南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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金魚屋のおっちゃん

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/07/20 21:39 投稿番号: [5520 / 29399]
前回言ったでしょ?

>>いつもそうなんだが
>>【あった派】は根拠・証拠がありませんね。
>>根拠・証拠はないの?
>>或いは出せないような話なの?


根拠・証拠を示せって。

だったら、これ↓についても示しなさいよ。
ODAが戦争賠償であるのならそれなりの政府間の条約等があるんだろ?

>債務不履行?、、言葉だけは知っているじゅあ^〜ないですか?
>そんなことはありませんよ。
>現在においても、支払つづけているじゃーありませんか?
>有償、無償の経済援助などなど、、形を変えてね。

>toranekoさん、

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/20 21:13 投稿番号: [5519 / 29399]
>これは、【内務省の公文書】に記載された実態ですよ。

朝鮮人を集めるやり方が大変ひどいという調査報告ですが、狩集めを国がやったとはどこにも書いてませんが。

>これは、日本政府が【強制連行】と言っているのです

「いわゆる」という日本語は「世間で言われているところの」という意味です。国が「強制連行」を認めたと読むことは不可能です。
  国は世間で強制連行と言われる事象も含めて総合的に戦後処理を、つまり日本企業に雇われた支那人を帰国させ、未払い賃金がれば企業に払うように指導した、ということを指しています。

>しかし、裁判では、【解決済み】とは認められていないですね。

  裁判を起こすことは国民の権利ですから争いは常に存在しえます。
  「強制連行」関係の裁判例(判例と言うのは最高裁の判決のみを指すので、高裁レベルでは項呼びます)では、指摘されるように一部原告請求を認めたものもありますが、ほとんどは請求棄却です。

  第一、国家間の戦争による被害は全て国家の被害であると定義した上で互いに賠償請求権を放棄して平和条約を締結しているのに、数十年してから支那外相が「個人の請求権は放棄してない」といってからいきなり支那人による賠償請求が出てきて、それを見た朝鮮人が真似をしていると言う構図が今に続いています。
  この請求自体の根拠がそもそも怪しいのです。

>>はあ?、、こちらがへぇー?呆れる

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/20 21:01 投稿番号: [5518 / 29399]
>強制連行の証拠も証人も証言も実行者の特定も出来ているのですよ。


  私も確認しないとフェアではないと思い、判決全文を入手可能な、いわゆる「強制連行」関係の判決を読んでみました。
  福岡高等裁判所平成14年(ネ)第511号です。
  判決主文は、第1審で一部認められた原告(強制連行を主張する側)への賠償支払いを取り消し、被告側(国、三井鉱山株式会社)の勝訴となった判決です。

  種々の「強制連行」裁判の原告側の論理構成はほぼ同じで、
●1938年(昭和13年)4月,「国家総動員法」を制定
●1941年(昭和16年)8月,同法に基づき,「重要産業団体令」を制定
●1943年(昭和18年)10月「軍需会社法」を,同年12月「軍需会社徴用規則」を制定
●1942年(昭和17年)11月27日,日本政府による「華人労務者内地移入に関する件」と題する閣議決定

という国家総動員体制の下軍需工場の労働力として連れて来られた支那人に関して国は責任があるというものですが、かなり無理筋だと思います。

  国は産業界の声に押されて閣議決定を行いましたが、これは国が支那人をかき集めるというものではありません。
  現地で労働者を供出した方法は

ア)行政供出
  中国側行政機関の供出命令に基づく募集
(イ)訓練生供出
  日本現地軍が作戦により得た俘虜,帰順兵で,一般良民として釈放しても差し支えないと認められた者,及び中国側地方法院において微罪者として釈放した者を,華北労工協会において下渡しを受け,同協会の有する各地の労工訓練所において,一定期間(約3か月),渡日に必要な訓練をした者を供出するもの
(ウ)自由募集
  主要労工資源地において,条件を示して希望者を募るもの
(エ)特別供出
  現地において,特殊労務に必要な訓練と経験を有する特定機関の在籍労働者を供出するもの。

であり、その主体は日本国ではありません。
  来日した支那人は日本の企業と契約を結んだのです。日本企業は国策にそって軍需用品を製造するものですが、だからと言って日本国政府が支那人狩りをしたことにはなりません。

  その他、保護義務が日本国政府に生じるなど様々な理由を原告は提示していますが、いずれも根拠が薄く裁判所に採用されていません。

  日本国として支那人徴用に関わった事実もない上に、国家無答責の法理に関しては、当時は英米を含む世界各国で採用されていた法理であり、仮に何らかの責任を問われる日本国の行為があったとしても日本がこの法理によって責任を負わないのは相当です。
  行為当時の法によってのみ罰せられるのは文明国の前提であり、遡及処罰を認めることはできませんから。

ですから、あなたが

>強制連行の証拠も証人も証言も実行者の特定も出来ているのですよ。
>もうすでに強制連行は認知済みです。
>日本政府の関与については日本国内法(当時)の壁があるために請求が通らないと言うだけです。

と断言されているのはあなたのお考えに過ぎないのであって、これを真実のように言い募るのは単なるプロパガンダに過ぎません。
  「強制連行」が具体的にどういう行為であり、それに日本国が主体として関与したか、ということは何一つ論証されていませんし、判決においても事実認定されていません。

>こんなことさえ   知らない日本人は世界中の笑い者でしかないでしょう。

  あなたがこう断言する根拠となる文献、判例を示してください。そうすれば、また私のほうでも検討します。

仕事で忙しい中、A4換算で100ページを越える判決文を読んでいたので、返事が遅れました。

横>再度確認を、再々ど確認!

投稿者: doyasa_doyasa_2004 投稿日時: 2004/07/20 17:38 投稿番号: [5517 / 29399]
>なお、アジアの戦時賠償請求のあった4カ国の総額も当時の金額で300億ドルの支払いを要求され現在までに15億ドルほどしか返済しておりません。事も覚えておいて下さいね。


「アジアの戦時賠償請求のあった(支払い済みでない)4カ国」って具体的にどこの国ですか?

ビルマ、フィリピン、インドネシア、ベトナムの各国については賠償協定が締結され支払い済みですけど。


>ついでに日清戦争で清国から日本は当時の国家予算の6年分の戦時賠償金を得ています。


日清戦争の開戦時の日本の年間予算は、8千万円程度。(明治30年で1億円)

対して賠償金は2億両(約3億円)。

「国家予算の6年分」は、オーバーですよ。(笑)

序でに言えば、日清戦争の戦費は、2億3千万円。

そうか(笑)

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/07/20 12:41 投稿番号: [5516 / 29399]
>その前に   アナタは戦時賠償を請求したアジアの4カ国をご存知なのでしょうか?
>よく言われているように、この大戦はアジアの解放独立を助けたなどと、右翼系のアホはいいますが、戦時賠償を求めると言うことは、なんら独立解放などしていなかったと言うことでしょう。


【戦時賠償を求める】=【なんら独立解放などしていなかった】
と言える論理は全く理解できんが(藁
その論理でいけば賠償を求めなかった国は


〓インド編〓
  平成10年1月、インド国民軍(INA)から、インド解放の
ために戦い、インパール作戦で散華した日本帝国陸軍将兵に対し
て、感謝状が贈られた。

  感謝状は、インド国民軍全国在郷軍人会代表、S.S.ヤダバ
氏の署名が添えられ、次のように書かれている。

  われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するために共に
戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝
国陸軍将兵に対してもっとも深甚なる敬意を表します。

