南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

なぜ

投稿者: felix0014 投稿日時: 2003/08/06 22:31 投稿番号: [1868 / 41162]
このトピでその話をする?

おめでとう 日本人の皆様

投稿者: nihonjinkorosi 投稿日時: 2003/08/06 21:52 投稿番号: [1867 / 41162]
原爆され58周年!!

何万人死んだの?だれか教えてちょうだい。

5人中3人

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/06 21:48 投稿番号: [1866 / 41162]
南京に残った海外特派員は、秦郁彦氏の「南京事件」によれば5人です。
go氏ご指摘のとおり、スミス氏も事件を報道しているので、少なくとも外国人特派員5人のうち3人は事件を伝えている、となりますね。

予告編(2)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/06 07:04 投稿番号: [1865 / 41162]
なかなかまとまった時間がとれませんので、「予告編」ばかり大きくなって申し訳ありません。


>言い訳が許されるなら、原文を手に入れにくい環境なのです。


私のHPに、「本の入手方法」を含めた形で「南京事件のブックガイド」を作ってありますので、どうぞ、ご覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/bookguide.html


「初級編」の本はおそらくもうお読みと思いますが、「中級編」では、とりあえずは「南京大残虐事件資料集」を手に入れられるとよろしいかと思います。「スマイス報告」はもちろん、「極東軍事裁判資料」(今話題の「マギー証言」ももちろんあります)「南京安全委員会の記録」「戦争とは何か」といった基本資料が、ひとおとりカバーできます。

「日中戦争史資料集8,9」はその旧版ですが、内容はほとんど同一です。ちなみに、検索をかけてみたら、「日本の古本屋」で、22,000円で売りに出ていました。

(私の近所の書店ではかなり痛んでいるやつを5000円で売っていたのですが、まあ「相場」はこのあたりでしょう。ちなみに私の購入価格も、22,000円でした)


まあ実際の話、「中級編」までは一通り手に入れておかないと、「南京事件」の討論に参加するにはちょっと不自由するかもしれません。全部揃えたら10万円は軽く超えますが、本気で議論に参加するのであれば、ぜひ手に入れておくべきでしょう。

ネットでの引用を「一次資料」と比較すると、随分いいかげんなものが多いのは事実ですから、投稿の前にきちんと「照合」を行っておく、というのが正しいスタンスだと思います。
(念のためですが、K−Kさん、渡辺さんあたりの引用でしたら、大丈夫ですよ)


*脱線しますが、引用された「谷原茂生」さんこと「ヤン・ウェンリー」さんのページは、いくら素人でも、これはちょっとひどい。「読んでいない人を騙してやろう」という姿勢がみえみえです。同じ否定派のグースさんの研究熱心さを、少しは見習ってほしいものですね。

参考までに、「ヤン・ウェンリー」さんが過去に行っていた議論です。ご自分の目で、谷原さんの「レベル」を確認して下さい。

http://www.g-language.org/~gaou/giron/



資金的にしんどいということでしたら、少し大きな図書館(例えばお住まいの都道府県で一番大きなところ)でしたら、ほぼ確実に置いています。何百ページものコピーが必要で、これはこれで大変かもしれませんが、買うよりは安いでしょう。

(大変失礼ながら、率直な話、ある程度「情報」を共有できないと、ご説明するのが大変なのです)



・・・では、もうしばらくお待ち下さい。

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 12:56 投稿番号: [1864 / 41162]
>おいおい。
msg1848=「対支援助小委員会」
msg1856=「支那事変問題小委員会」

>名称が違うじゃないか。
「支那事変問題小委員会」とやらが38年1月にできたからといって、それが「対支援助小委員会」とどう関係あるのか

>それから、「日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議」は、37年9月28日だよ。「対支援助小委員会」が同決議に先だって組織されたとするなら、どうみたって37年9月までには存在していたことになるじゃないか。

>実は国際連盟の小委員会については、自分でも整理できていないことがあります。特に名称。田中正明も2つの名称を使っているし、笠原論文ではまた異なる名称だし(『13のウソ』所収)、どれが18回総会のもので、どれが100回理事会のものか、いまいち判然としない。

なら文句なかろ(汗)
俺は何も書かなくて済んだがね。

国際連盟について(補論)

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 12:38 投稿番号: [1863 / 41162]
※maxelさんとの議論は凍結なので、この話題についてもmaxelさんとは議論しません。
読み物のつもりで読んでください。

実は国際連盟の小委員会については、自分でも整理できていないことがあります。
特に名称。田中正明も2つの名称を使っているし、笠原論文ではまた異なる名称だし(『13のウソ』所収)、どれが18回総会のもので、どれが100回理事会のものか、いまいち判然としない。

ただ、田中正明の論法は、38年1月小委員会の監視→空爆への非難決議という順序関係になっていることは確かです。(前掲書参照)

ところが空爆非難決議は南京空爆直後の9月28日、18回総会で既に決議されている。
だから1月に組織された「小委員会(正確な名称は不明)→空爆非難決議という流れは、時系列的に見てありえない。

という面からも、田中正明の論法はデタラメだと思います。

※国際連盟の問題について私が理解している事項を整理してみると、以下のような感じです。

18回総会;小委員会(名称不明)→総会決議(空爆非難)
100回理事会;小委員会(名称不明)→顧代表演説(南京事件含む)→理事会決議(中国支援)
101回理事会;理事会決議(毒ガス使用非難)

つまり南京空爆→南京事件→毒ガス、と次々に議論の俎上に上っているわけですね。南京事件を連続して議論しなかったのは別に不自然ではありません。
(ついでに言うと、顧代表のような外交マンにとっては、単なる「非難」より「支援」決議のほうが、中華民国の国益という点でより重要なことは言うまでもないことです)

了解。

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 12:01 投稿番号: [1862 / 41162]
>悪いが、君とはもう論じたくない。すまないね。

じゃあ、あなたとの議論は凍結しよう。

おいおい。

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 09:12 投稿番号: [1861 / 41162]
>>>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。
>>委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)
>南京陥落の翌13年1月26日から、第100回国際連盟理事会が開かれ、英・仏・ソ・中の4ヶ国代表による「支那事変問題小委員会」も同時に開かれたとのこと。
>また嘘か?

