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>「韓国は一個の哲学である」

投稿者: tttsjp 投稿日時: 2002/02/11 18:35 投稿番号: [761 / 3669]
Kmechanさん儒教については詳しく分からないので少し教えてください。

>道徳性志向国家とは、人々のすべての言動を道徳に還元して評価する

私は、上記のような考え方が、文化に優劣を付けたりする偏見の元になっているように感じるのですがいかがでしょう。

すこしまえ「うるるん滞在記」で韓国で儒教に忠実な生活をしようとする人たちの場面がありましたが。

食事の作法について、日本の「ちゃわん」に当たるものを手に持って食べているのをとがめ。「それは教育の無い者の食べ方だ」といっているのをみて儒教が文化偏見の元になるのではないかと感じました。

おそらく日本人なら「韓国ではそうかもしれないが、日本の作法はこうなのだ」という表現になるでしょう。

話はそれますが大乗仏教には「空」という思想があり、この世の中はすべてつながっていてそれのみで存在できる実体は無いと教えています。
  そこに物事の優劣は基本的に存在しません。

>日本では形式的な側面のみが強調されるが、根本的な無知が横たわっていることは明らかである。

私には韓国も形式にこだわりすぎて、根本の精神を忘れているような気がするのですが、あまりにも上下の序列にこだわりすぎているように思うのですが、意見を聞かせてください。

> この事件を

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/11 16:23 投稿番号: [760 / 3669]
個人の犯した事件と国家のもつ理念とは
違う

一視同人といいながら、実際には日本人と
同じ扱いをしなかった総督府の政策を
みれば、国家の理念と実際の組織が行った
ことは違うのが分かるでしょう。

まして国民すべてが国家の理念どうり
動くということはありません。

「道徳性志向性国家」とは国民の大部分が
その方向にあると考える著者の意見でしょう。

あなたが今回の事件を見てそうでないと
考えるのはあなたの自由ですが

この事件を

投稿者: goodytwoshoses 投稿日時: 2002/02/10 11:15 投稿番号: [759 / 3669]
「道徳性志向性国家」の理念で説明してもらいたい。

http://www.mainichi.co.jp/news/flash/shakai/20020207k0000m040188000c.html


随分、都合のいい道徳性を持った民族だね。
あんまりいい加減なことを書くと怒るよ。








それから日本のドラマを見て喜んでる韓国人がたくさんいることを君は知らないの?(w




根本的に無知なのは君とその本の著者だね。(爆

朝鮮の真相

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/10 07:10 投稿番号: [758 / 3669]
また、朝鮮には、言論の自由は完全にない。社交上の目的であっても、3人以上の集会は禁止されている。
いわんや出版の自由は、あったためしがなかったばかりか、20世紀の今日においてすら、朝鮮人の編集する朝鮮語新聞の一紙すらないといえば、他は推してしるべきであろう。
また教育についていえば、学校数が旧韓国時代の制度の場合より増加したことはまちがいない。
しかしながら、増加した学校は、意識的に、そしてしばしば不正に、日本語を教え、純粋に日本文化を移植する。
朝鮮の児童は自国の文化を、それが日本文化の根源であるにもかかわらず、軽蔑するよう教えられる。
各学校長は全部日本人で占められ、教科書の大部分がすべて日本語であり、日本語が教育の媒体としてほとんど一方的に用いられている。
朝鮮人子弟がいやしくも自国語を教わる場合、その言葉は文章語としてであり、過半はまるで外国語のようになっている。
こういうところに、日本の政策の鍵を、つまり同化政策をみることができる。
朝鮮人を同化させるというのは、公言された日本の意図である。
したがって、朝鮮人の歴史は強制的にわすれさられるものであり、その伝統は根絶されるものとなり、その言葉は強権的に廃止され、その文化は、それ自身がうみだしたところの日本文化に反映されている場合を除いては、駆逐されるものとなる。
同化という言葉に、朝鮮、日本関係の鍵を常に見出すことが生ずるとしても、闘争は未来永劫に終息することはないだろう。

チャイナプレス   北京特派員   ナサエル・ぺファー

「韓国は一個の哲学である」

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/10 04:41 投稿番号: [757 / 3669]
小倉紀蔵   講談社新書

韓国を理解するには儒教社会を理解しなければなりませんが、日本では欧米文化中心
になった結果利益中心の考えとなり、
儒教社会を単に形式主義としか捕らえられませんが、果たしてそうだろうかと疑問に
考えていたときこのような書物に出会いました。

韓国とは道徳性志向性国家である。
道徳性志向国家とは、人々のすべての言動を道徳に還元して評価する。
翻って日本人は没道徳的・現実主義的傾向が強いので、すべて道徳に還元しない。
道徳性志向性の時代も日本にあったが、弱まり、社会のすみずみまで浸透することは
なかった。

日本のドラマは感覚の予定調和的な倫理展開で成り立っており、韓国のドラマは理屈で固まられた感情の激突で成り立っている。

日本のドラマはだるく、退屈だ。そこには世界観の対立、主体間の闘争が皆無である。
韓国のドラマは、息つく暇もない言葉の戦い。それこそが、ドラマなのである。

日本での道徳イメ−ジはジジムサイ・保守であり
韓国での道徳イメ−ジは青春/革新なのである。
韓国の道徳は休体制への反抗と新体制樹立への原動力でもあるのだ。
これは最も先鋭的・革命的ば闘争の道具であり、ジジムサとは無縁の、青春の爆発力をもつ。
韓国は数百年の間朱子学の国であったが、日本はそうでなく、明治時代になって儒教的な国家の完成を目指したのにすぎない、という歴史の相違からくるのである。
朝鮮王朝による全社会の儒教化以後、韓国は継続して儒教国家であった。いや、より正確には、朱子学国家でありつづけたのである。

日本では形式的な側面のみが強調されるが、根本的な無知が横たわっていることは明らかである。

自己の心とそれに備わる道徳性のみを信じ、それを真っ直ぐに全宇宙にまで拡大するのが、儒家の根本的立場である。
そして儒家の最も嫌うのが、曲がったもの、曲がった心であるが、これは強烈な反抗精神を作り上げる要因でもある。

韓国人は曲がったものには真っ直ぐなもので立ち向かい、真っ直ぐなものを相手にしてはその真っ直ぐさを競う。
相手より自分が真っ直ぐであれば精神的な主人となり、逆であれば相手に同化しようとするのだ。

犬鍋顧問、寒中お見舞い申し上げます

投稿者: jeanne_darc_blanche 投稿日時: 2002/02/07 23:39 投稿番号: [756 / 3669]
ご無沙汰しております。whiteoutです。
昨夜は徹夜続きでコワレているところを、某トピでニアミス致しました(笑)

マスコミと呼ばれる仕事をしておりますので、韓国はW杯の共催決定を機に、映画・音楽・スポーツと文化面の仕事をメインに関わることになったのですが、「コリア関連書籍」といっても、専ら「知識」というより「情報」を得るために活字を読んでいました。

