少し勉強P.9
投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2004/10/01 22:21 投稿番号: [13618 / 21882]
ナポレオン戦争によりヨーロッパが混乱を極め、南米諸国が次々と独立を果たしていきました(メキシコ、コロンビア、ベネズエラ、ボリビア、エクアドル、アルゼンチン、チリ、ペルー、パラグアイ、ブラジル等)
つづき
ことごとく、イギリスは↑上記が独立を始めていき、「ブチ切れ」ました
「お前ら!勝手に独立してるんじゃねーよ!ゴルァ!!」
当時のアメリカは「モンロー主義」をとり、ナポレオン戦争には参加していませんでした
理由は、
「どこかの国と同盟すれば巻き添え食らうから」です
そうです、下手に動かない方が賢明な時もありますですね
今ではかなり出しゃばりーノ的なのが不思議なほどです(爆
イギリスはアメリカのその態度にも、
「お前な!元は同じ人間だろうが!なんでナポ戦に参戦しなかったんだよゴルァ!!」と大激怒しました
南米の独立を黙認していたアメリカが気に入らなかったのでしょう
イギリスはご立腹。とうとう海上封鎖してしまいました
それがきっかけで、またイギリス 対 アメリカが対立することになりました
「第二次アメリカ独立戦争」です
割愛しますが、結果アメリカが勝利し、アメリカはイギリスと同等な力を持つようになりました
イギリスは南米の植民地が独立したため、国力が減少したのです
アジアでは日本だけが独立国ですから、イギリスや他国は日本を侵略したくてならなかったのです
要は、白人は白色人種以外は「人間を人間と思っていません」でしたから…
ですが、近代国家となった日本を欧米諸国は容易に攻めることが出来ませんでした
日本は欧米諸国に、欧米に勝るとも劣らない国だということを知らしめることに成功したのです
当時の植民地国の人々は、小国日本が何故助かったのか疑問だらけでした
しかし、それが次第に日本のように、独立したいと望むようになっていったのです
彼らは「日本議会」を勉強して日本へやって来ました
簡単に言うと、
東南アジア各国は、日本に「アジアの救世主」になるよう要求したのですね
そうです、日本は緊張し、重圧に押し潰されそうになりました
「アジアを救うのは我々の責務だ」と…
血のにじむような努力が実り、「不平等条約の撤廃」に成功します
生半可な努力では、黄色が気に入らない白人を納得させることは出来なかったことでしょう
この頃のヨーロッパはドイツが統一します
当時、ドイツは「プロイセン」と呼ばれていました
日本が武士国だったように、ドイツは騎士国だったのです
プロセインの首相、ビスマルクは、外交手腕に長けており自国を守りました
世界が認めるほどの手腕ぶりに、「ビスマルク時代」とも言われたほどです
「他国を仲たがいさせ、お互いの国力を削ぐ」能力がビスマルクにあったそうです
ほぼ同時期に、ロシアがトルコを侵攻します。「クリミア戦争」勃発!です
(白衣の天使で有名ですね。「ナイチンゲール」です←興味のある方は別途調べてみてください。認識度が変りますから)
クリミア戦争はトルコvsロシアでしたが、ロシアの南下を恐れたイギリスとフランスはトルコに加勢します
尚、19世紀、インドや中東はイギリスが支配していたため、アフガニスタンはロシアとイギリスの植民地争いの場となっていて、この頃から今までずっと、アフガニスタンは戦場ですね
1894年、日本も行動を起こし、日清戦争に突入します
日本の勝利でしたが、「眠れる獅子」と恐れられた中国はその弱さを露呈していまし、欧米各国は更に中国における利権を増やそうとしました
そして
1904年 「日本独立戦争」とも言うべき、超無敵大国ロシア(爆)との戦に突入します
この時点で日本は戦える力はなかったのです…
今までロシアが日本を攻めてこなかった理由は簡単です
すごーく忙しかったのです(爆
ロシアと隣接している国がしょっちゅう、ちょっかいかけていましたから
しかし、その忙しいことも終わり、日本に矛先を向けたのです!
