南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
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南京攻略、指揮系統乱れ無し2
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/01/02 11:44 投稿番号: [38159 / 41162]
昭和十二年十二月十二日夜
1.午後十時左記連隊命令を受領す
左記
歩兵第六八作命第百三十三号
歩兵第六八連隊命令
十二月十二日午後九時三十分
於淹兒港
一.第九師団の一部は京和橋付近に於いて城壁に近迫光華門を攻撃中なり第一一四師団は本夕刻中華門を奪取せるが如きも審ならず
師団の企図別紙三師作命甲第百三十二号の如し
二.連隊は成る可く速やかに武定門を攻略せんとす
右第九師団との作戦地境は上坊門東端京和門を連ぬる線とし線上は右師団に属す
野砲兵一大隊は連隊に協力の為目下極力追及中にして明十三日夕刻には到着の見込みなり飛行場付近に陣地を占領する砲兵隊(十二榴一大隊及び十加一中隊)は爾後連隊の攻撃に協力する筈
三.第二大隊(工兵小隊を属す)は第一線部隊となり明十三日払暁飛行場西北端付近より鬼神拡付近に亘る線に展開し武定門攻撃を準備すべし
第一、第三大隊長は各々隷下機関銃中隊をして第二大隊の武定門攻略に協力せしむべし
四.第三大隊(第十中隊大隊砲小隊欠)は予備隊となり明十三日払暁以降郷家橋及び福屋担付近に位置すべし
五.第一大隊(第二中隊の一小隊欠)は第二線部隊となり明十三日正午以降大焦村付近に位置し付近を掃蕩したる後市街戦に必要なる応急材料の蒐集及び訓練を実施すべし
歩兵第一小隊を軍旗小隊として明十三日午前七時現連隊本部の位置に差し出し第五中隊の小隊と交代本部直接の警戒に任ぜしむべし
六.先遣中隊長及び工兵小隊長は成る可く速やかに武定門攻撃の為敵情竝城門城壁「クリーク」等の状況を偵察すべし
七.通信班は連隊本部と師団司令部及び第一線大隊本部との間に電話網を構成すべし
八.本夜の給養は携帯口糧甲に依るべし
九.予は淹兒港に在り明十三日早朝翁家営付近に前進す
連隊長
鷹森
大佐
下達法受領者を集め口達筆記せしむ
2.右連隊命令に基づき左記大体命令を下達す
左記
歩六八一大作命第百十二号
第二大隊命令
十二月十二日午後十一時五十分
於
前庄
一.第九師団の一部は京和橋付近に於いて城壁に近迫し光華門を攻撃中なり
第百十四師団は本夕刻中華門を奪取せる如くなるも詳ならず
師団は武定門を中心とする城壁及び城壁外の敵に対する攻撃を準備す
連隊は成る可く速やかに上坊門東端京和橋を連ぬる線以西の地区より武定門を攻略す
二.大隊(第二中隊一小隊機関銃大隊砲欠)は第二線部隊となり明十三日正午大焦村付近に位置し付近を掃蕩したる後市街戦に必要なる応用材料の蒐集及び訓練を実施せんとす
第二大隊は第一線より明払暁飛行場西北端より鬼神拡付近に至線に展開し武定門の攻撃を準備する筈又第三大隊は予備部隊となり明払暁以後郷家橋及び福屋担付近に位置する筈
三.第一中隊横山小隊は軍旗小隊として明十三日午前六時五十分迄に連隊本部に至り第五中隊の小隊と交代し本部直接警戒に任ずべし
四.機関銃中隊は第三大隊の武定門攻略に協力すべし但し現在地出発に関しては後命す
五.爾余の諸隊は午前10時三十分迄に建制順序に大隊本部北西側十字路を先頭とし途上に集合すべし
六.各隊より掃蕩及び設営として小隊長の指揮する小銃一軽機一を午前八時三十分迄に大隊集合場に差し出し大隊副官の区処を受けしむべし
なるべく多く自転車を携行すべし
七.予は午前十時三十分十字路に在り後本隊は先頭を大焦村に向かい前進す
大隊長
金田
少佐
下達法
命令受領者を集め口達筆記せしむ
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南京攻略、指揮系統乱れ無し
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/01/02 09:03 投稿番号: [38158 / 41162]
昭和十二年十二月十二日
午前五時三十分五色井を出発昨日同様強行軍を以て午後四時前庄に到着左記大隊命令を下達し露営す
左記
補題六八一作命第百十一号
第一大隊命令
十二月十二日午後三時三十分
於蒋庿南方本道上
一.敵は南京城に拠り尚頑強に抵抗しあり第一線兵団は目下極力之を攻撃中なり
連隊は上防門南側地域に兵力を集結し第一線部隊と交代指示語の攻撃を準備す
歩兵第十九連隊は蔡家営北側高地の敵陣を攻撃中なり
二.大隊は前庄付近に兵を集結し事後の行動準備せんとす
第二大隊は淹兒港付近に第三大隊は夏村付近に兵力を集結する筈
三.各隊は前庄東端に於いて設営者を大隊副官の元に差し出すと共に兵力を集結し隊伍を整頓したる後大隊副官の指示する地点に於いて露営すべし
四.部隊日直将校
堀部少尉
五.第四中隊より露営衛兵(部隊衛兵を兼ぬ)を午後六時迄に本部前に差し出し堀部少尉の指示を受けしむべし編成従前通り
六.各隊の直接警戒は従前通りとし灯火管制に注意すべし
七.本夜の休養は携帯口糧甲を用うべし
八.予は前庄に露営す
大隊長
金田少佐
下達法
命令受領者を集め口達筆記せしむ
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去年今年貫く棒の如きもの
投稿者: unhoo 投稿日時: 2012/01/02 01:21 投稿番号: [38157 / 41162]
「去年今年(こぞことし)
貫く棒の
如きもの」 虚子
この句は、すでに俳壇の総帥と仰がれていた虚子がある年の年頭に得意そう
に発表したから、誰も異議を挟まなかっただけだよ。事実は、この句に初め
て出合ったときに感に打たれた人なんてないのだよ。虚子先生の年頭のお作
と言われて、はいっと畏まるのだ。
これは メッセージ 38151 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/01/01 23:38 投稿番号: [38156 / 41162]
大量餓死者を出したという資料は何処にも無い。
「あったはずだとか」「あったとおもうとか」裏付けのない戯れ言ばかり。
日本陸軍と海軍の強力振りも知らず。南京には海軍が先に到着した事も知らず、食糧が不足したとか、寝言を言う馬鹿サヨ達。
これは メッセージ 38146 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 年頭所感――去年今年貫く棒の如きもの
投稿者: utsusemi_kuromuma 投稿日時: 2012/01/01 22:36 投稿番号: [38155 / 41162]
馬鹿のくせして気取ってんじゃねえよwww
>気休めにもならない政府の収束宣言は
虚言というほかない。
おまえもいってるとおり3.11は1000年に一度の大災害だ。原発が事故ったって仕方ないな。運が悪かったって思ってあきらめるしかないな。
これは メッセージ 38151 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: utsusemi_kuromuma 投稿日時: 2012/01/01 22:30 投稿番号: [38154 / 41162]
>新年早々、次元の低い議論には
口出ししたくないが、
おまえの言ってることがいっとう次元が低いんだがなwww
>意外に切れ味がよすぎて
驚いたことを
覚えている。
おまえのガキの頃の個人的記憶なんざ南京問題の立証になんら資するもんじゃねえんだよ、馬あ鹿www
>おそらく
実戦で使用されることは
少なかった
と思う。
>じつに
適当な道具
であったろう
と思われる。
思う、思われるだの、おまえの個人的感想なんぞ誰も聞いちゃいねえし、それが南京大虐殺とやらがあったという証拠にゃあならねんだよ、馬あ鹿www
>簡単だった
と思える。
また「思える」かwww
結局大虐殺があったとぬかす奴らの根拠はてめえらの個人的感想だけなんだよなwww
>したはずがない。
ほう、「はずがない」?
