半月城さんへ
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/11/13 01:31 投稿番号: [15994 / 18519]
半月城さんへ
>>韓国語・英語併記の本では下記が適当です。
Lee Sang Tae "Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo" Kyongsewon発行
韓国語の本では独島博物館発行の『武陵島の源を尋ねて東海の島へ』があります。その本に掲載された地図は近々ホームページに掲載される予定と聞いています。
耳よりな情報を教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。
>> 今回も資料価値が低いということでお断りします。官撰地図ではない古地図とあっては、まったく心が動きません。古地図に関する私の考えは下記に記したとおりです。
これはいかがなものでしょうか。資料価値が低いかどうかは調べてみないとわかりません。それに官撰地図でなければ資料価値が低いというのは半月城さん個人のお考えであって、そのように考えない学者も日韓共に多いのではないでしょうか。
半月城さんは以前、
于山島を描いた地図は数百枚くらいはあるでしょうか。そのうちの数枚の地図から于山島を独島ではないと結論づけるのは針小棒大の感があります。
http://www.han.org/a/half-moon/hm125.html#No.929
とお書きになりました。私はこの意見はもっともだと思いました。だからこそ私は針小棒大の愚を避けるためにネット上から二百枚近い于山島を描いた地図を収集して下記のようなサイトを製作中なのですよ。。
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/
半月城さんは于山島を描いた官撰地図であると確認できる地図が数百枚くらいあると本気でお考えだったのでしょうか?まるで二階に上がって梯子を外されたようなものであって、非常に残念です。。。
それに『三陟市立博物館 鬱陵島圖形』は資料価値が低いはずはありませんよ。独島博物館の解説にもこのようにあります。
この地図は朝廷に奉げるために描かれた地図として1882年以前に描かれた地図と判断される。国立中央図書館鬱陵島圖形と先後関係に置かれた地図だ。
http://www.dokdomuseum.go.kr/exh/print_0808.html
朝廷に奉げるために描かれた鬱陵島地図ならば当時の朝廷の鬱陵島周辺の認識に反映された可能性があります。民間人でなく公的立場の人間が描いたものならなおさらです。下記のページの画像に引用した四枚の地図はすべて鬱陵島検察使が鬱陵島検察の際に描いた地図であると韓国の学者も認めているのではありませんか?
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/1.html
話は変わりますが半月城さんは自著『竹島=独島論争』のなかで『東国文献備考』の「輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の解釈について、
たとえ下條説の史書改ざん説を認めたとしても、朝鮮の于山島=松島に対する領有意識はその時期が単に1770年にずれるのみで大勢に影響はありません。
竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する(1)
http://www.han.org/a/half-moon/hm110.html#No.805
とお書きになっています。半月城さんもよくご存知のように、最近になって輿地志には「于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の記述が存在しないことが判明しました。
[2007年10月2日] 『諸君!』2007年9月号(文藝春秋刊)記事 「日本の領土『竹島』の歴史を改竄せし者たちよ」 下條正男 (PDF 1.16MB)
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/
ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?
半月城さんは竹島問題に関しては自他共に認めるオピニオンリーダーであり、私は半月城さんは民団における竹島問題関連の最高責任者ではないかと考えています。論説を修正されるのであれば説明責任を果たしていただきたいと思います。
>>韓国語・英語併記の本では下記が適当です。
Lee Sang Tae "Historical Evidence of Korean Sovereignty over Dokdo" Kyongsewon発行
韓国語の本では独島博物館発行の『武陵島の源を尋ねて東海の島へ』があります。その本に掲載された地図は近々ホームページに掲載される予定と聞いています。
耳よりな情報を教えていただきありがとうございます。大変参考になりました。
>> 今回も資料価値が低いということでお断りします。官撰地図ではない古地図とあっては、まったく心が動きません。古地図に関する私の考えは下記に記したとおりです。
これはいかがなものでしょうか。資料価値が低いかどうかは調べてみないとわかりません。それに官撰地図でなければ資料価値が低いというのは半月城さん個人のお考えであって、そのように考えない学者も日韓共に多いのではないでしょうか。
半月城さんは以前、
于山島を描いた地図は数百枚くらいはあるでしょうか。そのうちの数枚の地図から于山島を独島ではないと結論づけるのは針小棒大の感があります。
http://www.han.org/a/half-moon/hm125.html#No.929
とお書きになりました。私はこの意見はもっともだと思いました。だからこそ私は針小棒大の愚を避けるためにネット上から二百枚近い于山島を描いた地図を収集して下記のようなサイトを製作中なのですよ。。
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/
半月城さんは于山島を描いた官撰地図であると確認できる地図が数百枚くらいあると本気でお考えだったのでしょうか?まるで二階に上がって梯子を外されたようなものであって、非常に残念です。。。
それに『三陟市立博物館 鬱陵島圖形』は資料価値が低いはずはありませんよ。独島博物館の解説にもこのようにあります。
この地図は朝廷に奉げるために描かれた地図として1882年以前に描かれた地図と判断される。国立中央図書館鬱陵島圖形と先後関係に置かれた地図だ。
http://www.dokdomuseum.go.kr/exh/print_0808.html
朝廷に奉げるために描かれた鬱陵島地図ならば当時の朝廷の鬱陵島周辺の認識に反映された可能性があります。民間人でなく公的立場の人間が描いたものならなおさらです。下記のページの画像に引用した四枚の地図はすべて鬱陵島検察使が鬱陵島検察の際に描いた地図であると韓国の学者も認めているのではありませんか?
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/1.html
話は変わりますが半月城さんは自著『竹島=独島論争』のなかで『東国文献備考』の「輿地志がいうには 鬱陵 于山は皆 于山国の地 于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の解釈について、
たとえ下條説の史書改ざん説を認めたとしても、朝鮮の于山島=松島に対する領有意識はその時期が単に1770年にずれるのみで大勢に影響はありません。
竹島=独島問題、櫻井よしこ氏を批判する(1)
http://www.han.org/a/half-moon/hm110.html#No.805
とお書きになっています。半月城さんもよくご存知のように、最近になって輿地志には「于山はすなわち倭がいうところの松島なり」の記述が存在しないことが判明しました。
[2007年10月2日] 『諸君!』2007年9月号(文藝春秋刊)記事 「日本の領土『竹島』の歴史を改竄せし者たちよ」 下條正男 (PDF 1.16MB)
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/
ということは半月城さんは少なくとも1770年より前に完成した地図や地誌その他の記録にある于山島は竹島=独島はないと論説を修正されたと解釈してもよろしいですよね?
半月城さんは竹島問題に関しては自他共に認めるオピニオンリーダーであり、私は半月城さんは民団における竹島問題関連の最高責任者ではないかと考えています。論説を修正されるのであれば説明責任を果たしていただきたいと思います。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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