南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実
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>ドイツに帰ってから編集、リライトした
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/20 17:35 投稿番号: [5218 / 29399]
東中野の受け売りではなく、その確たる根拠を示すのが議論の流れというものだがね。
これは メッセージ 5211 (fine2983 さん)への返信です.
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東中野信者による数字遊びに過ぎない2
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/20 17:31 投稿番号: [5217 / 29399]
38年 1月17日(ラーベ日記)
昨日の午後、ローゼンと一緒にかなり長い間市内をまわった。すっかり気が滅入ってしまった。日本軍はなんというひどい破壊のしかたをしたのだろう。あまりのことに言葉もない。近いうちにこの街が息を吹き返す見込みはあるまい。かつての目抜き通 り、イルミネーションなら上海の南京路に引けをとらないと、南京っ子の自慢の種だった太平路は、あとかたもなく壊され、焼き払われてしまった。無傷の家など一軒もない。行けども行けども廃墟が広がるだけ。大きな市が立ち、茶店が建ち並んでいた繁華街夫子廟もめちゃめちゃで見るかげもない。瓦礫、またがれきだ!いったいだれが元通 りにするというんだ!帰り道、国立劇場と市場の焼け跡によってみた。ここもなにもかもすっかり焼け落ちていた。南京の三分の一が焼き払われたと書いたが、あれはひどい思い違いだったのではないだろうか。まだ十分調べていない東部も同じような状態だとすると、三分の一どころか半分が廃墟と化したといってよいだろう。
日本軍は安全区から出るようにとくりかえしていっているが、私は逆にどんどん人が増えているような気がする。上海路の混雑ときたら、まさに殺人的だ。いまは道の両側にそこそこしっかりした作りの屋台ができているのでなおさらだ。そこではありとあらゆる食料品や衣料品が並べられ、なかには盗まれた故宮宝物まで混じっている。
『難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからない。』
「1937年11月23日に国民党政府軍事委員会後方勤務部宛書簡」
調査によれば本市(南京城区)の現在の人口は約50万余りである。将来は、『およそ20万と予想される』難民のために食糧送付が必要である。
「松井指揮官・山本実彦対談」
三軍を統べて我民族のために上海、蘇州、講習、南京で大捷し、歴史的の偉業を、基地でホット休養している松井指揮官を私は大晦日の午後に訪問いたしまして約一時間会談を遂げることができました。
・・・
山本:
南京もよく行きましたね。あれほど早く陥ちるとは思ひませんでした。
松井:
実は僕らも、もう二週間ぐらいは後になるだらうとおもっていたが、案外に早かった。蒋介石の教導総隊だけは相当に抵抗をつづけたが、後はたいした抵抗をしなかった。だから南京は都合の好いことには余り破壊されていない。蘇州も十分の一位しか壊れていないが、占領地域の人民の帰って来るまでにはやはり一月位はかかるだらうね。今でも『一日に六百人位』は帰って来るとか云ふ話だ。
これは メッセージ 5216 (YellowFlute さん)への返信です.
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東中野信者による数字遊びに過ぎない
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/20 17:29 投稿番号: [5216 / 29399]
私は30万虐殺などとは一言も言っとらんがね。
「南京地区における戦争被害」(スマイス報告)
南京市の戦前の人口はちょうど一〇〇万であったが、爆撃が繰り返され、後には南京攻撃が近づいて中国政府機関が全部疎開したためにかなり減少した。市の陥落当時(十二月十二〜十三日)の人口は二十万人から二十五万人であった。我々が三月に行った抽出調査で報告された人員を五十倍すれば、すぐさま市部調査で表示されている二十二万千百五十人という人口数が得られる。この数は当時の住民総数のおそらく八十ないし九十パーセントを表していたものであろうし、住民の中には調査員の手の届かぬところに暮らしていたものもあった。(人口についてさらにつっこんで問題するには、第一表の注を見よ)
二万七五〇〇名は国際委員会の維持していた難民収容所に住んでいたもので、調査人員の一二%に当たる。収容所に入らなかったが安全区内に住んでいたものは六万八〇〇〇人で、全体の三一パーセントを占めている。調査の記述によれば、建物総数の四パーセントがあるだけであり、また、城内の総面積のおよそ八分の一に過ぎなかった地域に、市の陥落以後、一四週立った後でも、住民の四三パーセントが住んでいたのである。
注:
十二月末から一月にかけて日本軍当局によって行われた不完全な登録に基づいて、国際委員会のメンバーが推定したところでは、当時の南京の人口は約二十五万人であって、数週間前に彼らが特に慎重に推定した数をはっきりと上回るものである。中国の半官半民筋はほぼ三十万と推定していた。2・3月には大した変化はなかったが、市の近辺の秩序の乱れた地域から著しい人口の流入があったので、恐らくそれは流出をわずかながら上回っていた。これも明らかに重要なことであった。我々が推定してみたところでは、3月下旬の人口は25万ないし27万であって、このうちには調査員の手の届かぬ人々もあり、また移動の途中の人々もあった。調査した人員は22万1、150である。5月31日には市政公署の5つの地区の役所で登録された住民(下関を含むが、明らかに城外のその他の地区を含まない)は27万7000人であった。この数字は特に婦女子について不完全であることが認められており、普通はほぼ40万と修正されている。
一年前、南京市の人口はちょうど100万を越したところであった。この数字は8月・9月にかけて急減し、11月初旬にまた50万近くに戻った。旧市街は今日考えられているよりも広い地域を含み、その地域は少なくとも人口の10分の1を占めていた。
これは メッセージ 5212 (s_ackey さん)への返信です.
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60年以上も昔のことじゃ。
投稿者: ihciajp 投稿日時: 2004/05/20 16:50 投稿番号: [5215 / 29399]
60年過ぎた今も同じことじゃ。
かどわかされたって言わなきゃ言い訳できない。
今も昔も結構な金に成ると聞きます。
これは メッセージ 5205 (fujkaz5582 さん)への返信です.
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補足
投稿者: fine2983 投稿日時: 2004/05/20 14:25 投稿番号: [5214 / 29399]
>安全委員会委員長として、日本大使館に
当てた文書の価値は、どのように取られますか?
この史料は、作られた場所、時間が分かっていて、食料の援助要請と言う
目的もハッキリしてるので、当時の状況を知る上での第一史料と言えます。
書いた人間は同じでも、この文書と
ラーベの日記は、検証史料としては等価ではありません。
これは メッセージ 5212 (s_ackey さん)への返信です.
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資料について一言
投稿者: nennenkosaisa_i 投稿日時: 2004/05/20 14:18 投稿番号: [5213 / 29399]
誰かが、手紙に書いた。
本に書いてある。
誰かが話していた。
2人で二百数人たたき斬った。
これを、証拠として事実を論じるなら、
古事記のスサノウは実在して、八岐大蛇も実在して、・・・
そんな分けないでしょ。
文献考証は基本注の基本。
s_ackeyさん、話すだけ無駄なのでは?
