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「韓国は一個の哲学である」(2)

投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/12 05:15 投稿番号: [764 / 3669]
小倉紀蔵   講談社新書
1959年、東京生まれ
1983年、東京大学ドイツ学科卒業
     電通に勤務の後1988年退社、韓国留学
1995年、ソウル大学哲学科博士課程終了
現在、東海大学外国語教育センタ−講師
専攻   韓国哲学

w杯招致合戦で見せた道徳性志向

記憶に新しい例でいえば、2002年、ワ−ルドカップサッカ−大会の招致合戦においても、日本には道徳志向性が欠如しているということが如実に示された。
世界を舞台にした招致合戦で、韓国は「日本にはメッセ−ジがない」と言い続け、日本は「共同開催は前例がない」と言い続けた。
メッセ−ジとは大義名文である。
メッセ−ジのない者が世界を変えることはできぬ。
これが韓国人の主張だ。
「w杯を韓国で開けば、南北統一と東アジアの平和に寄与する」という気字壮大でグランド・デザインの意思に満ちた提言を韓国はした。
翻って日本は「前例がない」とは、あらかじめメッセ−ジを放棄したもののものいいである。
たとえば小役人などは、このような愚昧な言葉をいって恥じぬであろう。
国民レベルでも、道徳性志向的な韓国人に対して、日本人は哀れなほど素朴で感覚志向的だった。
「韓国が日本より優越であることを世界に示す」「日本を圧倒することにより日本人の「虚言」を封じ込める」「さらなる経済発展をして日本に克つ」など韓国人の願望であり、「世界の一流プレ−をナマで見たい」というのが日本人の欲望なのであった。
日本人は自己の私的な欲望が公的なメッセ−ジになりうると誤解し、韓国人は私的な欲望を公的な道徳で隠さなければ自己は存在しえないと怯えているのだった。

道徳志向的な世界の中での日本の個性
サッカ−といえば、日韓戦の韓国側応援席には必ず「独島(竹島)は<ウリ>(われら)の土地」という垂れ幕が掲げられているものだ。
サッカーというスポ−ツの場にそういった政治的なメッセ−ジが登場するのも、「日韓間のイベントは道徳志向的にいろづけしなくてはならない」という当為性を韓国人が感じているからである。
他方で道徳志向性欠乏症の日本人は、北朝鮮からロケットを発射され領空を侵されても、道徳志向市場に出荷することすらできず、ごく素朴に感情を表出して地団太を踏むことしかできない。
声高に叫ばれるのは「事実の解明」と「力の充実」のみであり、つまり問題を「相手」と道徳思考的な「交渉ごと」ではなく「自分ひとり」の領域に閉じ込めてしまう。
キリスト教的な道徳志向性を持つ西欧と、儒教的な道徳性志向性をもつ中華文明圏と、イスラム教的な道徳志向性を持つイスラム圏。
世界はこれら勢力の道徳志向的な戦いの時代である。
その中で道徳志向的な発想のない日本は、明らかに個性ある存在といえる。
日本はこの個性を守って名誉ある孤立を選ぶのだろうか。
それとも追い詰められて、道徳志向性なる、眩くもときに不道徳な麻薬にとびつくのか。
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