南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re:まずは脱線のお付き合い 2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 09:04 投稿番号: [6200 / 41162]
>さて、上記(1)〜(3)の民間人大量殺害に関する証言は以下の通り。

はい、あなたによれば、   「こちらの方が多い」   はずの「何もなかった証言」を
集めていただきました。
一つずつ見せていただきましょう。


>・石川達三(「生きている兵隊」作者)
「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」
――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?
「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」


このインタビュー、石川氏がなくなる間際に電話でなされて、
死後発表されたものだそうですね。
一般には生前の石川達三は次のように述べていたことが知られています。

「入城式に送れて正月私が南京へ着いたとき街上は死屍累々大変なものだった。大きな建物へ一般の中国人数千をおしこめて床へ手榴弾をおき油を流して火をつけ焦熱地獄の中で悶絶させた。また武装解した捕虜を練兵場へあつめて機銃の一斉射撃で葬った。しまいには弾丸を使うのはもったいないとあって、揚子江岸へ長い桟橋を作り、河中へ行くほど低くなるようにしておいて、この上へ中国人を行列させ、先頭から順々に日本刀で首を切って河中へつきおとしたり逃げ口をふさがれた黒山のような捕虜が戸板や机に捕まって川を流れて行くのを下流で待ち構えた駆逐艦が機銃の一斉射撃で片っぱしから殺害した。
戰争中の興奮から兵隊が無軌道の行動に逸脱するのはありがちのことではあるが、南京の場合はいくら何でも無茶だと思つた、」
(「読売新聞」1946年5月9日付記事)



>・橋本登美三郎(朝日新聞社上海支局次長)
「南京の事件ねえ。全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話にでるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは互いに話にするし・・・」

それはいいんですけどね。
同じインタビューの中で、こんなことも言ってますね。

―当時の報道規制をどう感じましたか。
「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
(『「南京事件」日本人48人の証言』   P39)

なんか、この時点で、既に少しおかしいように思います   (−−;
昭和10年代の戦時期の日本の報道状況について、
「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
と言われて本気に出来ますか?



>・足立和雄(朝日新聞社南京特派員)
「私は南京大虐殺なんて見ていません。」


どういう質問を受けての答なのか、ですね。
足立和夫氏は「見た」ことについてはこう語っています。

「朝日新聞支局のそばに、焼跡でできた広場があった。そこに、日本兵に看視されて、中国人が長い列を作っていた。南京にとどまっていたほとんどすべての中国人男子が、便衣隊と称して捕えられたのである。私たちの仲間がその中の一人を、事変前に朝日の支局で使っていた男だと証言して、助けてやった。そのことがあってから、朝日の支局には助命を願う女こどもが押しかけてきたが、私たちの力では、それ以上なんともできなかった。”便衣隊”は、その妻や子が泣き叫ぶ眼の前で、つぎつぎに銃殺された。
「悲しいねえ」
私は、守山君にいった。守山君も、泣かんばかりの顔をしていた。そして、つぶやいた。「日本は、これで戦争に勝つ資格を失ったよ」と。
内地では、おそらく南京攻略の祝賀行事に沸いていたときに、私たちの心は、怒りと悲しみにふるえていた。」
(『守山義雄文集』収録の足立和雄「南京の大虐殺」=守山義雄文集刊行会・一九七五年)


Re:まずは脱線のお付き合い 1)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 09:01 投稿番号: [6199 / 41162]
>ダーディン記者の1937.12.18の記事の要点は以下三つ。
(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。
(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
(3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

あ、こういう括り方をしちゃうのですね。

繁雑になりますが、記事の冒頭部分だけ再引用しておきましょう。

一九三七年十二月十八日
捕虜全員を殺害、日本軍、民間人も殺害、南京を恐怖が襲う
F・ティルマン・ダーディン
  ◇アメリカ大使館を襲撃
  ◇蒋介石総統のおそまつな戦術、指揮官の逃亡   首都陥落を招く
                             
  十二月十七日、上海アメリカ船オアフ号発
  ニューヨーク・タイムズ宛特電

  南京における大規模な虐殺と蛮行により、日本軍は現地の中国住民および外国人から尊敬と信頼が得られるはずの、またとない機会を逃してしまった。

  中国当局の瓦解と中国軍の崩壊により、南京の大勢の中国人は、日本軍の登場とともにうちたてられる秩序と組織に応える用意ができていた。日本軍が南京城内の支配を掌撞した時、これからは恐怖の爆撃も止み、中国軍の混乱による脅威も除かれるであろうとする安堵の空気が一般市民の間に広まった。

  少なくとも戦争状態が終わるまで、日本の支配は厳しいものになるだろうという気はしていた。ところが、日本軍の占領が始まってから二日で、この見込みは一変した。大規模な略奪、婦人への暴行、民間人の殺害、住民を自宅から放逐、捕虜の大量処刑、青年男子の強制連行などは、南京を恐怖の都市と化した。


>(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。

記事は「民間人も殺害」です。
「民間人の殺害が拡大された。水曜日、市内を広範囲に見て回った外国人は、いずれの通りにも民間人の死体を目にした。犠牲者には老人、婦人、子供なども入っていた。
とくに警察官や消防士が攻撃の対象であった。犠牲者の多くが銃剣で刺殺されていたが、なかには、野蛮このうえないむごい傷をうけた者もいた。」

警察官や消防士が特に多かったというのは、ありそうな話であり、
現にあった話でもあります。
事実をありのままに記述しているのでしょうね。


>(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
  (3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

この部分のことですね
「民間人の殺害が拡大された。水曜日、市内を広範囲に見て回った外国人は、いずれの通りにも民間人の死体を日にした。犠牲者には老人、婦人、子供なども入っていた。」

スチールも12月15日記事では
「市内の通りはいたるところに市民の死体や中国軍の装備・兵服が散乱していた。」
と書き、
さらに12月17日の記事では
「また、以下のようなことをも目撃した。
  怯えた一兵士がドイツ国旗の下で這っていた。何百という負傷兵が一人一人の通行人に助けを求めながら道路を這い、びっこを引いて歩いて行った。日本軍将兵が略奪品輸送に使おうと苦力やロバを徴発していた。日本の機関銃隊が月明かりのなか術路を走行し、走る者なら誰でも、またそうでない者をも射殺していった。
  日本軍は虱潰しに家々を捜索していき、多数の便衣兵容疑者を捕らえていた。これら多数の縛られた者たちが一人一人銃殺されていき、その傍らでは同じ死刑囚がぼんやりと座って自分の順番を待っているのであった。
「無力な住民が突き刺される」
  私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。また病院では、大勢の市民が銃剣創傷で若しんでいるのを見た。   また街路という街路に死体が散乱しているのを見た。そのなかには人に傷害を与えたとはとても思えない数名の老人も含まれていた。また処刑された男たちの死体の折り重なる山をも見た。」

と、書いていますので、ここまでは自分の目で目撃したと考えられます。
ダーディン記事とはおおむね一致した内容になっていることが解ると思います。


Re:ダーディンの1937.12.18記事

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/25 23:53 投稿番号: [6198 / 41162]
  ダーディン記者の1937.12.18の記事の要点は以下三つ。

