囲気でした。
「雨降って地固まる」となるか・・・(政治的にはなりそうもないけど)まだ道は遠いかな
↓「イ・ヨンフン教授インタビューの反応」
http://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=41186&page=1「〜略〜書き込みは賛否両論あり、やはり否定的な意見も多いですが、賛成反対の数を見れば、李榮勲教授に賛同する人たちも、少数ながら形成されているようです。
金完燮氏や韓昇助氏は孤軍奮闘といった感じでしたが、ニュー・ライトは一定の学者グループによる組織的活動のように思います。そこに期待して見たい。」
これは メッセージ 3243 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3244.html
イ・ヨンフン教授インタビュー⑪
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/02 22:55 投稿番号: [3243 / 7270]
(問) 最後に、読者に新年のあいさつを一言お願いします。
民族主義神話から脱して、文明人として自立しなければなりません。文明人として自立するために一番重要な徳目は、相互協働ですね。民主的な社会秩序を建設して行くために自分に与えられた時代的使命は何か、民族の構成員としてではなく一人の文明人として、精神的に自立した人間として、自由と人権に対して精神的自覚を持つべきと思います。
しかしそのような概念もはっきりしてはいません。先日、金大中前大統領は、我々が北朝鮮の人権問題に対して大きい助けになったと、食糧問題で寄与したと言いましたが、食べることは人権問題ではないんですよ。人権とは、基本的に、移動の自由、結社の自由、職業の自由、思想と宗教の自由なのに、私たちはまだこういうことに対して確固たる概念がないようです。自由と人権の十字軍として、文明人として、自分自身の現住所をしっかりと自覚しなければなりません。
(問) 良いお話をありがとうございました。
(インタビュー終り)
新しい
息吹き教科書
フォーラムに
期待かけたい
2006年
これは メッセージ 3242 (trip_in_the_night さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/3243.html
イ・ヨンフン教授インタビュー⑩
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/02 22:54 投稿番号: [3242 / 7270]
○朴正煕時代のパラダイムは終わった
(問)むしろ朴正煕に反対する人々が、朴正煕の遺産を掴んで離さないようです。3不政策や民族主義を増幅させるとかすることが、朴正煕の遺産を乗り越えようと言う人々の姿です。成果は否定しながらも、その否定的なことはずっと持って行く姿です。
朴前大統領の構築したパラダイムは、政府が自ら市場の役割を引き受けたわけで、今は継承されることができません。あの当時は市場がなかったが、今は自律的な市場が成立しているのだから、果敢に自律化をしなくてはね。日本と市場統合を成して、民間ができない事を政府が、戦略的にいくつか課題を選択して集中的に推進しなければなりません。小さな政府が強い役目を果たすのは、朴正煕のパラダイムではありません。
韓国経済のポイントは何だと思いますか?
高度な人材のネットワークを充分に活用して情報を得て、それを土台として選択と集中投資をすることが政府の一番重要な役目です。 そういう意味で、相変らず先進化戦略のための政府の役目は重要ですが、そのようにできません。むしろ朴正煕を否定しながらも朴正煕と同じことをしようとして、しきりにプロジェクトを作り上げているのではないですか? 自治体がすべきことに政府が口を出し、首都圏に集まっているクラスタを解体するという決定で、すべてが逆に向かっています。
任期中に何らかの成果を出したいという考えで、無理しても推進するのです。こういうことが、むしろ朴正煕時代の遺産ではないでしょうか?
○誤った歴史解釈に基づく過去史清算は必ず失敗する
(問) 先ほど言いましたが、今年は大韓民国解放60周年、乙巳条約100周年、建国 57周年です。こんな意義ある時期に、歴史的事実に対する緊密な論議は成り立たないまま 「過去史整理委員会」だけがクローズアップされていますが、過去史整理委員会をどう評価しますか?
