南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 松井日記改竄に関する板倉見解

投稿者: histograph 投稿日時: 2006/07/06 01:49 投稿番号: [10629 / 41162]
あらら、板倉氏はかつてこう発言していたんですがね。

松井岩根大将「陣中日記」改竄の怪
日中戦争研究の第一級資料の活字本は、かくも原資料と異なっている――近現代史研究者への警告
...
最後まで目を通した私の結論から言おう。発見された「改竄」は、脱落だけならまだしも「書き加え」まであり、しかもそれらはすべて「南京事件否定」の方向で行われている。これは明らかに編者・田中氏の意図的行為であると断ぜざるを得ない。 (『歴史と人物』60年冬号、p.139)
資料のでどころ=http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3924/article/tanakam.html

Re: 松井日記改竄に関する板倉見解

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 01:47 投稿番号: [10628 / 41162]
学者が学者に対して下記のようなことを書くのは、最大限の辛らつです。

『・・・実際九百ヵ所のうちのほとんどは、いわば無害の読みちがい、送り仮名などのミスでした。が、それを除いても(A)悪質な書き加えや脱落で、しかも意図的とみられるもの、(B)小さな誤読だが、全体の状況に大きな影響を与えるもの、この二つがかなりあることがわかったのです。・・・』

板倉氏が肯定派の朝日新聞を「悪乗りするなよ」と批判したからといって、田中氏の改竄行為にエールを送ったわけではありません。

nmwくんの引用では改竄の臍の部分、《悪質な書き加え》とは何かが、全く隠されています。ごじゃごじゃいっぱい書くと、肝心要が隠れますね。上手な手法ですね。

そこで分かりやすい資料サイトを紹介します。
戦史研究所
http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/7kaizan.htm
(部分部分をクリックしながら読み進めてください)

「かねてから南京に何万という大虐殺が行われたという説に疑問を抱いていたが、このたび発掘された松井軍司令官の陣中日誌を読むにおよんで、南京虐殺は全くの虚構であるという確信を得た。近くこの虚構を本にして世に問うつもりである」
  (「松井石根大将の陣中日誌」 P40)

と高らかに謳いあげて出版したものを、改竄発覚後は次のような言い訳。
こんな言い訳が果たして成り立つのでしょうか?

「「南京事件」を隠すために、意図的に改ざんしたものでは毛頭ありません。だいいち大将の日誌には、南京に“虐殺”事件があった、なかった、などということとはまったく無関係なのです。」   「月刊評論八三四号」

せっかく否定論を地道に積み上げているのに、全く研究者道にもとる改竄でぶち壊すとは何事だ!当然の板倉氏の憤りでしょう。

Re: nmwくんの偏断(2)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 01:47 投稿番号: [10627 / 41162]
> 畝本正己氏が、不法処理0を主張してないことは確かだ。

  不法殺害の可能性がゼロでないことは「南京戦史」にも記されている。
  #10494を読み直しなさい。

  それから、いくら同じ文章を引用しても反論にはならんから止めておきなさい。
  鬱陶しいだけだから。

Re: nmwくんの偏断(3)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 01:42 投稿番号: [10626 / 41162]
> nmwくんの高橋登志郎氏の切り取りには驚いた。
> 切り取りの仕方で、全く文意を逆に出来る驚くべき例である。

  何が逆なのやら・・・
  加登川氏の謝罪が、事前の同意なく、また畝本氏等に知らされることもなく、独断で挿入されたことは、加登川氏を庇う高橋氏も認める事実なのだがね。

  それに、そんなに前後の事情の全てを明らかにしたいなら、高橋氏の釈明文だけでなく、各氏の投稿にある
「特に結論においては直接中国人民に謝罪の意思表示がなされていますが、このような政治的発言は偕行社としては筋違いであり、筆の走りとして看過し得ないものを感じます。」
「畝本氏の熱心な記述最終回で、既に総括的結論が出ており、会員もそれを理解し、それぞれ定見を抱いていたのに、偕行編集部が、水を差し、畝本研究を覆すような総括を出したことは、畝本氏に対しての侮辱であり、憤激に耐えない。」
「「長嘆息のほかない」については、前述の展開で「クロ」だとする論理はとうてい成立しないと思う。」
「然るに豈図らんや最終段階に於てあの様な成論を聴かんとは加登川様貴殿個人の御意見として別の機会に稿を改めての話ならば敢えて異論は差し控えますが今正に定着せんとする虚構の論を駁砕して真実を闡明すべく畝本氏を中心に皆が協力して居るというのにその最終回にこの様な「総括的考察」は些か的外れた場違いの様に思いますが如何なものでしょうか」
  といった批判の数々を紹介しないのは随分と片手落ちだと思うが。
  まあ、「ゆう」氏のHPに書かれていないのであれば君が引用できなくても仕方はないか。

Re: 東中野先生は=原告が被告になりました

投稿者: histograph 投稿日時: 2006/07/06 01:36 投稿番号: [10625 / 41162]
thirteen_satanさん:>
>意図的か無意識か知らないが、
>経緯を略してはいかんな。

事実を正確に書いたまでですが、何が「意図的か無意識」なんでしょうか(^^;

>だから共産支那での訴訟に対する反訴と言ったのだが

そういうのは、どういう意味でも反訴とは呼びません。

>こうなると日本国内での裁判で2と3を同時に行う意味はないな。
>よって2を取り下げたと言う事だ。

反訴とは何か分かっていないので、そういうでたらめが言えるのですよ。
そもそも、東中野が提訴した理由のひとつは、問題の本は日本で出版流通しているものだから、夏さんの名誉毀損事件は日本の裁判所に管轄があるというものです。

結局、東中野修道が日本で訴訟を起こしたので、夏さんは日本でも提訴することになったわけです。

東中野先生は、中国の司法事情や夏さんの生活環境を知ったうえで、夏さんが応訴してこないものとみて日本で欠席裁判にして勝訴できると思った可能性があります。(実際、欠席裁判で東中野勝訴となる場合もありえました。)そのため、東中野は日本での訴訟を関係者以外は誰に知らせなかったと考えられます。夏さんも最近になってこの訴訟を知りました。あなたは、東中野が昨年の1月に提訴したことを知っていましたか?夏さんが反訴してから、その事実を知ったんでしょ?

