竹島

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Re: 于山島はやっぱり独島日本の主張覆して

投稿者: na_175 投稿日時: 2007/12/06 18:05 投稿番号: [16031 / 18519]
yabutarou01さん、わかり易い解説ありがとうございます。

>二つの島(鬱陵島と于山島)があまり遠くなくて一度大きい風が吹けば触れることができる位だ。

当然、韓国側はムキになって、「于山島」=「独島」と考えたいのでしょうけど。
二島は遠くないと最初に言ってのに、それを「二島は近くないと証明された」と逆の主張できる感性が分かりませんね。

それで、韓国の方は納得できる物なんでしょうかね?

Re: 于山島はやっぱり独島日本の主張覆して

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/12/06 02:34 投稿番号: [16030 / 18519]
続きです。

韓国人の学者は于山島と鬱陵島の両方の記述のある文献があると于山島は竹島=独島であると早合点してしまいますがこれは正しくありません。例えば「朝鮮地圖帖・江原道」という地図
http://e-kyujanggak.snu.ac.kr/GZD/GZD_JIMYUNGS.jsp?ptype=class&subtype=jsc&lclass=01&mclass=&sclass=GR33437_00IH0001_007.jpg&jido=
には、
”于山島在三陟之東鬱陵島在平海之東六日程地”
とあります。三陟は平海の北に位置しているので于山島は鬱陵島の北にあると認識されていたようです。一方竹島=独島は鬱陵島の東南に位置しているのでこの于山島が竹島=独島であるはずはありません。
この”于山島在三陟之東鬱陵島在平海之東六日程地”は17世紀後半から19世紀後半までの複数の地図・地誌に同じ記述が載っています。
さらに下のぺージの上から三番目の地図を見ると、
http://toron.pepper.jp/jp/take/tizu/maps2.html
于山島が鬱陵島の西にありますが鬱陵島は蔚珍と航路を示す線で結ばれているのに対して于山島は蔚珍の北に位置している三陟と航路を示す線で結ばれています。これもやはり当時于山島が鬱陵島の北にあると認識されていたと解釈できます。

Re: 于山島はやっぱり独島日本の主張覆して

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/12/06 02:11 投稿番号: [16029 / 18519]
この文書と同じと思われる記述が”臥遊録”にあります。
http://yoksa.aks.ac.kr/jsp/aa/VolView.jsp?aa10no=kh2_je_a_vsu_24513_00 9&aa15no=009&aa20no=24513_009_0038
到寧海地面云盖二島去此不甚遠一&#39103;風可至于山島勢卑不因海氣極芿朗不登最高頂則不可見鬱陵稍峻風浪息則尋常可見麋鹿態&#29520;往往越海出來朝日纔高三丈則島中黄雀群飛來接竹邊串

  私は専門家ではないのであまり自信はありませんが一応私の見解を述べさせていただきます。
  この文章の最も重要なポイントは”去此”の”此”が何を指しているかだと思います。朝鮮日報の記事には”たいてい二つの島(鬱陵島と于山島)があまり遠くなくて一度大きい風が吹けば触れることができる位だ. 于山島は地勢が低くて, 天気が非常に清くないとか最高頂上に上がらなければ (鬱陵島で) 見えない.”とあってあたかも 二つの島(鬱陵島と于山島)の間のお互いの距離が遠くないと理解した上で、鬱陵島から于山島が見えると解釈しているように思えます。”鬱陵稍峻風浪息則尋常可見”は于山島から鬱陵島が見えると解釈しているのかもしれません。要するに世宗実録地理誌の韓国側解釈と同じですね。
しかし”到寧海地面云盖二島去此不甚遠”を書き下し文にしてみると”寧海地面に到りて云う盖(がい)二島は此(ここ)を去ること甚だしくは遠からず”現代文に訳すと”寧海に到着して言うには、二島はここからたいして遠くはない。”となります。これを素直に読めば寧海(寧海は朝鮮半島の地名)と二つの島(鬱陵島と于山島)との間の距離が遠くないと言っているように私には思えます。
  ”到寧海地面云盖二島去此不甚遠”が朝鮮半島と二つの島の関係について述べているのであれば、後ろの文章”于山島勢卑云々”も半島と二つの島との関係について述べていると解釈するのが妥当ではないかと考えます。一番最後の文”島中黄雀群飛來接竹邊串(竹邊串は朝鮮半島の地名)”も明らかに朝鮮半島と二つの島の関係について述べたものです。
となると”于山島勢卑不因海氣極芿朗不登最高頂則不可見鬱陵稍峻風浪息則尋常可見”は朝鮮半島から于山島と鬱陵島の両方が見えると考えていたということになります。もし鬱陵島から于山島を見たのであれば”鬱陵島から見た”と明示されていないのは文章としておかしいとと思います。結果的に下條教授の世宗実録地理誌の解釈と同じになります。
  ちなみに朝鮮半島から于山島が見えると書いてある文献は他にいくつかあります。
玉川先生文集卷之七 關東録
發向三陟。登葛&#23796;望海。人言雨霽天晴時。可辨海中島嶼若鬱陵于山之屬云。
http://www.minchu.or.kr/index.jsp?bizName=MM&url=/MM/MM_NODEVIEW.jsp%3Fsectionname=total%26dbname=MM%26setid=42687%26pos=1%26tc=3
  海東繹史   續集   地理考 14   山水   2
ここで再び東南方へ行ってから折れて西南方へ 100里に行くと蔚珍城の東を通るようになるのに,その東南の方海向こうには千山島 -ご遠慮よく見るが于山島にならなければならない.-行っていて,&#33728;陵島とも言う
http://www.minchu.or.kr/index.jsp?bizName=MK&url=/MK/MK_NODEVIEW.jsp%3Fsectionname=total%26dbname=MK%26setid=41733%26pos=8%26tc=8
眉叟記言   芿士列傳 金時習
また東で引き返して楓嶽山・五台山に上がって東海最後まですべて見物した後越松亭に遊び歩いて鬱陵于山島を眺めた.
http://www.minchu.or.kr/index.jsp?bizName=MK&url=/MK/MK_NODEVIEW.jsp%3Fsectionname=total%26dbname=MK%26setid=41733%26pos=1%26tc=8

于山島はやっぱり独島日本の主張覆して

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/12/06 01:54 投稿番号: [16028 / 18519]
‘于山島’はやっぱり独島だった
海洋水産開発院ユミリム博士,朝鮮後期朴世堂が書いた資料発掘
“鬱陵島で正常上がらない于山島が見えなくて”…
‘于山島が鬱陵島’という 日 主張覆して

独島領有権で大きな争点だった「于山島が独島」という事実を立証することができる新しい資料が発掘された。韓国海洋水産開発院独島研究センター責任研究員であるユミリム(柳美林) 博士は最近この開発院が発刊する「海洋水産動向」1250号で「朝鮮後期朴世堂・1629〜1703)」が書いた「鬱陵島」を分析した結果、于山島は鬱陵島ではなく独島を指すことが明らかにされた」と述べた。
「独島が元々我が地」だったとする時、その重要な根拠は于山島の存在だった。「世宗実録」地理志に 「于山と武陵 二つの島が蔚珍県の東海の中ある。二つの島はお互いに距離が遠くなくて、天気が晴れれば見られる」と記録している。ここで「武陵」が鬱陵島、「于山」は独島というのが韓国学者たちの解釈だった。
しかし日本学者たちは「新増東国輿地勝覧」の注釈に「于山島と鬱陵島が本来一島だったという説もある」という内容を根拠に、于山島は独島ではなく ①鬱陵島とか ②鬱陵島で東方へ 2㎞ あまり離れた竹島と言う主張をしてきた。
しかしユ博士などが朝鮮後期主要学者中の一人である西溪朴世堂の記録「鬱陵島」を分析した結果は違った。この文は朴世堂の11代子孫が 2001年韓国学中央研究院に寄託した 「西溪宗宅古文書」のなかの「西溪雑録」に載せられている筆写本で、今まで史料の存在が一般に知られていなかった。朴世堂はこの文で船に乗って鬱陵島へ行ってから帰って来た僧侶から伝えて聞いた話を記録しながらこのようにに言及した。
「たいてい二つの島(鬱陵島と于山島)があまり遠くなくて、一度大きい風が吹けば触れることができるくらいだ。于山島は地勢が低く、天気が非常によくないとか、最高頂上に上がらなければ (鬱陵島で) 見えない(不因海気極清朗,不登最高頂,則不可見).」
この記録は ①「于山島」は確かに鬱陵島のような島ではないという事実と、②竹島や観音島のように鬱陵島と接した島でもないという事実を立証している。竹島・観音島は鬱陵島で高く上がらないとか天気が曇っても肉眼で見られる島だからだ。そうだったら「于山島」になることができる島は独島しかにない。
これは朴世堂と同時代人物である三陟營將張漢相(1656〜1724)が書いた「鬱陵島事蹟」で「(聖人峯で) 東に海を眺めたら東南の方に島一つがかすかにあるのに、大きさは鬱陵島の3分の1にならないほどで、距離は 300里余にならない」と言う記録とも通じるとユ博士は説明した。朴世堂と張漢相は皆日本側から独島が朝鮮地という確認を受けた肅宗の時の漁夫安龍福と同時代の人物という点でこれらの認識はもっと重要な意味を持つというのだ。これに対してシン・ヨンハ梨花女大碩座教授は「初めて発掘されもので、独島が私たちの地だったのを明らかにする非常に重要な資料”と述べた。