  インド国民は大義のため生命を捧げた勇敢な日本将兵に対す
る恩義を末代にいたるまでけっして忘れません。我々はこの勇
士たちの霊を慰め、御冥福をお祈り申し上げます。

               「日本の息吹」、H11.3


〓中共編〓

①両国は100年間は喧嘩したが、いまは共通の問題がある。過去、中国人民は日本の軍国主義に対抗してきたが、毛主席は常にこう言われた「過去のことは水に流そう」と。
  しかし、実際は、日本は中国(共産軍)を助けたことになっている。
  日本が攻め込んできたので、われわれを包囲していた蒋介石軍が後退した。当時のわれわれ八路軍の兵力は3個師団3万人のみだった。日本が蒋介石を重慶まで押し退けてくれたので、われわれは日本軍の後方で勢力を拡大した。8年後に3万人の兵力は120万人にまで増えたし、さらに数百万人の民兵組織までつくった。

  第二次大戦の後、米国は蒋介石軍400万を整備し、蒋介石はこれでわれわれを攻撃したが、われわれは120万の兵力をもって3年間で蒋介石軍を打ち破った。それゆえ、みなさんだけを責めるのは不公平と思う。

人民大会堂で行われた自衛隊OBとの会談にて
中国側の出席者は訒小平、廖承志、王暁雲、孫平化、金黎、単達析


②昭和三十九年、日本社会党の佐々水更三委員長らが訪中した時、佐々水氏が日本の中国侵略を謝罪したのに対して、毛主席は、「何も申し訳なく思うことはない。日本軍国主義は、中国に大きな利益をもたらした。中国人民に権力を奪取させてくれた。日本の皇軍なしには、われわれは、奪取することは出来なかった」旨、二時間四十分の会談で数回にわたってこのことにふれ、「日本の皇軍に感謝する」とまで語っている。
(「毛沢東思想万歳」下巻東京大学近代中国史研究会訳   昭五〇・三・三一   三一書房)(「毛沢東外交路線を語る」太田勝洪編訳   昭五〇・三・一五   現代評論社)



ということでよろしいですな。
(大笑い


そうそう
oityantyan=kinngyoya301
がバレちまいましたなぁ
(大爆笑


今夜に続く

>>>toitatoiさん

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/20 12:40 投稿番号: [5515 / 29399]
>今週の【新潮記事】の題名が、【歴史を覆す?】と言うようなものだったので、それなら、これらをなぜ無視するのか?と思ったのです。

前の投稿でも書きましたが、私には判りません。
ただ、無視した、というより、取り上げていない、だけだと思います。



>>私個人の見解は以前の投稿でも述べていますが、もう一度述べますと
  まず、母校で語ったという、志々目証言について
  1.本当にそういうこと(母校で講演)があったのか?

>これは、【戦いで百人斬り】と思っていた志々目少年には、【捕虜殺害であったと言う野田氏の講演】は、衝撃だったので、この部分を覚えていたそうです。

挙げていただいた内容については承知しています。
志々目氏自身が覚えていた、と言うことに関しては本人にしかわからないのですから、「そうですか」というしかありません。それが本当かどうかの証明は、一人だけに対して行われたものでなければこそ、本人以外の資料・証言からも補強できるはずです。内容を覚えてないにせよ、「野田少尉来たよ」くらい、他の人達からも出るでしょ。まあ、覚えてないのが普通ですから、「当時のことなど忘れた、またはわからない」のが本当の本当でしょうが。証明できないからこそ、説得力を持たないのです。

そもそも、この志々目証言(内容として据物斬り)とは、いったい、いつ公になったものでしょう。ご存知のように「中国」1971年12月号に掲載されています。1971年といえば、あの本多勝一氏が「中国の旅」というルポの中で戦後20年間誰も公に話題にしていなかった100人斬りを取り上げ、据物斬り、という考え方を示した年です。1970年までは据物斬り、などという考え方は公に出ていませんでした。この本多氏のルポを補強するような同じタイミングで出た上、翌年単行本化された「中国の旅」で注釈で引用されるなど、「ん?   都合よく出てきたな」、といわれても仕方ない状況で発表されたものです。
その後、その証言(講演があった)に対しての傍証もありません。


>>手紙についても、
  1.所詮は新聞の記事で手紙が来た、と言っているだけで、本当に手紙は存在しているのか?   現物は?   本当に本人が書いたものなのか?、など、疑問点が解消されていない。

>手紙は【個人宛】で氏名も公表されています。
>【虚偽】なら、その友人から異議の声があがったはずです。

あの〜。名前掲載するようなものなら、記事を出す前に、それに関する対応はしてるでしょ。普通。
今、旬の話題の「100人斬りの記事作るんで、名前貸してよ」とか。



>もしこれらが事実で無いなら【こんな念入りな嘘をついた野田少尉】にだまされた毎日や、本田氏が、なぜ名誉毀損に訴えられるのか、分かりません。

念入りですか?
日日の取材はずさんでしたよ。しかも記事を書いた日日の記者浅海氏も含め、捏造の臭いもぷんぷんする。
なぜ、訴えているのかは、裁判の原告側のHPを観て下さい。

http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/0010.htm


>>>それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。
どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?
1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。
1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。

>>私は、1972年当時の佐藤カメラマンの置かれている個人的な環境や状況は良くわかりませんが、今回の裁判では、傍聴した方によると佐藤氏は「戦後浅海氏には同じジャーナリストとして武士の情けで追及しなかったような心境」を語ったとのことです。

>そうですか。
だとしても、【野田氏達から聞いた話】を浅海記者は記事にした・・・と佐藤氏は証言しているわけですよね?

「これからやる」という話を聞いたのね。本当にやるかどうか、冗談かもしれない話をね。で、浅海氏は、すでに「やった」という風に捏造した。とても、「聞いたことを書いただけ」などというレベルではないですよ。「冗談かもしれない、やるかどうか判らない話」を聞いて、「彼らは今やっている」って書いたら、捏造でしょ?
聞いた話を材料にして「捏造しました」が正しくない?
佐藤氏は元となった材料を聞いただけ、ですよ。

横>再度確認を、再々ど確認!

投稿者: bochibochiikimahyoka 投稿日時: 2004/07/20 07:51 投稿番号: [5514 / 29399]
>日中国交正常化交渉において中国政府は日本の戦時賠償金を放棄しています。
>この戦時賠償金額は約56兆円であったとされていますが、請求されていたならば、


「たら」は北海道。(笑)

「復交三原則」や「日中共同声明」を読みなさい。

当時の中国にとっては、 戦争賠償よりも、「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府である」ことを承認してもらうことの方がより重要だったのよ。

だから中国自身が 戦争賠償よりも「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府である」ことを承認される方を選んだの。

あなたが中国人で、戦争賠償を貰えなかったことに文句があるのなら、中国政府に抗議しなさい。

> あなたの物語,,事実か?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/20 06:11 投稿番号: [5513 / 29399]
>日中国交正常化交渉において中国政府は日本の戦時賠償金を放棄しています。
この戦時賠償金額は約56兆円であったとされていますが、請求されていたならば、現在の日本の繁栄など無かったと思って下さい、なお、アジアの戦時賠償請求のあった4カ国の総額も当時の金額で300億ドルの支払いを要求され現在までに15億ドルほどしか返済しておりません。事も覚えておいて下さいね。

>んー?じゃ日本はアジア4カ国に債務不履行なわけ?
いつもそうなんだが
【あった派】は根拠・証拠がありませんね。
>根拠・証拠はないの?
或いは出せないような話なの?

その前に   アナタは戦時賠償を請求したアジアの4カ国をご存知なのでしょうか?

よく言われているように、この大戦はアジアの解放独立を助けたなどと、右翼系のアホはいいますが、戦時賠償を求めると言うことは、なんら独立解放などしていなかったと言うことでしょう。

債務不履行?、、言葉だけは知っているじゅあ^〜ないですか?

そんなことはありませんよ。

現在においても、支払つづけているじゃーありませんか?