>それで何が言いたいのかね。

なんで、そんなくだらないことにこだわっているのか知りませんが、事実を正確に書いたまでです。

Re: nmwくんの偏断(2)

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 01:27 投稿番号: [10624 / 41162]
畝本正己氏が、不法処理0を主張してないことは確かだ。

次に、加登川氏の文章
http://www.geocities.jp/yu77799/giseisha.html   より
==========
次に紹介するのは、雑誌「偕行」の「証言による南京戦史」最終回に掲載された、加登川氏の見解です。

『偕行』編集部(執筆責任者   加登川幸太郎)   1985年

  結局、不法処理の被害者の数はいくらか

  これは大難題である。この戦史(ゆう注.「証言による南京戦史」)の最後のところで最も難しい問題にぶつかったの感がある。

  この戦史が採用してきた諸資料にはそれぞれの数字がある。だがこれらはもともとが根拠の不明確な、いわば疑わしい数で、その真否の考証も不可能である。その数字をあれこれ操作してみたところで、「ほんとうか」と問いただされても明確に返答し得ない数字になるだけである。史料の確からしさの判定は読む人にもよろう。畝本君や従軍将兵の諸氏には、あの南京戦場を走りまわった体験から、そこに起こりうる事象の大きさについての個人的感触を持っている。巷間喧伝される数字がいかに大きくとも、そんな膨大な数があの狭い場所でと、納得できないところがあるのである。ここにこの推定集計の難しさある。だがなにがしかの答えは出さざるを得まい。

  まず、畝本君の判決である。

<参戦者の証言資料によれば不法に殺害したとされる事案に多くの疑問があるが、今日においてその真偽を究明することは不可能である。況んや広い戦場において「虐殺か否か」を一々分別し、虐殺数を集計することなど今においては不可能事である。

  人はよく質問する。「虐殺の真数はいくらか」と。

  「ある程度は推定し得るが、真相はわからない。強いていえば、不確定要素はあるが、虐殺の疑いのあるものは三千乃六千内外ではあるまいか」、と私は答えるしかない。>

  三千はもとより六千とは途方もない数字である。

  何処で何時不法処理が行われたろうかの事例は前号までの戦史で述べた。第十三師団の幕府山付近、第十六師団の下関付近、第九師団の城内掃蕩、第十六師団関係城内敗残兵摘出、その他各師団の掃蕩など、事例は、判明している限りを明記した。読者諸君それぞれに推定し、そして集計することが可能なはずである。

  そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。

  同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。

  従って南京の不法殺害は計一万三千人である。板倉氏はこれが「現時点での」推定概数であるとする。これまた、途方もなく大きな数字である。

  畝本君の三千乃六千、板倉氏の一万三千、共に両氏それぞれの推定概数であって、当編集部としてこれに異論を立てる余地は何もない。これを併記して本稿の結論とする。  

  中国国民に深く詫びる

  重ねて言う。一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。

  日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。

  旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。

(「証言による南京戦史」(最終回)   <その総括的考察>   =   「偕行」1985年3月号   P17〜P18)
============

Re: nmwくんの偏断

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 01:16 投稿番号: [10623 / 41162]
  君の人間性を如実に表しているからタイトルはそのままにしておこう。

> でもね、皮肉なことに
> 私が説明した、
> (1)「証言による南京戦史」と「南京戦史」の間には政治的バイアスがある
> (2)「証言による南京戦史」を廃棄し「南京戦史」を取り上げたい意図
> を、君の文章は見事に裏側から証明してくれたね。

  自意識過剰じゃないか?
  何を証明されたというのかね。
  畝本氏の見解は、最初から「南京戦史」に近いものであり、政治的なバイアスによる書き換えなど無かったと言っているのだが。

> それに資するには、この問題に対する経過、各当事者の文章が詳しい、ゆうさんのサイトを読めばいい。

  生憎だけど、私はこのサイトで「略」とされている部分についても全文を資料として持っているよ。

> はたして畝本氏は、nmwくんがいうように、加登川氏によって闇討ちに合ったのか?

  謝罪について事前に知らされていなかったのは事実だな。

> 畝本正己氏   1985年

  おや、出てきたか。
  少し君を見くびっていたようだ。
  尚、正確を期すとこの出典は『偕行』昭和60年5月号『「証言による南京戦史」<会員投稿に答える>』だな。
  さて、この(1)〜(6)の根拠だが、先入観を取り除いてその内容だけを見てみようか。
  根拠(1)については、便衣兵であれば不法殺害と断定できない、としているな。
  根拠(2)については、虐殺とは断定できないが、不法殺害の疑いが濃い、だな。
  根拠(3)については、虐殺と断定はできない。
  根拠(4)については、約千名内外の殺害。
  根拠(5)については、根拠のない全くの推定に過ぎないと判断。
  根拠(6)については、不法行為と断定できない。
  不法殺害と断定しているのは(4)だけだ。それにいずれの「根拠」も、(4)も含めて、更なる検証が必要と考えられていることが窺われる文章だ。
  その検証を加えた成果が「南京戦史」だ。
  どちらを重視すべきか、普通の人間には自明のことだと思うがね。

Re: nmwくんの偏断(3)

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 01:09 投稿番号: [10622 / 41162]
nmwくんの高橋登志郎氏の切り取りには驚いた。
切り取りの仕方で、全く文意を逆に出来る驚くべき例である。

http://www.geocities.jp/yu77799/kaikou.html   より
============
「南京戦史の総括的考察に反対された方へのお答え」より

「偕行」編集担当常務理事    高橋登志郎


  加登川サンが総括したこと

(略)

  3月号の加登川論文は突然出て来たのではないのである。そしてこの論文は、加登川サンの原案を、1月12日丸々一日かけて、畝本サン、戦史部の森松サン、原サン、及び私と細木君とで十二分に検討し、畝本サンの全面的同意を得て出来上がったものである。

  そもそも59年4月号より連載された畝本論文は、それまでに得られた証言・資料をもとにして、言わば見切り発車した論文であった。しかも畝本サンは当然であるが、シロとあれかしと願う心が強かったので   ―   もちろんこれが畝本サンのエネルギーの源泉であったが   ―ハイ色やクロの証言は証拠不充分として、没にしていたものもあったのである。

  逐次戦闘加入した畝本論文も、一次資料にもクロが出だすと、クロ証言も取り上げざるを得なくなった。正に軌道修正である。  

  従来のシロ主張論は通らなくなったのである。8月号以降をもう一度読んで戴ければ解る。畝本サンはいろいろな面でお困りになったと思う。「困った、困った」と苦渋に満ちた顔は忘れられない。

