Re: 亜細亜小東洋図の意味について
投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/18 16:21 投稿番号: [16002 / 18519]
puracyakaです。前回の続きになります。
「改正日本輿地路程全図」は長久保赤水の手によるものですが、同じ長久保赤水による亜細亜小東洋図初刊本の発見により、長久保赤水が竹島・松島を日本領と考えていたことが明らかとなりました。長久保赤水は大日本史の編纂にも関わっていますが、大日本史で竹島・松島を隠岐国として扱ったこととも見事に符合します。割り符を合わせるようとはまさにこのことでしょう。
半月城氏は次のようにも述べています。
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html
”さらに、江戸時代後期を代表する地図としては、一七七八(安永七)年に官許を得て半世紀にわたりたびたび発刊された長久保赤水の日本地図があげられる。この地図は、日本領を色分けするに際して松島、竹島を朝鮮領同様に無着色のままにした。たとえば、初期の安永八(一七七九)年『改正日本輿地路程全圖』(14)や、晩期の天保四(一八三三)年『新刻日本輿地路程全圖』第四刻などである(15)。
これらは幕府の官許を得ているので準官撰地図といえるが、そこにおいて松島、竹島の両島は朝鮮領と認識されていたと見なされる。”
長久保赤水自身の考えが明らかとなった今となっては全く馬鹿馬鹿しい主張と言わざるを得ません。
これは メッセージ 16001 (puracyaka2007 さん)への返信です.
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