朝鮮日報
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/12/04/2007120400027.html

『台湾府志』 in 1696

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/12/06 01:34 投稿番号: [16027 / 18519]
先日の日本VS台湾の試合は視聴率が良かったようです。来年は北京で、次の2012年はロンドンですが、2016年は東京でオリンピックが開かれればよいですね。

さて、掲題の件ですが『台湾府志』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taiwanfushi-1696/
一六九六(康煕35)年の『台湾府志』によれば康熙20年に始めて版図に入ったとされ、また翌21年、群邑が置かれたとされている(「台湾自康煕二十年始入版図」「上二十一年特命靖海将軍候施公   師率討平之   始入版」)。康煕20年とは、一六八一年のことであるが、一七六五年『続修台湾府志』その他清朝の公文書および明治36年、大正8年の各『台北庁志』(台北庁編)によれば、版図編入は康煕22年とされているところから、右の『台湾府志』の記述は正確でないと言うべきであろう。そして台湾図に尖閣諸島はない。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)


next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻下』
『日本水路誌 第6巻』
『淡水庁誌』
『台湾府志』(本日アップロード完了)
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『続修台湾庁志』
『トカラ列島及尖閣群島図』陸地測量部刊
『黄尾嶼図』陸地測量部刊
『魚釣島図』陸地測量部刊
『朝鮮半島図』陸地測量部刊(S19)

『皇城新聞』
『大韓毎日申報』
※上記2の新聞を掲載するにあたり、イラストレータかフォトショップをお持ちの方はご連絡下さい


12月上旬の尖閣掲示板エンディングテーマ
「時をかける少女」
http://www.youtube.com/watch?v=nqfcSW3cX3o

『殊域周咨録』 『厦門志』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/12/06 00:10 投稿番号: [16026 / 18519]
原田知世の歌にこういう歌詞があります。

「あなた(魚釣島)、私の元から突然消えたりしないでね。二度とは会えない場所(中国)へ、一人で行かないと誓って。」
そこで12月上旬の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが『殊域周咨録』と『厦門志』をダブルで掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/shuiki-1582/
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/xiamen-1839/
なお、厦門志はそれほど詳しく見せる必要はないので、表紙だけとしました。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)


next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『殊域周咨録』 (本日アップロード完了)
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻下』
『日本水路誌 第6巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』 (本日アップロード完了)
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『続修台湾庁志』
『トカラ列島及尖閣群島図』陸地測量部刊
『黄尾嶼図』陸地測量部刊
『魚釣島図』陸地測量部刊
『朝鮮半島図』陸地測量部刊(S19)

『皇城新聞』
『大韓毎日申報』
※上記2の新聞を掲載するにあたり、イラストレータかフォトショップをお持ちの方はご連絡下さい


12月上旬の尖閣掲示板エンディングテーマ
「時をかける少女」
http://www.youtube.com/watch?v=nqfcSW3cX3o

新資料?

投稿者: llllowollll 投稿日時: 2007/12/04 13:06 投稿番号: [16024 / 18519]
お久しぶりです。

今日の朝鮮日報の記事です。

http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/12/04/2007120400027.html

この資料って今まで見たことが無いような気がするのですが、どなたかご存知ないでしょうか?

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/12/03 06:21 投稿番号: [16023 / 18519]
te22200様、こんにちわ。

>puracyaka2007さんのおっしゃる「海外渡航禁止令」が
>a. 異国の領域に入ることを禁止したもの
>b. 日本の領域から出ることを禁止したもの
>のどちらであるかを調べたいと思っての質問です。
>もしも aであれば、竹島松島が日本領でなくても、整合性に何の問題もあり
>ません。
>私が従来主張しているように(私だけが言っていることではありませんが)、
>竹島松島は朝鮮領でもないと認識されていると解釈すれば良いのですから。

te22200様の言わんとするところは判りました。
だから、海外渡航禁止令を考慮しても、「朝鮮領であることはあり得ない」というところまでしか言えないということですね。
これについては、また後日。(最近、なかなか時間がとれないので。)

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/12/03 01:21 投稿番号: [16022 / 18519]
puracyaka2007さん

(puracyaka2007さん:15979)>>>
竹島松島が隠岐国でないから日本領でないとすると、海外渡航禁止令とどう整合を付けるのかさっぱりわかりません。尤も、隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はありますが。
<<<

に対して

(#16005:te22200)>>>
あと、私に基本的な知識が無いので純粋に質問なのですが、上で「海外渡航禁止令」と呼んでいるものは何年に出されたどういう命令のことを指しているのでしょうか。
<<<

と尋ねたことは無視されたようなので、質問の意図を補足します。


puracyaka2007さんのおっしゃる「海外渡航禁止令」が

a. 異国の領域に入ることを禁止したもの

b. 日本の領域から出ることを禁止したもの

のどちらであるかを調べたいと思っての質問です。


もしも aであれば、竹島松島が日本領でなくても、整合性に何の問題もありません。
私が従来主張しているように(私だけが言っていることではありませんが)、竹島松島は朝鮮領でもないと認識されていると解釈すれば良いのですから。

puracyaka2007さんが「どう整合を付けるのかさっぱりわかりません」という強い否定の言葉を述べられる以上、bを想定されていると思うのですが、それは正しいのでしょうか。

もしも、bだとすると漁や海運のため船で沖へ出ることすらできなくなってしまうように思うのですが…

石島は独島説否定鬱陵島絵図確認

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/28 21:37 投稿番号: [16021 / 18519]
「石島は独島」説否定   最古の鬱陵島絵図2枚確認

日韓が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)とかかわりの深い韓国・鬱陵島の属島として、現在の竹嶼(チクショ)と観音島の二島を描いた最も古い朝鮮の絵図二枚が、確認された。二島を認識していたことで韓国側が自国領とする根拠が一段と弱まったと、日本の研究者は指摘している。
「欝陵島図形」で、鬱陵島の独島博物館であった特別展の図録への収録を、島根県の竹島資料室が確認。鬱陵島東側の竹嶼と観音島の位置に「大于島」と「小于島」が描かれ、朝鮮王朝が両島を鬱陵島の属島と認識していたことがうかがわれる。
韓国側は、日本が竹島を島根県に編入した一九〇五年の五年前に大韓帝国政府が出した「勅令第四一号」で、鬱陵島の行政区域を「鬱陵島と竹島、石島」とし、石島(ソクト)が発音の似ている独島(ドクト)として、自国領の根拠に挙げる。
竹島(チクトウ)は竹嶼の韓国名。これ以外に属島が韓国側で認識されていたことから、勅令での竹島は大于島で、観音島の位置にある小于島を石島とするのが、絵図上では整合性があるとみられる。
島根県の竹島問題研究会の座長だった下條正男拓殖大教授は「石島は地理的に鬱陵島から九十二キロも離れた現在の竹島ではなく観音島とみられるとした研究会の見解が、正しいことが裏付けられた」と指摘している。
1702年作製とみられる「欝陵島図形」。1699年の絵図とは逆方向から描かれており、「大于島」「小于島」は左側にある
  作製時期について下條氏は、朝鮮王朝を記録した粛宗実録を基に「鬱陵島探査を命じられた役人による一六九九年と一七〇二年の官製地図とみられる」と推測。従来、最も古いとされてきた一七一一年の「欝陵島図形」をさかのぼるとした。

