南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:58 投稿番号: [18658 / 41162]
>そんな言い抜けもしないし、南京軍事法廷を知らないわけでもない。

なるほど、了解。じゃ、これが最後。「数字が30万きっかりじゃない」とか言わない?

>『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」という資料は、【終戦後戦地(支那)に於て抜粋摘記せられたもの】なんじゃないの?

あなた、自分でみてないんでしょ?   中国に抑留されているときに書いたのなら「陣中」感想録じゃないじゃん。一番最初に「本書は(…)岡村寧次大将の陣中感想録<を終戦後戦地に於いて抜粋摘記せられたもの>であって(…)」(<>内は手書きの追記)とあるんだよ。当たり前のことだがオリジナルの「陣中感想録」は「陣中」で書かれ、それを戦後に整理し、さらに帰国後に厚生省に提供してるわけ。中国での編集時に意に反して手を加えたのなら、帰国後にまたもとに戻せばいいだけのこと。

>そうは書かれてないが、書いてあることを俺が分析した結果、「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」と考えられるのだ。

じゃあ『南京戦史』の結論じゃないじゃん。あんた、

>つまり、偕行社の『南京戦史』の結論は、市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人ということだ。

って言ったんだよ!   で、『南京戦史』は「これらの当、不当に対する考察は避けた」としてるわけだよな。判断停止の対象は「撃滅、処断約一万六千人」だよな?(366ページ)。だったらせいぜい「ゼロ〜一万六千人」としか言えないはずだろ?

>第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」は書いていない。

当たり前だよな?   ここは「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから。で、第6章5節とか第7章は読まなかったわけ?

Re: おいおい

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:42 投稿番号: [18657 / 41162]
>じゃー、オマエが連続強姦殺人をして「ない」とする根拠を答えてみろ。

別にあんたに対してそんなことを主張する必要性がないから。

>いつもそうなんだが、事例があるなら最初からその事例を示せよ。

だから、それをいうなら「名簿がない」と断定した根拠を提示しなよ。その他も同様。そっちが最初に「言いっ放し」をやったんだろ?

>どうして戦闘中の軍隊の判断が妥当だったことをいちいち論証しなければならないんだ?
>敵を、殺すか?捕らえるか?それとも、やり過ごすか?逃げるか?という判断は戦闘中の将兵に委ねられている。

これ、ひどいなぁ…。本気で言ってるの?   刑事訴訟法では「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」としているが(318条)、だったら裁判官が証拠の証明力をどう判断してどういう判決を下そうが批判の余地はない、ってことか?

>>捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?
>
>知らん。
>それって重要なのか?

えっ…。ハーグ陸戦法規14条。

>筑波大学名誉教授・村上和雄や、アメリカの学者などは統一協会の影響下にあるということか?

村上和雄氏については知らない。しかし京大名誉教授の渡辺久義氏の方ははっきりしてる。
http://www.dcsociety.org/id/information/0506wells.html
ここで「ID主導者の一人であるJonathan Wells博士」と紹介されているジョナサン・ウェルズのエッセイが
http://www.tparents.org/Library/Unification/Talks/Wells/Darwin.htm
にあるけど、URLみるだけで統一協会だというのはすぐ分かる。
しかも創造デザイン学会の住所は「東京都○○○区○○×-×-×   ××-×   世界平和教授アカデミー内」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/世界平和教授アカデミー

Re: なにゆえに…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:21 投稿番号: [18656 / 41162]
http://www.geocities.jp/yu77799/pal.html

証言の一部に「誇張」や「被害者にとってはありがちの感情によってつくられた最悪事を信ずる傾向」による拙速な断言があることは指摘されているが、「証拠にたいして悪くいうことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、かつペイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない」、「弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった」、というのがパル判事の主張。
そちらこそ、「南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用され」とパル判事が「論じている」とする根拠を出せるんでしょうな?

Re: なにゆえに…

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/31 07:58 投稿番号: [18655 / 41162]
>南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。


普通、ゲリラ戦法は、正規軍の交戦中には使わないと思うよ。
市内が敵軍に制圧されたあとから、やるのが、一般的じゃないのかな。


南京陥落後なら、無くもないよ。
郭岐が 『陥都血涙録』 に書いているからね。

「日本の獣兵は南京市を占領していたが、 周辺のデマ で日夜不安であり、
まるで針の筵に座っているかのようだった。
ある時、中央 〔国民政府〕 の便衣隊約五・六人が入城し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。

ちょうど五人の獣兵が三・四人の人夫を伴って北から南へ、我が便衣隊の近くにやって来た。
彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に 「中央軍は既に入城した」 と言って、
人夫たちを安心させた。

