南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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日本による強制連行の事実

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2004/07/17 17:31 投稿番号: [5480 / 29399]
>>日本の裁判所は事実を認めているよ。
>
>いつ、どこの裁判所で、訴訟内容は?
>
>どのレベル?

本気で尋ねているの?
ちょっと検索するとか、調べればいくらでも確認できるでしょ?

日本による強制連行の事実は

・日本を含む各国政府
・国連(人権委員会など)
・裁判所
・歴史研究者

などからいずれも認められています。

>>国家による正当なる虐殺とは

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/07/17 16:54 投稿番号: [5479 / 29399]
>問題は支那側でさえ南京戦の直後に数千人の死亡としたのに、その後、10万、20万と水増しされ、ついには戦後60年以上たって遂に40万人になり、おまけにありもしなかった残虐行為が次々と付け加えられ、そうした嘘が支那によって教科書で教え込まれ、海外で宣伝されていることが問題なのです。

まさにその通りですね。

これに加えれば
①中共の「捏造・歪曲歴史認識」問題は単に日本だけの問題に止まりません。
チベット・ウイグル等に於ける中共の人権蹂躙や民族浄化も元はと言えば、中共の「捏造・歴史認識」からくるものです。
そうであればチベット人・ウイグル人の為にも、日本は毅然として中共の「捏造・歪曲歴史認識」に立ち向かわなければなりません。

②しかし筑紫哲也のような偏向マスコミ、中共の御用学者、日狂組、斜民党、はてはバカわさびや醤麺狂師などのノータリン馬鹿が日本国内で中共のプロパガンダを「真実」かのように触れ回ることも問題なのです。
これらのノータリン馬鹿が中共のプロパガンダの火に油を注ぎ続けることで、チベット・ウイグルでの人権蹂躙・民族浄化が正当化されているのですから。


ps
バカわさび   の動向が楽しみです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=46875

(大爆笑

>国家による正当なる虐殺とは

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/17 16:23 投稿番号: [5478 / 29399]
>民間人や軍人が誰も死ななかった
ということは絶対にあろうはずがないのです。

戦争なら誰かが死ぬのは当たり前。
何を寝言言ってんですか。

問題は支那側でさえ南京戦の直後に数千人の死亡としたのに、その後、10万、20万と水増しされ、ついには戦後60年以上たって遂に40万人になり、おまけにありもしなかった残虐行為が次々と付け加えられ、そうした嘘が支那によって教科書で教え込まれ、海外で宣伝されていることが問題なのです。

  日本人が支那にこの誇張、嘘偽りを責めると、支那人は「人数が問題ではない。人が死んだことが問題ではないですか」と逃げを打ちます。
  これは、大虐殺捏造の嘘を良く分っているから反論できないからです。
  あなたのセリフは大虐殺の捏造を指摘され、反論できない支那人が「戦争で人が死んだのが問題だ」と大馬鹿なことを言って遁走するのと同じです。

  日本と支那の戦闘で人が少なからず死んだことは事実です。しかし、その戦争は戦後の交渉を経て平和条約締結で処理が終わっています。日本はともかく先の戦争に対して総括をしたのです。世界中で自らの戦争について国家として総括したのは日本だけです。
  よく支那人がドイツは反省しているというのも大嘘で、ドイツはナチスという団体の残虐行為につき補償しましたが、ドイツという国家の戦争行為については一切賠償してません。
  そもそもドイツと戦ったこともない支那人がドイツに言及するのもおかしな話です。

>それは多分に誇張されたものであり
人数が水増しされたことも事実です。

  あなたが言ってるように、ここのところが南京の問題なんですよ。そして、唯一の問題点です。
  南京で戦闘があって人が死んだことを争っている人は世界中に一人もいません。論点をずらして誤魔化さないように。

7/12佐藤証言 原告側の傍聴報告の情報

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 15:45 投稿番号: [5477 / 29399]
平成16年7月12日、第6回弁論、東京地裁、103号、報道関係者を含む傍聴希望者多数、

今回は速報のみ(後刻詳細を報告予定)

歴史を変えた佐藤振壽氏の証言

91歳の佐藤さんは元東京日々新聞のカメラマン、昭和12年の南京戦に従軍し、常州で浅海特派員に頼まれて両少尉の写真を撮影したただ一人の生き証人である。

現在健康不調にもかかわらず、田所さん他原告の証人申請に応じて、今回10時15分から12時前まで、長時間にわたる証言を行ったが抜群の記憶力を示す今世紀初めての明快な証言に多くの傍聴者は感動した。裁判長側もマイクを用意し看護婦、ご長男の介添え、休憩、血圧測定を認める、相手側の質問を短くさせ無関係な質問を抑えるなどの法廷指揮を行い、度々佐藤氏の健康を心配する配慮を示した。

双方の弁護士と裁判長側の質問に対する主な証言内容は首尾一貫して次のとおりであった。

無錫で両少尉と浅海氏には会っていない、
百人斬りの話は浅海特派員の創作、作り話であって、上手く作った、出来過ぎと思った、
浅海氏に呼ばれて常州城門で写真撮影した時に浅海氏と両少尉の間でのこれから百人斬りを始めるとの会話を聞いた、
二人を太陽光線の都合の良いところに立たせた、
両少尉の当番兵を取り替えて相手の斬った人数を勘定するとの説明を私が納得したと報じられているがおかしいと思った、
野田少尉は大隊副官・向井少尉は歩兵砲小隊長であり、当時日本軍は苦戦していたので二人が戦線で刀を振ってチャンバラをするような状態ではなかった、馬鹿な話と思った、
上官から命令されたなどはない、
戦後浅海氏が東京裁判の中国検事に呼ばれた時嘘と言えば良かったのだ、
佐藤も呼ぶとの話を聞いたが呼び出しはなかった、
陸軍の検閲があったが戦意高揚記事なので通したのであろう、良く無い、
南京軍事法廷で自分が撮った写真が証拠品となり二人とも銃殺されたので遺族に対しても申し訳ないと思っている、
真実を確かめないで朝日が書いたのは嘘、法螺話
」など、

なお、先方の主任弁護士は南京城内の虐殺問題を取り上げようとしたが裁判長は稲田主任弁護士の強い異議申し立てを認めた。

証言終了後の昼食時に「ご立派な証言でした、有難うございました」とお礼を言うのがやっとで感動の余り言葉が続かなかった。車椅子を押していた阿羅会長の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。佐藤さんから「そうか、良かったか」との一言があったが青白い顔に血が差し喜びと安堵が見えた。今日は歴史認識を変える力強い証言で本当に有難うございました。     以上

↓さらに続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 00:17 投稿番号: [5476 / 29399]
米軍の取調べでは釈放に

