Re^2:百人斬り競争を裏付ける
投稿者: watanabe1937 投稿日時: 2004/05/18 02:15 投稿番号: [5197 / 29399]
toitatoiさん:>少なくとも100人斬りは事実で[な]かった、または、事実と考えるには疑義がある、ということが認められれば、成果があった、考えるのではないでしょうか。
それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。
100人斬りは、野田、向井両氏が自分で言っていたことで、本多氏が言い出したことではありません。また、東京日日報道は、3人の記者がそれぞれに、両氏の語ったことを記事にしたと言っているわけです。
次回、佐藤振壽氏が証言をするようですが、すでに『南京戦史資料集Ⅱ』などで発表されたものと、内容に大きな違いはないものと思います。
私自身は、人数が100人かどうかは分かりませんが、競争自体はしており、実態は他の兵士がしていたような捕虜の斬首で、当時の一般的状況から非戦闘員も含まれていたと判断しています。
>手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。
手紙が存在したこと、また一部に編集者の手が加わっているにしても宛先が実名になっている手紙は、ほぼそのまま内容が掲載されたことを疑う理由はありません。
これは、特派員の取材によるものではなく、本人が書いたという点で重要な意味を持ちます。少なくとも「百人斬り競争」記事が「記者の捏造」と主張することは難しくなりました。
もっとも、大阪毎日新聞が、当時、他人の手紙を勝手に創作していたことを、他の事例で示すことができれば別です。しかし、常識的にそんなことは考えられません。一般的に、当時(1937-1939年)の新聞は規制の範囲内で事実については比較的正確で、歴史の資料として十分価値があります。
>歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。
百人斬りの歌の存在は、指摘しましたように、阿羅健一氏が『正論』の記事で述べています。まだ歌を憶えている人もいますので、歌詞が大阪毎日の新聞のものか調べることは可能です。作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。
裁判の争点は、死者対する名誉毀損ですから、本多氏が新聞記事や証言などの資料によって記事を書いたことを論証すれば十分です。ただし、本多氏側は積極的に事実を述べる道を選択しましたので、従来の主張を新たな証拠を交えて繰り返すことになるでしょう。
>戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。
記事では「敗残兵掃討」になっています。これは、無抵抗な敗残兵を狩出す場合の当時の常套句です。実際、南京では9連隊第3大隊は敗残兵掃討をしていましたが、銃火を交えることはほとんどなかったようです。
それが戦闘行為、捕虜殺害、両氏のホラ話しのいずれか、あるいはそれらの混じったものなのかは、証拠によって論じればよいことで、「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/jcrqrf.html#jcrqrf
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/lqnqrf.html#lqnqrf
それならば、名誉損壊を理由とする裁判は、おかど違いでしょう。
100人斬りは、野田、向井両氏が自分で言っていたことで、本多氏が言い出したことではありません。また、東京日日報道は、3人の記者がそれぞれに、両氏の語ったことを記事にしたと言っているわけです。
次回、佐藤振壽氏が証言をするようですが、すでに『南京戦史資料集Ⅱ』などで発表されたものと、内容に大きな違いはないものと思います。
私自身は、人数が100人かどうかは分かりませんが、競争自体はしており、実態は他の兵士がしていたような捕虜の斬首で、当時の一般的状況から非戦闘員も含まれていたと判断しています。
>手紙の内容は正しい事実なのかということについては不明です。
手紙が存在したこと、また一部に編集者の手が加わっているにしても宛先が実名になっている手紙は、ほぼそのまま内容が掲載されたことを疑う理由はありません。
これは、特派員の取材によるものではなく、本人が書いたという点で重要な意味を持ちます。少なくとも「百人斬り競争」記事が「記者の捏造」と主張することは難しくなりました。
もっとも、大阪毎日新聞が、当時、他人の手紙を勝手に創作していたことを、他の事例で示すことができれば別です。しかし、常識的にそんなことは考えられません。一般的に、当時(1937-1939年)の新聞は規制の範囲内で事実については比較的正確で、歴史の資料として十分価値があります。
>歌というのも、本当に行われた100人斬りに対して作られたのか(どういう趣旨で作られたものなのか)少尉の言以外、にはありません。
百人斬りの歌の存在は、指摘しましたように、阿羅健一氏が『正論』の記事で述べています。まだ歌を憶えている人もいますので、歌詞が大阪毎日の新聞のものか調べることは可能です。作者の六車氏は、野田氏と同期の同じ連隊の第1大隊副官と思われますので「百人斬り」のことと考えるのが自然です。
裁判の争点は、死者対する名誉毀損ですから、本多氏が新聞記事や証言などの資料によって記事を書いたことを論証すれば十分です。ただし、本多氏側は積極的に事実を述べる道を選択しましたので、従来の主張を新たな証拠を交えて繰り返すことになるでしょう。
>戦闘行為を想像させる勇ましい書き方ですよね。
記事では「敗残兵掃討」になっています。これは、無抵抗な敗残兵を狩出す場合の当時の常套句です。実際、南京では9連隊第3大隊は敗残兵掃討をしていましたが、銃火を交えることはほとんどなかったようです。
それが戦闘行為、捕虜殺害、両氏のホラ話しのいずれか、あるいはそれらの混じったものなのかは、証拠によって論じればよいことで、「名誉毀損」を盾にして歴史探求の自由を阻むことはできません。
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/jcrqrf.html#jcrqrf
http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/9/ejfqrf/lqnqrf.html#lqnqrf
これは メッセージ 5194 (toitatoi さん)への返信です.