南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
ダーディンの指摘は的確です
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/18 20:55 投稿番号: [8440 / 41162]
>「南京の日本軍兵士は、上層部から略奪や虐殺をしてもよいという通達を受けているような印象を、私は受けました。『中国人は殺せ』というような命令ではないにせよ、『殺してもかまわない』というような通達です。こうした行動は私には大きなおどろきでした」
これは的確な指摘です。
実際に出されたことが文書で残っているものには、「怪しいものは容赦するな
女子供と言えど油断するな」と書かれているのですが、
第十軍参謀長注意事項
1937年(昭和12年)10月
七、支那住民対スル注意
北支殊ニ上海方面ノ戦場ニ於テハ一般ノ支那住民ハ老人、女、子供ト雖モ敵ノ間諜ヲ勤メ、或イハ日本軍ノ位置ヲ敵ニ知ラシメ、或イハ敵ヲ誘導シテ日本軍ヲ襲撃セシメ或イハ日本軍ノ単独兵ニ危害ヲ加フル等寔ニ油断ナリ難キ實例多キヲ以テ特ニ注意ヲ必要トス、殊ニ後方部隊ニ於テ然リトス、斯ノ如キ行爲ヲ認メシ場合ハニ於テハ些モ仮借スルコトナク断固タル處置ヲ執ルヘシ
前線部隊には伝言ゲームで
「女子供といえども容赦なく殺せ」と伝わったケースがあるのですね。
ダーディンの観察眼はかなり確かだと思います。
http://www.geocities.jp/yu77799/minkanjin.html>もちろんこれは、ダーディンの嘘だとか、捕虜処刑を民間人虐殺と見誤ったのだ決め付けられそうだが。一応「まさか日本軍が民間人を虐殺するなどとはまったく考えていなかったのです」といってますね。
南京事件以前の一般的な欧米人の認識だと思いますね。
ダーディンは正直に当時の考えを述べていると思います。
これは メッセージ 8434 (monkeybrain132 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8440.html
全部タイトルが同じじゃあ紛らわしいですが
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/18 20:53 投稿番号: [8439 / 41162]
>あの面積で50万とはどんな都市でしょうね。
安全区の面積は世田谷区ぐらいと言われますが、現在の世田谷区の人口は
80万人余です。
南京城内全体では山手線の内側ぐらいの面積で、平時人口は100万だったと
言われています。
1936年12月 1,006,968人(警察庁及市政府調査)
1937年3月 1,019,667人 200,810戸 (首都警察庁調べ)
別におかしくありません。
もちろん、おかしくないかどうかと、実際にそうだったかどうかは別の話です。
>スマイスによる連行された人数ですね。殺害処分が適当だったかはわかりませんが、他の方法として思いつくのは、1.武装をひん剥いて釈放、2.強行突入による戦闘、ぐらいなんですが他になんかあります?
上海派遣軍の中山参謀はのちに東京裁判で承認として次のように述べています。
東京裁判速記録
弁護側反証
○サトン検察官
南京安全地区国際委員会は、南京において支那軍が降伏した後におきまして、揚子江の岸で三万人ぼかりの支那兵が殺され、その殺された支那兵の埋葬について処置したのではありませんか。
○中山証人
そういうことは承わつておりません。但し次のようなことが誤り伝えられたものと考えられるのであります。安全地区内に一部の破(敗)れた兵が潜んでおりまして、しかも武器を持つて潜んでおつたのでありますから、これを探し出しまして、すなわち軍法会議にかけて処断したということはあるいはあつたと思います。それを大袈裟に伝えられたものと思います。
○サトン検察官
彼らが射殺される前に、軍法会議にまわされたのは、幾人でありましたか。
○中山証人
数は覚えておりません。
○サトン検察官
あなたの宣誓口述書の十九節において、「南京で俘虜約五千くらいおつたように聞いていますが云々、そうして適宜、揚子江彼岸に釈放したとのことであります。」と述ぺております。しかしながら南京の揚子江の向う岸に着いたという者は、揚子江の南岸において日本兵のために射殺された支那兵の死体が漂流して、向こう岸に着いたその死体であったのではありませんか。
○中山証人
そういうようなことは絶対にありません。当時数十万の軍隊が、南京附近に集つておりまして、その食糧にさえ日本軍は困つておった状態で、支那の俘虜に食わすだけの食糧はどうしてもなかったのであります。なお当時大本営の方針といたしましては、日支事変を拡張、拡大させないという考えでありまして、中支那方面軍は、南京を占領したならぱ、その地域を確保せいというような考えのように承つておりましたので、派遺軍は俘虜を揚子江の北岸に釈放した、いな追放したと考えます。
(日中戦争資料集8 P215-216)
中山参謀の弁護通り、基本的には釈放、戦争犯罪の嫌疑があれば軍法会議
(軍律裁判)に掛けた上での処刑。
この通りに行われていれば、「虐殺」と呼ばれるいわれはなかったのです。
>目撃談はいくらでも引っ張ってきてもらってかまいませんが、我々がすべきはそれらから主観を取り除き客観で判断することだと思います。相当、酷い、凄い、かなり、これらの言葉からわかることはほとんどありません。
具体的な数値についてはスマイス調査に記載されています。
Higetaさんのmsg7962が、その部分の説明になっています。
これは メッセージ 8429 (shingan_magan さん)への返信です.
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シナがハリウッドを使って大宣伝。
投稿者: asaginezumi 投稿日時: 2006/01/18 20:00 投稿番号: [8438 / 41162]
南京事件、ハリウッド映画に…メリル・ストリープ出演
【上海=加藤隆則】旧日本軍による1937年の南京事件を題材にしたハリウッド映画の制作が決まり、来年12月の事件70周年に合わせ、世界で同時公開されることが明らかになった。
18日付の上海紙「文匯報」が報じた。
同紙や制作協力する江蘇省文化産業グループによると、映画のタイトルは「南京・クリスマス・1937」で、当時、南京にいた米国人宣教師の目を通して、旧日本軍が行った中国人への殺害行為を描くストーリー。
クリント・イーストウッドが監督を務め、同氏と「マディソン郡の橋」で共演したメリル・ストリープの出演が予定されている。
すでに3000万ドルが投じられ、総制作費は1億ドルを超える見込み。江蘇省政府が協力し、5月から南京でロケが始まるという。
中国では旧日本軍が南京を包囲した12月13日を「南京大虐殺記念日」としており、70周年にあたる来年は、各種行事が行われる予定。
南京事件を扱った映画としては、「抗日戦争勝利50周年」の95年、日本人俳優も起用した中台合作の「南京1937」が制作され、日本でも上映された。
(読売新聞)
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広島が核武装容認?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/18 19:56 投稿番号: [8437 / 41162]
>核武装容認派は、全国でも広島でも未だ少数派だが、
広島の容認派比率は全国平均を上回っている。
核廃絶の困難さと被爆の実相を知れば、
抑止力として核武装を求めることは
現実的な平和希求の方途として、とても自然な考え方だ。
ギャハー、バカウヨはどこまでトンマなんじゃ。
日本が核を持てばアメリカが大喜びして日本を潰しにかかるのがわからんとはのー。
今の、北朝鮮とイランの問題も全く理解しておらんようじゃな。
もともと、アメリカ人は日本人より中国人のほうが気が合うんじゃ。
これはわしの知っているアメリカ人が皆言っている。
アメリカ人は共産主義だからといって中国人をバカにする奴はおらん。
日本が核を持てば中国とアメリカの両方から潰されることになる。
日本が核クラブに入ることをアメリカと中国がぼけっと見とるわけがないじゃろ。
日本が核を持つ?狂った考えを持つんじゃない。どあほ!
これは メッセージ 8431 (kisikaisei2004 さん)への返信です.