彼らは、ただヒステリックに、日本人をバッシングしたいだけでの様だし。
これは メッセージ 5212 (s_ackey さん)への返信です.
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ラーベと言えば
投稿者: s_ackey 投稿日時: 2004/05/20 12:32 投稿番号: [5212 / 29399]
こういう公文書が一等史料というのではないでしょうか?
安全委員会委員長として、日本大使館に当てた文書の価値は、どのように取られますか?
1937年12月18日に、ラーベが日本大使館に宛てた手紙の中で、[We 22 Westerners cannot feed 200,000 Chinese civilians and protect them night and day.]と書かれています。
また、1938年1月14日の文書では、[〜 probably 250,000 to 300,000 civilians in the city.]となっています。
12月18日に20万人いた、安全区の人口が、1月14日に25〜30万人と増えています。このような状況で、30万人虐殺があったとしたら、当時の南京には、殺されるとわかっていなかがらも、35万人の人たちが流入してきたと言うことになります。35〜40万人の人が流入してきたことになります。
また、ラーベは南京安全区委員会委員長でありますが、安全区委員会が日本大使館に対して、毎日のように日本軍の犯罪の被害届けを出していることがわかっています。12月12日から翌2月7日までで、殺人49人です。これも、ラーベ自身は殺人の現場を直接目撃していません。
仮に49人が事実だと認められたとしても、30万人の虐殺とは数字がかけ離れすぎています。このギャップを埋めるべく、虐殺が行われていたという資料を出していただけますでしょうか。
これは メッセージ 5210 (YellowFlute さん)への返信です.
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>言葉遊びですか。一等史料でしたね
投稿者: fine2983 投稿日時: 2004/05/20 11:50 投稿番号: [5211 / 29399]
IDを変えて、こんにちは。
>ですから、ラーベの日記というのは、南京に設けられてた国際安全区委員会の委員長であるジョン・ラーベが
つけていた日記のことであり、南京にいたラーベが当時書き残した残したものなので、一等資料と言えます。
↑これも初耳です。
肯定派の方々が史料としているラーベの日記は、当時の南京でラーベが書いた物では
なく、戦争終了後にラーベがドイツに帰ってから編集、リライトした物ですが?
戦争終了後、ラーベがドイツに帰ってから編集、リライトされる
以前のラーベの日記が存在するというなら、ソースをお願いします。
>後に、900カ所に渡って南京事件を否定する方向に改竄されてる
ことが発覚した「松井岩根大将の陣中日誌」(田中正明)とは根本的に異なりますね。
ラーベ本人が実際に目撃した虐殺って、「何件」でしたっけ?(笑)
これは メッセージ 5210 (YellowFlute さん)への返信です.
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言葉遊びですか。一等史料でしたね
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/20 11:05 投稿番号: [5210 / 29399]
史学概論によれば、一等史料とは、史実の発生当時、同所において責任者が自ら作成した文書類で、
例えば当該責任者の日記・書簡・覚書の類。
二等史料とは、史実発生当時の同所に、最も近き場所、最も近き時、
又は同じ場所で時間が幾分異なるもの、又は時が同じで、場所が幾分異なる所で、
責任者が自ら作り上げた報告とか、日記・遺言・覚書・追記類の如きもの、
ないしは後日に作り上げた日記とか、随筆類の如きがこの中に入る。
例えば当事者が後日、暇を得て作成した文書類
三等史料とは、一、二等史料を材料として作成した伝記とか、家譜の如きがその中に入る。
もちろん、この場合人物も年代も場所も違っているのであるが、編纂の方法が正確である限り、これは三等史料という。
そして、一から三等史料までが根本史料とされ、参考資料、当該史料とは区分されています。
ですから、ラーベの日記というのは、南京に設けられてた国際安全区委員会の委員長である
ジョン・ラーベがつけていた日記のことであり、
南京にいたラーベが当時書き残した残したものなので、一等資料と言えます。
後に、900カ所に渡って南京事件を否定する方向に改竄されてることが発覚した
「松井岩根大将の陣中日誌」(田中正明)とは根本的に異なりますね。
さて、いい加減なのはどちらでしょうかな。
私は事実が知りたいのであり、君ら情緒主義者のように、
否定の為の否定、肯定の為の肯定をしてるわけではありませんがね。
これは メッセージ 5208 (domadoma01 さん)への返信です.
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> Re^3:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/20 08:27 投稿番号: [5209 / 29399]
>訴訟の濫用だと私は思います。民事訴訟を提起することは簡単です。しかし、被告にとっては、それだけでも経済的・時間的な打撃になります。
>本多氏の議論は『落日燃ゆ』のように創作を交えたものではなく、資料によって論証したものです。
代理人は一体何を考えているんでしょうか。
>南京軍事法廷での判決に対し、実際はどういうことであったのか、そういう議論は認められなければなりません。
>それでは、歴史というのは、当事者の子孫以外には「他人事」だから子孫の諒解なく語るなということになってしまいます。
watanabe1937さん。勘違いしてませんか?
そんなこと言ってないですよ。
自分の親というレベルでは、それによって生じた不利益というのは子供という立場では直接的な物です。自分の直接的なことで裁判を起こすのは日常茶飯事です。そういう子供のレベルについて裁判を起こす、という行為自体を否定するのですか?
このような近しい時代のことを述べるときは、「名誉毀損」がつきまとうのはあたりまえです。『落日燃ゆ』が創作なのに対し、本田氏は事実としていますので、余計問題視されやすいです。まさか、織田信長の残虐行為を批判するのはけしからん、ということで子孫が訴訟を起こす、ということとごっちゃにしてませんか?
『落日燃ゆ』裁判判例の「年月を経るに従い、歴史的事実探求の自由への配慮が優位に立つと考えるべきである。」というのは、そのようなことでしょう? 少なくとも子供のレベルが裁判を起こすということは、まだ許容の余地がある、という風に私は考えますよ。また、家族は、何度も裁判を起こすような「濫用」をしたのでしょうか。初めてでしょう?
>どういう名誉でしょうか?戦犯になったことが不名誉ということなら、本多氏や出版社にではなく、軍事裁判の判決に対して向けられるべき言葉です。
軍事裁判の判決に対しても向けたいのはあたりまえです。中国へ行ってそんなことが現実的に可能ですか?
>東京日日に至っては、当時は地元で栄誉とされた記事を掲載したのです。だから、「おかどちがい」です。
遺族としては、捏造である(これについてはホラ話説も含め私は事実判断は難しいと思います)、および、訂正をしない、ということを問題視していますので、焦点は捏造部分だけではないですね。
認められるかどうかは別問題です。
これは メッセージ 5206 (watanabe1937 さん)への返信です.
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>おっ!一級史料がいい加減とは
投稿者: domadoma01 投稿日時: 2004/05/20 06:14 投稿番号: [5208 / 29399]
>>ラーペ日記、ベイツの回状自体がいい加減です。
>おっ!一級史料がいい加減とは
ラーベの日記等が、一級史料とは初耳です。
ちなみに一等資料とは、ある事件が発生した時に、その場所で、当事者が残した資料を言います。
二等資料は、当事者が、異なる時間か、場所で残した資料。
三等資料が、一、二等資料を基にして、編集・公表したものですから、後からリライトされたラーベの日記は第三次史料となるハズですが?
