◆コリア関連書籍◆
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> yakuruto1さんへ
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/17 18:02 投稿番号: [801 / 3669]
>すなわち日本人の過去の罪を自分のみは免責されているかのように、韓国人の側に寄り添って日本を攻撃する人士をわれわれはときに見つける
免責されているなら投稿しません。
あなたと事実の認識と解釈が違うだけで
自分だけ免責されていると考えるなら
朝鮮・韓国の歴史に興味を持ちません
韓国人側に寄り添って日本を攻撃しているという考えはありません。
事実の認識と解釈が違うだけです。
その結果あなたが日本を攻撃していると
捕らえられているのでしょう。
私は冷静に事実の認識と解釈をしているだけです。
人には能力の差や民族、国において優劣などないと考えております。
結果はそれぞれの対応の結果であり
優劣の結果ではないと
残念ながらあなたの私に対する投稿内容は
気分を害しますので今後返事はご遠慮
させていただきます。
これは メッセージ 777 (yakuruto1 さん)への返信です.
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>朝鮮の真相
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/17 17:43 投稿番号: [800 / 3669]
朝鮮独立運動の血史は1920年12月刊行で
斉藤実総督に直接あって取材したのが
総督就任三ヶ月後と記事の内容から推測
されるので1919年11月前後に総督に取材
1919年11月前後一ヶ月間の朝鮮取材の結果
書かれたものと推測されます。
何年に書かれたか記載されていません。
著者は後コロンビア大学極東政治史担当教授となり1960年ごろ死去されたと解説されています。
アメリカヤフ−を検索すればなにか分かるかもしれませんが。
著者名は
Nathaniel
Peffer
です
これは メッセージ 795 (bosintang さん)への返信です.
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犬鍋先生
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2002/02/17 16:18 投稿番号: [799 / 3669]
詳細な解説を有難うございました.
>著者は、「儒教国家」と「儒教的国家」を使い分けているのだと思います。
(中略)
著者は別のページで、「李退渓を始めとする朝鮮朱子学の影響を深く受けた『教育
>勅語』などの明治理念が……」のような物言いをしているところからみて、その
>〈理〉とは国家神道のことなのでしょう。
なるほど.
でもやっぱりこの著者の言葉の使い方はよく判らないですね.
>江戸時代の日本は儒教国家ではなかった。
と
>明治の近代日本は、封建体制からの脱皮ではあったが、儒教体制からの脱皮を
>はかったものではない。
はどう整合性が取れるのでしょうか.江戸時代は「儒教国家」でも「儒教的国家」
でもないけれど,「儒教体制」ではあったということでしょうかね.
>Kmechanの引用部分だけでなく、ぜひ全体をお読みください。某トピの、つくる会
>教科書を読まずに批判する連中と同じ穴のムジナにならないように(笑)。
それはそうですね.Kmechan に引用されたこの著者が不憫です.(笑)
>※
それにしても因数分解、お疲れさまでした。あそこは消耗するだけで得る
>ところが少ないので最近は書きません。ときどき覗いてはいますが。
あまり入り浸っているとキャラが荒れてくるので,少し自重しようと思っています.
これは メッセージ 790 (bosintang さん)への返信です.
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◆◇韓国旅行・留学・暮らし掲示板◇◆
投稿者: seoul_2002_travel 投稿日時: 2002/02/16 23:10 投稿番号: [798 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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この本はまさに
投稿者: yosirinfan 投稿日時: 2002/02/16 18:38 投稿番号: [797 / 3669]
チョンがバカだって証拠。
鮮人は劣等民族であり、先天的にバカで卑しい、矯正不可能の土人だ。徹底的に差別しよう!
これは メッセージ 765 (Kmechan さん)への返信です.
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韓国人のしくみ
投稿者: tttsjp 投稿日時: 2002/02/16 16:43 投稿番号: [796 / 3669]
今、小倉紀蔵の「韓国人のしくみ」を読んでいます。
彼の言う道徳的と、道徳志向的の違いが何となく分かりました。
道徳志向的とは、必ずしも道徳的である必要はないのですね。
興味深い見解ですが、韓国・北朝鮮を考えると妙に納得させられます。
これは メッセージ 795 (bosintang さん)への返信です.
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>朝鮮の真相
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/16 10:21 投稿番号: [795 / 3669]
これは メッセージ 793 (Kmechan さん)への返信です.
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おいKmechanよ
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2002/02/16 09:47 投稿番号: [794 / 3669]
なんの釈明もなしに相変らず垂れ流すだけかい?
どういう神経してるんだあなたは?
これは メッセージ 793 (Kmechan さん)への返信です.
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朝鮮の真相(7)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/16 07:57 投稿番号: [793 / 3669]
また、たえず視学というものがる。この視学は、3.1運動の勃発以来、ある程度軽減されている。
というのは、総督府がいささか用心深くなっているためであるが、3月以前は、毎日視学の巡視が異常なことではなかった。
そして、あらゆる考えうる詳細な点について杞憂すべきレポ−トづくりのため、教師の多くの時間およびそれ以上に校長の多くの時間が奪われている。
さいごに、たぶん朝鮮における教育の様子をもっとも的確に要約するものとして、二ヶ月前まですべての教員は制服を着用し長剣を帯びていたことである。
考えてもいただきたい。8,9歳のがんぜない少年少女を教育する教師が、長剣を鳴らしたいかめしい姿で教室を闊歩、無理に威厳を誇示する図を!