しかも、物凄い大群で…
ロシアは列強各国でさえ敬遠するほどでした
曰く「ロシアの本能は略奪である」・「ロシア外交の歴史は裏切りの歴史である」・「ロシアの裏切り方は絶妙である」
等と、欧米諸国ではロシアに対する当然の認識でした
ことごとく、イギリスは↑上記が独立を始めていき、「ブチ切れ」ました
「お前ら!勝手に独立してるんじゃねーよ!ゴルァ!!」
当時のアメリカは「モンロー主義」をとり、ナポレオン戦争には参加していませんでした
理由は、
「どこかの国と同盟すれば巻き添え食らうから」です
そうです、下手に動かない方が賢明な時もありますですね
今ではかなり出しゃばりーノ的なのが不思議なほどです(爆
イギリスはアメリカのその態度にも、
「お前な!元は同じ人間だろうが!なんでナポ戦に参戦しなかったんだよゴルァ!!」と大激怒しました
南米の独立を黙認していたアメリカが気に入らなかったのでしょう
イギリスはご立腹。とうとう海上封鎖してしまいました
それがきっかけで、またイギリス 対 アメリカが対立することになりました
「第二次アメリカ独立戦争」です
割愛しますが、結果アメリカが勝利し、アメリカはイギリスと同等な力を持つようになりました
イギリスは南米の植民地が独立したため、国力が減少したのです
アジアでは日本だけが独立国ですから、イギリスや他国は日本を侵略したくてならなかったのです
要は、白人は白色人種以外は「人間を人間と思っていません」でしたから…
ですが、近代国家となった日本を欧米諸国は容易に攻めることが出来ませんでした
日本は欧米諸国に、欧米に勝るとも劣らない国だということを知らしめることに成功したのです
当時の植民地国の人々は、小国日本が何故助かったのか疑問だらけでした
しかし、それが次第に日本のように、独立したいと望むようになっていったのです
彼らは「日本議会」を勉強して日本へやって来ました
簡単に言うと、
東南アジア各国は、日本に「アジアの救世主」になるよう要求したのですね
そうです、日本は緊張し、重圧に押し潰されそうになりました
「アジアを救うのは我々の責務だ」と…
血のにじむような努力が実り、「不平等条約の撤廃」に成功します
生半可な努力では、黄色が気に入らない白人を納得させることは出来なかったことでしょう
この頃のヨーロッパはドイツが統一します
当時、ドイツは「プロイセン」と呼ばれていました
日本が武士国だったように、ドイツは騎士国だったのです
プロセインの首相、ビスマルクは、外交手腕に長けており自国を守りました
世界が認めるほどの手腕ぶりに、「ビスマルク時代」とも言われたほどです
「他国を仲たがいさせ、お互いの国力を削ぐ」能力がビスマルクにあったそうです
ほぼ同時期に、ロシアがトルコを侵攻します。「クリミア戦争」勃発!です
(白衣の天使で有名ですね。「ナイチンゲール」です←興味のある方は別途調べてみてください。認識度が変りますから)
クリミア戦争はトルコvsロシアでしたが、ロシアの南下を恐れたイギリスとフランスはトルコに加勢します
尚、19世紀、インドや中東はイギリスが支配していたため、アフガニスタンはロシアとイギリスの植民地争いの場となっていて、この頃から今までずっと、アフガニスタンは戦場ですね
1894年、日本も行動を起こし、日清戦争に突入します
日本の勝利でしたが、「眠れる獅子」と恐れられた中国はその弱さを露呈していまし、欧米各国は更に中国における利権を増やそうとしました
そして
1904年 「日本独立戦争」とも言うべき、超無敵大国ロシア(爆)との戦に突入します
この時点で日本は戦える力はなかったのです…
今までロシアが日本を攻めてこなかった理由は簡単です
すごーく忙しかったのです(爆
ロシアと隣接している国がしょっちゅう、ちょっかいかけていましたから
しかし、その忙しいことも終わり、日本に矛先を向けたのです!
しかも、物凄い大群で…
ロシアは列強各国でさえ敬遠するほどでした
曰く「ロシアの本能は略奪である」・「ロシア外交の歴史は裏切りの歴史である」・「ロシアの裏切り方は絶妙である」
等と、欧米諸国ではロシアに対する当然の認識でした
これは メッセージ 13591 (kon_do_i さん)への返信です.