>>Re^5:百人斬り競争を裏 1/2-1
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/06/19 03:43 投稿番号: [5373 / 29399]
>ん?「近代史」の話ではなく、民法の除斥期間の話しですよ。民法の規定にもかかわらず、20年以上も「権利を行使することがおよそ不可能な事情があり」、国家犯罪など「国民の正義・公平の感情に著しく反する場合」についての極めて例外的な判断です。「判っていただけましたか?」かは、こちらの台詞です。
どれが「例外」か、というのは裁判所が判断することでしょう。
訴えなければ、例外かどうかの判断は起こりません。例外規定云々の判例が出てくるまでの裁判はすべて過去の判例からは、例外規定など考えられなかったはずです。再度、「判っていただけましたか?」かは、こちらの台詞です。
だれも、すべての近代史がそうだとは言ってないでしょう。訴えられない限り裁判は起こりません。近代史とはいえ、本人または家族が生きている場合でないと裁判にならないでしょう?
あえて申し上げないと、そのことすら判りませんか?
>もっとも、除斥期間を問題にしているのは毎日新聞で、本多氏側は援用していないんじゃないでしょうか。
そうですよ。本多氏の件について排斥期間の話に絡めて長いということをおっしゃったのはwatanabe1937ですよ。お忘れですか?
>>>『落日燃ゆ』裁判では、50年前の事実について、歴史的事実の探求が優位になっていると判断されています。
>>裁判には、それぞれ特殊な事情が考慮されることは、先ほど、ご自分が述べられたと思いますが。
>特殊な事情なんかないよ。
言葉は正確に発言してください。無いと思います。でしょ?
あなたは今回の裁判関係者なのですか?
例の佐藤証言などが正確なものなら、そもそも100人斬り話自体の大きな拠り所が揺らぐことになります。そういうことも含め裁判所は判断をするのでしょう?
>まず「百人斬りが事実である」という主張は被告側もしていないと思います。
裁判で実際にそう主張した、とは私は言っていませんが。
きっちり書かないと通じませんでしたか?
遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?
>東京日日は、向井・野田両氏が語ったことを、当時の日本では適正と思われる取材をして記事にし
4回も記事にしているにもかかわらず、ウラを1度もとらないなどとは、ずさんな取材姿勢で、とても適正とは思えませんが。
>本多氏は両氏が語ったとされる事実の実態が何かを、資料に基付いて論じたものです。
事実である、ということから出発しているように聞こえますが?
資料に信憑性が高いとも思えません。
信憑性が高いと思われるものをお示し下さい。ちなみに姜根福氏の伝聞証言は問題外ですので。
>指摘された事実が、本多氏のどういう虚偽によるものだと言うのでしょうか?虚偽だ虚偽だと言っているだけで、実体がありません。
本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
すり替えないで下さい。
遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、と言っても、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)
>「創作のみ」と表示したからと言って、名誉毀損にならないわけではありません。
あたりまえです。
何度も言いますが、事実だ、ということが、より問題です。
>典拠を示した論考したものであれば、結論を書くのが当然です。(ちなみに本多氏は「事実だ」という表現はしていません。)
直接的な表現をしたか、ということは意味の無いことです。実質的にどうか、ということが問われることです。
>『落日燃ゆ』一審判決では
100人斬り裁判に適用されるのかは、判りません。何しろ下級審同士であっても判断が分かれる、解釈が異なるということも、見受けられます。
どれが「例外」か、というのは裁判所が判断することでしょう。
訴えなければ、例外かどうかの判断は起こりません。例外規定云々の判例が出てくるまでの裁判はすべて過去の判例からは、例外規定など考えられなかったはずです。再度、「判っていただけましたか?」かは、こちらの台詞です。
だれも、すべての近代史がそうだとは言ってないでしょう。訴えられない限り裁判は起こりません。近代史とはいえ、本人または家族が生きている場合でないと裁判にならないでしょう?
あえて申し上げないと、そのことすら判りませんか?
>もっとも、除斥期間を問題にしているのは毎日新聞で、本多氏側は援用していないんじゃないでしょうか。
そうですよ。本多氏の件について排斥期間の話に絡めて長いということをおっしゃったのはwatanabe1937ですよ。お忘れですか?
>>>『落日燃ゆ』裁判では、50年前の事実について、歴史的事実の探求が優位になっていると判断されています。
>>裁判には、それぞれ特殊な事情が考慮されることは、先ほど、ご自分が述べられたと思いますが。
>特殊な事情なんかないよ。
言葉は正確に発言してください。無いと思います。でしょ?
あなたは今回の裁判関係者なのですか?
例の佐藤証言などが正確なものなら、そもそも100人斬り話自体の大きな拠り所が揺らぐことになります。そういうことも含め裁判所は判断をするのでしょう?
>まず「百人斬りが事実である」という主張は被告側もしていないと思います。
裁判で実際にそう主張した、とは私は言っていませんが。
きっちり書かないと通じませんでしたか?
遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?
>東京日日は、向井・野田両氏が語ったことを、当時の日本では適正と思われる取材をして記事にし
4回も記事にしているにもかかわらず、ウラを1度もとらないなどとは、ずさんな取材姿勢で、とても適正とは思えませんが。
>本多氏は両氏が語ったとされる事実の実態が何かを、資料に基付いて論じたものです。
事実である、ということから出発しているように聞こえますが?
資料に信憑性が高いとも思えません。
信憑性が高いと思われるものをお示し下さい。ちなみに姜根福氏の伝聞証言は問題外ですので。
>指摘された事実が、本多氏のどういう虚偽によるものだと言うのでしょうか?虚偽だ虚偽だと言っているだけで、実体がありません。
本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
すり替えないで下さい。
遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、と言っても、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)
>「創作のみ」と表示したからと言って、名誉毀損にならないわけではありません。
あたりまえです。
何度も言いますが、事実だ、ということが、より問題です。
>典拠を示した論考したものであれば、結論を書くのが当然です。(ちなみに本多氏は「事実だ」という表現はしていません。)
直接的な表現をしたか、ということは意味の無いことです。実質的にどうか、ということが問われることです。
>『落日燃ゆ』一審判決では
100人斬り裁判に適用されるのかは、判りません。何しろ下級審同士であっても判断が分かれる、解釈が異なるということも、見受けられます。
これは メッセージ 5368 (watanabe1937 さん)への返信です.