  浅海記者は、100人斬りの現場を目撃して記事を書いたわけではない。
  先の向井千恵子さんは、
  「父が死んだ理由を聞かされたのは小学校3、4年生の時です。祖母は100人斬りについて、父から”食後の冗談で言っていた全くのホラ話だよ”と聞かされていたと言いました」
  と語るが、佐藤氏の証言を裏付ける話はいくつもある。後に野田少尉の遺品の中から、当時浅海記者との取材のやり取りを詳細に記録した手記が発見されている。それを読む限りでは、野田少尉が持参していた刀で何人斬れるか、といった雑談から、浅海記者のアイディアで、100人斬りの武勇伝が生まれた様子がうかがえる。確かに、その場で100人斬りの話題にはなったのだろう。少尉も大言壮語したと思われる。とはいえ、事実かどうかも確認せずに送稿したのだから明らかに創作である。
  さらに、向井少尉は南京で裁判を受ける前に、東京でも取調べを受けているが、この時には釈放されている。
  南京事件に詳しい評論家の小堀桂一郎氏はいう。
  「南京戦は近代戦で、銃撃戦ですから刀を振るって100人も斬るなんてことはありえない。戦後まもなくB、C級戦犯を裁く目的で2人は米軍によって取調べを受けていますが、米軍だって近代戦とわかっているから、事情を聞いてすぐ釈放したのです」
  今回の裁判では、新たな証拠が提出される予定である。裁判を支援しているジャーナリストの水間政憲氏はいう。
  「南京攻略では、武勲のあった兵士に金鵄勲章が授与されました。仮に100人斬った事が事実なら、最高の武勲として記録されているはずです。しかし実際には、記録を調べてみても2人とも受章していません。つまりそもそも100人斬りなどなかったことになるのです」
  被告側は非を認めていない。毎日新聞は裁判の中で、「適正に取材し、かつ正確に記録したもので記事は真実である。他者が誤って引用したとしても、それは今の毎日の責任ではない」
  と主張している。だが、当の毎日新聞自身が平成元年に発行した「昭和史全記録」の中の南京関連の項目で「100人斬りは事実無根だった」とはっきり記述しているのだから、その矛盾をどう説明するのか。また、朝日新聞も後に単行本となった本多勝一氏の連載について、
  「60数年も前の新聞記事の記載を歴史上のものとして紹介したものであり、また当該行為を当時戦場でありがちだったものであると論評したものである。したがって、同記述によって両少尉の子や兄弟が社会的に非難されることになるとは、通常考えられない」(準備書面)
  と主張するのである。
  報道被害を訴える大新聞が、自社の「歴史的ウソ」には頬被りするつもりか。

↓続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 00:16 投稿番号: [5475 / 29399]
「ホラ話を書いた」

  問題の東京日日新聞に掲載された向井、野田両少尉の写真は、そもそも佐藤氏が撮影したものだった。記事を執筆したのは、浅海一男記者(戦後、毎日新聞労組委員長。退職後、中国問題評論家。故人)。佐藤氏と浅海記者は、南京攻略の途上、常州に一番乗りした第16師団の片桐部隊と合流する。そこで向井、野田両少尉と出会った際の様子を、佐藤氏はこう振り返る。
  「浅海から”将校が2人いるんだけど、タバコを切らしているんでやってくれ”と言われたのです。私は、上海で買い込んでおいたタバコを彼等にあげました。その時に、浅海から”これから南京に入るんだけど、100人斬るんだって。だから写真を撮ってやってくれ”と言われたのです。それで2人に、”どうやって100人斬るんだ。まさかチャンバラじゃないだろう?”と聞くと、”白兵戦をやるから”と言うのです。”誰が証明するんだ?”と聞くと”私の当番兵が勘定する”と説明したのです」
  しかし、佐藤氏は2人の話を信用しなかったという。
  「野田さんは大隊副官で、向井さんは歩兵砲の小隊長でした。2人とも兵を指揮する役職ですから、刀を振り回して白兵戦に参加することはありえない。私は最初からホラ話だと思って、たいして気にもとめていなかったのです。その後、2人には会っていませんが、2人が所属していた富山大隊には何度も行きました。そこの兵隊から100人斬りの話は聞いたことがありませんでした」
  佐藤氏が両少尉に会った時点では、まだ競争は始まっていない。しかし第1報ではすでに何十人も斬ったことになっているのである。
  佐藤氏は、まさかホラ話が記事になるとは思っていなかったという。
  「前線にいると内地の新聞は来ません。その後、上海に引き上げた時に、支局でバックナンバーを見ていて記事に気がつきました。”あいつ、ホラ話、書きやがったな”と思いましたよ」
  そしてこう懺悔する。
  「南京大虐殺記念館では私の写真を勝手に使っている。南京軍事裁判でも、人定尋問で私の写真が使われた。記事はウソでも写真は本人に間違いないですからね。その新聞がもとで銃殺されてしまって遺族の方には申し訳ないと思います。私が今回証人として出ることにしたのは、遺族への謝罪の気持ちと、真実をはっきりさせなければならないと思ったからです。陸軍省は、ホラ話でも、戦意高揚のために都合のいい話だから検閲を通してしまったんですよ」

現在発売中の週刊新潮で百人斬り裁判が

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 00:13 投稿番号: [5474 / 29399]
特集されています。7月12日の佐藤カメラマンの供述も載せています。

南京大虐殺「100人斬り訴訟」が暴いた   大新聞の『歴史的ウソ』

  南京大虐殺の象徴として、今でもことあるごとに引き合いに出されるのが、日本兵による「100人斬り」である。大新聞が盛んに喧伝した、その「歴史的ウソ」が法廷で暴かれようとしている。創作された記事がもとで、戦犯として銃殺刑に処せられた日本兵の遺族が、昨年名誉回復を求めて提訴。裁判は山場を迎えた。

