サッカー・アジアカップの反日問題

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yuukousokusin殿

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/03 03:54 投稿番号: [13643 / 21882]
ニヤニヤ…


やりましたね、イチロー!!

yuukousokusin殿は、イチローのダンスに合わせて踊ってるのではないかと、勘繰ってましたw


偉大な記録です。まだまだ続きますよー。



>近隣諸国と、文化やスポーツなどで(政治色なしで)交流していければいいですね。韓流ドラマにも一時期はまりましたが、韓国とも「近くて遠い国」から、「近くて近い国」に変わってきて、過去の差別や偏見が緩和されまくってきたのは喜ばしい事ですね。


正直ですね…そこら辺に関しては、厳しい意見を持ってる私ですが、
メデタイ日なので、今回は大人しくしてますw



>まぁ日本人は、熱くて冷めやすい傾向がありそうですが・・・ずーと続けていければほんまものでしょうかね!


忘れすぎですね、日本人。
その「あっさり加減」も美徳の一つかもしれませんが、肝心な事は覚えておかないといけませんよね。

まぁ、メデタイ席なのでw




>グルメが好きそうな?live_in_nipponさんへ


や、とんでもございません。
普段は、ミョウガの梅酢漬けとラッキョウの醤油漬けだけで、
ご飯を何杯もお代わり出来るような、質素且つ、ドメスティックな食生活ですww


とにかく、オメデトーー!

>共産主義ってなんじゃい?その1

投稿者: tenku_1 投稿日時: 2004/10/03 01:42 投稿番号: [13642 / 21882]
共産主義と資本主義は全部だめだ   中身はどっちでもうそばかり   最近   流行ってるのは帝国主義だ   暴力で正義を決める

事故レス 補:少し勉強P.9

投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/02 23:07 投稿番号: [13641 / 21882]
>自分で書くと疲れるので…。

どこかのコピペという意味ではありません。

全文を自分で書くのは大変なので
「少し勉強P.9」の補足という形に
させていただきましたという意味です。

お笑いになるのに
支障はありません。

補:少し勉強P.9

投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/02 22:58 投稿番号: [13640 / 21882]
自分で書くと疲れるので…。


モンロー宣言は1823年ですが、ヨーロッパとアメリカ大陸との
相互不干渉はワシントン以来の基本政策と考えることもできます。

中南米はブラジルを除き(ポルトガルの植民地)スペインの
植民地でした。


トラファルガーの海戦に敗北したナポレオンはイギリス直接進攻を
あきらめ、経済的に締め上げることで反フランス政権の打倒を企図
しました。(大陸封鎖令   1807年)

産業革命により大量生産されたイギリス商品はその販路を失うと
同時にヨーロッパからの農産物の輸入がストップしたので、
翌年のイギリスの貿易額は減少しました。

そこでイギリスが目をつけたのがスペイン植民地であった中南米です。
スペインはスペイン継承戦争以来ブルボン家が支配していましたが、
ナポレオンの支配に下っていました。
海上権を握っているイギリスはスペインに遠慮することなく
中南米との貿易を行うことにより大陸封鎖令前よりも貿易額を
増加させています。

イギリスは中南米植民地の独立を積極的に支持していたと言えます。


米英戦争はイギリスによる逆封鎖でヨーロッパとの貿易を妨害された
ことと、カナダに対する野心からアメリカが宣戦布告したものです。
この戦争によりアメリカの産業が独り立ちすることになりました。

ビスマルク外交やロシアについては暇があれば後日。
#たぶん   無理   永遠の後日

共産主義ってなんじゃい?その1

投稿者: peter_jeskin 投稿日時: 2004/10/02 22:15 投稿番号: [13639 / 21882]
16世紀、イギリスはマニファクチュアーの時代。
トマス・モアさんって名前は学校で習ってるよね〜。
「ユートピア」を書いた人。
貨幣は存在せず、全員が共同して生産し、消費する、
私有財産権はなし、そして政治は民主主義。
そんなユートピア世界を描いたんだね〜。
そんな夢を見ちゃうほど、そのころの資本主義社会は厳しかったんだね。

そして18世紀の産業革命。
蒸気機関なんかが発明された。、
労働者はむちゃくちゃ搾取された時代。

19世紀にマルクス、エンゲルスが登場。
共産主義の理念って難しいので、わたしもよう分からんが、
乱暴に言っちゃうと、搾取したらアカン、
儲けたらアカン、という考え方らしい。(かなりいいかげんに言ってます、汗)
必要なものだけ作って、物々交換する。(なんせ貨幣がないんですから)
そうすると労働も必要なだけすれば良いってことかな〜?
なんか無駄がなくって良さそうな感じがするねぇ〜。
こんなもん売れね〜よ!なんて、心の中で思いながら
営業する必要ないんだぜ〜。在庫管理に苦しむこともないぞ〜。
(ちょっと違うか?)

でも、本当にこんなことできるの〜????
(なんか危なくねえか、この話???)

でも圧政に苦しんでいた人々や、
革命家たちはこの思想に飛びついちゃったぞ!!!
(おいおい)

kon do iさん失礼しました

投稿者: kaka8950jc 投稿日時: 2004/10/02 22:11 投稿番号: [13638 / 21882]
私は貴方が高校の世界史の歴史の先生だったら、生徒も歴史に興味を持てるとレスしましたが貴方は謙遜されました。
それ以上専門家の方だと思います失礼おばしました。

私は無学のものですが日本の歴史に関しては、司馬遼太郎の本で近代史に興味を持ち、小説ですが明治維新、戦国時代、鎌倉、平安時代の歴史を学び?ました。
中国関係の三国志、司馬の項羽と劉邦、その他の本等も乱読しました。

西欧関係では塩野七生を4、5冊読んだだけです。

韓非子とマキャベリの本も、ある意味で面白かったです。(私の読書時間は通勤時だけです)

世界史のほんの一部のさわりは歴史に素人の私どもも知るところですが、
あなたは歴史の要点を分りやすく、そうしてもう一歩の深み?を簡素に解析されて居ると思います。


定年後趣味で忙しく雑誌以外は読めませんが貴方に触発されて又、塩野七生の本からでも読もうかなの思う次第です。





歴史とは自国の歴史も大切ですが、それでも世界の歴史と自国の歴史はどこかで関連してると思います。
中国、朝鮮半島の歴史認識は自国中心の歴史(中華思想)からでず日本の侵略が無かったらハッピーだったとの考えです。
韓国では世界史の授業は高校クラスでもほとんどしてないみたいです。
中国ではどうですかね?

こちらは和んでますね

投稿者: sin1945jp 投稿日時: 2004/10/02 20:08 投稿番号: [13637 / 21882]
隣のトピと大違いw

まとめてw

kon_do_iさん、お疲れ様ですw
これだけ掲示してても
反論するやつ、いそうですがw

結論から言えば、歴史問題で、これほど
国家間でかけ離れてる歴史も
中国くらいでしょう

南京事件に関して、面白い資料があるので掲示しておきます
http://www.history.gr.jp/nanking/

live_in_nippon さんへ

よくアメリカの問題出してきましたねw

私はハワイ事件しか知りませんでしたが
アメリカは、一応、民主主義にのっとって
やってますが、これも姑息でした・・・
アメリカ人を大量移民させて、
運動が勃発、アメリカの占領、と言う形だったと思います

>カラカウア王の没後、後継者として指名されていた妹のリリウオカラニが53歳で王位に就きます。リリウオカラニは兄以上に反動的で。1893年、王権の強化拡大をうたった新憲法を無理矢理に施行、怒ったハオレ実業家達のグループによってイオラニ宮殿で幽閉されてしまい、ここにハワイ王朝は終焉したのです。<

これは抜粋ですね

結局女王がだまされて、盗られてますね


あと、アラスカも確か、ロシア帝国からお金で買ったものだったと思います

追追記、ルネッサンス

投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/02 19:51 投稿番号: [13636 / 21882]
>あなた様の投稿、皆が絶賛している模様です☆
涙した人もいますよぉ
感謝感激です!!    <

ものすごくいぢわる。
はい   みなさん   あまりの無知・駄文に感激し涙を流して
笑っておいででしょうね。



ルネサンス   再生という意味です。

それでは何を再生するのか?
答え   ギリシア・ローマ時代の文芸をです。
そんな昔の文芸をなぜ14世紀になって復活させなければ
ならなかったのでしょうか?