ソース
山陰中央新報   http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=445698006


この記事は私のホームページを見て書かれたものだと思われます。
該当ページ
鬱陵島検察使の地図を考える
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/1.html
トップページ
藪太郎の研究室
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/


私が最初にウェブ上で公開したネタが山陰中央新報にとり上げられたのはこれで三回目になります。

新資料発見?『于山島が鬱陵島の北にある』2006/ 6/ 3
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=14549
竹島問題で韓国側主張覆す古地図見つかる '07/02/22
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=345809006&from=top

Re:やっぱり于山島はチュク ドであった!!! 2006/ 6/ 4
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=14569
「古地図」報道裏付ける韓国史料発見 '07/03/13
http://www.sanin-chuo.co.jp/modules/news/article.php?storyid=346535006


この記事のタイトルには『「石島は独島」説否定』とありますが、これらの地図は「勅令第四一号」の石島が観音島である可能性を証明することはできても石島が竹島(韓国名・独島)である可能性をすべて否定できるわけではないと私は考えます。誤解のないように一応指摘しておきます。

県立博物館資料 変チンポコイダー氏に質問

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/26 22:19 投稿番号: [16020 / 18519]
比較的恵まれた日本=慣れた相手に油断禁物−W杯サッカー抽選会
http://www.jiji.com/jc/zc?key=&k=200711/2007112600042&rel=j&g=spo

「死の組」は1組=W杯サッカー・アジア3次予選
http://www.jiji.com/jc/zc?key=&k=200711/2007112600046&rel=j&g=spo
中国に天誅が下りましたね(笑)。


さて、掲題の件ですが、下記に各種鳥取県立博物館所属資料を掲載します。

政令指定都市である北九州市は東京にも事務所があるのと同じで、当時鳥取藩も江戸に支社がありました。安龍福事件を受けて幕府は鳥取藩@江戸に対して鬱陵島の質問をしました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tottori-museum/1695-12-24/


翌日鳥取藩は鬱陵島も松島も「うちらのものじゃねーぜ」と回答しました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tottori-museum/1695-12-25/
すると幕府から「あのさぁ、ワード文章だけじゃ分かりづらいから、パワーポイントとか使って図で説明してよ。プレゼンするときは、文章だけじゃなくて図とかも使うでしょ、普通は。ホント仕事出来ねー奴等だな〜」と愚痴をこぼされる。


http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tottori-museum/1696-01/
慌てた鳥取藩は翌月に「竹島の図」を幕府に提出します。


ここで変チンポコイダー氏に質問ですが、なぜ1724年にも鳥取藩は幕府に図を提出したのでしょうか?
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/tottori-museum/1724-04/
この年の前後に何かあったのでしょうか?



http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)


next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『殊域周咨録』1582 31
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻下』
『日本水路誌 第6巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『竹嶋之図』 (本日アップロード完了)
『小谷伊兵衛より差出候竹嶋之絵図』 (本日アップロード完了)
『続修台湾庁志』
『皇城新聞』
『大韓毎日申報』
※上記2の新聞を掲載するにあたり、イラストレータかフォトショップをお持ちの方はご連絡下さい


11月の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
http://www.avexnet.or.jp/avexdb/asian2/asx/prom07_smirnoff500.asx
country road, way to home 愛する場所(鬱陵島)へ 連れっておくれー

http://www.avexnet.or.jp/avexdb/asian2/asx/prom07_mumo500.asx

竹島の車窓から 3 変チンポコイダー氏

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/26 21:43 投稿番号: [16019 / 18519]
<男子バレーW杯>日本4敗目   3位以内は絶望的
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071126-00000107-mai-spo
あ〜あ、オリンピックで見るものなくなっちゃいますね。なぜ日本は弱いのでしょうか?

さて、掲題の件ですが、「竹島の車窓から」その3・変チンポコイダー氏との出会いを掲載します。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka46/trip2007/index.html


「竹島の車窓から」エンディングテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=zGK-gGtDIT0
http://www.youtube.com/watch?v=RSFdhlL6v5E

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/25 10:17 投稿番号: [16018 / 18519]
puracyaka2007さん


(#16017:puracyaka2007さん)>>>
赤水が「隠州視聴合紀を読んでいること」と「竹島・松島を日本領と考えた」という2点については問題は無いと思います。
<<<

同意しますが、時期によって竹島松島の所属についての考えが変わった可能性がないかの確認は必要かと思います。


(#16017:puracyaka2007さん)>>>
隠州視聴合紀は日本の地を隠岐までとしていると赤水が理解したならば、改正日本輿地路程全図にわざわざ隠州視聴合紀の一節を注記するでしょうか。
<<<


するでしょう。竹島と朝鮮の位置関係を示す有用な情報ですから。
あと、厳密には「隠州視聴合紀の一節」とは異なっていますね。


(#16017:puracyaka2007さん)>>>
他の資料から竹島・松島が日本領と判断したというのであれば、全く不用のものです。その場合は他の資料から引用するか、あるいは単に竹島松島を地図上に記載するでしょう。
<<<

ひょっとしてpuracyaka2007さんは「見高麗猶望雲州隠州」という記述が、竹島松島が日本領であることの説明だけのために書かれているとお考えなのですか?


(#16017:puracyaka2007さん)>>>
しかし、2説と3説は結論は同じです。2説の立場と3説の立場で議論をする利益はあまり無いように思います。私は従前通り3説です。
<<<

1説を否定する人にとって、2説の立場と3説の立場で議論をする利益は、無いどころか逆に有害ですものね。
2説にも3説にも、それぞれ難点があることが明らかになってしまいますから。

議論を避けたい気持ちが分らないではありませんが、知的誠実さには欠けますね。

(#16017:puracyaka2007さん)>>>
理由は、整理して後日投稿します。
<<<

お待ちしています。
一点、注文ですが、以前の書き込みからお考えが変わった点があれば、その旨を明記して下さいね。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/25 08:28 投稿番号: [16017 / 18519]
te22200様

>(#16009:puracyaka2007さん)>>>
>また、赤水が竹島・松島を日本領と考えた根拠の一つが隠州視聴合紀であるこ
>とも改正日本輿地路程全図の記述から明らかだと思います。

赤水が「隠州視聴合紀を読んでいること」と「竹島・松島を日本領と考えた」という2点については問題は無いと思います。

>赤水が「隠州視聴合紀は日本の地を隠岐までとしているが、他の情報に基づい
>て考えれば竹島までを日本の範囲とすることが妥当だ」と考えた可能性はない
>のでしょうか。それを否定するのであれば、否定する根拠についてきちんと説
>明していただけませんか。

隠州視聴合紀は日本の地を隠岐までとしていると赤水が理解したならば、改正日本輿地路程全図にわざわざ隠州視聴合紀の一節を注記するでしょうか。他の資料から竹島・松島が日本領と判断したというのであれば、全く不用のものです。その場合は他の資料から引用するか、あるいは単に竹島松島を地図上に記載するでしょう。

>ちなみに、亜細亜小東洋図の写真を見ると、「竹シマ」の北西にも小さな島が
>点々と連なっています。隠州視聴合紀には記述の無い島ですから、隠州視聴合
>紀以外の情報源もあったことは間違いありませんね。

それはそうだと思います。

>どうもよく分りません。
>puracyaka2007さんは
>「長久保赤水は竹島・松島を隠州に含めた」
>と主張するのですか、しないのですか。
>その根拠も含めて明確に書いていただけませんか。

このトピでは、隠州視聴合紀の読み方については、
1   此の州が隠岐国を指す。(竹島を含まない。)
2   此の州が竹島を指す。
3   此の州が竹島を含んだ隠岐国を指す。
の3説がありました。
1説が排除されるのは赤水自身が竹島を日本領と考えていたことが明らかになった以上当然です。
残るは2説と3説です。
しかし、2説と3説は結論は同じです。2説の立場と3説の立場で議論をする利益はあまり無いように思います。私は従前通り3説です。
理由は、整理して後日投稿します。