「はずがない」ですむんなら「南京大虐殺がなかったはずがない」といってもそれですむはずだよなwww
>大多数の虐殺は、銃剣による殺害や
機関銃による一斉掃射、
小銃による銃殺など
さまざまな方法が
採られたのであり、
軍刀による殺害は
ごく
一部にすぎないといえる。
そう書いてある資料出せやwww
>南京事件否定派の
低レベルな詭弁に
付き合うのは
時間の無駄づかいであることを
指摘しておこう。
で、おまえはしっかり付き合ってんじゃねえかよwww
これは メッセージ 38153 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 21:29 投稿番号: [38153 / 41162]
新年早々、次元の低い議論には
口出ししたくないが、
横から
一言だけ
いわせてもらうことにする。
自分の祖父は
陸軍の
軍人だった。
現在は
譲ってしまったが、以前
その祖父が
所持していた
軍刀が、我が家にも
あった。
なぜか
神棚の奥に
しまってあったものだが、子供のときに
親の目を盗んで、ひそかに
それを
引っ張り出してきて、
戯れに
段ボール箱なんぞに
切り付けてみた
ことがある。
意外に切れ味がよすぎて
驚いたことを
覚えている。
もしも
親に見つかったりしたら、こっ酷く
叱られただろう。
その軍刀は、柄と鞘に
茶色の革覆が施されていたが、
中身は
日本刀そのものであり、子供の手には
ずっしりと
重かった
という記憶がある。
日本軍の軍刀は
おもに儀礼用
もしくは
指揮用であり、
おそらく
実戦で使用されることは
少なかった
と思う。
ただし、本来
『人を斬る』
ということを目的とした器物
なのであるから、たとえば
捕虜殺害などに使用するのには
じつに
適当な道具
であったろう
と思われる。
自分も、多少は
剣道などをかじった経験があるので言うが、
刀剣の使用に慣れた
日本の軍人であれば、日本刀をもって
人命を絶つことなどは、包丁で魚を捌くよりも
簡単だった
と思える。
抵抗できない囚人を
「処刑」するだけなら
首を撥ねることは
容易であるし、また
首を落とさずとも
頚動脈さえ断てば、人は
簡単に
絶命する。
そもそも
軍刀だけで
何万もの捕虜を殺害したはずがない。
組織的に
銃剣により捕虜を刺殺した
という記録が数多い。
大多数の虐殺は、銃剣による殺害や
機関銃による一斉掃射、
小銃による銃殺など
さまざまな方法が
採られたのであり、
軍刀による殺害は
ごく
一部にすぎないといえる。
大マジメに
日本刀の威力を
論じるのは
自由だが、
南京虐殺事件に関する議論には
何ら資するものはない。
南京事件否定派の
低レベルな詭弁に
付き合うのは
時間の無駄づかいであることを
指摘しておこう。
これは メッセージ 38144 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2012/01/01 20:51 投稿番号: [38152 / 41162]
事典に載ってれば真実なのかい〜。
その事典にも→「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か
『虚構』
『まぼろし』かをめぐって
いわゆる『南京大虐殺論争』が
展開され、家永教科書裁判の
争点にもなったが、いずれも
否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
日本側の研究では、十数万から20万人の
中国軍民が
犠牲になったと推定する説が
有力である。」
と言う事で、証明されていないんだな〜。
で、通州事件、通化事件、間丘郵便局の事件・・・お前こちらも検証しないで日本国は悪いって事しか言えない反日日本人でっか〜。
であるならば、ハヨ人肉食の歴史ある反日で自国を取り纏めているクズなシナ人に国籍変更して移り住め〜!このボケ!
これは メッセージ 38146 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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年頭所感――去年今年貫く棒の如きもの
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:45 投稿番号: [38151 / 41162]
年末に放送された
NHKのドラマ
「坂の上の雲」
には
正岡子規の
弟子の一人、俳人・高浜虚子が
登場していた。
その
高浜虚子の作として
知られる
一句がある。
「去年今年(こぞことし)
貫く棒の
如きもの」
これは、1年の終わりと
始まりを
詠んだものだ。
暦が変わっても
貫くものとは、はたして
何だろうか。
人の生き方や信念だろうか。
宇宙と自然の法則だろうか。
1000年に1度とされる
大震災の年が
終わりを告げた。
当然ながら
その被災地も、新年を迎えた。
しかし、年が改まっても
災害の傷痕は
癒されていない。
震災発生から
間もなく10カ月を迎える
いまをもって
人々の心には
大きな衝撃、深い悲しみが
刻まれている。
復旧・復興は
まだ遠く、原発事故に伴う放射能汚染の被害も
依然として
深刻な状態が続いている。
気休めにもならない政府の収束宣言は
虚言というほかない。
福島第一原発廃炉までには、30〜40年を
要するという。
ふるさとを捨てねばならない人々の心は
如何ばかりだろう。
ガレキの処理、農地や漁港の復旧、鉄道の再整備などの進捗は
地方経済に及ぼす影響も大きく、早期解決は
急務だろう。
大津波で
壊滅的な被害を受けた
住宅地や商店街の復興には
少なくとも
10年単位の時間が
必要になるだろう。
何よりも
仮設住宅などにいる住民の生活再建は喫緊の課題だ。
人々の記憶、心に刻まれた震災を
1,000年先の未来まで
伝えていくのも、現代に生きる人間の義務だ。
一方、世界に
目を転じれば、テロと戦争が
今も続いている。
地球環境は、度々の警告にもかかわらず好転の兆しがみられない。
多くの国が、経済危機から
いまだに
抜け出しきれないままだ。
暦をつくった人間は、時間の流れを「去年今年」
と区切り、
年の節目に
過去を振り返り、将来を
考えようとしてきた。
どのような
次の1年、あるいは次の10年を
めざすのか。
人それぞれに、知恵をしぼる
2012年が
やって来た。
やはり、“棒のように貫くもの”が
必要だ
と思う。
過去の歴史に学び、教訓を未来に伝える信念を
曲げずに
生きていきたいものだ
と、決意を
新たにする元日だ。
高浜虚子の作品を
もう一句。
「春風や
闘志抱きて
丘に立つ」
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:20 投稿番号: [38150 / 41162]
>我々一般の現代の日本人から見ると、あなた達は中国共産党の工作員かその協力者(第五列)のネットを使った工作活動だとしか見えませんがね。
>中国軍がチベットでやったような大虐殺、ウイグル人に行っている大虐殺の事実から目をそらすために必死になって工作しているとしか思えませんがね。
>ハッキリ申しましてミエミエです。工作活動は失敗ですよ。
色メガネを
かけたままでは、歴史の真実は
見えてこない。
「中国軍の大虐殺」の話と
南京事件がウソだ
という話は
まったく
別次元の話だが、もしも
中国軍関係者が
虐殺は
していない、と言い張るならば、それは
日本軍は虐殺など
していない、と言い張る馬鹿ウヨと
同じ姿勢だ
と言える。
南京虐殺否定派諸氏は、常日頃から目の敵にする
中国軍と
じつに
瓜ふたつだ
ということを
自覚したほうがよい。
日本で発刊されている
主な辞書事典類、歴史専門書などで
南京虐殺事件自体を
否定している記述のものは、おそらく
ひとつもないだろう。
いずれも
学術的な書籍だからだ。
純粋な学問とは
次元の異なる
イデオロギー、政治思想が
絡んできて、はじめて
「虐殺はウソ」
「捏造」
という
否定論が持ち出される余地が
生じてしまう
ということだ。
否定論には、「中国の情報戦略」
だとか、反日左翼の策謀
だとか、プロパガンダ
などという、学問とは
別な次元の
思想差別や
論者への人格攻撃が
必ず
付きまとっている。
しかし、歴史辞典や
歴史教科書、公文書類は、特定思想や
政治宣伝に関係して編集されるものではない。
したがって
それらの記述は、すべて
南京での虐殺は事実と記される。
歴史の真実に向き合うためには、偏狭な
民族感情や
頑迷固陋な
政治思想を
持ち出すべきではない。
完璧な人間など、どこにも
存在しない。
ましてや
成長過程では、誰しもが
失敗を経験する。
若気の至りで他人に迷惑をかけたり
試行錯誤を経て
世間に尊敬されるような人格者に
成長していく。
同様に
はじめから
「完璧な国家」
も存在しない。