(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。
(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
(3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

  処刑の方はここでは問題にしません。
  外国人に公開された形で処刑が行われ、そのことについて国際的な非難を浴びていないのですから、当時の基準で戦争犯罪とみなされていなかったことは明らかです。

  さて、上記(1)〜(3)の民間人大量殺害に関する証言は以下の通り。

・石川達三(「生きている兵隊」作者)
「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」
――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?
「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」

・橋本登美三郎(朝日新聞社上海支局次長)
「南京の事件ねえ。全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話にでるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは互いに話にするし・・・それが仕事だからね。噂としても聞いたこともない。朝日新聞では現地記者ばかり集めて座談会もやったが、あったのなら、露骨でないにしても、抵抗があったとか、そんな話が出るはずだ」

・足立和雄(朝日新聞社南京特派員)
「私は南京大虐殺なんて見ていません。」

・佐藤振寿(東京日々新聞カメラマン)
――虐殺があったといわれますが?
「見ていません。虐殺があったと言われていますが16、7日頃になると、小さい通りだけではなく、大通りにも店が出ました。また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まっていましたから、とても残虐な殺しなどがあったとは信じられません」

・浅井達三(同盟通信映画部カメラマン)
――同盟通信のなかで虐殺というようなことが話題にならなかったですか?
「なりませんでした。その頃、敗残兵や便衣隊がよくいて、それをやる(処刑)のが戦争だとおもっていましたから」

  #6169で挙げていただいた証言と重複例もありますし、そろそろ止めましょう。
  このように、目撃談は中国兵の処刑に集中しています。
  では一方、#6170で挙げていただいた証言はどうでしょうか。

・大宅壮一(南京大虐殺の”真相”を聞く)
  具体的な証言は全くなし。史料としての価値はゼロ。

・白井茂カメラマン
  中国兵の処刑風景。民間人の殺害に関する証言無し。

・西條八十(燦たり南京入城式)
  目撃したものは中国兵の死体のみ。ダーディンの報じたような民間人の死体は無し。

  このように、民間人の死体を見たという証言すらありません。
  では最後に、マクドナルド記者の12月18日タイムズの記事の要約を引用します。

「12日、中国兵は逃亡し始めたが、逃げる船がないと分かると混乱が始まり、安全区になだれ込み、交通部は放火された。
  13日、日本軍の掃蕩が始まった。数千人の中国兵が安全区に逃げ込んだ。
  14日、日本軍は大通りを軒並み掠奪し、外国人の物も掠奪した。また中国兵とみなされる者を処刑した。通りには死体が散在したが女性の死体はなかった。掃蕩は15日も続いたが街は落ち着いてきた」

  掠奪――これはいけません。ですが、民間人の虐殺ではありませんね。
  中国兵と「みなされる」者の処刑――誤殺もあったでしょう。ですが、その責任は戦闘員と非戦闘員を外見で識別可能とするという当然のルールを破った中国側にあります。
  通りには死体が散在したが「女性の死体はなかった」――明らかに、ダーディンの報道とは食い違っていますね。

  さて、#6160の質問に戻りましょう。
  ダーディン、スティールの報じた南京の惨状に関する一致証言者について、何人名前を挙げられますか?
  南京は平穏で死体も少なかったと証言している、名前が判明している日本人ジャーナリスト・文化人の人数を大きく上回るものではないはずですが。

支那事変に赴いた兵士の、家族への軍事郵便

投稿者: nashirinn7 投稿日時: 2005/06/25 23:49 投稿番号: [6197 / 41162]
昭和13年1月〜11月に北支から送られた軍事郵便、および復員時に持ち帰った手帳類です。

最近の中国政府の理不尽な対応と人民の反日感情の激しさに驚き、関連の情報に目を向けてきました。

このたよりを見ると、前年の12年12月の南京大虐殺について疑わしさ感じます。

旧日本軍は支那で残虐の限りをつくしていた訳ではありません。人民に無用の手出しはしていないと思います。

http://www.mis.janis.or.jp/~yokota.f

Re16:[攪乱工作は(以下省略)]

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/25 23:48 投稿番号: [6196 / 41162]
> この1月4日記事と1月25日記事を根拠に日本軍の悪行を中国兵の仕業と宣伝したがっているのは日本軍というよりも東中野センセなのかもしれません。

  意味不明です。
  東中野教授が1938年1月4日・1月25日現在で、新聞記事のソースを提供できるはずがないでしょう。
  もう一度確認します。

(1)上海爆撃は日本軍の仕業だったという中国の宣伝は嘘であったことが判明している。
(2)南京における中国兵の攪乱工作に関する報道は嘘であったと確認されていない。
(3)従って両者を同列に扱うことはできないし、東中野教授の言説を妄想であると決めつけることもできない。

  違うというなら、NYタイムス1938.1.4の記事が「嘘であった」という証拠を呈示すべきです。

原点の#5998は既に完全崩壊している

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 22:45 投稿番号: [6195 / 41162]
>もう一回書くね。
>・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。

おや?
#5998の
―――――――――――――――――――
>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
―――――――――――――――――――
は完全に破綻しているんだね。


>・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
  安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。

大佐一味7人のことに関する安全区委員の記録は見た事がないが。


>フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
>   上海南京間の移動が可能だったのだ。

その商人以外にも12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行った者は大勢いた。


>この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
>「自然」とは思えないな。

外国人教授と限定する必要はない。
金陵女子大学で反日攪乱行為をしていた大佐1名とその部下の将校6名の【合計7名】がライフル6丁とピストル5丁、機関銃1丁を隠し持っていてで捕まり、アメリカ人教授たちが当惑したことを知っている奴なら誰でも良いのだ。


>1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
>NYタイムズも、何も言ってないよな。

情報提供者を公表する必要はなく、NY・タイムズにとって信頼できる情報筋ならそれで良い。


>同じ日に似たような出来事が
>同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。

大佐一味7人の件とワンシンロンら4人の件は同じ日の出来事とは限らない。
ワンシンロンらに関する記録は助命・釈放の要望であり、捕まってすぐに白状した大佐一味に助命・釈放の要望の記録がないのは当り前。


>ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。

同じ内容の記者会見を別に行ったということは、日本人記者も知っていたということになる。


>当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
>別だが、お目にかかったことはない。

2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日の記事しかお目にかかったことはない。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、その類のニュースはあまり関心が高くなく記事にもされ難かった。

もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。

いい加減に諦めて消え去るほうが良い。



>摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
>日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
>この後、さらに2000人を摘出している。

12月24日時点での6,670人というのは、「敗残兵の摘出と処刑」ではなく、単に「敗残兵の刺射殺数」だった筈である。
まず、1,500人と6,670人には、「【安全区】に隠れていた便衣兵」   と   「【南京城内】の敗残兵」   という決定的な違いがある。
次に、即、刺射殺した敗残兵は、1月24日の日本軍発表の摘発された者の数には含まれていないかもしれない。