Re: 隠州視聴合紀:無人島と「日本之地」

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/25 08:03 投稿番号: [16016 / 18519]
puracyaka2007さん

「竹島松島を隠州に含むか」というテーマを優先していたのでお返事が遅くなりましたが、もう一つのテーマである「無人であることが日本の地でない理由になるか」について論じます。

まず、私は #15817で次のように書きました。

(#15817:te22200)>>>
誤解があるようですが、私が主張しているのは「隠州視聴合紀の著者は、無人島であることを理由の一つとして竹島松島が日本の地ではないと判断している」ということだけであり、当時の他の立場の人が一般的に島の領有問題についてどう考えていたかについては何も述べておりません。

ですから、小笠原諸島に対する領有意識などは私の主張とは関係ありません。
<<<


それに対してpuracyaka2007さんは次のように反論されました。

(#15822:puracyaka2007さん)>>>
「隠州視聴合紀」は一種の報告書です。はじめから他人に読んでもらうことを意図して作成されたものです。「2島が無人島であるならば誰のものでもない。」と個人的に判断するのは自由ですが、他人に読ませる文書ならば、無人島であることと無主地であることに論理的関係があるというとことについて、ある程度の一般的な了解が必要なのです。
(中略)
逆に、斉藤豊仙が無人島→無主地を何の説明も無く主張しているとするならば、少なくとも違和感が無い程度には一般的了解があったのではないかという推測が成り立つ訳です。ご理解いただけますか?
<<<


これは「報告書提出先である出雲藩の人々の間に一般的了解が必要だ」ということですよね。他の立場の人々の間にどのような了解があるかは無関係ですよね。

で、puracyaka2007さんは「小笠原諸島に対する領有の事例から伺える意識が、出雲藩の人々の間でも一般的了解となっていた」と主張される訳でしょうか。これは決して自明のことではないので、理由を説明して下さい。


また、亜細亜小東洋図のことを報道した山陰中央新聞の記事に以下のような記述がありました。
( http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=407741006 )

> 島根県の杉原隆・竹島研究顧問は「改正日本輿地路程全図では、現在の竹島と鬱陵島を無人島として彩色しなかっただけ」と指摘。


改正日本輿地路程全図は、無人島であることを理由に竹島松島の彩色を日本本土とは変えた訳です。

隠州視聴合紀の書かれた当時は国際法学など未発達であり、また地籍が整備されていた訳でもないので、「日本の地」の判断基準が人により微妙に異なっていても不思議はありません。

「無人島だから日本本土とは異なる彩色にする」という判断があってもおかしくないのと同様、「無人島だから日本の地ではない」という判断があってもおかしくありません。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/24 21:31 投稿番号: [16015 / 18519]
puracyaka2007さん

(#16009:puracyaka2007さん)>>>
亜細亜小東洋図のニュースを知ったのは、te22200様はいつくらいだったのでしょうか。
<<<

正直言って赤水図については、ほとんど知識が無く、亜細亜小東洋図のことも今回初めて知りました。
で、にわか勉強で赤水の地図のことをネットで簡単に分かる範囲で調べてみたのですが、なぜ以下↓が明らかなのか私には分りませんでした。

(#16009:puracyaka2007さん)>>>
また、赤水が竹島・松島を日本領と考えた根拠の一つが隠州視聴合紀であることも改正日本輿地路程全図の記述から明らかだと思います。
<<<


赤水が「隠州視聴合紀は日本の地を隠岐までとしているが、他の情報に基づいて考えれば竹島までを日本の範囲とすることが妥当だ」と考えた可能性はないのでしょうか。それを否定するのであれば、否定する根拠についてきちんと説明していただけませんか。

ちなみに、亜細亜小東洋図の写真を見ると、「竹シマ」の北西にも小さな島が点々と連なっています。隠州視聴合紀には記述の無い島ですから、隠州視聴合紀以外の情報源もあったことは間違いありませんね。


ところで、puracyaka2007さんは、#16009で次のように赤水が竹島・松島を隠州(隠岐国)に含めたかどうかの問題を保留していらっしゃいます。

(#16009:puracyaka2007さん)>>>
竹島・松島が隠岐国に含まれるか否かは別として、長久保赤水が竹島・松島を日本領と考えたのはもう間違いありません。
<<<


にも関わらず、すぐ後の #16010では次のように、赤水が竹島・松島を隠州に含めたことを前提に論じていらっしゃいます。

(#16010:puracyaka2007さん)>>>
これと同様に、竹島松島を隠州に含むかどうかについてこれ以上議論するのは滑稽ではありませんか。te22200様が長久保赤水以上の学識の持ち主で、「長久保が間違っている」と主張するのであれば別ですが。
<<<


どうもよく分りません。
puracyaka2007さんは

「長久保赤水は竹島・松島を隠州に含めた」

と主張するのですか、しないのですか。
その根拠も含めて明確に書いていただけませんか。

地図の混乱について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/24 10:37 投稿番号: [16014 / 18519]
重訂萬國全圖(安政2年=1855年)で既に「ダゲレト島即松島」、「アルゴナウト島即竹島」の記載があります。
http://www.lib.meiji.ac.jp/perl/ashida/search_detail?detail_sea_param=loc,4,63, 0

『鬱陵島図』 in 1917 & in 1918

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/22 23:51 投稿番号: [16013 / 18519]
先日、ダーツバーに初めて行ったのですが、そこで「スミノフ・アイス」なるものを飲みました。ダーツバーで会った人がロシアの飲み物と言っていましたが、帰宅後ネットで調べたら、実際にはイギリスの飲み物であることが分かりました。そこで連休のエンディングテーマが決まりました。


さて、掲題の件ですが、下記に陸地測量部&朝鮮總督府作成『鬱陵島図』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/ullungdo-1917/
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/ullungdo-1918/
拡大カラー図を見る限り、該当箇所は海中にある岩礁のように見えます。点線で書かれているので。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15987


http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)


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『殊域周咨録』1582 31
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『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻下』
『日本水路誌 第6巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』in 1917 (本日アップロード完了)
『鬱陵島』in 1918 (本日アップロード完了)
『続修台湾庁志』
『皇城新聞』
『大韓毎日申報』
※上記2の新聞を掲載するにあたり、イラストレータかフォトショップをお持ちの方はご連絡下さい


11月連休中の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
http://www.avexnet.or.jp/avexdb/asian2/asx/prom07_smirnoff500.asx
country road, way to home 愛する場所(鬱陵島)へ 連れっておくれー
http://www.avexnet.or.jp/avexdb/asian2/asx/prom07_mumo500.asx

『東亜日報の日本海表記』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/22 19:39 投稿番号: [16012 / 18519]
日本も韓国も北京オリンピック決定して良かったですね。来年はかの国からまたブーイングされて、中指立てられてペットボトル投げつけられるのでしょうか。反日暴動で盛り上がる事間違いありません。

さて、掲題の件ですが、下記に『東亜日報の日本海表記』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/toanippo1946-1954/
韓国人は黄海を西海と言っておりますが、中国や国連に対しては呼称変更を取り上げておりません。日本海だけなんですね。なぜ日本海呼称問題を韓国側が取り上げたかというと、これは私見ですが、"韓国の領土である独島"が"日本海"に浮かんでいたのではおかしいと思ったからではないでしょうか。竹島問題と日本海呼称問題は密接に関係していると私は思います。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)


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11月の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ

「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA

小泉首相に謝意を表すブッシュ大統領
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o

小泉首相「民営化は信念だ。俺は殺されてもいいんだ」
http://www.youtube.com/watch?v=HfMd44VyhZo

小泉純一郎前総理を崇め奉る動画
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

『軍艦開門による調査』 in 1892

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/21 22:27 投稿番号: [16011 / 18519]
日本北京オリンピック出場決定おめでとう御座います。今日はあと韓国VSバーレーンの試合がありますね。頑張れ韓国!