ゲルマン民族の大移動によってギリシア・ローマ時代の文化の多くが
ヨーロッパから失われてしまいました。
しかし、わずかに教会で保たれていて、教会は暗黒の中世を照らし出す
灯台でもあったのです。
キリスト教会とゲルマン民族の国(特にアタナシウス派のフランク)は
お互いの利益のために接近し、ローマ・カトリック教会は西欧と南欧に
大きな権威としてその力を確立することに成功します。
(イベリア半島は当時イスラム圏)

愛の宗教であり、「汝の敵を愛せよ」
「右の頬を打たれたら、左の頬を殴り返せ…   じゃなく
左の頬を差し出せ」と説くキリスト教がヨーロッパ社会の権威として
政治にも大きな力を持つようになったのですから、素晴らしい
かと言うと   そうでもありませんでした。

アダムとイヴのお話をご存知ですね。
蛇にそそのかされて神様が禁じた知恵の実を食べてしまった
カップルです。

なぜ神様は二人に知恵の実を禁じたのでしょうか?
人間は知恵を善いことよりは悪いことにより多く使うと
見通されていたからかもしれません。
核兵器を筆頭として、環境破壊等善くないことが多いかもです…。

神様はそれくらいならば人間には知恵を与えず、永遠の楽園に
住まわせようとお思いになったのでしょうね。

でも、二人は神様との約束を破り食べてしまいました。
もうエデンの園においておくことはできません。
二人は楽園を追放され、この世界に来ました。
楽園では死老病も飢えも渇きもありませんでしたが
この世界ではそういうわけにはいきません。
(楽園では仏教は存在し得ないですね)

全ての人間はこの二人の子孫ということになっていますから
人間の存在は罪の結果であり、全ての人間が原罪を背負っている
ということになります。

あなたが生まれてこの方一度も罪を犯したことが無くても、
人間としてこの世に存在している事自体が罪の結果なのです。

罪人は楽しんではいけません。
罪人がするべきことはその償いです。
ですから中世キリスト教ではこの世を   「苦しみの谷」と…。
笑うことすら慎むべきと…。

人は神に対して罪を犯したちっぽけな取るに足らない
存在でしかありません。
取るに足らない存在…。
あなたはゴキブリの個性や感情、ゴキブリ性を尊重なさいますか?
答えはたぶんNOですね。

中世キリスト教が支配する社会では人間の存在は
肯定されませんでした。

中世の芸術家が無個性・無感情で稚拙な人間しか描けないのは
下手だからではなく、それらのものに価値を見出せなかったから
ではないでしょうか。

しかしさすがの教会権威もようやく翳りが見える時代になりました。
人間は人生を楽しんではいけないのだろうか?
人間はそれほど価値の無い存在なのだろうか?

貨幣経済が多少進展したのも影響したのかもしれません。
お金があると欲しいものが買える。
物欲が増える。
人生を楽しいものにするのは確かにお金だったりするかもしれません。

それはともかく、人間を肯定したいと思うようになっても
そういう社会を彼らは知りませんでした。

そこで人間が肯定されていた時代の文芸に
目を向けることになったのです。

ルネサンスがイタリアで最初に始まったのは様々な要因がありますが
やはりスポンサーがいたからでしょうね。
イタリア・ルネサンスの代表的な画家はもちろんレオナルドであり、
ラファエロ・ミケランジェロです。
人間の美しさが描かれています。

ネーデルラントのブリューゲルの時代になると、農民が主題になります。
容姿の美しさだけではなく、人間であることそのものに画家が価値を
見出す時代になったことを示しているのではないでしょうか?

人を人として肯定することがどれだけ大切なことか。
素晴らしい理念であっても、一人一人の人間性を大切にしない社会が
どれだけ非人間的な息苦しい社会になってしまうかを教えてくれている
のではないでしょうか。

以上文責は私にあります。
何も参照していないので、笑うだけ笑っていただいも支障ありません。

あのお

少し勉強P.12

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/02 17:51 投稿番号: [13635 / 21882]
つづき(2000超えとった…w)


理想に萌え、いや燃えるマルクス主義者たちは運動が起きようが何しようが燃え燃えで、それらは後にガタが来てしまい、ロシア王朝を滅ぼすまでに至りました

第一次世界大戦の最中、ロシア革命が勃発しました

割愛しますが、こうして1922年に「ソビエト連邦」が誕生したのです

ちなみに、マルクスが唱えた共産主義は「理想論」ですから
平等や平和を言っている割に、現実は地獄そのものだったのです


1918年から1922年まで、実に4年もの間、イギリス・フランス・アメリカ・イタリア・日本の第一次大戦戦勝国は共産主義を打倒しようとして戦争を起こしていたのです

ソ連が誕生した前後から帝国主義諸国はソ連と戦争をはじめています

共産主義は簡単に「反資本主義思想」です。西側と東側の対立は第二次世界大戦からですが、実際にはソ連誕生以前から対立していました


少しズレますが、第二次世界大戦でアメリカとソ連が手を組んだのは「ドイツが嫌い」だったからです

さて、共産主義vs帝国主義の戦争でしたが、ソ連の勝利に終わりました
ソ連は寒さで勝ったのです(爆
帝国主義国家はソ連の気候の前に敗れた。ということですが、ソ連の気候…   −40度まで下がりますから

おまけに、「ダイヤモンドダスト」なる自然攻撃をしてましたね(爆

その冷気は肺をも凍てつかせ、血液は流れず身体は腐り始め、食料は凍って食べられないのです
銃に塗るオイルさえも凍り破壊してしまうほどなのでした
戦場に辿り着く前に、凍死、飢え死にしてしまうのです


第一次世界大戦が終わり、敗戦国であるドイツ・オーストリア・トルコ等は植民地を没収され、莫大な賠償金を支払わされました
トルコは敗戦の結果、イラク・ヨルダン・シリア・パレスチナ・レバナンと分割されます


この時もまたイギリス二枚舌国が、国家間の対立を煽ったため、中東は「現在」でも紛争地帯なのです
恐るべし、紳士イギリス二枚舌国!騙されるほうも騙されるほうですが、それだけイギリスは巧みなのですね

いーーーっつも、イギリスってこうなんですよぉ!ひどいでしょ、紳士ですよアレで。喧嘩させといて、自分たちはロイヤルミルクティー飲んでますから…
高級品を乞食よろしく、せっせと集めて鑑賞していますから。。。

戦場であったヨーロッパは、物資が不足しており、日本やアメリカは需要に対し大もうけしていました
次第にヨーロッパが復興してくると、物資は売れなくなり、日本・アメリカは赤字になり会社は倒産するはで、世界単位で不景気となっていき、
「世界恐慌-1929年」に陥ってしまうのでした

戦勝国は植民地等の力で復興しましたが、敗戦国や小国はモロにダメージを受け、失業率50%超は当たり前でした
町は失業者、乞食と売春婦で溢れかえりました
敗戦国ドイツは、国家が一生かけても返済できないような賠償金を払わなければならなかったのです

戦争に負けた国が惨めなのは今も昔も変りません…


「このまま植民地支配を続ければ、数十年もすれば必ず大国同士の衝突が起きるだろう。もう植民地支配の時代は終わらせようじゃないか」


と、国際連盟で発言した人(国)がいました

そうです、「新渡戸稲造」日本人です。世界を平和に導くため、皆が欲をなくそうと!