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櫻井女史の発言
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/18 19:26 投稿番号: [8436 / 41162]
以前、田原総一郎が司会するTV番組で櫻井女史がでていた。
彼女は、初め、日本軍に殺された中国人の数がどうのこうのと言っていたが、その後で、(私は南京虐殺はあったという立場です。)と明確に認めていた。
この発言は彼女の本心ではないと思うが、田原氏の気迫に押されて、めずらしく、しおらしくしていた。
もっとも、公共の電波を使ったTVで(南京大虐殺は無かった)などという大嘘は、さすがにこの筋金入りのウヨおばさんも言えなかったようだ。
そんな事を言えば、(ナチスのガス室はなかった)と書いて廃刊に追い込まれた(マルコポーロ)というアホ雑誌と同じように、ジャーナリストとしての生命が絶たれるのを自覚していたのかもしれない。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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Re: おいおい…(横)【事実は0人】結論1
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/01/18 15:27 投稿番号: [8435 / 41162]
>>しかし、ポイントはそんなこと(また、チャンよりレベルが高いからすごいはずだ)ではない。世界の大勢があなたのいう意味での虐殺否定には組していないということだ。
>これは学術的な問題ではなく、政治的な問題なんだよ。
また、一方的な決め付け。
政治(イデオロギー)的な動機は(かなり)あると思うが、学問的にもそんなにやわなものじゃないと思う。そして、政治(イデオロギー)的というなら、いわゆる虐殺否定派も似たり寄ったりではないだろうか。チャイナ、欧米の学者が日本の虐殺否定派を笑う根拠がそれ。日本の虐殺否定派は史実ではなく、政治的動機から否定しているだけだと。田中さんなんか、日誌を改竄して世界では信用がた落ち。洞、笠原、本多だけを笑うことはできない。
市民虐殺0というのは、安全区外城内に市民が相当数残っていたという説もまだ生きているようなので、そう簡単に主張できるかどうか。
それより、大虐殺で問題になっているのは、無抵抗な捕虜大量虐殺で、世界の大勢はこれをも含めて大虐殺と主張しているようだ。偕行社も認め懺悔しているらしいし。市民虐殺0一点張りでは世界に通用しないだろう。
かりに捕虜処刑は法的に正当だと抗弁、強弁しても世界の大勢は受け付けないだろう。
ということで、
>学術的に理路整然と反発している訳ではないでしょ?
論理的ではなく、ヒステリックに反発、無視しているだけ
くりかえすが、そんなに単純なものではない。
これは メッセージ 8392 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/01/18 14:55 投稿番号: [8434 / 41162]
いろいろご紹介ありがとうございます。
>孫
私は南京のまわりの県を含めるという笠原先生の意見に賛同する。しかし犠牲者数については問題がある。【私たちが言っている三〇万というのは、まわりの六県その他地域を入れていない。】これはあらたな課題として考えていきたい。
これが、秦氏のいうチャイナ側からの烈しい抗議のことかどうか知りませんが、城内か、城外でも直近も含めているのかあいまいですね。録音そのものを聞き直すともっとはっきりするかもしれませんね。
南京間落直後、安全区以外の城内に市民が何万か残っていたかどうかについては決着がついていないようですね。コーヒーさんは、ついているような口ぶりだったけど、早飲み込み、思い込みなのかな。
ダーディンが、小森義久とのインタビューで、安全区以外の城内に市民がかなり残留していなければ説明のつかないようなことを言ってましたね。
>――日本軍はやはり民間人をも無差別に殺したのですか。
「はい、無差別の殺害といえます。銃で射つのがもっとも多かった。銃剣を使う場合もあった。とにかくウサギを殺すような感じでの虐殺が行われたのです」
ダーティン氏はこうした発言をしながらもとくに表情は変えず、淡々とした口調で語りつづける。
「南京の日本軍兵士は、上層部から略奪や虐殺をしてもよいという通達を受けているような印象を、私は受けました。『中国人は殺せ』というような命令ではないにせよ、『殺してもかまわない』というような通達です。こうした行動は私には大きなおどろきでした」
(中略)
日本軍でさえ、またやがては去って行く。戦闘を終了させたことだけでも日本軍を歓迎してもよいではないか――そんな受け止め方が多かったのです。まさか日本軍が民間人を虐殺するなどとはまったく考えていなかったのです。もしそんな心配が前からあったなら、民間人はみな市内から逃げていたでしょう。」
http://web.archive.org/web/20000919230511/http://www.history.gr.jp/nanking/dathin.htmlもちろんこれは、ダーディンノ嘘だとか、捕虜処刑を民間人虐殺と見誤ったのだ決め付けられそうだが。一応「まさか日本軍が民間人を虐殺するなどとはまったく考えていなかったのです」といってますね。
これは メッセージ 8408 (ja2047 さん)への返信です.
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朝鮮から事務総長?
投稿者: neonanashinogonbei 投稿日時: 2006/01/18 12:14 投稿番号: [8433 / 41162]
朝鮮から事務総長?
この人物について、俺は、詳しく知らないけど
朝鮮から事務総長が選ばれるとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
国際社会は、国連から脱退し、新たに別の機関を作った方が良いのでは?
そうでないと、世界に平和は、訪れないよ!
これは メッセージ 8432 (gozz0000 さん)への返信です.
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東京の人間はしょうゆ弾にもアレルギー
投稿者: gozz0000 投稿日時: 2006/01/18 11:55 投稿番号: [8432 / 41162]
大阪人はぶっ飛ばす!
韓国の潘・外交通商相、次期国連事務総長へ“始動”
【ニューヨーク=白川義和】次期国連事務総長の有力候補である韓国の潘基文(パン・ギムン)外交通商相が17日、ニューヨーク入りし、ボルトン米国連大使ら安保理常任理事国の国連大使と相次いで会談した。
潘氏は本紙の取材に、出馬に関する直接の言及は避けたが、「今日の会談は有益だった」と語った。
ボルトン大使は会談後、潘氏が在米韓国大使館に勤務していた1990年代前半以来のつきあいだと明かし、「非常に適任だと思う」と評価した。ただ、来年1月に任期が始まる次期事務総長を輪番制の慣行に従ってアジアから出すことについては、「世界中から最良の適任者を選びたい」と否定的な見解を繰り返した。
ロシアのデニソフ国連大使は会談後、潘氏について「傑出した人材で、国連でもよく知られている」とし、ロシアはアジアからの選出を支持すると述べた。
韓国政府筋によると、潘氏の擁立は長期外遊から帰国する2月中旬以降に正式発表される予定。アジアではタイとスリランカも候補を出しており、今後調整が必要となる。事務総長人事は安保理が原則として全会一致で推薦した人物を国連総会が承認、任命する。
(読売新聞) - 1月18日10時41分更新
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Re: 広島市民が核武装容認?
投稿者: kisikaisei2004 投稿日時: 2006/01/18 11:53 投稿番号: [8431 / 41162]
どうやら被爆の実相を知らないようだな。
「被爆二世」というのは嘘だと確信したよ。
おそらくは日本人でもあるまい。
核武装容認派は、全国でも広島でも未だ少数派だが、
広島の容認派比率は全国平均を上回っている。
核廃絶の困難さと被爆の実相を知れば、
抑止力として核武装を求めることは
現実的な平和希求の方途として、とても自然な考え方だ。
被爆を笑いとばす貴方の方が、余程常軌を逸してると思うがね。
これは メッセージ 8430 (fukagawatohei さん)への返信です.
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広島市民が核武装容認?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/18 08:44 投稿番号: [8430 / 41162]
ガハー!