  7月12日、東京地裁第103号法廷で開かれた民事訴訟に、車椅子に座った老人が原告側証人として出廷した。佐藤振壽氏。大正2年生まれであるから、今年91歳になる。
  佐藤氏は、日中戦争が中国全土に拡大していく最中、昭和12年9月から12月まで、東京日日新聞(現在の毎日新聞)のカメラマンとして上海、南京戦線に従軍した。南京陥落が12月13日。いまや当時を知る数少ない貴重な証言者といえるだろう。佐藤氏は巷間伝わる「100人斬り競争」などなかったことを証言するために、この日の法廷に立った。
  南京攻略に向かう戦闘で、中国兵を競って斬ったとされるのが、向井敏明少尉(26)=当時=と野田毅少尉(25)=同=である。
  当時の東京日日新聞が、昭和12年11月30日付の紙面を皮切りに、4回にわたって武勇伝としてそのニュースを伝えたことが発端だった。第1報のほんのさわりを紹介しておく。
「まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に『百人斬り競争』を企てた二名の青年将校がある。無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ。(略)銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀『関の孫六』を撫でれば野田少尉は無銘ながら先祖伝来の宝刀を語る」
  まさに当時の新聞が、戦意高揚のための紙面作りを競っていたことの典型だろう。この記事が災いした。戦後、昭和46年に本多勝一氏が朝日新聞に掲載した『中国の旅』と題するルポの中で、日本兵による残虐行為として断罪したことから世に広まったのである。
  現在でも、中国各地にある抗日記念館には、「南京大虐殺」の象徴として当時の新聞紙面と、向井、野田両少尉の写真が大きく展示されている。
  向井、野田両少尉は、昭和22年12月、中国の法廷で戦犯として裁かれ、翌月に銃殺刑に処せられた。その判決の最大の根拠が、当時の東京日日新聞の記事だったのだ。だが、その記事自体が虚構であったとしたら、2人の少尉は新聞報道によって殺されたことになる。
  これまでにも、研究者によって「100人斬り」などなかったことがたびたび論証されてきた。しかし今回の裁判は昨年4月、向井、野田両少尉の遺族が、記事の訂正など名誉回復を求めて、毎日新聞と朝日新聞、本多勝一氏などを相手取って提訴したものである。遺族は長い間、筆舌に尽くしがたい苦労を味わってきた。「訴訟という形になればいいなと思っていましたが、公務員という仕事をしていましたし、お金もかかるので無理だと思ってました」
  と、原告の一人である向井少尉の次女の千恵子さん(63)は話す。彼女は、成田市役所に勤務し、課長、図書館長を歴任して平成13年に退職した。
  「父のことで、”戦犯の子供”と言われ続けて生きてきました。ことに本多勝一さんの連載が始まり、父たちのことを”殺人鬼”として登場させて以来、職場や家庭でも影響を受けました。夫からも”お前は人殺しの娘だ”と言われるようになり、毎晩のように口論になりました。れがもとで離婚することになったのです。図書館の戦争コーナーには、左翼系の本ばかり置いてあります。このままにしてはおけない、という思いから、本格的に父のことで活動を始めるようになった。そもそも毎日新聞が訂正しなかったために、孫引きでいろいろなことを書く人が出てきてしまったのです」
  野田少尉の妹で、鹿児島県下に住む野田マサさん(75)もこう話す。
  「向井さんに誘われて、私も訴訟に参加することにしました。一昨年、ちょうど向井さんが訪ねてこられる直前に、鹿児島で新聞やテレビ、教職員組合の後援で南京大虐殺の展示会が開かれたんです。娘が行きまして、主催者に会いたいとお願いしたら”平和教育のためにやっているんだ”と言われたそうです。兄の写真も飾られていたみたいです。毎日と朝日には間違いを認めて欲しい。南京の兄の写真も撤去してもらいたいと思います」
  支援組織もできたことで、遺族はようやく訴訟にこぎつけた。戦後、半世紀以上を経た今日でも、遺族にとっては重くのしかかる問題だったのである。

国家による正当なる虐殺とは

投稿者: kyukyodo7979 投稿日時: 2004/07/16 14:12 投稿番号: [5473 / 29399]
南京で起こった虐殺は実際に起きたことだと思います。
それは多分に誇張されたものであり
人数が水増しされたことも事実です。
しかし多くの人が死んだことは
まぎれようもない事実で
民間人や軍人が誰も死ななかった
ということは絶対にあろうはずがないのです。戦闘に巻き込まれて
民間の人々が死にます。そして
多くの兵士たちが人を殺傷する目的で作られた物により命を落とします。
それを虐殺と云わずになんと云うのでしょうか?
アメリカも現実にイラクにおいて正義の名のもとに虐殺行為をおこなっていることは周知の事実です。
アフガニスタンでもそうです。
ヒトラーのナチスドイツも
世界平和を求めて戦争を起こしました。
日本もアジアの自立と安定を
求めて大東亜戦争になりました。
平和と安定を求めて戦争をおこすことは
どんな国家でも同じことかもしれません。私は戦争はいつの時代も平和と正義のためにおこなわれると信じて疑いません。

>朝鮮の伝統文化を真似た日本(爆)

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/16 14:03 投稿番号: [5472 / 29399]
>おかげで、騙され、真似るのが日本文化になっちまったぜい。

チョーセン人のことを日本人とすりかえるのは止めてくださいな。

  窃盗の常習犯の中には自分がやった盗みの現場を押さえて警察に突き出した人に対して、「こいつが泥棒で、おれが見つけた」って正反対のことを言い張って逃れようとする奴がいるそうだけど、それと同じですね。
  あ、それとも窃盗常習犯の中にはチョーセン人が多いってことかな?

朝鮮の伝統文化を真似た日本(爆)

投稿者: korean_tiger2003 投稿日時: 2004/07/16 00:23 投稿番号: [5471 / 29399]
>いくら『嘘』『騙し』が『朝鮮の伝統文化』と言っても

ふ〜ん、小泉は朝鮮文化のフェチだったんだね。
朝鮮からの渡来人である皇族が神話をでっち上げたのも道理だな。
おかげで、騙され、真似るのが日本文化になっちまったぜい。

http://www.searchnavi.com/~hp/tojin/

☆南京虐殺は大嘘です!!!!!!!!

投稿者: orechino 投稿日時: 2004/07/15 23:33 投稿番号: [5470 / 29399]
http://www.history.gr.jp/nanking/

↑これを見ればすぐに分かります。

邪悪な共産党独裁国家の捏造にだまされてはいけません!!!

>>強制連行の捏造元はチョーセン人

投稿者: vvp_lan_do 投稿日時: 2004/07/15 23:08 投稿番号: [5469 / 29399]
いつ、どこの裁判所で、訴訟内容は?

どのレベル?

>強制連行の捏造元はチョーセン人

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/15 21:17 投稿番号: [5468 / 29399]
>昭和34年外務省及び法務省入管が調査し、強制連行の事実はないと公表しています。

日本の裁判所は事実を認めているよ。

強制連行の捏造元はチョーセン人

投稿者: vvp_lan_do 投稿日時: 2004/07/13 22:08 投稿番号: [5467 / 29399]
昭和34年外務省及び法務省入管が調査し、強制連行の事実はないと公表しています。

明らかに朝占人による捏造だ。
こんな奴等に地方参政権付与を行なう
民主党公明党は日本の破壊者だ。

http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200401/20040125-1.htm

>南京大虐殺はあったが

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/13 01:09 投稿番号: [5466 / 29399]
>100人斬りは功名心に駆られたバカの狂言だよ。

なるほど。
私も、「あった」とするには、疑問が多い、と思っています。(なかった、という心証が強いです)

自分的には、狂言説も有力だと思っていますが、それに本人達がどのように関与していたか、ということに関しては結論を出せていません。また、それに関連して、記者の捏造説に関しても完全に否定し切れていません。合作ということも充分考えられます。

YellowFluteさん同様、現在の証拠から自分としてはっきりと主張できるのは、「100人斬り」という特別な行為はなかったということです。

広島原子爆弾による直接被爆者が31-32万人

投稿者: nobiblejp 投稿日時: 2004/07/13 00:52 投稿番号: [5465 / 29399]
広島原子爆弾の直接被爆者が31-32万人です。

そして中国が主張する南京大虐殺の被害者が32万人です。

当時の日本兵は原子爆弾に匹敵する力を持っていたのでしょうか?