ラーベの日記が第一次史料とする根拠はいかに?
同じ事を何度も何度も言っても、史料以前に「史料の裏付け」も
取れてない代物ばかり持ってくるから肯定派の方々は、いい加減と言われるのですよ。
以上。
これは メッセージ 5207 (YellowFlute さん)への返信です.
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おっ!一級史料がいい加減とは
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/20 03:06 投稿番号: [5207 / 29399]
君の妄想は超ド級ですね。(笑)
まぁ、私としては思考能力のないハゼにまで知性は要求しませんので、ご自由に。
これは メッセージ 5200 (p_sama16 さん)への返信です.
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Re^3:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/20 02:56 投稿番号: [5206 / 29399]
toitatoiさん:>どうせ、負けるんだから、裁判は無意味だ、迷惑だ、と言う考えでしょうか。結果は判りません。
訴訟の濫用だと私は思います。民事訴訟を提起することは簡単です。しかし、被告にとっては、それだけでも経済的・時間的な打撃になります。
原告代理人が『落日燃ゆ』裁判の判決を参考にしていることは、故人の「敬愛追慕の情」というような表現から明らかです。しかし、その裁判は原告が完全敗訴したものです。しかも、本多氏の議論は『落日燃ゆ』のように創作を交えたものではなく、資料によって論証したものです。
代理人は一体何を考えているんでしょうか。
一部でも文言が認められて判決に入っていたら、実質勝訴というつもりとしか思われません。
>残された家族にとっては、「名誉回復」したい、というのは自然。
どういう名誉でしょうか?戦犯になったことが不名誉ということなら、本多氏や出版社にではなく、軍事裁判の判決に対して向けられるべき言葉です。東京日日に至っては、当時は地元で栄誉とされた記事を掲載したのです。だから、「おかどちがい」です。
>家族にとって、この件について「歴史探求の自由」というのは他人事でしょう?
それでは、歴史というのは、当事者の子孫以外には「他人事」だから子孫の諒解なく語るなということになってしまいます。
南京軍事法廷での判決に対し、実際はどういうことであったのか、そういう議論は認められなければなりません。
あるいは、山本七平氏が「百人斬り」論争を挑んだとき、本多勝一氏は黙していなければならなかったのでしょうか。
『落日燃ゆ』裁判の控訴審判決はこのように述べています。
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もっとも、死者に対する遺族の敬愛追慕の情は死の直後に最も強く、その後時の経過とともに軽減して行くものなのであることも一般に認めうるところであり、他面死者に関する事実も時の経過とともにいわば歴史的事実へと移行して行くものということができるので、年月を経るに従い、歴史的事実探求の自由への配慮が優位に立つと考えるべきである。(中略)右行為の違法性を肯定するためには、前説示に照らし、少なくとも指摘された事実が虚偽であることを要するものと解すべく、かつその事実が重大で、その時間経過にかかわらず、控訴人の故人に対する敬愛追慕の情を受認し難い程度に害したといいうる場合に不法行為の成立を肯定すべきものとするのが相当である。
しかし、前認定によれば、本件文章に記載された問題の個所が虚偽の事実と認めることはできないから被控訴人の行為について違法性はなく、控訴人主張の不法行為の成立を認めることはできない。
[『判例時報』918号, p.23]
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これは メッセージ 5199 (toitatoi さん)への返信です.
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【百人斬り裁判】原告側のサイトから
投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/05/18 23:19 投稿番号: [5204 / 29399]
☆新発見の【新聞記事】(手紙と歌が記載されている)・・・
大阪毎日鹿児島沖縄版
昭和13年1月25日“253人を斬り
今度千人斬り発願
さすがの波平も無茶苦茶
野田部隊長から朗信“
南京をめざして快進撃を敢行した片桐部隊の第一線に立って、壮烈無比、阿修羅の如く憤然快絶“百人斬り競争”に血しぶきを飛ばしで鎬を削った向井敏明、野田毅両部隊長は晴れの南京入りをしたが、
その血染めの秋月に刻んだスコアは106−105、いづれが先に百人斬ったか判らずドロンゲームとなったが、その後両部隊長は若き生命に誓って更に一挙”千人斬“をめざし、野田部隊長は自慢の【敗残兵掃蕩に253人を斬った、】
かくして鮮血もゆる両部隊長の刃こぼれした白刃に刻んでゆく”血刃行“はどこまで続く?
このほど豪快野田部隊長が鹿児島県枕崎町中村碩郎氏あて次のごとき【書信】を寄せたが,
同部隊長は死を鴻毛の軽きにおき大元帥陛下万歳を奉唱して悠々血刀をふるふ壮絶な雄姿そのままの痛快さがあふれてをり、勇猛野田の面目躍如たるものがある。
―目下中支にいます。約50里の敵、金城鉄壁を木っ端微塵に粉砕して敵首都南京を一呑みにのんでしまった。極楽に行きかかったのは5回や10回ではないです。
敵も頑強でなかなか逃げずだから大毎でご承知のように【百人斬り競争なんてスポーツ的なことが出来たのです。】
小銃とか機関銃なんて子守唄ですね。迫撃砲や地雷はジャズに等しいです。
その後、滅茶苦茶に斬りまくって253人を叩き斬った。おかげでさすがの波平も無茶苦茶です。
【百や二百は面倒だから千人斬りをやろうと向井部隊長と約束したのです。】
支那四百余州は小生の天地には狭すぎる。
【戦友の六車部隊長が歌を作ってくれました。】
百人斬り日本刀切れ味の歌(豪傑節)
1.今宵別れて故郷の月に冴えて輝くわが剣
2.軍刀枕に露営の夢に飢えて血に泣く声がする
3.嵐吹け吹け江南の地に斬ってみせたや百人斬り
4.長刀三尺鞘を払えばさっと飛び散る血の吹雪
5.ついた血糊を戎衣でふけば傷も残らぬ腕の冴え
6.今日は顔かよ昨日はお顔明日は試さん突きの味
7.国を出るときや鏡の肌よ今じゃ血の色黒光り(以下略)
まだ極楽にも行けず靖国神社にも行けず、253人も斬ったのでぼつぼつ地獄行きでしょう。
武運長久を毎日念じています。小生戦死の暁には何卒路傍の石を拾いて野田と思い、酒それも上等の酒を一升頭から浴びせ、煙草を線香の代わりに供えられたく、最後に大元帥陛下万歳。(註:特派員の名前無し)野田少尉の顔写真あり、
大毎
小学生新聞
昭和13年1月26日
千人斬りの誓
斬りまくる253人
百人斬り競争の野田部隊長
上海戦線○○部隊の第一線の勇士、向井敏明、野田毅両部隊長が百人斬りの誓いをたて、斬って斬って斬りまくり、以下略。
野田部隊長は敗残兵を追いまくって進みに進み,斬りにも斬った、253人,伝家の宝刀「波平」も鋸の歯のようになりましたが、以下略
http://homepage2.nifty.com/60hp/100sosyou.htm
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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>Re^2:百人斬り競争を裏付ける2
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/18 23:15 投稿番号: [5203 / 29399]
>100人斬りは、野田、向井両氏が自分で言っていたことで、
言い出しっぺは、記者なのか野田、向井両氏なのか、確定はできませんが、少なくとも、戦時中は、本当にやったかどうかは別にしても、野田、向井両氏は内容を容認していたと考えています。名誉なことですし。
>本多氏が言い出したことではありません。また、東京日日報道は、3人の記者がそれぞれに、両氏の語ったことを記事にしたと言っているわけです。
その通りです。「あった」派、「なかった」派にかかわらず、みなさん知ってますが。
>次回、佐藤振壽氏が証言をするようですが、すでに『南京戦史資料集Ⅱ』などで発表されたものと、内容に大きな違いはないものと思います。
原告側からの情報ですと、今回新たに作成された供述調書で、証拠で提出している佐藤証人の供述調書のなかには、「百人斬りはうそである。浅海は嘘っぱちを書いた」と記載してある、とのことですので、実際の証言を聞いての判断が妥当かと思います。
>私自身は、人数が100人かどうかは分かりませんが、競争自体はしており、実態は他の兵士がしていたような捕虜の斬首で、当時の一般的状況から非戦闘員も含まれていたと判断しています。
当然、両少尉とも何らかの形で戦闘行為に参加していたでしょうが、実際に100人斬りと称する、突出した特別な行為があった、ということを証明するものは何もありません。本人話関係のみです。仮に記者達の捏造記事でなく、本人達発だとしてもです。
>手紙が存在したこと、また一部に編集者の手が加わっているにしても宛先が実名になっている手紙は、ほぼそのまま内容が掲載されたことを疑う理由はありません。
なぜでしょう?