広島人はよほど頭が狂ってますな。
もう一度原爆を落とされたいとはの。
ところで、数年前、前長崎市長が(天皇に戦争責任がある)と言っただけで、キチガイ右翼にピストルで背中を撃たれ重症をおった事があったの。
まあー、日本のナチスに人命尊重と人道主義という言葉は通用せんから始末におえんの。
これは メッセージ 8419 (kisikaisei2004 さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: shingan_magan 投稿日時: 2006/01/18 07:42 投稿番号: [8429 / 41162]
>中国側は市の人口が(安全区外、城外を含めて)50万ぐらいで、これと
軍の数を合わせたものが初期人口としていますが、これは結果が正しいとして
初期の数を推測しただけのもので、根拠にはならないですね。
あの面積で50万とはどんな都市でしょうね。
>南京城内に関する限りスマイスの推定、1万人前後というのがあり得る推定であって
スマイスによる連行された人数ですね。殺害処分が適当だったかはわかりませんが、他の方法として思いつくのは、1.武装をひん剥いて釈放、2.強行突入による戦闘、ぐらいなんですが他になんかあります?感想にすぎませんが、1.は甘すぎ、2.は非難がいっぱい、実際の方法は中途半端。どんな方法ならまるく収まったんでしょうね。殺し方も安楽死ではないでしょうが、それほど残酷に思えません。
>当時の日本人の目撃談としては次のようなものがあります。
目撃談はいくらでも引っ張ってきてもらってかまいませんが、我々がすべきはそれらから主観を取り除き客観で判断することだと思います。相当、酷い、凄い、かなり、これらの言葉からわかることはほとんどありません。万人それぞれ別のモノサシを持っているのですから。
これは メッセージ 8427 (ja2047 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8429.html
Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/18 06:51 投稿番号: [8428 / 41162]
>冨澤氏の著書『南京事件の核心』(展転社)に詳しく論じられています
「南京のこれ以外の場所は1月末まで事実上の無人地帯となっていたのであって、此の期間中、殆ど外国人の目撃者はなかった。」(『戦争とは何か』103頁)
この場合の「無人地帯」とは、軍事上の“noman`s
land”のことである、
と解釈するべきでしょう。
日本軍将兵の回想にあるように、
「市街では住民を見なかったが、大隊本部の宿舎付近の民家の奥には、各家に一〜二名の住民が残っており、残した家財を見張っていたようである。」
「残留住民は家の奥の方にはいたようであるが、街路両側の民家は戸を締めており静かであった。」
ということで、正解と思います。
>
一部の虐殺派の人々はラーベ日記に一月中旬、安全区外で5万人の難民が発見されたと記述されていることを以って安全区外無人説を否定する向きもありますが、
この前提がすでに間違っています。
ラーベは「安全区外にいた人々が安全区に避難してきた」と言っているのです。
「ついに安全区がいっぱいになったとき、私たちはなんと二十五万人の難民という「人間の蜂の巣」に住むことになりました。最悪の場合として想定した数より、さらに五万人も多かったのです。」
(ヒトラーへの上申書
ジョン=ラーベ
1938年6月8日
「南京の真実」
講談社文庫
P342)
したがって、以下の考察1.2.にはあまり意味がありません。
>3.国際委員会の主要業務は難民に対する食糧の配給であり、人数分の食料が供給されるよう、日本に対してたびたび苦情を申し立てている。
この配給人数について、良民証発行による人口調査の結果、国際委員会は1月14日の第41号報告で従来の20万人から25万人に上方修正しているが、これ以降、配給対象人数の上方修正は行われていない。
国際委員会は難民全員に食糧を供給していたわけではありません。
確かどこかに7万人と言う記述があったのだが、出てこないので代わりに
上海国際基督教評議会ボイントン様
「−現在五万人の難民に毎日無料で米を配っています。−」
1938年1月18日
フィッチ
>ラーベにより5万人もの難民が発見されたなら、新たに増加供給の要求が無ければ不合理であり、そもそも5万人発見の記録そのものの信憑性が乏しい。
実際には起きなかったことを仮定して、これを否定しているに過ぎません。
>なお、25万人という数字は1/18、1/19、1/22の記録にも見られるので、ラーベに発見されてから直ちに日本軍に殺されたということはあり得ないw
これもまた、だれも主張していないことを否定しているに過ぎません。
これは メッセージ 8418 (nmwgip さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8428.html
Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/18 06:44 投稿番号: [8427 / 41162]
>これをもってしても、30万の殺害は不可能ですね。
初期人口−死者数<=残存人口
を最低限を満たさなければならないのに数字を当てはめると記号が>に反転してしまいます。上の式を満たせる最大の死者数はいくつなんでしょうね?
中国側は市の人口が(安全区外、城外を含めて)50万ぐらいで、これと
軍の数を合わせたものが初期人口としていますが、これは結果が正しいとして
初期の数を推測しただけのもので、根拠にはならないですね。
南京城内に関する限りスマイスの推定、1万人前後というのがあり得る
推定であって、数十万とか言うのはリアルタイムの認識に反すると思います。
>他は大方文字どおりとれますが、これのひどい破壊のしかたってどんなもんだったんでしょうね?大空襲、原爆に比べりゃ遥かにましだったんじゃないでしょうか?
空爆による大量破壊というのはこれ以降に出てくるもので、ラーベには
広島。長崎はもちろん、東京やドレスデンの大量破壊は想像も付かな
かったでしょうね。
当時の日本人の目撃談としては次のようなものがあります。
瀧川政次郎
東京裁判被告側弁護士
「 私はこれらの証人が語った残虐行為をここに載録するに堪えない。これらの証人の中には危く日本兵の虐殺の手から逃れた人々も交っているから、彼らは南京占領後に繰りひろげられた地獄図をまざまざと描いている。怨恨と復讐の念とに燃え上っているこれら証人の言に虚偽と誇張のあることは、その反対訊問の速記録を見ただけでもわかる。しかし、彼らの言に多少の誇張があるにしても、南京占領後における日本軍の南京市民に加えた暴行が相当ひどいものであったことは、蔽い難き事実である。
当時私は北京に住んでいたが、南京虐殺の噂があまりに高いので、昭和十三年の夏、津浦線を通って南京に旅行した。南京市街の民家がおおむね焼けているので、私は日本軍の爆撃によって焼かれたものと考え、空爆の威力に驚いていたが、よく訊いてみると、それらの民家は、いずれも南京陥落後、日本兵の放火によって焼かれたものであった。
南京市民の日本人に対する恐怖の念は、半歳を経た当時においてもなお冷めやらず、南京の婦女子は私がやさしく話しかけても返事もせずに逃げかくれした。私を乗せて走る洋車夫が私に語ったところによると、現在南京市内にいる姑娘(クーニャン)で日本兵の暴行を受けなかった者はひとりもないという。」
(「新版
東京最後をさばく(下)」P95〜P98)
>純戦闘中に戦闘区域を避けなかった民間人って虐殺の被害者にいれてしまっていいんでしょうか?
中国軍の抵抗は収まっているので、純戦闘中ではないです。
この時点で日本軍の認識は戦闘の続きでしょうが、実際の戦闘は
起きませんでした。
これは メッセージ 8423 (shingan_magan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8427.html
Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/18 06:42 投稿番号: [8426 / 41162]
>テインパリーからベイツへの手紙
1938年3月28日
上海付近の民衆に対する暴行については、確実な証拠がほとんど見つかりません。日本に対して申し立てられた事件は主として南駅の爆撃とか攻撃機から民衆を機銃掃射するいった一連の空爆が主なのです。
『南京事件資料集』アメリカ関係資料編
【注】一連の空爆も支那軍による
上海南駅の爆撃は日本軍によるもので間違いはない
d(^^
>●上海→南京
撤退に際しての中国軍による放火が行われたのは事実だろうが、
日本側の記録を読むと農村部には家もあり、人もおり、食料もあった。
全て無人の焦土となったわけではない。
>●南京城外・農村
>農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
『南京事件の日々』12月6日付ミニー・ヴォートリンの日記
この結果城外住民が難民として市内に流入したり、揚子江の両岸の城外に
取り残されたことを示している。
>こうして安全区を別とすれば、南京市は「ひとけ」が無くなり、我々委員会のメンバー、わずかのアメリカ人新聞記者、取り残されたヨーロッパ人が2〜3人いるだけになりました。
「ヒットラー宛の上申書」ラーベ1938年6月8日
だからそのあとに、
「中国側によればまだ中国人が大ぜい安全区の外に隠れているという話でしたが、」
と続いていることをカットしちゃいけない、これではサギというものだ
d(^^
>同盟通信・前田雄二記者
msg8360で指摘したとおり、主張されていないことを見なかったといっても
それは当然の話でしかない。
>>いたから、当初20万の見積もりが25万に増えたんですよ。
>農協君が、とうとう人口が20万人から25万人に増えたことを認めた。
>めでたし。めでたし。
増えたのは「見積もり」。
正確な人数ではない。
安全区外が無人で、当初の見込み20万が正しいのなら、
人口が増える余地はない。
見積もりが5万人増えたのは、当初の見積もりの他に
少なくとも5万人の人が存在したということにしかならない。
これだけの話なんだ。
これは メッセージ 8413 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8426.html
Re: 核武装?
投稿者: shingan_magan 投稿日時: 2006/01/18 03:12 投稿番号: [8425 / 41162]
私の核シェルターは整備すべきだと思います。
>地下1mでガンマ線の量は地上の2/10000になりますから
ずいぶんと減りますね。減少の仕方は比例的でしょうか、指数関数的でしょうか?知ってたら教えてください。
紙でα線、0.5cm鉛壁でβ線、10cmの鉛壁でγ線を防げるのでただの地表は以外に通してしまうのかも。それでも十分壁になりますが。
最大の問題はシェルター整備を始めたときにでてくる、「戦争がないのになぜシェルターがいる、戦争する気か。」などと言い出す者への対策ですか。盾には攻撃力など無いのに。
これは メッセージ 8415 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: shingan_magan 投稿日時: 2006/01/18 02:38 投稿番号: [8424 / 41162]
>いたから、当初20万の見積もりが25万に増えたんですよ。
それが城内からであれ、城外からであれ、増えた5万は安全区以外にいたのだ
ということは、誰にも否定できません
これをもってしても、30万の殺害は不可能ですね。
初期人口−死者数<=残存人口
を最低限を満たさなければならないのに数字を当てはめると記号が>に反転してしまいます。上の式を満たせる最大の死者数はいくつなんでしょうね?