twaptngさん2

投稿者: nk381214 投稿日時: 2004/10/02 17:27 投稿番号: [13634 / 21882]
お宅の「中国紀行」はあり得ない事でもないと思うよ。
ただ、誤ったタイミングと、誤った場所、また誤った状況のなかで言い出したから、こうなったよ。
普段は笑い話で済むけどね。

twaptngさん

投稿者: nk381214 投稿日時: 2004/10/02 17:19 投稿番号: [13633 / 21882]
何処へ行くの?
台湾?中国?それとも国内旅行?
10月10日って、「双十節」でしょう、台湾で祝わないの?
一路平安

遠出

投稿者: twaptng 投稿日時: 2004/10/02 17:12 投稿番号: [13632 / 21882]
応援してくれた皆様、有難う。来週ちょっと用があって、遠く行きます、帰り予定10月10日頃。

有難うございます。

少し勉強P.11

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/02 17:05 投稿番号: [13631 / 21882]
講和をしなければ、長期戦となり確実に日本は侵略されていたでしょう    つづき

余談からですが:日露戦争のその後です

マスコミが日本の勝利を誇張したために、後の太平洋戦争に突入したのだ!という意見

マスコミが日本の勝利を誇張したからこそ、ロシアは撤退したのだ!という意見

が、ありましたが、どちらも一理あったと思えるのです

国民が、日本は負けそうだった。なんて世論が立とうものなら、ロシアは、何だ、そうか、じゃ攻めよう!
なんてこと普通にしますから…

結果オーライだったワケですから、こういう議論をするのは止めましょう

まぁ、ベストの選択等ありえないのです。当時は、一番「マシ」な選択しかなかったのですから(苦笑


どうなんでしょ、もし自分がその立場であったら、どうしたか?を考えることも歴史を学ぶ上で大変大切なことなのですね

なんだかんだ、日本は守られたのです。小国である日本が、超ヤヴァイ大国ロシアを追い返したのです


この勝利がアジア植民地の人々に希望をもたらしたことは言うまでもありません
現在でも世界中から日本は尊敬されているのです(日本人はこのようなこと、学びませんでしたよね)


余談:イラク、フセイン元大統領ですが、尊敬する人が「明治天皇」だったんですねぇ
中東では何故か日本は好かれているのです。白人が単に嫌いだという理由で(爆
(いや、マジメな話ですよ)

トルコが親日派なのはロシアに幾度となく攻められていたからなのです(利害関係が日本と一致していたため)

かの湾岸戦争では日本はアメリカに援助していましたから、フセインは怒ったに違いありません
白人に協力するなんて、何でだよゴルァ!みたいな…

第二次世界大戦では、日本は白人種と戦争したことで、ある意味尊敬されているフシもあります
中東で「トーゴー」と言えば、喜ぶそうです。あの東郷平八郎のことですね。
例の日本海海戦は伝説とされるくらい、日本を絶賛しているんですね

面白いのが、フィランドでも「トーゴー」はウケるそうです(何せ、ロシアが嫌いですから(爆)

ドイツも第二次大戦で枢軸国側についたのも、ロシアが大嫌いだったからです(爆

ロシアは各国から嫌われているのですね、それだけヒドイことをしてきたのですから当然です

まぁ、中東と言ってもイスラムは日本を毛嫌いしてますけど(日本は無神論者だからだそうです)
イスラム原理主義、えっと、原理主義者はアカと同じで自分たち以外は敵と思ってますから…
現実では、アメリカが嫌い過ぎるほど嫌いで、日本なんて眼中にないのです(爆

信じられないかもですが、これが現実なのです。日本だけが知らないのです。

うっ、余談が長くなりました


日露戦争以前から、欧州では植民地支配で得た力で、いよいよ世界は危険な状況になっていたのです

数十カ国を巻き込んだ「第一次世界大戦」が始まります(1914年)

ですが、「規模がデカくなっただけで、昔とやることは変りませんが」(爆


ヨーロッパでは、ドイツ、オーストリア、トルコ等は敗戦しました
以前のように、イギリス・フランスが覇権を握ることになったのです

アメリカは巻き込まれることを恐れ、派手な動きはしませんでした

アメリカはイギリスとフランスに武器や物資を売りさばいていたのですが、アメリカ輸送船をドイツが撃沈してしまったのです…(えぇっ!

ドイツはアメリカを敵に回しちゃった(激爆
ドイツって、昔からこうなんです。いつも変なところで仕掛けるので損をしているのです(汗


日本はというと、中国のドイツ領を奪ってました。が、ヨーロッパ遠征はしていません

近代が始まってからの大戦争は3年間続き、終わりを告げました
(日本がイギリス・フランスの護衛をした云々は、興味があれば調べてみよう!)


この大戦が終了したと同時に、悪魔の国と称される大国が出来ました

そーです、「ソビエト社会主義共和国連邦」です
略して「ソ連」です

ソ連が出来たのは、第一次世界大戦までの植民地戦争が絡んでいたのですね

曰く「帝国主義を続けていれば、大国同士戦争が始まるだろう。帝国主義を捨て、真に平等たる社会を作ろう。理想社会には階級等や貧富の差がない方が良い」

曰く人は「マルクス」です

彼の思想は「共産主義」です。お金持ちが国を支配していた欧米諸国は、共産主義は危険な思想だと見なし、共産党は政界から排除する運動が各国で行われたのです

理想に萌え、いや燃えるマルクス主義者たちは運動が起きようが何しようが燃え燃えで、それらは後にガタが来てしまい、ロシア\xB2

まとめて失礼w L殿、K殿、O殿

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/02 12:04 投稿番号: [13630 / 21882]
■live_in_nippon殿

さすが歩く歴史辞典ですね
敬服致します

live in nipponさんもkoukiyumenoさんも大人です
起承転結がしっかりしていて羨ましい限りです
また、勉強になります

視点が変れば、やっぱり楽しいですね
世界のやっていることが分かるというものです

せっかくの睡眠時間を削って頂き申し訳ありません
私なんて、投稿するだけ投稿し、夜11時過ぎには寝てしまいますので…

私なんかより客観的に説明できるlive in nipponさんは歴史を語るのにもってこいです☆
また、私としても大変勉強になります

ありがとうございます☆




■koukiyumeno殿

あなた様の投稿、皆が絶賛している模様です☆
涙した人もいますよぉ
感謝感激です!!

ところで、私はあなた様の方法であなた様にお返しした次第です(核爆
意地悪だなんて、言いっこなしですからね♪

追記は本当に助かります

追記:
あなた、私が靖国問題で女の子をいじめたとしていましたが、アレはいじめではなく、真実を教えたかったためのイイワケ、もとい、真実をお知らせしたまでです
彼女はやる気になってくれたじゃないですか。結果オーライでちた(笑

ですが、あなたも私(うぶな女の子)をいじめたではありませんか
しくしく…うぇーん。。。





■oyajiisama殿(おやじい様殿)


あぁ、そうですたか

松たか子絡みですたか(藁

よく見ると、なるほど、「おやじい」ですね


歴史を深く掘り下げる場合は、やはり当時者の視点でやってみてください
なにせ、私たちの現在の視点では「呆れ」ることしか勉強できませんので(爆






〜現在勉強汁エンディングロール〜(爆)


メインスタッフ     kon do i

サブスタッフ     live in nippon氏
           koukiyumeno氏

指導         live in nippon氏
           koukiyumeno氏

Special Thanks    チーム Peter jeskin&レッツゴー羊三匹とか

協賛         yuukousokusin氏
           oyajiisama氏

提供          Yahoo Japan スタジオBBS   「サッカー・アジアカップ反日問題」





総合企画       (財)勉強汁!真実を知る日まで


※メインスタッフは周りを考えず突っ走っております故、サブスタッフに迷惑をおかけしたことを心より謝罪申し上げると共に、皆様にはご配慮頂き感謝致します

同時期、アメリカの野望②

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/02 01:02 投稿番号: [13629 / 21882]
1898年、米戦艦メイン号が撃沈され、
「リメンバーメイン号」を合言葉に、アメリカはスペインと戦争を開始しました。

