>>:Re^5:百人斬り競争を裏付 2/2-1
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/06/19 06:17 投稿番号: [5375 / 29399]
>半世紀以上経ったものを、どのように客観的事実を検証するのでしょうか。結局、1937年の事実を検証するのは歴史学の手法によって史料を検討し、最も合理的な判断をするしかありません。それが、歴史的事実の探求ということであり
基本的にはその通りですが、このような見方も出来るし、こういう説もある、ということが歴史学です。
裁判となれば、そういう訳にいきません。事実が証明されなければ、裁判上は無罪です。
>裁判所に判断を求めるような事ではありません。
今回の裁判は、それによる名誉毀損裁判です。単に歴史の探求ではありません。
>仮に、毎日新聞が「百人斬り競争」記事を調べたとして、その結果が本多氏と類似のものであったら、名誉毀損だということになる訳ですか?
毎日新聞の結論に至る証拠などが確かに多くの第三者が納得できるものであれば名誉毀損にならないでしょう。
>あなたの「調べる」というのは原告の意に沿った結論を出せと言っていることと同じです。
そんな意味のことどこで言いました?
勝手にに作らないで下さい!
証拠を示しながら、「正しかった」または「間違っていた」という結果を出すか、証拠が出なければ、「証明できなかった」で良いだけです。
>世の中の評価が変わったから、昔の記事を今の評価に合わせて書直したり、なかったことにせよというのは無理難題というものです。
評価はどうあれ、正しくないことを掲載した場合訂正するのが新聞社としての正しい姿勢だと思います。倫理規定にも自ら載せてますしね。後世まで記録として残っていくものですから、ないがしろに出来ない話です。
>東京日日新聞が「百人斬り」記事を掲載したことに違法性がないなら、現在に於いても違法性はありません。違法性のない記事で「名誉毀損状態を現在も与え続けている」とは理屈が通りません。
裁判でどう判断されるのか。なんとも言えませんね。
>「百人斬り競争」と言うのは、本人の発言が記事になったものです。そうでないと言うのは自由ですが、自分たちの主張が通らないと「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじ」ていないかのように言うのはいかがなものでしょうか。
不名誉な状態が生じている個人に対しほったらかしにして置くということが、「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじ」という状態ではない、ということを述べているのでしょ。
自分達の主張云々という命題に対しての発言ではないですよ。
>「100人斬り自体が事実でない」の意味がよく分からないと言っているのです。本人がやっていると語ったことが「ありもしない」かどうかは検証の対象であり、自明なことではありません。
裁判では自分は正しいという主張をする場合によくありがちな表現でしょ?
そんな言葉尻を捕らえても、意味ありません。実際、検証することになるのですから、そこでなんと言おうと、とりあえずの結論が出るだけです。
>戦闘中の「百人斬り」が、あなたが言うように「ありもしない」なら、誰を斬っていたのでしょうか。史料から16師団では捕虜を取らない方針であり、日記・戦闘詳報にも捕虜を殺害したことが書かれています。斬ったのは捕虜、あるいは捕虜とみなされた市民と考えざるをえません。
以前もお話しましたが、当然戦闘行為はあったでしょうし、その中で人を殺害したでしょう。しかし、両少尉がこうした、という記述はないでしょ?ありますか?
部隊としての記述は両少尉個人の証明ではありません。
誰が具体的にどうした、という記録で無い限り、個人の行動の証明ではありません。
基本的にはその通りですが、このような見方も出来るし、こういう説もある、ということが歴史学です。
裁判となれば、そういう訳にいきません。事実が証明されなければ、裁判上は無罪です。
>裁判所に判断を求めるような事ではありません。
今回の裁判は、それによる名誉毀損裁判です。単に歴史の探求ではありません。
>仮に、毎日新聞が「百人斬り競争」記事を調べたとして、その結果が本多氏と類似のものであったら、名誉毀損だということになる訳ですか?
毎日新聞の結論に至る証拠などが確かに多くの第三者が納得できるものであれば名誉毀損にならないでしょう。
>あなたの「調べる」というのは原告の意に沿った結論を出せと言っていることと同じです。
そんな意味のことどこで言いました?
勝手にに作らないで下さい!
証拠を示しながら、「正しかった」または「間違っていた」という結果を出すか、証拠が出なければ、「証明できなかった」で良いだけです。
>世の中の評価が変わったから、昔の記事を今の評価に合わせて書直したり、なかったことにせよというのは無理難題というものです。
評価はどうあれ、正しくないことを掲載した場合訂正するのが新聞社としての正しい姿勢だと思います。倫理規定にも自ら載せてますしね。後世まで記録として残っていくものですから、ないがしろに出来ない話です。
>東京日日新聞が「百人斬り」記事を掲載したことに違法性がないなら、現在に於いても違法性はありません。違法性のない記事で「名誉毀損状態を現在も与え続けている」とは理屈が通りません。
裁判でどう判断されるのか。なんとも言えませんね。
>「百人斬り競争」と言うのは、本人の発言が記事になったものです。そうでないと言うのは自由ですが、自分たちの主張が通らないと「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじ」ていないかのように言うのはいかがなものでしょうか。
不名誉な状態が生じている個人に対しほったらかしにして置くということが、「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじ」という状態ではない、ということを述べているのでしょ。
自分達の主張云々という命題に対しての発言ではないですよ。
>「100人斬り自体が事実でない」の意味がよく分からないと言っているのです。本人がやっていると語ったことが「ありもしない」かどうかは検証の対象であり、自明なことではありません。
裁判では自分は正しいという主張をする場合によくありがちな表現でしょ?
そんな言葉尻を捕らえても、意味ありません。実際、検証することになるのですから、そこでなんと言おうと、とりあえずの結論が出るだけです。
>戦闘中の「百人斬り」が、あなたが言うように「ありもしない」なら、誰を斬っていたのでしょうか。史料から16師団では捕虜を取らない方針であり、日記・戦闘詳報にも捕虜を殺害したことが書かれています。斬ったのは捕虜、あるいは捕虜とみなされた市民と考えざるをえません。
以前もお話しましたが、当然戦闘行為はあったでしょうし、その中で人を殺害したでしょう。しかし、両少尉がこうした、という記述はないでしょ?ありますか?
部隊としての記述は両少尉個人の証明ではありません。
誰が具体的にどうした、という記録で無い限り、個人の行動の証明ではありません。
これは メッセージ 5370 (watanabe1937 さん)への返信です.