>ジョン=ラーベの日記
38年 1月17日
「昨日の午後、ローゼンと一緒にかなり長い間市内をまわった。すっかり気が滅入ってしまった。日本軍はなんというひどい破壊のしかたをしたのだろう。あまりのことに言葉もない。(中略)難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからない。」(南京の真実
講談社文庫
P216)
他は大方文字どおりとれますが、これのひどい破壊のしかたってどんなもんだったんでしょうね?大空襲、原爆に比べりゃ遥かにましだったんじゃないでしょうか?もちろんラーベが大空襲、原爆を知っていたはずはないでしょうから、彼が嘘を書いたとは思いませんが。後世の我々がそのままとることはできません。証言や日記には少なからず主観が入りますから。
純戦闘中に戦闘区域を避けなかった民間人って虐殺の被害者にいれてしまっていいんでしょうか?
これは メッセージ 8410 (ja2047 さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: shingan_magan 投稿日時: 2006/01/18 02:38 投稿番号: [8423 / 41162]
>いたから、当初20万の見積もりが25万に増えたんですよ。
それが城内からであれ、城外からであれ、増えた5万は安全区以外にいたのだ
ということは、誰にも否定できません
これをもってしても、30万の殺害は不可能ですね。
初期人口−死者数<=残存人口
を最低限を満たさなければならないのに数字を当てはめると記号が>に反転してしまいます。上の式を満たせる最大の死者数はいくつなんでしょうね?
>ジョン=ラーベの日記
38年 1月17日
「昨日の午後、ローゼンと一緒にかなり長い間市内をまわった。すっかり気が滅入ってしまった。日本軍はなんというひどい破壊のしかたをしたのだろう。あまりのことに言葉もない。(中略)難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからない。」(南京の真実
講談社文庫
P216)
他は大方文字どおりとれますが、これのひどい破壊のしかたってどんなもんだったんでしょうね?大空襲、原爆に比べりゃ遥かにましだったんじゃないでしょうか?もちろんラーベが大空襲、原爆を知っていたはずはないでしょうから、彼が嘘を書いたとは思いませんが。後世の我々がそのままとることはできません。証言や日記には少なからず主観が入りますから。
純戦闘中に戦闘区域を避けなかった民間人って虐殺の被害者にいれてしまっていいんでしょうか?
これは メッセージ 8410 (ja2047 さん)への返信です.
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左翼や中国の捏造を批判しましょう。
投稿者: F1789_99 投稿日時: 2006/01/18 00:43 投稿番号: [8422 / 41162]
>証拠が0で、捏造資料やニセ証言者のオンパレードなのだから、
>学問的には市民の虐殺犠牲者は0人、
>即ち「南京大虐殺」は、「虚構」「でっち上げ」となる。
その通りです。
左翼や中国の捏造を批判しましょう。
これは メッセージ 8392 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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侵略とは言えません。
投稿者: F1789_99 投稿日時: 2006/01/18 00:41 投稿番号: [8421 / 41162]
>日本は侵略戦争をしたと思ってますが、違ってますか?
はい、盧溝橋で攻撃を受け、
日本が停戦に勤めても、中国軍は虐殺・攻撃を繰り返し、
ついに大軍で上海を攻撃したので、日本はやむをえなく応戦。
日本軍は規律正しく中国民衆から歓迎された。
という事実があるので、侵略とは言えません。
>心から謝罪したいと思います。
人口20万の南京で30万人虐殺があったと捏造を行っている
中国に貴方は謝罪したいですか?
これは メッセージ 8412 (fukagawatohei さん)への返信です.
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まだja氏は捏造を続けていたのですね
投稿者: F1789_99 投稿日時: 2006/01/18 00:36 投稿番号: [8420 / 41162]
>安全区外にはまだ人がおり、それが安全区に避難してきたのです。
久しぶりに見たら、まだja氏は捏造を続けていたのですね。
軍事のトピでは大虐殺が無いことを認め、捏造を認めたのに、
逃亡してこちらで捏造を続けているのですね。
しかし、あいかわらず虐殺数と証拠を出すことから逃亡中ですね。
これは メッセージ 8410 (ja2047 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8420.html
Re: 心からの反省や謝罪はできない?
投稿者: kisikaisei2004 投稿日時: 2006/01/18 00:28 投稿番号: [8419 / 41162]
>余談ですが、私は被爆二世ですが戦争で犠牲になったアメリカ兵にたいしても謝罪したい気持ちです。
私も原爆で親族を失いましたが、
アメリカに謝罪したいと思う被爆者や遺族は皆無だと思います。
広島の核武装容認(支持)比率は全国平均を上回っており、
手放し平和主義者の欺瞞は見抜かれています。
被爆者を利用しようとするサヨは許せませんな。
これは メッセージ 8412 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/18 00:06 投稿番号: [8418 / 41162]
安全区内にしか市民がいなかった(市民であって中国兵や負傷兵を看護する従軍看護婦でないことに注意)という説は日本「南京」学会理事の冨澤繁信氏が強く主張しています。
その根拠は冨澤氏の著書『南京事件の核心』(展転社)に詳しく論じられています。
一部抜粋しますと、
>
・・・蒋介石の宣伝部の顧問であった、ティンパーリという人が「南京事件」を諸外国に宣伝するために、『戦争とは何か』という本を日本軍南京占領の翌年(1938年)に出版した。この本の中には「南京事件」のたくさんの事例が集められている。この事例の実質的編纂者であり、南京大学の教授で、かつ蒋介石の顧問であったベイツという宣教師が、この事例について次のように言っている。「ここに記録された事件は南京安全地帯内で起きたものだけであり、南京のこれ以外の場所は1月末まで事実上の無人地帯となっていたのであって、此の期間中、殆ど外国人の目撃者はなかった。」(『戦争とは何か』103頁)
(『南京事件の核心』冨澤繁信著
展転社)
<
一部の虐殺派の人々はラーベ日記に一月中旬、安全区外で5万人の難民が発見されたと記述されていることを以って安全区外無人説を否定する向きもありますが、以下の理由により根拠薄弱です。
1.国際委員会の用意した収容所は全部あわせても5万人程度の収容力しかなく、それ以外の市民についてはその住居を掌握できていた訳ではない。
ラーベが発見した5万人が、安全区から自宅へ帰還しようとしていた人々でないと断定する根拠は無い。
日本軍は1月上旬より市民に自宅への帰還を呼びかけている。
2.また、良民証の発行により、身元の確認された南京市民は城外より城内の元の住居へ帰還が可能となっており、ラーベの発見した5万人が城外より帰還した市民ではないという根拠も無い。
>
『南京安全地帯の記録』第23号
布告
本司令官は12月24日より、全ての難民と市民に対し良民証を発給する。これは居住と就労の便宜だけのためのものである。・・・この調査の後には良民証を持たない者の南京城内居住は許されない。・・・
昭和12年12月22日
日本陸軍
南京憲兵司令官
(『南京安全地帯の記録』完訳と研究
冨澤繁信著
展転社より抜粋)
<
3.国際委員会の主要業務は難民に対する食糧の配給であり、人数分の食料が供給されるよう、日本に対してたびたび苦情を申し立てている。
この配給人数について、良民証発行による人口調査の結果、国際委員会は1月14日の第41号報告で従来の20万人から25万人に上方修正しているが、これ以降、配給対象人数の上方修正は行われていない。
ラーベにより5万人もの難民が発見されたなら、新たに増加供給の要求が無ければ不合理であり、そもそも5万人発見の記録そのものの信憑性が乏しい。
>
『南京安全地帯の記録』第41号
福田氏への手紙
1938年1月14日
・・・我々は貴軍が、10歳以下の子供、及びいくつかの地区では老人の女性を含めないで、16万人を登録したと理解しております。すると、当市の人口は多分25万人から30万人ということになります。この住民を通常の米の配給で養うには・・・
ジョン・H・D・ラーベ
委員長
『南京安全地帯の記録』第54号
プリドウブリューン氏への手紙
1938年1月28日
・・・南京25万の難民のうち、大部分は市内及び近郊の大規模な火災のために家がありません。・・・
ジョン・H・D・ラーベ
委員長
(『南京安全地帯の記録』完訳と研究
冨澤繁信著
展転社より抜粋)
<
なお、25万人という数字は1/18、1/19、1/22の記録にも見られるので、ラーベに発見されてから直ちに日本軍に殺されたということはあり得ないw
これは メッセージ 8399 (shingan_magan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8418.html
Re: 分かりきったこと?