>これは、特派員の取材によるものではなく、本人が書いたという点で重要な意味を持ちます。少なくとも「百人斬り競争」記事が「記者の捏造」と主張することは難しくなりました。
少なくとも、筆跡鑑定など行ったのでしょうか?
書いた本人が、認めていたのでしょうか。また、仮に本人が書いたとしても、「記者の捏造から始まった」ということを否定する資料ではないと思います。始まりは「記者の捏造」で、その後本人がその話に乗っかった、ということを否定するものではありません。
>もっとも、大阪毎日新聞が、当時、他人の手紙を勝手に創作していたことを、他の事例で示すことができれば別です。
意味ないと思います。
>一般的に、当時(1937-1939年)の新聞は規制の範囲内で事実については比較的正確で、歴史の資料として十分価値があります。
少なくとも、今回の「100人斬り」関係では説得力がありません。
100人斬りの発端となった記事について、記者たちも本人達以外に取材すらしていません。物証も含め、ウラを何も取らずに記事にして、易々と掲載するというのは、事実認定上、軽率すぎます。その後もウラを取ってませんし。こんな取材姿勢のものを正確だと言われても・・・。だから逆に捏造説も否定できないと言われてしまいます。
>作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。
六車氏は歌や「100人斬り」について、どのように述べていますか?
>それが戦闘行為、捕虜殺害、両氏のホラ話しのいずれか、あるいはそれらの混じったものなのかは、証拠によって論じればよいことで
その通りだと思います。
これは メッセージ 5197 (watanabe1937 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5203.html
>Re:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/05/18 23:10 投稿番号: [5202 / 29399]
watanabe1937さん、提示されたリンクは勉強になります。
皆さん詳細に研究されていてすごい。
ありがとうございました。
まだ途中ですが。
>
下記 url で、ご指摘の記事を検討しています。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/vrkqrf.html#vrkqrf・・・
>
結局、
1.東京日日の記事は野田、向井両氏の語ったことを記事にしたもの。
2.両氏とも「百人斬り競争」をしていたことや、東京日日の記事を否定していない。
3.その実態がどうであったかということについては、さまざまな議論がある。
ということになります。
更に、
4.本多勝一氏の『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房)などの「百人斬り競争」についての記事は相当の理由に基づく。
わけです。その理由となった証言などについて信憑性を議論するのは自由ですが、本多氏の虚偽虚妄に基づいたわけではありません。
>死者の「名誉毀損」は、少なくとも指摘された事実が虚偽であることを要します。[1]
上記1、2、4の事実から、「百人斬り競争」の議論を制限しようとする「百人斬り競争」裁判の原告請求には、もともと無理があるのです。
大阪毎日に掲載された手紙は、上記2.について新たな根拠となるものです。
全くその通りですね。
わざわざふるさとの友人に手紙で事情を綴り、戦友に【百人斬りの歌】を作ってもらう事までしていますからね。
これからもまた、新しい史料が発見される事を期待しています。
これは メッセージ 5188 (watanabe1937 さん)への返信です.
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やあ!醤麺狂師クン(にこにこ)
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/18 19:25 投稿番号: [5201 / 29399]
最近、バカわさびクンも遁走したっきりだし
醤麺狂師クンもレスくれないから寂しいよ(大笑い
>まあ私がアジアの映画を見ろ!ていうのは、歴史の勉強ばかりじゃない。
>無惨に殺された一市民の顔や生活全般を想像する助けになるか是非必要だ
>ということだ。だから天皇教カルトの馬鹿者というか若者にアジアの映画を見よ
>って口酸っぱく言っているわけだ。
醤麺狂師クンの話にはいつも映画がでてくるねぇ(藁
で、
アジアの映画を見たらどうなるんだって?
言ってごごらん?
>インドが米国の約2倍・年間800本以上を生産する映画大国であることは
>知られている。
>インド映画の特徴として特筆すべきは、米国映画にありがちなジンゴイズム
>(好戦性)が希薄なことだ。
>一つには、特定の民族なり宗教を攻撃する作品の公開は認められないからである。
http://www.seikyo.org/article235.htmlきっと世界最大の映画大国インドでは、皆ニコニコと仲良くやってるんだろうね(藁
まさかヒンズー教とイスラム教がいがみあって鉄道を爆破したりって話はないよな?
(大笑い
なのに、カシミールではしょっちゅう「ドンパチ」やってると報道されてるよ。
あれはインドとパキスタが互いに相手国の国民に花火を披露してるんだよね(藁
「カシミール紛争」なんて絶対マスコミの捏造話だよね。
まさかインドには、核爆弾なんてあるハズもないよね(藁
だよね?
(大笑い
・映画を見れば・・・
・「戦争はんた〜い」と叫べば・・・
・憲法九条があれば・・・
平和さんがニコニコしてやって来る。
という、君達バカサヨのこの「平和三原則」をイラク人たちに教えてあげなよ。
どうだ醤麺狂師クン?
(大爆笑
これは メッセージ 5192 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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>相変わらずここの連中はいい加減
投稿者: p_sama16 投稿日時: 2004/05/18 12:55 投稿番号: [5200 / 29399]
ラーペ日記、ベイツの回状自体がいい加減です。
これは メッセージ 5191 (YellowFlute さん)への返信です.