たとえ他意はないとしても、日本人のユーモア感覚の欠如をこれ以上うまく表現したものが他にあるだろうか。
日本にたいして公正を期するためにいうならば、明年以降、こういった悲しむべき事態のいくつかを矯正するという明確な約束が、総督府によってなされたことを省略すべきではないだろう。
これは近いうちに公表されるのである。
それによると、普通学校年限は日本人小学校にあわせて6年に延長され、教科も日本の学校に対応するものとなる予定である。
量的には改善されたというべきであるが、朝鮮人の心をもっとも揺り動かし、かれらにとってゆるしがたいと思われているのは、かれらの子弟が学校でおしつけられている強制的な日本人化なのである。
朝鮮人の愛する言葉は禁止され、歴史は忘れさられ、文化は哄笑され、他の世界について知ることは認められず、人類の知識の巨大な体系は、かれらに対して閉ざされたままである。
かれらが何十人となく私にそうしたように、つぎのように訴えることに、なんの不思議があろうか。
「教育だって?
これが教育か。なんのための教育というのか。奴隷となるための教育か。日本人の主人のための樵夫となり水汲み人となったり、せいぜい駅の周辺のおこぼれの半端仕事をやったり、巡査とか日本人家庭の召使となったりするための教育だというのだろうか。
そういった仕事しか、われわれ子弟は適していないのだ。というのは、小日本人に教えこまれているからである。
祖先にたいする思い出を嘲笑するように教えられ、民族的遺産はわすれさせられ、教わるしとつのことといえば、日本の天皇をあがめたてまつることだけだ。
旧式だとはいえ、古い儒教の学校のほうがまだましだ。さもなければ、学校などぜんぜんないほうがよい。毒された心をもつよりは、勉強などうけないほうが良い」
かれらの言葉がただしくないと、いったいだれが言えようか。
これは メッセージ 792 (Kmechan さん)への返信です.
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朝鮮の真相(6)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/16 07:53 投稿番号: [792 / 3669]
そこで他の残りの時間をとりあげてみるとして、朝鮮の児童の学校生活で、われわれが考える意味での現実の学習というものは、なにがあるのだろうか。
毎週日本語の時間を除いた24時間のうち、算術は5時間、漢文(中国と同じく日本語、朝鮮語の文語の基礎となっている)の学習に5時間、体育5時間、図工3時間、農業2時間、習字2時間、唱歌一時間、および純粋に日本風な行動規範とか日本の天皇がいかに崇拝すべきものであるかとかいったことを教えるいわゆる終身一時間である。
以上が、朝鮮の少年少女の99%が修学する過程である。それにかわるものはない。
「子供をキリスト教または非キリスト教の私立学校に通学させればよい」といわれるかもしれない。
だそれには、第一、金がかかる。
第二に、ミッション系であると否と問わず、私立学校のカリキュラムは、事実上総督府によって支配され、日本語を強制的にに課せられ、やがてそこで話される唯一の言葉も、日本語となるであろう。
そればかりでなく、私立学校に対する制約は一日一日ときびしさを加え、陰に陽に画策して終局的にはこれを廃止しようとしているからである。
「ではなぜ、朝鮮の青年男女は海外留学しようとしないのか」と問われるかもしれない。
しかし、これは旅行規則で厳禁されている。
朝鮮学生は、イギリスやアメリカやその他の西欧諸国の専門学校、大学で学ぼうとしても、旅券が交付されない。
したがって、西洋に留学しようとすれば苦力でも返送して夜間逃亡する以外ないが、もしそれが発見されれば、重刑がまちかまえている。
日本に行くことができるのは事実である。
しかし、第一に朝鮮学生は日本留学ををのぞまないし、第二にこの留学にも面長または郡守の身分証明書を必要とするため、ミッションスク−ルや私立学校卒業生がこの証明書を入手することは事実上不可能である。
身分証明書がなくとも日本にいけるのは事実であるが、そうなると、日本ですっかりはじめからやりなおさなければならない。
16の少年少女が、侮辱に甘んずるわけがないだろう。
朝鮮の教育が日本から受ける圧迫と拘束は、こんなものではない。
こなお高名にして過酷なる官僚の干渉は、教育にも間断なく加えられる。
使用されるチョークの性質とか価格とか、教員の家計にいたるまで、学校内のあらゆる事柄が報告され、しばしば調査される。
とりわけキリスト教学校の外国人教師を、かくもひどくいらだたせているのは、こういったことである。
教員の解任、採用も、必ず官庁の許可を必要としている。
そしてあらゆる教員の記録簿には、パスポートの申し込みに際する場合より三倍もくわしい調査記録が綴じこまれねばならない。
総督府の許可なくしては、用務員の給料も任意には加棒できないし、一ダースの黒板拭きも買うことはできない。
もし延禮専門学校で、午前9時から物理の時間と10時からの化学の時間との時間割りの順序を都合のよいようにさしかえようとしても、総督府の許可がなくてはそれはできない。
これは メッセージ 791 (Kmechan さん)への返信です.