おいおい。
msg1848=「対支援助小委員会」
msg1856=「支那事変問題小委員会」

名称が違うじゃないか。
「支那事変問題小委員会」とやらが38年1月にできたからといって、それが「対支援助小委員会」とどう関係あるのか、

それから、「日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議」は、37年9月28日だよ。「対支援助小委員会」が同決議に先だって組織されたとするなら、どうみたって37年9月までには存在していたことになるじゃないか。

空爆非難決議は、南京事件の概説書にはだいたい書かれている。せめて、議論の前に概説書くらい読んでほしい。

>国民党と共産党の区別くらいしましょう

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 08:56 投稿番号: [1860 / 41162]
まあ、入れ替えてやってくれ(汗)

>※今後は挑発的な物言いはしないように気をつけるから、もう少しまともな反論をしてくださいよ。

悪いが、君とはもう論じたくない。すまないね。

投稿は読んでるよ。

国民党と共産党の区別くらいしましょう

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 08:47 投稿番号: [1859 / 41162]
出勤前なので、2つだけ。

>>軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。
>本当に虐殺があったのなら、当時の中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタの絶好の材料だったのにも関わらず、ね。

国民党と共産党の区別くらいしてくださいよ。
反論する気もおこらないよ。

>>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。
>仮に↑が事実として、中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタでなかったと言う根拠は?

上に同じ。

※今後は挑発的な物言いはしないように気をつけるから、もう少しまともな反論をしてくださいよ。

いい人だなぁ・・・(イヤミでなく)

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 08:36 投稿番号: [1858 / 41162]
>(余談ですが、maxell3585さん、「スマイス報告」を読まないで書いたでしょう(^^))

おっしゃる通り、恥ずかしながら確かにスマイス報告の原文を読んで書いたのではありません。

言い訳が許されるなら、原文を手に入れにくい環境なのです。

それを以って「議論の資格無し」と言われてしまえば、それまでですが。

>・・・でもまあ、お互いに認めるところは認め合う、そんな気持ちのいい討論をしましょうや。

確かに討論者の中には、例え意見をぶつけ合ったとしても尊敬できる方も中にはいますが、稀でしょう。

しかしyu77799さんの、議論に対し紳士たろうとするスタンスには敬意を払います。

私の投稿に挑発的な部分があった非礼は詫びしますよ。

少し時間が開いた方が私も都合が良いので、ゆっくりして下さい。

それでは。

予告編

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/05 07:02 投稿番号: [1857 / 41162]
最初にお断りしておきますが、私は、掲示板の目的は、「お互いの認識を高めること」だと思っています。

別に喧嘩腰になることもないし、意固地になることもない。私も議論の納得できるところは認めますし、お互いに納得できるところは認め合えばいい。

どうもgo belfastさんの「挑発」に反発を感じてしまったようですが(これ、話がややこしくなったのは、go belfastさんのせいだぞ(^^))、私には、maxell3585が必要以上に感情的になっているように感じます。

(誤解だったら、読み流して下さい)


実は、

>しかし南京虐殺肯定派の方がURLを出すのは素晴らしい進歩だと思ったのですが、見れば全部ご自分のHPとは・・・(汗)

で、思わず「う〜ん」と頭を抱えてしまったのですが・・・。


>URLを出すのは素晴らしい進歩

ひょっとしてmaxell3585さんは、「ネットの情報」が根拠になるなんて、考えていませんか?(^^)ネットなんてウソだらけの世界ですから、「URL」を根拠にするなんぞ、危険すぎます。

私は、ネットの記述(もちろん、本の記述も)を見たら、鵜呑みにすることなく、可能な限り一次資料に当たるようにしています。

HP製作者が、どんな恣意的な引用をしているかわかりませんから。まあ、例え悪意がなくても、原文のニュアンスを正確に伝える引用というのは結構難しいものですし、ましてや田中氏や東中野氏などのように初めから「つまみぐい」をするつもりの人の引用など、一次資料を見るまでは絶対に信じられません。

(余談ですが、maxell3585さん、「スマイス報告」を読まないで書いたでしょう(^^))


例えば「思考錯誤」板の討論を見ればわかりますが、みんな、自分で発掘した具体的な資料の記述をもとに討論を行っています。「ネットのどこどこにこんな情報がありました」なんて低いレベルで討論している方は、誰もいません。

ネットの情報は、いわば「二次情報」です。具体的な「一次資料」もしくは「原典」を確認しなければ、どんな間違いを犯すかわかりません。このあたり、「資料の等級」(これにも一言あるからね(^^))にうるさいらしい、maxell3585さんらしからぬ発言です。

(もちろん、「一次資料」がすべて正しい、と言っているわけではありません。念のため)



>見れば全部ご自分のHPとは・・・(汗)

ええと、困ったな(^^)

私こと「ゆう」がこのようなHPを持っていることはみんな知っていると思っていましたので、もしかすると、明記しないことは迂闊だったのかもしれません。とは言うものの、う〜ん、知らなかった?(^^)。

しかし、私が「自分のHP」にリンクを貼った目的は、おわかりですよね?   具体的な「一次資料」を、提示するためです。これを全部投稿文に含めようと思ったら、とんでもない分量になってしまう。だから、自分のHPにリンクを貼った。それだけの話です。

別に、非難されるようなことではないと思いますが・・・。



さて、出勤前で、時間がありません。長文をいただきましたので、私も長文をお返ししましょう(まだ1行分しか返信していません(^^))。飲み会続きなどで、何日か遅れるかもしれませんが、楽しみに待っていて下さい(^^)


・・・でもまあ、お互いに認めるところは認め合う、そんな気持ちのいい討論をしましょうや。

価値なき投稿

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 04:17 投稿番号: [1856 / 41162]
>>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。

>委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)

南京陥落の翌13年1月26日から、第100回国際連盟理事会が開かれ、英・仏・ソ・中の4ヶ国代表による「支那事変問題小委員会」も同時に開かれたとのこと。

また嘘か?

>軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。

本当に虐殺があったのなら、当時の中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタの絶好の材料だったのにも関わらず、ね。

>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

仮に↑が事実として、中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタでなかったと言う根拠は?

>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

「1937年12月24日蒋介石がルーズベルトに手紙で南京虐殺事件について訴えています。彼の妻宋美齢も1938年1月5日に友人への手紙で数千人の市民が日本兵に虐殺されたと書いています。しかしその後彼らは一切虐殺について言及していません。その噂が事実ではなかったことが明らかになったためです」

URLも出せない口先のみの根拠と、実在するURL。どちらを信用すればいいのかね?

http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/moteki/nankin2.html

>中国共産党は1938年1月の週刊誌「群衆」で、南京市の大虐殺について言及しています。「南京大虐殺否定論13のウソ」66頁参照。

実際に1938年1月の週刊誌「群衆」を読んで確かめたかい?

東中野最新論文を笑う#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 03:20 投稿番号: [1855 / 41162]
●ポイント1=「9分の1」

第6師団は南京に侵攻した9つの師団のうちの1つですね。ちなみに1師団は1万人以上です。

「9個の師団のうちの1つが虐殺をやっていない」=「南京では虐殺がなかった」という論理は、どうみても無理がありますね。
これが東中野氏の「手法」です。

●ポイント2=谷中将かく語りき
それから第6師団の最高責任者である谷中将自身、南京軍事法廷でこう述べています。
「被告の聞知するところでは、南京大虐殺は、中島部隊の属する南京攻略軍の主力方面の出来事」
中島部隊とは、第16師団のことです。
谷は明らかに「大虐殺」自体の存在を認めています。

この谷発言は、86年初版の中公新書「南京事件」(秦正彦)に掲載されていますが、今回の「正論」東中野論文では全く触れられていません。

これも、東中野氏の「手法」ですね。

南京大虐殺について、資料発見される

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/08/05 02:50 投稿番号: [1854 / 41162]
突然失礼します。
これ、読んで頂けますでしょうか。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&mid=81394

国民党と共産党の認識#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 02:21 投稿番号: [1853 / 41162]
ついでだから、国民党と共産党の認識についても触れておこう。

>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。

委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)
※田中正明先生は同委員会の結成を38年1月、つまり南京占領の後と述べている(『大東亜戦争の総括』)
確信犯的ペテンですね(笑)

それから顧代表の演説があったことは、既に述べたとおり。
※「話題になっていない」というのも、田中正明のウソ。

>この軍司令官兼軍事委員長の何応欽(カオウウキン)上将がまとめた軍事報告書があるが…第一級の公的史料である。
>しかしここでは、「(12月)12日…ついに南京放棄を下命した。敵は13日我が南京城を占領した」と報告があるだけで、虐殺やそれを匂わす記述は一切ない。

軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。
国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

>では、当時の中共軍や中国共産党の記録はどうか。当時の中共の『軍事雑誌』1938年6月20日刊行第109に初めて南京の戦闘記録がでてくるが、こでは、蒋介石や何応欽が部下を置き去りにして南京を放棄したことを非難しているだけ。

中国共産党は1938年1月の週刊誌「群衆」で、南京市の大虐殺について言及しています。「南京大虐殺否定論13のウソ」66頁参照。

その質問の前に。

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 02:20 投稿番号: [1852 / 41162]
>「どうせだから、有名な否定派・鳩さんのサイトから転載してあげよう」

>ネット上で提示できる文献ならば、どうしてここで提示できないのでしょうか?

>意図的に史料を隠蔽しながら紹介したのだとしたら、それは議論に対する貴方や彼の姿勢を明確に表しているといえますね

いい加減、自分の立証責任を果たしてくれんかね?

と、言うと「別の名前」が再質問してきそうだな(笑)

「知らないなら議論にならーん」と言うパターンも飽きたんだがね。

国際問題化をめぐって#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 01:43 投稿番号: [1851 / 41162]
人口論の部分についてはゆうさんがレスすると思いますが、枝葉末節の部分に横レスしておきます。

>また所々でダーディンの記事を根拠にあげているようですが、国際会議の演説で引用されたにも関わらず、その後は国際会議で完全に無視されて国際問題にすらならなかった程度の信憑性の記事を根拠に語ってるのですか?

反論する前に、maxelさんに確認したい。

(1)
アメリカ国務省は南京のアメリカ大使館から送信された大量の報告(「エスピー報告」を含む)を保管していた。その中にはダーディンの記事も含まれている。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

(2)
当時の駐日アメリカ大使グルーは、日本軍の殺人や多数の女子陵辱があったと認識しており、アリソン殴打事件については日本政府に抗議を行っている。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

(3)
第101回国際連盟理事会では、日本軍の空爆と、山東戦線における毒ガス使用を非難する提案が満場一致可決された。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

上の質問に対し「NO」の事項については、簡単な説明と出典を伝えよう。
「YES」の事項については、もう少し突っ込んだ議論をしよう。

YESかNOかで答えてほしい。

re:マギー証言

投稿者: ndaybreak 投稿日時: 2003/08/04 22:37 投稿番号: [1850 / 41162]
>ブルックス弁護人は、あえて「体験談」でないことを浮き彫りにして、
>証言が法廷に巻き起こした大きなショックを薄めようとする「法廷戦術」を
>使いました。それだけの話です。

ブルックス弁護人が反対尋問したところ、

『それが大きなショックを薄めようとする「法廷戦術」』であったと、
ありますが、貴方はどのようにしてそのことを検証されたのか失礼ながら、
教えてください。

>マギー証言

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/04 22:08 投稿番号: [1849 / 41162]
>以上のものを読んだ上での私の印象は、マギーという方は大変真面目な人物である、ということです。引用部分でも、マギーは何も嘘を言っていません。証言自体も、「聞いた話」なのか「体験談」なのかは、読めばはっきりわかります。

日本軍の「虐殺」を訴える為に映画まで撮っていたマギーが、何千何万と言われる「虐殺」を自分で実際に見たのは一件だけだったのですね?