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>Re^2:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/18 07:33 投稿番号: [5199 / 29399]
>それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。
私は、「たとえ」「もし」と言う意味でお話しました。
どうせ、負けるんだから、裁判は無意味だ、迷惑だ、と言う考えでしょうか。結果は判りません。
>「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。
残された家族にとっては、「名誉回復」したい、というのは自然。家族にとって、この件について「歴史探求の自由」というのは他人事でしょう?もちろん、支援者の中のそれぞれの思想信条はわかりませんが。
後、watanabe1937さんが述べられていることについては、今は時間が無いので、後ほど、レスつけさせていただきます。
これは メッセージ 5197 (watanabe1937 さん)への返信です.
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>「鬼が来た」とアジアの映画
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/18 03:44 投稿番号: [5198 / 29399]
>どんな映画にしても事実に忠実に描けば日本などで公開できるわけがない。
あ、それは本当ですね。
でも、実現できれば意義深いですね。
例えば、史実に忠実に中共政府が超大作「ドキュメント・天安門」を作ったり、改めてブラピとギアの共同制作で「1949 in Tibet」なんかできちゃったらワクワクしますね♪
日本側としては「実録
通州事件」なんかぜひ企画に挙げて欲しいものです、ハッハ。失礼、
つい茶化しました。
・・緊張してるんです。なんせ有名人相手ですから。
>まあ私がアジアの映画を見ろ!ていうのは、歴史の勉強ばかりじゃない。無惨に殺された一市民の顔や生活全般を想像する助けになるか是非必要だということだ。
戦争とはまったく関係のないぼくたちまで、無残に殺されたアジア良民の顔を思い浮かべなければならないとは、日本軍は当該地において想像を絶する、例えばナチのユダヤ人虐殺に値するような罪を犯したものと認識されているからでしょうか?
そういうあなたは、無残に殺された血まみれの生首を常に想像されているのですね。
無駄な人生を送っているような・・・。
ぼくなら(血まみれでない)美女の首を想像する。あ、首から下もついてる分です。
>そこの日本に私は含まれる?少なくともお前は含まれるわけだ。日本など背負い込むなよ、アホ。
ぼくが背負わなければ誰が背負u!!
なーんちゃって。
>生憎私はそれを読んでいないので、「・・・未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。」なんて言う“お前の恐ろしい発言”に答える事はできない。
いやぁ、たいした筆力ですよ。250ページで2段です。
俳優ですからあからさま罵ったりしませんが、シナ文化を愚痴と皮肉で消化しようとしてならず、反抗を試みても肥溜めにうで押し、ついには強制的「達観」に至るまでの、彼の心境が切々と綴られています。
完全にシナ文化に酔っ払ってしまったみたいです。すごく可哀想。
>議論の参考にもなる適当な映像なら『日本鬼子』ビデオ『天皇の名のもとに』とかがあるが、その種の映画が日本で広く一般公開されるか?
「日本鬼子」は評論を読んで興味を持っています。右翼の妨害が有ったとか。でもあれは嘘じゃないと思う。南京事件以後のことだけど、ぼくは子どものころ大人が話しているのを聞いた。たった1件の例だけど押して知るべし、と言う他はない。
>しかしもしお前が中国の一般映画を見ながら、なおかつ中国を「シナ」と呼ぶなら、ちょっと驚きだな。
相手が嫌がるのがわかっているので中国人の前ではなるべく使いません。会社に数十人いるんです。たまたま良い人ばかりですが。
でも、中国大陸の歴史や文化を語る場合、中国というのはやはりおかしいです。
そんな国は近代までなかったのですから。
では、またおじゃまします。
これは メッセージ 5192 (syoumenkyousi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5198.html
Re^2:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/18 02:15 投稿番号: [5197 / 29399]
toitatoiさん:>少なくとも100人斬りは事実で[な]かった、または、事実と考えるには疑義がある、ということが認められれば、成果があった、考えるのではないでしょうか。
それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。
100人斬りは、野田、向井両氏が自分で言っていたことで、本多氏が言い出したことではありません。また、東京日日報道は、3人の記者がそれぞれに、両氏の語ったことを記事にしたと言っているわけです。
次回、佐藤振壽氏が証言をするようですが、すでに『南京戦史資料集Ⅱ』などで発表されたものと、内容に大きな違いはないものと思います。
私自身は、人数が100人かどうかは分かりませんが、競争自体はしており、実態は他の兵士がしていたような捕虜の斬首で、当時の一般的状況から非戦闘員も含まれていたと判断しています。
>手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。
手紙が存在したこと、また一部に編集者の手が加わっているにしても宛先が実名になっている手紙は、ほぼそのまま内容が掲載されたことを疑う理由はありません。
これは、特派員の取材によるものではなく、本人が書いたという点で重要な意味を持ちます。少なくとも「百人斬り競争」記事が「記者の捏造」と主張することは難しくなりました。
もっとも、大阪毎日新聞が、当時、他人の手紙を勝手に創作していたことを、他の事例で示すことができれば別です。しかし、常識的にそんなことは考えられません。一般的に、当時(1937-1939年)の新聞は規制の範囲内で事実については比較的正確で、歴史の資料として十分価値があります。
>歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。
百人斬りの歌の存在は、指摘しましたように、阿羅健一氏が『正論』の記事で述べています。まだ歌を憶えている人もいますので、歌詞が大阪毎日の新聞のものか調べることは可能です。作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。
裁判の争点は、死者対する名誉毀損ですから、本多氏が新聞記事や証言などの資料によって記事を書いたことを論証すれば十分です。ただし、本多氏側は積極的に事実を述べる道を選択しましたので、従来の主張を新たな証拠を交えて繰り返すことになるでしょう。
>戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。
記事では「敗残兵掃討」になっています。これは、無抵抗な敗残兵を狩出す場合の当時の常套句です。実際、南京では9連隊第3大隊は敗残兵掃討をしていましたが、銃火を交えることはほとんどなかったようです。
それが戦闘行為、捕虜殺害、両氏のホラ話しのいずれか、あるいはそれらの混じったものなのかは、証拠によって論じればよいことで、「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/jcrqrf.html#jcrqrfhttp://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/lqnqrf.html#lqnqrf
これは メッセージ 5194 (toitatoi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5197.html
やあ!醤麺狂師クン(にこにこ)
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/18 00:34 投稿番号: [5196 / 29399]
これは メッセージ 5192 (syoumenkyousi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5196.html
↓
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/17 16:21 投稿番号: [5195 / 29399]
>少なくとも100人斬りは事実でかった、
「少なくとも100人斬りは事実で無かった、」の間違いです。
「無」が抜けてました。
これは メッセージ 5194 (toitatoi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5195.html