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/01/17 23:58 投稿番号: [8417 / 41162]
> 日本が戦争に負ければ、中国に住んでいた日本人が中国人やロシア人から酷い目にあうのは分かりきったこと。
「分かりきったこと」ねぇ・・・
> 避難の途中、あるいは現地に踏みとどまって越冬中、ソ連軍、満州軍、現地暴民の襲撃等により戦闘死または自決
戦時国際法は一面で、こういう悲劇を防止する為の文明社会のルールなのだが、中国人がこういう野蛮な殺戮を行うのは「分かりきったこと」なのだな。
> 私は約35年貿易業務に従事して、いろいろな国の人たちと付き合いましたが
その経験がもたらした貴重な識見というわけだね。
よく分かった。
これは メッセージ 8405 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8417.html
Re: 被害と範囲が不明瞭???(めでたし)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/17 23:06 投稿番号: [8416 / 41162]
>いたから、当初20万の見積もりが25万に増えたんですよ。
>それが城内からであれ、城外からであれ、増えた5万は安全区以外にいたのだ
>ということは、誰にも否定できません。
農協君が、とうとう人口が20万人から25万人に増えたことを認めた。
めでたし。
めでたし。
これは メッセージ 8410 (ja2047 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8416.html
Re: 核武装?
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/17 22:57 投稿番号: [8415 / 41162]
コピペ
核シェルターは是非整備すべきです。
広島では爆心から170mしか離れていなかった広島県燃料配給統制組合に勤務していた野村英三氏は地下一階で書類整理をしていたので助かり、その後84歳まで生存しておられました。
被爆後野村氏は同僚たちの救助活動を行いましたので間接に被曝して急性放射線障害に苦しんでいるのですが直接被曝でなかったのが幸いしたのだと思われます。
地下1mでガンマ線の量は地上の2/10000になりますから、地下へ入れば生存する確率は飛躍的に向上すると思います。
地下鉄ならば郊外へ通じていますから、避難路にもなり救援隊の進入路にもなります。
入り口をシャッター等で塞ぐ事も必要です。
更に近在のビルディングの地階、地下室や地下駐車場等から直接地下鉄の駅に連絡路があれば尚宜しいかと思います。
それらが無くても、取り合えず地下へ避難し誘導放射能の減衰を待つならば生存できる確率はやはり高くなります。
誘導放射能とは、核爆弾が爆発した時に出る中性子によって放射化された地上の物質が放射線を出すようになる事ですが、急速に減衰し、7倍時間が経つと1/10になります。
つまり、被曝1分後の放射線量が1グレイなら7分後には0.1グレイです。
勿論、爆心地に近いほど放射線量は多くなりますから、地下鉄があればそのトンネルを通って安全な区域へ脱出できるようになるでしょう。
「爆心地に近いほど放射線量は多くなりますから」
これを忘れている人が多いので困り者です。
支那や北朝鮮で核爆発があれば放射能が日本に飛んで来る、だから日本の核武装は有効ではない。
困ったことに某エー大学の元教官もこんな与太話を「軍事研究」誌などに書いています。(8月号)
飛んでこないとは言わないですが、それによってどのくらいの線量を被曝するのかしないのかを検討しなければ只の与太話です。
ビキニ核実験の時、15メガトンの水爆ブラボーの爆発(爆発高度が低く、火球が地表に接触し大量の珊瑚が放射化されて撒き散らされ、しかも爆弾自体が3F水爆で非常に放射線量の多いもの)で米軍は半径700kmの海域を航行禁止区域にしました。
この時、この半径以遠で放射線被害があった事実はありません。
上海と九州は700km以上離れているでしょ。
ちなみに第五福竜丸は爆心から150km離れていました。
核爆弾が爆発すると火球が形成され(きのこ雲の頭の部分)、放射能の90%はその中にあります。
非常に高温なので急速に上昇します。
広島の場合17km上空にまで上昇したそうです。
これらは全地球的に拡散してしまいます。(単位面性当りの被曝量は少なくなるのではないでしょうか)
直ぐには落ちてきません。
ピナツボ火山やセントーへレンズ山等の火山灰が何時までも上空に漂っていたのと同じ理屈です。
一方、高温に曝された地表から巻き上がる誘導放射能を含む残り10%の放射能ですが(きのこ雲の幹の部分)、これは上空のジェット気流よりも地表を流れる風に影響されますから、その時の風向きにより必ず日本の方向へ流れてくると決まった訳ではありません。
その証拠に広島原爆のフォールアウトは爆心から北西側に降っています。
偏西風なんか関係ないのです。
これらは比較的重いので爆心地近郊に降るのです。
シェルターも大事ですが、撃たせないようにする独自核抑止力の保持も当然のように必要です。
撃たせなければ被害自体が無いのですから。
MDなんか当てにしてはいけません。
ロシアのトーポリMの配備によってMDは配備前から既に陳腐化しています。
トーポリMは大気圏から出たり入ったりして弾着の時に急激に軌道を変えるMD破りの決定版です。
既にノボシビルスクからシベリアに向けた発射実験は成功しています。
海上自衛隊が導入予定のSM3は実験では6発中5発当たった事になっていますが、標的のミサイルは弾頭が分離しない低速のミサイル(アリーズ)でなんとノドンより低速で的が大きいのです。
東風なんかとは比べ物にもなりません。
そんなもので6発中5発当たったからといってこれで日本は安心だと言っていられるのでしょうか?
天下のマサっチューセッツ工科大学のセオドア・ポストル教授は海上自衛隊のSM3では北朝鮮のミサイルすら一発も撃ち落せないと雑誌サピオに寄稿しておられます。
さらに日本のロケット工学の専門家中富信夫氏も同じ理由でMDは当てにならないとその著書「北朝鮮のミサイルは撃ち落せるのか」で述べています。
MDではお先真っ暗ですが、余裕があれば開発するくらいのスタンスで良いのではないでしょうか。
独自核抑止力の保有により撃たせない事が大事です。
これは メッセージ 8409 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8415.html
Re: 満州開拓史?(横)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/17 22:49 投稿番号: [8414 / 41162]
>彼らは満州では相当過酷な体験をしたそうです
そう、そう。
[読者手記 53編]
文藝春秋・特別号 '83・9掲載
昭和20年8月20日頃であったろうと思う。・・・(中略)・・・ぶきみという程静かな日が続いていたので、新京の街で何が起こっていたのか解らなかった。
そんな日病院の玄関で大声で騒ぐ声にびっくりして、私は板でくくりつけた足をひきずりながら玄関に出て見て驚いた。12、3の少女から20ぐらいの娘が10名程タンカに乗せられて運ばれていた。それは、まともに上から見ることの出来る姿ではなかった。その全員が裸で、まだ恥毛もそろわない幼い子供の恥部は紫に腫れ上がって、その原形はなかった。大腿部は血がいっぱいついている。顔をゆがめつつ声を出しているようだが、聞き取れない。次の女性はモンペだけをはぎとられて下(しも)の部分は前者と同じだが、下腹部を刺されて腸が切口から血と一緒にはみ出していた。次の少女は乳房を切られて、片眼を開けたままであったから死んでいるのかも知れない。次もその次も、ほとんど同じ姿である。
「ああ女とはこんな姿でいじめられるのか・・・」。次々に病室に運ばれて行く少女を眼のあたりに見て、その非情なソ連兵の動物的行動に憤りを感じると同時に、道徳も、教養も平和な中にのみあるのであって一つ歯車が狂ってしまったら、そんなものは何の役にもたたないのだ。
・・・(中略)・・・1週間私はこの病院にいて毎日毎日この光景を見て、その無残、残酷さに敗戦のみじめさを知った。銃でうたれて死ぬのは苦痛が一瞬であるが、自分の体重の3倍以上もある毛むくじゃら男数名になぶられた少女や娘等はどんな苦しみであったろうか。
・・・(中略)・・・また女医さんに聞いたことだが、「10名に2、3名は舌を噛んで死んでいるんです。また何名かの方は胸を圧縮されて息絶えている人がありました」と語られたことを想い出す。
>それを知りながら、日本の民間人、婦女子を満州に置き去りにして、さっさと逃げてしまった日本軍人の話は有名。
オマエ、本当に何も知らずに日本の悪口ばっかり垂れ流しているんだな。
満州の対ソ戦
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi-taiso2.html(一部抜粋)
居留民後退の問題
それでも9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日
0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、として非難されることとなった。
東部方面(第1方面軍)の戦闘
第126、第135師団主力とともに15日夕までソ連軍の侵攻を阻止し、
この間に牡丹江在留邦人約6万人の後退を完了することができた。
牡丹江東側陣地の防御が限界に達した第5軍は、17日までに60キロ西方に後退、そこで停戦命令を受けた。
虎頭陣地の戦闘
完全包囲下の中で守備隊は主として夜間斬り込み、肉薄攻撃を反復敢行、