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朝鮮の真相(5)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/16 06:38 投稿番号: [791 / 3669]
また、教師の大半は日本人で、校長もある例外を除けば全部日本人といっても過言ではない。
私立協会学校の教師もまた、日本人を多く使用しなければならないのが実情である。
前年、ソウルのキリスト教病院であるセヴランス病院が医学校の設立を決意したとき、病院は必然的に総督府の許可を申請した。
学務局長は、冷たく「駄目だ」といい、許可されなかった。
「病院の設備が貧弱すぎる」とのことだった。
「いかなる点で貧弱であるか」と問いただしたが、かれには明確にできなかった。
設備を標準的なところまでたかめるに、どういう手をうつべきであったか」。
ところが、かれは答えられなかった。
明確な勧告をしたり、その補充をどこにすべきかを明言するべきだろうが、かれにはできなかった。
ところが、設備は基準に達せず、かれはそれを遺憾とし、医学校は許可されなかったのである。
新しく組織された教授会が会合を開いた。
さいわいにも、日本の殖民地事情にくわしい教職員がおり、「われわれが直接学務局長を訪ね、「本校教授団に日本人教員数名を採用しようと思うが、学務局長の指名を願いたい」と依頼してはどうだろう」と提案した。
この案は衆議義一決され、計画はただちに実行に移された。
予想通り学務局著は微笑を浮かべ、教員の紹介を快諾したばかりか、同校の発展を希望してやまなかった。
そのため提案者は、「では設備をどの程度にしたらよいでしょうか」と無邪気にたづねた。
すると学務局長は、めんくらったようで、ためらい、それから、「その問題を再考し、設備はまったく満足すべきであることに決定した」と述べた。
事実、その学校はただちに開設された。
そして局長はにこやかであった。
日本人教師を加えるのが目的であったのだから、日本人教師は採用を条件に、学校は発足した。
しかしながら、こういったことは必ずしもこれはほど微妙なものではなく、たいていの場合、教授団に日本人が参加することが明記された前提条件となっている。
またいかなる学校であるかを問わず、いささかたりとも法令違反の行為があれば、一大恐慌である。
総督府は、「校長を日本人に改めるよ」とか、「日本人教員をもう二人増員せよ」など要求をだしてくるが、万一拒否すれば、その後無限の障害がまっているだけである。
これらの規則が官立学校で実施されているのはいうまでもないが、純然たる個人の基金によって維持されている学校でも、この制約を受けないわけにはいかない。
全国の五つの公立学校の教員のうち、82名は日本人で、朝鮮人はわずか19名にすぎない。
ゆがめられた教育に対する批判をしてきたが、さらに加えるに、量的に不十分な教育への批判がなければならない。
学校が旧韓国時代に比べてより近代的な学校になっているのは事実であるが、同時に、朝鮮人は学校のために税金を支払っている。
同様に、わずか30万に過ぎない日本人のために3万7千の児童が収容される設備がつくられる一方、約1千7百万の朝鮮人のためにわずか6万7千の児童を収容する学校設備があるにすぎないという点において、ここ朝鮮人、日本人間の差別が生じている。
また学制体系についても、朝鮮人には、修業年限4年の普通学校すなわち小学校、高等普通学校すなわち中学校、医学校・工業学校・農業学校の三つの専門学校があるだけで、しかも高等普通学校は、全国を通じて、中学校3校、女学校2校の、わずか5校にすぎないことにかんがみても、また普通の朝鮮人教育が4年のコ−スで、日本人子弟が6年であるのは、差別待遇のいましとつの好例である。
私はすでに、朝鮮人の子弟が4年の全学科過程の4分の一を日本語学習にあてていることを述べたが、残余の4分の三も、なれない言葉を媒介とする教育からしょうじてくる不可避的に遅い発展率によって効果を削減されている。
このことは、来年以降いっそう甚だしいものとなろう。
というのは、数年前に発布された条例は、「1920年1月1日以降、朝鮮人学校のあらゆる教育は、日本語でなされなくてはならない」と規定しているからである。
すなわち、朝鮮語の使用が、授業中は完全にさえぎられるのであろう。
もしこの法律が効力をもつとーその撤回のきざしは今のところみえないのだがーミッションスクールのイギリス人、アメリカ人教師は、へりくだって日本語を学習するか、さもなければ教職を擲たねばならないだろう。
というのは、かれらはすべて、朝鮮語をはなすのだが、日本語で講義できるほどに日本語をしっていないからである。
これは メッセージ 779 (Kmechan さん)への返信です.
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ユスラさん
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/16 00:04 投稿番号: [790 / 3669]
>>明治維新以降、日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
>明治日本の基本は武家社会ですよ.武家社会は陽明学と禅の思想で成り立った社会.
>>儒者が政治を担わぬ儒教国家はありえない。
>と
>>日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
>とが矛盾していることにすら気付かないこの著者は終わっている.
>明治新政府の誰が儒者?
著者は、「儒教国家」と「儒教的国家」を使い分けているのだと思います。
原文を見てみましょう(この部分のKmechanの引用はほぼ正確)。
「日本は明治以降に儒教国家化の完成を目指す(小見出し)
普通、江戸時代の日本は儒教国家であり、明治維新でそれを打倒して西欧近代的な国家体制を作った、と考えられている。しかしこのような歴史把握は、根本的に誤りだ。
江戸時代の日本は儒教国家ではなかった。儒者が政治を担わぬ儒教国家はありえない。
ただし明治維新を成し遂げたのは、儒教的変革主義者たちである。日本は完全な儒教国家でなく、しかも多様な急進的儒教主義者が存在したことが、明治維新を可能にした。
明治維新以降、日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
明治の近代日本は、封建体制からの脱皮ではあったが、儒教体制からの脱皮をはかったものではない。むしろ日本全体の儒教国家化を、西欧の理念を摂取して推進したのだ。
明治期に中央集権・国家試験による官僚選抜などを推進したのも、国家を全体的に儒教体制化する動きだった。
これとは別に自由民権運動は、「言論の自由」「国民の政治的主体性」(それらは士大夫の権利である)などを主張して、日本の儒教社会化を推進した。
明治初期のイデオローグから共産主義者や超国家主義者を経て、1960年代の学生運動家に連なる系譜。彼らは明治以降に儒教的な〈知〉と権力のダイナミックな関係を初めて知った人びととその裔(すえ)たちであり、道徳志向的な人々であった。
それは、日本で道徳が青くさかった、稀なる一世紀の物語である」
明治はいうまでもなく、江戸時代の日本も「儒教国家」ではなかった。しかし、明治以降は「儒教的」と言える面があった。
ここで、「儒教的」とは、ある思想(=〈理〉)をもとに国造りを進めるやり方のことだと思います。
著者は別のページで、「李退渓を始めとする朝鮮朱子学の影響を深く受けた『教育勅語』などの明治理念が……」のような物言いをしているところからみて、その〈理〉とは国家神道のことなのでしょう。
また陽明学については、
「朝鮮(および中国でも)において学問とは、世界を解釈して、同時に変革し、さらに支配するためのものであった。これこそが哲学である。
朝鮮は陽明学を断固流行らせなかった。「性即理」という朱子学のテーゼを「心即理」と陽明学的に一文字変えただけで、権力の中枢が一気に転覆してしまうのであった。
朝鮮哲学は中国哲学より独創性は圧倒的に少なかったが、人間の心や社会をどう捉えるかを巡る針の穴のように細かな議論が、強大なる爆弾となって権力中枢を脅かすというラジカルさは、中国よりも徹底していた」
と書いています。
このあと、朱子学のキーワードである〈理〉と〈気〉によって、韓国の歴史、文化、現代社会まで、縦横に解き明かしていくわけですが、私は面白く読みました。
Kmechanの引用部分だけでなく、ぜひ全体をお読みください。某トピの、つくる会教科書を読まずに批判する連中と同じ穴のムジナにならないように(笑)。
※
それにしても因数分解、お疲れさまでした。あそこは消耗するだけで得るところが少ないので最近は書きません。ときどき覗いてはいますが。
これは メッセージ 768 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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まったく
投稿者: kessenfrank2 投稿日時: 2002/02/15 04:02 投稿番号: [789 / 3669]
>都合のいい文章だけピックアップして一つの文にみせかける人は初めて見たよ。
これは、K氏の投稿では、今に始まったことではないですけどね。
紹介いただいた書籍も、自分で読んでみてどう解釈するかでしょうね。Kmechanさんの解釈に、もろてをあげて賛同できる部分は、私にはあまりにも少ないですから。
とかなんとか、口出ししてしまいましたが、コレア関連の本はノビ−の本しか持ってません(笑)。
これは メッセージ 787 (yakurut1 さん)への返信です.
