南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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【百人斬り裁判】原告側のサイトから

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2004/05/18 23:19 投稿番号: [5204 / 29399]
☆新発見の【新聞記事】(手紙と歌が記載されている)・・・



大阪毎日鹿児島沖縄版

昭和13年1月25日“253人を斬り
今度千人斬り発願  


さすがの波平も無茶苦茶   野田部隊長から朗信“



南京をめざして快進撃を敢行した片桐部隊の第一線に立って、壮烈無比、阿修羅の如く憤然快絶“百人斬り競争”に血しぶきを飛ばしで鎬を削った向井敏明、野田毅両部隊長は晴れの南京入りをしたが、

その血染めの秋月に刻んだスコアは106−105、いづれが先に百人斬ったか判らずドロンゲームとなったが、その後両部隊長は若き生命に誓って更に一挙”千人斬“をめざし、野田部隊長は自慢の【敗残兵掃蕩に253人を斬った、】


かくして鮮血もゆる両部隊長の刃こぼれした白刃に刻んでゆく”血刃行“はどこまで続く?


このほど豪快野田部隊長が鹿児島県枕崎町中村碩郎氏あて次のごとき【書信】を寄せたが,



同部隊長は死を鴻毛の軽きにおき大元帥陛下万歳を奉唱して悠々血刀をふるふ壮絶な雄姿そのままの痛快さがあふれてをり、勇猛野田の面目躍如たるものがある。



―目下中支にいます。約50里の敵、金城鉄壁を木っ端微塵に粉砕して敵首都南京を一呑みにのんでしまった。極楽に行きかかったのは5回や10回ではないです。

敵も頑強でなかなか逃げずだから大毎でご承知のように【百人斬り競争なんてスポーツ的なことが出来たのです。】



小銃とか機関銃なんて子守唄ですね。迫撃砲や地雷はジャズに等しいです。

その後、滅茶苦茶に斬りまくって253人を叩き斬った。おかげでさすがの波平も無茶苦茶です。

【百や二百は面倒だから千人斬りをやろうと向井部隊長と約束したのです。】



支那四百余州は小生の天地には狭すぎる。


【戦友の六車部隊長が歌を作ってくれました。】

百人斬り日本刀切れ味の歌(豪傑節)

1.今宵別れて故郷の月に冴えて輝くわが剣
2.軍刀枕に露営の夢に飢えて血に泣く声がする
3.嵐吹け吹け江南の地に斬ってみせたや百人斬り
4.長刀三尺鞘を払えばさっと飛び散る血の吹雪
5.ついた血糊を戎衣でふけば傷も残らぬ腕の冴え
6.今日は顔かよ昨日はお顔明日は試さん突きの味
7.国を出るときや鏡の肌よ今じゃ血の色黒光り(以下略)


まだ極楽にも行けず靖国神社にも行けず、253人も斬ったのでぼつぼつ地獄行きでしょう。

武運長久を毎日念じています。小生戦死の暁には何卒路傍の石を拾いて野田と思い、酒それも上等の酒を一升頭から浴びせ、煙草を線香の代わりに供えられたく、最後に大元帥陛下万歳。(註:特派員の名前無し)野田少尉の顔写真あり、


  大毎   小学生新聞

  昭和13年1月26日
千人斬りの誓  

   斬りまくる253人   百人斬り競争の野田部隊長


上海戦線○○部隊の第一線の勇士、向井敏明、野田毅両部隊長が百人斬りの誓いをたて、斬って斬って斬りまくり、以下略。

  野田部隊長は敗残兵を追いまくって進みに進み,斬りにも斬った、253人,伝家の宝刀「波平」も鋸の歯のようになりましたが、以下略

http://homepage2.nifty.com/60hp/100sosyou.htm
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