>Re:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/17 11:20 投稿番号: [5194 / 29399]
>なお、被告の毎日新聞については20年の除斥期間がとっくに経過しているので、原告請求の棄却は確実と考えられます。キャンペーンを張る目的で毎日新聞を被告にしたとしか思えません。
遺族にとって、今回の裁判は、もちろん勝ったほうが良いわけですが、少なくとも100人斬りは事実でかった、または、事実と考えるには疑義がある、ということが認められれば、成果があった、考えるのではないでしょうか。それがひろく報道されれば、ある程度目的が達成されたと言えるのではないでしょうか。
>ご指摘の記事を検討しています。
今回の新資料について、結局、当時の新聞記事(やはり日日新聞系)ですので、どの程度の信憑性があるのかは判りませんが、仮に実際に存在した手紙の内容を掲載したとしても、手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。これも本人話ですから。最初の記事の延長線上のものと考えられ、大騒ぎするほどの新資料でもないと考えます。志々目証言や「あった」派の方でも主張の多い、「据え物斬り」ではない、戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。
当時の「新聞記事に書かれている内容」を示す場合は、それ自体が正しいとする物証なり客観的な証拠がないと、説得力はありません。もちろん、今回の場合、「手紙」という物証が出てきても、手紙の内容以外の「手紙があった」との記事の部分証拠でしかないですが。
これは メッセージ 5188 (watanabe1937 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5194.html
戦争犯罪と言えば。
投稿者: Good_Life211 投稿日時: 2004/05/17 11:18 投稿番号: [5193 / 29399]
数ヶ月前の虐待事件があんな具合だな。
新事実が時間をおって出てくるし、事実関係の確認はたいへんだ。
下の者は命令で、とか、ほかの者がやった、とか言う。
上の者は知らん、下の者が勝手にやった、と言う。
しかも軍法会議などは実のところアメリカ人内部のけじめに過ぎない。
アメリカは被害者に謝罪し補償を考えると言っている。
涙金で収まるならそれにこしたことはないが、収まるかどうかは被害者の気持ちが決めることだ。
世の中痛みも癒され方も人それぞれだろうが、
「言葉も金もいらん。犯人に報復させろ。」という人にとって、まず腹の癒えることはあるまい。
アメリカでも時間がたつと出てくるのか、それとももういるのだろうか。こんな風に言い立てる連中。
「わが国の捕虜虐待はでっちあげ!
どんな証拠も捏造!
ウソ!」
「補償金めあての自称被害者たち!」
「イラク人はフセインから解放してやったわが国に言いがかりをつけて金をせびる恩知らずトンデモ民族!」
・・・それにしてもみんな(とくにアメリカの人)軍隊に立派ですごいことを期待しすぎてたのではないかな。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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「鬼が来た」とアジアの映画を見ること
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/05/17 08:09 投稿番号: [5192 / 29399]
>あの映画は日本軍の残虐を描写していませんよ。むしろ抑えている。
抑えてるどうかとじゃなくてね、ありふれたものとして描いているということを読み取ればいいわけですよ。どんな映画にしても事実に忠実に描けば日本などで公開できるわけがない。
韓国の映画にしても日本の植民地時代を忠実に描いて日本市場を期待できるとはおもわないだろう。ただ南北の戦いを描いた映画は日本市場を期待できる。「韓流」も海外市場を当てにする限りその種の限界はある。
まあ私がアジアの映画を見ろ!ていうのは、歴史の勉強ばかりじゃない。無惨に殺された一市民の顔や生活全般を想像する助けになるか是非必要だということだ。だから天皇教カルトの馬鹿者というか若者にアジアの映画を見よって口酸っぱく言っているわけだ。それに好きな女優とか男優でもできれば、少なくとも差別主義者ではなくなる。
>最後の日本軍による大殺戮を称して反日映画とするのは、製作者を嘆かせるだけです。
馬鹿者だね。事実にちかいものを描いた映画はどんな映画でも反日も反天皇も反三菱でもないわけよ。だいたいどういう意味だ?反日。そこの日本に私は含まれる?少なくともお前は含まれるわけだ。日本など背負い込むなよ、アホ。
>この辺のやり取りは主演の香川照之が帰国後「【鬼が来た!】撮影日記
中国魅録」キネマ旬報社
を上梓していて、その中で描かれています。
>そしてシナの未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。
「シナ」と呼ぶような奴はたいがいイカレタ馬鹿だが、お前は大丈夫か?
生憎私はそれを読んでいないので、「・・・未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。」なんて言う“お前の恐ろしい発言”に答える事はできない。
>推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。
余程のマヌケだな。議論の参考にもなる適当な映像なら『日本鬼子』ビデオ『天皇の名のもとに』とかがあるが、その種の映画が日本で広く一般公開されるか?中国にも多分あるのだろうが、もちろん日本公開などないだろう。
しかしもしお前が中国の一般映画を見ながら、なおかつ中国を「シナ」と呼ぶなら、ちょっと驚きだな。まあ世の中のあほ族の矛盾に驚くのはいつものことだが・・・。
これは メッセージ 5181 (hendazo04 さん)への返信です.
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相変わらずここの連中はいい加減なこと言う
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/17 04:29 投稿番号: [5191 / 29399]
「ヒットラーへの上申書」(ラーベ)
中国側の申し立てによりますと、十万人の民間人が殺されたとの事ですが、これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。 我々外国人はおよそ五万から六万とみています。 遺体の埋葬をした紅卍字会によりますと、一日2百体は 無理だったそうですが、私が南京を去った2月22日には三万の死体が埋葬できないまま、郊外の下関に放置されていたといいます。
ラーベ日記
2月15日
委員会の報告には公開できないものがいくつかあるのだが、いちばんショックを受けたのは、紅卍字会が埋葬していない死体があと三万もあるということだ。今まで毎日200人も埋葬してきたのに。そのほとんどは下関にある。この数は下関に殺到したものの、船が無かったために揚子江を渡れなかった最後の中国軍部隊が全滅したということを物語っている。
「南京における救済状況」
1938年2月14
(ベイツ)
当初から委員会は、中国赤十字社の地方組織と大きな無料食堂の運営において、素晴らしい協力を行ってきた。そして紅卍字会とは二つの大きな無料食堂の活動と死体埋葬活動において、協力を行ってきた。この後者の役目は簡単なものではなかった。彼らが一日に200体埋葬しても、まだ、埋葬すべき3万体があることがわかっている
「アメリカのキリスト者へのベイツの回状」
南京で殺された民間人の数についての我々の最終的な合計は、1万2000人です。そのうち9割は当時市内にいて、戦闘行為とは無関係に殺された、多くの婦人や子供、老人が含まれています。この数字は当時南京市内で、4家族にに1人の割合で殺されたことを意味します。
われわれには居住家族を調査した特別な報告があります。調査にさいして、報復を恐れての若干の非協力や隠蔽もありましたが、その結果五家族につき1人が殺されたか、負傷したか、あるいは拉致されて戻ってこない事が判りました。
これは メッセージ 5182 (eeechirou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5191.html
メルアドも有ったよ。
投稿者: japanese_judgments 投稿日時: 2004/05/17 03:18 投稿番号: [5190 / 29399]
zhzh66@vip.0451.com
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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こんなの発見!
