>>:Re^6:百人斬り競争を裏付 1/2 -2
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/07/11 21:02 投稿番号: [5450 / 29399]
>>仮に新聞記事が全くの作り話しであったとして、それは本多氏の虚偽虚妄によるものではありません。どうして、こんなことが分からないんでしょうか?
toitatoiさん:>本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
>遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、という場合でも、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)
もう一度、お手元の『落日燃ゆ』の一、二審の判決を読んでいただけないでしょうか?使用された資料の内容が虚偽かなど問われていません。城山氏が著書で指摘した事実は、(城山氏の)虚偽虚妄によって記述されたかどうかということが問題なのです。新聞雑誌の記事や松本清張の記述が捏造や虚偽かなど、城山氏と関係はありません。
「百人斬り」訴訟を『落日燃ゆ』訴訟に当てはめると、新聞や松本清張が捏造記事を書いたと主張しているようなものです。
>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?この裁判の場合、事実でなければこそ、の名誉毀損でしょう?
まず、「百人斬りが事実である」、あるいは、それが虚偽ということの意味が分かりません。「百人斬り」なるものが何か明確でないのに、それが事実か虚偽かなど、どうやって論ずるのでしょうか。また、本人が言ったことが記事になったのに、そのホラだか虚偽を資料にして論考した本多氏がなぜ名誉毀損になるのかも全然分かりません。
>>当時の新聞記事は、本多氏の記述が虚偽虚妄でない証拠になります。
>そういう側面もあり、そうでない側面(すえもの斬り、上官の命令、2回の殺人ケーム)もあります。
まず、当時の状況から、中国で日本兵が残虐行為を行い、据えもの斬りがよく行われたことは論証できます。次に、野田氏については証言が存在します。それで十分です。あえて言えば、直接、向井氏については言及されていません。証言にある「上官の命令」「殺人ケーム」のどこが名誉毀損なんでしょうか。「上官の命令」なら、むしろ両将校の責任ではないということになりますが。
>>山本氏などの論客あっての「百人斬り」論争なのに、山本・鈴木・洞各氏が他界したので、あたかも本多氏が一人で議論をしているかのような錯誤を起こさせる記述がされている訳です。
>新聞が寝た子を起こしたという意味でも大きな反響でしょう。どこの時点を大きな反響か、という解釈は解釈次第です。論客が出てきて、より大きな反響になった、という流れという考え方も全然おかしいことではないですよ。
「寝た子を起こした」のは山本七平です。1971年11月5日付け朝日新聞の「中国の旅(23)」をよくお読みください。寝た子は寝たままです。この記事から誰のことか分かった人など皆無に近いでしょう。
>>『正論』平成12年3月号 p.62 の向井千恵子氏からの「聞書き」として、「A・B」であるべきところを、わざわざ『「向井敏明」と「野田毅」』に書き換えています。こうしないと、朝日新聞の記事で「一気に波が立」ったことにならないからです。こういう事実を見れば、原告の訴状の論理にねじれた部分が生じるのは当然だと思われます。
>穿ち過ぎです。
この『正論』の記述は意図的で不誠実な書き方だと感じます。事実に沿って「A・B」としたら、この記事の内容は不自然極まりないものです。『正論』平成12年3月号 p.62 を是非ご覧ください。
>実名入りであろうとなかろうと記事により凪だった海にいきなり波はたった訳ですから。...
実名が書かれていないのは不審だと山本氏が議論を挑んだのです。
A・Bと匿名にしたのは朝日新聞の判断とのことですが、原稿通り実名にしておけば、むしろ「波」は立たなかったでしょう。実際、洞『近代戦史の謎』や『丸』に掲載された鈴木二郎記者の記事は実名だったのに、こちらからは「波」が立っていません。
いずれにしても、「波」がたったからといって名誉毀損になるわけではありません。「百人斬り競争」が新聞記事に掲載されたことは事実であり、その事実を指摘しても死者に対する名誉毀損にはなりません。
toitatoiさん:>本多氏が虚偽行為を行った、ということを述べてはいないでしょう?
