教育の同化政策(3)
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/04 17:46 投稿番号: [735 / 3669]
体育はもっと制限があった。日本人は、小学校または中学校で毎週3時間の体操を課せられたが、朝鮮人の体育は、高等普通学校に限られ、それもほぼ柔軟体操だけであった。
日本人は、中学2年以上になるとと実弾射撃の科目があったが、朝鮮人には、徒手式訓練や運動、野球や蹴球などの競技の類はいっさいされなかった。
専門教育には、専修学校があった。医学、工業、農林の専門学校が設立されたが、その程度は低劣で、日本の各種専門学校と大きな差があった。
医専の卒業生の開業は、朝鮮内に限定してのみ認可された。
朝鮮人は、いかなる学問分野たるを問わずみな低級段階におとしめられた。
わが青年の欧米遊学が禁止されていることはいうまでもないが、日本留学もまた制限が多かった。
総督府の派遣した者を除いた私費留学生は、かならず地方長官から総督府に報告してその許可を与えた。
いわゆる朝鮮留学生監督部の職員は、全員休職憲兵将校によって占められ、朝鮮人学生は、」監督の推薦書または保証書がなければ入学できなかった。
すでに入学したものでも、かりにも思想的傾向があるとみられたら、即時退学処分をうけ、そのうえ学生の本籍地の憲兵に通報され、府警を脅かして学生を帰国させた。
李朝末期のわが国は、官立の小学・中学・師範学校が120余校あり、教会の設立した学校が400余校、私立の初等・中等・専門学校が2300余校もあった。
西北学会、関東学会、畿湖学会、湖南学会、矯南学会などこれらと同一性をもった教育機関で、学報を発行して教育を奨励していた。
その勢いいはますます盛んとなり、もしこれが数十年の時間をかけ進み続けていたら、その発展はほとんどはかることもできないほどだったろ。
そして雷がおち万象が敗れるように各学会、会報、学校のことごとくが火炭の地獄に陥ることもなかったろ。
日本は強制的にわが私立学校の財産を横領し、公立普通学校に帰属させ、憲兵警察は、各私立学校の生徒を脅迫して公立学校に転校させ、新たに私立学校の設立を請願する者をつねに退け、請願を却下しているのである。
(朝鮮独立運動の血史)
これは メッセージ 734 (Kmechan さん)への返信です.
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