百瀬 格氏の『韓国が死んでも日本に追いつけない18の理由』は、続篇を含めてこのトピの皆さんはご存知だと思います。
同じ文藝春秋から出版されている『好きになってはいけない国〜韓国J-POP世代が見た日本』(2000.9刊)が、私の印象に残っている1册です。著者の菅野朋子さんは、カナダの大学で韓国語を学ばれた後、韓国に留学された日本人です。


追伸
昨年お探しいただいていたログの件ですが、別カテで自白しましたので、自己申告致します(笑)

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=ED&action=m&board=1086165&tid=a43a4na5aba5fa4na5aaa5u2qa4o2dgbda4a ba1a9&sid=1086165&mid=1083

>実はかなり以前に、私が犬鍋顧問に反論してレスをいただいたまま宿題になっている案件がありまして、犬鍋顧問がそのログを探されているとレスをいただいたのにお答えしなかったんですが、白状すると、そのログはもう落ちてしまって板の上には存在しないんです。こっちの方がよっぽど怒られそう(笑)

反日意識の根源その2

投稿者: paminami00 投稿日時: 2002/02/07 00:53 投稿番号: [755 / 3669]
>韓国国立放送大学の歴史教科書には「…敗戦直前に日帝より行政権の一部を委譲され建国準備委員会を発足させた。…」

それを連合国が認めずつぶしたわけですね。
なぜ連合国はカイロ宣言で「朝鮮を自由かつ独立させる」と言っているのに朝鮮の自主独立をつぶしたのか?
考えられる理由としては
1.カイロ宣言で「朝鮮の人民の奴隸状態」と言っているてまえ、もし中立的な独立国が誕生して奴隷的でなかった朝鮮総督府の実態がはっきりするとまずいから。
2.朝鮮に勝手に独立されて共産革命が起こるとまずい。また、独立してもその国力は貧弱で、必ずソ連に侵攻・支配されるから。

朝鮮は李氏朝鮮時代も、大韓帝国時代も、WW2終了時も、自力で独立できる国じゃなかったということです。
また、サンフランシスコ平和条約で朝鮮は戦勝国と認められていない(朝鮮は14条の賠償請求権がない)。
戦勝国として権利も主張できず、自力で独立する力もない弱い立場の朝鮮。
そうすると対外的および国民にむけて朝鮮のとるべき立場としては、反日しかありませんね。
日本の武力がいかに強く、残虐で、いかにひどい搾取収奪をされたか、朝鮮は抵抗するすべもなく、奴隷状態だったことを強調するほど、朝鮮は「本当は自力で独立する力がない」という現実を否定するためのいいわけになる。
日本を必要以上に悪者にすることによって現実から目をそむけてきた韓国。
それはもしかしたら現在でもそうで、もしアメリカと日本の後ろ盾がなかったら自力で独立を確保できるんでしょうか?中国やロシアの餌食になると十分考えられる。
これは朝鮮民族が劣等というわけではなく、地政学的な理由です。

ポツダム宣言に、「無責任なる軍国主義を世界より駆逐し、日本国国民を欺瞞し世界征服の挙に出る過誤を犯した者を永久に除去」とある。
自分たちの植民地主義も民族弾圧もすべて(捏造してでも)日本を悪者にすることによってチャラにするのが連合国の正義。

>>反日意識の根源

投稿者: bigboy_satan0 投稿日時: 2002/02/07 00:28 投稿番号: [754 / 3669]
>メディアは国民の意識の現われ日本が経済力でも軍事力でも大国に成長したいま併合時代と力関係は似ているでしょう。

当時を体験したの人が減少する中、今だに日本に対し云々言っているのはおかしいです。日本領時代を体験した人は、日本に対し、評価する点、悪い点も判っているのでしょうが、現在の人々は、対日文化規制と反日教育の為に、評価すべき点が全く無く、悪い事だけしたと教え込まれていることが、今日の反日助長を招いています。広島や長崎の人でも、韓国人の反日ほど反米を叫ばないでしょう。現状は明らかに異常ですね。
メディアは真実を伝える事が仕事です。操作された国民の意識を反映しているだけでは、だめなんですがね。
また、当時の体験者でも、李朝時代生まれの人(殆どいない)は、日本領になり、暮らし向きが良くなったと考えているのだろう。しかし、日本領になってから生まれた人は、日本に悪い印象を持っているだろうし、世代によっても考え方が違うのかもね。

>大国   中国、ロシア、日本に囲まれているのですから   侵略された過去と力関係は似ているのですから当然警戒し反日意識も簡単にはなくならないでしょう。

反中、反ロは、殆どないのでは?反日のみ突出しているのはなぜでしょう?

>私は日本が悪逆の限りをつくしたという認識は韓国民の大多数がそう思っているでしょう。
いろいろな伝えられている証言から資産や教育を残しよいこともしたなどとても思えないでしょう。

人口がほぼ倍増したということは、寿命が延びたという事を考慮しても、現在の朝鮮半島の人々の半数近くは、日本領時代が無かったら、現在この世に存在していなかったということになります。
Kmechanさんは、日本領時代の36年があったお陰で、自分は今日存在出来ているのかも知れないと、考えてみたことはありますか?
存在出来るか出来ないか、生きるか死ぬかという段階から、苦しいか苦しくないかという段階に、日本領時代にレベルが一つ上がったのでは?もともとの状況が悲惨すぎたのでは?

>日本が支配したけっか被害者の立場で書かれた資料はないのですから、当然資料からは良いことをしたとなるでしょう。
植民地支配の実態は資料と証言が合致しない。   そこでどうみるかと自由主義史観が総督府の資料から良いことをしたというのですが当然支配者が残した資料でいけばそうなるわけです。
総督府資料からどう読み取るか証言からなにが事実化その判断をしなければ、真相はわからないのです。

日本時代にハングルも普及したので、朝鮮半島の人が作った資料も、当然多数存在するでしょう。
日本に対して好意的な内容だったので、政府関係者によって闇に葬られたのでは?現に知日派は差別されてますし。

>鄭在貞『新しい韓国近現代史』

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/06 06:31 投稿番号: [753 / 3669]
>そもそも、その認識、間違ってますか

私は臨時政府、抗日軍、国内の釈放された
独立派を総花的並べたと思っているのですが   又調べたいと思います。

そうですか西岡さんの主張ですか
又西岡力の書物を買いますか

ありがとうございました。

>>反日意識の根源

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/06 05:49 投稿番号: [752 / 3669]
>メディアと教育が、57年間にわたって反日だったことも大きいです

>反日報道をしていれば無難だ!程度にしか思っていないのでしょう(無条件に反日は当たり前)。

国民の意識でしょう。
メディアは国民の意識の現われ
日本が経済力でも軍事力でも大国に成長したいま併合時代と力関係は似ているでしょう。
大国   中国、ロシア、日本に囲まれているのですから   侵略された過去と力関係は
似ているのですから、当然警戒し反日意識
も簡単にはなくならないでしょう。