あらゆる国家は過去において必ず
間違いを起こした。
悲しいことだが、高度な民主主義社会に到る過程では
避けられない運命であった。
しかし、ここから先が
その国民の
質と未来を
決定する。
過去の過ちを
ひた隠そうとする人間は
品性下劣だ。
その程度は低く、他人(他国民)から
信頼されない。
けれども、自分の過ちに気づき、その間違いを自力で
乗り越えるとき、その人間(国家)には
未来がある。
自己の行為を厳しく点検・反省する一連の苦行により
人間(国家)の質が
高められるばかりか、自浄作業
そのものが、他人(他国)の信頼を
かちとるからだ。
自分の犯した間違いを認めようとせず、自画自賛だけ
繰り返す者は、一見、愛国者に見えて、じつは国民の
質を貶め、日本国の名誉を汚し、国際社会から永遠に
この国を隔離しようとする
売国奴である
と思う。
これは メッセージ 38149 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:17 投稿番号: [38149 / 41162]
>当時の南京で30万人もの市民が日本軍に虐殺されたという。どう考えても理屈に合わない。
>当時の世界のどの新聞、書籍にこの大虐殺事件を報じていない。当時の南京には世界中の報道記者がいたと聞いている。しかも相当な反日的な記事を書く記者ばかりなのに、その連中が何故報道していないのか。
30万人という数字は、戦後になってから
中国政府が主張した
犠牲者数であり、事件当時は、その数字は
報道されていないし、
また、戦後においても、その数が
確定されたものではない。
参考として
『日本の歴史』(中央公論社)の第25巻にある
南京虐殺関係の記述を
以下に引用するで、熟読してほしい。
「南京城に対する攻撃は、十二月十日から開始され、
十三日には日本軍の手中におちた。
国民党政府は漢口に
逃げのびていた。そしてその日から、日本兵は捕虜の虐殺を
はじめた。」
(中略)
「その後も、みさかいもなく
一般民衆にたいする虐殺が
つづくのであり、十五日の夜だけで
二万人が殺されたと
いわれる。(中略)
このニュースは
世界に大々的に報道
されたが、日本人は、戦後の東京裁判で
追求されるまで、
この事件を知らないでいた」
(『太平洋戦争』64頁)
“世界のどの新聞、書籍にこの大虐殺事件を報じていない”ならば
上記の
中央公論社の歴史事典は
ウソを書いていることになる。
ちなみに、上記の記事の執筆者は
戦前・戦後を通じて
有名な
日本を代表する
歴史学者である
林茂氏だ。
はっきり言って悪いが、実際には、林氏の記述のほうが
正しい。
当時、アメリカの新聞では
『シカゴ・デイリーニューズ』や
『ニューヨーク・タイムズ』、また、中国では『大公報』などの
によって
“Nanking Massacre Story”、“Rape of Nanking”
“Nanking Atrocities”として
報道されていた。
南京に在留していたジャーナリストは
日本軍の南京占領後に
しばらくして
脱出したため、事件の全容が報じられたわけでは
ないが、事件初期における日本軍が行ったとされる殺人、傷害、
強姦、略奪などの犯罪行為が
ほぼリアルタイムで伝えられていた。
無線が日本軍によって管理されていたため、彼らは
南京を脱出後、船舶無線を使って報道をおこなった。
上記の
新聞以外にも
1月12日付「ワシントンポスト」、
2月11日付「マンチェスター・ガーディアン・ウィークリー」
12月15日付「デイリー・メール」、2月14日付「タイム」、
1月10日付「ライフ」などでも
南京事件は取り上げている。
南京に関係する記事のうち、翻訳され『南京事件資料集[1]
アメリカ関係資料編』に
収録されているものだけでも、
170ページに及ぶ。すべてが南京事件に関わるものではないが、
それだけ多くの報道が
当時から
なされていたのだ。
日本軍の数々の蛮行は世界に報道され、「南京アトロシティーズ」
として
大きな非難を
浴びる結果となった。
東京裁判になって
いきなり湧いてきたものではない。
敗戦するまで、知らぬは
日本帝國臣民のみ
だった。
これは メッセージ 38148 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38149.html
Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:14 投稿番号: [38148 / 41162]
>その事細かな日本軍がやった残虐行為の資料をどうやって手に入れたのかね。
>もう80年も立っているというのに、当時の部隊の構成や軍人の数までいかにも真実性を表すために書き込んでいる。
南京攻略戦に
直接参加した部隊の中で、上海派遣軍では
第十六師団の
歩兵第三十三聯隊と
歩兵第三十八聯隊、
第九師団の
歩兵第七聯隊、
第三師団の
歩兵第六十八聯隊
第一、第三大隊、
第十軍では
第百十四師団の歩兵第六十六聯隊第一大隊と
歩兵第百五十聯隊、国崎支隊、歩兵第四十一聯隊の第三大隊、
同第十二中隊の戦闘詳報が、防衛研究所に
所蔵されている。
また、このほかに
数多くの関係将兵の日記が
残されている。
第十六師団長の日記によると、同師団は
12月13日だけで
2万4千〜5千人の捕虜を
「片づけた」
と記録しており、
同師団の旅団長も
「我支隊のみで二万以上の敵は解決した」
と記録している。
また、同師団隷下の
歩兵第三十三聯隊の
戦闘詳報では、
13日に
捕虜2,896を「処断」した
と記録している。
第十六師団だけで、また
たった1日だけで、少なくとも
2万人を超す捕虜を殺したということが
証明されている。
上海派遣軍のなかで、もっとも組織的に
捕虜の大量殺害を
実行したのは、第十三師団
歩兵第百三旅団が指揮する
歩兵第六十五聯隊基幹の
Y支隊である
とされている。
同支隊は、12月14日に
幕府山付近で14,777名を
捕虜にしたことを
記録している。
この人数は、当時の
国内の新聞にも
報道されており、
同支隊の幹部や
兵士の日記にも
記録されているものだが、
17,000名とか
20,000名という
記述もある。
上海派遣軍参謀長の
12月15日の日記にも、「支隊ノ俘虜
東部上元門附近ニ
一万五、六千アリ、尚増加ノ見込」とあり、
14日以降も
捕虜は
増え続けていたことがわかる。
Y支隊は、この大量の捕虜を
いったんは
収容したが、
隊の兵力の
数倍にのぼる数で、その給養にも
困惑した。
支隊長の日記によると、14日には「恰モ発見セシ上元門外ノ
学校ニ収容セシ所、一四七七七名ヲ得タリ」
「斯ク多クテハ殺スモ生カスモ困ツタモノナリ」、
15日には、「捕虜ノ仕末其他ニテ騎兵少尉ヲ南京ニ派遣シ
連絡ス
皆殺セトノコトナリ」
と記されている。
支隊長の日記には、捕虜の処置について
軍司令部と
打ち合わせしたこと、その結果、皆殺しにせよとの指示が
あったことが
記されている。
捕虜殺害は一部の兵士が
感情に任せて行なったのではなく、組織的犯行だったのだ。
支隊長の日記は、さらに
以下のとおり
記述している。
18日
「捕虜ノ仕末ニテ隊ハ精一杯ナリ、江岸ニ之ヲ視察ス」
19日
「捕虜仕末ノ為出発延期、午前総出ニテ努力セシム
これは メッセージ 38147 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:13 投稿番号: [38147 / 41162]
>そりゃあ戦争なんだからお互いに殺したり殺されたりしてる。中国軍が善人の集まりで日本軍が殺人鬼のようなことなんぞあり得ない。
>古今東西の昔からの戦争で民間人が犠牲にならなかった戦争を知っているなら挙げて見な。そりゃ戦争なんだから、あなたが主張するような事実は多少はあったのだろうね。そんなことは世界のどの軍隊も起きえることだ。
中国軍が善人の集まりで
日本軍が殺人鬼の集まりである
などという話は
聞いたこともないし、そんな
馬鹿なことが
有り得るはずがないだろう。
また、その逆に、日本軍が善人の
集まりで、中国軍が
悪人ばかりの集まりだ
ということも
現実敵にあり得ない。
兵士
個々人の資質や
性格が
虐殺事件を発生させた要因ではないことを
理解すべきだ。
「古今東西の昔から」
という奇妙な表現は置いておくとして
古今東西の戦争で、民間人が
犠牲にならなかった戦争などは
ほとんどない。
しかし、近代戦にかぎって
みた場合に、
南京事件には
大きな特徴があり、それが
国際的に注目され
いまだに語られる
原因となっていることを
理解すべきだ。
なぜ
南京事件のような残虐行為を、日本軍が起こしたのか。
日本人
個人個人が
残酷な本性だなどとは
考えられない。
それが、このような残虐事件の
主役になったのには、
相当の背景と
原因が
あったはずだ。
もともと
軍隊とは暴力組織であり、明白な自律意識が