「素晴らしき小戦争」と呼ばれた戦いに勝利したアメリカは、キューバ、フィリピン、プエルトリコ、グアムを手に入れました。


スペインの仕業とされたメイン号撃沈の真相は、未だ不明。
当時、スペインは事件の調査を歓迎し、戦争を避けるべく譲歩しましたが、アメリカは一方的に戦いに踏み切ったのです。


アメリカは不思議な国で、大統領が戦いを望むと、何故か必ず都合良く敵国の攻撃が起きます。
「リメンバーアラモ(対メキシコ戦争)」
「リメンバーメイン(対スペイン戦争)」
「リメンバーパールハーバ(対日本戦争)」


戦争はスペイン領フィリピンにも及び、最初アメリカは現地の独立運動を利用し、最後は「独立」の約束を反故してフィリピンを領有化。

フィリピン人はアメリカに対し、強力な抵抗を見せましたが、推定2万人が殺害され、同じく破壊に伴う飢餓で20万人が亡くなりました。


■豆知識■
アメリカの軍用銃「コルトガバメント」は、フィリピン対独立運動に対して作られた銃です。
弾丸が当たっても倒れない、屈強なフィリピン人に対し、強いストッピングパワーも持つ大口径銃として開発されました。
■■■■■



アメリカ人はフィリピン人を「ニガー」と呼び、捕虜をとらず(食料より弾丸の方が安いと言った)殺戮を行ったのです。

独立運動を封じたアメリカは、英語を公用語とする徹底的な洗脳政策を開始しました(日本での統治政策と似ています)。




同じ年には、ハワイがアメリカ領になりました。
それ以前に、ハワイ王・カラカウワは日本に対して
「ハワイ王室と日本皇室に姻戚関係を結び、日本にハワイを守って欲しい」と提案しましたが、

明治政府は「アメリカと日本の敵対関係を作りかねない」と断り、ハワイはアメリカ領になったのです。


こうして、アメリカの野望は太平洋を横断し、さらに次の展開へと移行するのです。

教科書の編集が、、、、。

投稿者: oyajiisama 投稿日時: 2004/10/02 00:51 投稿番号: [13628 / 21882]
広く、浅く、バランス良く、の段階なので
深いところは自分で勉強しようと思っていたのですが、、、

パッチ、追記、訂正、、、。
どこをどうしてよいのやら。
何はともあれ、皆様に感謝汁、、、涙汁!です。




kon_do_i   様

松たか子が、好きなもので
『おやじい』さま   ですた。

同時期、アメリカの野望

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/02 00:37 投稿番号: [13627 / 21882]
イギリスから独立したアメリカは、19世紀半ばに領土の開拓が終了しても、
さらに中南米の独立国を侵略し、「西へ!」を合言葉に西に領土を拡張、テキサスを併合しました。
(現在のアメリカは、イギリスより割譲されたもの、フランスから購入したもの、メキシコよりぶん盗ったもので成立しています。元々、先住民のインディアンのものでしたが)


このようにして星条旗の数を増やしたアメリカは、インディアンとの戦争を25年に渡り行いました。

「良いインディアンは死んだインディアンだ」
この言葉からも解るように、女子供も関係なく虐殺したのです。

因みにワシントンは、インディアンを人の形をした「猛獣」と評し、
第三代大統領ジェファーソンは、インディアンを「白人と猿と狼の混血」と言う説を信じていました。



インディアンは民族の誇りを賭けて、負けると解ってる戦いをしたのです。
強力な抵抗を示しましたが、戦力差の前に敗北を余儀なくされ、
組織的抵抗は1890年に終結しました。


東から始まったアメリカの侵略は、大陸の西側に達し、
「フロンティアの消滅」を宣言しました。


しかし、アメリカの野望、
「西へ!」はこれで終わることなく、遂に海を越えました。



続く

ミラクルピースから明治維新へ

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/02 00:11 投稿番号: [13626 / 21882]
kon_do_i氏と被りますが、視点を変えた東アジアの歴史を提示したいと思います。


1853年アメリカが日本に撃ち込んだ砲撃で、ミラクルピースは破られました。
否応無く、弱肉強食の世界に放り出されたのです。


アヘン戦争で、清の分割・半植民地化が進められ、
インドではイギリスがムガール帝国を滅亡させ、分割統治を開始しました。
ベトナムは1885年にフランス領に、ビルマは翌年イギリス領になりました。


同時にアフリカ大陸のぶん盗り合戦が開始されました。
ベルギーはコンゴで「納税を果たせない者は殺す」と言う統治を行い、15年でコンゴの人口は2000万人から900万人に。
ベルギー国王レオポルド2世は世界一の金持ちになりました。

同様にイギリスも多数の植民地を獲得し、「ビクトリア朝」時代を築いたのです。


このように、白人が有色人種の国を侵略するのが当然の時代に突入し、
日本は苦難の道を歩む事になります。


一方、ロシアはユーラシア大陸に領土を広げ、江戸時代から度々、蝦夷地に侵入したりなど、
ロシアの南下は日本にとって脅威となっていました。
ウラジオストクに港を建設し、朝鮮・日本を狙っているのは明白でした。


朝鮮半島がロシアに占領されたら、日本は自国を守る術がなくなります。
日本政府は朝鮮に対し、近代化を促し、ロシアから身を守るべく提言しました。

しかし、朝鮮は日本を蛮国と決め付け、清に従う事しかしませんでした。
清も数少ない属国を失わない為に、朝鮮に対して支配を強めました。


このような背景があり、日清戦争が会戦となったのです。
(同様にの背景で、kon_do_i氏の述べた日露戦争へと突入)


清との戦いに勝利した日本には「下関条約」で、遼東半島と台湾が割譲されました。


ところが、ロシア・ドイツ・フランスは「三国干渉」により日本に圧力をかけ、遼東半島を清に返還させました。
(因みに遼東半島には、ロシアが居座り、更に朝鮮への干渉を始めました)

そしてその「報酬」として、清から次々と利権を獲得したのです。


「眠れる獅子」と称された清が、小国・日本に負けたことにより、
列強は次々と清の分割を始めたのです。

追追記、宗教改革その2

投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/01 23:16 投稿番号: [13625 / 21882]
つづき

えーと   次はカルヴァンちゃん。
元々フランス人ですが、過激派なのでいられなくなってジュネーブ
に来て神政政治を行いました。
予定説が彼の考えです。
救いは予め定められているということです。
じゃ、何しても良いんだ。死んでからのお楽しみ。
真面目に生きても、死んでみたら地獄だったりして…。
でたらめな生き方しても、死んでみたら天国だったりして〜。
ラッキー!
て、そんなわけないですね。
あのね、カルヴァンちゃんはね、天国に行くと定められて
生まれた人はぜーーーたい悪いことしない
しようとも思わない
それが、証拠になると言うんです。
逆に地獄に行くと定められて生まれた人は
悪いことを考え、悪いことをしちゃう…。

カトリックやルターより厳しいです。
だからぁ、みんな自分が天国行きと定められていると思いたいから
必死で清く正しく美しく生きるように努力しなければなりません。

それでね、職業も神様が定めているんです。
あなたはが自分で選択したつもりのお仕事も神様が
決めちゃってたんです。
神様から定められたお仕事は一生懸命に励みましょうね。
怠けたら地獄行きですからね。

一生懸命働くとお金が儲かるかもしれません。
それは神様からのご褒美です。
「ローマ・カトリック教会」株式会社のように
お金は不浄の物だから、協会に寄付しないと終油の秘蹟して
あげない告解聴いてあげないなんて意地悪しません。
サクラメントなしぢゃ地獄行き…。