さて、掲題の件ですが、下記に『軍艦開門による調査』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaimon-1892/
沖縄本島から遠く北・南大東島があって、更に南にポーンとラサ島がありますね。日本のEEZが広いのはこうした島が沢山あるからですね。文献を読むと、軍艦開門は尖閣諸島には行っていないようです。この資料も"お宝資料"であることは間違いありません。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)


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Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/21 06:41 投稿番号: [16010 / 18519]
te22200様、yahoo掲示板の使いにくさに辟易としながら投稿しています。
No.15600 から引用です。
-------------------------------------------------------------------- -
  下條氏は『隠州視聴合記』において斉藤豊宣が竹島・松島を日本領に解釈していると断定していますが、これは我田引水のようです。池内敏氏の詳細な研究によれば「この史料(『隠州視聴合記』)をもって、竹島/独島が当時の日本の版図から外れたものと認識されていたとするのは妥当(注6)」とされるからです。この池内氏の論文に対し、下條氏からの反論はまだないようです。
  長久保赤水は下條氏も認めるように『隠州視聴合記』を踏襲しているので、当然、赤水も斉藤豊宣同様に竹島・松島を日本の版図外と認識していたということになり、下條説は成り立ちません。
  下條氏の我田引水はこれだけにとどまらないようです。堀説への反論をこう書き加えました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  この例から言えるのは、長久保赤水が鬱陵島や竹島を日本の領土として認識していたかどうかは、彩色の有無だけでは判断ができない、ということである。
  そのことは、一八五二(嘉永五)年、鈴木驥園が長久保赤水の『日本輿地路程全図』を改訂して刊行した『増訂 大日本国郡 輿地路程全図』からも裏づけられる。そこでは竹島、松島、沖永良部島、青ヶ島にも日本本土と同じく黄色い彩色がほどこされているからである(注2)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この文に下條氏特有の論法を見る気がします。長久保赤水の竹島・松島認識を問題にしているのに、なぜ長久保赤水が亡くなって 50年後の、しかも他人の地図をわざわざ持ちだすのでしょうか?   私には単なる論点ずらしにしか受け取れません。しかも、鈴木驥園の地図は私的なものなので、資料価値に乏しいことはいうまでもありません。
  下條氏は今年3月まで竹島問題研究会の座長を務めましたが、そのような人だからこそ島根県によって選ばれたのかも知れません。最初から「竹島は日本領」という結論ありきの会では、島根大学の内藤先生のような方が選ばれないのは当然と思われます。
----------------------------------------------------------------------

長久保赤水自身が竹島・松島を日本領と考えていたということを直接証明する資料が出てきてしまった今では、こんな議論は滑稽としか言いようがありません。結果を見れば、下条説が正しかったのですから。大見得を切っておいて高転びに転ぶとはまさにこのことです。
これと同様に、竹島松島を隠州に含むかどうかについてこれ以上議論するのは滑稽ではありませんか。te22200様が長久保赤水以上の学識の持ち主で、「長久保が間違っている」と主張するのであれば別ですが。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/21 05:15 投稿番号: [16009 / 18519]
te22200様こんにちわ。
突然ですが、本件につきましては、te22200様やyabutarou01様がNo.15615あたりで非常にいい議論をやっていますね。
----------------------------------------------------------------------
No.15615(yabutarou01様投稿)から一部抜粋
  もう一つ半月城さんの主張によれば竹島松島は日本領であるという『大日本史』の認識は長久保赤水の認識ということになります。長久保赤水といえば言うまでもなく『改正日本輿地路程全図』を刊行した人物です。となると赤水が『日本輿地路程全図』で竹島松島を無彩色にしたのは決して竹島松島を日本領と認識していなかったからではない、ということになります。『日本輿地路程全図』についての下條教授の主張に対する半月城さんの批判は全くの筋違いですね。
----------------------------------------------------------------------
亜細亜小東洋図のニュースを知ったのは、te22200様はいつくらいだったのでしょうか。恥ずかしながら私が知ったのは最近のことです。このトピから1年以上遠ざかっていましたので、気がつかなかったのです。もし知っていればこのような議論ははじめからしなかったでしょう。亜細亜小東洋図によりNo.15615でyabutarou01様の主張が直接確認されてしまったからです。竹島・松島が隠岐国に含まれるか否かは別として、長久保赤水が竹島・松島を日本領と考えたのはもう間違いありません。また、赤水が竹島・松島を日本領と考えた根拠の一つが隠州視聴合紀であることも改正日本輿地路程全図の記述から明らかだと思います。赤水が隠州視聴合紀を誤読したのだという主張はあり得るでしょうが、説得力はゼロです。これ以上議論を続けてもあまり利益は無いと思うのですがいかがでしょうか。

『日本水路誌 第2巻』 文章起し完了

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/20 23:12 投稿番号: [16008 / 18519]
最近私が読んでいる本に「中国は日本を併合する」というのがあります。東シナ海や沖ノ鳥島、チベットや核のことが書かれています。非常に興味深い本です。
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E4%BD%B5%E5%90%88%E3%81%99%E3%82%8B-%E5%B9%B3%E6%9D%BE-%E8%8C%82%E9%9B%84/dp/4770040318/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1195567405&sr=1-1

昔、蒋介石か毛沢東が「朝鮮半島は元来中国の領土であったのに、帝国主義によって奪われた」と言っていましたが、ここでいう帝国主義は日本を指します。これは私の意見ですが、チベットや東トルキスタンが独立出来なかったのは、西方に列強国が無かったからだと思います。北にロシアがあったからモンゴルは中国から分離独立した、東に日本があったから、朝鮮も中国から分離独立した、しかし中国西方には強国はなかった。それがチベットや東トルキスタンが分離独立出来ない大きな理由だと思います。


さて、掲題の件ですが、下記に『日本水路誌 第2巻』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/hydrograph1894/
先ほどの寰瀛水路誌を半分以上踏襲しているので、今回は早く文章起しを完成させることが出来ました。残りの日本水路誌の文章起しをしつつ、ついに"あの資料"を公開します。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)


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『日本水路誌 第2巻』(本日文章起し完了)
『日本水路誌 第2巻下』
『日本水路誌 第6巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『軍艦海門の調査』
『皇城新聞』
『東亜日報』
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http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

英艦「ライラ」号って何?

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/20 20:39 投稿番号: [16007 / 18519]
明日夜7時から日本VSサウジアラビアがありますね。これで負けたらオリンピックで見る自分の好きな競技が無くなってしまうので、負けないで欲しいです。

さて、掲題の件ですが、下記に『寰瀛水路誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaneisuiroshi-1886/
1837年以前は該岩の存在詳ならさりしが、この年に至りて英艦「ライラ」号これを発見さりと伝う。その後1845年「ベルチエル」氏もこれを見たり。夫より後はこの岩に付き数回報告ありたり。この岩は黒潮中にあるを以って、その位置を示すこと各大に差異あり。1861年の報告に伝う所の「レクライト」島は即ちこの島と同じ物なり。

尖閣群島
この郡岩は一礁脈及び探知堆をもって、和平山と相連続してしかしてこれを水道岩との間に水深約12尋の一水道を有す。抑々この群島は鎔化石の成す所にしてその質は堅く形は円柱の如し。その一部は嵬として分裂破砕し、一部は参差して尖針のごとく。若し強颱に会し、或いは地震に遭はは忽ち崩壊す可きの観を呈す。しかして平岩中23の頂には長草を生すと雖も、樹木は潅木たりとも、絶えてなし。群島皆鳥糞のために白色となれり。その鳥類は天信翁「フリゲイト」鳥、及び数種の「テルン」洋鳥の名等にしてその鳴き声は殆ど人をして聾せしむ。
この群島は礁脈上にありて、その礁脈は海図に記載せるが如く。和平山島の東方6里、及び北方4里に延伸す。


嵬(カイ、ガイ)
颱(タイ)
忽(コツ、コチ、ゆるが・せ、たちま・ち)
雖(スイ、いえど・も)
翁(オウ、ウ、おきな)
聾(ロウ、ル、つんぼ)

低牙吾蘇島
この島の中央は北緯25度58分30秒、東経123度40分に当り、和平島を距る北東約15里の処にありて、緑色の斑点ある大浪磨石より成るものの如し。島頂は高さ約60尺の処より、その最高処600尺の高さに至る。迄矮樹の疎林を以ってこれを薮へり。しかして一大樹無し。この島には尖閣群島に棲める海鳥に外に「ジガンチック、ペトレル」と唱ふる一種の海鳥あり。