韓国がこれからも成長しつづければ、
少しづつ反日意識も薄らぐでしょう。

私は日本が悪逆の限りをつくしたという
認識は韓国民の大多数がそう思っているでしょう。
いろいろな伝えられている証言から資産や教育を残しよい
こともしたなどとても思えないでしょう。

日本が支配したけっか被害者の立場で書かれた資料はないのですから、
当然資料からは良いことをしたとなるでしょう。

植民地支配の実態は資料と証言が合致しない。   そこでどうみるかと
自由主義史観が総督府の資料から良いこと
をしたというのですが
当然支配者が残した資料でいけばそうなるわけです。

総督府資料からどう読み取るか
証言からなにが事実化
その判断をしなければ、真相はわからないのです。
まあ併合時代の評価は困難ですね。

>>>おっと

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/06 03:50 投稿番号: [751 / 3669]
>朝鮮が内地に近すぎる故に、内地の「田舎」と化したのではないか

大きく見れば、これはその通りでしょう。
産業資本主義は、都市と田舎の差異を利用して利潤を生み出すシステムなのですが、ここで、物的・人的資本の蓄積に劣っていた朝鮮が田舎の役割を担ったのは、経済統合の結果としてはごく自然な現象だと思います。

ただ、これは「都市が田舎を収奪することで成長する」と言う性質のメカニズムではないことも併記しておきます。
田舎において労働生産性の成長がなければ、都市の成長はあり得ません。

>格差拡大のメカニズムは、なにも対外的のみならず内部でも進行したことでしょう。

もちろんです。自然に生じた分もありますし、総督府の産業政策によって生じた格差も当然あったでしょう。
平均的に見て、それは朝鮮社会に、すくなくとも経済的にはプラスに機能したはずですが、このような変化の犠牲になった人は当然いたはずです。

>現代に至るまでの変化に大きな影響を及ぼしたであろう事は云えるのではないか

間違いなくいえますね。
まあ、日韓両国は、豊かな産業社会を築こうと思えば、貿易に依存せざるを得ないのも事実ですが。
インドやブラジルなどの大きな国でも、国内市場のみをアテにした産業化(輸入代替政策)には失敗したわけですし。

:横レス失礼 >>> Kmechanさん遅く

投稿者: nandaka_moh 投稿日時: 2002/02/06 02:37 投稿番号: [750 / 3669]
>日本に補償を求める時だけ強く行動して、光州、済州島、ベトナムなどに対して補償しないのは、なぜ?

光州については、それなりの立法措置が取られている様です。
[5・18民主化運動等に関する特別法]
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1747/minsyuka.html

教育令

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/06 01:38 投稿番号: [749 / 3669]
>1911年   第一次朝鮮教育令<一視同仁>
1922年   第二次朝鮮教育令   6年制へ   帝大設立
1936年   第三次朝鮮教育令   朝鮮語廃止
1943年   義務教育化

第三次朝鮮教育令と俗称される3回目の改正教育令は1938年で、朝鮮語は正確には必須科目から随意科目への変更(実質的には廃止と言っていいかも)。

朝鮮半島では、終戦まで義務教育は実施されませんでした(1946年に予定されていた)。

解放後、小学校が義務教育化されたのは1959年、中学校の義務教育化(無償化)は今年(2002年)に予定されています。

鄭在貞『新しい韓国近現代史』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/02/06 01:25 投稿番号: [748 / 3669]
森田芳夫さんのことですが、

>著書   朝鮮終戦の記録

これ、前から読みたいと思ってるんだけど、手に入らない。

>(朝鮮建国準備委員会を左派主導と認識)

もしかして、ここ↓を参考にしましたか?
http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9704/paper/0407/tokuha.html
森田さんの認識か黒田さんの認識か、あいまいだね。

そもそも、その認識、間違ってますか?

韓国国立放送大学の歴史教科書には、
「国内で建国同盟を率いた呂運亨は、敗戦直前に日帝より行政権の一部を委譲され建国準備委員会を発足させた。…米軍は建国準備委員会を認めなかった。…建国準備委員会は、人民の総意を結集するために、朝鮮人民共和国を宣布した。…人共は、形式的には李承晩、副主席に呂運亨、国務総理に許憲を推戴したが、中心勢力は朝鮮共産党を再建した朴憲永、李康国などであった」(鄭在貞『新しい韓国近現代史』桐書房、1993)
となってますが。

>在日朝鮮人処遇の推移と現状
  (強制連行は存在しないと主張)

これも↓を参考にしたんだと思うけど、
http://www1.jca.apc.org/aml/200009/19018.html
森田さんの主張ではなくて、西岡さんの主張でしょう?   さらにいえば西岡さんの主張を歪曲しているように思う。

>この人総督府の教育関係に勤務されたのでしょうか

森田氏が総督府でどんな仕事をしていたかは知りませんが、戦後、外務省で日韓交渉の裏方、またソウルの日本大使館員として働き、退官後、韓国誠信女子大で日本語を講じ、『韓国人の日本語作文における誤用例』など、実証的・実用的な研究をされていたことは知っています。

>総督府は日本人主導による皇民化教育を押し進めたのですから、朝鮮人主導の書堂教育は不必要なのではないでしょうか

皇民化教育が押し進められたのは1937年以降でしょう。1920年ごろの書堂や夜学の話とは時期が違います。

>書堂の教育内容には介入しなかったのでしょうか

しました。
1918年の書堂規則では、開設が届け出制とされ、漢文素読だけでなく国語(日本語)、算術を教えることを指示し、書堂教科書として適当と認めるものを示しましたが、強制力はなく、書堂数は漸増、1918年に2万4294ヵ所。
しかし、1929年の改正書堂規則では、開設が認可制になり、国語(日本語)、朝鮮語、算術等の教科書は、総督府編纂のものを使用すべきことになりました。その後、書堂は衰微し、1936年には約6千にまで減りました(森田前掲書)。

>反日意識の根源

投稿者: bigboy_satan0 投稿日時: 2002/02/05 21:18 投稿番号: [747 / 3669]
>当然この時代の大半はなくなっていますが伝えられた話からそんなにこの気持ちは消失していないと考えます。
>つまり反日意識というのはどう日本側が説明しても、謝罪を繰り返してもなくなるもではなく、韓国人の意識が代わるのを待つより仕方のないことだと思います。メディアの責任というより、韓国社会に根ずいた意識でしょう。


メディアと教育が、57年間にわたって反日だったことも大きいです。フィリピン、中国、ベトナムなどに比べても、反日度合いが大きく、台湾の親日と比較した場合は、更に韓国の反日度が際立ちます。

57年も経てしまうと、現在のメディア関係者で、当時を体験をした人自体、殆どいないでしょう。
反日報道をしていれば無難だ!程度にしか思っていないのでしょう(無条件に反日は当たり前)。
当時の状況を、Kmechanさんみたいに検証している報道関係者自体、殆どいないのでは?