お金は大切にしましょうね。
贅沢品を買ったり、金ならなんぼでもあるで〜と豪遊して
浪費したりしてはいけません。

神様によって定められたお仕事をもっとできるように
お金を使いましょう。

現代風に言うと拡大再生産のための投資ということです。
これが資本主義の精神に合致することは言うまでもありません。
Max Weberさんですね。

ちなみに、カルヴァンの教えが普及した地域は
ネーデルラント、プロイセン、イングランドとその植民地である
アメリカなどの先進国です。

また、
ルター思想は、もともとは原理主義的ですが
聖書だけをよりどころにして、神の代理人としての教会の
仲介無しに個人が神と厳しく対峙しなければならないという意味で
西欧における「個人」の確立を促したし言われています。

イングランドの宗教改革もありますけど、少し違うし
面白いけど、長くなるのでやーめた。

kon_do_i様って、こんないぢわるな方とは知りませんでした…。
靖国で女の子いぢめてたし。

追追記、宗教改革その1

投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/01 23:12 投稿番号: [13624 / 21882]
一度謝罪して賠償すると   もっと反省しろ   もっと賠償しろと
迫られかねないのですけれど…。
そこは日本人なので簡単に謝罪し賠償として宗教改革を。

#自分のコミュニティの管理があるので少しずつでないと無理

とりあえず宗教改革前には「ローマ・カトリック教会」
株式会社があったのでした。(ギリシア正教会もあったけど)
この会社は西欧・南欧の村という村に支店を持ち
「(収入の)十分の一税」などというわけにわからないものを
人々から取り立てていました。
この会社の本社はローマにあり、代表取締役社長はローマ教皇と
呼ばれていました。

中央集権化を進めようとするとこの教会組織が国王にとっては
邪魔になるわけですね。
なにしろ国内の富をローマに吸い上げられてしまうし、国王の権威
以上の権威が存在しているわけですから。

お金はたくさんあったほうが良いというので、「贖宥状(免罪符)」
なんていうのも販売していました。
これを買えば罪が許されるという便利goodsです。

で、これをルターくんが批判しました。
お金で罪が許されるなんておかしいじゃん!
と誰が考えても当然のことのようですが、そんなに単純では
ありません。

そもそも、許しは何によって得られるのか?
あなたが罪を犯したとします。
でも、悔い改めて(反省して)、謝罪して、罪を犯してしまった相手
のために善い行いをしたとします。
それでも罪は許されないのでしょうか?
善い行いの中には、賠償とか、ODAとかあるかもしれません。
要するにお金です。
贖宥状を買うという行為は教会に対しての寄付と考えた場合、
神(の代理人)に対して善い行いをしたのですから、
罪は許されるはずです。
そうでなければ一度犯した罪は永遠に許されることはない
ということになってしまいます。
神は人間を愛で包んでくださいます。
そのような神が罪ひとを許さないわけはありません。
すなわち、罪の許しは善行による   です。

これに対してルターくんは異議申し立てをしました。
全知全能の無誤謬な神の前では、ちっぽけな人間の小さな行為など
全く無意味。
人間にできることは神をひたすら信じ、神の愛にすがることだけ。
それしか罪の許しを得る方法はない。
罪の許しはただ信仰による   です。

許しという根本的な考え方が全く違うわけですから妥協の余地は
ありません。
(実はレターくんは一時ひよったらしいけど、ヨハン・エックとの
論争でつい本音が出てしまった   らしい)

この対立に神聖ローマ帝国内の政治的対立が絡まって宗教戦争に
発展してしまいました。

>追記、ルネッサンス ピーターどん

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 23:03 投稿番号: [13623 / 21882]
わーん
ありがとう

かなりハイペースなので、三国志時代なんて書いちゃってw

もうかなり、イッパイイッパイです

これほど疲れるとは思わなかった…


言いだしっぺはガムバるしかないのですw笑

だから、後悔してますが。。。

少し勉強P.10

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 23:00 投稿番号: [13622 / 21882]
等と、欧米諸国ではロシアに対する当然の認識でした    つづき


日本からすれば、欧米諸国は「鬼畜の如し」でしたが、
欧米諸国からすれば、ロシアは「最悪の国」でした

そうです、日本人にはロシアは想像を絶する国だったのです

ロシアが朝鮮を侵略したこと=日本への宣戦布告
と言っても過言ではないでしょう

実際、朝鮮を陥落させて、攻めてきましたから(爆

そんなロシアに支配された国の民はどんな仕打ちを受けたのでしょう…
それこそ、想像を絶します


ロシアが日本に宣戦布告した時はあの伊藤博文は男泣きしたそうです
「日本人は皆殺しにされる」と。。。

世界は誰も助けてくれはしない、座して死すよりは一寸の光のために戦おう!と伊藤は決意しました

ロシアと全力で戦い、もしも日本に有利がもたらされたアカツキにはアメリカに仲裁に入ってもらおう
未知なる世界に伊藤の選択はもはや皆無でした。仲裁に入ってもらうことで被害を最小限に食い止められると考えたのでした


伊藤は、ロシアが日本を制す時は、いわば、列強各国への底知れない脅威となるだろう
と、様々なところでロシア外交をしました
無論、どの国もロシアが気に入らないので日本を肯定しました
(肯定しいる国も、さほどロシアと変らない事をしているじゃないの。と伊藤さんは突っ込みたかっただろうが、そこは大人。グッと堪え、国際世論を日本に向ける努力をしたのです)


余談:極論ですが、外交の本質は「相手を利用すること」です
日本が弱腰外交と言われる原因はそこにあります

「こっちが仲良くする気があれば、向こうも仲良くしてくれるだろう」という発想がです
日本人らしいのですが、外交ではこれらはタブーなのです


さて、こうして「日露戦争」が始まりました

国家の存亡を賭けた日本の歴史始まって以来の大戦争でした
日本の敗北=アジアの敗北ですから、当然、当時者は極限に達していたに違いありません
敗北の怖さというか、そんな生易しいものではなかったのですから…

日本はイギリスと同盟を結び、ロシアの牽制を図りましたが、スルーされました(爆

陸では中国大陸へ渡り、迎撃しました。日本で迎撃していては遅いからです
戦いは峻烈を極めました。日本の若者は大勢戦死しました…
「203高地」という戦場で、何万人の戦死者を出しました
が、幸いにも陸戦では日本が勝利を収めます

まだロシアには「バルチック艦隊」が日本に向かっていました
これが曲者なのです。この艦隊を撃破しなければ、陸戦の勝利も水の泡と化してしまいます

各国との外交で、ロシア包囲網を完成させ、バルチック艦隊を遠回りさせるなど、出来るだけのことは日本はしたのです


――運命の日1905年5月17日

日本連合艦隊 vs バルチック艦隊
通称「日本海海戦」が開催されました(爆


東郷平八郎曰く「皇国の興廃、この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ、勝って兜の緒を締めよ」
(世界でも有名な人物、東郷平八郎は「アドミラル・トーゴー」と恐れらた存在です)

伊藤博文の賭けは大当たりし、陸軍・海軍ともに一時ですが勝利を収めました

捨て身を覚悟し、日本連合艦隊は「Tの字戦法」でバルチック艦隊を「叩きのめし」辛勝したのです


勿論、ロシアの大軍はなくなったワケではなく、一時、ロシアに勝利したという感じです(正直な話、勝利ではなく、負けなかった。というのが正しいのです)
伊藤は早速、講和に持ち込み日本を守りきったのでした