有償、無償の経済援助などなど、、形を変えてね。
これはダレスの提案ですよ。
といっても知りませんでしょう。

ご存じないですか、、そうでしょうね!
訳もわからずに、いちゃもんをつけているだけでしょうからね。

ちっとは自分の頭で調べて、考えて   投稿しましょうね。

口先だけのツマラン男にならないためにもね。

toranekoさん、

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/07/20 00:12 投稿番号: [5512 / 29399]
>朝日の記事ねえ...
中身は何とか教授がああだこうだ言ってるってことで、これで事実と断定するところはものすごく飛躍してるね。



よく読んでね。
これは、【内務省の公文書】に記載された実態ですよ。






>>【いわゆる強制連行問題も含め、】

>「いわゆる」でしょ。
徴用を強制連行だと言い換えて拉致みたいに言い換える情報操作はやめましょうよ。


???
これは、日本政府が【強制連行】と言っているのです。



>>これらの条約等の当事国及びその国民との間では、個人の財産及び請求権の問題を含めて法的に解決済みである。

  >おまけに「法的に解決済みである」でしょ
  何自爆してんの?



しかし、裁判では、【解決済み】とは認められていないですね。

>>toitatoiさん

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/07/20 00:06 投稿番号: [5511 / 29399]
>>しかし、不思議な事に【野田少尉自身の行為・・・母校で語った詳細な百人斬りの模様や、故郷の友人への百人斬りに関する手紙や、戦友に作ってもらった百人斬りの歌】については【言及無し】ですね。なぜでしょうか?



>これは、新潮に対するご質問でしょうか?   それとも佐藤氏に対するご質問でしょうか?



今週の【新潮記事】の題名が、【歴史を覆す?】と言うようなものだったので、それなら、これらをなぜ無視するのか?と思ったのです。




>私個人の見解は以前の投稿でも述べていますが、もう一度述べますと
  まず、母校で語ったという、志々目証言について
  1.本当にそういうこと(母校で講演)があったのか?



これは、【戦いで百人斬り】と思っていた志々目少年には、【捕虜殺害であったと言う野田氏の講演】は、衝撃だったので、この部分を覚えていたそうです。↓


★   さて、小学生を前にしたN少尉は、・・・


  実際に突撃していって【白兵戦の中で斬ったのは四、五人しかいない…… 】


  占領した敵の塹壕にむかって『ニーライライ』とよびかけるとシナ兵はバカだから、ぞろぞろと出てこちらへやってくる。【それを並ばせておいて片っぱしから斬る…… 】


  百人斬りと評判になったけれども、本当はこうして斬ったものが殆んどだ……
  二人で競争したのだが、あとで何ともないかとよく聞かれるが、私は何ともない……」


  これを聞いて、私の頭には新聞写真で見たような敵の陣地が浮かんできた。腰を丸め手をあげてゾロゾロ出てくる中国兵……なぜ中国兵は逃げないのだろう?   反抗しないのだろう?   兵士がみんな馬鹿ということがあるだろうか。


  そのほかにも「中支戦線」や戦場生活の話を聞いた筈だが、忘れてしまっている。


「ニーライライというと、シナ兵はバカだからぞろぞろと出てくる……」という言葉は今でもはっきり覚えている。
・・・

  だが、白兵戦では斬らずに戦意を失って投降した敵を斬るという“勇士”の体験談は、私にはショックだった。



ひどいなあ、ずるいなあ。それ以上のことは幼い自分には分らなかった。これでいいのだろうか、そんな軍と軍人で果して“聖戦”が可能なのだろうか。。

・・・

志々目彰「日中戦争の追憶――“百人斬り競争”」(『中国』1971年12月号)


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/shijime.htm




>   手紙についても、
  1.所詮は新聞の記事で手紙が来た、と言っているだけで、本当に手紙は存在しているのか?   現物は?   本当に本人が書いたものなのか?、など、疑問点が解消されていない。


手紙は【個人宛】で氏名も公表されています。
【虚偽】なら、その友人から異議の声があがったはずです。





>>もし、【百人斬りは大嘘】であるが、英雄になりたくてこのような【行動】を行ったのなら、それこそ野田少尉の【自己責任】ではないですか?

>自己責任だから、「百人斬りは事実」という意味ではないですし、ウソを言ったから処刑までされても仕方ない、とは思いません。まともに裁判したら、証拠不十分で釈放でしょうから。


裁判の詳細は公表されていないので分かりませんが、

もしこれらが事実で無いなら【こんな念入りな嘘をついた野田少尉】にだまされた毎日や、本田氏が、なぜ名誉毀損に訴えられるのか、分かりません。






>>それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。
どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?
1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。
1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。

>私は、1972年当時の佐藤カメラマンの置かれている個人的な環境や状況は良くわかりませんが、今回の裁判では、傍聴した方によると佐藤氏は「戦後浅海氏には同じジャーナリストとして武士の情けで追及しなかったような心境」を語ったとのことです。



そうですか。
だとしても、【野田氏達から聞いた話】を浅海記者は記事にした・・・と佐藤氏は証言しているわけですよね?

あなたの物語

投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/07/19 23:57 投稿番号: [5510 / 29399]
以下のあなたの2つの物語の根拠・証拠を示してくださいな。


>上海から南京までの沿道に住む住民の虐殺はどうなんでしょうかね?


>日中国交正常化交渉において中国政府は日本の戦時賠償金を放棄しています。
この戦時賠償金額は約56兆円であったとされていますが、請求されていたならば、現在の日本の繁栄など無かったと思って下さい、なお、アジアの戦時賠償請求のあった4カ国の総額も当時の金額で300億ドルの支払いを要求され現在までに15億ドルほどしか返済しておりません。事も覚えておいて下さいね。

んー?じゃ日本はアジア4カ国に債務不履行なわけ?


いつもそうなんだが
【あった派】は根拠・証拠がありませんね。
根拠・証拠はないの?
或いは出せないような話なの?

>疑問、質問、大馬鹿モン

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/07/19 22:38 投稿番号: [5509 / 29399]
私も通りがかりです。


>1、中国残留孤児について

彼等を育てたのは、主に旧満州国民であり、支那人ではありません。


>2,餃子について

日本人居留民や日本軍と満州国民や日本占領下の支那人は仲が良かったのです。
支那軍と比べれば日本軍は遥かにマトモだったし、実際に支那民衆は日本軍より支那軍を憎んでいました。
――――――――――――――――――
一般住民に対して、徴発と略奪があまりしばしば行われたので、農民は日本軍(注1)よりも彼等自身の軍隊(注2)をさらに一層憎んだ。穀物を略奪されまいとして抵抗する農民を飢えた中国兵が殺したり、日本軍の進撃を免れるために逃亡兵が村民を殺し、その衣類を自分が着こんで変装するということも起こった(注3)。日本軍の進撃を鈍らせて鄭州の町を守るために、政府は1938年に黄河の堰を開いた。すると、黄河は1世紀近く前から打ち捨てられたままになっていた古い河道を再び流れた。「思い切った」決定であったが、このために、河南省東部の数十万の農民が命を失った。彼等は水に溺れ、或は飢えて死んだのである。

(注1)日本軍は食べ物が良かったので、中国兵ほどには盗みをする必要がなかった。

(注2)この表現が不適当であることはいうまでもない。彼等はこの軍隊を決して自分たちの軍隊とは考えなかった。日本軍の兵士も国民党の兵士も、外からやってきた同じ禍であるのに変わりはなかった。

(注3)例えば、1941年の春に、河南省と山西省の省境の山岳地帯で起こった。

〆   〆   〆

  軍隊の行動や戦争のやり方からだけでも、農民がどのような反応を示したかは想像に難くない。彼等は自らを守って生き延びようと努力したのである。彼等は国府軍の徴発する米に砂を混ぜ、白痴や片輪者を徴募兵として送り出し(注1)、敵軍がその必要とする軍用道路の工事に働く苦力に高い賃金を払うとなると、たちまち大挙して日本占領地帯に移住した。時には、彼等は隊を組んで国府軍の敗残兵を襲撃し、団結して徴募係の役人どもを虐殺した。河南省では、当局の無関心、無能力、穀物のトン積、さらには投機のために、1942年から43年にかけて起こった飢饉(注2)が大いに悪化したので、日本人が1944年にこの省に再び(注3)侵入した時、彼らにとっては事はことのほかに容易だった。彼らが前進してくるにつれて、農民は国民党の軍隊を襲撃し、武装解除し、時にはこれにリンチを加えたのである。