なければ
残虐行為に走るのは当然だ、と言ってしまえば
それまでであるし、
満州事変での
平頂事件や
ベトナム戦争の
ソンミ事件のように、
内外に
いくつも
その例を
見出すことはできる。
しかし、南京事件は、あまりにも
大規模で
組織的行為だった。
旧日本軍の構造に、事件誘発の因子があったのだ
と考えられる。
第1に、日本軍の特徴は、兵士に対する
絶対服従の強制があり、
兵士の自主性を尊重することなく、がんじがらめの規則と厳しい
罰則とで、軍隊の秩序を
維持していた。
兵士の人権は極度に制限され、苛酷なまでの絶対服従が強要された。
古参兵士が新兵にふるった
私的制裁としての暴力などは有名だ。
自国の中でも、自己の軍の中でも、人権と自由を尊重しないのだから
敵国の捕虜や民衆に対する処遇に、人権尊重を求めるのは無理な話だ。
第2に、皇軍の特徴には、非合理な
精神主義の
強調があった。
近代軍でありながら、「武士道」が
そのまま
持ち込まれた。
死が名誉であるという
武士の価値観が、天皇のために死ぬことが
軍人の最高の美徳という位置づけとなり、やがて
玉砕や特攻など
近代軍にあるまじき作戦の立案にまで
行き着くものになった。
いさぎよく
死を選べ、生きて虜囚の恥はさらすな、という規範が
日本軍兵士
一人ひとりに
徹底して
刷り込まれた。
自軍の捕虜を認めないぐらいだから、相手国捕虜の処遇については
じつに
非道なものとなったのは
当然だった。
日本人が、「日本人らしさ」を
最も失っていた
軍国主義時代。
そこで発生した
温和な日本民族らしからぬ
野蛮な残虐行為。
その真実に向き合わなければ、未来に責任を持つことはできない。
歴史の事実を
省みることは、自虐でもなければ
恥でもない。
恥だとすれば、自国に都合のよい歴史だけを持ち出す自慰行為だ。
そうした
恥ずべき歴史の改ざんにばかり
躍起になりながら、
人権尊重に基づき国際関係が進展している
現代にあっても、
いまだに他国の人々を侮蔑しようとする
傲慢な日本人がいる。
恥ずべきは、こうした
一部日本人による自画自賛、自慰行為だ。
他国民衆への
侮蔑的感情が、違法な残虐行為の要因に
なったという歴史の事実を
けっして忘れてはならない。
これは メッセージ 38146 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/01/01 20:10 投稿番号: [38146 / 41162]
>当事者しか知りえない事柄をこと細かく何で君らに当時のことがそんなに詳細にわかるのかね。
>しかも、当時の日本軍の構成、軍の数まで見てきたようにその資料を、如何して君らが手に入れたのか知りたいもんだ。
「なかったはずだ」とか
「あったとは思えない」
などという
個人的な
思い込みや
憶測に基づく
主観論
ではなく、
丹念に収集された当事者たちの証言、詳細な記録資料などに
基づいて
検証された、客観的な事実を
述べているのだ。
「当時の日本軍の構成、軍の数」などは、防衛省が所蔵する
旧軍関係資料などを
閲覧することで、誰でも
確認できる。
むしろ、「如何して手に入れたのか知りたい」
というのは
可笑しな話だ。
資料の
入手の仕方さえも知らずに、また、
その努力もせずに、「見てきたように」
南京虐殺はウソだ
などと
主張できる、おめでたい連中の
頭こそ
不思議だ。
目黒区の防衛研究所では
戦史叢書などの史料を閲覧できる。
図書館や資料館でも調査はできる。また
直接、経験者から
聴取できなくとも、それを収めた証言集などもあるし、また
わざわざ
戦闘詳報や
陣中日記などを
紐解かなくとも、
それを整理分析した歴史学者の研究資料など、様々な文献を
閲読すれば、碩学の士でなくとも、情報を得ることはできる。
とくに
旧軍関係資料を
本格的に調査するのであれば、
防衛研究所戦史研究センター史料室を
外せないだろう。
同研究所は、戦史の調査研究と
戦史の編さんを行うために、
陸海軍にかかわる
史料の収集・収蔵を
行なっている。
保管されている旧軍公文書類等は、陸軍史料約58,000冊、
海軍史料約36,000冊、戦史関連図書約57,000冊だ。
旧軍部の史料の大半は
終戦時に
焼却処分され、あるいは
戦後の混乱により散逸してしまったが、焼却を免れたものは
米軍に押収され、米国国務省の
保管するところとなったが、
外交交渉の末、昭和33年に
ようやく
我が国に返還され、
その大部分が
この防衛研究所に
所蔵されている。
南京攻略戦関係の記録資料は、陸軍省大日記などのほか
各部隊が作成した
陣中日誌 • 戦闘詳報などがあり、
さらに、戦史部が編纂した「戦史叢書」(全102巻)など
陸海両軍の膨大な記録、戦争史料も
収蔵されている。
ただし、資料入手の方法すら知らずに歴史を論じている
程度の人間が
読解できるかどうかは
あやしいものだ。
せめて、一般向けの歴史事典ぐらいは
読んでみてほしい。
南京事件に関しては、『歴史学事典7戦争と外交』(弘文堂)が
詳しく
解説している。
以下に
一部を抜粋してみよう。
【南京事件
なんきんじけん】
「日中戦争初期、当時の中国の首都南京を
日本軍が攻略・占領
した際に
中国軍民にたいしておこなった、虐殺、強姦、掠奪、
放火、拉致、連行などの
戦時国際法と
国際人道法に反した
大規模な残虐行為の総体。南京大虐殺事件、略称として南京事件
という。単に南京大虐殺ともいう。」
この歴史学事典には、さらに
次のように
付記されている。
「70年代から80年代末にわたり、歴史事実か
『虚構』
『まぼろし』かをめぐって
いわゆる『南京大虐殺論争』が
展開され、家永教科書裁判の
争点にもなったが、いずれも
否定論が敗れた。犠牲者数の確定は困難であるが、現段階の
日本側の研究では、十数万から20万人の
中国軍民が
犠牲になったと推定する説が
有力である。」
これは メッセージ 38138 (minanosy186 さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/01/01 13:59 投稿番号: [38145 / 41162]
新年明けましてお目出度う御座います
本年も又馬鹿サヨ共をからかいましょう
本年の第一発
戦闘記録より抜粋
十二月十一日
1.午前一時各隊長を集め歩六八作命第百三十号の要旨を伝え出発準備に関し左記諸項を処置す
左記
イ.大行李糧秣を分配し個人定量に携帯口糧甲一日分を増加携行せしむ
ロ.行李を午前三時三〇分露営地を出発せしめ天王寺に於いて糧秣を受領し駄載編成に改変せしむ
ハ.小行李の不足を補うため大隊砲兵隊大行李より輓馬各三頭を小行李に融通せしむ
ニ.機関銃中隊は弾薬小隊を天王寺に残置し戦銃隊の装備を完全ならしむる為弾薬小隊の一部輓馬を以て駄載と為し艇隊弾薬を増加携行せしむ
ホ.各隊の強行軍に堪えざる人員五一名馬匹六頭を天王寺に残置す
ヘ.毛布其の他必要なき物品は糸魚川主計少尉指揮の自動車を以て天王寺に運搬し行軍に堪えざる人員を以て監視に任ぜしむ
2.午前五時三十分高家辺を出発午前七時連隊集合地たる薜埠鎮に至り爾後本隊となり行軍す
3.強行軍の為人馬の疲労堪えん午後八時五色井に到着左記大体命令を下達し露営す
左記
歩六八一大策令第百十号
十二月十一日午後八時二十分
於五色井
(内容省略)
十二月十二日
一.南京を南方より攻撃中の長谷川、両岡本、竹下等各部隊及び其の左翼に連繋した攻撃中の千葉、山田(常)、矢崎、山本等の諸部隊は雨花台一体の高知を攻略す
二.長谷川、千葉両部隊中華門を占領し引き続き南京南側城壁を全部占拠す
十二月十三日
一.観城(朝城西南方)を占拠す(山東、河北省境方面)
二.山田、長野部隊浦口を占拠し南京にある敵の退路を遮断す
三.南京城攻撃部隊は夕刻完全に南京を攻略す
四.夕刻田代、両角部隊は烏龍山砲台を占拠す(江南)
五.午後三時四十分我が海軍○隻の艦艇南京に到着残敵の退路遮断
十二月十四日
一.午後十一時田代、両角部隊幕府山を占拠す
二.午後二時四十分足立部隊揚州を占拠す(江北)
三.添田、倉林等諸部隊午後より揚子江を渡河す
四.省略
五.南京攻略戦に於ける敵の損害左の如し
我が軍より掃蕩されたるもの合計
約八萬
逃亡せるもの
約二萬
俘虜
数千名
鹵獲兵器及び軍需品等莫大
我損害
累計
約四千
これは メッセージ 38143 (minanosy186 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/01/01 13:21 投稿番号: [38144 / 41162]
何か意味のあることでも言ったのかい?
おまえの主張は,日本刀は人を殺すのに十分な強力な武器
であり,日中戦争では下士官以上がこぞって日本刀を持参し,
戦闘において実際に使用して何十人も敵兵を斬り殺した,
ただしそうできたのは剣道の達人だけであった,
ってことでいいかな?