幻の従軍慰安婦

投稿者: naoko_new2005 投稿日時: 2005/06/25 22:35 投稿番号: [6194 / 41162]

http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_b28a.html

抜粋

投稿者: kousakuinn00007 投稿日時: 2005/06/25 22:10 投稿番号: [6193 / 41162]
「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。

陣中日誌

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/25 21:12 投稿番号: [6192 / 41162]
>べつだと言ったはずですが。

それでも、そのイメージは伝わりますよ。そういう客観的証拠のない話でも、イメージができて行くと思いますよ。


>信ぴょう性が高い低いは言えるでしょう。

客観的証拠がないので、高い低いの判断をするのは、早計です。

>誤爆だということ以外に、強姦や老婆斬殺ということをした。たまたま小津安二郎が目撃したなら、そういうことが他にも結構あったのじゃないかということです。

南京事件では、それを組織的にやったということになっています。イメージだけで、客観的証拠にかけるものは、ここの場所では、誤解をまねくと言っているんですよ。

教科書でもしかりです。

>この反日活動は

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/25 20:52 投稿番号: [6191 / 41162]
>カリフォルニアすなわちハリウッドのお膝元で反日活動することに意味があるのでしょうね。

「太陽の帝国」とか「ラストエンペラー」とかどうしようもない映画をつくった監督はハリウッドだったかな。

カリフォルニア、反日活動。チャイニーズ系アメリカ人の反日活動は、カリフォルニアだけでなく全米に広がっているようです。

古森義久「ニュー「日本叩き」がアメリカを席捲する」「諸君!」2004年、8月号、153ー163頁によると。

>米国の教科書に南京大虐殺・従軍慰安婦

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/25 20:39 投稿番号: [6190 / 41162]
と関連して、古森義久「ニュー「日本叩き」がアメリカを席捲する」「諸君!」2004年、8月号、153ー163頁は必読。

虐殺? 慰安婦?

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/06/25 11:23 投稿番号: [6189 / 41162]
これで判断しろ。
http://www.history.gr.jp/nanking/

この反日活動は

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/25 11:01 投稿番号: [6188 / 41162]
>近々、その旨、カリフォルニアの教科書にも登場するそうだ。

カリフォルニアすなわちハリウッドのお膝元で反日活動することに意味があるのでしょうね。

いまさらさにいってんの?

投稿者: takaotamura1000 投稿日時: 2005/06/25 08:55 投稿番号: [6187 / 41162]
確か文革犠牲者は、五千万人以上
チベット侵略の犠牲者は百万人以上殺されたんだよね。     当時の南京は人口十数万人しかいないにも関わらず三十万人が殺されたと? 言っている訳だが、じゃあ今現在の南京市民はどこから来たんですかね? チャイナ人答えてよwww 三十万人分の骨は、どこにいったの?
せいぜい出てくるのは、文革時代の骨だろうけどさーwww

熱烈歓迎

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/25 08:12 投稿番号: [6186 / 41162]
南京虐殺は、ナチスの蛮行と比肩しうる
最悪の虐殺の一つ、とは世界の常識。

近々、その旨、カリフォルニアの教科書にも登場するそうだ。

中国は熱烈歓迎する。

でりちゃんの原点とは妄想のことか?

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/25 06:43 投稿番号: [6185 / 41162]
>1月3日上海発(1月4日付)NY・タイムズ記事についてだが、日本側がNY・タイムズに情報を提供したというのは根も葉もない妄想だった。

もう一回書くね。
・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。
・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
  安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。
・安全区委員達は能動的に情報を発信する手段を持たなかった。
・通信、情報は日本側が握っていた。
  フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
  上海南京間の移動が可能だったのだ。

この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
「自然」とは思えないな。


>事件を知る誰かが、12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行き、NY・タイムズに情報を提供すれば良い訳だから、

そりゃそうだ、そういう人間がいればいいのだよ。   で、そういう人間がいたのかな?
1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
NYタイムズも、何も言ってないよな。


>以上、別々の事なのだから、NY1月3日記事の内容と居留外国人の記録が一致しないのは当たり前であり、それを以って、「日本軍の悪評を打ち消すための、欧米向けのプレス発表として、多分に創作された内容のものだった」とのキミの主張は、最初から間違っていた。

この論法で行くと、世の中の食い違う二つの情報は全部別の出来事で、
両方とも事実という解釈が可能だな、
ま、その可能性がゼロとは言わないが、同じ日に似たような出来事が
同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。


>また、1月24日の日本軍の記者会見は、相手が外国のマスコミ限定だったというのも根拠薄弱であり、日本のマスコミも参加していたと考えるのが自然だ。

ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。
当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
別だが、お目にかかったことはない。
例の上海爆撃や、松井大将の「涙の訓辞」の現場にいた、ティンパリーから
出版前に「What war means」出版の話をうち明けられた、同盟の松本重治
上海支局長も、この日の記者会見については何も言及していない。
http://www.geocities.jp/yu77799/matumoto.html

>2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日しか記事にしなかった。

私が確認してるのが大阪朝日の記事だけだということで、他の新聞に
載ってないことまでは確認してないよ。
でりちゃんの情報元の私が確認してないことを、なんで、でりちゃんが
断言できるのかな?


>多数の支那兵が軍服を脱ぎ捨て便衣兵となって安全区に潜伏したのは事実。
日本軍は、そのような状況を野放しにはせず、安全区に潜伏した便衣兵を厳しく摘発したのも事実。
そして、1月24日の記者会見で摘発した人数などを発表した。
摘発した1,500名以上の便衣兵は、全員が安全区で大人しくしていた訳ではなく、中には悪事を働く者が居た。

摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
この後、さらに2000人を摘出している。
すると差し引き5000人以上は中国兵だということを確認せずに
殺してしまったことになるけど、それでもいいんですか?   と。

あ、私はこれの答は解った上で、でりちゃんをからかっているのだから。
誤解のないようにね。


そうそう、昔こんなことを言いだした人もいたのを思い出した。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbf aea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=13111

ぜひでりちゃんと対決して貰いたかったね。

小泉はいつまで改革やってんの?.

投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/06/25 03:34 投稿番号: [6184 / 41162]
USAで南京虐殺をひきずる日本に人権法廷で問題国になった。北豚国と同じだ。横田さんご苦労様です。お痛みを察すると心が痛みます。

小泉改革の痛みで国民みんな死んじゃうよ。自分も痛みを共有したらどうなんだ。竹島はお前が検定で不法占拠と治したんだろ。

なにが国際法廷だ。韓国で竹島は韓国領ですって言ったそうだな。USAも安心してるよ。   検定で教科書に不法占拠にしといてまあ。プーチンは北方領土はロシアの正当な領土と言ってるぞ。東大出の中山が国際法で言う不法占拠の意味がわからんのか?.