投稿者: japanese_judgments 投稿日時: 2004/05/17 03:13 投稿番号: [5189 / 29399]
はじめましえ。
私は中国人留学生のリンと言います。
中国のハルピンより来ました。
できれば関東近辺で30才までで優しい日本の男の人電話ください。
私は22才で深長は161センシで体重が56キロです。
真剣せうので中傷電話とかちないでください。お願いちます。
0333252614 携帯:080-5474-0369
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5189.html
Re:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/17 01:01 投稿番号: [5188 / 29399]
dorawasabi5001さん:>今回、当時の新聞記事等を調査した結果重要な新資料を発見した。
下記 url で、ご指摘の記事を検討しています。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/vrkqrf.html#vrkqrf
「百人斬り競争」裁判の原告側は、裁判でこの記事が証拠として提出される以前に、その存在を承知していたということです。
この手紙をどう読んでも、本人が「やっていました」と言っているとしか見えません。まさか、この手紙も浅海記者の「創作」「捏造」という人はいないと思います。
結局、
1.東京日日の記事は野田、向井両氏の語ったことを記事にしたもの。
2.両氏とも「百人斬り競争」をしていたことや、東京日日の記事を否定していない。
3.その実態がどうであったかということについては、さまざまな議論がある。
ということになります。
更に、
4.本多勝一氏の『南京大虐殺否定論13のウソ』(柏書房)などの「百人斬り競争」についての記事は相当の理由に基づく。
わけです。その理由となった証言などについて信憑性を議論するのは自由ですが、本多氏の虚偽虚妄に基づいたわけではありません。死者の「名誉毀損」は、少なくとも指摘された事実が虚偽であることを要します。[1]
上記1、2、4の事実から、「百人斬り競争」の議論を制限しようとする「百人斬り競争」裁判の原告請求には、もともと無理があるのです。
大阪毎日に掲載された手紙は、上記2.について新たな根拠となるものです。
なお、被告の毎日新聞については20年の除斥期間がとっくに経過しているので、原告請求の棄却は確実と考えられます。キャンペーンを張る目的で毎日新聞を被告にしたとしか思えません。
--
-
[1]東京高裁54.3.14判決(判例時報918号,p.23
『「落日燃ゆ」謝罪広告等請求事件控訴審』)
これは メッセージ 5076 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5188.html
>人間餃子のソースです
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/16 19:23 投稿番号: [5187 / 29399]
hendazo04さん、ありがとうございます。
「中国人民抗日戦争記念館」の展示ですね。もちろん、それぞれの展示がどういう証拠で持って真実として展示されているのか、はっきりしませんが、どのような目的でこの建物は作られたのでしょうか。ある国がある国の残虐性を「これでもか」という感じで訴えるための施設の存在意義はなんでしょうか。単に日本と戦ったという資料館であるならば、もっと違う作り方をするでしょうね。
>その案内板に「日本軍の人食い」が英語でかかれているそうです。
これで日本が何もいわなければ、これは事実として確定しますね。
おっしゃる通りだと思います。本来、それぞれの展示について、いたずらに反日感情を煽るだけのものや、日本として真実と認められないものなどがあれば、しっかりと中国側に日本の意見をまとめて申し入れなければいけませんが、そんな具体的な動きは聞いたことがありません。言わなければ見学した多くの人々が事実として受け止めてしまいます。
言うことはきちんと言う、という関係でないと真の友好は構築できないですよね。
これは メッセージ 5180 (hendazo04 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5187.html
やあ醤麺狂師クン(にこにこ)③
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:46 投稿番号: [5186 / 29399]
つまり、あれか?
中国人の間でグルメとして【人肉食もかなり流行った】って話か?
まあ、君の言うところの
「誰も非難できない」中国の伝統文化なんだろうねぇ。
で、
【人肉食は中国の伝統文化】であることが
どう『百人斬り』の証拠になるんだい?
論理的に説明してごらん?
(大笑い
これは メッセージ 5185 (inuwokuuna_bakatyon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5186.html
やあ醤麺狂師クン(にこにこ)②
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:43 投稿番号: [5185 / 29399]
これは メッセージ 5184 (inuwokuuna_bakatyon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/5185.html
やあ醤麺狂師クン(にこにこ)①
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:41 投稿番号: [5184 / 29399]
>だからね、あらゆる蛮行がありふれた出来事。強盗殺人・放火・強かん・・・、
>捕虜の「据えもの斬り」も同様。
>また人肉食もかなり流行ったが・・・
【人肉食もかなり流行った】って
どこで流行ったんだ?
言ってごらん?
(大笑い
【人体の利用と商品化】
徳山大学経済学部教授
粟屋
剛
http://homepage1.nifty.com/awaya/hp/ronbun/r004.html(一部抜粋)
まず、大きく、①食糧(栄養)補給としてのカニバリズム、②宗教的な祭礼、儀式としての象徴的カニバリズム、③憎悪や逆に愛情に基づくところの感情的カニバリズム、④医療行為としてのカニバリズム(これは、人体の医薬品そのものあるいはその原材料としての利用とオーバーラップしている)、⑤猟奇事件としてのカニバリズム、の5種類に分類される。
数として圧倒的に多いのは、もちろん①食糧(栄養)補給としてのカニバリズムである。これはさらに、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズム、日常的な食糧補給としてのカニバリズム、グルメとしてのカニバリズム、の3つに分類される。 まず、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズムについて。
とくに、飢饉の際にカニバリズムが行われるのはきわめて自然な成り行きである。それは世界中で共通している。飢えると人は人を食う。
日本にもある。江戸時代、天明の飢饉 (1783年) の際、東北や関東で牛馬犬猫はもちろん、草の根、木の皮、壁土と食われ、最後は人肉(死人の肉)が食われたという(5)。
戦争中の食糧補給としてのカニバリズムはよく知られている。日本では、豊臣(羽柴)秀吉が鳥取城を兵糧攻めした際に城内で死人の肉が食われたという話は有名である。また、太平洋戦争中の日本軍の、フィリピン (とくにルソン島)、ニューギニア、ソロモン群島 (とくにガダルカナル島) などにおけるカニバリズムがよく知られている(6)。
次に、日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、カニバリズムのチャンピオン、中国の例に触れておこう。まず、桑原隲蔵博士は、中国における人肉食は一時の偶発でなくむしろ伝統的慣習であり(12)、人肉が公然と市場で売買されることもあったとされている (13)。ここでは、人肉はまさに商品である。キー・リー・チョンは中国における人肉の料理方法を詳しく記している(14)。ブライアン・マリナーも中国では19世紀のはじめまで人肉を供するレストランは珍しいものではなかったと述べている (15)。ほかに、黄文雄氏は中国の数千年にわたる食人 「文化」 について書いている(16)。とくに、グルメとしてのカニバリズムのきわめつけは中国、斉の桓公の料理人、易牙がその息子を蒸し焼きにして献上した事例であろう。日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、一々あげればきりがないのでこれくらいにしておく(17)。また、食糧(栄養)補給としてのカニバリズム以外のカニバリズムは本稿の趣旨からはずれるので省略する(18)。それにしても、過去に一体どれくらいの人間が人間を食ったのであろうか。またどれくらいの人間が食われたのであろうか。そのような統計は見当たらない。
これは メッセージ 5175 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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無理だって(大笑い
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 15:41 投稿番号: [5183 / 29399]
わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは・・・・はぁ。
醤麺狂師クンやバカわさびクンにそれを求めるのは(藁
物事の『本質』を理解できない人達なんだから。
(大笑い
オツムは弱いが『いい人』なんだから
許してあげてね。
(大爆笑
>>『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・
>推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。
これは メッセージ 5181 (hendazo04 さん)への返信です.
