やあ醤麺狂師クン(にこにこ)①
投稿者: inuwokuuna_bakatyon 投稿日時: 2004/05/16 16:41 投稿番号: [5184 / 29399]
>だからね、あらゆる蛮行がありふれた出来事。強盗殺人・放火・強かん・・・、
>捕虜の「据えもの斬り」も同様。
>また人肉食もかなり流行ったが・・・
【人肉食もかなり流行った】って
どこで流行ったんだ?
言ってごらん?
(大笑い
【人体の利用と商品化】 徳山大学経済学部教授 粟屋 剛
http://homepage1.nifty.com/awaya/hp/ronbun/r004.html
(一部抜粋)
まず、大きく、①食糧(栄養)補給としてのカニバリズム、②宗教的な祭礼、儀式としての象徴的カニバリズム、③憎悪や逆に愛情に基づくところの感情的カニバリズム、④医療行為としてのカニバリズム(これは、人体の医薬品そのものあるいはその原材料としての利用とオーバーラップしている)、⑤猟奇事件としてのカニバリズム、の5種類に分類される。
数として圧倒的に多いのは、もちろん①食糧(栄養)補給としてのカニバリズムである。これはさらに、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズム、日常的な食糧補給としてのカニバリズム、グルメとしてのカニバリズム、の3つに分類される。 まず、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズムについて。
とくに、飢饉の際にカニバリズムが行われるのはきわめて自然な成り行きである。それは世界中で共通している。飢えると人は人を食う。
日本にもある。江戸時代、天明の飢饉 (1783年) の際、東北や関東で牛馬犬猫はもちろん、草の根、木の皮、壁土と食われ、最後は人肉(死人の肉)が食われたという(5)。
戦争中の食糧補給としてのカニバリズムはよく知られている。日本では、豊臣(羽柴)秀吉が鳥取城を兵糧攻めした際に城内で死人の肉が食われたという話は有名である。また、太平洋戦争中の日本軍の、フィリピン (とくにルソン島)、ニューギニア、ソロモン群島 (とくにガダルカナル島) などにおけるカニバリズムがよく知られている(6)。
次に、日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、カニバリズムのチャンピオン、中国の例に触れておこう。まず、桑原隲蔵博士は、中国における人肉食は一時の偶発でなくむしろ伝統的慣習であり(12)、人肉が公然と市場で売買されることもあったとされている (13)。ここでは、人肉はまさに商品である。キー・リー・チョンは中国における人肉の料理方法を詳しく記している(14)。ブライアン・マリナーも中国では19世紀のはじめまで人肉を供するレストランは珍しいものではなかったと述べている (15)。ほかに、黄文雄氏は中国の数千年にわたる食人 「文化」 について書いている(16)。とくに、グルメとしてのカニバリズムのきわめつけは中国、斉の桓公の料理人、易牙がその息子を蒸し焼きにして献上した事例であろう。日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、一々あげればきりがないのでこれくらいにしておく(17)。また、食糧(栄養)補給としてのカニバリズム以外のカニバリズムは本稿の趣旨からはずれるので省略する(18)。それにしても、過去に一体どれくらいの人間が人間を食ったのであろうか。またどれくらいの人間が食われたのであろうか。そのような統計は見当たらない。
>捕虜の「据えもの斬り」も同様。
>また人肉食もかなり流行ったが・・・
【人肉食もかなり流行った】って
どこで流行ったんだ?
言ってごらん?
(大笑い
【人体の利用と商品化】 徳山大学経済学部教授 粟屋 剛
http://homepage1.nifty.com/awaya/hp/ronbun/r004.html
(一部抜粋)
まず、大きく、①食糧(栄養)補給としてのカニバリズム、②宗教的な祭礼、儀式としての象徴的カニバリズム、③憎悪や逆に愛情に基づくところの感情的カニバリズム、④医療行為としてのカニバリズム(これは、人体の医薬品そのものあるいはその原材料としての利用とオーバーラップしている)、⑤猟奇事件としてのカニバリズム、の5種類に分類される。
数として圧倒的に多いのは、もちろん①食糧(栄養)補給としてのカニバリズムである。これはさらに、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズム、日常的な食糧補給としてのカニバリズム、グルメとしてのカニバリズム、の3つに分類される。 まず、危急時(飢饉、戦争、遭難など)の食糧補給としてのカニバリズムについて。
とくに、飢饉の際にカニバリズムが行われるのはきわめて自然な成り行きである。それは世界中で共通している。飢えると人は人を食う。
日本にもある。江戸時代、天明の飢饉 (1783年) の際、東北や関東で牛馬犬猫はもちろん、草の根、木の皮、壁土と食われ、最後は人肉(死人の肉)が食われたという(5)。
戦争中の食糧補給としてのカニバリズムはよく知られている。日本では、豊臣(羽柴)秀吉が鳥取城を兵糧攻めした際に城内で死人の肉が食われたという話は有名である。また、太平洋戦争中の日本軍の、フィリピン (とくにルソン島)、ニューギニア、ソロモン群島 (とくにガダルカナル島) などにおけるカニバリズムがよく知られている(6)。
次に、日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、カニバリズムのチャンピオン、中国の例に触れておこう。まず、桑原隲蔵博士は、中国における人肉食は一時の偶発でなくむしろ伝統的慣習であり(12)、人肉が公然と市場で売買されることもあったとされている (13)。ここでは、人肉はまさに商品である。キー・リー・チョンは中国における人肉の料理方法を詳しく記している(14)。ブライアン・マリナーも中国では19世紀のはじめまで人肉を供するレストランは珍しいものではなかったと述べている (15)。ほかに、黄文雄氏は中国の数千年にわたる食人 「文化」 について書いている(16)。とくに、グルメとしてのカニバリズムのきわめつけは中国、斉の桓公の料理人、易牙がその息子を蒸し焼きにして献上した事例であろう。日常的な食糧補給ないしグルメとしてのカニバリズムについては、一々あげればきりがないのでこれくらいにしておく(17)。また、食糧(栄養)補給としてのカニバリズム以外のカニバリズムは本稿の趣旨からはずれるので省略する(18)。それにしても、過去に一体どれくらいの人間が人間を食ったのであろうか。またどれくらいの人間が食われたのであろうか。そのような統計は見当たらない。
これは メッセージ 5175 (syoumenkyousi さん)への返信です.