この四人の人夫は狂気乱舞して 「中央軍が入城した」 と叫んでまわった。
・・・難民区の日本旗や腕章はいっせいに大通りに捨てられ・・・」


と書いている。 そして、これと符号する内容をラーベは

「1月8日   今日、中国人の間で、中国兵たちが南京を奪い返そうとしているという噂が、またもや広まった。
それどころか、市内で中国兵の姿をみかけた、という話まで出ている。

まず、安全区の家々に飾られていた小さな日の丸がそっくり姿を消した。
日本の腕章も。
・・・相当数の難民が日本大使館を襲おうと考えていたという」

と日記に書いているからね。

Re: もっと端的に聞きましょうか?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:29 投稿番号: [18654 / 41162]
>「ない」と主張する根拠をあんたが示すのが先。


オマエ、いい加減にしろよ。
俺は、南京大虐殺の犠牲者の名簿などないと述べた。
そしたら、オマエが、「南京大虐殺の犠牲者の名簿はある。」と言ってきたから、俺は、「その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?」、「人数は何人?」と質問したんだ。
早く答えろよ。



>ちゃんとみすず書房から本になってる、と答えたんだから自分で読めばいいじゃない。


「何と書いてあるの?」と質問したのだから、いい加減に素直に答えなさいよ。
本当は書いてないんだろ。



>だから秦郁彦の『日本人捕虜』読みなさいって。中国軍の捕虜になって戦後復員した日本兵がただの一人もいない(反戦兵士を除く)、などという非常識な主張に反論するにはこれで十分よ。非常識な主張する方が根拠示しなさいよ。


これも、全く回答になってない。



>これ、まじめな質問なのかなぁ…。あとで「動詞が"殺戮"じゃないだろ」とか「30万じゃなくて30万"以上"じゃねえか」といった、小学生みたいなこと言わない?


そんな小学生みたいなことは言わないよ。
いいから早く答えろ。

━━━━━━━━
1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?

4.南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言うが(#18568)、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい。
━━━━━━━━

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:28 投稿番号: [18653 / 41162]
>まさか、とは思うが「殺戮」という動詞が使われていない…といった言い抜けをするつもりじゃないよな?   それとも、これまた「まさか」だけど、南京軍事法廷を知らないとか?


そんな言い抜けもしないし、南京軍事法廷を知らないわけでもない。
オマエこそ、そんなことを言って誤魔化さないで、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言ったことに関する簡単な質問に答えてくれよ。

(再掲)
―――――――
南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?
ベイツは東京裁判で30万人大虐殺などとは言わず、騙し易いように市民1万2千人大虐殺を主張した。
だから、岡村が4〜5万と言っても、おかしくはない。
最近は、共産支那でさえ、30万人説を放棄しようとしている。
―――――――



>いやいや、捏造してるって。「抜粋・適記」したのは国民党に拘束されているときであっても、もとの感想録がつくられたのは(そして調査を行ったのも)そうじゃない。


あれ?
そうだっけ?
『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」という資料は、【終戦後戦地(支那)に於て抜粋摘記せられたもの】なんじゃないの?
俺は事実をまとめただけ。
(まとめを再掲)
―――――――
南京戦当時、岡村寧次自身は満州に居て南京に居なかったくせに、戦後になってから、支那において部下たちと共に国民党軍によって拘束されているときに他人から聞いた話として、抜粋・適記(編集)した。
後年、敵国において敵に命を握られている最中に、伝聞情報として抜粋・適記(編集)したモノなど絶対に「証拠」とはなり得ない。
残念だったね。
―――――――



>で、そのなかに「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」という「結論」が書かれていると主張するわけね?


そうは書かれてないが、書いてあることを俺が分析した結果、「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」と考えられるのだ。
南京戦史は(畝本氏は)「これらの当、不当に対する考察は避けた」と慎重な表現を用いている。
分析の結果、明確に不法殺害の可能性があると判断しているのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみだと言っている。



>それから第6章第2節は「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから市民虐殺については触れているはずがないのだが、第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」が書いてあると主張するわけ?


第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」は書いていない。
市民虐殺があれば、『南京戦史』に掲載されるだろうが、全く掲載されていないということは市民虐殺がなかったということになる。

Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:27 投稿番号: [18652 / 41162]
>だからその根拠を問うているのよ。まさか思いつきで「ない」と言ったわけじゃないんでしょ?


その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?



>あんたが「ない」とする根拠を答えないなら私が「ある」とする根拠を答える必要もないわな。


ハァ?
じゃー、オマエが連続強姦殺人をして「ない」とする根拠を答えてみろ。
それと、「ある」とする根拠を答える前に、まずは簡単な質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?