これは メッセージ 38141 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: minanosy186 投稿日時: 2012/01/01 10:29 投稿番号: [38143 / 41162]
もう一つ・・!
古代から中国人は戦争捕虜を食糧にするために生かしておいて、必要になったら戦争捕虜を虐殺してその肉を塩漬けにしてむさぼるように食べた孔子をはじめとする中国人。
自分の娘を出世のために殺害してから揚げにして、上司にふるまって出世したという実話、その話を聞いて真似をする人が続出したという。
そんな極めて残虐な人食い人種の中国人が何が南京大虐殺、日本軍は残虐だ?。笑わせるな!。犬畜生に劣る民族め。
自分が儲けるために自国の赤ん坊が毎日飲む粉ミルクに毒を混ぜて売りつけていた中国の業者。世界中にこんな犬畜生に劣る行為をする民族があるか?
あの動画に出た車に轢かれた幼児をそのまま、知らんぷりで通り過ぎる数十人の中国人、とうとうその幼児は他の車に2度轢かれて死んだ。
中国の過疎の農村に売りつけるために数百人の子供を誘拐したというが、嘘話だよ・・!実際は子供を殺して臓器を取り出して売るためだったという。
中国人、シナ人は何と言う残虐な民族だ!・・・。
こんな下種民族中国人の言うことを世界のどの人が信じると言うのだ。大和民族は世界の人から信頼され、好かれている。
今や南京大虐殺など中国人の捏造話だと世界中の人は気が付いている。
中国共産党工作員はさっさと日本から出て行け!
これは メッセージ 38138 (minanosy186 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:27 投稿番号: [38142 / 41162]
<shoujouji>
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
文盲の曲解だな。(笑)
基本的に、斬る技術とそれを活かせる性能を持った軍刀であって初めて実戦で使えるという話だ。
実戦で必要な技量は、敵の戦闘力を奪う斬撃を与える技量と、それに使う日本刀が戦闘に耐える代物であることを見極めて入手し、その日本刀と自分の技量を一体としなくてはならないという見識で共通している。
一方、処刑としての据え切りに必要な技量は戦闘で必要な技量とは違うということ。
それに必要な日本刀の性能も戦闘で必要な日本刀の性能とは違うということ。
これらの点で共通している。
普通の常識ある日本人なら誰とでもな。
戦闘では、皮膚や肉に残撃を与えられればとりあえず敵の攻撃は止められる。
筋を断てば、戦闘能力を奪える。
突き刺すなどして内臓を損傷させれば、絶命させられる。
気道を破壊しても呼吸困難で絶命だ。
動脈や静脈を断っても出血多量で、悪くすれば失血死、良くても出血多量で瀕死になるだろう。
それが、戦闘での軍刀の使い道だ。
処刑としての日本刀での据え切りでは、一斬りで絶命させることを旨とする。
故に、骨まで断てる残撃に絶えうる日本刀であることが先ず必要となる。
と同時に、据え切りをする者が一撃で骨まで断てる技量を持っていることが必須だ。
だから、試し切りでの据え切りと処刑での据え切りだけでも必要な技量と、必要落とされる日本刀の性能が異なる。
というか、試し切りとしての据え切りの場合は、試し切りをする日本刀が何の目的のために用意されているのかに併せてするものだから、目的に応じた技量の者が目的に応じた試し切りを行う。
戦闘用の日本刀の試し切りでは、袈裟斬りや突きなどによる残撃を中心に試す。
処刑用の日本刀の試し切りでは、首を断ち切ることが中心となる。
果し合いに使う日本刀の試し切りでは、戦闘用と処刑用の試し切りの両方に加えて、胴斬りで骨まで断てるかも試し義理の範疇になる。
基本的には、首を断ち斬るなり胴を断ち斬るなど以外の残撃では即死に至らないので、その際は急所を刺して即死させるのだよ。
だから、戦闘や果たしいに使用する日本刀の試し切りには、これを想定した突きが含まれる。
どう転んでも、大量虐殺をするだけの弾薬が不足する中で、大量虐殺を実現するための助けになどならない。
shoujouji は、馬鹿故に放しの緒端を忘れてしまっているようだが、大量虐殺の弾薬が足りなくても銃剣と軍刀で十分数千単位どころか数万単位の虐殺が可能なのかどうかという話だからな。
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:27 投稿番号: [38141 / 41162]
<shoujouji>
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
反論すらできぬ文盲は、己の持ち出した専門家の話を否定するわけだな。
その癖己の主張を裏付ける根拠を何一つ示せないでいるだけだ。
【shoujouji の主張】
1.日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら、成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
2.成瀬氏の著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
3.一方で、日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して使ったわけなんだがな(藁
4.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
5.「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」ということだ。
6.だからこそ,もっぱら捕虜の据え物斬りに銃剣や軍刀を使うのである。
7.戦闘で使わずに据え物斬りで使ったわけだね。
とんだ二枚舌だな。
言い訳や誤魔化しなんぞしてないで、己の書いたことの根拠を提示しろ。(笑)
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:26 投稿番号: [38140 / 41162]
<shoujouji>
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
shoujouji は、一つの引用もまともに読解できないようなことだから、引用した5つから著者の伝えんとする処を読解することなどないわけだな。(笑)
shoujouji が孫引きしているのは、それ自体にも書いてあるように例外的な事例を挙げて、刀とそれを用いる者がどうあれば、実戦の武器として用を為すのかを伝えている。
他の引用も併せて読めば、著述全体で著者が何を謂わんとしているのかは、凡そ理解できるのが日本人なのだ。
理解できないものは、日本人としての基本的な異質が欠けているのだな。
<引用1>
自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。
<引用2>
性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。
<引用3>
面白い事は、兵種、戦闘の難易、地形其の他によつて、刀の損傷に共通点のある事で、例へば文字通りに血戦した部隊の刀を手にして見ると、判で押したやうに同じ傷み場所は、柄糸の磨り切れてゐる事、鍔元がぐらつき目釘が折れてゐる事、刀身の先の方が多くは左に曲がつてゐる事、同じ刀身の先の方に刃こぼれのある事の四つの点であり…(p.36)
<引用4>
…陣中では、修理に出てくる刀の十振が十振いづれにも目釘の故障がある。それを一本一本竹を割つて削つてゐたのでは、徒に時間がかかつて急場の間に合わない。
…それから、最初自分の見込みでは、軍刀の故障は、刀身が六分外装が四分といふ考へで行つたところが、全くの反対であつて、殊に柄の故障の多かつたのは屡々発表したところであるが、それが為め早くも材料がなくなつてしまつた。(p.126-127)
<引用5>
さすがに第一線の戦闘部隊だ。一寸見ただけで其の損傷状態がまるでちがつてゐる。
…目釘が折れるか飛ぶかしたと見え、生木の小枝を打ち込んである。
…
これは今度の事変ばかりでなく、日清日露から西南役維新戦争に溯つて見て、実際乱戦中に敵とわたり会つて血戦した事実は、小説や講談にあるやうにザラにあつたものでは無いらしい。
殊に今度の事変などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、一人斬つて二人目に及ばんとする時は、早二間も三間も離れて居るといふやうな場合が多く、実際十人も二十人も斬つたといふやうな話は、例へば敵を城壁域内際とか袋路地のやうな所に追ひつめ、ひしめき合ひわめき合ふ処を片つ端から滅多斬りにした時などの事で、さうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いて見るに、四五人斬つたかと思ふ頃、多くの場合血がぬるぬると柄に伝はつて来る。斯様な時に、昔の柄巻の有難さが本当にわかるもので、殊に小倉木綿をそのままたたんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。(p.153-154)
これは メッセージ 38137 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/01/01 05:24 投稿番号: [38139 / 41162]
<shoujouji>
>実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
あとは、「実戦には日本刀を使ったが、据え物斬りに使ったはずはない」なる、
おまえの希望的憶測ないし信仰のレベルの話になる(藁
相変わらず、文盲が読むと著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
<引用1>
自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。
<引用2>
性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。
記述にある刀が実戦向きのできの良いもので、それを使うものが相応の武術を身に付けていることと、そういう者がそうした刀を自分の刀として信頼して持ったからこそ、その人の武術が生きてそれだけの成果をあげられるのだと確信した旨が、著述されてるのだよ。
つまり、誰にでもどの軍刀でも同じ成果が得られるなどという話ではないのだよ。
そういう特別な人が人を切るに相応な刀剣で人を殺傷したのであっても、その結果修理に出されるってことさ。
著者は、修理に出された軍刀についての話を著述しているのだからね。
文盲って悲しいね。
貴重な資料も満足に読解できないんだからさ。(笑)
実際の記述にある、実戦向きの日本刀についての記述を拾っての投降を再掲してやろう。。