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>丁寧な説明ありがとうございます
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2002/02/15 03:56 投稿番号: [788 / 3669]
>ずいぶん印象が異なりますね。
私は最初この著者はずいぶん偏向した思想の持ち主だと思っていたのですが、誤解だったようです。
著者じゃなくて引用者が偏向した思想の持ち主でしたね。
これは メッセージ 786 (tttsjp さん)への返信です.
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>tttsipさん①
投稿者: yakurut1 投稿日時: 2002/02/15 02:44 投稿番号: [787 / 3669]
Kmechanこれはちょっと歪曲引用もいいとこじゃないのかい?
都合のいい文章だけピックアップして一つの文にみせかける人は初めて見たよ。
今までのこのトピの書籍紹介も信用できないね。
これは釈明すべきだよ。
できなかったらこのトピに投稿する資格はないと思うよ。
これは メッセージ 782 (bosintang さん)への返信です.
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丁寧な説明ありがとうございます
投稿者: tttsjp 投稿日時: 2002/02/15 01:16 投稿番号: [786 / 3669]
ずいぶん印象が異なりますね。
私は最初この著者はずいぶん偏向した思想の持ち主だと思っていたのですが、誤解だったようです。
これは メッセージ 783 (bosintang さん)への返信です.
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それなら理解できます。
投稿者: goodytwoshoses 投稿日時: 2002/02/14 23:30 投稿番号: [785 / 3669]
特にこの部分は
>韓国人が「われらこそは道徳的な民族であって、日本人は不道徳な民族である」と主張するのは、韓国人が道徳的だからではなく、道徳志向的だからなのである。
それからこの部分も
>翻って日本人は没道徳的(amoral)・現実主義的傾向が強いので、すべてを道徳に還元しない。
「十分理解」できる。
この思考は日本人の長所ですらある、と思います。
これは メッセージ 782 (bosintang さん)への返信です.
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>tttsipさん①
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/14 23:22 投稿番号: [784 / 3669]
横レスなんですが、
>ずいぶん、印象が違うでしょう?
本当にずいぶん違ってきますね。
Kmechan氏はそれなりに理由があってあのような引用をしているのでしょうが、あまり誉められた方法とは思えません。
bosintangさんの引用を見る限りでは、著者は「一方は観念論的社会感をもっており、もう一方は現実主義的的社会感を持っている」と言う程度のことを言っているだけのように読めます。
「ドイツとイギリスは違う」というのと大差ない主張のような。
少なくとも、本来は可否や優劣を印象付けるような内容ではないみたいですね。
これは メッセージ 782 (bosintang さん)への返信です.
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tttsipさん②
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/14 23:17 投稿番号: [783 / 3669]
>>日本では形式的な側面のみが強調されるが、根本的な無知が横たわっていることは明らかである。
>私には韓国も形式にこだわりすぎて、根本の精神を忘れているような気がするのですが、あまりにも上下の序列にこだわりすぎているように思うのですが、意見を聞かせてください。
これも、Kmechan氏の文脈を無視した引用、省略が招いた誤解ですね。
原文はこうです。
「韓国社会に与えた儒教の影響といえば、目下の者が目上の人の前で煙草を吸わない、などという形式的な側面のみが日本では強調される。その誤解の根元には、「儒教とは形式主義である」という根本的な無知が横たわっていることは明らかである。
形式主義的な側面は、儒教の一面であるにすぎない」
これは メッセージ 761 (tttsjp さん)への返信です.
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tttsipさん①
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/14 23:14 投稿番号: [782 / 3669]
>>道徳性志向国家とは、人々のすべての言動を道徳に還元して評価する
>私は、上記のような考え方が、文化に優劣を付けたりする偏見の元になっているように感じるのですがいかがでしょう。
そのとおりでしょう。
Kmechan氏の引用は
>韓国とは道徳性志向性国家である。
道徳性志向国家とは、人々のすべての言動を道徳に還元して評価する。
翻って日本人は没道徳的・現実主義的傾向が強いので、すべて道徳に還元しない。
道徳性志向性の時代も日本にあったが、弱まり、社会のすみずみまで浸透することは
なかった。
でしたが、原文は、
「韓国とは、〈道徳志向性国家〉である。
韓国はたしかに道徳志向的な国であるが、これは、韓国人がいつもすべて道徳的に生きていることを意味するのではない。
〈道徳志向的〉と〈道徳的〉とは異なるのである。
〈道徳志向性〉は、人びとのすべての言動を道徳に還元して評価する。
つまりそれは〈道徳還元主義〉と表裏一体をなしているのだ。
現代の日本は〈道徳志向性国家〉でない。これが韓国との決定的な違いである。
しかしだからといって、韓国人が道徳的で日本人は不道徳的(immoral)だ、ということではない。
韓国人が「われらこそは道徳的な民族であって、日本人は不道徳な民族である」と主張するのは、韓国人が道徳的だからではなく、道徳志向的だからなのである。
翻って日本人は没道徳的(amoral)・現実主義的傾向が強いので、すべてを道徳に還元しない。
しかし日本人が歴史上つねに道徳志向的でなかったわけではない。かつては道徳志向的な時代もあったが、今はその志向性は弱まっているのである。
いやむしろ、道徳志向性は日本では、古くから存在はしこそすれ社会のすみずみまで浸透することはなかったのだ」
ずいぶん、印象が違うでしょう?