>遺族が虚偽だとしていることに関して事実だと受け取られるような行動を取っているということで訴えられているのでしょう?単に聞いたことを書いた、資料を載せただけ、という場合でも、あえて載せるという行為自体が意思表明に結びついています。(結論がどっちとも取れるという書き方ではない場合ですよ。もちろん。)
もう一度、お手元の『落日燃ゆ』の一、二審の判決を読んでいただけないでしょうか?使用された資料の内容が虚偽かなど問われていません。城山氏が著書で指摘した事実は、(城山氏の)虚偽虚妄によって記述されたかどうかということが問題なのです。新聞雑誌の記事や松本清張の記述が捏造や虚偽かなど、城山氏と関係はありません。
「百人斬り」訴訟を『落日燃ゆ』訴訟に当てはめると、新聞や松本清張が捏造記事を書いたと主張しているようなものです。
>遺族は、「百人斬りが事実である」ということを「虚偽だ」ということで、事実であると認識させる行為は名誉既存であると裁判をしているわけです。何か変ですか?この裁判の場合、事実でなければこそ、の名誉毀損でしょう?
まず、「百人斬りが事実である」、あるいは、それが虚偽ということの意味が分かりません。「百人斬り」なるものが何か明確でないのに、それが事実か虚偽かなど、どうやって論ずるのでしょうか。また、本人が言ったことが記事になったのに、そのホラだか虚偽を資料にして論考した本多氏がなぜ名誉毀損になるのかも全然分かりません。
>>当時の新聞記事は、本多氏の記述が虚偽虚妄でない証拠になります。
>そういう側面もあり、そうでない側面(すえもの斬り、上官の命令、2回の殺人ケーム)もあります。
まず、当時の状況から、中国で日本兵が残虐行為を行い、据えもの斬りがよく行われたことは論証できます。次に、野田氏については証言が存在します。それで十分です。あえて言えば、直接、向井氏については言及されていません。証言にある「上官の命令」「殺人ケーム」のどこが名誉毀損なんでしょうか。「上官の命令」なら、むしろ両将校の責任ではないということになりますが。
>>山本氏などの論客あっての「百人斬り」論争なのに、山本・鈴木・洞各氏が他界したので、あたかも本多氏が一人で議論をしているかのような錯誤を起こさせる記述がされている訳です。
>新聞が寝た子を起こしたという意味でも大きな反響でしょう。どこの時点を大きな反響か、という解釈は解釈次第です。論客が出てきて、より大きな反響になった、という流れという考え方も全然おかしいことではないですよ。
「寝た子を起こした」のは山本七平です。1971年11月5日付け朝日新聞の「中国の旅(23)」をよくお読みください。寝た子は寝たままです。この記事から誰のことか分かった人など皆無に近いでしょう。
>>『正論』平成12年3月号 p.62 の向井千恵子氏からの「聞書き」として、「A・B」であるべきところを、わざわざ『「向井敏明」と「野田毅」』に書き換えています。こうしないと、朝日新聞の記事で「一気に波が立」ったことにならないからです。こういう事実を見れば、原告の訴状の論理にねじれた部分が生じるのは当然だと思われます。
>穿ち過ぎです。
この『正論』の記述は意図的で不誠実な書き方だと感じます。事実に沿って「A・B」としたら、この記事の内容は不自然極まりないものです。『正論』平成12年3月号 p.62 を是非ご覧ください。
>実名入りであろうとなかろうと記事により凪だった海にいきなり波はたった訳ですから。...
実名が書かれていないのは不審だと山本氏が議論を挑んだのです。
A・Bと匿名にしたのは朝日新聞の判断とのことですが、原稿通り実名にしておけば、むしろ「波」は立たなかったでしょう。実際、洞『近代戦史の謎』や『丸』に掲載された鈴木二郎記者の記事は実名だったのに、こちらからは「波」が立っていません。
いずれにしても、「波」がたったからといって名誉毀損になるわけではありません。「百人斬り競争」が新聞記事に掲載されたことは事実であり、その事実を指摘しても死者に対する名誉毀損にはなりません。
これは メッセージ 5374 (toitatoi さん)への返信です.