また、日本の無条件降伏後に発生した朝鮮戦争の方が、朝鮮半島において大きな被害をもたらしたはずです。朝鮮戦争の破壊によって、日本時代の資産の多くが破壊された事も、日本に全く恩義を感じなくなった理由の一つかもしれません。

朝鮮半島において、資産や教育を残した日本が、破壊者兼殺戮者である韓国、北朝鮮、中国、アメリカ。そして分断に一役かったソ連よりも、今日叩かれているのは、敗戦国に対する弱者いじめの一面もあるのでしょう。
韓国に頭を下げる国は日本しかないので、大統領が、権威を示すのにも打ってつけなのでしょう。
日本の首相による度重なる謝罪も、韓国国民にしてみれば、メディアと歴史教育に対する裏づけ行為となり、日本領時代には、日本が悪逆の限りを尽くしたのだと、無条件に思ってしまうのでしょう。


>なを寿命の問題は理解しました。たしかに寿命は延びたと認めます。


尚、人口ピラミッドの考え方はtuka_chanさんからの受け売りです。

総督府はハングルを教えた?

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/05 18:24 投稿番号: [746 / 3669]
こうした環境の中で一九四五年の植民地支配からの解放時には、元「国民学校」生徒達は朝鮮の文字「ハングル」を書けない者・読めない者が少なくなかった。初等教育の六年間は日本語習得のための教育だったといってもオーバーでない

研究者がこのように語っているのをみれば
総督府がハングル語を教え普及したなど
の意見は疑わしいのではないでしょうか

>>おっと

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2002/02/05 12:51 投稿番号: [745 / 3669]
批判を恐れずに云えば、朝鮮が内地に近すぎる故に、内地の「田舎」と化したのではないかかろうかと、まあ気のせいかも知れませんが。

格差拡大のメカニズムは、なにも対外的のみならず内部でも進行したことでしょう。
ただ、韓國も日本も結果として産業構造が貿易依存体質に変化したことで、その後の現代に至るまでの変化に大きな影響を及ぼしたであろう事は云えるのではないかと思います。

>経済成長率

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2002/02/05 12:44 投稿番号: [744 / 3669]
結論を出すには早計でしょう。

特に古いデータのカバレッジの問題や、統計の信憑性の問題に疑問が残ります。
うろ覚えですが、確か1930年代に総督府で米生産量統計に過小評価が発見されたと記憶しています。
つまり、それ以前の生産統計が米に限っても過少に見積もられていたことは、総督府自身の調査からも推定できるのではないでしょうか。

はじめまして

投稿者: JochenKowalski 投稿日時: 2002/02/05 10:42 投稿番号: [743 / 3669]
goodyさんが向こうに貼ったリンクを辿って来ました。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1&sid=1835396&mid=688

↑これの勇ましさ、ふきだしてしまいました。
お暇でしたら↓のリンクをちょっと辿ってみて下さい。何か私が癪に障るらしいのですが、じゃあ面と向かって話しようよと言うと妙な事を言いながら遁走するんですよ。
特に

>キミにタマアリ96連発・見苦しくないクンとしての度胸があるのなら、
これを「国内ニュース>国旗・国歌」に貼ってごらん。
<

なんかもう見るも無残ですよ。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=ED&action=m&board=1086165&tid=a1zbana4k2qa4na5ja5ya5sa58a4k4fcbta4 7a4fa4dea49&sid=1086165&mid=5678
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=ED&action=m&board=1086165&tid=a1zbana4k2qa4na5ja5ya5sa58a4k4fcbta4 7a4fa4dea49&sid=1086165&mid=5724

反日意識の根源

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/05 03:48 投稿番号: [742 / 3669]
7)ベニングホフ政治顧問のアメリカ国務省に対する報告書(1945年9月15日)
  [前略]即時独立と日本人の一掃が実現しなかったために大変な失望がわき上がっている。朝鮮人の日本人に対する憎悪は信じられないほど激しいものであるが、しかしアメリカ軍の監視がある限り、彼らが暴力に訴えるだろうとは考えられない。/[中略]日本人官僚の排除は世論の見地からは望ましいものであるが、当分その実現はむずかしい。[中略]なぜなら、政府機関、公共施設、報道機関を問わず、下級職員を除くと資格をもつ朝鮮人職員が存在していないからである。それに日本人の下で高級職に就いていた朝鮮人がいても、彼らは親日派と見なされ、ほとんど彼らの主人と同じように憎まれている。[中略]/あらゆる政治団体が共通してもっている考え方は、日本人の財産を押収し、朝鮮から日本人を追放し、そして即時独立を達成するということのように思われる。それ以外のことについては考えはほとんどない。朝鮮はアジテーターにとって機の熟した絶好の場なのである。/[中略]政治情勢のなかで最も勇気づけられる唯一の要素は、ソウルに練達の士でかつ高学歴の数百人の保守主義者が存在していることである。彼らの大部分は対日協力の前歴をもつ者であるが、しかしその汚名は終局的に消えるだろうと思われる。これらの人々は「重慶臨時政府」の帰国を支持しているし、よしんば多数派ではないにせよ、一つの集団としてはおそらく最大のものである。[後略]

この報告にあるように「朝鮮人の日本人に対する憎悪は信じられないほど激しいものである」
と報告されているように、この意識が50ネン以上経過した現在でも心の奥底には残っているように思います。
当然この時代の大半はなくなっていますが
伝えられた話からそんなにこの気持ちは
消失していないと考えます。
この反日意識は時の経過とともに消失するでしょうが、それは教科書問題など日本が
植民地時代を正当化するような事柄がでるようだとこの意識はそのたびに心の奥底からわきでるでしょう。
つまり反日意識というのはどう日本側が説明しても、謝罪を繰り返してもなくなるもではなく、韓国人の意識が代わるのを待つより仕方のないことだと思います。
メディアの責任というより、韓国社会に根ずいた意識でしょう。

なを寿命の問題は理解しました。
たしかに寿命は延びたと認めます。

>>硬直した先入観

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/05 02:17 投稿番号: [741 / 3669]
私のほうこそ言い過ぎの点があれば謝りますが

あなたは今までの罵倒を繰り返すタイプの
人ではない礼儀正しい人ですね。

本来日本人は礼儀思いやりのある礼儀正しい人と思っていたのですが
あなたのような人と議論できるとは私も幸せものです。

硬直したと言われればそのとうりかもしれない。と半分は思っているのですが
自分が朝鮮人に生まれていればと考えれば
現在の反日感情もわかるような気がするのです。

統計的に日本が搾取していないと証明できても、実際は多くの朝鮮人が苦難な生活を
強いられたのも事実ではないでしょうか

それは朝鮮人自身が能力がなかったのだと
いわれればそうかもしれません。
韓国トビの多くの私とは違う日本の立場を
主張される意見に対してそう思うように
なってきました。
しかし朝鮮は日本が支配した結果多くの資料が日本の立場からみた資料しか残っていないのも事実でしょう。
官憲に支配された朝鮮では朝鮮人の立場から見た資料はほとんどありません。
そうすると朝鮮人からみた日本の支配の様子は朝鮮人の証言しかないのです。
その証言は多くは苦難の生活を余技なくされた悲しみをうたっているような気がするのです。
日本側にたったような意見を述べる朝鮮人は日本の支配によてもそれほど苦労もなく
幸せにすごせることができた人達だと
私の貧しい子供時代から考えそう感じるのです。