あとでKmechanさんが引用している部分からもわかるとおり、著者によれば、日本における「道徳志向的な時代」とは、一般に儒教的と言われる江戸時代ではなく、明治維新以降「1960年代の学生運動家に連なる」一世紀なのです。
これはこれで、面白い見解だと思います。
これは メッセージ 761 (tttsjp さん)への返信です.
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北朝鮮は道徳の国
投稿者: maha553321 投稿日時: 2002/02/14 11:36 投稿番号: [781 / 3669]
Kmechanさんは総連系の人なので
本当は北朝鮮は道徳の国だって言いたいのだと思う。
どうとく(ダウ‥)【道徳】
1
人間がそれに従って行為すべき正当な原理(道)と、
その原理に従って行為できるように育成された人間の習慣(徳)。
はじめ慣習、風習、習俗の中に現れるが、人間の批判的な自覚の高まりとともに、
慣習、習俗を批判、反省しながら、
慣習から分化した精神的規範や規準として現れる。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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>>小倉紀蔵『韓国は一個の哲学…』
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2002/02/14 08:11 投稿番号: [780 / 3669]
>彼はしっかり韓国の歴史や思想史を勉強してるし、その知識は田中明や古田博司に
>遜色ない。
でも少なくとも日本に対する理解はお寒いですね.知らないなら書かなきゃいいのに.
これは メッセージ 772 (bosintang さん)への返信です.
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朝鮮の真相(4)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/14 04:00 投稿番号: [779 / 3669]
いま朝鮮子弟が学習を許されているのは、総督府編纂の日本教科書に挿入された若干の朝鮮史だけである。
これまた、無法に、おくめんもなく、捏造され、朝鮮人子弟を蔑視する思想と同時に、日本に対する讃頌、敬仰の念んをうえつけようとしたものである。
一例を上げれば、この朝鮮史を、つぎのように教える。
すなわち、朝鮮は4千年ではなく、わずか2千年の歴史で、日本の弟分となっていると教える。
朝鮮、日本両国の皇帝は、かって兄弟であったと教える。
日本は歴史的に朝鮮の保護者であり、かつ著先人の明確な希望により朝鮮を併合したと教える。
それは、朝鮮を辱め日本を称賛するがために、あらゆる事実を曲解、誤伝する。
また分量からいっても、朝鮮史は9牛の一毛といった微々たるもにすぎない。
教わるmのといえば、名は朝鮮史といえども実は日本人の編集した日本史である。
こういった編集によって、全世界が日本の一種の後裔となり、一時的に勘当されはしていたが、慈父である天皇の翼のもとへの帰依を熱烈にまちのぞんでいることとなる。
世界の歴史について教えられることはここまでであって、それ以上をでないのである。
また地理の場合も同様である。
地理も同じく、日本の教科書から抜粋した日本人による編集でおしえられ、それが添付する地図は荒唐無稽である。
官立学校はいうまでもなく、個人的基金、主としてアメリカ人の寄付で維持されているキリスト教のミッションスクールをも含めて、私立学校すらが、こいった教科書の使用を強制されている。
このことは、アメリカの伝道団により集団的にに維持されているソウルの統一大学である朝鮮クリスチャンカレッジですら適用されている。
地理、歴史の場合と同様、世界の時事問題もまた、同じように修正されて、ぜんぜん教えられていない。
朝鮮の児童は、頻繁にめぐってくる日本の祭日は別として、おのが周囲に起こっていることについて、ホッテントットの子供達同様に無知である。
学課目のみならず、カリキュラムの大部分が日本語で教えられる。
そして明年以後は、おそらくすべて日本語でおしえられねばならなくなるだろう。
感情面とか正義の問題は別として、未知の言葉でこのように学ばねばならぬことは、不利益がともなう。
あたかも、アメリカ、イギリスの子供が、読み書き、算術をフランス語やイタリア語で学習しなければならないことと同じである。
これは メッセージ 778 (Kmechan さん)への返信です.