>現場の部隊では事実上「捕虜」と認識したうえで殺害した事例がちゃんとあるんだよ。

あのさ。
いつもそうなんだが、事例があるなら最初からその事例を示せよ。



>それから南京攻略戦で「便衣兵」が存在したというソースをどうぞ。「軍服を脱いだ」ってのはダメよ。軍服を脱いだだけならただの「軍服を脱いだ兵隊」だから。便衣兵から攻撃を受けた、という証言・証拠をどうぞ。


南京で支那軍便衣隊が日本軍を襲撃した記録が少ないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵掃蕩を行ったからだが、もしも、迅速かつ徹底した掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は襲撃をして日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出た。

それでも以下の事例あり。
――――――
わが便衣隊が彼ら(日本人)に手榴弾をおみまいしたら、一度に10人か20人死んだ。P223

  日本の獣兵は南京市を占領していたが、周辺のデマで日夜不安であり、まるで針の筵に座っているかのようだった。あるとき、中央(国民政府)の便衣隊約五、六人が入場し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。ちょうど五人の獣兵が三、四人の人夫をともなって北から南へやって来ていて、わが便衣隊の近くに来た。彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に「中央軍はすでに入場した」と言って、人夫たちを安心させた。P227

『南京事件資料集   中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」
――――――

↑このように、オマエも最初かた資料を示せ。
わかったね。



>その判断が妥当だったことを論証できなければなにも論証したことにはならんじゃない。


どうして戦闘中の軍隊の判断が妥当だったことをいちいち論証しなければならないんだ?
敵を、殺すか?捕らえるか?それとも、やり過ごすか?逃げるか?という判断は戦闘中の将兵に委ねられている。



>捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?


知らん。
それって重要なのか?
重要なのは、日本軍は南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にしたが、支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにしたという事実だろ。

で、↓これはスルーですか?
―――――――
第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されているなんて知らん。
何と記録されているか示してくれ。
「知らないのに市民虐殺がゼロ(0人)だったなんて言ったんですか?」などと馬鹿なことは言うなよ。
「ある」と言ってる方がある物を示すのが最初だ。
同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
本当に国民党軍の話か?
―――――――



>こんなもん答えになってないよ。その判断の妥当性が肝心なポイントなんだよ。


判断の妥当性を問題にするなら、南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にした日本軍より、支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした支那軍のことを問題にするべきだ。



>読めば分かるんだよ。


俺のようにきちんと示すことが出来ないということだね。



>あ〜あ…。インテリジェント・デザイン説のバックにいるのが統一協会だということすら知らないの?


筑波大学名誉教授・村上和雄や、アメリカの学者などは統一協会の影響下にあるということか?
それより、肝心なことをスルーするなよ。
オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記憶といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
本当は、ないからだろ。

Re: なにゆえに…

投稿者: devil_snr 投稿日時: 2007/05/30 23:30 投稿番号: [18651 / 41162]
>ちなみに、南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。

便衣兵はゲリラだよ。で、他に何か?


>日本は「本土決戦」で大々的に展開する予定でしたけどね。

で、展開したの?

Re: なにゆえに…

投稿者: devil_snr 投稿日時: 2007/05/30 23:29 投稿番号: [18650 / 41162]
>こういう、とっくにウソと分かっていることが平然と繰り返されるのでしょうか?


嘘だと言う証拠、事例をとっとと示してもらいましょうか。
すく出来るよな。

Re: cheap thirllさん

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 23:16 投稿番号: [18649 / 41162]
ちゃんと答えてますよ。問いが曖昧なもの、ナンセンスなものについてはその旨指摘するのも答えのうちです。
なんせ、疑似科学(インテリジェント・デザイン説)信じていることが明らかになったわけですから、こちらもつけ込まれないように注意しなきゃ。疑似科学というのは「反証」可能なかたちで自説を主張しないのが特徴なんですよ。主張に反する証拠を突きつけられても「いや、あれはそういう意味ではなかった」とか言って認めないものなんです。

なにゆえに…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 23:12 投稿番号: [18648 / 41162]
>パール判事も論じているように、
>南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用されて、

こういう、とっくにウソと分かっていることが平然と繰り返されるのでしょうか?
ちなみに、南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。
日本は「本土決戦」で大々的に展開する予定でしたけどね。

ゲリラ戦の禁止

投稿者: totoro_ootoro3 投稿日時: 2007/05/30 20:18 投稿番号: [18647 / 41162]
パール判事も論じているように、
南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用されて、
松井石根大将は、一般市民保護のために十分な保護措置を
とらなかったとして死刑に処せられた。