その一件も、南京市内に便衣兵がまぎれている状況下での、日本兵に呼び止められた中国人男性が突如として逃げ出し、それを日本兵が撃ったというものだそうですが。

>ブルックス弁護人は、あえて「体験談」でないことを浮き彫りにして、証言が法廷に巻き起こした大きなショックを薄めようとする「法廷戦術」を使いました。それだけの話です。

↑これも「史料を総合した上でのイメージ」なのでしょうか?

>余談になりますが、「南京事件」論議では、「伝聞」であることを材料に証言・記録の信頼性を否定しようとする議論をよく見かけます。

コピペで失礼。

「マギーの息子がメディアと会見したときのビデオテープを改めてみてみると、そこにはいろいろな作為が残っていました。まず、彼の示した映写機と映像であるが、この中には虐殺された市民とはっきり言える死体は一つもありません。キャプション上は日本軍が残虐行為を働いたことにはなっているが、このフィルムでは、生きている人間が映ってはいても、例えば日本軍が捕虜を殺害する瞬間が載っていないとか、大量虐殺されたはずの死体と言われるものがあまり映っていないとか、どうも肝心でないものばかりでお茶を濁しているようです。

しかもそのマギー一家の証言の後に出てくる中国人女性の証言は、これまたいい加減なものです。李秀英という女性は開口一番、こう言っている。

「奴らの一人が叫んだんです。ここに女がいるぞーって。」

  彼女は一体、どこで日本語を学んだのか。当然、その日本兵は、日本語で言ったはずだが、南京には日本の租界はなかった。ところが彼女の証言は全部中国語で行われているし、日本語
と英語の同時通訳が付けられている点も興味を引く。本来日本語を話すことができない人が、何と
日本語を聞いて理解できたと言う。」

少なくても、俺はこんなマギー史料に信頼性は認められないのですが。

http://f1.aaacafe.ne.jp/~iserlohn/IrisChang.htm

>その信頼性は、証言の状況、証言者の資質、証言内容などで総合的に判断されるべきものであり、「伝聞」であることのみを理由に「信頼できない」かのように扱う議論は、あまりに一方的なものでしょう。

歴史学研究の方法論では、史料の信頼性を6段階に分けます。第一次史料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した史料を言い。第二次史料とは、当事者が、異なる時間か、場所で残した史料。

第三次史料とは、一、二次史料を基にして、編集・公表したものです。以上の3つを根本史料といい、歴史学研究はここまでの史料に基づかねばなりません。

第四時史料とは、史料作成の時・所・作成者が定かではない記録、第五時史料とは、史料作成者がいかなる方針で調整したか分からない史料、第六時史料とは、それ以外の記録です。これらは単なる参考史料と呼ばれ、それだけでは何の証拠にもなりません。

出所について、何の記載もない様なものは四等以下の史料に過ぎません。これだけを山のように積み重ねても、「大虐殺」の証明にはならないのです。

事件の当事者が出廷して証言をすれば、二等史料となります。それを反対尋問という形で、弁護側に検証の機会を与えるのが、裁判の常識です。

出廷もさせず、反対尋問の機会も与えられない、どこの誰だか分からない人間の証言とは、まさに五等史料に過ぎません。

マギーの場合は、延々と日本兵による殺人や強姦の事例を証言しましたが、ブルックス弁護人が「実際に自分で見たのは、そのうちの何件か?」と反対尋問したところ、マギーは一件を除いて、すべて中国人からの伝聞に過ぎないことを明らかにしたのです。

反対尋問により、マギーの証言は四等史料以下である事が明らかになったわけですが、その上でマギー証言は大筋では信頼性の高いものである、というのが貴方の判断なのですね。

「原文にあたってないなら議論なんて無しだっ」ってのが、いつものパターンかな。

「イメージ」で語る人口論

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/04 22:00 投稿番号: [1848 / 41162]
それではツッコミ入れておきましょうか。しかし南京虐殺肯定派の方がURLを出すのは素晴らしい進歩だと思ったのですが、見れば全部ご自分のHPとは・・・(汗)

>でもそれで終わってもつまりませんので、あえて私の「イメージ」を言いましょう。

>まあ断言はできませんが、5万人から15万人の間と考えれば、そう極端な間違いではないでしょう。

>「残留人数」は、数える人などいようはずもなく、今となっては全く不明です。しかし以上の資料を総合すると、少なくとも「安全区外の城内」を「無人地帯」と断定することはできないようです。(HPから拝借)

「安全区外の城内」を「無人地帯」と断定することはできないと言う控えめな記述の一方では、避難民や城内残留人口等があるからと人口が五万から十五万も増大する(かもしれない)と論じるわけですか。

実に肯定派に都合の良い、かつ大雑把な「イメージ」ですね。

「住民の中には調査員の手の届かぬ所に暮らしていた者もあった」と言う認識の上で人口調査したスマイスでさえ、そんな大雑把な人口修正は行いませんでしたが。

また所々でダーディンの記事を根拠にあげているようですが、国際会議の演説で引用されたにも関わらず、その後は国際会議で完全に無視されて国際問題にすらならなかった程度の信憑性の記事を根拠に語ってるのですか?