南京大虐殺はあったが

投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/07/13 00:45 投稿番号: [5464 / 29399]
100人斬りは功名心に駆られたバカの狂言だよ。

>誰でも知ってる事だが、今更かね

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/13 00:31 投稿番号: [5463 / 29399]
>しかし、木星に輪が発見されたからといって、木星には変わりないことと同じだ。
>だが、一を否定すれば全否定に繋がると考えてるバカにはその道理も分からない。

要するに、「100人斬り」は、あったとお考えですか?

誰でも知ってる事だが、今更かね

投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/07/13 00:23 投稿番号: [5462 / 29399]
しかし、木星に輪が発見されたからといって、木星には変わりないことと同じだ。

だが、一を否定すれば全否定に繋がると考えてるバカにはその道理も分からない。

↓追加

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/13 00:17 投稿番号: [5461 / 29399]
別の方からの情報です。

2004/07/12 (月) 遂に暴かれた「南京虐殺」の嘘
いわゆる南京虐殺のシンボル的存在として、支那は向井、野田両少尉が百人斬競争を行ったと喧伝した東京日日新聞(現毎日新聞)の浅見記者の記事を、さも南京虐殺の証拠として得意気に展示してきた。向井少尉の次女、向井智惠子さんの話だと年々南京記念館の展示物が大きくなっているらしい。実は今日の裁判で、その記事の写真を撮った毎日新聞のカメラマン、佐藤振寿氏(90歳)の陳述が行われた。

佐藤氏は療養中であり、医師の付き添いで出廷したが、彼が自分の生命を掛けてまで出廷したのは、歴史の歪曲を許してはならないという強い意志があったからだ。途中、ドクターストップが何回も掛かりながら、佐藤氏は1時間掛けて歴史的証言を行った。東京日日新聞の「百人斬競争」の記事は全くの虚偽であるという証言だ。−中略−
今日の佐藤振寿氏の証言は重い。世界史が書き換えられる可能性も出てきた。

>「百人斬り」佐藤振壽氏証言の注目点

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/12 23:21 投稿番号: [5460 / 29399]
本日、ついに佐藤カメラマンへの証人尋問が行われました。
内容は、はっきりしませんが、原告側によると、以下のような状況だったとのことです。
細かな状況がわかったところで、意見を述べたいと思います。


今日の法廷は、佐藤振壽さんの一方勝ちでした。佐藤さんは91歳、車椅子ですが、頭脳明晰、記憶力抜群でした。毎日新聞・浅見記者の記事は、うそを上手に書いた虚報であるとし、陸軍は法螺話と知りながら、検閲を通し、朝日もまた真実を報道していないと述べました。
  南京で撮った写真は、中国では南京事件30万殺害の一例として利用され、ご遺族に対しては、申訳なく、自分にとっても迷惑な話しであるとも述べられました。
  途中、被告側の弁護士は、裁判長から質問の仕方が悪いと注意されたり、結局なにもポイントを上げることが出来ず、冴えたところがなく終わりました。詳細は追って

南京の虐殺があったなんて言って

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/07/12 17:02 投稿番号: [5459 / 29399]
平気でいられる人間は今の日本を悪くしているね。

南京問題には人間の残虐性とそれが集団になったらより出てして
しまうという心理が現われているよね。

なによりそんな事を(証拠を捏造し)あったあったと言っていられる残虐
な行動に対する無責任な心理が今も日本で批判されないとい
うのが問題なんだよね。

そんな心理から来る行動は実は他にも被害を与えてるんだよ。
だって「中共の歴史捏造」でチベット人やウイグル人は侵略され人権侵害を受
けている。   で、そんな中共の「中共の歴史捏造」に基づく残虐行為を側面援護
するのは反日日本人しかいないんだから。世界中で。
だからさ。そんな人間は日本にいて日本人をも苦しめているはずさ。

例えば北朝鮮拉致事件を何の証拠も無く擁護してきた社民党のようにね。
http://www.nsjap.com/seimei04.html

南京の問題に直面しないという反日日本人の態度は日本人そのも
のまでも苦しめているのさ。

だからボクは(証拠を捏造し)南京があったなんて言っている人は嫌いなんだよね。

>>Re^6:百人斬競争を裏トピずれ修正

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/12 11:08 投稿番号: [5458 / 29399]
細かく反論していただいてますが

この裁判が名誉毀損にあたるか、ということについては、第3者的には、あまり意味がないと思うのと、裁判に関する議論はトピずれだな、と感じていましたので、とりあえず保留させていただきます。

で、もう一度、主旨に立ち返らせていただきます。
百人斬り競争があった、という元々dorawasabi5000さんの投稿が今回のレスの始まりです。
その有無の議論の中で、私は今回の裁判の情報を紹介。、
が、私が興味があるのは佐藤証言および新しい証拠です。「浅海はうそっぱちを書いた」という佐藤証言を以前の投稿で取り上げて、そのような証言が出ているのであれば、影響が大きい、と発言した訳です。

その後、watanabe1937さんの、この裁判の名誉毀損という訴えは理不尽である旨の意見に対して、トピずれでしたが、反論したわけです。

>しかし、訴訟で言論を封殺しようという動きには危機感を抱いています。

右翼的な支援者や支援団体が積極的に動いているということもあるので、watanabe1937さんは、そのような観点でお話なのだな、とわかりました。
が、私は、訴えるのは理不尽だとか言う風には全然感じないですね。
名誉毀損なんて、言う方と、言われる方で、争いになることもあるでしょう。
今回は、遺族が裁判ということで争うことにした、それだけだ、と思ってます。
いちいち言論の封殺だ、とかいう神経ではないです。
そんなこと言ったら他人の発言、記事などで対象にされた人達の「名誉毀損」と考えられる行為を訴えるという行為という行為すべてが、言論の封殺の対象と言うことになってしまうでしょ。
言いたい放題にチャチャを入れるな、ですか?
そんなこと、常につきものです。
裁判的に考えると理不尽さが感じられるいうことと、人間の心情的に考える、ということは必ずしも一致していません。負ける可能性が高ければ裁判はするな、と個人的には考えてません。やりたければやる。ですよ。

実際、自分の裁判でも、法律的に不利だ、と言われてましたけど、実際に勝訴しましたし。

やっぱ、トピずれですな。



100人斬りが行われた、とする直接的な明確な証拠、が出て来ない限り、「あった」とするのは、事実認定上、無理がある、というのが私の100人斬りに対する主張。本人話以外の直接的な証拠を挙げてください。と「あった」と考えている方々に申し上げているのです。