(注1)長々と述べるよりは、農民層の徴兵に対する態度を一層よく説明するような挿話をもう1つ紹介しよう。これは外敵の侵略による農民ナショナリズムの誕生を分析しようとする場合に、無視できないような生の事実の1つである。河南省の鞏県に住む或る貧農の夫婦は炭鉱の坑夫をしている1人息子の賃銀のおかげで漸く暮らしていた。年の頃は40歳前後のこの夫婦に突然2人目の息子ができたときに、徴募係の役人どもがやって来て、長男は軍隊に入らなければならないと夫婦に告げた。法規によれば、1軒の家で息子1人だけが徴兵を免除されることになっているからというのである。妻はもしその息子がいなくなれば、自分たちは飢え死にすると説明して、嘆願した。だが土地の役人たちは耳を傾けようとしなかった。すると、彼女は家に帰って、赤ん坊を地べたに続けざまに打ちつけて死なせてしまった。

(注2)未確認の数字であるが、この飢饉のために凡そ200万の死者を出したといわれる。

(注3)戦争の初期に、彼等は1度ここを占領したことがある。

『中国革命の起源   1915−1945』ルシアン・ビアンコ著
―――――――――――――――――――

私はうけ合ってもいい、抗戦八年のあいだにこうしてふみにじられた同胞、いわゆる壮丁から弱丁になり、弱丁から病丁になり、病丁から死丁になって行った同胞の数は、戦死したもの、日本軍に殺されたものにくらべて、最低百倍は超えているに違いない。
『抗日戦回想録』郭沫若自伝
―――――――――――――――――――


>3、731部隊について

関東軍の防疫給水部です。
もともと支那では生水が危険だった上に支那軍が細菌を使用したので、その対策を研究しました。
また、支那軍が細菌や毒ガスを使用したために、それを抑止するための兵器開発は必要でした。


>4、百人斬りについて

#5474〜#5477を読んでください。

>再度確認を、再々ど確認!

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/07/19 21:55 投稿番号: [5508 / 29399]
>もう一つ、東京裁判での判決で「南京大虐殺」が認められたと云ってもあれは醜い「復讐裁判」であり正当化されるものではありません。
  また、これを根拠に「南京大虐殺」を認めることは正攻法ではありません。

復讐裁判といわれますその根拠についても”あやふや?”ではないのはありませんか?
常識で考えて、そもそも「戦争裁判」において勝利者側と敗者側とに   お互い納得が出来る判決など出ることを期待することこそ   理不尽な期待ではないのでしょうか?
もし、その様な双方が納得出来得る「戦争裁判判決が存在」するものでしょうかね?
それを人は奇跡というのではありませんか?
発想そのものが貧弱な人ほど   東京裁判を否定したがるようです。
仮に日本側が勝利者となった場合を想定し、裁判を行った場合果たして、公平な裁判を行えたでしょうか?
東京裁判と比較してどちらが公平な裁判を行うことが出来たでしょうかね?
軍事独裁国家の帝国日本の裁判が、、、
公明正大に国際世論に耐えうる判決を示すことができましたでしょうか?
世界42カ国を相手に戦争していたのですよ。

「南京虐殺事件」についても南京陥落後の日本軍の残虐行為に関して30万人だとか   そんなに南京には人口はなかった?など   本質を離れた議論ばかりで、何故、上海戦から急遽500km先の南京までわずか1ヶ月ほどで計画も食料の準備も無く7〜8万の兵隊が侵攻したのか?

についてはあまり語られませんが、、
いかがなのでしょうか?
この延長線上に南京の虐殺事件があるのですがね。
又、上海から南京までの沿道に住む住民の虐殺はどうなんでしょうかね?

>戦後、私達は日本人の言うことより外国人の言うことの方が正しいなんて思い込んでいませんか?
  日本人の言うことより韓国政府、韓国人の言うことが正しいと思い込んでいませんか?

馬鹿を言っちゃいけませんよ。
日本国民であるならば、文部省の選定教科書で歴史の勉強をしていますよ。
もっとも   韓国人や中国人が著作した教科書であったか   ?は分かりませんがね。(笑)
ほとんどが日本人が書いた歴史書を読んでいますよ、
韓国、中国の歴史書を読もうと思えば図書館へ行くしかないでしょうね。

あなたは外国の文献で日本の歴史を勉強されましたのでしょうか?
お答えくださいね。

>それから「南京大虐殺」についても同様です。
当時、日本と交戦していた当事国政府は中華民国政府であり、現中共は中華民国政府に対するテロ組織であったわけです

この記述は「南京大虐殺事件」の存在を認めた上で、請求する組織が違うと書いているのでしょうね。
そうだとすれば、日本人だけの問題でしょう、事実は認めなければならないと思いますよ。

日中国交正常化交渉において中国政府は日本の戦時賠償金を放棄しています。
この戦時賠償金額は約56兆円であったとされていますが、請求されていたならば、現在の日本の繁栄など無かったと思って下さい、なお、アジアの戦時賠償請求のあった4カ国の総額も当時の金額で300億ドルの支払いを要求され現在までに15億ドルほどしか返済しておりません。事も
覚えておいて下さいね。

ついでに日清戦争で清国から日本は当時の国家予算の6年分の戦時賠償金を得ています。
これで日本帝国は「戦争は儲かるビジネスだ」と思ったらしい(政治家も軍人も、商社も)これを資本に富国強兵に励んだのです   と思いますね。

長々と   すみませんでした。
お気を悪くしないで下さいね!!

事実だけをのべますが

投稿者: mituru171819 投稿日時: 2004/07/19 21:08 投稿番号: [5507 / 29399]
現在日本の中学校の歴史には従軍慰安婦・強制連行が事実として教科書にかかれています。日本の文部省の検定を受けた教科書ですね。
村山総理大臣が韓国で日本の総理大臣として過去の過ちについて謝罪を行っています。
南京虐殺については日本では20万人といっていますが東京裁判の連合国の裁判記録では2万5千人と記録され日本政府は戦後一度も否定していませんね。
なにが正しいか私には分かりませんが今現在の事実は以上のことです。

みんな知ってる?

投稿者: wamononingen04 投稿日時: 2004/07/19 19:14 投稿番号: [5506 / 29399]
今でも中国の教師の中には、日本は公式に謝罪したことは一度も無い!
ってなことを生徒に教えている奴がいるんだよ!!

再度確認を

投稿者: htfgs719 投稿日時: 2004/07/19 17:28 投稿番号: [5505 / 29399]
腑に落ちないことだらけなので書き込みました。

戦後、私達は日本人の言うことより外国人の言うことの方が正しいなんて思い込んでいませんか?