8月26日に至り避難民を含めほとんど全員が壮烈なる戦死を遂げた。
陣地にあった約1900名(含居留民)中、内地に帰還し得た者、わずかに53名であった。
北及び北西方面(第4軍)の戦闘
第119師団は停戦するまでソ連軍の突破を阻止し、その結果邦人主力のハイラル在住者は
ソ連軍に後方を遮断される前に後退することができたのである。
〆
〆
〆
「同胞4万救出作戦」
内蒙古在住4万人の同胞をソ連軍から守ろうと、日本軍将兵が立ち上がった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog357.htmlこうして、投降し、ソ連軍によってシベリアに強制連行された日本人は100万人以上。
そのうち、50万人以上がシベリアで殺され、日本には帰って来れなかったのだ。
これは メッセージ 8405 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8414.html
Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/01/17 22:12 投稿番号: [8413 / 41162]
日本軍による虐殺はどの範囲でも皆無です。
●上海
ベイツからテインパリーへの手紙
1938年3月3日
われわれの考えはこうです。ずっと行われてきた戦争における野蛮な行為を、戦場から隔たっている公衆に知ってもらうためには、一つの街についてよりももっと広範囲な地域にわたって述べたほうが効果があるということです。遠くにいるものは、南京は結局例外である、つまり首都と言う名前ゆえの政治的憎悪や、時間的、人員的な偶発事件によるものと簡単に思ってしまいます。しかし、同じ時期に、上海、松江、蘇州、無錫、湖州、抗州にも同様な話があることが分かれば、全体的に見てずっと信憑性があるということになります。
『南京事件資料集』アメリカ関係資料編
テインパリーからベイツへの手紙
1938年3月28日
上海付近の民衆に対する暴行については、確実な証拠がほとんど見つかりません。日本に対して申し立てられた事件は主として南駅の爆撃とか攻撃機から民衆を機銃掃射するいった一連の空爆が主なのです。
『南京事件資料集』アメリカ関係資料編
【注】一連の空爆も支那軍による
●上海→南京
ラーベ
11月16日、蘇州では、舞い戻ってきた中国の敗残兵によって、ひどい略奪が行われたという。
孫元良
やがて我々は崑山から蘇州に後退し、ここで一休みできる筈だったが、蘇州は既に秩序が乱れ収拾不能な都市になっており、我々に休む間を与えなかった。
第九師団・第36連隊長・脇坂次郎
上海から南京に進軍中、我が部隊は常に先頭に立ったが、沿道の部落の家屋が焼却され、毀損され、また家屋内が略奪されていたのが相当認められた。
これは支那軍が退却に際し…放火・破壊した、支那軍民の常習たる戦時の略奪によるものであると、支那人民から聞いた。
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀
わが部隊は、蘇州へ向けて進撃すべく命をうけ、第一線部隊として進み、蘇州到着までは、ほとんど敵の抵抗を受けなかったが、蘇州に至る間の部落は酷く焼かれ、屋根のある家は少なく、住民もいなかった。
このような破壊は、支那軍が退却に際して行ったものと認める。
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長大杉浩
上海から南京へ行く途中のある部落で、稲の堆積されたものが、焼き棄ててあるのを見た。
部落民にその理由を尋ねたところ、それは支那軍が退却の際、日本軍に渡さない為、焼却したと説明を受けた。
●南京城外・農村
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
『南京事件の日々』12月6日付ミニー・ヴォートリンの日記
支那軍は、南京城壁の周囲1〜2キロにある居住区全域と南京城から半径16キロ以内にある道路沿いの村落と民家を強制的に焼き払った。
笠原十九司(捏造学者)
●南京城内
言いかえれば、13日に貴軍が入城したときに我々は安全区内に一般市民のほとんど全体を集めていましたが、…
「安全委員会公文書T-6」12月17日
こうして安全区を別とすれば、南京市は「ひとけ」が無くなり、我々委員会のメンバー、わずかのアメリカ人新聞記者、取り残されたヨーロッパ人が2〜3人いるだけになりました。
「ヒットラー宛の上申書」ラーベ1938年6月8日
つまり、城内は、全員が安全区内で、安全区外は無人
●安全区
『秩序ある日本軍の入城で南京に平和が早くも訪れたのは何よりです』
ベイツ12月15日
「虐殺とは戦争に関係ない住民や婦女子をむげに殺害することだろう。
ところが殺されなければならない住民婦女子は難民区内にあって、日本の警備司令部によって保護されていた。
私の所属していた同盟通信の旧支局はその中にあった。
入城四日目には私たちは全員この支局に居を移し、ここに寝泊まりして取材活動をしていた。
つまり難民区内が私たちの生活圏内で、すでに商店が店を開き、露天商や大道芸人まで出て、日常生活が回復していた。
この地区の情報はちくいち私たちの耳目に入っていたのだ。
こういう中で、万はおろか、千、百、あるいは十をもって数えるほどの虐殺など行われようはずがない。
もしあれば、私たちが見逃すはずがない」
同盟通信・前田雄二記者
これは メッセージ 8399 (shingan_magan さん)への返信です.
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心からの反省や謝罪はできない?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/17 21:52 投稿番号: [8412 / 41162]
>あなたもこの世の中に長く生きているのなら、「人は自分がしていないことについては、心からの反省や謝罪はできないものである」という言葉くらいはご存知でしょう。
いや知りませんな。
私は日本政府の公式見解の通りかつての日本は侵略戦争をしたと思ってますが、違ってますか?
実際に戦争をしたのは私の父の年代ですが、私は戦争に巻き込まれ亡くなった罪のない人々、特に子供達、に対しては心から謝罪したいと思います。
余談ですが、私は被爆二世ですが戦争で犠牲になったアメリカ兵にたいしても謝罪したい気持ちです。
私の叔父は中国兵との戦闘で負傷しましたが、彼は中国の子供達の悲惨な状況を知り、戦後、復員してから日本で戦災孤児を集め、自分の財産をなげうって孤児院を始めました。
彼は死ぬまで、野菜や果物を売り歩きながら、孤児の面倒をみていました。
その孤児院にアメリカの進駐軍の兵隊が慰問にきましたが、あるアメリカ兵はアメリカに帰ってから死ぬまでその孤児院に毎年寄付を続けてくれました。
若いあなたがたに戦争責任があるはずがありません。
日本人であることに誇りを持つのが自然でしょう。
しかし、過去の失敗を繰り返さない知恵が必要ではないでしょうか。
これは メッセージ 8404 (pesiticider さん)への返信です.
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バカの定義
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2006/01/17 20:59 投稿番号: [8411 / 41162]
馬鹿:道理・常識からはずれていること。常軌を逸していること。また、そのさま
>私が呼ぶところのバカウヨとは外国人に対し偏見と憎悪を抱いている日本人の事です。
では、ここで発言をされているほとんどの人は当てはまりませんね。
ほとんどの人は、自らが客観的だと判断した情報を元に、自分の考えを述べているだけですからね。
で、偏見と憎悪を抱いている人って具体的に誰よ?
貴方みたいな人とか、バカウヨはそんなことも分かんないのかって回答は不要ですよ。
逆にあなたの方こそ、中国寄りという偏見を持った人間じゃないんですかね。
相手の意見がおかしいと思うなら、右翼右翼と騒ぐ前に、論理的に論破すればいいだけです。
>又、台湾など東南アジアに長期出張したさい、現地で旧日本軍に殺された家族の深い心の傷を知りました。
戦争で、家族や親しい人を失った人が、心に傷を負っているのは当たり前です。それは、どの国でも変わりませんよ。
で、その人たちは、日本人である貴方にどういう対応をしたんですかね。
「この日本人め。謝罪しろ。賠償しろ。」とでも詰め寄られましたか?
>確かに南京で中国人が何人日本兵に殺されたかを検証する事も必要かもしれませんが、30万人殺しましたとか、いや5万人殺しましたという事を議論することにどんな建設的な意味があるのか分かりません。
意味は有りますよ。どういう罪を犯したかを正確に把握することは、正しい謝罪と反省につながりますからね。調べた結果冤罪と分かったなら、当然、謝罪も反省も必要ありませんが。
逆に、南京事件を正しく把握すると、何か不味い事でもあるんですかね。
>私が中国のトップなら迷わず日本に報復します。
へ〜。貴方が元首なら、率先して国際条約を無視するというわけですね。貴方の方が、よほど危険な思想の持ち主に見えますけどね。
まあ、現実の中国首脳部と言うか共産党も、あなたと似たり寄ったりの考えでしょうから、多くの日本人が危機感を持ってるんですよ。
>現に中国はおとりのミサイルを発射して敵の迎撃ミサイルを回避できる高性能ミサイルをもっているのです。
随分と無駄な事に金をかけてるんですね中国って(笑)。
その分野では一番実現の可能性のある日米のMDすら実用になっていない状況で、何故対迎撃装備を持つミサイルを実用化する必要があるんでしょうね。
あと、そのテストはどうやったんですか?
