補:少し勉強P.9
投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/02 22:58 投稿番号: [13640 / 21882]
自分で書くと疲れるので…。
モンロー宣言は1823年ですが、ヨーロッパとアメリカ大陸との
相互不干渉はワシントン以来の基本政策と考えることもできます。
中南米はブラジルを除き(ポルトガルの植民地)スペインの
植民地でした。
トラファルガーの海戦に敗北したナポレオンはイギリス直接進攻を
あきらめ、経済的に締め上げることで反フランス政権の打倒を企図
しました。(大陸封鎖令
1807年)
産業革命により大量生産されたイギリス商品はその販路を失うと
同時にヨーロッパからの農産物の輸入がストップしたので、
翌年のイギリスの貿易額は減少しました。
そこでイギリスが目をつけたのがスペイン植民地であった中南米です。
スペインはスペイン継承戦争以来ブルボン家が支配していましたが、
ナポレオンの支配に下っていました。
海上権を握っているイギリスはスペインに遠慮することなく
中南米との貿易を行うことにより大陸封鎖令前よりも貿易額を
増加させています。
イギリスは中南米植民地の独立を積極的に支持していたと言えます。
米英戦争はイギリスによる逆封鎖でヨーロッパとの貿易を妨害された
ことと、カナダに対する野心からアメリカが宣戦布告したものです。
この戦争によりアメリカの産業が独り立ちすることになりました。
ビスマルク外交やロシアについては暇があれば後日。
#たぶん
無理
永遠の後日
これは メッセージ 13618 (kon_do_i さん)への返信です.
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