棲(す・める)

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

上記文章起しをしていて、1845年「ベルチエル」氏という文章は何を指しているのか分かるのですが、1837年の英艦「ライラ」号って何でしょうか?ご存知の方がいましたらご教授下さい。

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『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『Atlas of Japan』91folder
『殊域周咨録』1582 31
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『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『寰瀛水路誌』(本日文章起し完了)



11月の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA

小泉首相に謝意を表すブッシュ大統領
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o

小泉首相「民営化は信念だ。俺は殺されてもいいんだ」
http://www.youtube.com/watch?v=HfMd44VyhZo

小泉純一郎前総理を崇め奉る動画
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

まともな韓国人

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2007/11/19 22:11 投稿番号: [16006 / 18519]
此処にきている在日の下らん屁理屈聞いてもしょうがない。

かような韓国人が居るというのはチョウセン人も救われるというもんだな。

韓国人は竹島に対してあまりにも横着だ
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=914820

率直に竹島が日本領土なのか, 韓国領土なのか識別することができる専門知識はない. しかし韓国政府と韓国の人々がその事件に対して致命的な過ちをやらかしているということが分かっている. 日本は韓国にかつてから竹島問題を国際裁判所に回付しようと言った. 2回ずつや言葉だ. ところで韓国では日本の要請を明確な事由なしにずっと拒否している.

韓国人よ! そのように竹島に対する証拠が確かだったら, そのように自身満□したら国際裁判所に任せるのどうしてできないか! なぜ? 突かれるの! グロッゲハグソン竹島を不法占拠してただ一人の日本人も出入り出来ないようにすることは一体何のはらわたか! 良心不良族属たち! 本当になさけない.

世界的に竹島は厳然に紛争地域だ. 竹島を韓国地だと認める国家はない! それさえもその間唯一に韓国肩を持った中国外交部(日本が嫌だから)さえもう竹島を韓国地だとしない. (http://news.aver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=028&article_id=0000069890&section_id=100&menu_id=100)

いくら韓国人自ら竹島を自分ののだと言い張ったところで, 世界で竹島は厳然に紛争地域や誰島竹島を韓国地だと認定しない. 韓国人 主張どおり竹島が韓国地という証拠?が多くて確かだったら世界で竹島を韓国地だとすべて分かって認めてくれるはずだがどうして認めないか? 韓国人たちは利点に対して深く考えてほしい.

他人達が認定をしないのに, 自らだけ私のだと言い張って無理を言えばそれ程破廉恥な策略もないでしょう!!!!!!!!!!!! すべての人が認めないのに, 自分だけ私のものだ, ネコダすればそれのように醜いのがオディッニャ? 縁起でもないボロジドルよ!

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/19 09:23 投稿番号: [16005 / 18519]
(前の記事から続く)

(puracyaka2007さん:15979)>>>
竹島松島が隠岐国でないから日本領でないとすると、海外渡航禁止令とどう整合を付けるのかさっぱりわかりません。尤も、隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はありますが。
<<<


「隠岐国でなくても日本領という考えは成立の余地はあります」と認めながら「さっぱりわかりません」と述べるのは矛盾してます。

あと、私に基本的な知識が無いので純粋に質問なのですが、上で「海外渡航禁止令」と呼んでいるものは何年に出されたどういう命令のことを指しているのでしょうか。


(puracyaka2007さん:15979)>>>
一般的な考えはどうだっかと言われても、資料的に明確なものはありませんから、どこまでいっても推測の域を出ません。ただ、後年に隠岐国松島とか隠岐国竹島という資料がある以上、隠州視聴合紀の書きぶりだけで竹島松島を隠岐国外とするのはかなり無理があると思うのですよ。
<<<


「隠州視聴合紀の書きぶり」だけを見ると竹島松島を隠岐国外とする解釈が有力であることは認めるけれど、他の要素を考えるとそれを最終的な結論にすることはできない、ということでしょうか。

当初のpuracyaka2007さんの主張は、以下のように「隠州視聴合紀の書きぶり」だけ見ても竹島松島は隠岐国というものだったように思うのですが。

(#15781:puracyaka2007さん)>>>
竹島・松島が隠州の内か外かですが、これは内だと思います。内でないなら、そもそも言及する必要すらありません。ましてや、アザラシがいるだの五十猛がどうのという講釈を試みているのですから。
<<<

そういえば   #15877には結局お答えいただけませんでしたね。



(#15985:puracyaka2007さん)>>>
同時に隠州視聴合紀についても、著者である齋藤豊仙の意図は別として、隠州視聴合紀を読んで赤水が鬱陵島までを日本領と考えたのはほぼ間違いありません。
<<<


赤水図については詳しくないのですが、puracyaka2007さんの議論は「松島、竹島の所属については隠州視聴合紀以外の情報に基づいた」という可能性を無視していますね。それは大丈夫なのでしょうか。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/19 09:21 投稿番号: [16004 / 18519]
puracyaka2007さん

(puracyaka2007さん:15979)>>>
>「隠岐古記集においては竹島松島を隠岐国内としている。従って、竹島を日本領と考えている」

こちらですね。
<<<


了解しました。
すると「隠岐古記集において竹島松島を隠岐国内としている」と解釈する根拠については、#15961で特に説明していないということですね。
であれば、私も特にコメントはしません。


(puracyaka2007さん:15979)>>>
「(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。」と言っても、(A)か(B)か決定できないということでしょう。
<<<


この辺り、puracyaka2007さんと私の感覚には、相当大きな隔たりがあるようです。
#15949 に書いた(A)と(B)を再掲します。


(#15949:te22200)>>>
私には、国代記で竹島松島が隠州に属すか属さないかは、次の二つのどちらを解釈として選ぶかという問題だと思えます。

==================================== =
(A)竹島松島は隠州に属さないと考えられており、次のような単純で分かりやすい構成をしている。

・位置と名称
・構成要素
・国府
・周囲との位置関係

==================================== =
(B)竹島松島は隠州に属すると考えられているが、以下のように誤解を招く要素をいくつも持った拙劣な構成で論理的にもやや変な文章である。

・冒頭で構成要素として島前島後だけを挙げている。
・隠州周囲の外部の土地を説明する記述に続けて、同じ形式で竹島松島を紹介している。内容が外部の土地の説明から、隠州内の土地の説明に180度変わっているにも関わらず、内容が変わったことの説明は全くない。
・更にその記述は、「隠州の北西に竹島松島がある」と読める。
・竹島の物産については割注に書くだけで、後の隠岐島の貢納品を説明した個所では全く触れない。

==================================== =
<<<


この表現を見比べて下されば分かると思うのですが、(B)の解釈は極めて不自然であり、余程特別な理由が無い限り(A)の解釈をすべきだというのが私の考えです。「余程特別な理由」としては、例えば別の史料から「竹島松島が隠州に属するという考えが当時の出雲藩の中では一般的だった」ということが証明されるような場合が、強いて言えばあり得ますが、そのような証明は今のところ成立していませんね。

(B)の解釈の不自然さというのは極めて甚だしいものであり、puracyaka2007さんのおっしゃる「後年に隠岐国松島とか隠岐国竹島という資料がある」という程度のことでは「余程特別な理由」には到底ならないというのが、私の感覚です。

(続く)

竹島の車窓から 2 鳥取砂丘

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/18 21:12 投稿番号: [16003 / 18519]
毎週末は『竹島の車窓』からを掲載して、平日は通常通りの資料掲載をします。

さて、掲題の件ですが、「竹島の車窓から」その2・鳥取砂丘を掲載します。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka46/trip2007/index.html
頂上に登ったら、見た目70代の古老がいて、色々聞きました。当日は快晴だったにも関わらず、大山は薄く見える程度で、隠岐にいたっては全く見えませんでした。快晴でも塵が大気中に多くあれば、視界は狭まるのは当然ですね。


「竹島の車窓から」エンディングテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=zGK-gGtDIT0
http://www.youtube.com/watch?v=RSFdhlL6v5E