その通りです

投稿者: wamononingen04 投稿日時: 2004/07/12 01:52 投稿番号: [5457 / 29399]
死んだ爺さんは、南京事件にはひどく
驚いていたようだ。
それは、日本が強く否定しないばかりか、
本当に虐殺があったのではないか?
とまで言う日本人まで出てきたからだ。

「南京の戦闘なんて、ほんのちょこっと
やっただけ。敵さんはサァーっと逃げち
まったんだから。そん時は良かったって
思ったよ」

『良かった』というのは、物資が欠乏し
ていたので、強く抵抗されたら長くは戦
えなかった、ということ。

物資も必然性もないのに、おまけに人口
以上の人間を虐殺なんて…(笑)

アウシュビッツで撮られた写真には、
殺害された人々の骨はもちろん、
山のように積まれた眼鏡や靴を写したも
のがある。

南京事件には、そんな写真すら一枚もな
い。戦死した兵士の写真だけ。

「住民を殺傷するなど、当然軍規違反。
皇軍の誇りに泥を塗るも同じ」

そう言う爺さんの眼が、凛と輝いていた
のを思いだすなぁ。

>アウシュビッツや南京が無かった

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/11 22:12 投稿番号: [5456 / 29399]
アウシュビッツはあった。
南京はなかった。

事実はこれだけ。

南京事件は当初中華民国がいうには数千人が戦闘の前後に死亡というもの。
  それが後に数万人になり、中共政府が10万、20万、30万、と数を増やしていき、最近には40万人説が出現している。
  当時20万ぐらいの南京市で10万も20万も殺せません。
  第一それが事実なら南京のいたるところに死体が山済みになっているはず。しかし、南京での戦闘終結後、周りから治安の安定を求める人が南京の市内に流入して逆に人口が増えている。
  もし、本当に死体が山積みだったら、人が戻ってくるわけないでしょう。

  あなたは、歴史の事実を1から勉強しなおしなさい。
  中共政府のプロパガンダは歴史の正反対なのに、それを鵜呑みにするとは知性がないと思われて仕方ありませんよ。

  現在、中共のプロパガンダどおりチベット人虐殺がないなどと信じる人はいません。
  なのに、南京のプロパガンダだけをいつまでも信じたい人がいるんですねえ。

南京の虐殺は無かったって言う人は

投稿者: koizumi_banzai2004 投稿日時: 2004/07/11 21:56 投稿番号: [5455 / 29399]
日本の子供たちに卑屈を強制しているよ。

そんな人たちは教科書で南京や従軍慰安婦のことを書いているからいけないなんて言っているけどね。世界は日本だけじゃないんだからあった事を無かった事にするのは不可能なんだよね。

だから日本の子供たちは今からも事実に曝され続けるさ。

でも子供たちはそれに前向きに対処できないよ。なぜならそんな大人達が南京を正しくは認めてないからさ。

後ろからは南京虐殺や従軍慰安婦の事実が教科書という形で子供たちを追い詰め前にはそれを認めない大人達がいて前向きに打ち勝っていく事を阻んでいるんだよね。

子供達は事実に追いたてられ、それを前向きに解決できない大人達にも行く先を阻まれ卑屈にしているしか無くなっているんだよね。

大人たち(日本政府の事だよ)がその事に正しく向き合い日本の子供達(今の世代という事だね)がもっと堂々としていられるようにしてあげないといつまでたっても外国(中国、韓国に限らずね)に対して卑屈にしていないといけなくなるよ。

nanisunjya

南京の虐殺が無かったなんて言って

投稿者: koizumi_banzai2004 投稿日時: 2004/07/11 21:55 投稿番号: [5454 / 29399]
平気でいられる人間は今の日本を悪くしているね。

南京には人間の残虐性とそれが集団になったらより出てして
しまうという心理が現われているよね。

なによりそんな事を無かった無かったと言っていられる残虐
な行動に対する無責任な心理が今も日本で批判されないとい
うのが問題なんだよね。

そんな心理から来る行動は今はもう中国人に被害は与えてい
ないよ。だって中国でそんなことする日本人は今はいないん
だからさ。そんな人間は日本にいて日本人を苦しめているはずさ。

例えばコンクリート事件の犯人のようにね。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=2000251&tid=17bapbdwbbr9bc086af4a fa53a5sa5afa5ja1bca5h5ma4abba6bfmbbv7o&sid=2000251&mid=3153

南京の問題に直面しないという日本人の態度は日本人そのも
のを苦しめているのさ。

だからボクは南京が無かったなんて言っている人は嫌いなんだよね。

nanisunjya

アウシュビッツや南京が無かった

投稿者: koizumi_banzai2004 投稿日時: 2004/07/11 21:54 投稿番号: [5453 / 29399]
と言いたい人はどういう人達なんだろうね。

何か悪い事をしても隠れたり背を向けたりしていればそのうち解決すると思っているのだろうかなっ。した事の責任に背を向けていて済むと考える人達では国際問題の解決が出来ないだけでなくいつまで経っても日本そのものも良くならないよね。

外国人になら不都合な事をしても構わないと思っている人達なんだろうかねっ。でもそんな人なら日本人に対しても似たような考えを持つんじゃないかな。つまり自分のグループの為なら別の日本人のグループに対して不都合な事(刑事犯罪と言うより経済犯罪かな)をしても構わないと考える人たちさっ。そんなんじゃ日本は良くならないよねっ。

外国人に限らず他人に対してひどい事をして構わないと思っている人達なのかなっ。そんな犯罪者や犯罪者に同調出来る人間が多かったら日本は困るよね。日本で犯罪が増えている訳だよねっ。

積極的な理由はないけれど自分の身近な問題ではないから否定的な態度で傍観していようという人達なのかなっ。そんな人が多いようじゃあ傍観者の前でのいじめや暴力事件が日本で絶えない訳だよね。

nanisunjya

「百人斬り」佐藤振壽氏証言の注目点

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 21:15 投稿番号: [5452 / 29399]
>>原告支援サイトに「供述調書」とありましたが、そんなものが民事にあるのかと散々調べたました。察するに、「供述<調書>」ではなく、公証人法・第58条ノ2に基づく宣誓供述書のことではないかと思います。
>>その文章は第三者の作でしょう。内容にまやかしがあるかは7月になれば分かりますので、文面が分かりましたら批判したいと思います。件のサイトに記述されている「百人斬りはうそである。浅海は嘘っぱちを書いた」は脈略を意図的に無視したトリミングに語句の改変もあるのでしょう。誰が「嘘っぱち」かも7月の証人尋問で分かるでしょう。
toitatoiさん :>この件に関しては、何しろ実際のモノおよび証言が出て来ないと、はっきりと判断は出来ません。私も7月を注目しています。