国民は竹島どころじゃない。たまには痛みを共有したらどう?. 自殺するとか、子供をころすとか。

軍隊相手の売春婦

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 03:14 投稿番号: [6183 / 41162]
>名称はともかく、実体として従軍慰安婦は
>実在したという主張だな。

軍隊相手の売春婦は、ロシア(ソ連)などの例外を除けば、どこにでもいる。
#2232


>ならば、日本は朝鮮に謝罪するべきである。

日本とか朝鮮とかは関係ない。
皇軍には日本人も朝鮮人も両方居たし、軍隊相手の売春婦にも日本人も朝鮮人も居た。
そもそも、兵隊から大金を巻き上げた売春婦に謝罪などまったく必要ない。
#2229

原点に帰れば、とっくに結論は出ている

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 03:11 投稿番号: [6182 / 41162]
これまでの議論で判ったことをまとめる。


原点に帰って考える。
#5998より

投稿者: ja2047

>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
>1月25日の上海での日本軍記者会見での発表内容の事前リークと考えられます。

1月3日上海発(1月4日付)NY・タイムズ記事についてだが、日本側がNY・タイムズに情報を提供したというのは根も葉もない妄想だった。


>1.1937年12月末から、1月3日までの時期には、南京から外部への通信手段は
>   日本側(軍)が独占しており、外国人、中国人が独自に情報発信することはない。

事件を知る誰かが、12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行き、NY・タイムズに情報を提供すれば良い訳だから、「伝達手段がなかったから、云々」は大間違いだった。


>2.NY   1月3日記事の内容は、居留外国人の記録とは一致せず、
>   日本軍の欧米向け記者会見の内容とだけ一致する。

1月3日上海発NY・タイムズ記事は、【女子大学】で逮捕された大佐1名とその部下の将校6名、【合計7名】による【反日攪乱行為】について。
隠匿武器は、ライフル6丁とピストル5丁、砲台からはずした機関銃1丁。

一方、居留外国人の記録というのは、1937年12月30日午後2時頃に【金陵大学(蚕桑施設)】で逮捕された南京保安隊長ワン・シンロウとその部下3名、【合計4名】について。
隠匿武器 は、ライフル6丁と拳銃315で、略奪、脅迫、強姦を行っていた。

以上、別々の事なのだから、NY1月3日記事の内容と居留外国人の記録が一致しないのは当たり前であり、それを以って、「日本軍の悪評を打ち消すための、欧米向けのプレス発表として、多分に創作された内容のものだった」とのキミの主張は、最初から間違っていた。


>3.日本側に該当する報道、記録が一切ないにも関わらず、外国人記者向けの
>   発表だけが、軍によって行われた。

敵国の反日攪乱工作というのは日本軍としても極秘扱いで、便衣兵逮捕や撹乱工作の情報が多数あっても滅多に公表されなかったし、米国などの第3国が関与していたために発表は慎重に行われた。
また、1月24日の日本軍の記者会見は、相手が外国のマスコミ限定だったというのも根拠薄弱であり、日本のマスコミも参加していたと考えるのが自然だ。
2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日しか記事にしなかった。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、当時は宣伝とか意識されていなかった。
南京戦が終われば戦争は終わると考えていたくらいだ。

以上のように、当初(#5998)、キミが主張していた「支那人による反日撹乱工作否定説」は悉く破綻したのだから、潔くそれを認めるべき。


多数の支那兵が軍服を脱ぎ捨て便衣兵となって安全区に潜伏したのは事実。
日本軍は、そのような状況を野放しにはせず、安全区に潜伏した便衣兵を厳しく摘発したのも事実。
そして、1月24日の記者会見で摘発した人数などを発表した。
摘発した1,500名以上の便衣兵は、全員が安全区で大人しくしていた訳ではなく、中には悪事を働く者が居た。
例として、反日撹乱行為を扇動していた前第八十八師の副師長の馬・ポウシャン中将の事などを発表した。
当時の新聞報道などによって確認されている反日撹乱行為の犯人は3組。
・大佐一味7人
・前第八十八師の副師長の馬・ポウシャン中将
・日本語巧みな呉堯邦以下11名(いづれも元巡警)

以上のことに対して「事実ではない」と言い張ることに無理がある。

もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。

いい加減に諦めて消え去るほうが良い。


#6169と#6170に長々と貼り付けてあるが、殺されたのは全て敵兵だね。
無駄なことは止めるべき。

>>陣中日誌

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/24 23:14 投稿番号: [6181 / 41162]
>sdll58さんの話し方だと勘違いする人がいるのではないかと思ったんですよ。
>イメージが先行するような投稿は、中国人・朝鮮人達をたかり行為へと導き、日本人のナショナリズムを高めるだけです。

なるほど。そのような勘違いをしないような書き方をしたつもりでしたが、まだ不十分だったのでしょうか。

>もしも、小津安二郎氏の言うことを南京事件の傍証として使う人がいるのなら、

だから、彼の記述と南京大虐殺はべつだと言ったはずですが。

> 私も、無実の南京市民30万人大虐殺とか、日本軍が組織的に朝鮮人やシナ人の女性をかり集めてきて慰安所で強制売春させたとかいうのは、ねつ造の類ではないかと思いますが、(6101)

>小津安二郎氏の日記が、真実であるという分かりやすい客観的証拠が必要だということですよ。

日記(それ以外の記述でも)だから100%真実ということはなかなかないでしょうが、信ぴょう性が高い低いは言えるでしょう。

信憑性については、詳述ははぶきますが、出典の「諸君!」で(解説も含めて)読んでみれば納得されると思います。

>そうしたものなしに、ここで小津安二郎氏の話を出せば、単なるイメージ作りにしかならないと思ったということで、あの転載を出させていただきました。

反論はいいことですね。落語のはなし、こっちは知らないからあたまごなしに落語がこうだから老婆惨殺は作り話だと決め付けられても、それこそ「真実であるという分かりやすい客観的証拠が必要だということですよ」といいたくなりますね。出典も明示してないし。追認、検証の仕様がないでしょう。はなはだ難しいでしょう。グーぐるというのがあるからある程度までつきとめられるけど。

>戦争では、死者が出るのは当然で、それを南京大虐殺ということで問題になっているのではないんですよ。

南京大虐殺のことじゃなくて、「戦争では、死者が出るのは当然」だ、避けられない巻き添えだ、誤爆だということ以外に、強姦や老婆斬殺ということをした。たまたま小津安二郎が目撃したなら、そういうことが他にも結構あったのじゃないかということです。

小津安二郎の陣中日誌は、客観的に(100%)真実である証拠をだせじゃなくて、信憑性として私は、かなり高いと思っています。

>米国の教科書に南京大虐殺・従軍慰安婦

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/24 22:34 投稿番号: [6180 / 41162]
>反対する人が全くいないので州議会を通過するらしい。

原爆投下については、あるていど賛否両論を載せていたと思うが。

真珠湾もあるていど「客観的」だったように思うが。

とりたてて、南京大虐殺、従軍慰安婦とはねえ。

現実的な対応

投稿者: dragonyoh 投稿日時: 2005/06/24 22:32 投稿番号: [6179 / 41162]
南京大虐殺がなかった、というのは嘘だろう。事実は事実としてちゃんと認めないといけない。ただ、中国側の発表する数は全くのでたらめ。嘘八百
つまり、相手が嘘をついているんだから、こちらは真に受ける必要はない。聞き流せばそれで済むこと
従軍慰安婦問題なんて言語道断
ありゃ、たかりだよ。プロの上布がよく今になってシャアシャアと賠償を求めてきたものと、呆れ果てるね