--------------------------------------------------------------------------------
自分は、日本刀の鑑識者ではなく、さうした知識には浅い者である。元来、古武道の内にくるめて、武用的方面から日本刀を見て来たのであるが、弾雨下の一線に従軍して、さうした所でなくては見られない〝血と泥〟の破損刀を手がけ、二十数回の斬撃を目のあたりに見て、戦場で使ふ日本刀は、かうしたものでなくてはならぬといふ、本当の業物の姿をとらへて来たのである。(p.37)
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
或る暑い日であつた。開封城内の修理班へ時目といふ変つた姓の少尉が自身刀を持つて修理にやつて来た。…無銘古刀の武家伝来らしいよい刀を持つてゐた。それで南京攻略の軍中三十七人を斬り、徐州戦で十人、都合四十七人を手にかけ、縛り首は一つも斬らなかつたといふ。
…
刀を見ると、血糊で白くなつてゐる。性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。(p.77)
--------------------------------------------------------------------------------
普通の日本刀や軍刀の話ではない。
良くできた実践向きの日本刀を使う人間が相応の武術を以って一体となった成果としての話だ。
しかも、これはそういう成果によって消耗した軍刀が修理に出された際の話だ。
修理が済んで持ち主の手元に帰されるまでには、相応の月日が掛かるのだ。
これは メッセージ 38136 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 大量餓死で英霊を増産した皇軍の体質(
投稿者: minanosy186 投稿日時: 2012/01/01 04:04 投稿番号: [38138 / 41162]
当事者しか知りえない事柄をこと細かく何で君らに当時のことがそんなに詳細にわかるのかね。
しかも、当時の日本軍の構成、軍の数まで見てきたようにその資料を、如何して君らが手に入れたのか知りたいもんだ。
そりゃあ戦争なんだからお互いに殺したり殺されたりしてる。中国軍が善人の集まりで日本軍が殺人鬼のようなことなんぞあり得ない。
古今東西の昔からの戦争で民間人が犠牲にならなかった戦争を知っているなら挙げて見な。そりゃ戦争なんだから、あなたが主張するような事実は多少はあったのだろうね。そんなことは世界のどの軍隊も起きえることだ。
その事細かな日本軍がやった残虐行為の資料をどうやって手に入れたのかね。もう80年も立っているというのに、当時の部隊の構成や軍人の数までいかにも真実性を表すために書き込んでいる。
当時の南京で30万人もの市民が日本軍に虐殺されたという。どう考えても理屈に合わない。当時の世界のどの新聞、書籍にこの大虐殺事件を報じていない。当時の南京には世界中の報道記者がいたと聞いている。しかも相当な反日的な記事を書く記者ばかりなのに、その連中が何故報道していないのか。
我々一般の現代の日本人から見ると、あなた達は中国共産党の工作員かその協力者(第五列)のネットを使った工作活動だとしか見えませんがね。
中国軍がチベットでやったような大虐殺、ウイグル人に行っている大虐殺の事実から目をそらすために必死になって工作しているとしか思えませんがね。
ハッキリ申しましてミエミエです。工作活動は失敗ですよ。本国にかえりなさいよ
これは メッセージ 38091 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/01/01 01:03 投稿番号: [38137 / 41162]
おまえの引用文だよ。
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
おまえは実戦(白兵戦)で敵の首を斬り落としたと信じるわけだ。そいつは相当むずかしい技術だな(大笑
これは メッセージ 38127 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/01/01 00:30 投稿番号: [38136 / 41162]
>実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
おまえが引用した成瀬氏の文章をおまえがその通りだと信じるのなら、実戦で
何十人も斬れる日本刀なら当然、据え物斬りなど造作もないという結論になる。
ニャンコとは決定的な見解の対立だな(藁
あとは、「実戦には日本刀を使ったが、据え物斬りに使ったはずはない」なる、
おまえの希望的憶測ないし信仰のレベルの話になる(藁
これは メッセージ 38127 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 22:16 投稿番号: [38135 / 41162]
ソースは出しているよ、よく読んで頂戴ね、脳死君。
これは メッセージ 38133 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 22:15 投稿番号: [38134 / 41162]
書いているが、其れを事実と認定した人間は居ない、単なる出任せだよ、脳死君。
身を守るには能く出来た武器だよね日本刀は、脳死君。
これは メッセージ 38132 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 21:58 投稿番号: [38133 / 41162]
南京攻略に軍刀が禁止されていたというおまえの話の
ソースを出せと言ってるんだがね。
これは メッセージ 38129 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 21:54 投稿番号: [38132 / 41162]
で,成瀬氏は下士官以上の日本軍将兵が大挙して日本刀を持参し,実戦で
中国兵を斬りまくったこと,それでも日本刀は非常に頑丈な武器であって,
10人20人斬ることもできたことを書いている。おまえがそれで文句がない
ならそれで結構だ。日本軍が日本刀を殺人に使わなかったとか,日本刀が
たちまち駄目になるやわな武器で人を殺すのに全く役に立たないとかの戯言を
言うのはやめることだな(藁
これは メッセージ 38131 (maximirion さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 20:11 投稿番号: [38131 / 41162]
<shoujouji>
この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
疑問符がつくのは”現在から見て”ではなく、shoujouji の脳みそに照らしたからだろうが。(笑)
刀剣修理の専門家の見地に文盲の素人が疑問を呈する筋合いはない。
<shoujouji>
おまえが日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら。
成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏のような専門家の言を否定しているのは、外でもなくshoujouji だな。
成瀬氏の記述は、修理に出された日本刀が戦場で使われた状況を修理に出した本人の話と、其の日本刀の破損状態や消耗状態とつくり性状から解説している。
shoujouji は、それに反した根拠のない断定をしているだろう。
如何に再度引用してやろう。
1.この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
2.一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
3.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏の著述とは相容れない断定をしているshoujouji だが、その根拠を示せる費など永遠に来ることはないだろう。(笑)
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 19:14 投稿番号: [38130 / 41162]
<shoujouji>
この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
疑問符がつくのは”現在から見て”ではなく、shoujouji の脳みそに照らしたからだろうが。(笑)
刀剣修理の専門家の見地に文盲の素人が疑問を呈する筋合いはない。
<shoujouji>
おまえが日本刀は人間を殺すのに何の役にも立たないやわなものだと言うなら。
成瀬氏のような専門家の言を否定することになる。
一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏のような専門家の言を否定しているのは、外でもなくshoujouji だな。
成瀬氏の記述は、修理に出された日本刀が戦場で使われた状況を修理に出した本人の話と、其の日本刀の破損状態や消耗状態とつくり性状から解説している。
shoujouji は、それに反した根拠のない断定をしているだろう。
如何に再度引用してやろう。
1.この著作で現在から見て疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の結果としていることのみである。
2.一方で,日本刀が実戦(白兵戦)に役立ったはずがないと言うのはその通りだ。
3.日本刀は身動きできない捕虜の据え物斬りにおいて,しかも比較的少数の捕虜に対して士官が見せしめ的に行う斬首処刑において,最も威力を発揮したのである。
成瀬氏の著述とは相容れない断定をしているshoujouji だが、その根拠を示せる費など永遠に来ることはないだろう。(笑)
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 18:30 投稿番号: [38129 / 41162]
手法 [編集]
試斬台に立てた巻き藁(畳おもて1畳巻)
使用されるものは、主に、巻藁である。現代では、1畳分、または半畳分の使用済み畳おもてを巻き、紐で縛ったり、輪ゴムで止めたりしたものが使われる場合が多い。 それを、一昼夜あるいは、数日水につけておき、台上の杭に突き刺す。その巻き藁に対して、日本刀を使用して、正しい斬撃が行えるかを確かめるものである。他に竹、新聞紙、ダンボールなどが使われることもある。
一番有名なものは、対象に対して、40 - 45度ほどの角度で斜めに斬りつける袈裟と呼ばれる斬り方であり、相手を人間と考えた場合、肩口・脇下より斬りつける技法である。
他にも流派、団体によって様々な切り方がある。ちなみに水平に切る横一文字が一番難しい。
ソースは何遍も出しているからね、過去ログ見て頂戴ね、脳死君。
戦闘で戦わずに据えもの切りしたら、日本軍では銃殺刑だよね、軍法会議で、脳死君。