南京の人口25万という数字は1月中旬までに行なわれた日本軍の住民登録から推計したもので、南京陥落後の生存人口数と考えてよいでしょう。

この25万には (南京陥落時には存在しなかった)城外からの避難民と城外の住民が含まれているので、 陥落時の人口よりは膨れていると考えられます。結果として最大値として扱うのが妥当であり、実際にスマイスは陥落時の人口の最大値として25万を採用しています。

陥落後の生存人口25万は大規模な人口増減がないという前提であれば、そのまま陥落時の人口として見る事が可能です。

しかしスマイスは、調査報告において生存人口25万を陥落時の人口とはしませんでした。それは何故かというと、1月中旬に推計した25万は日本軍の住民登録からの推計であり、城外の人口も含まれていたから、実際に安全区に収容した人数は25万よりも少なかったということに気がついたのです。このことは戦争被害調査(スマイス調査)で判明したものと思わます。

戦争被害調査の段階でスマイスが調査できた市部人口は22万1150人にすぎませんでした。安全区に25万人を収容していたにしては少ないのですね。若干の人口流出はあったでしょうが、それよりも流入が多く人口は増加したとスマイスは語っています。

調査が行なわれた3月には城門の通行も自由化され城外から帰来した住民も居るはずなので、市部人口の22万はちょっと少ないと考えたのではないでしょうか。それらを考慮して「生存人口25万=陥落時の人口」という記述を避けて、20万〜25万という幅をもった記述にしたものと考えられます。

以上のことから、南京陥落から一貫して、スマイスは史料の上では人口が減少したという認識はなかったことが判明します。仮に「数万市民の大量殺戮」があったとしても、「南京の人口を調査したスマイスは知らなかった」ということになるでしょう。

スマイスの虐殺肯定の発言が「発見された」と言う方もいるようですが、スマイス調査を覆すような調査が行なわれたという資料が無い以上、現状ではスマイス報告の統計資料を明確に否定することは無理なのですよ。

>実際問題として、「スマイス調査」規模の、「6600人」あるいは「1万2000人」、あるいは板倉氏のように「24000人、うち不法殺害8000人から12000人」と
いう規模

スマイス本人が出した数値は6600であり、上記にかかれているそれ以降の数値は、後の研究者が付け足したものですね。

つまりスマイス本人の調査範囲の認識を故意に拡大したのが、現在の肯定派が主張している「南京虐殺の範囲」と言う事になります。

スマイス博士の史料より、自分の「イメージ」の方が正しいって?そうですか(笑)

http://members.tripod.co.jp/NankingMassacre/mondai/nankin.html#smythe02

msg1821は撤回ですか?

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/03 14:57 投稿番号: [1847 / 41162]
>yu77799さんの言うとおり、安全区外が無人だとするのは無理があるのではないでしょうか。

ということは、msg1821の発言は全面撤回ということでよろしいでしょうか。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=114358k2&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=1821

そうすると、私のmsg1819に戻る。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=1819

このmsg1819の主張に追い打ちをかけると、実は「城内が平和」だったか疑わしい文献は、いっぱいあるよ。松尾一郎氏のサイトに載っていないというだけで。

「避難途中の民」について。>ゆうさん

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/03 14:46 投稿番号: [1846 / 41162]
ゆうさん、さすがです。特に論の進め方が。
まさに「太陽と北風」ですね。
私は議論の進め方が単調なので、勉強しなければと思います。

話題が変わりますが、この1年くらいずっと気になるのが、城外の「住民」ではなく「難民」、正確には「避難途中の民」のことです。

もう少し具体的に言うと、対岸に避難しようと、12日までに下関あたりに滞留していた「避難途中の民」、それから陥落直前に城内から脱出を試みた「避難民」、そういった人たちのことです。

南京軍事法廷の認識する「殺された民間人」の多くは、こういった人たちのようです。
(以下ののサイトに大規模殺害地点の石碑文が掲載されていました)
http://www.mmjp.or.jp/nankin1937/atochi.html#SEC7

同認識によると、民間人死者のかなりの割合が南京陥落の13日以降ではなく、12日に長江上等で殺害、あるいは12日までに捕捉され後日殺害ということにあります。(逃亡兵と一緒くたに殺害)

そうすると、もし否定派が「人口」をうんぬんするならば、13日ではなく、市内戦が始まる直前の12月10日の時点の「人口」を吟味しなくては、南京軍事法廷への「反論」たりえない、というのが、私の考えです。
※こういう指摘はあまり見受けないのですが、既にどこかで議論されているでしょうか。

私個人は、この「避難途中の民」こそが、命を失った民間人のかなりの割合を占めるという「イメージ」を持っています。
(もちろん、南京軍事法廷のカウントする人数に同意しているわけではありません。人数への判断は保留です)
日本軍の戦闘詳報、「揚子江は哭いている」などがそのイメージの根拠です。笠原氏の「南京事件」にもそのような記述がありますが、史料の出典がないのが残念です。

以上、まとまりのない文ですみません。

スミス記者もいますよ。

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/03 13:38 投稿番号: [1845 / 41162]
donchiさん、「ドイツ外交官〜」には、ロイター通信のスミス記者の報告の抜粋が掲載されていますよ。

話変わりますが、「ドイツ外交官〜」の初版は2001年3月です。つまり2年以上前に、顧演説の存在が日本でも明らかになっていたわけですが、にもかかわらず松尾一郎氏のHPは2年間も修正を怠っていることになります。

あと素朴な疑問なのですが、田中氏の言う「120人」のうち、外国人特派員は何人なのか内訳がまったく不明ですね。
日本の従軍特派員は、1937年7月の新聞紙法27条ですべて陸軍の事前検閲が法的に義務付けられているから、報道の自由が保証されていません。したがって、外国人特派員が何人居たかが重要ですが、私にもはっきりした数は判断つきません。

マギー証言

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/03 07:39 投稿番号: [1844 / 41162]
最初にご注意申し上げますが、田中正明氏、東中野修道氏あたりの議論は、私には到底真面目なものと思われません。彼らが根拠として出してきた「一次資料」を並べて、間違いの多さに大笑いしながら読む、というのが、正しい読み方だと思います(^^)。

同じ「否定派」でも、板倉氏や「南京戦史」グループあたりの議論は結構真面目なものなのですが、このお二人には十分注意された方がよろしいかと・・・。


さて、「マギー証言の信憑性」に話が移りましたので、一言、申し上げます。

おそらくmaxell3585さんは、極東軍事裁判における「マギー証言」(「南京大残虐事件資料集1   P86以下)、及びマギーの日記(「目撃者の南京事件」所収。ただし省略が多いので、”EYEWITNESSES TO MASSACRE"で原文に当たった方が無難)を、まだお読みではないと思います。

手に入れるのが大変でしたら、例えば山崎豊子さんの「二つの祖国」(中)P431(新潮文庫)以下に、マギーが証言するシーンが出てきます。証言の引用は結構正確ですので、これでも一応の事は足りるでしょう。