考えられないこと。

投稿者: yumeoibito0808 投稿日時: 2005/06/24 22:26 投稿番号: [6178 / 41162]
何時敵が襲ってくるか解らない戦場での行為はそれどころではない。それは戦争の知らない連中の悪質な捏造だ。また連隊に慰安婦が居たとしたら誰か一人ぐらいは敵方の捕虜になっていてもいいはずだ。例えばソ連の抑留者の中に、

20年以上も立って降って沸いたようにそれよりも韓国のキーセン観光北朝鮮の喜び組み台湾の公娼、皆外貨獲得のために組織された売春行為だ。このほうが余程現実味がある。もっと上手に嘘をつけといいたい

中国が嫌われる七つの理由

投稿者: h2s567jp 投稿日時: 2005/06/24 22:05 投稿番号: [6177 / 41162]
中国が嫌われる七つの理由(下記のホームページから抜粋して記入)
拓植大学日本文化研究所客員教授   黄文雄

■自分以外は人間ではない

1.自己中心

  「自己中心的」を略して「自(ジ)己(コ)中(チュー)」などと呼ぶが、こういう人間が好かれることはまずない。中国人はまさにジコチューが国民性といってよい。そしてそれが国家規模に拡大され、自国中心主義になる。「中国」という自称がその最たる証拠である。
2.ご都合主義

  ジコチューは自分の都合に従って行動する。したがってご都合主義が普遍化されるのである。他人の都合や思惑は二の次、三の次というより、最初から考慮されていない。政治の流れを見ても、一九五〇年代、「向蘇一辺倒」などといわれ、ソ連と蜜月の関係を結んでいたにもかかわらず、六〇年に入って突然「ソ連修正主義反対」、「ソ連社会帝国主義打倒」のスローガンを掲げて豹変した。そして六〇年代、日米安保、アメリカ帝国主義反対を唱え、旧日本社会党と共同声明まで出した中国は、七〇年代に入るやある日突然、日米安保賛成、反ソ親米に急変した。

■悪いのはすべて他人だ

3.独善

  仏教と儒教は中国から朝鮮を経由して日本に伝えられた。宗教が共通なのだから、精神文化も共有しているように思えるが、根本となる死生観がまったく異なっている。日本人は「死ねば神」「死者悉皆成仏」といって、死後にまで生前の利害や怨恨を問わない心を持っている。だが、中国人には強烈な勧善懲悪の倫理意識があり、自分の敵は死後もその墓を暴き、屍にむち打ち、魂まで食らおうとする。人は死しても安らかに眠ることができないのである。しかも信仰の自由はなく、国内で邪教とされた宗教は徹底弾圧し、日本の総理の靖国神社参拝にまで政治的に干渉してくる。

4.責任転嫁

  「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。

■二人で井戸をのぞくな

5.人間不信

  中国のことわざに「一人で廟に入るな、二人で井戸をのぞくな」というものがある。一人で廟に入ると、悪い坊主のカモにされ、殺されて金品を奪われてしまうかもしれない。二人で井戸をのぞくと、相棒に突き落とされる危険があるという意味である。この人間不信社会で生き残り、競争に勝つために兵法が発達した。孫子は「兵は脆道なり」と言った。つまり戦争は詐欺の道だというわけである。中国人気質の最大の特色も「詐」にある。中国人は「詐の民」だという人もいる。親は子に対して「人にだまされるな」と教育し、常日頃口うるさく教えている。

6.土匪国家

  中国人が海外流出すると、流出した先で社会が大きく変化する。台湾の生活環境の変化は、その代表的な一例である。台湾は戦時中、疎開して家を離れても物が盗まれることがなかった。しかし、戦後、四十万の日本人が台湾から追放され、代わりに二百万の中国人が大陸から流入すると、台湾はたちまち泥棒の国と化した。泥棒の多さは高層ピルの上階でも窓に鉄格子がはまっていることが如実に物語っている。あの特異な建築群の景観は、泥棒のせいなのである。台湾では「中国人を見たら泥棒と思え」という教育を親がするようになった。

7.危険な「友好」

  親善、好意を示す「友好」という言葉は、本来嫌われるはずがない。だが、中国人との「友好」だけは別である。新聞やテレビなどのマスコミは、米、英、仏、独と日本との大人のつきあいには普通「親善」という言葉を用い、「友好」というキャッチフレーズを使うことはあまり見られない。だが、中国に関するかぎり、なぜか「友好」という言葉が使われ、日中交流の専門用語のようになっている。
        ・・・一部省略
  しかし、中国を相手にする側にとって、中国が強調する「友好」ほど不安なものはない。なぜなのか。その理由は「友好」の解釈権がもっぱら中国の側にあり、中国の規定する「友好」におとなしくついていかなければならないからだ。ことにしたたかさをあまり持ち合わせていない日本人は、腹芸が下手でタヌキとキツネの化かし合いができない。しかも日本人は外圧に弱く、中国流の「友好」パフォーマンスに対抗するのがきわめて下手である。
  「友好」という言葉を額面どおり受け取っていると、思わぬ落とし穴にはまることになる。実は中国が「友好」を語るとき、ことに相思相愛を語るときが最も危険なのである。それは歴史を振り返ればわかる。たとえば、中ソ、中印、中越戦争が起こったときは、いずれも両国の「友好」関係が蜜月のピークに達した時期にあたり、まさに老子のいう「物極まるときは必ず反(かえ)る」という結果になった。


・中国が

おお!

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/06/24 21:43 投稿番号: [6176 / 41162]
>>あはっっはは
>>A級戦犯もGHQが犯罪者として烙印をおしたのじゃないのか?

まだ、こんな馬鹿なことを言ってる奴がいたのか!戦勝国が裁くなど、もとよりナンセンス!公平な判断がなされるわけが無い。

おいっ、longlivezhongguo

投稿者: h2s567jp 投稿日時: 2005/06/24 21:37 投稿番号: [6175 / 41162]
いい加減なことばかり言う、○○人下記のHPを読んで反省しなさい。
※猿でも反省するのですから、あなたにもできるでしょう。

■○○・・・・・・7つの理由
http://www.geocities.jp/taiwan_assoc/bs01x25.html

な〜にっ  (^^

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/24 19:01 投稿番号: [6174 / 41162]
>どこがどう勘違いか、
早く説明しる!
「南京大虐殺」に対する国際的共通認識は、以下の通りだ。
1.   近代における最悪の虐殺の一つ。
2.   犠牲者の数は25万ないし30万人。


汁と言われても困りますがな。

私は概要は示してますよ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6148
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6158

































































面白いから、もう少し放置しておこうかな   (^◇^

おいっ、 ja2047

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/24 16:48 投稿番号: [6173 / 41162]
>私は中国側の主張一般については、「捏造」とまでは断定しないものの、
ものすごい勘違いをしているのではないかと思っていますので、
この点はお断りしておきます。

どこがどう勘違いか、
早く説明しる!