Re: 亜細亜小東洋図の意味について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/18 16:21 投稿番号: [16002 / 18519]
puracyakaです。前回の続きになります。
「改正日本輿地路程全図」は長久保赤水の手によるものですが、同じ長久保赤水による亜細亜小東洋図初刊本の発見により、長久保赤水が竹島・松島を日本領と考えていたことが明らかとなりました。長久保赤水は大日本史の編纂にも関わっていますが、大日本史で竹島・松島を隠岐国として扱ったこととも見事に符合します。割り符を合わせるようとはまさにこのことでしょう。
半月城氏は次のようにも述べています。
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html
  ”さらに、江戸時代後期を代表する地図としては、一七七八(安永七)年に官許を得て半世紀にわたりたびたび発刊された長久保赤水の日本地図があげられる。この地図は、日本領を色分けするに際して松島、竹島を朝鮮領同様に無着色のままにした。たとえば、初期の安永八(一七七九)年『改正日本輿地路程全圖』(14)や、晩期の天保四(一八三三)年『新刻日本輿地路程全圖』第四刻などである(15)。
  これらは幕府の官許を得ているので準官撰地図といえるが、そこにおいて松島、竹島の両島は朝鮮領と認識されていたと見なされる。”
  長久保赤水自身の考えが明らかとなった今となっては全く馬鹿馬鹿しい主張と言わざるを得ません。

亜細亜小東洋図の意味について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/18 06:47 投稿番号: [16001 / 18519]
puracyakaです。
亜細亜小東洋図の意義について私が思うところを述べます。
亜細亜小東洋図について半月城氏は次のように発言しています。

11.邑南で韓国主張覆す竹島地図見つかる
  山陰中央新報、2007.7.4
  島根県邑南町で見つかった「亜細亜小東洋図」の日本周辺部分。「ヲヤ」と表記された
隠岐島の北西にある、現在の竹島を示す「松シ」(松島)と鬱陵島を示す「竹シマ」(竹
島)に、日本領を表す茶色の彩色がある
【コメント】ほとんどの日本全図で松島と竹島は常に一対です。地図上の松島(竹島=独
  島)が日本領なら竹島(欝陵島)も日本領と考えられます。ただし、官撰地図でない私
  的な地図は無責任であり、領有権の判断にはほとんど無価値です。
半月城通信<最終報告書の明治初期地図、舩杉氏への批判>
http://www.han.org/a/half-moon/hm128.html

  一方で、”改正日本輿地路程全図について「なお、赤水日本図については他にも次のような指摘があります。「この地図は、日本領外とする『隠州視聴合紀』の影響を受けたのですが、各藩を色分けするに際して松島、竹島を朝鮮領同様に無着色のままにしました。これは幕府の官許を得ているので準官撰地図といえますが、そこにおいて松島、竹島の両島は日本領外とみるのが適切です」(内藤・朴、2007年)」”http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/takeshima04-e.htmlと述べています
また、次のようにも述べています。
”下條氏は『隠州視聴合記』において斉藤豊宣が竹島・松島を日本領に解釈していると
断定していますが、これは我田引水のようです。池内敏氏の詳細な研究によれば「この史
料(『隠州視聴合記』)をもって、竹島/独島が当時の日本の版図から外れたものと認識
されていたとするのは妥当(注6)」とされるからです。この池内氏の論文に対し、下條氏
からの反論はまだないようです。
  長久保赤水は下條氏も認めるように『隠州視聴合記』を踏襲しているので、当然、赤
水も斉藤豊宣同様に竹島・松島を日本の版図外と認識していたということになり、下條説
は成り立ちません。”
http://www.han.org/a/half-moon/hm126.html

  さて、亜細亜小東洋図は赤水存命中の1789年刊の初版本でも竹島・松島を日本と同色に塗っており、赤水が竹島・松島を日本領と考えていたことは議論の余地はありません。また、これにより改正日本輿地路程全図の竹島松島も日本領として記載されたことが確認できたわけです。
  さらに、今度の発見は隠州視聴合紀の解釈にも影響を与えるのは明らかです。長久保赤水は農民出身ながら徳川治保の侍講を勤めたほどの人物で、学識は折り紙付きです。いくらなんでも現代の歴史学者よりは江戸時代の文献読解力は上でしょう。その長久保赤水が
隠州視聴合紀を読んだうえで竹島・松島が日本領と判断したのですから。結論から言えば、下条説が正しかったということになりそうです。

以上、今回の発見の重要性は認識して頂けると思います。

『寰瀛水路誌』 文章起し

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/17 17:32 投稿番号: [16000 / 18519]
来年の北京オリンピックで日本女子バレーは見れるのでしょうか。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/other/volley/beijing/wc2007/data/w_standing.html
今回の試合でオリンピックの出場権を逃しましたが、来年春にあるアジア予選兼世界最終予選で切符を手に入れるしかありません。今日はサッカーでまたオリンピック予選がありますね。集中治療室で頑張っているオシム監督にグットニュースをプレゼントしたいです。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/beijing/pre/data/m_result.html
グループCで現在2位。1位で突破しないと出場権は得られないので今日の試合は勝たないとダメです。


さて、掲題の件ですが、下記に『寰瀛水路誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaneisuiroshi-1886/
爾勒里岩
この岩は北緯25度55分、東経124度34分の処にありて、一礁脈より聳起して海面上に1700尺の高さに達し、其状嶮険峻にして各側概ね削壁をなす。而(しか)して稍々隔つる処より之を望むときは、その形装帆せる矮船の如し。


聳(ショウ・シュ、そび・える)
嶮(ケン、ゲン、けわ・しい)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?dtype=2&p=%B8%B1%BD%D4
稍(ショウ・ソウ、ようや・く、やや)
矮(ワイ・アイ、ひく・い)


http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET予定
『Atlas of Japan』91folder
『殊域周咨録』1582 31
『広輿図』 34
『日本外交文書』 18巻 534-5、573-6
『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『寰瀛水路誌』(文章起し中)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15982


11月の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「小泉純一郎」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

亜細亜小東洋図について

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/17 10:21 投稿番号: [15999 / 18519]
神戸大学住田文庫にデジタル画像がありました。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sumita/5C-121/basic/5C-121_16.html
天保6年の復刻版です。

Re: 日本海→「東海」表記のパンフ 国連で

投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/11/17 09:20 投稿番号: [15998 / 18519]
>国連の日に行う事務総長主催のコンサートは毎年開催される恒例行事で、>今年は加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。今年1>月に事務総長に就任した潘氏の意向で、ソウル市交響楽団が公演を行い、>ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

耳の肥えた加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人に対し、何と「ソウル市交響楽団」なる三流楽団の演奏鑑賞を強要したんだとよ。
「田舎モンガ」と裏で嘲笑されているのが解らんのか。

日本海→「東海」表記のパンフ 国連で配布

投稿者: llluruurulll 投稿日時: 2007/11/17 08:58 投稿番号: [15997 / 18519]
日本海→「東海」表記のパンフ   韓国が国連行事で配布

  10月24日の「国連の日」に米ニューヨークの国連本部で行われた潘基文事務総長主催のコンサートで、日本海を「東海」などと表記した英文パンフレットが式次第とともに配られ、日本政府が国連と韓国に対し、強く抗議していたことが15日、分かった。韓国側は地名の表記方法などについて話し合う国連地名標準化会議で、日本海の呼称を「東海」と併記するよう求めており、加盟国大使らが多数出席するコンサートの場を利用して自らの主張の定着を狙ったものとみられる。潘氏は韓国の前外交通商相で、国連側はパンフレットの配布を取り締まらなかった。

  国連の日に行う事務総長主催のコンサートは毎年開催される恒例行事で、今年は加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。今年1月に事務総長に就任した潘氏の意向で、ソウル市交響楽団が公演を行い、ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

  外務省によると、パンフレットは当日の招待席にコンサートの式次第とともに配布されていたという。その内容は韓国全般を紹介したものだったが、日本海を「東海」と表記し、韓国が不法占拠する竹島(韓国名・独島)を韓国領とするなどの内容が記載されていたため、翌日に日本の国連代表部から国連事務局と韓国国連代表部に対し、文書などで抗議を行った。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071116/plc0711160945004-n1.htm


こんな事が起きてます。


重大な発見をしてしまいました!