歴史、事実をどうみるか本当に難しいもの
だと投稿するたびに感じております。

収奪否定論にたいしても簡単に切り捨てた
わけですが、正直これに反論し正しいこと
を主張するのは難しいと
投稿したときから思っております。

人口をどうみるか
土地の収奪をどう証明するか
米の移出をどう考えるか
移住は朝鮮人の意思の結果なのか強制なのか
慰安婦も同じく単なる売春なのか強制なのか
皇民化教育というがハングルの普及もあったのか
日本語教育はそれほどいけないことなのか
(現在の日本で言えば英語教育を普及させるようなもの)
なぜ日本軍にあれだけ志願が殺到したのか
本当に日本人になりたいと心から思った人
も結構いるのではないかと
在日の問題にしても日本人に帰化すれば
すむのになぜ帰化しない人達がいるのかと

考えれば考えるほど難しくなってきます。
そのうち日本は良いことをしたのだ
韓国が反省すべきなのだと言い出すかもしれません。

歴史の見方、解釈も変化するのが当然なのかもしれません。

やはりあなたの言われるとうり硬直した先入観をもっているのでしょうか

寝て考えてみます。

>硬直した先入観

投稿者: paminami00 投稿日時: 2002/02/04 23:35 投稿番号: [740 / 3669]
Kmechanさんですよね。

>の場所だから私など硬直化した考えだと

収奪否定論(趙錫坤)に対して、反証もしないで「単純に信用するほど馬鹿じゃない」と切り捨てるのは硬直した考えじゃないんですか?

韓国カテは汚い罵倒も多いお上品じゃない掲示板ですが、ここを見た若い日本人たちが今後韓国人の友人ができたとき、植民地時代の話題になったら少しは役に立つんじゃないでしょうか。
Kmechanさんの投稿を見て、植民地のマイナス面について考える。その一方、植民地統治は一方的な搾取じゃなく、経済発展のインフラをつくり、法体系を整備し、教育を普及させた。
お前は加害者だと一方的に言われて反論もしてはいけないのであれば、相手に卑屈になるしかない。国家でも個人でもそのような対等じゃない関係が健全な関係ですか?
日本の若い人に対して、いつまでもののしられ続けて卑屈でいろと(しかも根拠のあやしい理由で)Kmechanさんは言うのですか?

まず結論ありきじゃなく、冷静に功罪を考える必要があります。歴史上の必然も。
最近は韓国でも植民地時代の功績を冷静に考えている学者もいるようです。

http://www2.wbs.ne.jp/~okawa/report-4.htm

言い過ぎの点があれば謝ります。
私は残務があるので、しばらく投稿は休みます。

: >趙錫坤

投稿者: caf94050 投稿日時: 2002/02/04 22:40 投稿番号: [739 / 3669]
>硬直した先入観の人は減ってるんじゃないですかねえ?

そういう言い方をするのであれば
あなたは日本が豊かにしたという
久保田発言・椎名発言に近い硬直かした
考えをもっているのではないですか

そういう発言をされると罵倒合戦に進展しますよ。

まあここは右翼的な思考をもった集まり
の場所だから私など硬直化した考えだと
見えるのでしょうね。

おふたりの論議のように経済成長率が正しいとしてもそれが朝鮮の人たちに寄与したかどうかは社会構造や経済システムを検証
していかないといえないのではないでしょうか

利益が朝鮮半島から上がらなかったのなら
併合をやめ保護国に戻したのではないか
と考えますが

>趙錫坤

投稿者: paminami00 投稿日時: 2002/02/04 22:08 投稿番号: [738 / 3669]
>たった一人の韓国人?のいうこと単純に信用するほど馬鹿じゃない

なるほど、実もふたもないですね。

Kmechanさんは今は少なくとも経済面に関しては違う見方をもってくれてると期待してます。

今の韓国の若い人はKmechanさんみたいに硬直した先入観の人は減ってるんじゃないですかねえ?ジャニーズが日韓合作映画に出る時代ですからね。
甘いかな。

経済成長率

投稿者: paminami00 投稿日時: 2002/02/04 22:00 投稿番号: [737 / 3669]
なるほど、おっしゃる通り

そうすると1915年から1938年間では年平均2.7%ですが、
1929年から1938年の10年間では5.2%
漢江の奇跡といわれた1970〜1990の20年間では8.5%
(計算合ってます?)
そうすると日本統治時代は農業主体だったことを考えると戦後とそんなに見劣りしない。
日本統治時代の奇跡と呼んでもいいぐらいの実態ですね。
搾取されていたというのは捏造もいいところじゃないですか。

>おっと

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/04 21:58 投稿番号: [736 / 3669]
私には、どうも細かいことに拘る癖があるみたいなんで、失礼いたしました。

>内地と朝鮮との間の格差が年代を経るごとに増大したことも、あのデータからは読みとれると思います。

データから診る限りそのように結論付けられるでしょうね。
(A.マディソンの研究でも同様の結論が得られています)
問題は、そのメカニズムをどのように考えるか、ということでしょう。

「総督府が朝鮮の発展を阻害した」と結論付けるのはある意味簡単ですが、私には事態がそれほど単純なものであるとは思えない。

開発経済学の分野ではよく知られたことなのですが、貯蓄・投資率、人的資本蓄積、政治的安定性、市場化の進展度、対外開放度、などに違いのある経済は、その一人あたり所得、労働生産性の格差が拡大していく傾向にあります。
(地球規模での南北格差拡大はこの端的な例です)

この点を考慮すると、上記の結果は、資本の本源的蓄積段階にあった朝鮮と、すでに資本主義の発展段階に入っていた日本の差と考えることも出来ます。

日本との比較で考えるよりも、朝鮮自体の資本蓄積、市場化の進展を考える方が意味があることでしょうね。

因果関係については、細かく分析していく必要がある問題だと思います。

>隣国を併合し年々経済傾斜が強まったことも、フォーマルなデータではありますが裏付けているように思います。

併合と言う形で統合したわけですから、お互いに相手に対する依存度を深めていったのは間違いないと思います。
特に朝鮮は、ほぼ自給自足の状態から、対日依存を前提とした市場化が進められたわけですから、独立国であった場合の市場化と比較すれば、歪みのある市場化が進展したことは間違いないでしょう。

ただ、これを植民地・半封建社会(李海珠)と表現することが適当かどうかはちょっと何とも言えません。
まず、半封建と言う言葉には定義がありませんし、併合がなかったとしても、半島がフルセット型の産業化を進展させたとは少々考えにくい。
(出きる出来ないという議論ではなく、当時はそうした状況でないと言う意味です)