これは メッセージ 38122 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:22 投稿番号: [38128 / 41162]
<shoujouji>
成瀬関次著「戦ふ日本刀」より
「今次の事変では、…一面恐ろしい器械化戦が行はるると共に、他面一騎打
の原始戦が盛んに行はれ、戦風は一部元亀天正に逆戻りしたかのやうなところ
さへある。その上、未曾有の廣い戦線で混戦的に戦ひつつあるのと、昭和九年来
日本刀そのままでの使用が、事実上復活となり、戦線では軍の中堅をなす
下士官全部が兵種を問はず佩用する事となつた等から、爾来日本刀が実戦に
於いて有史以来の使用量を見せるに至つたのである。」
成瀬氏の著作は,日本刀神話が盛んな戦時中のものだから,日本刀が実戦で
使われたという前提になっている。しかし少なくともそこからわかることは,
下士官以上のほとんどが日本刀を持参してしかも使用したこと,日本刀という
のが「実戦」という前提のもとでさえ,数人斬ればたちまち駄目になるような
やわなものでなく,強力な殺人道具であったことだ。この著作で現在から見て
疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った
刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の
結果としていることのみである。
文盲が読むと、著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
実際の記述にある、実践で使用した際の日本刀の問題点ぬいついての記述を拾って見るとこうなる。
--------------------------------------------------------------------------------
面白い事は、兵種、戦闘の難易、地形其の他によつて、刀の損傷に共通点のある事で、例へば文字通りに血戦した部隊の刀を手にして見ると、判で押したやうに同じ傷み場所は、柄糸の磨り切れてゐる事、鍔元がぐらつき目釘が折れてゐる事、刀身の先の方が多くは左に曲がつてゐる事、同じ刀身の先の方に刃こぼれのある事の四つの点であり…(p.36)
--------------------------------------------------------------------------------
…陣中では、修理に出てくる刀の十振が十振いづれにも目釘の故障がある。それを一本一本竹を割つて削つてゐたのでは、徒に時間がかかつて急場の間に合わない。竹箸だと一寸削つて切つただけで用に立つ。しかも、何処の竹だか非常に堅くて、なかなか折れさうにもない。これは天が与へてくれたものと、自分はいまでもさう信じてゐる程である。
…
それから、最初自分の見込みでは、軍刀の故障は、刀身が六分外装が四分といふ考へで行つたところが、全くの反対であつて、殊に柄の故障の多かつたのは屡々発表したところであるが、それが為め早くも材料がなくなつてしまつた。(p.126-127)
--------------------------------------------------------------------------------
さすがに第一線の戦闘部隊だ。一寸見ただけで其の損傷状態がまるでちがつてゐる。試みに手にした一刀、何げなしに抜いて見ると、刀身は鍔元から血糊でそれが稍褐色がかり錆のやうになつてゐる。プンと臭い。目釘が折れるか飛ぶかしたと見え、生木の小枝を打ち込んである。指先でつまんで抜くと。そこから黒褐色の悪臭をもつ汁がポタリと一滴落ちた。血の腐つたやつだ。戦ひの最中に、血が刀身をつたはつて、(金+祖)のすき間から柄の中に入り、それが間隙にたまつて腐つたのだ。柄木を抜いて見ると、その汁がダラダラと落ちる。
…
これは今度の事変ばかりでなく、日清日露から西南役維新戦争に溯つて見て、実際乱戦中に敵とわたり会つて血戦した事実は、小説や講談にあるやうにザラにあつたものでは無いらしい。殊に今度の事変などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、一人斬つて二人目に及ばんとする時は、早二間も三間も離れて居るといふやうな場合が多く、実際十人も二十人も斬つたといふやうな話は、例へば敵を城壁域内際とか袋路地のやうな所に追ひつめ、ひしめき合ひわめき合ふ処を片つ端から滅多斬りにした時などの事で、さうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いて見るに、四五人斬つたかと思ふ頃、多くの場合血がぬるぬると柄に伝はつて来る。斯様な時に、昔の柄巻の有難さが本当にわかるもので、殊に小倉木綿をそのままたたんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。(p.153-154)
--------------------------------------------------------------------------------
結果として、実践で人を斬った日本刀が修理に出されているということだ。
据えもの切りや斬首に使えば、その後は修理なんだよ。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38128.html
Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:21 投稿番号: [38127 / 41162]
<shoujouji>
成瀬関次著「戦ふ日本刀」より
「今次の事変では、…一面恐ろしい器械化戦が行はるると共に、他面一騎打
の原始戦が盛んに行はれ、戦風は一部元亀天正に逆戻りしたかのやうなところ
さへある。その上、未曾有の廣い戦線で混戦的に戦ひつつあるのと、昭和九年来
日本刀そのままでの使用が、事実上復活となり、戦線では軍の中堅をなす
下士官全部が兵種を問はず佩用する事となつた等から、爾来日本刀が実戦に
於いて有史以来の使用量を見せるに至つたのである。」
成瀬氏の著作は,日本刀神話が盛んな戦時中のものだから,日本刀が実戦で
使われたという前提になっている。しかし少なくともそこからわかることは,
下士官以上のほとんどが日本刀を持参してしかも使用したこと,日本刀という
のが「実戦」という前提のもとでさえ,数人斬ればたちまち駄目になるような
やわなものでなく,強力な殺人道具であったことだ。この著作で現在から見て
疑問符が付くのは,成瀬氏が戦地で日本刀を修理した際にそれらが人を斬った
刀であることの証拠を色々と説明しているが,それをすべて実戦(白兵戦)の
結果としていることのみである。
文盲が読むと、著述者の意図が読み取れずに曲解されると言う良い身本だ。
実際の記述にある、実践むきの日本刀についての記述を拾って見るとこうなる。
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自分は、日本刀の鑑識者ではなく、さうした知識には浅い者である。元来、古武道の内にくるめて、武用的方面から日本刀を見て来たのであるが、弾雨下の一線に従軍して、さうした所でなくては見られない〝血と泥〟の破損刀を手がけ、二十数回の斬撃を目のあたりに見て、戦場で使ふ日本刀は、かうしたものでなくてはならぬといふ、本当の業物の姿をとらへて来たのである。(p.37)
--------------------------------------------------------------------------------
八木工兵中尉(此の人は静岡県相良町の名望家で、徐州戦当時筆者は共にその北部戦線に居た。)最近中支奥地からのお便りの中に、
……あつけない程脆く首が落ちた。昔からぬれ手拭いをはたく様な音がすると云はれてゐるが、まさにその通りでハツフツといつたとたんに四尺もすつ飛んで一声もない。(中略)この一戦で非常に大なる信念を得た。自分の刀で敵を斬り、その刀に信頼を持つた時から、武術が生きてくる。つまり刀も武術の内だ。云云。
中尉の佩刀は、大阪石堂康廣の若銘安廣で、二尺三寸余、自分には見覚えのある刀である。(p.57-58)
--------------------------------------------------------------------------------
或る暑い日であつた。開封城内の修理班へ時目といふ変つた姓の少尉が自身刀を持つて修理にやつて来た。…無銘古刀の武家伝来らしいよい刀を持つてゐた。それで南京攻略の軍中三十七人を斬り、徐州戦で十人、都合四十七人を手にかけ、縛り首は一つも斬らなかつたといふ。
…
刀を見ると、血糊で白くなつてゐる。性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刃まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刃こぼれも三ヵ所、刀全体がジツトリしてゐた。(p.77)
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普通の日本刀や軍刀の話ではない。
良くできた実践向きの日本刀を使う人間が相応の武術を以って一体となった成果としての話だ。
しかも、これはそういう成果によって消耗した軍刀が修理に出された際の話だ。
修理が済んで持ち主の手元に帰されるまでには、相応の月日が掛かるのだ。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38127.html
Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:21 投稿番号: [38126 / 41162]
<shoujouji>
その通りだよ。しかし中国大陸での日本軍は,20世紀の半ば近くに
なるのに,士官のみならず下士官までこぞって日本刀を持参したそうだね。
官製の軍刀のみならず家に伝わる私物の日本刀を持参することが許されて
いたようだ。こんな軍隊は当時の欧米では考えられないな。何のためだい?
指揮のためかな?「士気」のためかな?かれらは持参した刀を一度も人間を
斬ることに使わずにがまんしていたのかい?
またいい加減なことを書いてるな。
下士官までこぞって日本刀を持参したなどという事実はない。
支那事変当時までは、支給軍刀以外に将兵が持参する軍刀所持も大目に見ていたというだけだ。
簡単に言えば、特に期性がなかっただけの話。
だから、家伝の日本刀や市販の日本刀を仕込んだものを軍刀として携行した将兵が少なからずいたということ。
そういうのは、自費負担だからこぞって下士官までという話ではない。
なぜ日本刀を仕込んだ軍刀を持参しようとしたかというのは、白兵戦が依然多かったからだ。
それほど、支那事変当時までの至急軍刀の実践強度がなかったということだ。
そう言う実践を想定した軍刀を所持するものが、どのように軍刀を携行したかぐらいは、調べてのかい?
