追追記、宗教改革その1
投稿者: koukiyumeno 投稿日時: 2004/10/01 23:12 投稿番号: [13624 / 21882]
一度謝罪して賠償すると
もっと反省しろ
もっと賠償しろと
迫られかねないのですけれど…。
そこは日本人なので簡単に謝罪し賠償として宗教改革を。
#自分のコミュニティの管理があるので少しずつでないと無理
とりあえず宗教改革前には「ローマ・カトリック教会」
株式会社があったのでした。(ギリシア正教会もあったけど)
この会社は西欧・南欧の村という村に支店を持ち
「(収入の)十分の一税」などというわけにわからないものを
人々から取り立てていました。
この会社の本社はローマにあり、代表取締役社長はローマ教皇と
呼ばれていました。
中央集権化を進めようとするとこの教会組織が国王にとっては
邪魔になるわけですね。
なにしろ国内の富をローマに吸い上げられてしまうし、国王の権威
以上の権威が存在しているわけですから。
お金はたくさんあったほうが良いというので、「贖宥状(免罪符)」
なんていうのも販売していました。
これを買えば罪が許されるという便利goodsです。
で、これをルターくんが批判しました。
お金で罪が許されるなんておかしいじゃん!
と誰が考えても当然のことのようですが、そんなに単純では
ありません。
そもそも、許しは何によって得られるのか?
あなたが罪を犯したとします。
でも、悔い改めて(反省して)、謝罪して、罪を犯してしまった相手
のために善い行いをしたとします。
それでも罪は許されないのでしょうか?
善い行いの中には、賠償とか、ODAとかあるかもしれません。
要するにお金です。
贖宥状を買うという行為は教会に対しての寄付と考えた場合、
神(の代理人)に対して善い行いをしたのですから、
罪は許されるはずです。
そうでなければ一度犯した罪は永遠に許されることはない
ということになってしまいます。
神は人間を愛で包んでくださいます。
そのような神が罪ひとを許さないわけはありません。
すなわち、罪の許しは善行による
です。
これに対してルターくんは異議申し立てをしました。
全知全能の無誤謬な神の前では、ちっぽけな人間の小さな行為など
全く無意味。
人間にできることは神をひたすら信じ、神の愛にすがることだけ。
それしか罪の許しを得る方法はない。
罪の許しはただ信仰による
です。
許しという根本的な考え方が全く違うわけですから妥協の余地は
ありません。
(実はレターくんは一時ひよったらしいけど、ヨハン・エックとの
論争でつい本音が出てしまった
らしい)
この対立に神聖ローマ帝国内の政治的対立が絡まって宗教戦争に
発展してしまいました。
これは メッセージ 13613 (kon_do_i さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/a55a5ca5aba1bca1a6a5a2a58a5a2a5aba5ca5wa4nhbfffcldbj_1/13624.html