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 22:29 投稿番号: [15996 / 18519]
  毎度の如く韓国語のサイトを検索していると重大な発見をしてしまいました。下記のサイトで、

http://www.dbpia.co.kr/view/ar_view.asp?arid=718898

  2006年4月にオサンハク氏が書いた“The Change in Perception of Ulleungdo and Dokdo Represented in Maps of the Joseon Dynasty“なる論文を見つけました。この論文の韓国語の解説には「また鬱陵島の定期的な水土(?)が進行されながら朴昌錫の『鬱陵島図形』のような地図が製作されたが, 于山島を竹嶼に比定する間違いを犯したりした. 」とあります。ちなみにこの文章はなぜか英語の解説には書いてありません。
  2006年11月に竹島研究会の人が韓国に行って鬱陵島の古地図にある于山島は竹嶼であると主張したときに、韓国の学者たちはありったけの罵声を彼らに浴びせかけましたが、韓国の学者たちは于山島が竹嶼であることをすでに知っていたようです。そして恐らく半月城さんも。。。
  ゲリー氏が鬱陵島圖形に「海長竹田」の文字があることを発見したことを山陰中央新報 が報じた時に、北東アジア歴史財団と独島博物館館長が反論しましたが、この論文に基づいて反論したものと推測できます。最近の鮮干博士の見解も同様でしょう。
  このような裏があったとは私も全く予想していませんでした。。信じられない。。。

Re: 半月城さんへ

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 18:24 投稿番号: [15995 / 18519]
半月城さんへ
すいません。訂正です。。

(正)ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島ではないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?

(誤)ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?

『竹島=独島論争』を自腹で購入した私としては、『竹島=独島論争』の出版後に何か事情があって論説を修正される時は、「半月城通信」内で構いませんからお知らせ願いたいと思います。


senkaku_islands さんへ

>>yabutarou01さんにお願いがあります。


了解です。ちょっと時間がかかりますがしばらくお待ちください。

半月城さんへ

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 01:31 投稿番号: [15994 / 18519]
半月城さんへ

>>韓国語・英語併記の本では下記が適当です。
Lee Sang Tae "Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo" Kyongsewon発行
韓国語の本では独島博物館発行の『武陵島の源を尋ねて東海の島へ』があります。その本に掲載された地図は近々ホームページに掲載される予定と聞いています。

耳よりな情報を教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。

  >>   今回も資料価値が低いということでお断りします。官撰地図ではない古地図とあっては、まったく心が動きません。古地図に関する私の考えは下記に記したとおりです。

  これはいかがなものでしょうか。資料価値が低いかどうかは調べてみないとわかりません。それに官撰地図でなければ資料価値が低いというのは半月城さん個人のお考えであって、そのように考えない学者も日韓共に多いのではないでしょうか。
半月城さんは以前、

   于山島を描いた地図は数百枚くらいはあるでしょうか。そのうちの数枚の地図から于山島を独島ではないと結論づけるのは針小棒大の感があります。

   http://www.han.org/a/half-moon/hm125.html#No.929

とお書きになりました。私はこの意見はもっともだと思いました。だからこそ私は針小棒大の愚を避けるためにネット上から二百枚近い于山島を描いた地図を収集して下記のようなサイトを製作中なのですよ。。

   http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/

半月城さんは于山島を描いた官撰地図であると確認できる地図が数百枚くらいあると本気でお考えだったのでしょうか?まるで二階に上がって梯子を外されたようなものであって、非常に残念です。。。
  それに『三陟市立博物館   鬱陵島圖形』は資料価値が低いはずはありませんよ。独島博物館の解説にもこのようにあります。

   この地図は朝廷に奉げるために描かれた地図として1882年以前に描かれた地図と判断される。国立中央図書館鬱陵島圖形と先後関係に置かれた地図だ。

   http://www.dokdomuseum.go.kr/exh/print_0808.html

朝廷に奉げるために描かれた鬱陵島地図ならば当時の朝廷の鬱陵島周辺の認識に反映された可能性があります。民間人でなく公的立場の人間が描いたものならなおさらです。下記のページの画像に引用した四枚の地図はすべて鬱陵島検察使が鬱陵島検察の際に描いた地図であると韓国の学者も認めているのではありませんか?

   http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/1.html


  話は変わりますが半月城さんは自著『竹島=独島論争』のなかで『東国文献備考』の「輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の解釈について、

   たとえ下條説の史書改ざん説を認めたとしても、朝鮮の于山島=松島に対する領有意識はその時期が単に1770年にずれるのみで大勢に影響はありません。

   竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する(1)
   http://www.han.org/a/half-moon/hm110.html#No.805

とお書きになっています。半月城さんもよくご存知のように、最近になって輿地志には「于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の記述が存在しないことが判明しました。

   [2007年10月2日]   『諸君!』2007年9月号(文藝春秋刊)記事   「日本の領土『竹島』の歴史を改竄せし者たちよ」 下條正男   (PDF 1.16MB)
   http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/

ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?
半月城さんは竹島問題に関しては自他共に認めるオピニオンリーダーであり、私は半月城さんは民団における竹島問題関連の最高責任者ではないかと考えています。論説を修正されるのであれば説明責任を果たしていただきたいと思います。

竹島の車窓から その1

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 22:50 投稿番号: [15993 / 18519]
半月城さん、耳寄りな情報をありがとう御座います。ただ「Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo」については、アマゾンで注文しようとしたのですが、出てきませんでした。同書は日本では入手出来ないかもしれませんね。

yabutarou01さんにお願いがあります。
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/4.html
上記資料を研究機関別に、年代の古い順から資料名と請求記号番号と発行年を記述して頂けると幸いです。理由は、著作権法や肖像権の侵害を避けるため、韓国に行ったときに許可を得るためです。よろしくお願いします。

さて、掲題の件ですが、今月中旬まで新シリーズ「竹島の車窓から」を掲載します。
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka46/trip2007/index.html


11月中旬の竹島掲示板エンディングテーマ
「竹島の車窓から」
http://www.youtube.com/watch?v=zGK-gGtDIT0
http://www.youtube.com/watch?v=RSFdhlL6v5E

『台北庁誌』 in 1919

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 15:19 投稿番号: [15991 / 18519]
台湾、「南沙」諸島に軍用空港   領有権争い   中台緊張も
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071110-00000084-san-int
私が徹底的に調査研究すれば、スプラトリー諸島は中国のものか、ベトナムのものか、フィリピンものか、結論を出すことが可能ですが、時間がないので尖閣諸島問題に専念します。

さて、掲題の件ですが、下記に『台北庁誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taipeichoshi-1919/
基隆庁から行政管轄再編後の台北庁になっても、七個の属島、つまり社寮島、中山仔、桶盤嶼、基隆嶼、彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼の七つのみ同行政区に入っており、尖閣諸島は入っていない。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『官報』918フォルダ
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『日本外交文書』 23巻 531、532、574-5
『日本水路誌 第2巻』
『淡水庁誌』
『厦門志』
『台湾府志』
『日本水路史』海上保安庁S46   160-161
『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『台北庁誌』(本日アップロード完了)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15982


11月第二週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「小泉純一郎」
http://www.youtube.com/watch?v=AzP6ylKb8VA
http://www.youtube.com/watch?v=L2LXWF9g09o
http://www.youtube.com/watch?v=Z1YZXjd3Pec

『基隆市・概述』 in 1954

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/11 10:26 投稿番号: [15990 / 18519]
今でこそTVで「不良債権」とか「破綻」とか「失われた十年」とか聞かれなくなりましたが、あの時の日本は大変厳しかったです。小泉内閣で一番評価すべき点は、日本を不景気から脱出させたということに尽きます。そこで今週の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に『基隆市・概述』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/keelung-1954/
中華民国基隆市文献委員会編の同書は、「光緒31年、再調整管区基隆庁計包括上述金(中略)、以及基隆嶼、彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼等」との記載がある。このように彭佳嶼、棉花嶼、花瓶嶼の三島は、日本統治時代に初めて基隆庁の行政下に入った。

※清時代の光緒31は、日本では明治38年、西暦1905年

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『鬱陵島』 朝鮮総督府作成 大正8年
『続修台湾庁志』
『台北庁誌』 大正8年   161
『基隆市・概述』 1954年(本日アップロード完了)
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