  畝本サンがたとえ3千でも、クロの結論を書くことは非常な決心が要ることであった。140名を超すシロ主張の各部隊の方々の名前や顔が浮かんでくるであろう。クロやハイ色の結論を書けるわけがない。「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは3千乃至6千」とご自分の頭にありながら、畝本論文の2月号における最終回論文においても、畝本サンはもろもろのクロ、ハイ色証言を殆ど否定されておられるのである。こういう畝本サンの心情を察知された加登川サンが「俺が書こう」と言いだされたのである。

  正月休みに非常な決心をもって締めくくりの原稿を書かれた加登川サンには、今年の正月の酒は極めて苦い酒であったと思う。

  この原稿が活字になるまでは前述した。

  畝本サンはいやいや加登川サンに譲ったのではない。「加登川サンが書いてくれてホッとした」という私に洩らされた畝本サンの一言がすべてを物語っていると思う。

(P10)

中国国民に詫びたこと

  前述の通り加登川論文は畝本サンを含めて我々の同意のもとに活字になったのであるが、この「中国国民に深く詫びる」の12行の文字だけは送稿直前に入れられたもので、我々は後にこれを追認したのである。

1月12日の会合で出た我々の修正意見を入れて、3月号原稿を書かれた加登川サンとしては、これだけのことを書いて、中国国民に何の会釈もしないで、通り過ぎることはできなかったのである。

  謝ったのは加登川サン個人である。文責は加登川幸太郎にあると明記している通りである。そして我々は追認した。それはこの非常な勇気(井本熊男談)をもって書かれた加登川サンの心情を思えば極めて当然の文章であったからである。会員の中で謝りたくない方は謝らねばよいと思う。しかし私のところには謝ったことを特に評価して、多くの会員から電話を戴いた。

  その電話の中に「長い間胸につかえていたものがスッと下りた気がする」と言ってきた人がいる、また「全く素晴らしい」という人、「人間として当たり前である」という人等さまざまである。繰り返して言うが謝るも自由、謝らないのも自由である。


(P10〜P11)

thirteen_satanさんへ

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/07/06 01:06 投稿番号: [10621 / 41162]
了解致しました!

Re: nmwくんの偏断

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 00:53 投稿番号: [10620 / 41162]
10597に君が書いたことこそ、nmwくんの偏断ではないかね。
大大先輩の加登川氏を貶める(ひいては畝本氏も貶める)

でもね、皮肉なことに
私が説明した、
(1)「証言による南京戦史」と「南京戦史」の間には政治的バイアスがある
(2)「証言による南京戦史」を廃棄し「南京戦史」を取り上げたい意図
を、君の文章は見事に裏側から証明してくれたね。

あとは、加登川氏という人物がはたして、独断専行で畝本正己氏の真意を押さえ込んだのだろうか?

君の細切れ引用の仕方は、彼が悪漢であることを前提にしたような、加登川氏に対して失礼なやり方である。また、畝本正己氏の文章もきちんと読まねば成らぬ。

それに資するには、この問題に対する経過、各当事者の文章が詳しい、ゆうさんのサイトを読めばいい。

「偕行」の「お詫び」 ー「証言による南京戦史」(番外)よりー
http://www.geocities.jp/yu77799/kaikou.html
●加登川幸太郎氏●畝本正己氏
http://www.geocities.jp/yu77799/giseisha.html

はたして畝本氏は、nmwくんがいうように、加登川氏によって闇討ちに合ったのか?

畝本正己氏   1985年
===========
  私の結論は3月号記述のとおり、「ホントウの数は解らない。強いて言えば、不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは三千〜六千」と推定した。その根拠を述べる。

(1)歩兵第七聯隊が15、16日、難民区掃蕩の際、潜んでいた敗残兵約千名を下関で銃殺したという証言(便衣兵であれば不法殺害とは断定できないが)。

(2)佐々木元勝氏、住谷盤根氏の証言。

   ―12月16日、下関埠頭で約二千名銃殺。これは泰山弘道氏(第三艦隊軍医大佐)が17日朝、下関の江岸一帯で目撃した中国兵の死体と同じものと推定される。この(1)、(2)は重複したものかも知れないし、収容した正式の捕虜の殺害か、敗残兵・便衣兵の殺害か、判別できない。虐殺とは断定できないが、不法処理の疑いが濃い。

(3)石松政敏氏、松川晴策氏の証言。

  下関埠頭で15〜16日、便衣兵(捕虜)の処分。―便衣兵の処分か、捕虜の殺害か判別できないが、昼間と推定されるので(1)、(2)とは別のものであろう。昼間の処分であるから、便衣兵処分の公算が大きいが、その数は不明であるが、処分方法からみて、数百と推定される。

  以上を集計すれば、不法処理の疑いのあるもの約三千となるが、虐殺と断定はできない。

(4)歩三三戦闘詳報にある「14日、捕虜三〇九六の処断」。これは記述のとおり、平井氏、堤氏は強く否定された。しかし、捕虜と記しているので、正式に収容したものと考えざるを得ない。その数は、当時の戦果報告が誇大であったことは確実であるから、約三分の一と推定すれば、約千名内外が殺害されたのではあるまいか。

(5)各師団の個別的処分数の推定。

  第六、第百十四、第九、第十六師団、各五百名として約二千名。

  これは根拠はなく、まったくの推定に過ぎない。第一線部隊とすれば、戦闘行為の継続と考えていたのかも知れないが。

(6)その他、城内、城外敗残兵の掃蕩

  下関を含む各所で処分しているが、これは、不法行為とは断定できない。

(「偕行」1985年5月号   P8)
-------------------------------------------- 

「証言の重さ」について
編集委員   細木重辰

  (略)

  初陣であられた畝本氏が南京戦における国軍の潔白を信じ、それを証明したいと念じられたのは、私自身の乏しい戦場体験に照らしても当然です。その立論の根拠はまずご自身の実戦体験であり、その動機は戦後数十年を閲して突然にして報道されたかの莫々大な「数字」です。

  ところが私どもにとって最も衝撃であったのは探索のすえ歩兵第三十三聯隊の戦闘詳報のちぎれ残った紙片の中から初めて「俘虜ハ処断ス」の文字を見出したときで、その時に畝本氏が洩らされた苦渋に満ちた「困った」の一言はよく覚えております。これは一面、氏の誠実さを物語るものでありますが、私どもも一次資料のその重さ、怖さを身にしみて感じました。