「南京大虐殺」に対する国際的共通認識は、以下の通りだ。
1.   近代における最悪の虐殺の一つ。
2.   犠牲者の数は25万ないし30万人。

中国はあえて異議を唱える必要を感じない。

国際世論の一例を挙げておく。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

勘違いはお前の方にある。
文句あっか?

>>>もう、止めようぜ(笑)

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/24 13:31 投稿番号: [6172 / 41162]
>日本軍は日本政府の管理下にあったのとチャウノ?(笑)

また間違っていますね。(笑)

日本軍を裁いたのではなく、戦争犯罪を犯した個人を裁いたものです。

したがって管理責任を追求したものではありません。

>あはっっはは
A級戦犯もGHQが犯罪者として烙印をおしたのじゃないのか?

>天皇の不訴追は正当で、、A級戦犯処刑は不当なのか?
同じGHQじゃないか?(笑)

戦勝国が裁いた裁判だから、どのようにもなると言うことですね。(笑)

いまなら戦勝国の意思でどのようにもなりませんから、
裁判を行なえばA級戦犯は全員無罪となるのですよ。

>>もう、止めようぜ(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/24 06:39 投稿番号: [6171 / 41162]
>東京裁判は日本政府を裁いた裁判ではないのだよ。
したがって日本政府が戦争犯罪を認めたわけではない。

十   吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメント
スルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争
犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ

日本軍は日本政府の管理下にあったのとチャウノ?(笑)日本軍の管理下に日本政府があったの?
軍国主義だから、そうかもね(笑)

天皇の大権による、天皇の管理下にあったと認めるのか?(笑)
最高戦争責任者は天皇ということだな(笑)

>昭和天皇の戦争責任の回避を行なったのはGHQであり、
アメリカ本国からも責任を回避するよう要望されているのだよ。

あはっっはは
A級戦犯もGHQが犯罪者として烙印をおしたのじゃないのか?

天皇の不訴追は正当で、、A級戦犯処刑は不当なのか?
同じGHQじゃないか?(笑)

RE15:[以下同文につき省略]  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/24 06:21 投稿番号: [6170 / 41162]
ついでですのでもう少し
よく引き合いに出される、「見なかった」はずの大宅壮一、西条八十
「平穏な南京の記録映画を撮った」白井茂カメラマン、の回想と
当時の記事を引用しておきます。

大宅壮一
南京大虐殺の”真相”を聞く
大宅    (中略)   入城前後、入城までの過程において相当の大虐殺があったことは事実だと思う。
三十万とか、建物の三分の一とか、数字はちょっと信用できないけどね。
まあ相当の大規模の虐殺があったということは、私も目撃者として十分いえるね。
(「サンデー毎日」臨時増刊   1966年10月20日号    P78)

記録映画「南京」撮影者   白井茂カメラマン
「柵の中の広い原では少しはなれた処に塹壕のようなものが掘ってあって、その上で銃殺が行われている。
一人の兵士は顔が真赤に血で染まって両手を上げて何か叫んでいる。いくら射たれても両手を上げて叫び続けて倒れない。
何か執念の恐ろしさを見るようだ。
  見たもの全部を撮ったわけではない。また撮ったものも切られたものがある。(中略)
よく聞かれるけれども、撃ってたのを見た事は事実だ。しかし、みんなへたなのが撃つから、弾が当たってるのに死なないのだ、なかなか。(中略)
戦争とはかくも無惨なものなのか、槍で心臓でも突きぬかれるようなおもいだ、私はこの血だらけの顔が、執念の形相がそれから幾日も幾日も心に焼き付けられて忘れることが出来ないで困った。
私は揚子江でも銃殺を見た。他の場所でも銃殺をされるであろう人々を沢山見たが余りにも残酷な物語はこれ以上書きたくない。
これが世に伝えられる南京大虐殺事件の私の目にした一駒なのであるが、戦争とはどうしても起る宿命にあるものか、戦争をやらないで世界は共存出来ないものなのだろうかとつくづく考えさせられる。」
(「カメラと人生」   白井茂   P137〜P138)

燦たり南京入城式
                          西條八十
このとき読売紙の村田東亜部長が、遅ればせに、社の自動車で僕を迎へに来てくれた。
  だが、結局、氏も、消防組に加入することになつて、みんな横坐り、電線の燕よろしくの恰好で出発。
  出かける途端に見ると波止場の筋向ふに、高い板塀があつた。その中は、支那兵の死体の山。「そろそろ始まつたな」と思ふ。
(文芸春秋社「話」   昭和13年2月号   )

長い引用はこちらを
http://www.geocities.jp/yu77799/bunkajin.html
http://www.geocities.jp/yu77799/houdoukisei.html


RE15:[以下同文につき省略します]

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/24 06:20 投稿番号: [6169 / 41162]
ぜんぜん省略になってないな、コレ    (^^;

>一致証言者について、何人名前を挙げられますか?
  南京は平穏で死体も少なかったと証言している、名前が判明している日本人ジャーナリスト・文化人の人数を大きく上回るものではないはずですが。

阿羅氏の「南京事件   日本人48人の証言」の中から、同書記載のジャーナリスト、
文化人を拾いますと、全部で21人です。

この人達が何と言ってるかをきちんと読みますと、ほとんどの人が
「大虐殺はない」と言ってるんですが、何らか虐殺を見た、聞いたと言ってる人は
実は21人中の半数以上だったりするのですね。

――南京で大虐殺があったと言われていますが、どんなことをご覧になってますか?
「全然なかったとは言えない――日本の軍隊が数十人の中国人を撃っているのを見た
――全部集めれば何千人かになるかもしれない。」
①   東京朝日   足立記者   P27−28  

――虐殺があったと言われていますが・・・
「見てません」
――直接見てなくても噂は聞いてませんか?
「――何でも鎮江の方で捕まえた三千人の捕虜を下関の岸壁に並べて重機関銃で撃ったというのです。――もちろんその時は戦後言われている虐殺というのではなく、戦闘だと聞いていました」
②   東京日々   佐藤カメラマン   P53−54  

――中山門上での虐殺以外に直接ご覧になった虐殺というのはどんなものですか?
「中山門上のほか、励志社の入り口で敗残兵をつるはしで殺した場面、それと場所は覚えていないが、
殺すときはこうするんだと伍長がほかの兵にいながら中国兵を殺す場面を見ています。」
③   東京日々   鈴木記者   P70  

――第16師団の軍紀はどうでしたか?
「――南京に向かう途中でしたが、第16師団の曹長で、百人斬りをするんだと言ってたのがいました。南京まで百人斬ったかどうか知りませんけど、
戦友の仇をとるんだといって、中国人と見ると必ず銃剣でやっていて、殺した中には兵隊じゃない
便衣の者もいたと言います。」
④   報知   田口記者   P88  

――日本兵による中国兵に対する殺戮があったと言われていますが・・・
「ありました」
――ご覧になったのですか
「見てませんが、兵隊から聞きました」
⑤   読売   森カメラマン   P98   