以上のものを読んだ上での私の印象は、マギーという方は大変真面目な人物である、ということです。引用部分でも、マギーは何も嘘を言っていません。証言自体も、「聞いた話」なのか「体験談」なのかは、読めばはっきりわかります。

ブルックス弁護人は、あえて「体験談」でないことを浮き彫りにして、証言が法廷に巻き起こした大きなショックを薄めようとする「法廷戦術」を使いました。それだけの話です。


「伝聞」ということに対する私の一般的な認識は、ここに書いておきました。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/vautrin.html

>余談になりますが、「南京事件」論議では、「伝聞」であることを材料に証言・記録の信頼性を否定しようとする議論をよく見かけます。

>その信頼性は、証言の状況、証言者の資質、証言内容などで総合的に判断されるべきものであり、「伝聞」であることのみを理由に「信頼できない」かのように扱う議論は、あまりに一方的なものでしょう。


マギー証言の内容に関して言えば、マギーあるいは他の外国人が、被害者またはその関係者から直接に聴取したことが中心です。

細かいところでの間違いはあるでしょうが、大筋では信頼性の高いものである、というのが私の判断です。



繰り返しますが、くれぐれも、田中正明氏の書いたものは、そのまま鵜呑みにせず、必ず原典を当たって自分の目で確認することをお勧めします。

(120人云々もそうですが、面倒なので省きます。彼らが実際に何を証言しているのか、確認してから投稿した方がいいと思いますよ)

丁寧な書き込みですね

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/03 07:08 投稿番号: [1843 / 41162]
>そして、「マギー牧師の解説書」に見られる通り

マギー牧師とは、東京裁判でサントン検察官の直接訊問に答え、二日間に亘って日本軍の不法行為などを証言したが、ブルックス弁護人の反対訊問で、殺人一件、強姦二件、強盗一件を除いては、すべて伝聞証言であった事が明らかになった、お方ですね。

そのマギー証言を根拠にしておられるわけですか・・・

>さて、今度はmaxell3585さんの番ですね。もし、東中野氏のように「安全区外は無人地帯」である、と主張するのであれば、そのことを証明してみて下さい。無理でしょうけど(^^)。

yu77799さんの言うとおり、安全区外が無人だとするのは無理があるのではないでしょうか。

読みやすく説得力のある投稿ですね。

最後が切れました

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/03 06:41 投稿番号: [1842 / 41162]
*実際問題として、「スマイス調査」規模の、「6600人」あるいは「1万2000人」、あるいは板倉氏のように「24000人、うち不法殺害8000人から12000人」という規模の「民間人虐殺」を想定するのであれば、「人口論」など、問題になりません。ほとんど「誤差の範囲」での議論ですから。

私の「民間人虐殺数」の認識については、正直に「わからない」と申し上げておきます(^^)

安全区外の居住住民

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/03 06:31 投稿番号: [1841 / 41162]
まず確認しておきますが、「人口論」は、「否定」側が、「南京の人口は20万人だからこれ以上の虐殺はありえない」として持ち出してきたものです。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/jinkou.html

従って、「肯定」側は、「南京市の人口が何人であったか」を証明する必要はありません。「南京の人口は20万人だったとは言えない。安全区外、城外に、それなりの人口が存在しなかったとは言えない」ということを説明できれば、それで必要十分です。なお、「20万人ということはないが、何人だったかはよくわからん」というのが、私の考えです。



でもそれで終わってもつまりませんので、あえて私の「イメージ」を言いましょう。

南京陥落時の「安全区」人口が20万から25万の間であったことは、かなりの確度を持っていえると思います。問題は「安全区外」の「人口」ですが、「郷区」人口が戦前15万人だったこと、南京城内からの避難民の存在、城内残留人口等を考慮すれば、まあ断言はできませんが、5万人から15万人の間と考えれば、そう極端な間違いではないでしょう。(「虐殺数」の議論は、また別の問題です)


「安全区外の住民」証言は、「宝塔街」の8000人〜2万人規模の「キャンプ」以外にも、外国人側、日本側とも、結構存在します。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/anzentitaigai.html

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/nousonbu.html


そして、「マギー牧師の解説書」に見られる通り、「城内南部」での被害証言も少なからず存在します。これはマギーが被害者から直接聴取したものであり、細部の間違いはあるとしても、概ねのところでは信頼性の高いものであると考えられます。(今日アップのコンテンツです(^^))

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/anzentitaigai2.html


さて東中野氏は、上記データを無視して、「安全区外は無人地帯」と断言しました。どれだけアホなことを言っているかは、次をご覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/higasinakano92.html


中国側証言などを見ると、どうやら、南京陥落後に「城外」や「城内」から「安全区」に移った難民が多数存在していたようです(ソースは「この事実を・・・」ですので、もしご関心があれば一読を)。ラーベなどの認識も、その事実を裏付けます。

(なお余談になりますが、南京陥落から一定期間経過後は、「虐殺」と「生き残りの安全区流入」により、少なくとも「城内」に関する限り、安全区外は「事実上の無人地帯」となっていた可能性が高い、というのが、私の考えです)


なお、私の認識である最低の「5万人」というのは、「掴み」のものであるに過ぎません。ただし、スマイスの認識による民間人犠牲者1万2000人あるいは6600人(これは「城内」とその周辺」に限った最低限のものです。「南京市」の被害者数は、おそらくもっと多い)、下関のキャンプに残留した8000人から20000人、その他浦口や下関に残留した人数(金丸軍曹の手記にも出てきますね)、安全区へ流入した人数を考えると、「最低5万人」というのは、そう間違った認識ではない、と思っています。



さて、今度はmaxell3585さんの番ですね。もし、東中野氏のように「安全区外は無人地帯」である、と主張するのであれば、そのことを証明してみて下さい。無理でしょうけど(^^)。

念のためですが、最初に書いた通り、「安全区外にかなりの人口が存在したとは断言できない。従って安全区外は無人地帯である」という論法では、ダメですよ。最低でも、「郷区」人口15万人がそこにはほとんど残留していなかったこと、安全区外に「避難民」が存在していなかったことの「証明」が必要です。「証明責任」は、「否定側」にあるのですから。


・・・できれば私のHPをご覧いただいた上で発言していただけませんか?   私もいちいち説明するのが面倒ですので(^^)


*実際問題として、「スマイス調査」規模の、「6600人」あるいは「1万2000人」、あるいは板倉氏のように「24000人、うち不法殺害8000人から12000人」という規模

根拠無き虐殺

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/03 03:14 投稿番号: [1840 / 41162]
>判りません。「いる」ことを示す史料も、「いない」ことを示す史料もみたことがありません。

確かに特派員は119人だったかもしれないし、121人だったかもしれまんせん。

しかし南京大虐殺などというような記事が、ダーディンら以外の特派員から流布された事実はあるでしょうか?