  日本人の言うことより韓国政府、韓国人の言うことが正しいと思い込んでいませんか?
  今年3月、韓国で「親日反民族特別法」が成立したのをご存知ですか?
  これは日本統治時代の対日協力者糾弾法です。
  韓国政府による言論弾圧にも繋がる法で、従軍慰安婦問題について否定的な意見など期待できない。
  まして韓国人は(アメリカで認知された)火病などという独特の国民的精神病を持っている。
  こうした国の意見のみを聞いて旧日本軍人の意見を聞かない状況が続いていること自体おかしいと思います。

  それから「南京大虐殺」についても同様です。
  当時、日本と交戦していた当事国政府は中華民国政府であり、現中共は中華民国政府に対するテロ組織であったわけです。
  そんなテロ組織だったところの抗議をいちいち受け入れていたのでは埒があきません。

  ところで、昨年「南京大虐殺」に関する新証拠が中華民国から出たのをご存知でしょうか。

  「南京大虐殺覆す新事実」
  http://www.asyura.com/2003/bd24/msg/699.html

  これによると、
  これまで「南京大虐殺」の証拠とされてきた英国の新聞記者の著書、H・ティンパーリーの『戦争とは何か』が中国国民党の宣伝書籍だったことを示す極秘文書が台湾で発見されました。
  台湾の調査で、1943年に発行された『中央党部職員録』も見つかり、その中の「対敵宣伝委員会」のメンバーに、H・ティンパーリーと対外宣伝について協議した曽虚白がいることが確かめられました。
  また、国民党中央党史史料編纂(へんさん)委員会の所蔵史料から、『戦争とは何か』の中国語版に掲載されている写真と同じ写真が見つかりました。
 
  即ち、偽の中共側証拠が今まで正道を歩いてきたことになるわけです。

  そうなると、今まで「南京大虐殺」に疑問を呈してきた多くの旧軍人達の意見を再検討しなければならなくなるわけですが、

  「南京大虐殺の徹底検証」
  http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/7154/13-2.html

  「アジアと日本の大東亜戦争」
  http://www.kokusairinri.org/database/27.html

  などに目を向け直す必要があるはずです。
  こうした動きに中共はいつも敏感に反応しますが、当事者でなかった者がどうして敏感に反応するのか不思議ではありませんか?
 
  もう一つ、東京裁判での判決で「南京大虐殺」が認められたと云ってもあれは醜い「復讐裁判」であり正当化されるものではありません。
  また、これを根拠に「南京大虐殺」を認めることは正攻法ではありません。

>はあ?、、こちらがへぇー?呆れる

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/07/19 06:30 投稿番号: [5504 / 29399]
>自爆!   裁判は証拠による事実認定によって法規に事実を当てはめて結論を得る過程なんだが。
  「証拠がなければその事実はなかった」という近代の裁判の一大原則を無視して「証拠がなくてもとにかく強制連行はあった」と主張するあなたは、中世の魔女裁判でもやってなさい。

強制連行の証拠も証人も証言も実行者の特定も出来ているのですよ。

しかし、日本政府の関与については日本国内法(当時)の壁があるために請求が通らないと言うだけです。
唯、それだけの事です。
低脳なあなた方の様な人達はこれを良いことに、強制連行   強制労働はなかったという   が   その職場となった地方の事業所辺りには今もその目撃者(日本人)も多いのです。

もうすでに強制連行は認知済みです。
無恥な者が騒いでいるだけの様ですね。

こんなことさえ   知らない日本人は世界中の笑い者でしかないでしょう。

>はあ?、、こちらがへぇー?

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/19 01:41 投稿番号: [5503 / 29399]
なんだ、結局「強制連行」問題も戦後処理も裁判の基礎も、あんた何も知らないで騒いでるだけなんだ。

あーあ、相手して時間の損した。
もう消えていいよ、あんた。

>国民徴用と強制連行を混同するとは、ネツゾウ屋一家のやりそうなことです。

国民徴用はあったけど「強制連行」はなかったからね。この区別もつかないようじゃお話にならない。

>公務員の不法行為については

だから、この被告西松建設の訴訟の中で
「公務員の不法行為」を事実認定している部分を挙げてみな、って言ってんだが。まあ、めでたく引用できても既判力はないけどな。

>強制連行による強制労働と位置づけられた

  だから、この西松の訴訟で裁判所が判決理由でそのように事実認定しているところを挙げてみな。

>証拠がないからとあったことまで無かったことにすることには無理があるのよ。

  自爆!   裁判は証拠による事実認定によって法規に事実を当てはめて結論を得る過程なんだが。
  「証拠がなければその事実はなかった」という近代の裁判の一大原則を無視して「証拠がなくてもとにかく強制連行はあった」と主張するあなたは、中世の魔女裁判でもやってなさい。

>馬鹿だね   こんな事まで解説がなきゃ〜
>理解できないかい?

で、結局解説できず、おまけに法や裁判に関する基礎的認識もなく、「強制連行」があったという新興宗教にのせられて騒いでるだけの恥ずかしい人が   あ   な   た

>判決文でも読んで   理解を深めてみようね!

  あんたのメロメロの書き込みみてるとあんたは判決読んでないのは明らかだがね。

>無理か?    素養に問題があるのじゃ〜ね!

突っ込まれて苦しくなって罵倒に逃げこむのは世の常だ。あまり気にしなくていいぞ。

在日の秘密をあばいたと言うことだ。

投稿者: asahinaruto 投稿日時: 2004/07/19 00:14 投稿番号: [5502 / 29399]
●<水野直樹京大教授>
昨年12月「創氏改名」の資料が釜山で見つかったと発表した。しかしこの行政資料は住民に「氏を届け出るよう督励する内容であった」。
これを水野は強制的屆け出させたと発表した。両班以外の朝鮮人は姓がなかった。だから姓を作り戸籍をつくる。


<水野直樹京大教授>在日の恥をまたもや暴きよったということだ!(爆笑
在日にとっては恥さらされ大迷惑じゃないのか(大爆笑
つまり在日には元々姓がなかった、朝鮮李朝では姓がない者は白丁奴隷インガペチョン(人間白丁)だよ。

在日は半島では今でもインガペチョンと蔑まれている。

そう言う半島人のほとんども日本に解放されて大きな顔をしているが元々インガペチョンで今では捏造族譜を作り持っている。
しかし在日はインガペチョン差別と貧困を逃れ新天地を日本に求めてきたのだ。しかし!
半島を捨て
半島を見限り
敵前逃亡し
民族に反逆して
日本に逃れてきたから等にはそれ(インガペチョン)を否定する証がないのだ。

つまり在日の存在が「反論し否定できない被差別人インガペチョン」の証と言うことだよ。

ヌカ喜びは今だけ

投稿者: vvp_lan_do 投稿日時: 2004/07/18 23:18 投稿番号: [5501 / 29399]
<西松建設の朝日新聞引用>
記事では強制連行の文字使用しているが
訴状の内容不明。

民民の契約。どういう契約内容なのか不明。この中国人は契約書を持っていたのか。どうも弁護士に金儲けが出来るとそそのかされてごねてるように見えるが。ただし国の関与はない。

<近藤昭一議員への答弁書>
一から五の質問内容不明。
一から四は「いわゆる朝鮮人〜」と記載
五のみ「いわゆる強制連行〜」と記載。
質問に則しての答弁か。
使用したといって強制連行を認めた事にはならない。

<水野直樹京大教授>
昨年12月「創氏改名」の資料が釜山で見つかったと発表した。しかしこの行政資料は住民に「氏を届け出るよう督励する内容であった」。
これを水野は強制的屆け出させたと発表した。両班以外の朝鮮人は姓がなかった。だから姓を作り戸籍をつくる。
日本もそうした。因に法律は昭和15年頃の話だ。

このオヤジは手柄を上げるため必死のようだ。京大の教授の質を下げてる。
このような性質のオヤジが強制連行を
広めたと推測出来る。

連行された人々

投稿者: def2247 投稿日時: 2004/07/18 23:09 投稿番号: [5500 / 29399]
http://www.k-girl.jp/

はあ?、、こちらがへぇー?

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/18 22:42 投稿番号: [5499 / 29399]
強制連行と言う問題さえ分かっていないのでしょうね。

国民徴用と強制連行を混同するとは、ネツゾウ屋一家のやりそうなことです。

公務員の不法行為については「国家無答責」という日本国公務員には有難い条文もあり、又、公訴期限   徐訴期限の問題もあって日本政府は逃げまくりました、と言うことだよ。
この度の高裁判決では公訴期限の到来により排斥することは許されないと明言され、強制連行による強制労働と位置づけられたのでしょうね。

証拠がないからとあったことまで無かったことにすることには無理があるのよ。

>中身解説してみてよ

馬鹿だね   こんな事まで解説がなきゃ〜
理解できないかい?