横着な妄想だけでものを言う輩は、当然調べてもいないのだろう。
小銃を持って戦闘し、銃剣を持って的中に迫撃する再には銃剣を槍とするのが戦闘での優先行為。
これに背く将兵などいなかったのだよ。
白兵戦になって、銃剣同士の戦いとは別に携行した軍刀に持ち替えて戦闘ですることは、薙ぎ払いと斬り払い。
それは、斬り殺すというものではなく戦闘力を奪うための斬撃なのだよ。
止めを刺したければ、突き殺す。
戦場で斬り払った際の傷が致命傷になるのは、失血死や与えた内臓損傷が時間と共に命を奪うからで、即死状態に近いのは肝臓や心臓などに損傷を与えた場合のみだ。
だから、良く斬れる日本刀は白兵戦で指揮系統に属する仕官や将官蚤を護るのに役立ったということだ。
だが、そういった白兵戦で発揮される性能が、据えもの切りでの性能を示すことにはならない。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/38126.html
Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:19 投稿番号: [38125 / 41162]
<shoujouji>
機関銃の弾幕のなかを銃剣や軍刀で突撃したところで死体の山を築くだけだということは,古くは旅順攻撃,新しくは太平洋戦争で証明されている。だからこそ,もっぱら捕虜の据え物斬りに銃剣や軍刀を使うのである。
別に銃剣や軍刀に限らずとも、機関銃の弾幕の中を突撃すれば死体の山を築くことになるのが近代戦だ。
近代戦では、どの軍でもそこを押して迫撃のうえ敵兵を制することを突撃突破というのだぞ。
砲撃や爆撃で敵を殲滅するのは現代戦でもそうはないのだよな。
圧倒的な砲火に晒して投降させるなどというのは、そう頻発するものではない。
散会してゲリラ戦に持ち込まれたりなども普通に起こり得ることだから、そうなる前に突撃突破して白兵戦に持ち込んで制圧するなど、現代戦でもやることだ。
刀剣もそうだが、武器や兵器は使う側が術と技を持ち、相応の心構えで使用しなければ相手の戦闘を食い止めることなどできません。
実例として、初めて本土爆撃をして来た際の柳州の航空基地を際圧する為に派遣された部隊は、数百キロの道のりを残して尽きる弾薬しか支給されず、その後ははく激戦に持ち込んでの銃剣頼り戦闘で行軍途中の戦闘に勝利し、城塞攻略をして目的地に着いたのだよ。
迎え撃った支那兵の機関銃その他による弾幕の中を潜り抜けての勝利や攻略したのだよ。
多くの将兵を行軍途中で失ったが、その殆どは戦闘によるものではなく病死だ。
目的の柳州の航空基地に着いたころには、米軍が爆撃の拠点を移していたので、迎え撃つ支那兵の砲撃や銃撃をかいくぐって、銃剣での白兵戦で制圧したのだよ。
これらの経験談をNHKの取材で語っていた退役軍人である老人はこういっていた。
「向かってくる敵兵の銃弾は結構当たるものだが、待ち構えて打っているだけの銃弾は、意外と当たらないものだ。」
「走り続ける限り、待ち構えて打つ敵の銃弾は身体や頭の脇をすり抜けていくが、それに臆せず敵に向かって走り続ければ滅多に当たらない。」
「ところが、不思議なもので止まったり臆して走る勢いを緩めた途端に当たるんだよ。」
「銃剣しか武器がない状態での戦闘や要衝の攻略が殆どだったね。」
「たまたま、それ以前の戦闘で敵の武器弾薬を手に入れたときは銃撃戦などもしたが、すぐに弾薬が尽きて銃剣だけが残るんだよ。」
「補充兵として新兵が数人ずつ派遣されたが、後になるほど装備品が乏しくなっていたね。」
「銃を持たされていたのは最初のうちだけで、弾薬を支給できなくなって派遣される補充兵などは、竹籠と竹筒の水筒に訓練用の木銃に銃剣を付けたものしか持っていなかった。」
「つまり、そういう戦闘のだったよ。あそこに限らず。」
これは メッセージ 38116 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/12/31 18:19 投稿番号: [38124 / 41162]
<shoujouji>
>軍刀は、洋の東西を問わず、近代戦以降は殺傷兵器として
戦場で使われることを想定していない
と言いつつ,以下の文章ではすべて軍刀の実戦での使用法
について講釈を垂れたうえで,
>据えもの切りなどすれば、すぐに使い物にならないと書いておいたのだよ。
と,実戦で使い物にならなくなる,なるすり替えをやるわけだ(藁
実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して
使ったわけなんだがな(藁
何一つ反論になっていないな。(笑)
shoujouji の愚説によれば、日本軍は捕虜の首きり切りにしか役立たない軍刀を支給していたらしい。
実践で使い物にならないから、捕虜の首切りに限定して使ったのであれば、戦闘には不要だから邪魔になる故、携行していなかったということになるのかな。(笑)
<shoujouji>
>白兵戦での役に立たないものが、据えもの切りでは数百人どころか
数千を超える殺人能力を発揮できると考える根拠を書いたらどうだ。
はい,すり替えはやめような。
「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。
「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」と
いうことだ。機関銃の弾幕のなかを銃剣や軍刀で突撃したところで
死体の山を築くだけだということは,古くは旅順攻撃,新しくは
太平洋戦争で証明されている。だからこそ,もっぱら捕虜の据え物
斬りに銃剣や軍刀を使うのである。数千を超える殺人能力?馬鹿か?
いつからひとつの軍刀で一回に数千の捕虜の首を斬ったという話に
すり替わった?
shoujouji が、すり替えを繰り返しているのだけどな。
”「白兵戦で銃剣や軍刀が役に立たない」なることは誰も言ってない。”だって?
shoujouji は、「実戦で最初から使い物にならないからこそ,捕虜の首斬りに限定して使ったわけなんだがな。」と書いてるだろ。
で、”「火器による近代戦で白兵戦をやろうとしても役に立たない」ということだ。”というのだろ。
みた通り、すり替え以外のなにものでもない。
これは メッセージ 38116 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 18:18 投稿番号: [38123 / 41162]
南京攻略時は持っていなかった、戦場では、脳死君。
これは メッセージ 38122 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/12/31 15:31 投稿番号: [38122 / 41162]
>下士官も持っていたと謂いたいんだね
下士官は持っていなかったと言いたいんかい?
>先ず兵士が使うことは無かっただろうね、人殺し以外は、つまり犯罪者以外は
そうだね、据え物斬り以外で使うことはまずなかったろうね。
>南京攻略時は帯刀すること罷り成らん云う命令
ソースを出してね。
>戦闘時は持っていなかったんだよ、脳死君。つまり戦闘で使うことは
無かったんだね、脳死君。
戦闘で使わずに据え物斬りで使ったわけだね。
これは メッセージ 38119 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3、訂正
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 15:22 投稿番号: [38121 / 41162]
紅軍→皇軍
これは メッセージ 38120 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はおまえだよ その3
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/12/31 15:21 投稿番号: [38120 / 41162]
命令一下13Dの一部は北方より16Dは東正面より、9Dおよび3Dの一部は東南正面より14D及び6Dは南正面より夫々攻撃を開始した
中略
破竹の進撃を続ける無敵皇軍の前には流石の敵の堅陣も支え得ず一塁一泰次々に奪取して、十日午後五時光華門突入を初めとし、十二日午後零時過ぎ中華門、十三日午前三時中山門、同日午後四時下関と、相次いで我が占領するところとなり、攻撃開始後四日目、十三日夕刻に及び南京城は紅軍の完全に占領するところとなった
中略
この南京戦に於いて敵約十万に与えたる損害は約八萬にして詳述すれば次の通りである我損害は死傷者約四千である
一.敵遺棄屍体
五十三,八百十四
一.鹵獲品
重砲一〇八門、野山砲十九門、迫撃砲七九門、高射砲三七門、曲射砲十九門
機関銃四一一門、軽機関銃九五六門、自動小銃一三六挺、小銃九三三四挺、拳銃一一五挺、戦車一〇両、飛行機六機、自動車三六輌、手榴弾七七,八五〇発、重砲弾八,二一六発、野砲弾一,〇二六発、迫撃砲弾六二,五七二発
↑記録は残っているんだよね、脳死君。
これは メッセージ 38118 (shoujouji さん)への返信です.
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