  いよいよ佐藤氏の証人尋問になります。
  何ヵ月も経っていまだに争点がはっきりしていないようです。したがって、取材現場にいて、しかも現在は高齢の佐藤氏以外の人証申請は却下されたようです。原告申請の証人のリストを見ると、名誉毀損の訴訟とは思えない顔ぶれ並んでいます。リストの全員を尋問していたら、この訴訟は開始から2年くらいはかかりそうです。

さて、佐藤氏の証人尋問の注目点は、
・原告側が提出した佐藤氏の「供述書」との間に、どんな食い違いが生ずるか、(メモなどを見て証言することは禁じられています)
・ 「供述書」でも、常州で両将校と会見したとなっているということなので、記者とは無錫で会見した(常州では会っていない)としているらしい原告側が、どういう対策を打ってくるか、
・ 本多氏側から、新たな資料や事実が提示されるか。
などです。

  ちなみに、証人は自ら経験したことを供述することになっています。直接体験しなかった事実、推測や意見の陳述(こう思う・思った、こう考える・考えたなど)を証人に求めることは、人物の同一性など常識的に判断可能な事項以外にはできません。しかし、佐藤氏は取材の現場にいた唯一の生き証人ですから、体験事実に基づくことについては、どういう印象をもったかという陳述を求められることはあるでしょう。

  ついでに、「伝聞証言」について誤解があるようですから、文字数の都合で訴訟の場合についてのみ触れておきます。

  加藤新太郎編著『新版 民事尋問技術』,ぎょうせい,2003年 pp.141-142 からの引用です。
-- -
  伝聞証言ではあっても、公文書の記載その他特に信用すべき状況のもとで作られた書面により知り得た事項についての陳述など、伝聞であるがゆえに生じ得る誤謬の危険が少ない場合には許容されるし、また直接の経験者が既に死亡しているなどのためこれを証人とすることが著しく困難又は不可能な場合には、真実発見のためにはやむを得ないものとして、許容せざるを得ないのである(刑訴三二〇・三二一参照)。
<途中省略(伝聞証言の制限を緩やかに運用すべきでないという内容)>
  なお、第三者がある発言をしたという事実自体を要証事実として、これを直接見聞したものが供述することは、伝聞証言ではない。この場合は、第三者の発言の内容の真実性が問題になっているのではないからである。<以下省略>
-- -

  「伝聞証言」と無造作にレッテルを張って、その証言を排除しようという議論が「南京事件」関係の論考にみられます。
  現代の訴訟から離れますが、マギーやベイツのように南京の安全区に責任があり、報告書の作成にも関わった人の伝聞証言は、東京裁判でも証拠として採用されています。
  現在の民事でも、「伝聞証言」は特定の条件のもとで許容されます。当然、証拠価値は相対的に低くなりますが、無価値ではありません。
  次に、「第三者がある発言をした」という事実については伝聞証言ではなく、「第三者がある発言をした」ことの直接経験の証言になります。聞いたということだけで、「伝聞証言」になるわけではありません。

>>:Re^6:百人斬り競争を裏付 2/2-1

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 21:08 投稿番号: [5451 / 29399]
テーマが分散してきましたので、他の投稿と重ならないところのみ返信いたします。

>>半世紀以上経ったものを、どのように客観的事実を検証するのでしょうか。結局、1937年の事実を検証するのは歴史学の手法によって史料を検討し、最も合理的な判断をするしかありません。それが、歴史的事実の探求ということであり…
toitatoiさん:>基本的にはその通りですが、このような見方も出来るし、こういう説もある、ということが歴史学です。
>裁判となれば、そういう訳にいきません。事実が証明されなければ、裁判上は無罪です。
(途中省略)
>>仮に、毎日新聞が「百人斬り競争」記事を調べたとして、その結果が本多氏と類似のものであったら、名誉毀損だということになる訳ですか?
>毎日新聞の結論に至る証拠などが確かに多くの第三者が納得できるものであれば名誉毀損にならないでしょう。

  あなたの誤解は、
(1) 問題は指摘された事実が本多氏の虚偽虚妄によるものかどうかなのに、本多氏が使用した資料に虚偽があると死者への名誉毀損になると考えている点、
(2) 指摘された事実が虚偽虚妄であることを、まず原告が立証しなければいけないのに、被告が「第三者が納得できる」証拠をあげなければならないと考えている点です。しかも、虚偽虚妄は本多氏にではなく、使用された1937年の記事にあるというのですから、それが虚偽だと原告が立証することは、半世紀以上も経過した今日では極めて難しいと思われます。そんなことが可能なら、30年前に山本七平氏が立証できたことでしょう。また、当事者の向井・野田両氏でさえ、自分たちの「冗談」、あるいは、記事の主要な内容を自分たちの発案として記述しているのです。

>>:Re^6:百人斬り競争を裏付 1/2 -2

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 21:02 投稿番号: [5450 / 29399]
>>仮に新聞記事が全くの作り話しであったとして、それは本多氏の虚偽虚妄によるものではありません。どうして、こんなことが分からないんでしょうか?
toitatoiさん:>本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
>遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、という場合でも、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)

  もう一度、お手元の『落日燃ゆ』の一、二審の判決を読んでいただけないでしょうか?使用された資料の内容が虚偽かなど問われていません。城山氏が著書で指摘した事実は、(城山氏の)虚偽虚妄によって記述されたかどうかということが問題なのです。新聞雑誌の記事や松本清張の記述が捏造や虚偽かなど、城山氏と関係はありません。
  「百人斬り」訴訟を『落日燃ゆ』訴訟に当てはめると、新聞や松本清張が捏造記事を書いたと主張しているようなものです。

>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?この裁判の場合、事実でなければこそ、の名誉毀損でしょう?

  まず、「百人斬りが事実である」、あるいは、それが虚偽ということの意味が分かりません。「百人斬り」なるものが何か明確でないのに、それが事実か虚偽かなど、どうやって論ずるのでしょうか。また、本人が言ったことが記事になったのに、そのホラだか虚偽を資料にして論考した本多氏がなぜ名誉毀損になるのかも全然分かりません。

>>当時の新聞記事は、本多氏の記述が虚偽虚妄でない証拠になります。
>そういう側面もあり、そうでない側面(すえもの斬り、上官の命令、2回の殺人ケーム)もあります。

  まず、当時の状況から、中国で日本兵が残虐行為を行い、据えもの斬りがよく行われたことは論証できます。次に、野田氏については証言が存在します。それで十分です。あえて言えば、直接、向井氏については言及されていません。証言にある「上官の命令」「殺人ケーム」のどこが名誉毀損なんでしょうか。「上官の命令」なら、むしろ両将校の責任ではないということになりますが。