身元のわからない捏造写真は、山ほど出回っているらしいですけどね。

特派員から虐殺を示す写真が出されたことは?南京虐殺が国際問題になったことは?

それらの疑問を裏付ける、URLを出しておきましょう。

「人権にやかましい欧米の政府やマスコミが、何10万の大虐殺を見逃すはずがない。当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。わずか2人の記者が日本軍の暴行を記事にしたが、各国の大新聞が、南京でおこったはずの「大虐殺」を報じ、非難した形跡が全く残されていないのはどういうわけであろうか。

言うまでもなく、当時日本軍と戦ったのは、蒋介石率いる国民党政府とその軍隊である。この軍司令官兼軍事委員長の何応欽(カオウウキン)上将がまとめた軍事報告書がるが、これは実に詳細を極めており、南京戦での死傷者は将校・下士官兵に分けて10の単位まで些細に戦闘状況を記録した第一級の公的史料である。
  しかしここでは、「(12月)12日…ついに南京放棄を下命した。敵は13日我が南京城を占領した」と報告があるだけで、虐殺やそれを匂わす記述は一切ない。
  では、当時の中共軍や中国共産党の記録はどうか。当時の中共の『軍事雑誌』1938年6月20日刊行第109に初めて南京の戦闘記録がでてくるが、こでは、蒋介石や何応欽が部下を置き去りにして南京を放棄したことを非難しているだけ。
  もし大虐殺が行われていたら、これこそ絶好の抗日宣伝の材料として戦闘を煽ったであろうが、南京虐殺にはなにも触れていない」

http://www.kokusairinri.org/database/27.html

大虐殺があったと言うのなら、その根拠を示しましょう。

言い直すそのわけは

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/03 02:03 投稿番号: [1839 / 41162]
>あれ?論点そのものが変わっていないのなら、何で「言い直す」のですか?

1776でも指摘されていますが、あなたは身の無い揚げ足取りのみに執着する、有名な方ですね。

>そういう状態では、同意も反論もできないではありませんか。

くだらない揚げ足取りと言う認識が間違っているのなら、あなたの質問が、御自分で立証できる有用な議論の必然性である証拠を示して下さい。

ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのかどうかは答えられますか?

>>冷静になってください

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/03 01:56 投稿番号: [1838 / 41162]
>それで、ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのかどうかは答えられますか?

判りません。
「いる」ことを示す史料も、「いない」
ことを示す史料もみたことがありません。

そもそも、ダーディンら2名以外に、何人の特派員が居たのか、私には判りません。
それが判るような「史料」を読んだことがないので。

じゃあ、何で「言い直す」の?

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/03 01:49 投稿番号: [1837 / 41162]
>>>ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのですか?

>>あれ?何で言い直すのですか?なぜ、言い直す理由をはっきり書かないのですか?

>論点そのものは変わっていませんが、不都合でも?

あれ?論点そのものが変わっていないのなら、何で「言い直す」のですか?

言い直す必要を感じたから、書き直したのでしょ?
言い直した理由を、述べてください。



>>120人という田中氏の認識の「ソース」を提示できない、ということでしょ?

>120人いたと言う記述のソースは提示しましたが、

私が提示を求めたのは、『田中氏が「120人」と述べる根拠となった史料』。#1826を見てね。

それに対しあなたが提示したのは「田中氏の記述」。
でも、私が提示を求めているのは「田中氏の記述の根拠(となる史料)」。
だから、あなたは「ソース」を提示していないの。

いま私は、田中氏の言っていること(120人)の信憑性を検証しようとしているの。
で、彼が「何を根拠に」言っているのか不明では、その信頼性を検討しようがないですか。
そういう状態では、同意も反論もできないではありませんか。

>冷静になってください

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/03 01:46 投稿番号: [1836 / 41162]
>それに、私は同演説は先に紹介した本で読みました。私は、それが転載されているHPのURLは知りません。知らないからURLを紹介することなどできません。

それもそうですね、失礼。

でもこれで「被害者だ、こんなの相手にしてられん!」ってキレないで下さいよ?

これも肯定派の常套手段ですので。

それで、ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのかどうかは答えられますか?

冷静になってください

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/03 01:12 投稿番号: [1835 / 41162]
>ネット上で提示できる文献ならば、どうしてここで提示できないのでしょうか?

go氏に聞いてください。
私は提示しましたが。

>意図的に史料を隠蔽しながら紹介したのだとしたら、それは議論に対する貴方や彼の姿勢を明確に表しているといえますね。

go氏はともかく、なぜ私の姿勢が表れるのでしょう。
私が顧代表演説の問題で発言したのは#1827「非難演説の出典」が最初です。最初から出典を紹介しています。
演説の内容は既にgo氏が#1813で紹介しており、重複して掲載する必要ないでしょ?

それに、私は同演説は先に紹介した本で読みました。私は、それが転載されているHPのURLは知りません。知らないからURLを紹介することなどできません。

冷静になってください。

このトピ

投稿者: toku_teku_muda_tate_chan 投稿日時: 2003/08/03 01:01 投稿番号: [1834 / 41162]
「南京」と「従軍」は分けて議論した方がいいんじゃない?