判決文でも読んで   理解を深めてみようね!
少しはお利口さんに   なれるかも?

無理か?    素養に問題があるのじゃ〜ね!

>>ソースを出して>nukabosi アホ

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/18 21:29 投稿番号: [5498 / 29399]
朝日の記事ねえ...
しかもURLなし。
アーカイブとかないの?
中身は何とか教授がああだこうだ言ってるってことで、これで事実と断定するところはものすごく飛躍してるね。

相変わらず日本国民に対する徴用を「強制連行」と強弁する方々も多いし。

>【いわゆる強制連行問題も含め、】

「いわゆる」でしょ。
徴用を強制連行だと言い換えて拉致みたいに言い換える情報操作はやめましょうよ。

>これらの条約等の当事国及びその国民との間では、個人の財産及び請求権の問題を含めて法的に解決済みである。

  おまけに「法的に解決済みである」でしょ
  何自爆してんの?

はあ?

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/18 21:23 投稿番号: [5497 / 29399]
>西松組が中国大陸へ行って、労働者をかき集めたとでも言うのかい?

被告は西松建設でしょ。

中身解説してみてよ。

オフトピですが

投稿者: yko_fotou 投稿日時: 2004/07/18 17:17 投稿番号: [5496 / 29399]
私は公教育で、
「日本は第二次世界大戦では、毒ガスを使ってない」
と教えられ、それを信じていました。

しかし、日本国内で当時の毒ガスが出てきてるだけでなく、
中国内でも毒ガスを使った砲弾が出てきています。

歴史が、為政者によって都合よく解釈されないように、本トピの客観的事実も
日本・中国・朝鮮の三国共通史実を確立すべき時期かと思います。

>ソースを出して>nukabosi アホ

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/07/18 11:14 投稿番号: [5495 / 29399]
アホはどっちだ!!
トラネコくん。




【強制連行は国策】によって行われ、当時の内務省も、実態を調査していた。

(日本政府は戦後これらの関係資料を焼却したが、残って居るものは未公開だと言う)↓




02/28 02:59 朝: ◇朝鮮人動員で人質拉致示す政府内文書/強制的連行裏付け◇

朝日新聞ニュース速報

  アジア・太平洋戦争末期に、植民地だった朝鮮半島から日本へ動員された朝鮮人に対して、拉致同然の強制的な連行が繰り返されていたことを示す旧内務省の公文書が、外務省外交史料館から発見さ

れた。「強制連行」についてはこれまで、被害者の証言が中心で、その実態が公式に裏付けられたのは初めてとみられている。

  水野直樹・京都大助教授が発見、整理した。二十八日、「朝鮮人強制連行真相調査団」が主催して千葉市で開かれるシンポジウムで発表される。

  問題の文書は、内務省嘱託職員が朝鮮半島内の食料や労務の供出状況について調査を命じられ、一九四四年七月三十一日付で内務省管理局長に報告した「復命書」。   その中で、動員された朝鮮人の家庭について「実に惨憺(さんたん)目に余るものがあるといっても過言ではない」と述べ、動員の

方法に関しては、事前に知らせることによる逃亡を防ぐため、「夜襲、誘出、その他各種の方策を講じて人質的掠奪(りゃくだつ)拉致の事例が多くなる」と分析。朝鮮人の民情に悪影響を及ぼし、家

計収入がなくなる家が続出した、などの実情を訴えている。   また、留守家族の様子について、突然の死因不明の死亡電報などが来て「家庭に対して言う言葉を知らないほど気の毒な状態」と記

している。

  水野助教授によると、戦前の内務省文書の大半は、自治省の倉庫にあると言われ、植民地に関する文書も含まれているとみられるが、いまだに公表されていないという。「植民地の実態を明らかにするためにも内務省文書の公開を急ぐべきではないか」と指摘する。

今回、水野助教授らが集めた史料を東京都内の出版社が復刻出版しようとしている。だが、外交史料館は「外務省に著作権がある」と不許可を通告した。[1998-02-28-02:59]




★日本政府も【強制連行を認めている】↓

五について

・・・政府としては、

【いわゆる強制連行問題も含め、】


先の大戦に係る賠償並びに財産及び請求権の問題については、日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)、二国間の平和条約その他関連する条約等に従って誠実に対応してきているところであって、

これらの条約等の当事国及びその国民との間では、個人の財産及び請求権の問題を含めて法的に解決済みである。


http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b155019.htm

>>>ソースを出して>nukabosi アホ

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/18 10:47 投稿番号: [5494 / 29399]
>あんたねえ...確か「日本の」強制連行があったって言ってたけど。
  これは西松組っていう企業でしょ。
  日本が政策として強制連行したかのようにいうのは止めてくれない?


意味も分からず   大口たたくなよ。

中身を知らないのだろうね!

西松組が中国大陸へ行って、労働者をかき集めたとでも言うのかい?

馬鹿そのものじゃないの!

>>>ソースを出して>nukabosi アホ

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/18 10:08 投稿番号: [5493 / 29399]
>西松建設(本社・東京都、当時西松組)に対し、総額2750万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決

あんたねえ...確か「日本の」強制連行があったって言ってたけど。
  これは西松組っていう企業でしょ。
  日本が政策として強制連行したかのようにいうのは止めてくれない?

  まるで軍隊に付きまとう女郎屋に金がなくて娘を売った朝鮮人が「日本による従軍慰安婦」だって騒いでんのと同じだね。

  あんたの理屈では日本のイカレタ奴が子供を誘拐したら、「日本の強制連行」だって言って日本政府に謝罪と賠償を求めることができるわけね。
  ついていけんな。

>>>ソースを出して>nukabosi

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/18 10:03 投稿番号: [5492 / 29399]
>裁判によって決定されたということは事実認定されたと言うことだよ。

>それにより法律効果が生じるのだよ。

何いっってんの?あんた。
判決の拘束力(既判力)はどの部分に生じるかご存じないようだね。
判決主文だけだよ。
要件事実の認定で法律効果が生じるのは当たり前でしょ。だが、事実認定に拘束力がないことは常識。

  それを「判決」で「事実上」認定されたとさも大事のように書いてるから突っ込まれるんでしょうが。

  それからもう一回いうが、判決に引用では裁判所、判決年月日ぐらい書け。
  新聞で読んでてこれこれこういう判決があったなんていって、「新聞よめ」なんていうのはアホな素人の言うこと。
  判決のうちのごく一部を紹介する新聞記事だけよんで判決を全て分った気になるなってことだよ。

>これくらいは
>アホでも理解できるだろ。

あんたもほんっとに理解があまいアホだな。

>>ソースを出して>nukabosi アホ

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/18 09:00 投稿番号: [5491 / 29399]
ナット検索すればソンジョ   そこいらに
山ほど出ているよ。

ネット検索も十二分に出来ないか?

home > 社会
 
強制連行、西松建設に賠償命じる逆転判決   広島高裁
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西松建設訴訟の控訴審判決で勝訴し喜ぶ原告の支援者たち=9日午後、広島高裁前で


  太平洋戦争中に強制連行され、広島県加計町の水力発電所建設現場で過酷な労働を強いられたとして、中国人の元労働者2人と遺族3人が工事を請け負った西松建設(本社・東京都、当時西松組)に対し、総額2750万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が9日、広島高裁であった。鈴木敏之(さとし)裁判長は強制連行・強制労働を認めた上で、「時効の適用は著しく正義に反する」と述べ、一審判決を取り消し、西松建設に請求全額の支払いを命じる逆転判決を言い渡した。

  西松建設は同日、判決を不服として上告した

朝日新聞   引用

>>ソースを出して>nukabosi

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/18 08:53 投稿番号: [5490 / 29399]
>無恥そのものだね
>高裁   地裁判決で強制連行は事実認められている。
>大笑い。無知はあなた。
判決とは法律判断を示すもの。そこで「事実上」認められたとはどういうことか説明して下さいな

ホンの一週間前に福岡地裁判決出だされた強制連行判決を高裁は逆転し原告勝訴判決を出したこともご存じないとは?