講和をしなければ、長期戦となり確実に日本は侵略されていたでしょう


以前も↓フラッシュのアドレスをのっけましたが、これを見て休憩しましょう(近代日本かく戦えり)
http://www.geocities.jp/f_mir_f/kakutatakaeri.html
東郷さん写真で出てきます

live_in_nipponさんへ

投稿者: yuukousokusin 投稿日時: 2004/10/01 23:00 投稿番号: [13621 / 21882]
今日は、イチローの記録達成のその瞬間を共有しようと、慣れない早起きをしたせいで、寝不足気味です。でもその楽しみをホームグランドのマリナーズのシアトルに持ち越したのですから、明日が、とっても楽しみです。

才能がありながら、常に努力を惜しまないイチロー選手は、これからの少年達に自分達もという希望と夢を与えていく事でしょう!
〜少年よ大志を抱け!〜という所でしょうか?
ヤンキーズの松井選手も31本のホームランを打つ活躍で、素晴らしいですね!
スポーツ鑑賞は、大好きです。

近隣諸国と、文化やスポーツなどで(政治色なしで)交流していければいいですね。韓流ドラマにも一時期はまりましたが、韓国とも「近くて遠い国」から、「近くて近い国」に変わってきて、過去の差別や偏見が緩和されまくってきたのは喜ばしい事ですね。

まぁ日本人は、熱くて冷めやすい傾向がありそうですが・・・ずーと続けていければほんまものでしょうかね!

グルメが好きそうな?live_in_nipponさんへ

昼休みにTV観てたら

投稿者: sheepsheepersheepest 投稿日時: 2004/10/01 22:49 投稿番号: [13620 / 21882]
日本のイケメン俳優が
上海の女の子に噛み付かれたそうです。
よっぽどファンだったみたい。

なんか、ほほえましいね。
(怖いとかいうなよ〜)

>追記、ルネッサンス

投稿者: peter_jeskin 投稿日時: 2004/10/01 22:33 投稿番号: [13619 / 21882]
>他にはアジアでは主に三国志演技(日本でいう三国志)時代です。

あの、ちょっと、ややこしいので補足します…。
この時代に三国志の物語が書かれました。
ちなみに三国時代は3世紀ごろです。


>レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロで頂点に達しました

工房の親方的存在だった彼らが、
今でいうアーチストになった時代ですね〜。

近藤さん、がむばってますなあ…

少し勉強P.9

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 22:21 投稿番号: [13618 / 21882]
ナポレオン戦争によりヨーロッパが混乱を極め、南米諸国が次々と独立を果たしていきました(メキシコ、コロンビア、ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、アルゼンチン、チリ、ペルー、パラグアイ、ブラジル等)    つづき

ことごとく、イギリスは↑上記が独立を始めていき、「ブチ切れ」ました

「お前ら!勝手に独立してるんじゃねーよ!ゴルァ!!」


当時のアメリカは「モンロー主義」をとり、ナポレオン戦争には参加していませんでした
理由は、
「どこかの国と同盟すれば巻き添え食らうから」です
そうです、下手に動かない方が賢明な時もありますですね

今ではかなり出しゃばりーノ的なのが不思議なほどです(爆


イギリスはアメリカのその態度にも、

「お前な!元は同じ人間だろうが!なんでナポ戦に参戦しなかったんだよゴルァ!!」と大激怒しました

南米の独立を黙認していたアメリカが気に入らなかったのでしょう

イギリスはご立腹。とうとう海上封鎖してしまいました
それがきっかけで、またイギリス 対 アメリカが対立することになりました

「第二次アメリカ独立戦争」です

割愛しますが、結果アメリカが勝利し、アメリカはイギリスと同等な力を持つようになりました
イギリスは南米の植民地が独立したため、国力が減少したのです

アジアでは日本だけが独立国ですから、イギリスや他国は日本を侵略したくてならなかったのです
要は、白人は白色人種以外は「人間を人間と思っていません」でしたから…

ですが、近代国家となった日本を欧米諸国は容易に攻めることが出来ませんでした

日本は欧米諸国に、欧米に勝るとも劣らない国だということを知らしめることに成功したのです


当時の植民地国の人々は、小国日本が何故助かったのか疑問だらけでした
しかし、それが次第に日本のように、独立したいと望むようになっていったのです
彼らは「日本議会」を勉強して日本へやって来ました

簡単に言うと、
東南アジア各国は、日本に「アジアの救世主」になるよう要求したのですね
そうです、日本は緊張し、重圧に押し潰されそうになりました

「アジアを救うのは我々の責務だ」と…

血のにじむような努力が実り、「不平等条約の撤廃」に成功します

生半可な努力では、黄色が気に入らない白人を納得させることは出来なかったことでしょう


この頃のヨーロッパはドイツが統一します
当時、ドイツは「プロイセン」と呼ばれていました

日本が武士国だったように、ドイツは騎士国だったのです

プロセインの首相、ビスマルクは、外交手腕に長けており自国を守りました
世界が認めるほどの手腕ぶりに、「ビスマルク時代」とも言われたほどです

「他国を仲たがいさせ、お互いの国力を削ぐ」能力がビスマルクにあったそうです

ほぼ同時期に、ロシアがトルコを侵攻します。「クリミア戦争」勃発!です
(白衣の天使で有名ですね。「ナイチンゲール」です←興味のある方は別途調べてみてください。認識度が変りますから)


クリミア戦争はトルコvsロシアでしたが、ロシアの南下を恐れたイギリスとフランスはトルコに加勢します

尚、19世紀、インドや中東はイギリスが支配していたため、アフガニスタンはロシアとイギリスの植民地争いの場となっていて、この頃から今までずっと、アフガニスタンは戦場ですね


1894年、日本も行動を起こし、日清戦争に突入します

日本の勝利でしたが、「眠れる獅子」と恐れられた中国はその弱さを露呈していまし、欧米各国は更に中国における利権を増やそうとしました


そして
1904年   「日本独立戦争」とも言うべき、超無敵大国ロシア(爆)との戦に突入します

この時点で日本は戦える力はなかったのです…

今までロシアが日本を攻めてこなかった理由は簡単です
すごーく忙しかったのです(爆
ロシアと隣接している国がしょっちゅう、ちょっかいかけていましたから

しかし、その忙しいことも終わり、日本に矛先を向けたのです!
しかも、物凄い大群で…
ロシアは列強各国でさえ敬遠するほどでした
曰く「ロシアの本能は略奪である」・「ロシア外交の歴史は裏切りの歴史である」・「ロシアの裏切り方は絶妙である」
等と、欧米諸国ではロシアに対する当然の認識でした

twaptngさんへ

投稿者: yuukousokusin 投稿日時: 2004/10/01 21:59 投稿番号: [13617 / 21882]
私なんか、まだまだ煩悩のかたまりのような人間ですので、これからも修行あるのみです。

お隣のトピで、奮闘されている御様子、ご苦労様です。台湾問題はまだまだ勉強不足で、よく分かりませんが、自分が、台湾人であるなら、きっと身につまされて、問題意識を持たざるを得ないのだと思います。

私が名付けたお隣のトピのタイトル(・・当事者の方たちに叱られそうですが?)
「ルールなし。新喜劇・議論生き残りサバイバル合戦」・・何度か笑わせていただいています。・・I’m   sorry.

あまり気になさらずに、正しいと思われる意見を取り入れていかれればいいのではないでしょうか?