>>山本氏などの論客あっての「百人斬り」論争なのに、山本・鈴木・洞各氏が他界したので、あたかも本多氏が一人で議論をしているかのような錯誤を起こさせる記述がされている訳です。
>新聞が寝た子を起こしたという意味でも大きな反響でしょう。どこの時点を大きな反響か、という解釈は解釈次第です。論客が出てきて、より大きな反響になった、という流れという考え方も全然おかしいことではないですよ。

  「寝た子を起こした」のは山本七平です。1971年11月5日付け朝日新聞の「中国の旅(23)」をよくお読みください。寝た子は寝たままです。この記事から誰のことか分かった人など皆無に近いでしょう。

>>『正論』平成12年3月号 p.62 の向井千恵子氏からの「聞書き」として、「A・B」であるべきところを、わざわざ『「向井敏明」と「野田毅」』に書き換えています。こうしないと、朝日新聞の記事で「一気に波が立」ったことにならないからです。こういう事実を見れば、原告の訴状の論理にねじれた部分が生じるのは当然だと思われます。
>穿ち過ぎです。

  この『正論』の記述は意図的で不誠実な書き方だと感じます。事実に沿って「A・B」としたら、この記事の内容は不自然極まりないものです。『正論』平成12年3月号 p.62 を是非ご覧ください。

>実名入りであろうとなかろうと記事により凪だった海にいきなり波はたった訳ですから。...

  実名が書かれていないのは不審だと山本氏が議論を挑んだのです。
  A・Bと匿名にしたのは朝日新聞の判断とのことですが、原稿通り実名にしておけば、むしろ「波」は立たなかったでしょう。実際、洞『近代戦史の謎』や『丸』に掲載された鈴木二郎記者の記事は実名だったのに、こちらからは「波」が立っていません。
  いずれにしても、「波」がたったからといって名誉毀損になるわけではありません。「百人斬り競争」が新聞記事に掲載されたことは事実であり、その事実を指摘しても死者に対する名誉毀損にはなりません。

>Re^6:百人斬り競争を 1/2-1欠け部分

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 20:57 投稿番号: [5449 / 29399]
>>『落日燃ゆ』一審判決では...
toitatoiさん:>100人斬り裁判に適用されるのかは、判りません。何しろ下級審同士であっても判断が分かれる、解釈が異なるということも、見受けられます

  『落日燃ゆ』の判決は刑法などから導かれたものですから、当然、名誉毀損が成り立つには、被告が指摘した事実が虚偽虚妄によることを原告が立証しなければなりません。
  「指摘された事実」が、事実発生当時の新聞記事、証言、第三者の論考などによって記述していれば虚偽虚妄によって記述したことにはなりません。当然の判決です。記事が捏造かどうかの議論は被告に関係がありません。

>Re^6:百人斬り競争を裏 1/2-1

投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 20:54 投稿番号: [5448 / 29399]
toitatoiさん:>どれが「例外」か、というのは裁判所が判断することでしょう。

  強制連行・強制労働の場合、原告勝訴判決は法律に書かれていることに反する極めて例外的なものです。国家犯罪と、通常の民事事件や歴史の論考に関する訴訟とは関係がありません。

>そうですよ。本多氏の件について排斥期間の話に絡めて長いということをおっしゃったのはwatanabe1937ですよ。お忘れですか?

  私は被告ではありません。私の意見と被告の主張を混同しないでください。
  私のいいたいのは、今ごろなぜ?ということです。しかし、本多氏側は、そんなものは援用しなくても歴史の事実を明らかにすれば良いと考えているんじゃないかと言っているんですが...
  「百人斬り」論争で本多氏が結論を出してから30年も経ってから訴訟にするというのは正当とは考えません。民事での時効や除斥の期間が最長で20年となっているのは、法律関係を一定期間継続した事実に合わせようとし、また、事実関係の証明が困難になっているからです。そういう理由から、20年の除斥期間について触れたのです。

>あなたは今回の裁判関係者なのですか?

  関係者は、こんなところに投稿せんでしょ(^^;
  しかし、訴訟で言論を封殺しようという動きには危機感を抱いています。

>例の佐藤証言などが正確なものなら、そもそも100人斬り話自体の大きな拠り所が揺らぐことになります。

  公開されている範囲では「100人斬り話自体の大きな拠り所が揺らぐ」ような個所はありません。すでに発表された『南京戦史資料集』などの記述と異なるところがあれば、むしろ陳述書の矛盾点が明らかになるでしょう。つまり、(1)従来の証言、(2)陳述書(宣誓供述書?)、(3)当日の証言(メモなどを見て証言することは禁じられている)、この3つを比較すれば「嘘っぱち」が何かが明らかになるでしょう。

>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?

  本多氏の著書のどういう記述が名誉毀損にあたり、その記述が本多氏のどういう虚偽虚妄に基付くのか指摘しなければいけません。これは「百人斬りが事実である」かを争う訴訟ではありません。

>4回も記事にしているにもかかわらず、ウラを1度もとらないなどとは、ずさんな取材姿勢で、とても適正とは思えませんが。

  兵士へのインタビューで、ウラなるものをとった当時の記事があるなら実例を示していただけませんか?現代でも速報性のあるインタビューで、いちいち「ウラ」なんかとってるでしょうか?だれそれはこう語っていると報道すればいいんじゃないでしょうか。浅海記者達の場合は、違う時と場所で4回も念を入れて取材したとも言えます。

>>指摘された事実が、本多氏のどういう虚偽によるものだと言うのでしょうか?虚偽だ虚偽だと言っているだけで、実体がありません。
>本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
>すり替えないで下さい。

  「すり替え」るって...死者への名誉毀損は、この場合、本多氏が死者について指摘した事実が虚偽虚妄(当然、本多氏の虚偽虚妄という意味)によることを要します。1937年の新聞記事が「捏造」かどうかなど、名誉毀損とは関係がありません。

>遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?

  死者に対する名誉毀損にあたる記述が本多氏の著作にあるかどうかを争っているはずですが...

>単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、と言っても、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)

  取材による証言については、証言者の記憶違いと思われるものも、そのまま掲載しないとまずいんじゃないですか。ちなみに、「姜根福氏の伝聞証言」に名誉毀損にあたるような部分はありません。

>>『落日燃ゆ』一審判決では
>100人斬り裁判に適用されるのかは、判りません。何しろ下級審同士であっても判断が分かれる、解釈が異なるということも、見受けられます

  『落日燃ゆ』の判決は刑法などから導かれたものですから、当然、名誉毀損が成り立つには、被告が指摘した事実が虚偽虚妄によることを原告が立証しなければなりません。
  「指摘された事実」が、事実発生当時の新聞記事、証言、第三者の論考などによって記述していれば虚偽虚妄によって記述したことにはなりません。当然の判決です。記事が捏造かどうかの議論は被告に関\xB7

「従軍慰安婦」に関する覚書き

投稿者: nobiblejp 投稿日時: 2004/07/09 23:09 投稿番号: [5447 / 29399]
http://pu-lab.hp.infoseek.co.jp/ianfumemo.htm

全て日本人に強要された?