教育の同化政策(3)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 17:46 投稿番号: [735 / 3669]
体育はもっと制限があった。日本人は、小学校または中学校で毎週3時間の体操を課せられたが、朝鮮人の体育は、高等普通学校に限られ、それもほぼ柔軟体操だけであった。
日本人は、中学2年以上になるとと実弾射撃の科目があったが、朝鮮人には、徒手式訓練や運動、野球や蹴球などの競技の類はいっさいされなかった。
専門教育には、専修学校があった。医学、工業、農林の専門学校が設立されたが、その程度は低劣で、日本の各種専門学校と大きな差があった。
医専の卒業生の開業は、朝鮮内に限定してのみ認可された。
朝鮮人は、いかなる学問分野たるを問わずみな低級段階におとしめられた。
わが青年の欧米遊学が禁止されていることはいうまでもないが、日本留学もまた制限が多かった。
総督府の派遣した者を除いた私費留学生は、かならず地方長官から総督府に報告してその許可を与えた。
いわゆる朝鮮留学生監督部の職員は、全員休職憲兵将校によって占められ、朝鮮人学生は、」監督の推薦書または保証書がなければ入学できなかった。
すでに入学したものでも、かりにも思想的傾向があるとみられたら、即時退学処分をうけ、そのうえ学生の本籍地の憲兵に通報され、府警を脅かして学生を帰国させた。
李朝末期のわが国は、官立の小学・中学・師範学校が120余校あり、教会の設立した学校が400余校、私立の初等・中等・専門学校が2300余校もあった。
西北学会、関東学会、畿湖学会、湖南学会、矯南学会などこれらと同一性をもった教育機関で、学報を発行して教育を奨励していた。
その勢いいはますます盛んとなり、もしこれが数十年の時間をかけ進み続けていたら、その発展はほとんどはかることもできないほどだったろ。
そして雷がおち万象が敗れるように各学会、会報、学校のことごとくが火炭の地獄に陥ることもなかったろ。
日本は強制的にわが私立学校の財産を横領し、公立普通学校に帰属させ、憲兵警察は、各私立学校の生徒を脅迫して公立学校に転校させ、新たに私立学校の設立を請願する者をつねに退け、請願を却下しているのである。

(朝鮮独立運動の血史)

教育の同化政策(2)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 17:45 投稿番号: [734 / 3669]
日本の同化策は、日本語の普及にもっとも力をいれた。
総督府教育令第一章第5条に「普通教育は、普通の知識と技能を授け、とくに国民性を扶養するため、国語の普及を持って目的とする」とあり、
私立学校規則第10条には、「教員は国語に通達した者を最重要の資格とし、この資格をそなえざれば教員となるを得ず」とある。
総督府は、日本語を国語と称し、韓国語を朝鮮語とし、普通学校と高等普通学校使用の教科書は、朝鮮語と漢文読本一種を除いたほかは、みな日本語で編集した本を用いた。
朝鮮、日本双方の教員は、教室の中のむだばなしにおいても、かならず日本語を使用した。
学生もまたそうした。そして、朝鮮人の教員と学生がたまたま朝鮮語を使えば、そのときはまちがいなく譴責された。
校内の道具類や博物標本、校庭の花や樹木の名も日本語でかかれ、漢字は使用しなかった。
各種の物の名もまた、みな日本語をしようして子供の記憶を助けた。
普通学校の授業は時間は毎週26時間で、そのうち日本語が10時間を占めた。
高等普通学校の授業時間は毎週30時間で、そのうち日本語は8時間を占めた。
日本語読本、会話、書き取りはすべて日本語で、朝鮮人教師が朝鮮語に翻訳することもできず、教員の説明も生徒の質問も、みな日本語だけを専用した。
普通学校の朝鮮語学習は毎週2時間に過ぎなかった。高等普通学校になるとますます減少し、一年間に7時間に過ぎなかった。
毎週一回の作文と日記は、完全に日本語を使用し、生徒の討論会もまた日本語を使った。
また校外においても日本語の使用を奨励し、朝鮮語の使用をはずかしいとした。
ソウルの某私立学校で、日本人教員を招聘し、その歓迎会を開いたとき、ある朝鮮人教員が朝鮮語で談話した。
すると日本人教員はこのことを非難し、「諸君は朝鮮語使用を恥辱と考えないのか。
私が総督府に委託されたのは、教室とか学校事務室とか集会の席とかの区別なく、かならず国語をしようして、朝鮮語を使用してはいけないことである」と言った。
このため、両者に衝突がおきて、学務局が仲裁にはいったことがあった。
このような問題は、この十年来各地で続発し、日本官憲の干渉をまねいた。
こうして不逞鮮人として斥けられたものは、懲罰を受け、他の公職に就任できないようにされ、そうえ憲兵に尾行され監視された。
各種学校の教員はみな日本人で占められ、まれに朝鮮人教員がいても、朝鮮語の使用は禁止され、各種論文や試験問題その他にはそれぞれ完全な日本語が強制された。
日本の言語における同化政策は、きわめて緻密であった。
数学の教授にもまた差別があった。代数学の因数分解からさきと、立体幾何学、三角法は、朝鮮人には教えなかった。