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朝鮮の真相(3)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/14 03:57 投稿番号: [778 / 3669]
私は、朝鮮がおかれてきた自由の制約のもっとも典型的な例として、教育の問題を第一に取り上げたい。
なぜならば、日本の対朝鮮政策の意思をもとも鮮明に実現しているのは、教育だかららである。
さいきんの「朝鮮総督府年報」(1916年〜17年)の教育の項に、「教育の目的は、日本語の普及をとくに強調し、勤勉を奨励し、国民的性格を培養する」とある。
これは、朝鮮人教育の三大目的である。
つぎに、この三大目的に関し、さらに考察をすすめてみよう。
第一の目的は、日本語の普及であるが、それは徹底的に行われている。
普通学校ー我々の小学校ーの一週間の教課時間32時間中、8時間は日本語の学習にむけられている。
すなわち、児童の全教科時間の4分の一は外国語学習である。
日本語教科は、他課目にくらべるとほとんど2倍近くに達している。
第二の目的は、勤勉の習慣を奨励するということであるが、もし日本人が誠意から奨励するものならば、称賛にあたいするが目的に違いない。
怠惰は古来朝鮮人の最大悪習であった。
この怠惰性は、大部分、貪官汚吏の可憐訴求に原因がある。
苦心惨澹sて得た収入のうちから多少の貯蓄をすれば、いわゆる監司、使道のやからが一家の露命を維持するのも不可能なくらい収奪しつくすときに、いくら勤勉を奨励されても、働こうという気になれなかった。
この時、日本が真剣に勤勉を奨励し勤勉の美徳を活用するというなら、それは朝鮮人にとって一大福音というべきであろう。
しかしながら、私は、現実はそうでなかったことを後で示したい。
すなわち、経済的差別が、朝鮮人大衆に真の発展の機会を与えないような形で行われていたのである。
第三の目的である国民性の培養は、抽象的には同様に称賛に値するものであるが、しかし、ここで言う国民性とは、日本人のものであって朝鮮人の国民性ではない。
朝鮮人が後日自分たちの政権をもったときのための、統一の精神や愛国心を培養することは、意図されていない。
一言でいえば、立派な朝鮮人を養成するのではなく、日本の忠僕をつくろうというにすぎない。
この目的は、不正であり、おどろくべき残忍さと周到さをもって遂行される。
朝鮮史は、朝鮮史としておしえられることが許されない。
合併条約締結後直後、日本はただちに朝鮮の歴史書のすべてを没収し焼き捨てた。
組織的な捜査の手が各家庭に及び、朝鮮発展について述べている文書はすべて禁書とされ、そういった文書を所有することが発覚した人がしばしば投獄された。
朝鮮史の本を持つことが、こんにち犯罪となるのである。
私は、自国の歴史について読んだという犯罪を犯したがゆえに、ムチ刑を受け、15日〜30日間投獄の宣告を受けた朝鮮人と語り合ったことがある。
これは メッセージ 766 (Kmechan さん)への返信です.
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>「韓国は一個の哲学である」
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2002/02/14 02:47 投稿番号: [777 / 3669]
>小倉紀蔵
講談社新書
小倉紀蔵がこんな事言ってるよ。
「あたかも自己が日本人ではないかのように、すなわち日本人の過去の罪を自分のみは免責されているかのように、韓国人の側に寄り添って日本を攻撃する人士をわれわれはときに見つける(中略)このような冒険的態度の日本人を韓国のマスコミ(および日本の一部のマスコミ)は称賛するのを好むが、多くの場合、本能的に「醜い」印象を与えるもするのだ。/このような冒険主義に極度の苛立ちを示すのが、「自由主義史観」派なのである」。
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/history_10.htmlココで言ってる人士ってまさにKmechanの事じゃん。
これは メッセージ 757 (Kmechan さん)への返信です.
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>逃げませんが
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/14 02:36 投稿番号: [776 / 3669]
韓国という国、国民は道徳を持った国、国民ではなく、道徳性を目指すのを理想としていること。
理想だから現実にはその理想と違う行為が
出現するということ。
ときには道徳に反することも行われると
いうことです。
理想であってそうありたいと考えるが、
すべての国民が道徳性を持っているのでは
ないということ。
総督府の例は一視同人と呼ばれた
つまり一視同人を理想としたが
実際は朝鮮人を差別する政策であって
日本人とは違うとされたこと。
理想と実際の政策は異なったていた。
つまり道徳性志向ということばを一視同人
に置き換えれば、その実際の道徳性は日本人とは異なる、一視同人ではなかったということ。
理想と現実に行われた政策は違っていたということです。
これは メッセージ 773 (goodytwoshoses さん)への返信です.
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たしかに「あの戦争」での
投稿者: goodytwoshoses 投稿日時: 2002/02/14 02:07 投稿番号: [775 / 3669]
韓国の「国家理念」とは何なんでしょう?
「国家理念」ではなく「国家産業」としてのベトナム戦争なら十分理解できますが....(w
「ベトナム人を殺してお金を稼ごう!!」※ただし「女、子供だけ」(爆
非常に分かりやすい!
これは メッセージ 774 (yakuruto1 さん)への返信です.
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>全然回答になってない。
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2002/02/14 00:41 投稿番号: [774 / 3669]
ベトナム戦争の韓国軍の蛮行はどう答えるんでしょうね?(笑)
これは メッセージ 773 (goodytwoshoses さん)への返信です.
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全然回答になってない。
投稿者: goodytwoshoses 投稿日時: 2002/02/14 00:36 投稿番号: [773 / 3669]
それになんでここで総督府の話が出るわけ?
逃げないでね。
まぁここは「書籍トピ」だからこれ以上の追求はしない。
これは メッセージ 760 (Kmechan さん)への返信です.
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>小倉紀蔵『韓国は一個の哲学…』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/14 00:13 投稿番号: [772 / 3669]
これは メッセージ 757 (Kmechan さん)への返信です.
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>百瀬格『韓国が死んでも…』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/14 00:06 投稿番号: [771 / 3669]
ジャンヌさん、こんばんは。
>百瀬格氏の『韓国が死んでも日本に追いつけない18の理由』
百瀬さん、日本に帰っちゃいましたね。
私は続編のほうは読んでいません。
最初のやつに出てきた、女性問題でややこしくなったところを、著者が助けて逃げる手伝いをした、という世界的に有名な音楽家、とは、小沢征爾ではないかと見当をつけているんだけど、違うかな?
>菅野朋子『好きになってはいけない国〜韓国J-POP世代が見た日本』(2000.9刊)
こちらも読んでいません。
留学生モノは、何回か裏切られたことがあるので、最近はあまり手を出していません。
今度読んでみます。
>そのログはもう落ちてしまって
もしかして、それって、「日本人が韓国人へ謝罪・反省する場」だったりしないよね。
また本、紹介してください。
これは メッセージ 756 (jeanne_darc_blanche さん)への返信です.