投稿者: nobiblejp 投稿日時: 2004/07/09 23:04 投稿番号: [5446 / 29399]
昔も今も風俗嬢(慰安婦)は存在します。

それが本人の意思でないにしろ、不幸な境遇から自らの体を売らざるえなかった女性はいたと思います。実際、日本人に朝鮮人女性を世話する日本語通訳の朝鮮人の存在や朝鮮人経営によるそういった場所が存在していたこともわかっています。すべて、強制連行で、日本が悪いというのは乱暴すぎると思います。

未だに女性の地位が低く、レイプ発生率が日本の10倍の韓国なら容易に想像がつくと思うのですが・・・


http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_16&nid=611391&work=list&st=&sw=&cp=1

従軍慰安婦とは何か

投稿者: lebenkorper 投稿日時: 2004/07/09 19:32 投稿番号: [5445 / 29399]
  十五年戦争期に,戦地・占領地で日本軍の監督下に置かれ,軍人・軍属の性交の相手をさせられ
た女性。当時は〈軍慰安所従業婦〉などと呼ばれたが,戦後,千田夏光《従軍慰安婦》などにより,
この用語が普及した。その本質は軍性奴隷である。総数は8万とも20万ともいわれる。日本軍が慰
安婦制度を監督・統制していたのは周知の事実だったが,重大な人権侵害・性犯罪だとする認識が
広まるのは,1991年に韓国人被害者が名乗り出てからである

  軍慰安所は1932年初めの第1次上海事変で陸海軍が作り,37年末に日中戦争が長期化してから
は中国各地に,42年初めからは東南アジア・太平洋の日本軍占領地に設置された。設置の動機は
日本軍将兵の強姦防止,性病蔓延防止,将兵への慰安の提供,スパイ防止にあり,そのため軍慰
安所と女性の監督・統制が必要とされた。しかし,強姦事件はなくならず,軍慰安所を介して性病が
蔓延した。

  日本人慰安婦は,原則として21歳以上の売春婦に限定され,また本人の同意が必要とされた
(実際には公娼制という事実上の性奴隷制度の犠牲者が転じて軍性奴隷とされた)。朝鮮人・台湾人
の場合は,売春婦以外の女性や未成年者を,軍に選定された業者が人身売買や,就業詐欺により
戦地に連行するケースが多く,一部に拉致もあった。占領地では,中国人・フィリピン人・インド
ネシア人・マレー人・オランダ人など地元住民が徴募された。その徴募は日本軍が直接行う場合も
多く,拉致のケースも少なくなかった。

  総じて軍慰安所には,拒否する自由,廃業の自由,外出の自由すらなかったので,本人の意思は
無視され,多くの場合強制的に使役された。日本人以外の女性が数多く犠牲にされた背景には,
日本の植民地・占領地支配の重圧があった。この問題は,女性に対する性暴力,人種差別(民族差別),
貧しい者に対する差別が重なった日本国家による重大な人権侵害であった。また,当時日本が加入
していた婦人・児童の売買禁止に関する国際条約,強制労働に関する条約や当時成立していた慣習
国際法に日本は違反していたと国連人権委員会のクマラスワミ特別報告者や国際法律家委員会・
日本弁護士連合会などから指摘されている。
-- -
平凡社世界大百科事典より

ラーベの日記

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2004/07/09 16:39 投稿番号: [5444 / 29399]
<「ラーベの日記」より引用>
--------------------------------------------------------------------------
  何百人もの娘でいっぱいのホールになだれこんでくる男たちを、恐怖のあまり、ミニーは両手を組み合わせて見ていた。
一人だって引き渡すもんですか。それくらいならこの場で死んだほうがましだわ。ところが、そこへ唖然とするようなここが起きた。我々がよく知っている、上品な紅卍字会のメンバーが、なみいる娘たちに二言三言やさしく話し掛けた。すると、驚いたことに、かなりの数の娘たちが進み出たのだ。売春婦だったらしく、新しい売春宿で働かされるのをちっとも苦にしていないようだった。ミニーは言葉をうしなった。
-------------------------------------------------------------------------- -
ラーベは志願した女性をプロらしいとひいき目に推察しているが、アマも少なくなかったに違いない。(秦   郁彦)

慰安婦の6割は日本人女性

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2004/07/09 16:37 投稿番号: [5443 / 29399]
>彼女らはほとんど自由のないままに
生活していた。


戦地に自由があるのか?
当然、兵隊さんも従軍看護婦も自由がなかったのだよ。
ハッキリ言って、この辞書の編集者は判って書いてるのか?


>とくに朝鮮人女性が多かった。最終的な「慰安婦」の総人数
は、8万人から20万人と推定されるが、実数は不明である。

これが大嘘、慰安婦の6割近くが日本人女性だった。
何が「とくに朝鮮人女性が多かった」だ、朝鮮人女性は3割程度だよ。

朝鮮人の 強制連行なんて無かった

投稿者: nobiblejp 投稿日時: 2004/07/09 16:03 投稿番号: [5442 / 29399]
http://www2.odn.ne.jp/~ccq47810/kyouseirennkou.html

従軍慰安婦とは

投稿者: lebenkorper 投稿日時: 2004/07/09 15:31 投稿番号: [5441 / 29399]
従軍慰安婦   じゅうぐんいあんふ

  戦地や占領地で日本軍の将兵や軍属を相手に性的慰安をした女性たち。多くの場合、
日本軍が管理していた軍慰安所という施設の中で、彼女らはほとんど自由のないままに
生活していた。

「慰安婦」は日本だけでなく、当時植民地であった朝鮮や台湾、さらには中国や東南ア
ジアの占領地であつめられ、とくに朝鮮人女性が多かった。最終的な「慰安婦」の総人数
は、8万人から20万人と推定されるが、実数は不明である。

強制的に女性たちを性行為につかせ、非人道的な扱いをしたこと。さらには敗戦時に、
彼女らを戦地に置き去りにしたり、ひどい場合には殺害したこと。これらは明らかに
日本軍や国が関与しておこなわれたことである。しかし戦後も長い間、「従軍慰安婦」
が重大な問題としてとりあげられることはなかった。それは、証拠となる関係書類の
ほとんどが処分されてしまい、証人となるべき人々も口を閉ざしてしまっていたため
である。

1994年、国連の人権委員会も「従軍慰安婦」に関する責任処罰問題をとりあげる決議を
採択し、95年には「女性に対する暴力特別報告官」を韓国と日本に派遣した。96年に
採択された特別報告官報告(クマラスワミ報告)は、その付属文書で元「慰安婦」個人に
対する国家補償を日本政府にもとめるものであった。

-- -
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