教育の同化政策(1)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 17:42 投稿番号: [733 / 3669]
総督府が朝鮮教育令を発布してからは、すべての私立学校、普通学校、実業学校、高等学校、女子高等普通学校の教育は、完全に総督府の規定に従うこととなり、これ以外に他の教科書と過程を加えることはできなかった。
教科書は、総督府の編纂したものか検定教科書を使用し、教師も、日本語通達試験に合格したものか、または総督府の指定する学校を卒業した者に限った。
もし命令および規定に違反すれば、確実に学校の閉鎖が命ぜられた。全国の私立学校で、日本人教師は全教員の3文の2をしめた。
「程度が同じでないから」と称して、朝鮮人小学校で日本人小学校の使用する終身、歴史などの教科書を使用するのを許さなかった。
そしてただ単に低級な技術の習得のみ許可した。
わが国の歴史、国語、国文学に対し、きびしい禁圧処置を励行した。
某校の教師崔昌植は、秘密裏に国史を著わし、その本を蔵しひそかに広めていった。
しかし、まだいちども教材として使用したことはなかった。ところが日本人の探知するところとなり、勾引され、禁固一年の刑を受けた。
各国の革命史、独立史、偉人の伝記のようなものにいたっては、ことごとく絶対の発禁書であった。
中国人梁哲超の著作「飲氷室集」や小生の編著「陽明学説」もまた、禁書の禍をまぬがれなかった。
小生の友人崔南善の刊行した「少年」「青春」「赤いチョゴリ」などの雑誌は、みな学理の探求を主張し、ほとんど政治問題にふれることはなかったが、すべて発禁となった。
その他、巷間の歌謡、諸説なども、歴史的意味をもったものは確実に発禁処分を命ぜられた。
各学校に警察官を置き、教師の言動を監視し、いささかでも民族的色彩を持つもの、はまちがいなく、勾引し処罰された。
総督府のいわゆる教育令の適用は、朝鮮日本両民族に関しきびしい区別があった。
日本人の住居する村では、学齢児童が10名に達すればかならず学校組合が摂理うされ、総督府から年600元の補助金が支給された。その組合総数は348にものぼった。
そのため、補助金は年額20万8800元にもなった。
朝鮮人が日本人組合に加入するとか、別個に気味愛を設立することはゆるされなかった。
いわゆる修身科は、完全に日本語で教授した。日本人教師が科目を担当したことはいうまでもない。
そのため、朝鮮人自動は、その祖先の偉大な事業や嘉言、善行を教授されることは絶対になかった。
民族の系統についても事実をまげて教えられ、わが民族の始祖は日本の始祖の弟であるとか、天照大神は朝鮮人の始祖であるとかいわれた。
ああ、わが開国紀元は4250年になり、日本は2600年にすぎないのである。
どうしてこのような荒唐無稽な話が作られるのであろうか。
わが婦女子はみな冷笑し、一顧をも与えていない。どんあに言葉をつくしても、それがうそいつわりであるならば、わが民族の心をとらえることはできないのである。
また日本人は、自己の子弟を教育するときは、つねに武勇、愛国、奮闘、復讐などの精神を教訓とし、逆に朝鮮人子弟に対したは、ただ遊逸、服従、節制、分に安んじ、日本の天皇の恩徳に感謝することを教え、各教科書の巻頭にはすべて日本天皇の勅語を掲げている。
歴史教科書は、わが朝鮮民族古来の、偉大で光栄ある歴史事実をことごとく抹消し、ただ日本の天皇の慈愛、国威の発揚、人物文化の歴史を誇張し、日本崇拝思想を助長しようとした。
外国の暦新でも、アメリカの独立、イタリアの建国、ギリシアの独立、フランス革命史などは極端に粗略にし、数行だけですませ、軽挙妄動のいとことですましている。
18世紀の自由主義民権思想の伸張をもってヨ−ロッパの動揺としており、一言にして政治紛争と断定している。
教科書の描画は、学童が巡査にうやうやしく敬礼している図と、日本人教師に敬礼して訓話を受け手いる図とか、朝日にむかtって四方を排する図とか、児童が父母を離れて日本に行く分かれの場とか、日本の古い事績のヤマトタケルノミコトが大蛇を切る図とか、神武天皇の竜族討伐の図とか、巴堤便(「日本書記」によれば、欽明天皇時代、百済に使したときにトラを退治した)が吐露を切る図とか、ヤマトタケルノミコトが賊を討つ図とか、平城における日清戦争の図とか、台湾生藩とか、伊勢神宮、明治天皇の桃山稜、日本海の会戦、奉天入城の光景などである。
唱歌は、29曲の日本児童の歌をとり、朝鮮の歌はまったく許されなかった。

>収容所の惨状

投稿者: hondapurimomo 投稿日時: 2002/02/04 16:10 投稿番号: [731 / 3669]
犬鍋さん。
どうも有り難う御座いました。
返事が遅いため、諦めかけていたので嬉しかったです。

第一作『北朝鮮を知りすぎた医者』は読みましたが、
第二作『北朝鮮を知りすぎた医者   国境からの報告』はまだなので、早速買いにいきます。

それにしても、北の国民を救えるのは、やはり米の軍事力(攻撃)しかないのでしょうか?

植民地教育の記憶(2)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 13:21 投稿番号: [730 / 3669]
一九九七年に韓国第三の都市である大邱で行った調査では、七〇才すぎの老人が、歴代天皇の名前をすらすらと暗唱してみせた。またある人は、学校の宿題で「神棚づくり」をしてくるようにいわれ、つくったものが家にかざってあるかどうかを教師が家庭訪問の際に見てまわったという。

戦争末期に一九才で教員をしていたというKさんは、校長室に奉安してある教育勅語の謄本を、空襲などの際に別のところに避難させる役だった。ある時機銃掃射の音が近くで聞こえてくると恐くて小走りになり教育勅語謄本を落としてしまった。そうしたら日本人の校長に革靴で「不敬だ」「不敬だ」と何度も蹴られたと少し興奮しながら悔しそうに語った。

戦前日本が朝鮮でおこなった教育では、日本語を徹底的に教えることに重点がおかれた。また、天皇に対する忠誠心を養うことも日本以上に重視された。日本人にはされなかった「皇国臣民の誓い」がつくられ、「一.私どもは大日本帝国臣民であります。二.私どもは心をあわせて天皇陛下に忠義を尽くします三.私どもは忍苦鍛錬して立派な強い国民となります」と毎日の朝会で斉唱させられた。学校では母国語である朝鮮語は一九三八年からは教科としてほとんど教えられず、学校で生徒どうしが朝鮮語で話すことすら罰せられることが多かったようである。

こうした環境の中で一九四五年の植民地支配からの解放時には、元「国民学校」生徒達は朝鮮の文字「ハングル」を書けない者・読めない者が少なくなかった。初等教育の六年間は日本語習得のための教育だったといってもオーバーでない。日本語を習得するために費やされた子供達の多大のエネルギーを、私たちはいったいどのように考えたらよいのだろうか。「日本語」そのものは、その後日常生活で何の役にもたたず、その習得のための努力はただ徒労に終わったわけである。

一方、こうした植民地教育をみることで教育といもののある一面を明らかにできるのではないだろうかと私は考えている。個人の成長や自己完成に資するものとしての教育ではなく、国家や社会からの要請や規制としての教育の性格である。

  植民地教育の実態については、朝鮮の場合でもたかだか五〇年から九〇年ほど前の事柄であるにも関わらず、その具体的な内容、人々に与えた影響など、わからない点が多い。歴史的な事実は存在するのだが、それを把握し記述する人がいないと結局社会全体の「知」としては、「よくわからない」ということになってしまう。また、植民地教育をどう記述するのかという場合、当時の全体的状況がイメージできないと「断片的な知」に終わってしまう。植民地教育が総体的に解明される必要がある。

http://www.daito.ac.jp/kouhou/shinbun/shinbun-old/daito508/sono-furukawa.html

植民地教育の記憶(1)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 13:20 投稿番号: [729 / 3669]
植民地教育の記憶―戦前の韓国事情を解明・インタビュー調査を重視

古川   宣子(国際文化学科助教授)

本学に勤務する前に、韓国の大学で教えていたときのことである。韓国人学生を対象に日本社会論に関する授業を担当したことがあった。テキストは韓国で出版されているものを使用したが、その中に「君が代」の歌詞とその現代語訳が載っていた。ちなみに「君が代」の内容について戦前の初等学校用教科書には、「天皇陛下のお治めになる御代は千年も万年もつづいて、おさかえになりますようにという意味」だと書かれていた。