「前田は見たと言ってたが、僕は虐殺とかそういうものは見てないんだな。――下関で堀川か誰かが兵隊の射殺現場か死体を見たと言っていた。」
⑥   同盟   新井記者   P105−107   

――虐殺があったと言われていますが・・・
「私は見てませんが、あったという話です。そんな話を聞きました。」
⑦   同盟   浅井カメラマン   P112   

――南京では虐殺があったと言いますがごらんになってますか?
「言っていいですか?    ――   トーチカに捕虜を詰め込んで焼き殺したと思います――
トーチカの銃丸から苦しそうに息をしてこちらを見つめている中国兵がいたことが、今も印象に
残っています。   苦しそうに鼻をふんふん言わせてね。――  
あとで二万人ぐらい捕虜をやったと聞いたことがあります。」
⑧   同盟   細波技師   P118−121  

――その時の南京の様子はどうでしたか?
「――補助憲兵というのがいて、難民区に潜入している敗残兵を連れだしてました。
連れて行かれる中国人の親か兄弟かが、兵隊でないと、補助憲兵にすがっているのもいましたが、
その光景はまともに見ることができませんでした。それでも補助憲兵は連れていったようです。
――たぶん射殺したと思います。」
⑨   都   小池記者   P146

――南京には相当捕虜がいたと言われていますが・・・
「・・・埠頭の突端に鉄の柵があり、そこから先はコンクリートで護岸されてまして、
ここに四、五人ずつ並べて、後ろから銃剣で突いてコンクリートに落としていました。
日本兵は二十人ほどで、中国兵が千人弱いました。・・・」
⑩   従軍画家   住井画伯   P275−276

――下関に着いたのですね?
「そうです。下関に着きましたら、そこにいた兵隊がわれわれに、三百メートルか五百メートル先で
首斬りをやっているから見ないか、川べりで斬って川に落としている、   と言うのです。
間もなく川が赤くなる、とも言ってました。   ――見たくないと言い、そのままになりました。」
⑪   外務省   渡辺カメラマン   P282−283

こんな具合です。

RE15:攪乱工作隊説は妄想

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/24 06:19 投稿番号: [6168 / 41162]
>日本軍が自軍の悪行を中国人の仕業と虚偽の宣伝をしていたとは断言できない。

1月24日の記者会見でちらりと匂わせただけで、その後は出てきてないですね。
諦めてしまったのかもしれません。
この1月4日記事と1月25日記事を根拠に日本軍の悪行を中国兵の仕業と
宣伝したがっているのは日本軍というよりも東中野センセなのかもしれません。


>ダーディン、スティール両記者の記事について「100%事実だという保証はないが、100%ウソだという保証もない」ということは認めて頂いているようです。

いや、そういう論理で事実の認定を恣意的に行ったら、どんな珍説でも成立すると言ってるのです。


>> 大筋は複数の人間の記述と一致しているのですから

>という主張は、もう一方に日本人ジャーナリスト・文化人の、ダーディン、スティール両記者の記事とは内容が一致しない複数の証言が存在するのですから、これも証拠と見なすことはできません。

昭和12年の日本の新聞記事について言えば、軍の行為について
残虐さを強調した記事は掲載できなかったので、証拠にならないことは
理解いただけると思います。


1937年9月9日、陸軍省報道検閲部局「新聞掲載事項拒否判定要領」(以下のような記事は掲載してはならないことになっている)
・「我軍に不利なる記事写真」
・「支那兵または支那人逮捕尋問等の記事写真中、虐待の感を与えるおそれあるもの」
・「惨虐なる写真、ただし支那兵または支那人の惨虐性に関する記事は差し支えなし 」


熊本兵団従軍秘話(1)
藤原武情報主任少佐参謀が出発直前に、熊本駅長室に従軍記者代表として、大毎記者五島を命令受領に呼び出す。
「五島、わが六師団はいよいよ出発征途にのぼるが、オレが情報主任参謀としていっさいの報道関係の責任者だ。従軍記者諸君に伝えろ。よいか、軍に不利な報道は原則としていっさい書いてはいかん。戦地では許可された以外のことを書いてはいかん。この命令に違反した奴は即時内地送還だぞ。記事検閲を原則とし、とくに軍機の秘密事項を書き送った奴は戦時陸軍刑法で銃殺だ」
というわけで絶対的な軍命令の報道規制で、報道の自由どころか自由な従軍記事報道は許されない。
「南京作戦の真相   熊本第六師団戦記」(東京情報社)(P190〜P191)


また、戦後の証言について言えば、
「見た」という証言はその人が見たものがあったと推定される根拠になり得ますが。
「見なかった」という証言は、ないことの根拠にはなりません。

国際社会での天皇陛下の地位と待遇

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/24 04:27 投稿番号: [6167 / 41162]
昭和天皇の戦争責任追求など、誰もしません。
君のような似非日本人だけですよ、そのような妄言を吐くのは。(笑)

【国賓(state)、公式(official)、公式実務(official working)、実務(working)、非公式(private)】
国賓訪問は外国首脳に施す最高儀典で、通常1年に2〜3回に制限されている。
国賓訪問は500余名の3軍儀仗と陸軍吹奏隊など査閲の行事と礼砲打ち上げ(21発)、
ホワイトハウス公式歓迎式と晩餐会、上下両院合同会での演説などの礼遇を受ける。

しかし、天皇陛下のアメリカ訪問の際は国賓礼遇以上のものが適用された。

【米5軍(陸軍・海軍・空軍・海兵隊・沿岸警備隊)による観閲儀杖】
1975年9月30日、昭和天皇がはじめて訪問されたとき、アメリカ史上例を見ない格式に則った儀典が実施されている。
通常考えられない米5軍による観閲儀杖(米5軍による空港、ホワイトハウスなどでの儀典制服着用による観閲式)も、そのひとつ。
アメリカ大統領をはじめ高官は全員、空港での出迎えやホワイトハウス公式歓迎式典、晩餐会など全ての儀典にWhite-Tieで出席。

アメリカとしては歴史が浅い国は儀典も満足にできないと思われたくなかった面もあり、
練習を積んで失礼がないようにと完璧な儀礼が執り行われた。
マスコミには「世界最後のエンペラー、エンペラーヒロヒト」「世界唯一の皇帝」と報道された。
(ちなみに天皇陛下を「皇帝」ではなく、「王」と称号を勝手に変えて悦に入っているのは国際社会では韓国だけ)


欧米で王族の葬儀などが行われると、過去の全ての例で天皇陛下が ローマ法王の前を歩き、上座についている。平成5年ベルギーのボードワン国王の 葬儀の際のそれが有名。またローマ法王ヨハネ・パウロ二世が国賓として 来日した際は、法王自ら皇居に出向いて謁見した。

【ローマ法王と昭和天皇】
昭和56(1981)年2月23日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はローマ法王 として初めて来日。
法王が外国を訪問し、その国の元首や首相に会う時は、この方々が法王を訪ね会いに来るのが慣例となっている。
だが法王は、その慣例を破って皇居に天皇陛下を訪ねられた。
このような事は前例のないことで、その世界で物議をかもした。
しかし、法王は「御身を捨ててマッカーサー元帥の前に立たれた天皇に対し、自ら出向いて称えたい」と、皇居訪問の意義を説いたそうだ。
法王自らが相手先に訪問されたのは、これまで昭和天皇に対してだけ。