まあ、そのようなミサイルがあるのが本当だとしても、貴方でも知っていることを、日米の軍事筋が知らないはず有りませんから、当然、そういったミサイルがあることは織り込み済みで、MDは開発されていることでしょうね。
>マスコミはさかんに中国を悪者にしていますが、将来の日本をミスリードする危険な風潮だと思います。
マスコミが中国を悪者にしているのではなく、中国の実際に行っている事の一部を隠さずに報道するようになった結果ですよ。やっと、報道機関の本来の役割を思い出したと言うべきでしょうね。
それとも、中国の言うように、中国にとって都合の悪いことは情報統制することが、正しい方策とでも言う気ですか?
なんだか、そう言いたそうに見えますけど(笑)。
>中国がこれまでに日本人を何人虐殺したのでしょうか?
少なくとも、過去においては数百人単位で殺されてますね。通州事件などで。あと、現在進行形で、殺しを行ってでも、日本人の財産をせしめてやろうと言う考えの中国人が多く日本にいますし、そういう人間によって、多くの犯罪被害者が虐殺されてます。
中国の言い分だと、人数の多寡は関係ないんですよね、確か。
>私の愛国心とは日本のこれからの安全を考え、日本を戦場にしないことです。
日本のこれからの安全を考えるなら、中国の誤った反日政策は、改めさせるべきだと思うけど、貴方は違うんですかね。
これは メッセージ 8388 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/17 20:40 投稿番号: [8410 / 41162]
>安全区外はほぼ無人だったっていう証言はありましたよね。あまり無理があるとは思えません。それとも無人といいながら実は何万人もいたということでしょうか?
いたから、当初20万の見積もりが25万に増えたんですよ。
それが城内からであれ、城外からであれ、増えた5万は安全区以外にいたのだ
ということは、誰にも否定できません。
いたという当時の記録はたくさんあります。
「日本軍の砲弾が新街路近くの一角に落ち、一〇〇人以上の死傷者を出した。一方、安全区という聖域を見いだせずに自宅に待機していた民間人は五万人以上を数えるものと思われる。その死傷者数は多く、ことに市の南部では数百人が殺害された。安全区の非戦闘員の食料は、中国軍の瓦解により供給が完全に絶たれた。」(ニューヨークタイムズ記事
1937年12月19日
ダーディン)
「こうして、安全区を別とすれば、南京市は人気がなくなり、われわれ委員会メンバー、わずかのアメリカ人記者、取り残されたヨーロッパ人が2,3人いるだけになりました。中国側によればまだ中国人が大ぜい安全区の外に隠れているという話でしたが、これは確かめることができませんでした。」(ヒトラーへの上申書
ジョン=ラーベ
1938年6月8日
「南京の真実」
講談社文庫
P344)
「市街では住民を見なかったが、大隊本部の宿舎付近の民家の奥には、各家に一〜二名の住民が残っており、残した家財を見張っていたようである。本部の兵が食糧徴発に行って、”奥の方に人が居た”と言っていた。」(佐藤増次
歩兵第九連隊第一大隊本部先任書記「証言による南京戦史(8)」『偕行』1984年11月号
P7)
「残留住民は家の奥の方にはいたようであるが、街路両側の民家は戸を締めており静かであった。本道上には障碍物はなかったが、中央ロータリーのところにトーチカ式の銃座があった。」(城島赳夫
戦車第一中隊長
「南京戦史」P192)
ジョン=ラーベの日記
38年 1月17日
「昨日の午後、ローゼンと一緒にかなり長い間市内をまわった。すっかり気が滅入ってしまった。日本軍はなんというひどい破壊のしかたをしたのだろう。あまりのことに言葉もない。(中略)難民の数は今や二十五万人と見積もられている。増えた五万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。かれらは、どこに行ったらいいのかわからない。」(南京の真実
講談社文庫
P216)
安全区外にはまだ人がおり、それが安全区に避難してきたのです。
これは メッセージ 8399 (shingan_magan さん)への返信です.
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核武装?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/17 20:34 投稿番号: [8409 / 41162]
>日本国民が生き残るためには、日本が核武装する以外に道はない。
これがバカウヨの本音。
インテリさんはナイーブだから、キチガイに洗脳されないでね。
これは メッセージ 8397 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 被害と範囲が不明瞭???
投稿者: ja2047 投稿日時: 2006/01/17 20:29 投稿番号: [8408 / 41162]
>ところで、先に引いた秦からの以下の文章では、シナ代表の高官(?)が、30万というのは、城内だけの犠牲者数だ。勝手に空間や時間を広げるなというような抗議をしていますね。
"The figure of three hundred thousand refers only to victims within the walls of the city. Don't go arbitrarily expanding the area or time span."
うーん、あるいは英文にする際の間違いではないかと思ったのですが、
確かに秦郁彦氏は日本語でもそう書いていますね
(−−;
秦郁彦『現代史の争点』文藝春秋、1998年
笠原十九司氏が中国代表団に配慮してか、「ラーベは五〜六万と言っているが、彼の目が届かない郊外や彼が南京を去ったあとの犠牲者をすと三〇万ぐらいになるはず」と述べたところ、中国側代表格の孫宅[山へん+魏]氏が異議を申し立てたのである。「三〇万は南京城内だけの数字である。地域や時期を勝手に広げてもらっては困る」というのだ。(以下省略)
確かに、秦郁彦氏によれば、孫氏は「城内で」と言ってることになります。
孫教授というのは中国での南京事件研究の権威の一人ですので、こんな事を
言うわけはないですし、秦氏もまた、日本の研究者の中では南京事件に関して、
戦史家の立場から冷静かつ客観的な著述を残した人ですから、この書き方は
おかしいのですけどね。
おかしいのですけど、「そうであるはず」とか、「そうに決まっている」では
での付く人と同じレベルの発言になっちゃいますので、ここはおかしいという
裏付けを上げておきます。
主催者側の学者である藤原彰氏による発言録では、この部分、次のように
記録されています。
藤原彰偏『南京事件をどうみるか』青木書店,1998年, pp.145-147
全体討論
(前略)
藤原
日本側ではすべての資料が発掘されているわけではないので、孫先生の報告のなかでも日本側に該当する記録がないのが相当ある。だから日本側も今後さらに資料発掘の努力をする必要がある。(途中省略)
もうひとつ問題を提起したい。笠原先生は近郊農村を含めた範囲についての報告だったが、孫先生の「南京大虐殺の規模について」という報告のなかで、範囲はどのようにとっておられるのか伺いたい。これがはっきりすると日本側との間で整合性ができると思うので。
孫
私は南京のまわりの県を含めるという笠原先生の意見に賛同する。しかし犠牲者数については問題がある。【私たちが言っている三〇万というのは、まわりの六県その他地域を入れていない。】これはあらたな課題として考えていきたい。
笠原
私の研究は数が前提ではなく実態を明らかにするのが前提になっている。そのためには中国側の資料は非常に大事だと思っているが、残念ながら日本国民の意識のなかに、一部の否定派の研究者が繰り返し宣伝していることもあって、中国側の資料は白髪三千丈式の誇張があると思う傾向がある。そこで私の研究は中国側の資料に依拠しなくても虐殺が証明できることを念頭において、アメリカ側や日本軍の資料を使って事実を明らかにしてきた。(以下略)
主催者側の出した本はテープ起こしか何かしてるはずなので、普通に考えれば
こちらの方が正確な発言だと思いますが、私も自分で聞いてたわけではない。
>その辺のチャイニーズではなく、公式にチャイナを代表する人間が比較的最近の国際学会、大会という公式の場で城内30万虐殺だと主張しているのですから。それは、秦の捏造か記憶違いだということもありえますが、検証はそれほど難しくないでしょう。
孫教授の研究から言えばそんなことを言うはずはないし、公式の記録では
そう書かれてはいません。
どうも、秦氏が「はは、笠原のやつ、中国の学者から苦情を言われてやんの」
と言う乗りでおもしろおかしく書いただけで、実際の発言は違うというのが
真相ではないかと思います。
>一般のチャイニーズはいまだに、南京城内30万大虐殺というイメージを持っているのではないでしょうか。
こういうもの、というか、歴史上の出来事の大半は、一般には受けのよい、
解りやすい、不正確なイメージが普及しているのは事実でしょう。
>いや、それは城内というより城外近辺のことだとなったら、誰が(一部始終を)見ていたのか、どうやって、死体の軍民を識別したのか、どうやって戦闘死と不法虐殺を見分けたのかとかいう疑問がでてきますね。
私はこの点、中国側の言う「証拠」は、「とにかくたくさん殺されたんだ」と
言う主張の根拠までが限度で、数の正確さというのは全く当てにならないと
思っています。
これは メッセージ 8400 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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満州を東洋の王土にしよう?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/17 19:28 投稿番号: [8407 / 41162]
ガハハー!バカかお前は?