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いわゆる南京大虐殺について
投稿者: eeechirou 投稿日時: 2004/05/16 12:05 投稿番号: [5182 / 29399]
ラーベの日記には、中国人約3万人が殺されたと記録されています。
しかし、殺されたのは、主に軍服を捨てて安全区に逃げ込んだ中国兵です。
戦いに敗れた兵隊は、敵に降伏し武装解除を受け、捕虜になるというのが常識です。
しかし、中国兵は便衣隊となり、市民と見分けがつかないようにしてゲリラ活動をしていた。
これは明らかに戦時国際法違反であると同時に、一般市民を大変な危険に曝す(戦闘に巻き込まれたり、無垢の市民がゲリラに間違えられるなど)無責任な行為なのです。
そして、便衣隊は殺害してもよいことになっています。
このような便衣隊を掃討する中で、誤って民間人を殺害してしまった例は40〜50件あったようですが、日本軍はこれらに対し、厳しく対処しています。
しかし、このくらいの件数は、殺すか殺されるかの戦闘(掃討戦)の中では、起こってくるのは必然でしょう。
このような不幸な事例は、どこの掃討戦でもあることで、中国政府が誇張するような数でもないし、意図的にやったことでもない。
むしろ、その原因を求めるならば、戦時国際法違反の便衣隊となった中国兵の質の悪さにあるでしょう。
彼らには、自国民を守るという意識が欠落しており、一般市民を戦闘に巻き込んだのです。
(これは中国の歴史の中では当然のことで、彼らの悪癖が出たというべきでしょう。それは、民間人を巻き添えにした第二次上海事変を見ても分かります。)
歴史を学ぶということは、こういうことを学ぶことに他なりません。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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「鬼が来た」は観たけど、的外れ
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/16 08:25 投稿番号: [5181 / 29399]
あの映画は日本軍の残虐を描写していませんよ。むしろ抑えている。
視点はあくまでも中国寒村の農民の目で、彼らの極狭い目の周りで起きた非日常と、そこから生じた悲劇を、あくまでも喜劇的なタッチで描いた作品。だから救われる。
その農民達は、国民党軍から脅され預かった一人の日本駐留軍兵士の処理に困り、プロの首切り人に処刑を頼んだり、それが喜劇的に失敗すると今度は食料と交換に日本軍に引き取らせようとする。したたかなんです。
最後の日本軍による大殺戮を称して反日映画とするのは、製作者を嘆かせるだけです。
事件のきっかけは(もちろんフィクションですが)、この監督の日本人の精神に対する深い洞察があって成立したものです。
この辺のやり取りは主演の香川照之が帰国後「【鬼が来た!】撮影日記
中国魅録」キネマ旬報社
を上梓していて、その中で描かれています。
そしてシナの未文化性を、その悲惨な滞在体験を通して暴きまくります。
>『赤いコーリャン』でも『鬼が来た』でもいいが、見てみたら・・・
推薦する場合はそれなりに適当なものをお願いします。
これは メッセージ 5175 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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人間餃子のソースです
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2004/05/16 07:00 投稿番号: [5180 / 29399]
ごていねいなご説明、恐れ入ります。
取り急ぎソースを掲載します。
キャプション
「河北省阜平県羅峪村婦人救助会主任の劉耀梅は日本軍に連行されたが、断固として屈せず、むごく殺された。日本軍は彼女の腿から肉をえぐり取って、餃子を作った。」「山東省青島文化宮の地下室で見つかった日本軍に目玉をぬぎとられ、腹を切開された中国の嬰児たち。彼らの肝臓は日本軍に食べられた。」
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu3.htmこの「中国人民抗日戦争記念館」は最終的に6年前、江沢民のセンスで建てられたものですね。
「内臓を煮て食べた」というのはぼくの付け加えで、いくら日本人でも刺身ということはないと思って・・。
その案内板に「日本軍の人食い」が英語でかかれているそうです。
これで日本が何もいわなければ、これは事実として確定しますね。
ではまた、失礼しました。
これは メッセージ 5179 (toitatoi さん)への返信です.
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>>星徹さんの掲載記事に2
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/05/16 00:58 投稿番号: [5179 / 29399]
>相手が武器を捨てて明白に降伏の意思を示さなければ、塹壕から誘い出そうが、捉えた捕虜を据え物切りにしようが問題ないでしょ。
その辺はどう解釈成されているのですか?
戦時捕虜や民間人の保護に関する国際慣習がありますが、いわゆる便衣兵やゲリラ、テロリストについては国際的に非難されます。そのあたりの線引き、解釈はケースバイケースになるため一概には言えないと考えます。ただ、「相手が武器を捨てて明白に降伏の意思を示さなければ、塹壕から誘い出そうが」という状況に関しては基本的には攻撃されてもしょうがないと考えます。また、「捉えた捕虜を据え物切りにしようが問題ないでしょ」ということに関しては、捕虜の状況によって異なります。処刑されてもしょうがない場合(騒乱・スバイ・扇動・脱走)もあります。「降伏の意思のない捕虜」というのは、(騒乱・スバイ・扇動・脱走)のどれかを体現してしまってるならば処刑されても仕方ないでしょう。しかし、単に反抗的な態度をとっている、ということにとどまっている場合は処刑するということは、やりすぎということになるわけですが、このままの状態が、(騒乱・スバイ・扇動・脱走)にどの程度つながっているのか、そのような捕虜の状態を誰が判断するのか、ということに大きく左右されるため、この場合も実際には、ケースバイケースとなり情報を集め個々の事例を判断するということになるかと思います。特に戦闘中や前後の混乱時の当事者は判断が難しいと考えます。
>それとも、シナ人が南京、済南、通州で遺憾なく発揮した獣性、子供の指をそろえて切り落とす、内臓をばら撒く、といったことをしたんですか?
シナ人の子供の内臓を煮て食べたというのもほんとじゃないでしょ?
少なくとも、100人斬りの話には関係ありません。資料をあたっていないのでなんともいえませんが、「シナ人の子供の内臓を煮て食べた」というのはどこの資料でしょうか。ソースをいただけるとありがたいです。作り話だとしても、日本人の感覚からすると違和感がありますね。
これは メッセージ 5172 (hendazo04 さん)への返信です.
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