果たして新聞、ニュースをも見ない、口だけの天ぷら野郎なのでしょうかね?

新聞を読んでいる   ニュースを見ている人は   ほとんどが知っているニュースですよ。
改めて   中身を申し上げることもありません。
幼稚園児以下に説明しても理解できないでしょうから   省きます。

ネットだけの検索で自己の都合の良い部分だけを引用し、さも   当然とするような低俗な人間が「判決とは法律判断を示すモノ」だと   当たり前ノコとじゃにか。

馬鹿そのものですね!

裁判所は法律の勉強を復習しているのではありませんよ。


裁判によって決定されたということは事実認定されたと言うことだよ。

それにより法律効果が生じるのだよ。

何もないモノをどのように認定し判決を下すのか?、、、事実があるから判決もくだせるのだよ。

これくらいは
アホでも理解できるだろ。

もっと頭を鍛えたら---oityan

投稿者: vvp_lan_do 投稿日時: 2004/07/18 00:30 投稿番号: [5489 / 29399]
見出しだけの記憶・知識ではやり取りが成立しない。もっと内容を書けるようになりな。
知識をどんな媒体から得たのか -- ->活字ではなさそうだ。

先日の判決後、被告側は具体的に反論し上告した。
この裁判は暗黒裁判だった。
何せ60年前の戦時下の安全基準を現代の基準で裁くとは何たる裁判官だ。

>>ソースを出して>nukabosi

投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2004/07/18 00:15 投稿番号: [5488 / 29399]
>無恥そのものだね

>高裁   地裁判決で強制連行は事実認められている。

大笑い。無知はあなた。
判決とは法律判断を示すもの。そこで「事実上」認められたとはどういうことか説明して下さいな。

それから判例を指摘するときは、例えば
最三小判平成●年●月●日(民集●巻●号●頁))と指摘するのが常識。
  これは最高裁判所第三小法廷判決平成●年●月●日で最高裁民事判例集●巻●号●頁に記載されているという意味。
  ここまで出来なくても、少なくても大阪高裁、最高裁など判決裁判所と判決年月日は指摘しないと検索もできない。

  判決があるというから、ソースを出せと言われて、判決年月日も指摘できないということは、答えは唯一つ。
  あなたが強制連行の事実を認めた判例を知らないくせに判例があると嘘をついていると言うこと。

> 過日の高裁判決も知らないのでしょうかね?

  せめてこれだけでも指摘してみ。判例年月日だけでいいからさ。できるならね。

>どこか   よそで話相手を見つけてね。

  お話にならないのはあなたの方ですよ。

>>↓さらに続き

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 23:52 投稿番号: [5487 / 29399]
>>浅海記者は、100人斬りの現場を目撃して記事を書いたわけではない。

>はい、そうですね。
>しかし、今回証言した【佐藤カメラマン】も、目撃していません。
>しかし、【記事は嘘っぱち】と断言している、おかしいですね。
>これは【予測に基づいて】嘘っぱちと証言しているわけですね。

新潮にも書いてありますが、「佐藤氏が両少尉に会った時点では、まだ競争は始まっていない。しかし第1報ではすでに何十人も斬ったことになっているのである。」
傍聴した方からの情報でも「浅海氏に呼ばれて常州城門で写真撮影した時に浅海氏と両少尉の間でのこれから百人斬りを始めるとの会話を聞いた」ということで、第1報で(取材ではこれから始めるって言っていたはずなのに)すでに斬っているという記事になっていることで、
新潮にも書いてある「”あいつ、ホラ話、書きやがったな”」と判ったとのことです。


>>後に野田少尉の遺品の中から、当時浅海記者との取材のやり取りを詳細に記録した手記が発見されている。それを読む限りでは、野田少尉が持参していた刀で何人斬れるか、といった雑談から、浅海記者のアイディアで、100人斬りの武勇伝が生まれた様子がうかがえる。・・・

>この【手記】はいつ書かれたものでしょう?
>私の記憶では【戦犯に問われてから】のものだと思いますが。

そうですね。それが何か?


>>南京事件に詳しい評論家の小堀桂一郎氏はいう。
  「南京戦は近代戦で、銃撃戦ですから刀を振るって100人も斬るなんてことはありえない。

>・・(ドラ・・野田少尉自身が母校で捕虜殺害であったと証言している)

さっきの投稿でも触れましたが、この志々目証言についてはホントかウソか断定は出来ないですから、記事のみの記載での発言ではないでしょうか。


>>戦後まもなくB、C級戦犯を裁く目的で2人は米軍によって取調べを受けていますが、米軍だって近代戦とわかっているから、事情を聞いてすぐ釈放したのです」

>いいえ、【BC級戦犯】は、【戦地】で裁かれました。
>ですから、【中国へ】送られ、判決を受けたのです。

私には、判りません。

>toitatoiさん

投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/17 23:08 投稿番号: [5486 / 29399]
dorawasabi5000さん。お久しぶりです。

>しかし、不思議な事に【野田少尉自身の行為・・・母校で語った詳細な百人斬りの模様や、故郷の友人への百人斬りに関する手紙や、戦友に作ってもらった百人斬りの歌】については【言及無し】ですね。なぜでしょうか?
これらは、野田自身が自ら【百人斬りは事実である】と言う事を補強する行為ではありませんか?


これは、新潮に対するご質問でしょうか?   それとも佐藤氏に対するご質問でしょうか?
もし、新潮に対するものでしたら、私には判りかねます。
佐藤氏に対するということであれば、佐藤氏には関わりの無いことなので当然言及はなくて当然でしょう。

私個人の見解は以前の投稿でも述べていますが、もう一度述べますと
  まず、母校で語ったという、志々目証言について
  1.本当にそういうこと(母校で講演)があったのか?疑いを抱く理由として、志々目氏以外からの情報は無し、小学校時代の講演内容をそこまで細かく覚えているものなのか?、ということ。
  2.仮にそのような講演があったとしても、「100人斬りは事実である」という証明にはなっていない。名誉なことなのでそれに乗っかって、捏造またはホラ話を再度補強して述べていると言うことだけに過ぎない、とも言える。
  手紙についても、
  1.所詮は新聞の記事で手紙が来た、と言っているだけで、本当に手紙は存在しているのか?   現物は?   本当に本人が書いたものなのか?、など、疑問点が解消されていない。
  2.仮にそのような手紙が存在し本人が間違いなく書いた手紙であったとしても、「100人斬りは事実である」という証明にはなっていない。名誉なことなのでそれに乗っかって、捏造またはホラ話を再度補強して述べていると言うことだけに過ぎない、とも言える。


>もし、【百人斬りは大嘘】であるが、英雄になりたくてこのような【行動】を行ったのなら、それこそ野田少尉の【自己責任】ではないですか?

自己責任だから、「百人斬りは事実」という意味ではないですし、ウソを言ったから処刑までされても仕方ない、とは思いません。まともに裁判したら、証拠不十分で釈放でしょうから。

>それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。
どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?
1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。
1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。

私は、1972年当時の佐藤カメラマンの置かれている個人的な環境や状況は良くわかりませんが、今回の裁判では、傍聴した方によると佐藤氏は「戦後浅海氏には同じジャーナリストとして武士の情けで追及しなかったような心境」を語ったとのことです。

>ソースを出して>nukabosi

投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/07/17 22:30 投稿番号: [5485 / 29399]
>・国連(人権委員会など)
>・裁判所
>・歴史研究者
>などからいずれも認められています。

>ソースを出して下さい。

無恥そのものだね

高裁   地裁判決で強制連行は事実認められている。
過日の高裁判決も知らないのでしょうかね?