最近までグアム島に隠れてた日本軍の亡霊か?
これは メッセージ 8406 (konoyo_anoyo さん)への返信です.
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Re: 満州開拓史?
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/01/17 19:15 投稿番号: [8406 / 41162]
流石、馬鹿サヨの言。
<日本が戦争に負ければ、日本人が中国人やロシア人から酷い目にあうのは分かりきったこと。って、満州を東洋の王土に仕様と、日本人の家族は一生懸命国造りを頑張った事実は如何でも良いってか。
<それを知りながら、婦女子を満州に置き去りにして、さっさと逃げた日本軍人。
これも、ロシアが日本の敗戦前の、駆け込み参戦の結果、日本人の男達が徴兵させられた結果だよ。
全て、日本悪しで判断しているって事だね。
それで、何で日本に住んでいるの。
これは メッセージ 8405 (fukagawatohei さん)への返信です.
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満州開拓史?
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2006/01/17 18:58 投稿番号: [8405 / 41162]
子どもの頃、私の家の隣に満州から引き揚げてきた家族が住んでいた。
彼らは満州では相当過酷な体験をしたそうです。
日本が戦争に負ければ、中国に住んでいた日本人が中国人やロシア人から酷い目にあうのは分かりきったこと。
それを知りながら、日本の民間人、婦女子を満州に置き去りにして、さっさと逃げてしまった日本軍人の話は有名。
これが卑怯者の東条が率いる日本皇軍の正体。現在のバカウヨも同じ体質を受け継いでいる。
バカウヨを信用すれば酷い目にあう。これはいつの時代でも同じ。
これは メッセージ 8394 (nmwgip さん)への返信です.
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唐兵さん江
投稿者: pesiticider 投稿日時: 2006/01/17 14:45 投稿番号: [8404 / 41162]
>(関東大震災の際の朝鮮人虐殺事件から81年目を迎えた9月1日、東京、埼玉、千葉など関東各地で追悼式が行われた。震災直後に流された「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などのデマにより虐殺された6600人にのぼる在日朝鮮人の犠牲者を追悼した)って記事が何年か前にどっかの新聞に出てたな。
それは1923年9月11日の「独立新聞」(上海)に出ていたのでしょう。正確にいうなら「朝鮮人虐殺6661人」となっていましたね。
また「独立新聞」社長の金承学は独自の調査結果と称して「6415人」という数字を挙げてもいますね。
これらの数字が荒唐無稽なものであることは既に証明されています。
実際は「関東大震災」時の混乱の中での地震被害者以外の被害者数は、朝鮮人死者233人、重傷者15人、軽傷者27人、日本人死者58人、重傷者13人、軽傷者18人、中国人死者3人、重傷者5人です。(「司法省」調査報告書)
なお地震被害者も含めた朝鮮人死者総数は832人です。
因みに、左右の対立が激しく、内紛と分裂でほとんど実体のなかった上海の朝鮮独立運動組織の機関紙のプロパガンダ記事を、今どき真に受けている人は、日本では大山椒魚なみの天然記念物扱いですよ。
>殺した数ばかりが問題にされては、殺された人間もうかばれんと思うがのー。
殺してもいないのに、殺したと糾弾されて処刑された人は、なお浮かばれないと思いますが。
それに戦争は殺し合いですよ。数の問題ではないというのなら、戦場で日本人だけが殺して、中国人や朝鮮人は殺していないということはないでしょう。もっというなら、いくらあなたでも、中国人や朝鮮人が殺したのは戦闘中の兵士だけで、捕虜の殺害も民間人の殺害もしていないと思っているわけでもないのでしょう。
また、生まれるはるか以前のあることないことで、二十一世紀になっても責められ続けている現代の日本人が、いい加減ウンザリしてきて「もういい加減にしてくれ」と半ば開き直るのはむしろ当然のことだと思いますよ。
あなたもこの世の中に長く生きているのなら、「人は自分がしていないことについては、心からの反省や謝罪はできないものである」という言葉くらいはご存知でしょう。
中国や韓国は現在でもしきりに「第二次大戦」以前の歴史を持ち出して日本を非難し、場合によっては日本の謝罪や補償を要求しています。
ところが、「第二次大戦」後、中国で毛沢東のせいで命を落とした人は、7000万人にも上るそうではありませんか、しかしその責任が「南京虐殺キャンペーン」のような形で追求されたことは一度もありませんね。
また「チベット侵攻」「中印戦争」「中越戦争」など対外侵略戦争を重ねているのに、その反省も謝罪も全くありませんね。
昨年、北京や上海の「日本大使館」「日本総領事館」などが暴徒化した中国人デモ隊により破壊された際も、接受国の義務である警備を怠り、暴徒の乱入を許したことについて謝罪の言葉は一言もありませんでしたね。
朝鮮も「朝鮮戦争」で南北双方で死傷者400万人(離散家族1000万人)を出しているのに、その清算は全くついていませんね。
また「ベトナム戦争」に「米軍」の傭兵として8年間も「韓国軍」を派兵し続け、主としてベトナム民間人を30万人も殺しているのに、「共産主義の侵攻を受けたベトナムを支援するための派兵」と正当化し、2002年にベトナムから過去の清算を求められた時には「既に時効」と逃げていますね。
こういうのを「ダブルスタンダード」というのではないでしょうか。
>インテリさんの英文の資料はバカウヨは読めんじゃろ。
英文の資料が正しいというわけでもなければ、英文の資料が読めるのがインテリというわけでもありません。あなたの投稿を読んでいると、若年時に偏向教育を受けた結果だと思われますが、なんだか外国コンプレックスの塊みたいな歪んだ人格の持ち主に感じられて、こちらの方がいじましい気分になってしまいます。なんとかその過度に自虐的な性格を叩き直して、もう少しマシな投稿をするようになってもらえませんかね。
これは メッセージ 8382 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: バカウヨの定義
投稿者: hatibanlaito 投稿日時: 2006/01/17 14:35 投稿番号: [8403 / 41162]
>私が呼ぶところのバカウヨとは外国人に対し偏見と憎悪を抱いている日本人の事です。
自分だけが世界で一番優秀だと錯覚し、3万人の自国の障害者と600万人のユダヤ人を虐殺したドイツのナチスと同じたぐいのキチガイと言えばいいのでしょうか
日本人に対するそのような固定観念は反日教育が盛んな中国や韓国、北朝鮮人に特有のものだと思う。
仮にそういった考えの日本人がいたとしても、それを支持する人はいないから国を動かせるほどの影響力はない。
>私が中国のトップなら迷わず日本に報復します。
こういった考えを持つあなたの方がよっぽど危険だと思うが。
これは メッセージ 8388 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8403.html
Re: バカウヨの定義
投稿者: oldfirehall 投稿日時: 2006/01/17 12:29 投稿番号: [8402 / 41162]
>私が中国のトップなら迷わず日本に報復します。
あなたのような考えの人に共感する日本人は誰もいないでしょう。
>現に中国はおとりのミサイルを発射して敵の迎撃ミサイルを回避できる高性能ミサイルをもっているのです。日本のバックにアメリカがついていても、日本を簡単に壊滅できる実力が十分あるでしょう。
やれるものなら、やってみたらどうですか。
これは メッセージ 8388 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/8402.html
Re: 本当にあった東京大虐殺
投稿者: monkeybrain132 投稿日時: 2006/01/17 05:08 投稿番号: [8401 / 41162]
>殺した数ばかりが問題にされては、殺された人間もうかばれんと思うがのー。
「〜ばかり」?
それはさておいて、数、その性質は、大事な問題でしょう。責任の問題にかかわってくるから。
数は問題じゃないだろう、1人でも30万人でも100万人でも虐殺は虐殺だ。虐殺された者や家族の身にもなってみろ。人の命を金勘定で済ます気か。責任逃れする気か。
じゃあ、おなじ理屈が、チャイナがやってきた、また現にやっているチベットなど周辺民族侵略虐殺にあてはまるわけだ。いや、そんなに殺ってないとか、実は、侵略虐殺ではなくこういう事情があるのだという議論は通らない。
一人一人付き合ってみれば我々と同じ血の通った人間だ。これは、お互い様で、チャイナ側も日本人や日本軍を日本鬼子みたいに十把一絡げに見ないで欲しい。
これは メッセージ 8382 (fukagawatohei さん)への返信です.
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