>教育

投稿者: yuukousokusin 投稿日時: 2004/10/01 21:34 投稿番号: [13616 / 21882]
>・・・相手の国を憎むだけの教育は何らかの弊害を生み、はては又愚かな戦争に突っ走るのではないかと危惧するのは私だけでしょうか。

いいえ、同じ様に思います。
人間は、復讐心や報復などの気持ちが増幅されてきたら、集団ヒステリーの様な結果に陥ってしまうものだと思うからです。良くSF映画でも見てきたように、実際に核戦争のような事態になれば、世界破滅 の道しかないのだと思っています。だから、子ども達に戦争の悲惨さや愚かさを教えていくのは、意義ある事だと思います。それで、そういう道に進まないために防衛問題を考えていかなければならないのだと思っています。

live_in_nippon殿 >追記

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 18:59 投稿番号: [13615 / 21882]
徳川幕府の件、申し訳ありません

ちょっと言い過ぎましたw反省汁


私も少々ヨーロッパの視点に立ちすぎてるなぁって思いながらも。。。

こんなに難しいと思いませんでしたよ正直

もう既に長文を8つ投下してますもん

アジアやインド・中東の視点で誰かが追記してくれれば、今の調子でいけるんですが…

まぁ、あくまでナニしてアレを伝えるためです(はぁ?爆


大英博物館…
貴族の頭の構造は、未だに理解不能ですw


お疲れさまです live in nippon様☆

追記、イギリス革命

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 18:49 投稿番号: [13614 / 21882]
イギリス革命(17世紀)超簡略説明追記編(w


イギリス革命は、ピューリタン革命と名誉革命の2段階革命でした
そして「絶対王政・立憲王政・共和制」という3つの政治体制の間をジグザグに動いた革命でもあります

革命のきっかけは、絶対王政の行き詰まりでした
時の国王チャールズ1世は、議会を無視し重税を取り立てる一方、反抗的な非国教徒、特にピューリタンを弾圧したことです

これに対し、議会は、「同意の原則」を盾に権利請願を出しました

ところが国王は議会を閉鎖し、専制政治を11年間に渡って行いました
国民は税金不払い闘争で抵抗したのです
そこに、スコットランドの反乱が起き、これを抑えるための費用が必要になりました
国王は仕方なく議会を招集し課税問題を承認させようとしました

集まった議員たちは、税金問題を審議せず、国王の失政を批判します
さらに、国王の権限を制限するため大抗議文を提案しました
もしこれが満場一致で採決されていれば、ピューリタン革命はなかったかも知れないのです

この大抗議文をめぐり、議会は分裂しました
この内容が事実上の立憲王政を目指すものだったからです
王党派と議会派に分裂し、内戦が始まりました…
これを「ピューリタン革命」といいます

内戦は、マーストンムーア、ネーズビーの戦いに勝った議会派の勝利で終わりました
ところが勝った途端にこの議会派が分裂してしまいます

理由は、信仰上の問題や出身階層の利益などいろいろ複雑でしたが、

「立憲王政か共和制」or「制限選挙」or「普通選挙」
かという、路線対立が起きました。この時点で内戦です

この戦いも議会派、特に独立派と水平派とからなる議会軍の勝利で終わり、捕らわれた国王は処刑されました

そして新たな王は立てられず、共和制が実現するのです
しかし、この共和制をどのように運営するかで、クロムウェルは水平派を弾圧し、独立派主導を実現しました

さらにアイルランド征服、航海条令、それに続く英蘭戦争、議会の解散、護国卿就任等々、武力を背景にした専制政治を強行していきました

このクロムウェルの独裁体制は彼の死で崩壊してしまいました
そして、混乱したイングランド(後のイギリス)を立て直すため、王政復古となったのでした

チャールズ2世は、帰国直前、ブレダ宣言を出し、寛大な政治を約束しました
しかしメッキはすぐに剥がれました(爆
ピューリタンを弾圧し、カトリック復活を策したのです
それを象徴するのが「ドーバーの密約」です

議会は国王を抑え込むため、相次いで2つの歯止めをかけました
審査律、そして人身保護律です

チャールズ2世の後、弟のジェームズ2世が即位します
この国王をめぐって議会が分裂しました
彼が審査律で公職から排除されていたカトリックだったからです。
(私たちからすれば、それだけの理由で?と思いますが、やはりこの当時の視点に立たないと、到底理解不能です)

彼の即位を支持したグループはトーリーでしたが、国王に生まれるはずがないと思われていた男子が誕生した途端、対立していたホイッグと結束します

議会は一致して、オランダの総督夫妻を新しい国王としてスカウト?しました
誰も支えてくれぬことを悟ったジェームズは玉璽をテムズ川に投げ込んで国外に逃亡します
こうして血を一滴も流すことなく新しい国王が誕生しました

これを「名誉革命」といいます

新国王は権利宣言を認め、権利章典として発布し、立憲王政という体制が完成しました

おしまい



詳細はkoukiumeno様が発表してくれるそうです。やる気マンマンです!ガムバ!

追記、宗教改革

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 18:48 投稿番号: [13613 / 21882]
宗教改革超簡略説明追記編(w


1517年のマルチン・ルターによる95ヶ条の意見書に宗教改革は始まりました
教会は大聖堂を建てる資金集めにどんな罪も許されるという贖宥符を販売しました(これも考えられないでしょ…汗)

ここに贖宥符を批判し、真の信仰はどうあるべきかを論じたのが、この95ヶ条の意見書です

真の救いは内面的な悔い改めと福音の信仰によってのみ成されるのであり、教会の売る贖宥符には何の罪を許す効力もなく、むしろ信仰にとって有害であるといった主旨のものでした

ルターは当時腐敗していた教会を批判し、福音に基づく真の信仰を訴えました

ギリシャ語原典の新約聖書を当時のドイツで使われている分かり易い表現を用いた言語に翻訳しました

人々にとって聖書を身近なものとし、彼自身が提唱した福音主義を民衆の間に定着させたのです



※尚、koukiumeno様が詳細を発表することになっていますので、しばらくお待ちください(爆

睡眠時間に影響し、お肌に悪いですから、超簡単に「割愛」してすすめていきまーすっ☆

kon_do_i殿 追記

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/01 18:44 投稿番号: [13612 / 21882]
大航海時代の始まった時代、
日本は応仁の乱から続く群雄割拠の時代でありました。


大航海時代の全盛期はと言うと、
日本は元禄文化の花盛り、ミラクルピースを享受していた訳です。


税率も三公七民(因みに現代のトータル税率は六公四民〜七公三民くらいらしいです…)

民衆に金も余り(バブルですね)、白米を食いすぎた事による「脚気」の流行(痛風と同じく一種の贅沢病ですね)



芸術は、「過剰」の中で生まれるものですから(明日食べるものも無い時、芸術を推奨する人はいない)


kon_do_i殿の書いた「ルネッサンス」も「過剰」の産物だったのでしょう。


ただ、日本は「勤勉」による金余りであり、欧米は苛烈な植民地支配による金余りである事の違いは大きいと思います。
(大英博物館なんて、世界中から奪った泥棒市みたいなもんですね…)



以上、「日本から見た世界」でしたw

monpa60さん

投稿者: momotohanatobudou 投稿日時: 2004/10/01 18:37 投稿番号: [13611 / 21882]
monpa60さん、感心して読ませて頂いています(時には激しい文章もありますが・・・)。

monpa60さんは、歴史に詳しいようですので、歴史にそった日本と清国、中華民国、中華人民共和国との関係を教えて頂けませんか?   もちろん、辛亥革命、文化大革命についても教えて下さい。

どうも、中国の方との認識のずれは、歴史にあるように感じているものですから。

ご迷惑でなければ、宜しく御願い致します。

zmy00701025さんへ

投稿者: momotohanatobudou 投稿日時: 2004/10/01 18:32 投稿番号: [13610 / 21882]
>文化大革命以前の中国人は、1945年日本敗戦後の中国に残った敵の子供を育って、1972年日中正常化になってからも、中国残留孤児を帰国することを妨げずに日本積極的に政府に協力してたなんて確かにおおらかな気質を持ってた。

そうだと思います。戦後から文化大革命以前の中国人は大陸の気質を持っていたと思います。
では、文化大革命以後の中国人の気質はどうなったのですか?