  その後、お読みのように甚だ遺憾な証言・書証が多く発掘されてきたのですが、「南京で何が行われたか」を明らかにするという自らに課した編集態度は、どんなにつらくてもくずすわけにはまいりません。

(以下略)

(「偕行」1985年5月号   P8〜P9)

====================================================== =

畝本正己氏が\xA1

松井日記改竄に関する板倉見解

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 00:45 投稿番号: [10619 / 41162]
※なお、田中正明氏とは、『松井石根大将の陣中日記』改竄でゆうめいである

wikipediaの記述は以下の通りだね。
『田中は、本書を1985年芙蓉書房から出版したが、その際、松井日記の記述を日本軍に有利な方向に捻じ曲げる「修正」を行なった。「南京占領後の態度方針を説明するため外人記者団と会見をした」といった原文にない記述を追加した上、注釈として「松井大将が『南京虐殺』に関する質問を受けたという様子が全くみられない」などと述べるなど深刻なものも多く、細部まで含めると「修正」箇所は300ケ所以上に及ぶ。その事実は、「中間派」である板倉由明によって指摘された。』

  では板倉氏が実際に何と指摘しているのか見てみようか。

  文藝春秋昭和61年1月号板倉由明著「松井石根日記の改竄について」より引用。
『・・・では、一体、どんな改竄が加えられていたか。異同は全体で九百ヵ所に及びます。ただし、これだけとりあげて報道するのは田中氏に気の毒でしょう。氏は文章読解の専門家でもなく、どうしても誤りが生じるのも無理はないからです。実際九百ヵ所のうちのほとんどは、いわば無害の読みちがい、送り仮名などのミスでした。が、それを除いても(A)悪質な書き加えや脱落で、しかも意図的とみられるもの、(B)小さな誤読だが、全体の状況に大きな影響を与えるもの、この二つがかなりあることがわかったのです。・・・』
『・・・一体、田中氏はなぜ改竄しようとしたのか。原本を読む限り、その意図を理解するのに大変苦しみました。なぜなら、松井日誌の原本をそのまま公開しても、何ら「南京大虐殺」の存在を証明するものではないからです。朝日新聞の<深層   真相>(11月25日)には<自分の「創作」した文を勝手に加えたりして、ひたすら虐殺の事実をかくすための工作につとめている>とありますが、日記の改竄は、決してそのことにはつながっていないのです。・・・』
『・・・また、弁護をするわけではありませんが、洞氏が、全くの創作とした前出の<終戦後暫くして……>の部分は、たしかに日記にはなくとも、それに類する発言は存在するのです。たとえば、松井石根宣誓口供書には、・・・
(中略)
・・・記者会見の部分以外はほとんどそっくりの文言が記録されています。田中氏の資料の処理は間違いですが、松井大将の心情が、必ずしも改竄されたわけではないのです。つまり、加筆したことは、行為としては誤りでも、加筆した記述は、松井大将の心情とさして異なっていないものもあります。・・・』

「本当はこうだった南京事件」の中では、「涙の訓示」に関連して312頁でこういう指摘をしている。
『実は先に田中氏の記した訓示は、松井日記の欄外に記された、当日午前首都飯店で開かれた参謀長会同における訓示で、それに「式後」の二字を書き加えて、慰霊祭後の訓示のように装ったものであった(この時までに松井日記の原本に目を通していたのは田中氏だけ)。田中氏は松井日記の各所を改ざんして発表しているが、この「訓示」もその一つである。これは、田中氏自身にとっても惜しいことであった、というのは、この時田中氏が日記を忠実に読んでいれば、慰霊祭後の「訓示」の存在そのものに疑念が湧くはずで、そもそも慰霊祭後に訓示が無かったことになれば、当然「歴史」は書き換えられ、秦氏との論争は田中氏の勝ちであった。』

  これについては一点補足しておこう。
  松井大将が東京裁判公判に備えて書いた「支那事変日誌抜粋」には訓示について
『予は南京入城翌日(12月17日)特に部下将校を集めて厳にこれを叱責して善後の措置を要求し、犯罪者に対しては厳格なる処断の法を取るべき旨を厳命せり。』
(仮名遣いを新仮名遣いに書き換え)
  と記すのみであり、2月の慰霊祭の訓示については書かれていない。
  『上海時代・下』のいわゆる「涙の訓示」を12月の慰霊祭のことと誤解する要因は十分あったと言える。

  改竄というのは通常、自分に有利なように事実をねじ曲げる場合に使われる言葉で、自分に不利になるなら「改竄」ではなく「錯誤」だろう。また意図的な改竄であれば、それを覚えていないはずはない。
「そもそも慰霊祭後に訓示が無かったことになれば、当然「歴史」は書き換えられ、秦氏との論争は田中氏の勝ちであった」という指摘は、意図的な改竄ではなかったという結論につながるように思われる。

  いずれにせよ、朝日新聞が煽った「ひたすら虐殺の事実をかくすための工作」というプロパガンダは、板倉氏の指摘に反しているということだ。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/06 00:44 投稿番号: [10618 / 41162]
>君は被害者を冒涜した。とにかく被害者に謝罪してくれ。

どこが冒涜したの?

だって、あったかどうだかわからないって君も言ってるじゃん。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/06 00:43 投稿番号: [10617 / 41162]
自分で

>南京大虐殺については、真実である証拠も捏造である証拠もはっきりしないということだ。

こう述べておきながら、

>南京大虐殺が真実である可能性も十分ある

から、真実ならその被害者を冒涜したと言うのは矛盾してないかね。
真実か捏造か分からないのだろう。
その段階で、被害者かもしれない者に疑問を呈したら冒涜になるのか?