こうした歌の内容を知ると韓国人学生達は、「現代の日本人がなぜこのような内容の歌を歌っているのか理解できない」、「なぜ学校でこのような歌詞を歌わせるのか」と、意見や疑問を述べた。これは、戦前に日本が朝鮮を植民地支配したことを批判しての言葉というより、歌詞についての違和感をそのまま表現した言葉だったと思う。彼らに対して私は「現代日本の若者は意味をあまり意識しないで歌っている」、「慣習として歌っている」という説明をしたことを覚えている。

  さて私は現在、国際関係学部で「アジアの教育論」という授業を担当している。日本はもちろんアジアの一員であり、日本の教育についての基礎的な事柄を学生が知る必要があると考え、授業では戦前の日本の教育について多く扱っている。また日本は戦前に他のアジアの国々で植民地教育・占領地教育を行った。その際の「原型」はやはり日本の教育だった。現地の人々には今も当時の教育についての記憶が残っている。

人々の記憶は、長い時間の流れのなかでぼやけたり、ねじまがったり、なくなったり、前後が入れ替わったり、その後の生活での経験を当時のものとしたり、他の人の経験を自分のものとごちゃまぜにしていたりすることがある。そのために、本人の記憶と事実が食い違っていることも往々にしてある。

そうした点に注意しつつも、当時の教育の実態を明らかにする上でインタビュー調査は大変有効である。行政サイドの文献にはでてこない詳細な事実や、違う立場の人々がおかれた状況などを知ることができるからである。私は植民地時代に教育を受けた人々に対する幅広いインタビュー調査をする必要を感じており、韓国で少しずつ実施している。

入学者、卒業者、退学者

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 13:04 投稿番号: [728 / 3669]
1911年   第一次朝鮮教育令<一視同仁>
1922年   第二次朝鮮教育令   6年制へ   帝大設立
1936年   第三次朝鮮教育令   朝鮮語廃止
1943年   義務教育化

入学者が10万越えたのは   1928年(志願者11万)
     30万達したのは   1940年(志願者45万)

1928年   卒業者   7万   (中退者6万)
1940年   卒業者   17万   (中退者7万)

書堂で学んだものはトビ級も認められ1,2年の短期卒業者もいた又15歳以上の入学者もいたということ

朝鮮総督府統計年報   1930,33,42年度版

植民地教育における初等教育(日本史研究370号   古川宣子著

森田芳夫

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 12:21 投稿番号: [727 / 3669]
郡山小学校、京城中学校、京城帝国大(史学科)卒業
朝鮮総督府勤務
1992年8月   没(82歳)
著書   朝鮮終戦の記録
   (朝鮮建国準備委員会を左派主導と認識)
    日本統治の終末
    韓国史跡散歩
    在日朝鮮人処遇の推移と現状
   (強制連行は存在しないと主張)

この人総督府の教育関係に勤務されたのでしょうか

総督府は日本人主導による皇民化教育を押し進めたのですから、朝鮮人主導の書堂教育は不必要なのではないでしょうか

書堂の教育内容には介入しなかったのでしょうか
抑圧とはどのような総督府の行為を言っているのか調査する必要があるように思うね。
抑圧されたことにより夜学が各地で朝鮮人の手に識字普及のため開設されたのでは

夜学を弾圧して小学校を増設したのでは
ないかと思います。

このような経過から総督府の人間であった人が夜学自体認めないでしょうし
急にできた夜学が隆盛するわけもないでししょう。
韓国教科書は少数であっても日本支配下の時代に朝鮮人の手で自主的に開設され識字普及のため存在したという事実を現在の青少年に知ってほしいのでしょうね。

おっと

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2002/02/04 10:49 投稿番号: [726 / 3669]
>GDPが1.8倍、人口が1.4倍なので、人口増によって調整したGDPの伸びは1.8/1.4≒1.286

これは、小生が間違ったようです。
1.09%が正解ですね。

大日本帝國の主要3地域の中で、内地と朝鮮との間の格差が年代を経るごとに増大したことも、あのデータからは読みとれると思います。
何れに致しましても、興味深いデータでした。

>記憶に間違いがなければ、イギリスがビクトリア時代に達成した年率の成長率でさえ、平均すれば0.9%程度だったはずですから。

確かに現代の感覚では取るに足らない数字でしょう。
しかし一方で、隣国を併合し年々経済傾斜が強まったことも、フォーマルなデータではありますが裏付けているように思います。

>J_Fookerさん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/04 09:44 投稿番号: [725 / 3669]
>1.9%で正解

ありゃ、
じゃ、わたしがどこかで計算間違えたんですね。
眠いからなぁ。(無論言い訳)

ちなみに私のやった計算は、
GDPが1.8倍、人口が1.4倍なので、人口増によって調整したGDPの伸びは1.8/1.4≒1.286

ここから、GDP初期値を10とすると、
一人あたり平均成長率=(ln12.86−ln10)/23
という実に単純かついい加減なものです。

>頼母子をはじめとするインフォーマルな経済活動は数字には表れにくいでしょう。

そうですね。
捕捉出来ない分はブラックマーケット扱いになってしまうのですが、これをどの程度と考えるかは研究者の恣意的判断にゆだねられるケースが多いみたいです。
開発経済学だと、BM率を30%に想定する実証分析を結構見たことがありますが、なんで30%なのか、について理論的な説明は見たことがありません。

ところで、戦前においては、一人あたりGDPに関して年率1%以上の成長というのは相当大きな数値であると思います。
記憶に間違いがなければ、イギリスがビクトリア時代に達成した年率の成長率でさえ、平均すれば0.9%程度だったはずですから。

では、おやすみなさい。

J_Fookerさん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2002/02/04 09:19 投稿番号: [724 / 3669]
1.9%で正解のような気がしますが、小生は数字に表れない経済も有ると思います。
頼母子をはじめとするインフォーマルな経済活動は数字には表れにくいでしょう。

Am_I_AHO_1stさん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/04 09:07 投稿番号: [723 / 3669]
>単年度で平均して毎年2.6%の成長を続けると、御指摘の数字になる

これはその通りなんですが、一人あたりGDPの成長率は、1.9%ではなく1.09%くらいになりませんか?

まあ、私ちょっと寝ぼけているので、何処かで計算を間違ったのかもしれませんが。

paminamiさん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2002/02/04 08:54 投稿番号: [722 / 3669]
お久しぶり

>いや、1915年から1938年のGDP差を単に年数で割ると年平均成長率は3.7%ですね。

いえ、小生が云いたいのは単年度で平均して毎年2.6%の成長を続けると、御指摘の数字になると云うことです。

>1915年から1938年の間に朝鮮半島の国内総支出は1.8倍に増え

23年間に1.8倍ですから、1.026^23≒1.8で宜しいのではないでしょうか。

paminami00さん

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2002/02/04 05:22 投稿番号: [721 / 3669]
ご挨拶が遅れまして、申し訳ないです。

経済活性化トピの方はすっかり廃れてしまいました。(TT)

興味深い議論が行われていたので、つい口を突っ込んでしまいました。
また勝手に横入りさせていただくこともあるかと思います。
ご容赦ください。
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