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ほとんど絶望的
投稿者: tttsjp 投稿日時: 2002/02/12 18:17 投稿番号: [770 / 3669]
著者が日本人なのでどこまで信用して良いか分からないが。
このような発想では、日本人と韓国人は分かり合えるどころか、
共同作業も無理そうですね。
私にとって「道徳」とはどこまで行っても「形式」・「形」であって真理にはなり得ないと考えています。この場合の「形式」は精神性も含めたものです。
普遍的な「理」によって道徳を説明するとしたら、多くの日本人は嫌悪感をかんじてしまうのではないのかな。
日本人にはむしろ「無常」観の方が性にあっているようだから。
まだ続く様だからまたみさせてもらいます。
これは メッセージ 765 (Kmechan さん)への返信です.
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韓国の道徳
投稿者: AttendsOuVaTen 投稿日時: 2002/02/12 09:10 投稿番号: [769 / 3669]
儒教やら何やらで韓国が道徳的な国だと言いたいようですが、
私の知る限りおいては、とても「道徳」などと口にできる国ではないですよ。
韓国大衆の民度って本当に酷かったですよ。
あれでは「ちょ○民族」などと世界中から罵られてもしょうがないと感じました。
あなたは生の韓国を見たこと無いでしょう?
これは メッセージ 765 (Kmechan さん)への返信です.
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凄い本ですね.
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2002/02/12 08:50 投稿番号: [768 / 3669]
>明治維新以降、日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
明治日本の基本は武家社会ですよ.武家社会は陽明学と禅の思想で成り立った社会.
>儒者が政治を担わぬ儒教国家はありえない。
と
>日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
とが矛盾していることにすら気付かないこの著者は終わっている.
明治新政府の誰が儒者?
これは メッセージ 765 (Kmechan さん)への返信です.
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韓国の誇
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2002/02/12 08:40 投稿番号: [767 / 3669]
なぜ日本と比較しないと自国を誇れないのだろうか?
これは メッセージ 757 (Kmechan さん)への返信です.
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朝鮮の真相(2)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/12 05:55 投稿番号: [766 / 3669]
日本は高潔な行政を布き、あるていどの物質的利益を与えてはるが、その一方、些小の自由すら与えず、これというほどの公正な待遇を与えたこともなかった。
日本は、朝鮮を奴隷国としたのである。
そして、いま、これが結果であり、世界の、時、場所を問わない倫理的結果である。
朝鮮は立ち上がり、二度と征服されまいと決意をかためている。
いま私が朝鮮人の境遇を奴隷にくらべたのは、決して過言ではない。
いま朝鮮人に、権利らしきものはほんの少しもない。
政治的に一片の参政権もないことはいうまでもない。
たまたま若干の朝鮮人官吏がいたとしても、虚名に過ぎない。
その背後には、必ず、実権を握るいわゆる顧問とか次官とかの日本人がいて、諸般の権利を全的に掌握している。
また経済的にも、朝鮮人に対して考えられるあらゆる手段で差別待遇があり、あらゆるたぐいの有利な特権という特権は全部日本人の独占に帰し、かりにあるとしても、朝鮮人が得るものは日本人の残りかすに過ぎない。
その他、各種の富源はほとんど一方的に日本人の手に帰し、有望な事業の機会も必ず日本人が占有している。
ペファ−氏は、朝鮮には一ヶ月滞在し、あらゆる角度から情勢を調査し、かれが見い出した事実及びかれの結論がこのパンフに収められている。
これは メッセージ 758 (Kmechan さん)への返信です.
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「韓国は一個の哲学である」(3)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/12 05:22 投稿番号: [765 / 3669]
日本は明治以降に儒教国家化の完成を目指す
普通、江戸時代の日本は儒教国家であり、明治維新でそれを打倒して西欧近代的な国家体制を作った、と考えられている。
しかしこのような歴史把握は、根本的に誤りだ。
江戸時代の日本は儒教国家ではなかった。
儒者が政治を担わぬ儒教国家はありえない。
ただし明治維新を成し遂げたのは、儒教的変革主義者たちである。
日本は完全な儒教国家でなく、しかも多様な急進的儒教主義者が存在したことが、明治維新を可能にした。
明治維新以降、日本は遅ればせながらようやく儒教的中央集権国家をつくりはじめた。
明治の近代日本は、封建体制からの脱皮であったが、儒教体制からの脱皮をはかったものではない。
むしろ日本全体の儒教国家化を、西欧の理念を摂取して推進したのだ。
明治期に中央集権・国家試験による官僚選抜など推進したのも、国家を全体的に儒教体制化する動きだった。
これと別に自由民権運動は、「言論の自由」「国民の政治的主体性」(それらは士大夫の権利である)など主張して、日本の儒教社会化を推進した。
明治初期のイデオローグから共産主義者や超国家主義者を経て、1960年代の学生運動家に連なる系譜。
彼らは明治以降に儒教的な<知>と権力のダイナミックな関係を始めて知った人々とその末たちであり、道徳志向的な人々であった。
それは、日本で道徳が青くさかった、稀なる一世紀の物語である。
韓国はひとつの哲学である。
朝鮮あるいは韓国は、一個の哲学である。
哲学そのものが領土・人・主権として固まったものが、朝鮮あるいは韓国なのである。
ここで哲学とは<理>をいう。
朱子学による国家統治以降、この半島を支配してきたのは、ひたすら、<理>であった。
つねに一個性を主張する<理>なのであった。
<理>とは何か。
普遍的原理である。天すなわち自然の法則と、人間社会の道徳とが一ミリの誤差もなく一致した、いや一致すべきであるとした、絶対的規範。
すなわち今の韓国人の道徳志向性は、この伝統的な<理>志向性の延長なのである。
朝鮮王朝の哲学者たちは実に精緻な「理気論」を、数百年も繰り返した。
これには理由がある。
人間の心から社会・宇宙まで、<理>と<気>の関係によって、より整然たる体系で説明しえた勢力のみが、政権を掌握しえたからである。
そしてこの哲学論争に敗北したグループは、権力から排除される。
<理>は普遍の運動である。
この普遍を激しい論争によって奪い取った者が、権力と富とを独占する。
つまり<理>は真理であり規範であり、同時にカネやめしの素なのである。
すべての人は、その人の体現する<理>の多寡によって、一元的に序列がつけられる。
体現する<理>がおおければ多いほど、めしがたらふく食えるのであった。
これは メッセージ 764 (Kmechan さん)への返信です.