板倉説(虐殺数の推定)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 00:39 投稿番号: [10616 / 41162]
> そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。

  板倉氏のアバウトな推定については既に述べている。
  これはスマイス調査を無批判に採用したことと、便衣兵処断を違法殺害と誤解していることから生じたものだ。
  おまけに板倉氏が採用した不法殺害の比率が本人の主張と食い違っているな。
  板倉由明著「本当はこうだった南京事件」から該当部分を引用すると次のとおり。
『・・・前述のように、投降兵・捕虜の殺害は原則として不法だが、状況を勘案すると例外が当然ある。それを考慮して不法を1万6千の2分の1から3分の2とすれば、8千から1万1千となる。一般市民については、そもそもスマイス調査が、原因が日中いずれであるかを問わぬ「戦争被害調査」であるから、死者には戦闘の巻添え、中国軍によるもの、日本軍によるものが混合しているものと見て、不法を1万6千の3分の1から2分の1とすれば、5千から8千となる。以上軍民の合計は1万3千から1万9千である。
  ここで、こういう推計では粗いものの方がむしろ正確という見地から、・・・
・・・南京事件における最大の争点、虐殺即ち不法殺害の数は、およそ1万から2万であった、と結論する』

  曲がりなりにもスマイスのレポートを全文読んだ私から見れば、板倉氏のスマイス調査の扱いは大いに疑問だが、スマイス調査については既にこのトピで詳細な検討を加えているから横に置いておくことにする。
  確かに統計調査の現場では「こういう推計では粗いものの方がむしろ正確」というケースもあるが、投降兵処断問題のように個別の事例が明らかになっているにも拘わらずその一件一件に検証を加えず、いきなりマクロ的な比率推定をするのは乱暴で不適切な方法論だと言わざるを得ない。
  方法論が不適切な板倉氏の不法殺害に関する推定は、結論も不適切と判断せざるを得ないだろう。

Re: 逃亡者 pipopipo555jp君

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/06 00:37 投稿番号: [10615 / 41162]
以前から都合の悪い質問はスルーしているよ。
突っ込みやすい物を選んで、突っ込んでいる節がある。
(これは個人的な印象だが)

Re: 誰の文章の切抜きですか?

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 00:35 投稿番号: [10614 / 41162]
> これは一体誰の文章からの切り抜きですか?
> きちんと検証してみますから。

  出典はきちんと示してあるが?
「偕行」昭和60年5月号『「証言による南京戦史」<会員投稿に答える>』における、高橋登志郎氏の文章だよ。
  ちなみに「ゆう」氏のHPからの引用じゃないからね。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: xxx_ddd_iii_o 投稿日時: 2006/07/06 00:35 投稿番号: [10613 / 41162]
>捏造の証拠が多量に出ているのに、それをもって60年、日本人は苦しめられてきた。


まず第一に、南京大虐殺については、真実である証拠も捏造である証拠もはっきりしないということだ。
百歩譲って、南京大虐殺が幻だったとしよう、しかしそれで苦しんでいる日本人などいないだろう。いや、君のようなナイーブな人間は苦しんでいるかもな。
しかし、南京大虐殺が真実である可能性も十分ある(小規模な虐殺を含めればその可能性はかなり高い)、そのときの被害者の苦しみは君の苦しみの比じゃないのだ。

君は被害者を冒涜した。とにかく被害者に謝罪してくれ。

それが嫌なら日本から出てけ!

Re: デマなのか中傷なのか・・・

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/06 00:30 投稿番号: [10612 / 41162]
  能書きは良いから。
  私は前回高裁の判決文を引用して説明してやったんだぞ?

> 民事では、刑法と異なり、死後には名誉が存続しないことは疑いないことです。

←→

「・・・まず死者の名誉ないし人格権についてであるが、刑法二三〇条二項及び著作権法六〇条はこれを肯定し、法律上保護すべきものとしていることは明らかである。右のほか、一般私法に関しては直接の規定はないが、特に右と異なる考え方をすべき理由は見出せないから、この分野においても、法律上保護されるべき権利ないし利益として、その侵害行為につき不法行為成立の可能性を肯定すべきである。・・・」

  明らかに正反対のことを「疑いない」という以上は根拠を示してもらわないとな。
  君はつくづく「根拠を示す」ということが苦手な人間らしい。

> 「そのまま」なのに、なぜ『落日燃ゆ』事件まで刑法が「準用」されなかったというのでしょうか?こちらの単純な疑問に単純に回答できますか?

  極めて単純だ。

「・・・しかして、前認定によれば、本件文章に記載された問題の個所が虚偽の事実と認めることはできないから被控訴人の行為について違法性はなく、控訴人主張の不法行為の成立を認めることはできない。」

  同じく東京高裁の判決文から引用。
  刑法の規定が準用されなかったのではなく「少なくとも摘示された事実が虚偽であることを要するものと解すべく」に基づいて判断した結果、不法行為とは認められないと結論しただけだよ。
  改めて刑法第230条2を引用しようか?

「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」

「問題の個所が虚偽の事実と認めることはできない」から名誉毀損は成立しない、と東京高裁は結論している。

deliちゃんって

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/07/06 00:22 投稿番号: [10611 / 41162]
ちゃん呼ばわりしているってのは、頂けないね〜

「売春宿」って「慰安所」とは呼ばないんだよ。って言葉尻の問題に変質かい。

HN変えたようだな。

Re: デリ君の引用元は誰の文章??

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2006/07/06 00:21 投稿番号: [10610 / 41162]
おかしな話だな。

>インタビューの中味を創作してしまう

普通中味が創作されて違っていたら抗議しないのかね。
佐藤氏はそんな行動はしていないが。

では逆に尋ねようか。

>インタビューの中味を創作してしまうインタビュアーだとの、評判が高いからです。

その評判は誰が立ててるのかね。
評判が高いと、インタビューの中味は常に違っているのかね。
佐藤氏へのインタビューの中味は事実と違うと確かめられているのかね。

逃亡者 pipopipo555jp君

投稿者: yuukokujinmu2006 投稿日時: 2006/07/06 00:19 投稿番号: [10609 / 41162]
下記の質問をpipopipo555jp君にしたところ。。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=10575

pipopipo555jp君から返ってきた回答は
>良い質問をすれば、相手も無視できない、
>ということを知るべきだね。
>自分の質問に対する答えが無いときは、
>愚問を発したと反省したほうがいいよ。

都合の悪い質問に対しては
難癖を付けて人の責任にして
逃亡するのが君の流儀だからね!

君のように
無責任で無教養な大人にならないように
僕は頑張ります。

Re: 誰の文章の切抜きですか?