南京は今、2チャンでやってるよ

肯定派論法

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/03 00:34 投稿番号: [1833 / 41162]
>そして、全ての文献の内容がHPに転載されているわけではありません。

確かにそうですね。

>歴史学の議論では文献史料の出典を提示することがソースの提示であり、HPのURLを出すことがソースの提示ではありません。

↓しかし彼はこう発言しているのですよ。

「どうせだから、有名な否定派・鳩さんのサイトから転載してあげよう」

ネット上で提示できる文献ならば、どうしてここで提示できないのでしょうか?

意図的に史料を隠蔽しながら紹介したのだとしたら、それは議論に対する貴方や彼の姿勢を明確に表しているといえますね。

>>ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのですか?

>あれ?何で言い直すのですか?なぜ、言い直す理由をはっきり書かないのですか?

論点そのものは変わっていませんが、不都合でも?

>120人という田中氏の認識の「ソース」を提示できない、ということでしょ?

120人いたと言う記述のソースは提示しましたが、それに異論があるなら是非反論して下さい。

>「max氏は「120人」のソースを提示できない」異論はありますか?

donchikochiさんは、120人いたとする記述そのものに反論するソースを提示できない。

異論はありますか?

>論点をコロコロ変えないで、一つ一つ決着させたほうがいいと思いますが。

田中氏の主張への明確な反論で、是非決着させて下さい。それと南京虐殺は、国際問題になったのですか?(これも一連の重要な論点ですね)

>歴史学とは無関係に「ソース」を定義するのなら、ご勝手に。ただし、誰にも相手にされないと思いますが。

自分から言っておきながら、主張を裏付けるURLが出せないから逃げてしまうのは、南京虐殺肯定派の方の常套手段なのですよ。

結局「ソース」提示できないの?

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/03 00:09 投稿番号: [1832 / 41162]
>>>120人の特派員がいながら、なぜダーディンを含む二人しか虐殺を目撃していないんだ?

>>120人の特派員が居た、という「ソース」は自分で提示しないの?

>それでは言い直しましょうか。

>ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのですか?

あれ?何で言い直すのですか?
なぜ、言い直す理由をはっきり書かないのですか?

つまり、120人という田中氏の認識の「ソース」を提示できない、ということでしょ?

「max氏は「120人」のソースを提示できない」
異論はありますか?

論点をコロコロ変えないで、一つ一つ決着させたほうがいいと思いますが。

ソースとはHPのこと?

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/03 00:00 投稿番号: [1831 / 41162]
>ちゃんと閲覧者にも見れる、まともなHPのURLを一つでも彼は出しましたか?

あなたの言う「ソース」とは、HPのことですか?

>それが無ければ、あなたの「顧・中華民国代表の演説は「ドイツ外交官の見た南京事件」(石田勇治翻訳・編集)の資料40に掲載されていますよ」の書き込みも、彼の口先だけと「同レベル」なのです。

あなたが「同レベル」と認識するのは、勝手です。

しかし、歴史の議論においてはHPが「ソース」ではありません。「ソース」とは、第一義的には文献史料です。
そして、全ての文献の内容がHPに転載されているわけではありません。

したがって、歴史学の議論では文献史料の出典を提示することがソースの提示であり、HPのURLを出すことがソースの提示ではありません。

歴史学とは無関係に「ソース」を定義するのなら、ご勝手に。
ただし、誰にも相手にされないと思いますが。

分かってないようですが

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/02 23:16 投稿番号: [1830 / 41162]
>ところでgo氏は、「ドイツ外交資料」と書いていますから、不完全とはいえmax氏よりはまともな「ソースの提示」という考え方もあるでしょう。

随分苦しい言い訳で(笑)

それでは言い直しましょうか。

ちゃんと閲覧者にも見れる、まともなHPのURLを一つでも彼は出しましたか?

それが無ければ、あなたの「顧・中華民国代表の演説は「ドイツ外交官の見た南京事件」(石田勇治翻訳・編集)の資料40に掲載されていますよ」の書き込みも、彼の口先だけと「同レベル」なのですよ。

>>120人の特派員がいながら、なぜダーディンを含む二人しか虐殺を目撃していないんだ?

>120人の特派員が居た、という「ソース」は自分で提示しないの?

それでは言い直しましょうか。

ダーディンを含む二名の特派員の他に、虐殺を目撃した特派員はいるのですか?

当時の南京にいた特派員は二人だけですか?

「12月13日の陥落と同時に入城した新聞・雑誌社の特派員やカメラマン(外人記者5人を含む)は約120人もいた。そのほか占領直後に入城した大宅壮一、西條八十、草野心平、小林秀雄、石川達三、林芙美子といった著名は評論家、詩人、作家など10数名が取材に当たっているが、誰一人として死体の山も血の河も集団殺人場面も見ていない。   現在の教科書では「国民には知らされなかった」とあるが、当時の軍も政府も、箝口令(カンコウレイ)などひいてはいない。記事も写真も自由だった」

↑つまり、なんでもいいからこの記事を信じたくないだけなのですね?

その割に、田中正明の主張そのものに対する反論もなされていませんね。

>ちなみに、「田中正明がそう述べていた」というのは、ソースとは言わないと思いますよ。

>田中氏が「120人」と述べる根拠となった史料(一次だか二次だかはわかりませんが)のことを、ソースと言うのではないでしょうか。

それなら顧・中華民国代表の演説したというだけで、ニューヨークタイムズの記者の記事も正しいとは言えませんね。

そのURLは未だ出されていませんが。

>人のことをどうこう言う前に。「ソース」を提示しましょう。

俺もあなたに対して同じ事を考えていますよ。

>>ご自分のソースの提示は?

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/02 22:25 投稿番号: [1829 / 41162]
>まともなソースを一つも出せない誰かさんにも、出来るものなら同じ質問をしてあげなさい(笑)

だから、120人居たということを示すソース(史料)は?
maxさんも、「ソース」は提示していないのですよ。人のことをどうこう言う前に。
「ソース」を提示しましょう。

ところでgo氏は、「ドイツ外交資料」と書いていますから、不完全とはいえmax氏よりはまともな「ソースの提示」という考え方もあるでしょう。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)