どこか   よそで話相手を見つけてね。

疑問、質問、大馬鹿モン

投稿者: ogawa520002000 投稿日時: 2004/07/17 19:37 投稿番号: [5484 / 29399]
お邪魔します。通りがかりの馬鹿モンです。
日中戦争に関して昔から疑問に思っていることが幾つか有ります。知っている方がいらっしゃったら、是非御教授願います。
かなり馬鹿げた質問なのでスルーして下さっても構いません。

1、中国残留孤児について
  なぜ中国の人達は彼らを自分の子供として育てたのでしょうか。
南京大虐殺、三光作戦、731部隊、百人斬り等の悪行を働いた日本兵への怨みが有ったのであれば彼らは殺されるか奴隷か家畜のようにこき使われる運命だったと思うのですが。

2,餃子について
  中国では貧乏人の料理とされる餃子が何故戦後爆発的に日本で広がったのでしょうか。
旧日本兵帰国した際持ち帰ったと聞いておりますが、だとしたら彼らは誰から御馳走になり、だれから作り方を教えて貰ったのでしょうか。
ちなみに、戦前には餃子を含む中華料理全般は庶民の食べ物では無かったと聞いておりますが。

3、731部隊について
  彼らは最新鋭の毒ガス、細菌兵器を開発していたとされますが、何故敵地の真っ只中でそんな研究をしていたのでしょうか。
普通、秘密兵器の研究は情報の漏洩並びに奪取を警戒し、国内で行うものだと思いますが。

4、百人斬りについて
  二人の少尉が百人斬りを競い、それが英雄的な行為であると報じられたそうですが、二人の少尉はその功績によって昇進したのでしょうか。
戦時において勇ましい行為をし、英雄となったのであれば昇進は当然だとおもいますが。

  他にも知りたいことはいろいろ有りますが
とりあえず、以上の質問にお答え下さる方が居られましたらぜひ御教授願います。

>↓さらに続き

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/07/17 18:36 投稿番号: [5483 / 29399]
>浅海記者は、100人斬りの現場を目撃して記事を書いたわけではない。


はい、そうですね。

しかし、今回証言した【佐藤カメラマン】も、目撃していません。


しかし、【記事は嘘っぱち】と断言している、おかしいですね。

これは【予測に基づいて】嘘っぱちと証言しているわけですね。




>後に野田少尉の遺品の中から、当時浅海記者との取材のやり取りを詳細に記録した手記が発見されている。それを読む限りでは、野田少尉が持参していた刀で何人斬れるか、といった雑談から、浅海記者のアイディアで、100人斬りの武勇伝が生まれた様子がうかがえる。・・・



この【手記】はいつ書かれたものでしょう?

私の記憶では【戦犯に問われてから】のものだと思いますが。



>さらに、向井少尉は南京で裁判を受ける前に、東京でも取調べを受けているが、この時には釈放されている。


  南京事件に詳しい評論家の小堀桂一郎氏はいう。
  「南京戦は近代戦で、銃撃戦ですから刀を振るって100人も斬るなんてことはありえない。

・・(ドラ・・野田少尉自身が母校で捕虜殺害であったと証言している)



>戦後まもなくB、C級戦犯を裁く目的で2人は米軍によって取調べを受けていますが、米軍だって近代戦とわかっているから、事情を聞いてすぐ釈放したのです」



いいえ、【BC級戦犯】は、【戦地】で裁かれました。

ですから、【中国へ】送られ、判決を受けたのです。

ソースを出して>nukabosi

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2004/07/17 18:15 投稿番号: [5482 / 29399]
>・国連(人権委員会など)
>・裁判所
>・歴史研究者
>などからいずれも認められています。


ソースを出して下さい。

toitatoiさん

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/07/17 18:09 投稿番号: [5481 / 29399]
レスが遅れました。

私も【新潮】読んだのですが、疑問があります。

つまり今回の記事は【百人斬りは嘘っぱち】であると、当時のカメラマンの【佐藤氏】が証言したと言うものですね。



しかし、不思議な事に【野田少尉自身の行為・・・母校で語った詳細な百人斬りの模様や、故郷の友人への百人斬りに関する手紙や、戦友に作ってもらった百人斬りの歌】については【言及無し】ですね。


なぜでしょうか?
これらは、野田自身が自ら【百人斬りは事実である】と言う事を補強する行為ではありませんか?


もし、【百人斬りは大嘘】であるが、英雄になりたくてこのような【行動】を行ったのなら、それこそ野田少尉の【自己責任】ではないですか?



それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。


どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?



1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。

1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。





★【佐藤カメラマンの証言】【今回の】新潮記事から↓



問題の東京日日新聞に掲載された向井、野田両少尉の写真は、そもそも佐藤氏が撮影したものだった。


記事を執筆したのは、浅海一男記者(戦後、毎日新聞労組委員長。退職後、中国問題評論家。故人)。


佐藤氏と浅海記者は、南京攻略の途上、常州に一番乗りした第16師団の片桐部隊と合流する。そこで向井、野田両少尉と出会った際の様子を、佐藤氏はこう振り返る。


  「浅海から”将校が2人いるんだけど、タバコを切らしているんでやってくれ”と言われたのです。私は、上海で買い込んでおいたタバコを彼等にあげました。その時に、浅海から”これから南京に入るんだけど、100人斬るんだって。


だから写真を撮ってやってくれ”と言われたのです。それで2人に、”どうやって100人斬るんだ。まさかチャンバラじゃないだろう?”と聞くと、”白兵戦をやるから”と言うのです。


”誰が証明するんだ?”と聞くと”私の当番兵が勘定する”と説明したのです」
  しかし、佐藤氏は2人の話を信用しなかったという・・





★どら・・・下記は【1972年の新潮】に記載された佐藤証言   ↓



佐藤振寿カメラマン   (第4報掲載写真撮影者)


とにかく十六師団が常州に入城したとき、私らは城門の近くに宿舎をとった。

宿舎といっても野営みたいなものだが、社旗を立てた。そこに私がいた時、浅海さんが“撮ってほしい写真がある”と飛び込んで来たんですね。私が“なんだ、どんな写真だ”と聞くと、外にいた二人の将校を指して、“この二人が百人斬り競争をしているんだ。一枚頼む”という。


“へえー”と思ったけど、おもしろい話なので、いわれるまま撮った写真が“常州にて”というこの写真ですよ。写真は城門のそばで撮りました。二人の将校がタバコを切らしている、と浅海さんがいうので、私は自分のリュックの中から『ルビークイーン』という十本入りのタバコ一箱ずつをプレゼントした記憶もあるな。


【   私が写真を撮っている前後、浅海さんは二人の話をメモにとっていた。だから、あの記事はあくまで聞いた話なんですよ。】

・・・(どら・・つまり野田少尉たちから聞いた話を記事にした)



  あの時、私がいだいた疑問は、百人斬りといったって、誰がその数を数えるのか、ということだった。これは私が写真撮りながら聞いたのか、浅海さんが尋ねたのかよくわからないけれど、確かどちらかが、“あんた方、斬った、斬ったというが、誰がそれを勘定するのか”と聞きましたよ。


そしたら、野田少尉は大隊副官、向井少尉は歩兵砲隊の小隊長なんですね。それぞれに当番兵がついている。


【その当番兵をとりかえっこして、当番兵が数えているのだ、という話だった。】


――それなら話はわかる、ということになったのですよ。私が戦地でかかわりあった話は、以上だ。


『週刊新潮』昭和47(1972)年7月29日号   p.35
http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/houdou.htm
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