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 00:18 投稿番号: [10608 / 41162]
nmwくんのつまみ食いについては困ったものだ。

>『・・・前述の通り加登川論文は畝本サンを含めて我々の同意のもとに活字になったのであるが、この「中国国民に深く詫びる」の12行の文字だけは送稿直前に入れられたもので、我々は後にこれを追認したのである。・・・
(中略)
・・・謝ったのは加登川サン個人である。文責は加登川幸太郎にあると明記してある通りである。そして我々は追認した。・・・』

これは一体誰の文章からの切り抜きですか?
きちんと検証してみますから。

虐殺は嘘5 真人間の証言3

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/06 00:16 投稿番号: [10607 / 41162]
東京朝日新聞・橋本登美三郎上海支局長の証言


「南京での事件ねえ。
私は全然聞いてない。
もしあれば、記者の間で話に出てるはずだ。
記者は少しでも話題になりそうな事は話をするし、それが仕事だからね。
噂としても聞いた事もない。
朝日新聞は現地で座談会もやっているが、あったのなら、露骨ではないにしても抵抗があったとかそんな話が出るはずだが。
南京事件はなかったんだろう。」

Re: あらあら、インタビュー記事は創作? 

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/06 00:12 投稿番号: [10606 / 41162]
>あのなあ、軍が感知してない「売春宿」は「慰安所」とは呼ばないんだよ。

たとえ、それが精確な表現だとしても、大阪毎日新聞 五島広作記者は何らかの理由によって「慰安所」と表現したんだろ。


>小野田寛郎さんの文章ぐらい読んで置けよ、コピペばかりしてないで。

読んだことあるよ。


>軍が『強姦防止のため』に慰安所設置を起案したから「慰安所」というんだ。そうでないものは「慰安所」とはいわない。

たとえ、それが精確な表現だとしても、大阪毎日新聞 五島広作記者は何らかの理由によって「慰安所」と表現したら、それでしょうがないだろ。

Re: デリ君の引用元は誰の文章??

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/06 00:07 投稿番号: [10605 / 41162]
>なぜ伺うかと言うと、
>インタビューの中味をが創作してしまうインタビュアーだとの、評判が高いからです。

もしもインタビューの内容が勝手に創作されていたら、実名を出して証言を披露された佐藤振寿氏や五島広作氏たちはご存命だったのだから大問題になったはずだよ。

Re: あらあら、インタビュー記事は創作? 

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 00:00 投稿番号: [10604 / 41162]
deliちゃん

>日本軍の南京占領後すぐに売春宿を開いて商売を始めたのは売春業者だろ。

あのなあ、軍が感知してない「売春宿」は「慰安所」とは呼ばないんだよ。
ちゃんとなあ、軍が梅毒検査をし、兵隊が尻を出していても不用心でないように武装警備し、軍が管理する場所にある「売春宿」に限って「慰安所」というんだよ。

小野田寛郎さんの文章ぐらい読んで置けよ、コピペばかりしてないで。

軍が『強姦防止のため』に慰安所設置を起案したから「慰安所」というんだ。そうでないものは「慰安所」とはいわない。

(五島さん)
>強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、戦後いわれていることは嘘です。

五島さんのこの阿羅の手が入ったコメントにすら、強姦防止のために慰安所がつくられたことが述べられている。しかし、「すでに」というのは時系列、物事の順序に無理があるんだな。

百歩譲って、南京陥落のその晩から軍の指示で「慰安所」が設置されたとしよう。その場合は、強姦はその前日までは、必要悪として避けられなかった、ということだよな。

>強姦もあったといわれますが、すでに慰安所ができてましたから、(なかった)
の意味はね。

いずれにしても、五島さんは慰安所設置の時期について勘違いした可能性がある。それを、なんでもかんでも強姦を否定できれば良いと思った阿羅健一氏はその間違いを見逃してしまった。

もしそうなら、この間違いの責任はだれにあるのか?   責任は五島さんにあるのではない。卑しくも「南京事件研究家」を自称しながらそうした齟齬を指摘訂正できなかった聞き取り人、阿羅健一にある。

そうして、こうした間違いが、deliくんのような少年達に無批判に引用され流布されたとき、阿羅は単なる「間違い人」ではなく、立派な「デマ流布者(=デマゴーグ)」に成り上がる。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/05 23:58 投稿番号: [10603 / 41162]
まずは、以下の2つの質問に答えてくれ。

1.
どうして、夏淑琴とその家族は12月13日になっても、避難せいなかったの?

2.
どうして、マギーは現地の日本軍(憲兵隊など)に夏淑琴事件を通報しなかったの?



さて、アホ臭いけどちょっと付き合うか・・・


>当時8歳の少女からのヒアリングだから、そもそもこれがどこまで正確か、という問題はありますが、

これって、ゆう自身が、「8歳の子供(夏淑琴)の証言には証拠力がない」と認めているようなものだな。
( ´∀`)アハハ


>「殺さないで!」「やめて下さい!」というのは、別に言葉が通じなくても、態度で十分にわかるでしょう?

賊が「なかに入れろ」と要求したら、馬という家主が戸を開けたぞ。
言葉が通じていた証拠だろ。
ん?
( ´∀`)アハハ


>色川大吉氏   「ある昭和史   自分史の試み」
・・・
>Tという元陸軍伍長のトラック運転手がいた。

――――――――
証言は、それが『いつ記録されたものか、本当かどうかの検討ができるか』という2点がとても大事です。日本人の中にも南京大虐殺を目撃したとか虐殺したという証言をした人もいました。しかし、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています。例えば、元軍人であれば同じ部隊の人がまだ生きていたりしたので、周囲の人の証言や記録を調査すれば、彼は南京にいなかったとか作り話であるということなどが判明します。
そのため、最近では日本人に関しては匿名の証言が作られるようになりました。
渡辺龍二【テロとの戦い「日中戦争」】より
――――――――
Ψ(´_`)Ψ


>秦郁彦氏「南京事件」より   小原立一日記
・・・
>最前線の兵七名で凡そ三一〇名の正規軍を捕虜にしてきたので見に行った。

たった7人で310人の正規軍を捕虜にするなんて凄いね。


>小俣行男氏「侵掠」より

――――――――
証言は、それが『いつ記録されたものか、本当かどうかの検討ができるか』という2点がとても大事です。日本人の中にも南京大虐殺を目撃したとか虐殺したという証言をした人もいました。しかし、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されています。例えば、元軍人であれば同じ部隊の人がまだ生きていたりしたので、周囲の人の証言や記録を調査すれば、彼は南京にいなかったとか作り話であるということなどが判明します。
そのため、最近では日本人に関しては匿名の証言が作られるようになりました。
渡辺龍二【テロとの戦い「日中戦争」】より
――――――――
Ψ(´_`)Ψ



もし、次回レスを寄越すのなら、忘れずに以下の2つの質問に答えてくれ。

1.
どうして、夏淑琴とその家族は12月13日になっても、避難せいなかったの?