本当に御願いしたいことがあります。
清国、中華民国、中華人民共和国、この一連の歴史を認識してください。この歴史認識があれば、もっと深く理解しあえると思いますし、文化大革命も避けずにまともに正面からぶつかって下さい。
これからの中国にとって、絶対に必要なことです。
また、我々の認識と明らかに異なることがあります。清国、中華民国、中華人民共和国の流れは、国が変わったことを意味します。このことを理解して下さい。国そのものが代わっているのです。
日本国は昔から日本国です。イギリスもアメリカも国名を変えたことはありません。

>今の中国若者より何十倍何百倍反日でしょう。
そうでしょうか?   現若者のほうが何十倍何百倍も反日だと思いますよ。違いますか?

kon_do_i殿

投稿者: live_in_nippon 投稿日時: 2004/10/01 18:28 投稿番号: [13609 / 21882]
いやいやいや、

少なくても私には、kon_do_i殿の狙いが理解できたと思います。


西欧人の有色人種に対する扱いや、
戦争ばかりやっていた事による、大義の建て方の上手さ(西欧人は殺し合いに強い)

それが理解出来て初めて、日本が戦争に向かった経緯が理解できるってもんです。


そういう意味で、kon_do_i殿の意図は見事に伝わってるのではないでしょうか?



抜粋の辛さも理解できます。

だって、事象一つでご飯何杯も…もとい
本を何冊も書けるほど、色々な事柄がありましたし。



歴史から解る事は、
こちらの意図に関係なく、武力がなければ相手の好きなようにされてしまう「事実」ですから…



「認識が微妙に違う」と書いたのは、
「徳川幕府」の部分です。

ホラ、私、日本大好きですからw



とにかく、ご苦労様です。


気合入れて読みます。

はっきり言って、

投稿者: mudaaaaa 投稿日時: 2004/10/01 18:12 投稿番号: [13608 / 21882]
日本国の貴重な労働者にもうちょっと皆さん慈悲の心をもって接してあげましょう。
あまり皆さんが言うとそれに反論しようとして日本語、そして色んな事を勉強します。下級労働者に知識を与えてもしょうがないです。使えなくなれば捨てたらいいだけです。
雇い主(日本国)と下級労働者(中国)
に友好は必要ないです。
馬鹿と鋏は使いようです。
反省してるふりをしましょう。
参拝はやめないけど。。

追記、ルネッサンス

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 18:03 投稿番号: [13607 / 21882]
ルネッサンス超簡略説明追記編(w


今までずっと、人間は戦争の道具として使われてきましたが、
「人間中心主義」という考えが広まったのが、ルネッサンス期です
ここから「近代」が始まりました

中世の封建社会において、「個人」の存在など、皆無だった(どうでもよかった)時代なのです
この封建主義を抜け出て、「個人」という概念を創り出した時期を「近代」と呼ぶのですね

「自由恋愛」的な感覚になりますね(笑

この時代はおよろ14〜16世紀になります
「少し勉強」では、コロンブスやバスコダ・ガマあたり〜
他にはアジアでは主に三国志演技(日本でいう三国志)時代です。まだ色々ありますが、趣旨に反しますので割愛します(ほんとは無知なだけですが何か?


抜粋:↓

〜ルネッサンス期〜(14-16世紀)

イタリアは「芸術・科学・社会・政治」において、ヨーロッパの中心地でした

ゴシック絵画は中世の封建社会の中で、ロマネスクとビザンチンの伝統を引きずりながら、形作られたのです

ルネッサンス絵画は新たに、急速に発達する文明の中から生まれました
科学的な遠近法、人間的な表現などが特徴です
中世から近代への変わり目で、近代的な西洋の価値観が芽生えた時期でもあります

イタリアでのルネサンスは徐々に始まりました

絵画の世界では、一世紀前のジョットの作品から、すでにルネサンスは始まった、とする歴史家もいる。科学

的な写実主義はレオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、ラファエロで頂点に達しました
「人間中心主義」は、絵画の主題を現世的にしていきました
ルネサンスの最後の時期はマニエリスムが主流をしめていたのです

ここまで:←


詳細はkoukiyumeno様が後に発表致します(爆)

twaptng殿

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 17:41 投稿番号: [13606 / 21882]

お隣のトピックスを見ていたら…


…ホント、立派な人間なんかではありませんよ、私。
お恥ずかしい限りです…

↑live in nippon殿より引用

っていうか、なんで私なんかが含まれるのか不思議でならんw


twaptng殿

場所を移しても、争いごとは避けなさい

大変、見苦しいです
親心だと思って聞いてください

いつか、酢辣湯麺をみんなで食べに行こう!(爆)

まとめて失礼w O殿、L殿、K殿、Yさん

投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 17:37 投稿番号: [13605 / 21882]
■oyajiisama殿(おやじ様殿!?)

何分、文の構成等未熟なので、修正してからの方がいいですね
自慢じゃないですが、あれは駄文です(爆
世界史にならない代物ですから。。。申し訳ありません




■live_in_nippon殿

お疲れ様です
あのような追記、大変助かります☆
しつこく「キボンヌ」って唱えた甲斐ありました(笑

どうなんでしょうね、今までの流れで、みなさんに世界各国の(危機管理的要素)思想はまだ伝わってませんかね?
抜粋作業がこれまた辛いのですよ(どれもこれも書きたくなりますから)

koukiyumenoさんがいじめ抜いてくるしw(爆

私の目的は、無論、平和ですが、どれだけ平和交渉しようが相手は言う事を聞いてくれない
日本人的考えでは通用しない。ということを身に沁みて感じてもらいたいのです

「祖国防衛に対する認識」=「平和への認識」
な、考えに少しでも近づいてもらえれば幸いです

第二次大戦まで辿ってこられれば、みなさんが少しでも世界の動きというものに関心をもてると思うのです

あなたや私が危機管理を覚えたように、みなさんに知ってもらえればなぁって

live in nipponさん♪   いつも御協力、腹ペコ、ありがとうございますぅ☆



■koukiyumeno殿

先に突っ込みいれときます


「もっとヒドなっとるやないかい!」


2004年までって、あなた…(絶句

ルネッサンス、宗教革命やイギリス革命はまだいいです
付随程度に記します

でも詳細は、あ・な・た   が追記汁!(爆

2004年まで書かせようとしたことに、反省汁!賠償汁!(核爆

繊細で、見識が広く、多角的視点でモノを捉え、更に宗教観に強そうなあなたに、是非追記を強く希望致します所存でございます故、何卒、ご協力のほど、宜しくお願い致しましたが何か?

…汗

みな、あなたの追記、更に続きを非常に待ち望んでおられです

あなた様のお手を煩わせることに断腸の思いをしておりますが、以前もそうでしたが、「冗談」ではないですから☆



■yuukousokusinさん

応援、ありがとうございます

私、粘着かも(笑
うぅ、yuukousokusinさーん、例の投稿勉強になります!
結構、的を得ていますね☆自身に満ち溢れている感じがしますよぉ
あと2本か…


私、もうそろそろ、廃人になりそうな予感

教育

投稿者: marumaruahooooo 投稿日時: 2004/10/01 16:38 投稿番号: [13604 / 21882]
>毎年8月6日の広島に原爆が投下された日に、夏休み中の登校日となり
>戦争そのものの問題、核廃止の問題であって、核を投下したアメリカが悪いという発想ではなかったような気がしています

うちの子もまだ義務教育中ですので毎年
8月6日は登校日で「反戦」の誓いみたいなのがあってます。

広島、長崎は必ず修学旅行のコースにもなっているし。
原爆の悲惨な写真も見て来ますが戦争の愚かさは習ってきてもそれで反米になるような教育なんてなかったですよね。

教育というのは戦争の悲惨さを教えて二度とこういうことをしない、そのために
残酷な写真や悲惨な写真を見せるべきだと思います。

こういう事をした相手の国を憎むだけの
教育は何らかの弊害を生み、はては又愚かな戦争に突っ走るのではないかと危惧するのは私だけでしょうか。
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