失敗すると思います。誤った歴史解釈に基づいているのですよ。伝統的な朝鮮人が現代韓国人に変化するために支払わなければならなかった文明史的転換の経験を清算の対象としているし、その過程で不可避的に支払わなければならなかった費用を罪悪視しています。
もちろん、国家が行った反人倫的犯罪や虐殺、差別は糾明されるべきでしょう。これは特別法によらずとも、学術的活動を通じて法が許容する範囲内でもできるはずです。しかし、韓国人がこの100年間地獄と天国を行き交いながら経験したすべての歴史的経験を清算しようとする立場、特に日帝時代の知識人や商工業者、官僚として成長した人々の対日協力問題を、しかも自発的協力ではない強要された協力までも一括的な清算の対象とすることは、正しくないです。
第二に、準備ができていません。強制連行の真相調査に対してはナクソン大学研究所でも研究プロジェクトを進行中ですが、直接インタビューをして見れば、その時代に生きて実際に強制労働現場に行って来た人々の体験談は、公式化された法律として規定されたことと厳然に違います。いわゆる強制動員連行に関してまともな論文一つ、本一冊ありません。研究が全然できていないのに法を作って清算するのは誤りです。
特に、金銭的補償と過去史清算を連携させているのは、本当に最悪の選択です。今朝の新聞に、ある人が光州民主化運動の時1億の補償金を受けて社会に喜捨したという記事が載っていましたよ。私の周辺にもそんな人がいます。15日位拘留されて3千万ウォンをもらったと言いますね。私のいとこは6.25参戦の勇士ですが、一月に7万ウォンをもらっています。1年でわずか84万ウォンなのに、15日の拘留に3千万ウォンもらった人と比較になりますか?
国家報勲体系がおびただしい混乱を経験しています。戦争の極みに報酬もなく強制労働に動員された人の場合、当然補償されるべきですが、39年以降のすべての形態の労働を全部動員と褒賞の対象として定めれば、大混乱が発生するはずです。実際20万人に近い人々がそんな期待をしています。郡庁に申込書を出した人が20万名にのぼります。何の準備もなしに何をしようというのか理解できません。
これは メッセージ 3241 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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イ・ヨンフン教授インタビュー⑨
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/02 22:52 投稿番号: [3241 / 7270]
http://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=41182&page=1
イ・ヨンフン教授インタビュー(終)
投稿者 : mikasa 投稿日時 : 2006-01-02 PM 03:33 照会数 : 45 推薦数 : 2
○21世紀の世界貿易時代に19世紀式大陸進出を言う教科書
従って、教科書も韓国経済が持つ固有のダイナミック性や市場変化を教えなければなりません。私たちの生きる道は、高度な国際化時代に進むしかないのです。日本とは市場統合を成さなければなりません。かつて朴正煕前大統領が国交を再開した当時のような強靭な勢いを持たなければ、市場統合をすることはできません。世界第2の工業国である日本と市場統合をすれば、長期的にしっかりした土台が用意されて、中国と北朝鮮にどんな突発事態が生じても安定していることができるのですよ。
我が国は、過去、韓米同盟を結んで韓日国交を再開したときのような使命感を持って、日本との市場統合を推進しなければなりません。そんな国民的課題を教育することが、私たち社会科の教師がしなければならないことだと思います。
ところが、今は大陸に進出しようと言っています。どの社会科経済科教科書を見ても、また最近出た近現代史学習指針を見ても、アジアを貫く鉄道計画を書きながら日本を差し置いています。まるで19世紀帝国主義の鉄道時代を連想しながら韓国の将来を教えているようなものです。
去る40年間、世界の6大洋を舞台に活発に世界経済を広げた国が、今になって大陸に進出しようといいながら鉄道網のことを語るのは、本当に情けないことですね。こんな話が出るほどに「民族」というコードを中心にして教育が構造的に歪曲されているのです。こんな教育を受けた勢力が次に政治を担当すればどうなりますか?
(問) 普通、政権が弱体ならば虚偽のイデオロギーを動員してファシズムやナチズムや民族主義みたいなことが動員されますが、朴正煕前大統領の場合には、内在的発展を導いて来た過程で、なぜ、敢えて民族主義を動員したのでしょうか?
十月維新体制がそうですね。朴大統領の失策中の一つと思います。朴前大統領は良い政策をたくさん実施しましたが、特に教育平準化やハングル専用を強要したことや、民族問題を政略的に利用したことなどは非難を避けることができないはずです。おおよそ2種位に把握することができますが、その中の一つが重化学工業化です。結果的に大きい歴史的功績を残したわけですが、当時は皆が反対したんですよ。アメリカは、たとえ支配はしなくとも強力な干渉者であったし、1968年以後には政治的緊張関係が生じて、中国との国交回復がこんな状況を加重させ、朴大統領もそんな不可避な選択をするしかなかったのだろうと言う気がします。
二番目は歴代大統領は皆、極端と極端の時代を生きてきた人々だから、根本的にはデモクラシーに対する不信があったかも知れないですね。朴正煕前大統領の文を見れば、そんな考えが滲んでいます。複雑な人生の行路を歩きながらも、少なくともデモクラシーは教導されなければならないという確固たる信念があったからそんな選択をしたと思います。しかし冷静な評価をするためには、時間がもう少し必要でしょうね。
これは メッセージ 3237 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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