2.
どうして、マギーは現地の日本軍(憲兵隊など)に夏淑琴事件を通報しなかったの?


よろしく♪

Re: 東中野先生は

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/05 23:39 投稿番号: [10602 / 41162]
>だったら何で自らの裁判で堂々と訴えずに、逃げ回っているの?

夏淑琴などという嘘吐き婆を相手にするのが面倒臭いからじゃないの?
誰だって関わり合いたくないだろ。


>ゆうさんに論破されたのに恥知らずだね。

ゆうに論破されたことなどない。
ゆうが自分に都合が良いように編集したサイトを貼り付けるな。
ゆうが可哀想だろ。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/07/05 23:28 投稿番号: [10601 / 41162]
日本兵がやったて証明して見ろ。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/05 23:27 投稿番号: [10600 / 41162]
>被害者をどれほど傷つければ気がすむんだ。中国兵がやったという証拠もないのに、いい加減なこと言うな。

いい加減なら中国人もそうじゃないですか?

捏造の証拠が多量に出ているのに、それをもって60年、日本人は苦しめられてきた。

あったかどうだかの前に、何を捏造したのかをはっきりしろ。

それができるまで、断定などできない。

Re: デリ君の引用元は誰の文章??

投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/05 23:27 投稿番号: [10599 / 41162]
deliくん、
ようやく出し惜しみの回答をくれて、
ありがとう

阿羅健一さんとは、
「畠中秀夫」を騙る「阿羅健一」さんですか?
それとも、
「阿羅健一」を騙る「畠中秀夫」さんですか?
それとも、同一人かな?

なぜ伺うかと言うと、
インタビューの中味をが創作してしまうインタビュアーだとの、評判が高いからです。

あなたも、よくよく人物を見定めた方がいいですよ。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: xxx_ddd_iii_o 投稿日時: 2006/07/05 23:24 投稿番号: [10598 / 41162]
自分がどれほど酷いことを言っているのかわからないのか?

被害者をどれほど傷つければ気がすむんだ。

中国兵がやったという証拠もないのに、いい加減なこと言うな。

もういい、君みたいな野蛮で破廉恥な人間は日本から出て行ってくれ!

加登川論文の偏断

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/05 23:17 投稿番号: [10597 / 41162]
  それまで限りなくシロに近いという論旨で書かれていた「証言による『南京戦史』」が、最後の総括になって何故いきなり謝罪調になってしまったのか。
  それは加登川氏の以下の個人的スタンス、これに同調する編集部の方針による。

『・・・従っていわゆる「南京事件」については日本軍が「シロ」であったとは、筆者(加登川氏)は初めから認識していない。・・・』
『・・・だが全軍としてまとめて見る場合、戦争という異常事態の場で、「不法行為がゼロであった」という戦場が、古往今来、どこかにあったであろうか。・・・』
『・・・ゆえに「ゼロ」を立証することは、戦争である以上、初めから出来ない話なのである。・・・』
『・・・しかし反面、この2年にも近い修史作業の間、何度かわれわれの側と畝本君の間に、起きた事象に対する見解の相違が表面化してきた。どんなところに見解の違いが現れたのかを簡単に述べると、それは両者の採ったアプローチの差によるものであった。
  畝本君は、できるだけ「シロ」の事例を収集し巷間に伝えられる誇大な死者の数字を排撃して「灰色の薄かったこと」を立証し参戦者の名誉を回復しようとする傾向があった。これに対してわれわれの側は、つとめて門戸を開き「クロ」は「クロ」なりにその史料を検討して、この事件全般の灰色度を判定しようとする態度をとった。・・・』
『・・・こうした間に畝本君は、その本意でないこともあったろうが、「『偕行』に載る歴史書なのだから」という編集部の意見を諒解して、極めて柔軟に対応してくれた。・・・』
『・・・実際のところ畝本君による戦史に証言された方々の多くにしても、南京攻略戦末期の過剰なる殺戮のかなりは、南京城攻略の戦闘行為の延長上にあるのだ、と確信しておられるようであるが、捕虜にとるまでの戦闘行為と、捕虜にしてからの扱いとは峻別して論じなければならない。・・・』
『・・・筆者は「クロ」だとする真実の証拠がどれだけ集まるかがカギだと思っていた。・・・』
(『「証言による南京戦史」<その総括的考察>』より引用)

  ここから見て取れるのは、加登川氏を始めとする編集部が、中立というより寧ろ「クロ」の証言集めに熱心だったということである。それが「大虐殺」を否定する唯一の道だと善意で信じていたのだろうが、思い違いも甚だしい。本人は『「クロ」は「クロ」なりにその史料を検討して』と自賛しているが、「捕虜にとるまでの戦闘行為と、捕虜にしてからの扱いとは峻別して論じなければならない」の一文を見る限り、まず結論があってそこから史料を解釈しているようにしか思われない。
  捕虜にしたか、しなかったか、捕虜としなければならなかったか、それとも捕虜にしなくてもよかったのかが「証言による『南京戦史』」においても「南京戦史」においても力点を置いて論じられているのに、その部分がまるで考慮されていない発言だ。
  挙句に『「クロ」だとする真実の証拠がどれだけ集まるかがカギ』との思い込みの下、信憑性の極めて低い「角証言」にかなりの紙面を割く有様。
  そしてここにはまた、畝本氏が先輩に当たる加登川氏の面子を立てるために変節を強いられている姿がある。畝本氏の認識は最初から「南京戦史」に書かれたとおり、あるいはそれよりずっと日本軍潔白説に近いものだったことが窺える。
  ここには政治的バイアスなど無い。
  秦郁彦がどんな妄言を並べようとも、畝本氏は自己の検証に基づいて虐殺否定論を展開している。
  政治的かどうかは別にして、バイアスがかかっていたのはこの総括を書いた加登川氏を始めとする「偕行」編集部だと言われても仕方が無い。

  戦時犯罪が一件も無かった、ということと、「南京大虐殺は無かった」ということは全く別であり、このことは加登川論文にも認識されている。
  ところが、完全な潔白はありえないという思い込みから違法殺害を過大に評価したがるなど、本末転倒もいいところだろう。

