Re: 隠州視聴合紀:無人島と「日本之地」
投稿者: te22200 投稿日時: 2007/11/25 08:03 投稿番号: [16016 / 18519]
puracyaka2007さん
「竹島松島を隠州に含むか」というテーマを優先していたのでお返事が遅くなりましたが、もう一つのテーマである「無人であることが日本の地でない理由になるか」について論じます。
まず、私は #15817で次のように書きました。
(#15817:te22200)>>>
誤解があるようですが、私が主張しているのは「隠州視聴合紀の著者は、無人島であることを理由の一つとして竹島松島が日本の地ではないと判断している」ということだけであり、当時の他の立場の人が一般的に島の領有問題についてどう考えていたかについては何も述べておりません。
ですから、小笠原諸島に対する領有意識などは私の主張とは関係ありません。
<<<
それに対してpuracyaka2007さんは次のように反論されました。
(#15822:puracyaka2007さん)>>>
「隠州視聴合紀」は一種の報告書です。はじめから他人に読んでもらうことを意図して作成されたものです。「2島が無人島であるならば誰のものでもない。」と個人的に判断するのは自由ですが、他人に読ませる文書ならば、無人島であることと無主地であることに論理的関係があるというとことについて、ある程度の一般的な了解が必要なのです。
(中略)
逆に、斉藤豊仙が無人島→無主地を何の説明も無く主張しているとするならば、少なくとも違和感が無い程度には一般的了解があったのではないかという推測が成り立つ訳です。ご理解いただけますか?
<<<
これは「報告書提出先である出雲藩の人々の間に一般的了解が必要だ」ということですよね。他の立場の人々の間にどのような了解があるかは無関係ですよね。
で、puracyaka2007さんは「小笠原諸島に対する領有の事例から伺える意識が、出雲藩の人々の間でも一般的了解となっていた」と主張される訳でしょうか。これは決して自明のことではないので、理由を説明して下さい。
また、亜細亜小東洋図のことを報道した山陰中央新聞の記事に以下のような記述がありました。
( http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=407741006 )
> 島根県の杉原隆・竹島研究顧問は「改正日本輿地路程全図では、現在の竹島と鬱陵島を無人島として彩色しなかっただけ」と指摘。
改正日本輿地路程全図は、無人島であることを理由に竹島松島の彩色を日本本土とは変えた訳です。
隠州視聴合紀の書かれた当時は国際法学など未発達であり、また地籍が整備されていた訳でもないので、「日本の地」の判断基準が人により微妙に異なっていても不思議はありません。
「無人島だから日本本土とは異なる彩色にする」という判断があってもおかしくないのと同様、「無人島だから日本の地ではない」という判断があってもおかしくありません。
「竹島松島を隠州に含むか」というテーマを優先していたのでお返事が遅くなりましたが、もう一つのテーマである「無人であることが日本の地でない理由になるか」について論じます。
まず、私は #15817で次のように書きました。
(#15817:te22200)>>>
誤解があるようですが、私が主張しているのは「隠州視聴合紀の著者は、無人島であることを理由の一つとして竹島松島が日本の地ではないと判断している」ということだけであり、当時の他の立場の人が一般的に島の領有問題についてどう考えていたかについては何も述べておりません。
ですから、小笠原諸島に対する領有意識などは私の主張とは関係ありません。
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それに対してpuracyaka2007さんは次のように反論されました。
(#15822:puracyaka2007さん)>>>
「隠州視聴合紀」は一種の報告書です。はじめから他人に読んでもらうことを意図して作成されたものです。「2島が無人島であるならば誰のものでもない。」と個人的に判断するのは自由ですが、他人に読ませる文書ならば、無人島であることと無主地であることに論理的関係があるというとことについて、ある程度の一般的な了解が必要なのです。
(中略)
逆に、斉藤豊仙が無人島→無主地を何の説明も無く主張しているとするならば、少なくとも違和感が無い程度には一般的了解があったのではないかという推測が成り立つ訳です。ご理解いただけますか?
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これは「報告書提出先である出雲藩の人々の間に一般的了解が必要だ」ということですよね。他の立場の人々の間にどのような了解があるかは無関係ですよね。
で、puracyaka2007さんは「小笠原諸島に対する領有の事例から伺える意識が、出雲藩の人々の間でも一般的了解となっていた」と主張される訳でしょうか。これは決して自明のことではないので、理由を説明して下さい。
また、亜細亜小東洋図のことを報道した山陰中央新聞の記事に以下のような記述がありました。
( http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=407741006 )
> 島根県の杉原隆・竹島研究顧問は「改正日本輿地路程全図では、現在の竹島と鬱陵島を無人島として彩色しなかっただけ」と指摘。
改正日本輿地路程全図は、無人島であることを理由に竹島松島の彩色を日本本土とは変えた訳です。
隠州視聴合紀の書かれた当時は国際法学など未発達であり、また地籍が整備されていた訳でもないので、「日本の地」の判断基準が人により微妙に異なっていても不思議はありません。
「無人島だから日本本土とは異なる彩色にする」という判断があってもおかしくないのと同様、「無人島だから日本の地ではない」という判断があってもおかしくありません。
これは メッセージ 15822 (puracyaka2007 さん)への返信です.
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