Re: nmwくんの偏断(3)
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/06 01:09 投稿番号: [10622 / 41162]
nmwくんの高橋登志郎氏の切り取りには驚いた。
切り取りの仕方で、全く文意を逆に出来る驚くべき例である。
http://www.geocities.jp/yu77799/kaikou.html より
============
「南京戦史の総括的考察に反対された方へのお答え」より
「偕行」編集担当常務理事 高橋登志郎
加登川サンが総括したこと
(略)
3月号の加登川論文は突然出て来たのではないのである。そしてこの論文は、加登川サンの原案を、1月12日丸々一日かけて、畝本サン、戦史部の森松サン、原サン、及び私と細木君とで十二分に検討し、畝本サンの全面的同意を得て出来上がったものである。
そもそも59年4月号より連載された畝本論文は、それまでに得られた証言・資料をもとにして、言わば見切り発車した論文であった。しかも畝本サンは当然であるが、シロとあれかしと願う心が強かったので ― もちろんこれが畝本サンのエネルギーの源泉であったが ―ハイ色やクロの証言は証拠不充分として、没にしていたものもあったのである。
逐次戦闘加入した畝本論文も、一次資料にもクロが出だすと、クロ証言も取り上げざるを得なくなった。正に軌道修正である。
従来のシロ主張論は通らなくなったのである。8月号以降をもう一度読んで戴ければ解る。畝本サンはいろいろな面でお困りになったと思う。「困った、困った」と苦渋に満ちた顔は忘れられない。
畝本サンがたとえ3千でも、クロの結論を書くことは非常な決心が要ることであった。140名を超すシロ主張の各部隊の方々の名前や顔が浮かんでくるであろう。クロやハイ色の結論を書けるわけがない。「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは3千乃至6千」とご自分の頭にありながら、畝本論文の2月号における最終回論文においても、畝本サンはもろもろのクロ、ハイ色証言を殆ど否定されておられるのである。こういう畝本サンの心情を察知された加登川サンが「俺が書こう」と言いだされたのである。
正月休みに非常な決心をもって締めくくりの原稿を書かれた加登川サンには、今年の正月の酒は極めて苦い酒であったと思う。
この原稿が活字になるまでは前述した。
畝本サンはいやいや加登川サンに譲ったのではない。「加登川サンが書いてくれてホッとした」という私に洩らされた畝本サンの一言がすべてを物語っていると思う。
(P10)
中国国民に詫びたこと
前述の通り加登川論文は畝本サンを含めて我々の同意のもとに活字になったのであるが、この「中国国民に深く詫びる」の12行の文字だけは送稿直前に入れられたもので、我々は後にこれを追認したのである。
1月12日の会合で出た我々の修正意見を入れて、3月号原稿を書かれた加登川サンとしては、これだけのことを書いて、中国国民に何の会釈もしないで、通り過ぎることはできなかったのである。
謝ったのは加登川サン個人である。文責は加登川幸太郎にあると明記している通りである。そして我々は追認した。それはこの非常な勇気(井本熊男談)をもって書かれた加登川サンの心情を思えば極めて当然の文章であったからである。会員の中で謝りたくない方は謝らねばよいと思う。しかし私のところには謝ったことを特に評価して、多くの会員から電話を戴いた。
その電話の中に「長い間胸につかえていたものがスッと下りた気がする」と言ってきた人がいる、また「全く素晴らしい」という人、「人間として当たり前である」という人等さまざまである。繰り返して言うが謝るも自由、謝らないのも自由である。
(P10〜P11)
切り取りの仕方で、全く文意を逆に出来る驚くべき例である。
http://www.geocities.jp/yu77799/kaikou.html より
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「南京戦史の総括的考察に反対された方へのお答え」より
「偕行」編集担当常務理事 高橋登志郎
加登川サンが総括したこと
(略)
3月号の加登川論文は突然出て来たのではないのである。そしてこの論文は、加登川サンの原案を、1月12日丸々一日かけて、畝本サン、戦史部の森松サン、原サン、及び私と細木君とで十二分に検討し、畝本サンの全面的同意を得て出来上がったものである。
そもそも59年4月号より連載された畝本論文は、それまでに得られた証言・資料をもとにして、言わば見切り発車した論文であった。しかも畝本サンは当然であるが、シロとあれかしと願う心が強かったので ― もちろんこれが畝本サンのエネルギーの源泉であったが ―ハイ色やクロの証言は証拠不充分として、没にしていたものもあったのである。
逐次戦闘加入した畝本論文も、一次資料にもクロが出だすと、クロ証言も取り上げざるを得なくなった。正に軌道修正である。
従来のシロ主張論は通らなくなったのである。8月号以降をもう一度読んで戴ければ解る。畝本サンはいろいろな面でお困りになったと思う。「困った、困った」と苦渋に満ちた顔は忘れられない。
畝本サンがたとえ3千でも、クロの結論を書くことは非常な決心が要ることであった。140名を超すシロ主張の各部隊の方々の名前や顔が浮かんでくるであろう。クロやハイ色の結論を書けるわけがない。「不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは3千乃至6千」とご自分の頭にありながら、畝本論文の2月号における最終回論文においても、畝本サンはもろもろのクロ、ハイ色証言を殆ど否定されておられるのである。こういう畝本サンの心情を察知された加登川サンが「俺が書こう」と言いだされたのである。
正月休みに非常な決心をもって締めくくりの原稿を書かれた加登川サンには、今年の正月の酒は極めて苦い酒であったと思う。
この原稿が活字になるまでは前述した。
畝本サンはいやいや加登川サンに譲ったのではない。「加登川サンが書いてくれてホッとした」という私に洩らされた畝本サンの一言がすべてを物語っていると思う。
(P10)
中国国民に詫びたこと
前述の通り加登川論文は畝本サンを含めて我々の同意のもとに活字になったのであるが、この「中国国民に深く詫びる」の12行の文字だけは送稿直前に入れられたもので、我々は後にこれを追認したのである。
1月12日の会合で出た我々の修正意見を入れて、3月号原稿を書かれた加登川サンとしては、これだけのことを書いて、中国国民に何の会釈もしないで、通り過ぎることはできなかったのである。
謝ったのは加登川サン個人である。文責は加登川幸太郎にあると明記している通りである。そして我々は追認した。それはこの非常な勇気(井本熊男談)をもって書かれた加登川サンの心情を思えば極めて当然の文章であったからである。会員の中で謝りたくない方は謝らねばよいと思う。しかし私のところには謝ったことを特に評価して、多くの会員から電話を戴いた。
その電話の中に「長い間胸につかえていたものがスッと下りた気がする」と言ってきた人がいる、また「全く素晴らしい」という人、「人間として当たり前である」という人等さまざまである。繰り返して言うが謝るも自由、謝らないのも自由である。
(P10〜P11)
これは メッセージ 10597 (nmwgip さん)への返信です.