  尚、『「証言による南京戦史」<会員投稿に答える>』において、編集委員の細木氏より次のような発言があることを付け加えておく。

『・・・我々としては「目撃者」までは迫り得ましたが、ついに「実行者」の証言は“1件たりとも”得ることはできませんでした。・・・』

謝罪したのは加登川氏個人

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/05 23:11 投稿番号: [10596 / 41162]
  『「証言による南京戦史」<会員投稿に答える>』は、加登川論文の「中国国民に深く詫びる」についてこんな内幕があったことを明らかにしている。

『・・・前述の通り加登川論文は畝本サンを含めて我々の同意のもとに活字になったのであるが、この「中国国民に深く詫びる」の12行の文字だけは送稿直前に入れられたもので、我々は後にこれを追認したのである。・・・
(中略)
・・・謝ったのは加登川サン個人である。文責は加登川幸太郎にあると明記してある通りである。そして我々は追認した。・・・』

  このとおり、最初から加登川氏が独断で個人的に詫びたものであり、どこかの誰かさんが書いているように、あたかも加登川氏の独断であったかのように加工されたものではない。
  独断でなければ事前の同意も無く「送稿直前に入れられた」ような真似はしない。
  追認した、というのは、既に活字になってしまったものを否定しては加登川氏の面子が潰れるという配慮によるものと考える方が自然だ。

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/07/05 23:09 投稿番号: [10595 / 41162]
>南京大虐殺の被害者を侮辱するのはやめるべきです。

いや、シナ人が、膣に何かを詰めて殺すというスタイルを良くとっていたという話をどこかで聞いたことがあるのでその話をしたまでだ。

南京事件を中国人が起こして、それを日本のせいにした可能性を言っているまでで、南京事件があったと仮定した時に、その犠牲者を冒涜するものではない。

Re: あらあら、インタビュー記事は創作? 

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/05 23:08 投稿番号: [10594 / 41162]
>南京の慰安所は、いったい何時、何処に、誰が設置したのだろうか?

売春宿を開いた売春業者の詳細までは知らんなー。


>陸軍慰安所第1号として上海郊外の楊家宅に、兵站司令部の管轄する軍経営の陸軍慰安所が開設されたのが、1938年の2月だときているんだけど。

それで?
その話が本当だとすると、何か問題あるの?
日本軍の南京占領後すぐに売春宿を開いて商売を始めたのは売春業者だろ。
1938年の2月に上海郊外に出来た慰安所とは関係ないだろ。

Re: 「南京戦史」における畝本氏の主張

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/07/05 23:04 投稿番号: [10593 / 41162]
  馬鹿丸出しの投稿だ。
  地が隠し切れなくなったらしい。
  ところで私が無視するのは「証言による『南京戦史』」そのものではないよ。
  加登川幸太郎氏の総括部分だけだ。
  畝本氏が文責者となって書かれている部分は大いに参考にさせてもらっているよ。
  例えば

> 尚「証言による『南京戦史』」にはこの投降兵が便衣兵とされている証言も収録されている。

  こんな具合にね。
  畝本氏が文責者となっている本文には「虐殺の疑いのあるものは三千乃六千内外ではあるまいか」等という表現は見当たらないが、いったい「証言による『南京戦史』」本文の何処に書かれているのか指摘してもらいたいものだ。

> 何処で何時不法処理が行われたろうかの事例は前号までの戦史で述べた。第十三師団の幕府山付近、第十六師団の下関付近、第九師団の城内掃蕩、第十六師団関係城内敗残兵摘出、その他各師団の掃蕩など、事例は、判明している限りを明記した。読者諸君それぞれに推定し、そして集計することが可能なはずである。

  この加登川論文の指摘箇所は、畝本氏が文責者となっている「証言による『南京戦史』」ではいずれも虐殺ではないという結論になっているが。
  「偕行」昭和60年5月号『「証言による南京戦史」<会員投稿に答える>』において、高橋登志郎氏は
『・・・「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは3千乃至6千」とご自分の頭にありながら、畝本論文の2月号における最終回論文においても、畝本サンはもろもろのクロ、ハイ色証言を殆ど否定されておられるのである。・・・」
  と総括している。

  さて、どうせ答えられないだろうけど、念の為に質問しておくよ。
  畝本氏は、「証言による『南京戦史』」でなんと主張したのかな?

Re: ゆうさんのHPからコピペ

投稿者: xxx_ddd_iii_o 投稿日時: 2006/07/05 23:00 投稿番号: [10592 / 41162]
南京大虐殺の被害者を侮辱するのはやめるべきです。

それは被害者に対する二重の犯罪です。

Re: デリ君の引用元は誰の文章??

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/05 22:59 投稿番号: [10591 / 41162]
>>東京日日新聞のカメラマンだった佐藤振寿氏の証言だが、何か?

>違うでしょう!
>佐藤振寿氏が書いた文章ではない。

違わないでしょ。
佐藤振寿氏の証言に間違いないでしょ。


>わたしがdeliくんに聞いているのは、
>佐藤振壽氏インタビューを行なった人物のことさ。

阿羅健一でしょ。

Re: 東中野某名誉毀損裁判

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/07/05 22:55 投稿番号: [10590 / 41162]
>「マギー牧師の解説書」だけが事件に関する証言、証拠ではないでしょ。
>俺は「マギー牧師の解説書」について議論している?
>オレは夏淑琴事件について議論している。
>突然、門の扉をはげしくたたく音がした。隣りのおじさんがとびだしてゆき、(以下略、事件の50年後に本多勝一に話した証言)

はぁ?
結局、事件の50年後に本多勝一に話した証言の方を採用するの?


>>事件当時に現場で支那語の分かるマギーに直接話したことと、事件から50年が経ってから別な場所で本多勝一に話したことでは、事件当時に現場で支那語の分かるマギーに直接話したことの方を優先するべきだろうな。

>同感。

#10506では上記のように述べておきながら、たった1日で自分の発言を翻すのかい?
たった1日で発言を翻す人が居るくらいだから、事件の50年後に本多勝一に話した夏淑琴の証言が、事件当時にマギーに述べた夏淑琴の証言と大きく変化したのもやむを得ないってか?
あなたはそれで良いかもしれないが、そんな証言の刑事事件における証拠力はゼロだよ。


>「そういう例」とは、一般市民が13日以降も安全区外の城内に何人かとどまっていた例ということ。

だから、そんな例はないだろ?
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