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「韓国は一個の哲学である」(2)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/12 05:15 投稿番号: [764 / 3669]
小倉紀蔵
講談社新書
1959年、東京生まれ
1983年、東京大学ドイツ学科卒業
電通に勤務の後1988年退社、韓国留学
1995年、ソウル大学哲学科博士課程終了
現在、東海大学外国語教育センタ−講師
専攻
韓国哲学
w杯招致合戦で見せた道徳性志向
記憶に新しい例でいえば、2002年、ワ−ルドカップサッカ−大会の招致合戦においても、日本には道徳志向性が欠如しているということが如実に示された。
世界を舞台にした招致合戦で、韓国は「日本にはメッセ−ジがない」と言い続け、日本は「共同開催は前例がない」と言い続けた。
メッセ−ジとは大義名文である。
メッセ−ジのない者が世界を変えることはできぬ。
これが韓国人の主張だ。
「w杯を韓国で開けば、南北統一と東アジアの平和に寄与する」という気字壮大でグランド・デザインの意思に満ちた提言を韓国はした。
翻って日本は「前例がない」とは、あらかじめメッセ−ジを放棄したもののものいいである。
たとえば小役人などは、このような愚昧な言葉をいって恥じぬであろう。
国民レベルでも、道徳性志向的な韓国人に対して、日本人は哀れなほど素朴で感覚志向的だった。
「韓国が日本より優越であることを世界に示す」「日本を圧倒することにより日本人の「虚言」を封じ込める」「さらなる経済発展をして日本に克つ」など韓国人の願望であり、「世界の一流プレ−をナマで見たい」というのが日本人の欲望なのであった。
日本人は自己の私的な欲望が公的なメッセ−ジになりうると誤解し、韓国人は私的な欲望を公的な道徳で隠さなければ自己は存在しえないと怯えているのだった。
道徳志向的な世界の中での日本の個性
サッカ−といえば、日韓戦の韓国側応援席には必ず「独島(竹島)は<ウリ>(われら)の土地」という垂れ幕が掲げられているものだ。
サッカーというスポ−ツの場にそういった政治的なメッセ−ジが登場するのも、「日韓間のイベントは道徳志向的にいろづけしなくてはならない」という当為性を韓国人が感じているからである。
他方で道徳志向性欠乏症の日本人は、北朝鮮からロケットを発射され領空を侵されても、道徳志向市場に出荷することすらできず、ごく素朴に感情を表出して地団太を踏むことしかできない。
声高に叫ばれるのは「事実の解明」と「力の充実」のみであり、つまり問題を「相手」と道徳思考的な「交渉ごと」ではなく「自分ひとり」の領域に閉じ込めてしまう。
キリスト教的な道徳志向性を持つ西欧と、儒教的な道徳性志向性をもつ中華文明圏と、イスラム教的な道徳志向性を持つイスラム圏。
世界はこれら勢力の道徳志向的な戦いの時代である。
その中で道徳志向的な発想のない日本は、明らかに個性ある存在といえる。
日本はこの個性を守って名誉ある孤立を選ぶのだろうか。
それとも追い詰められて、道徳志向性なる、眩くもときに不道徳な麻薬にとびつくのか。
これは メッセージ 757 (Kmechan さん)への返信です.
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> >「韓国は一個の哲学である」
投稿者: tttsjp 投稿日時: 2002/02/11 22:43 投稿番号: [763 / 3669]
>朝鮮を批判するなら欧米の近代化主義で充分できるでしょうが、理解しようとすれば
中華主義を理解し、儒教を理解しないと
朝鮮は良く分からないと考えます。
私はこの件で朝鮮を批判する気はありませんので安心してください。
>しかし人はなんらかの形で優劣をつけているのではないでしょうか
現在の欧米文化の氾濫は欧米がアジアより
優れているとの要素の認識もあり日本人に浸透しているのではないでしょうか
欧米の植民地主義はキリスト教の都合の良い解釈で後押しされたと私は理解しています。
私は儒教について詳しくない・・というよりほとんど無知ですので、はっきり指摘できないのですが。
仏教の善悪・優劣を決めつけないという思想と、儒教の君臣や長幼の序列を重んじる思想が対極にあり、それが、日韓・日中の歴史の曲解や誤解の原因になっているような気がします。
>この書物の内容ほとんど紹介していきますので、参考にしてください
少し参考にさせてもらいます。
これは メッセージ 762 (Kmechan さん)への返信です.
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> >「韓国は一個の哲学である」
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/11 18:51 投稿番号: [762 / 3669]
>Kmechanさん儒教については詳しく分からないので少し教えてください。
私もほとんど知りません。
手始めにこの本を買ってみました。
人々のすべての言動を道徳に還元して評価するとはこの著者がつけた定義でしょう。
>文化に優劣を付けたりする偏見の元になっているように感じるのですがいかがでしょう。
しかし人はなんらかの形で優劣をつけているのではないでしょうか
現在の欧米文化の氾濫は欧米がアジアより
優れているとの要素の認識もあり日本人に浸透しているのではないでしょうか
朝鮮を批判するなら欧米の近代化主義で充分できるでしょうが、理解しようとすれば
中華主義を理解し、儒教を理解しないと
朝鮮は良く分からないと考えます。
この書物の内容ほとんど紹介していきますので、参考にしてください。
これは メッセージ 761 (tttsjp さん)への返信です.
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