>>もう、止めようぜ、君は無知ですから

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/24 03:39 投稿番号: [6166 / 41162]
>よって東京裁判は行われ被告側の日本政府は戦争犯罪を認め受け入れたのだよ。

また間違えているね。(笑)

東京裁判は日本政府を裁いた裁判ではないのだよ。

したがって日本政府が戦争犯罪を認めたわけではない。

ポツダム宣言

十   吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメント

スルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争

犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ

於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗教

及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ

戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加えられるべし、
というポツダム宣言の第10項により裁判が開かれたのである。

どこにも日本政府に戦争犯罪を認めるよう、要求などしていない。

日本政府は主権回復後、1953年衆議院「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」等により
A級戦犯の名誉回復が行われており、また国際的にも
関係11カ国の同意を経てA級戦犯は昭和31年に赦免し釈放されている

>昭和天皇の戦争責任も追及しなきゃならなくなるだろうな

昭和天皇の戦争責任の回避を行なったのはGHQであり、
アメリカ本国からも責任を回避するよう要望されているのだよ。
戦勝国が裁かれないように配慮していることだからね。
まったく困ることはありません。

これは失礼

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/23 23:33 投稿番号: [6165 / 41162]
皮肉でしたか。
早とちりしてしまったようで申し訳ありません。
お許し下さい。

>従軍慰安婦という実態は無かった

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/23 23:26 投稿番号: [6164 / 41162]
わたくしの6155番の発言をお読み下さい。
もともと、貴殿を念頭においておりません。
悪態部分を除いた、
論旨をお汲み取り願います。

>ああ、それから「いわゆる南京大虐殺」の犠牲者数を知りたいようだけど、まず君たち中国共産党員の言う「南京大虐殺」とは何かを定義してくれないか。

犠牲者数は、
貴方にお尋ねいたしておりません。

こうして歴史は捏造される

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/23 22:34 投稿番号: [6163 / 41162]
  中国の例ではなくベトナムの例だが、大変示唆に富んでいるエピソードだと思ったので紹介させていただく。

  高山正之帝京大学教授が産経新聞の編集委員時代、ハノイの革命博物館を訪れた際、案内のハノイ人民幹部に
「日本軍がベトナムを支配したのは昭和20年3月、クーデターを起こして仏植民軍を追っ払ってから終戦までの5ヶ月間。どうすればそんな短期間に二百万人を餓死させられたのか」
  と訊ねたそうだ。それに対してハノイ人民幹部はあっさり「政治宣伝だった」と認めたそうだ。そして
「あの当時、ハノイ大洪水と干魃に交互に見舞われ、多くの餓死者が出た。それを時期的に合うので日本軍と結び付けた。ただ、南の穀倉地帯との鉄道が連合国軍の爆撃で途絶えがちだったことも確かで、だから日本にも五十万、いや五万ぐらいの責任はあったはずだ。」

  以上、田辺敏雄著『検証   旧日本軍の「悪行」』(自由社)より引用。
  田辺敏雄氏が精力的な検証作業を行われているHP「現代史の見直しを当然とする理由」はこちら。
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/index.html

  なお言うまでもないことだが、「五万ぐらいの責任」も当然日本にはない。
  それは爆撃をした連合国の責任だろう。

初耳だ

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/23 22:14 投稿番号: [6162 / 41162]
> よって東京裁判は行われ被告側の日本政府は戦争犯罪を認め受け入れたのだよ。

  東京裁判の被告が日本政府だった?
  東京裁判の被告は「平和に対する罪」に該当する戦争指導者として選び出された政治家及び軍人だと私は認識していたんだが。
  是非起訴状の該当部分を引用して見せてくれ。

  政治家・軍人が被告にされたということと、政府それ自体が被告にされたということは全く意味が違うのだが、それを分かった上での発言だろうな?

  それから、今やり直せば少なくとも「平和に対する罪」については間違いなく全被告無罪だよ。
  東京裁判の主催者はマッカーサーで、そのマッカーサー自身が日本の戦争は侵略戦争ではなかったと証言したのだからね。
  「平和に対する罪」の制定者が、日本は「平和に対する罪」を犯していないと言ったんだ。
  アメリカはこの証言を無視できない。
  もし昭和天皇の戦争責任を問いたいなら、別の理屈を考えなきゃならんさ。

従軍慰安婦という実態は無かった

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/23 22:12 投稿番号: [6161 / 41162]
  「わが政府」と言うからには中国共産党員みたいだね。
  政治宣伝ご苦労様。
  ただ、そろそろ我が同胞たる日本人も、君たち中国共産党員の妄言に騙されるのは飽きてきたようだ。
  便乗発言で従軍慰安婦強制連行が事実であったかのように印象付けたいようだが、従軍慰安婦という実態が無かったことは#6019〜#6023で説明済だから、今後の職務の参考にするといい。

  存在したのは「いわゆる従軍慰安婦」と呼ばれている娼婦だけだ。
  私個人の見解としては、「いわゆる従軍慰安婦」に対して日本国首相がお詫びをしたのは、内政的な理由だと理解している。
  当時朝鮮半島は日本と主権者を同じくする連合王国だったからね。
  当時の朝鮮半島の経済水準は多数の女性が生活苦から娼婦とならざるを得ない環境であり、現代の人道的見地から、この貧困故の悲劇を克服できなかったのは政治の力不足であったから申し訳ない、とまあ、こんな理由だろう。
  決して強制連行とか軍人による虐待とか、そんなありもしなかった事項についてお詫びしている訳ではないだろうな。現政権は「従軍慰安婦」とは言わず「いわゆる従軍慰安婦」という名称を使用しているし。
  日本の政治家も、君たちの協力者たる某元外務大臣のように無見識な輩ばかりではないのだよ。

  とは言うものの本来、日本の首相が南朝鮮の国民に対して勝手に謝罪をするというのは、ある意味で南朝鮮の主権を侵害する行為だ。
  国民に対する政治的責任は、ひとえにその国の政府のものであり、政府が他国の国民に対し責任を取るというのは、例えそれが謝罪という責任の取り方であったとしても、その国の政府の権限を代替する行為であり、厳密に言えば主権の侵害に該当する。
  だから日韓基本条約交渉の際、日本政府は南朝鮮政府に対して「貴国の国民に直接補償してもいいですか?」と許可を求め、南朝鮮政府は「それは我が政府の権限だから自分でやります。貴国はその総費用を負担してください」と、こう合意に至った訳だ。
  南朝鮮の大統領が国民に対して謝罪しろ、と要求するのは、自分には主権を代表行使する能力がありませんと白状しているようなもので、滑稽ですらあるな。

  ああ、それから「いわゆる南京大虐殺」の犠牲者数を知りたいようだけど、まず君たち中国共産党員の言う「南京大虐殺」とは何かを定義してくれないか。
  正常な交戦行為による戦死者まで「虐殺犠牲者」に数えられては、たまったものではないからね。
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