一方、シナ側の便衣兵(市民と同じ服を着て、日本兵を襲うゲリラ)
戦法が国際法違反であったという弁護側の主張は無視された。

東京裁判で中国のゲリラ戦が咎められずに済まされたため、
それが明確な国際法違反であることがないがしろにされ、
やがて共産主義の有効な戦法として定着する。

それに苦しめられたのは、アメリカ自身であった。

ベトナム戦争で共産ゲリラに手を焼き、ついにはソンミ村事件など、
一般人をも巻き込む虐殺事件も引き起こした。

ゲリラ戦を禁じたのは、一般市民を戦闘の巻き添えにしないための
文明国家間の知恵であった。

このルールが東京裁判以降、無視されるようになってしまった。
ゲリラが認められてしまえば、テロも五十歩百歩である。

現代の「国際的無法社会」では、北朝鮮のようなテロ国家が、
法の咎めも受けずに存在している。

cheap thirllさん

投稿者: singodama 投稿日時: 2007/05/30 12:42 投稿番号: [18646 / 41162]
デリさんの質問に答えてなきゃ。
cheapさんは全く答えてないよ。

Re: 安易な相対主..

投稿者: in_black83 投稿日時: 2007/05/30 11:58 投稿番号: [18645 / 41162]
一個人を棄て、国民としての個人にならなければ国との契約は成立しない。 国連加盟国といえば、国益の域からは出られない国の集まりであるから、真の世界秩序を作り出せない。 世界秩序の為に、国益を犠牲にする覚悟も勇気も持たない国の集まりである国連という組織は、意向上の平和しか主張出来ない。 国益より優先されるべきは、地球人としての利益なんだけどね。

だれかさんの大うそだんべ、、

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 11:09 投稿番号: [18644 / 41162]
>シナ人民がヨ、世界遺産に登録せよとヨ、騒いだらシナ共産党はヨ、大あわてで止メタンだんべ。ウソがばれてはヨ、世界的大恥。ガハハハハハ!

このウソはすでにバレてますな。
http://j.peopledaily.com.cn/2004/03/13/jp20040313_37553.html
これ↑が2004年のはなし。
で、その後実際に拡張工事ははじまった。

Re: もっと端的に聞きましょうか?

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 08:28 投稿番号: [18643 / 41162]
>全部読んでないくせに偉そうなことを言うな。

いやいや、「あの膨大な量の」とか誇張して読まないのを本のせいにするよりずっと謙虚だよ。

あとはすべてすでに答えているので、完結におさらい。

>1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

「ない」と主張する根拠をあんたが示すのが先。

>2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

ちゃんとみすず書房から本になってる、と答えたんだから自分で読めばいいじゃない。あんたが『第十軍法務部陣中日誌』には○○と書いてある(○○とは書いてない)などと内容に踏み込んだ議論をしているならこっちも必要な引用を行ないつつ反論するけど、「知らない」というんじゃまず自分で読んでもらわないと。第一、その方が納得できるだろ?

>3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?

だから秦郁彦の『日本人捕虜』読みなさいって。中国軍の捕虜になって戦後復員した日本兵がただの一人もいない(反戦兵士を除く)、などという非常識な主張に反論するにはこれで十分よ。非常識な主張する方が根拠示しなさいよ。

>4.南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言うが(#18568)、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい。

これ、まじめな質問なのかなぁ…。あとで「動詞が“殺戮”じゃないだろ」とか「30万じゃなくて30万“以上”じゃねえか」といった、小学生みたいなこと言わない?

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 08:16 投稿番号: [18642 / 41162]
>だから、いつ国民党が犠牲者数を「30万」にしたか知らないので問題にしているわけであり、オマエが南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言ったのだから、答えてくれよ。

まさか、とは思うが「殺戮」という動詞が使われていない…といった言い抜けをするつもりじゃないよな?   それとも、これまた「まさか」だけど、南京軍事法廷を知らないとか?

>俺は何も捏造しせずに、オマエが言ってるとおりの事実を述べただけじゃん。

いやいや、捏造してるって。「抜粋・適記」したのは国民党に拘束されているときであっても、もとの感想録がつくられたのは(そして調査を行ったのも)そうじゃない。
だいたいこれって、南京事件当時に南京にいた人間が情報源だ、って指摘への反論になってないだろ?   論点ズラシもいい加減にしろよ。

>手許にないから「第6章、第2節」の全部かどうか言明しないが、不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。

で、そのなかに「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」という「結論」が書かれていると主張するわけね?   それから第6章第2節は「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから市民虐殺については触れているはずがないのだが、第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」が書いてあると主張するわけ?

>不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。

なるほど。第6章4節、5節は知らん、と。で、「市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」が『南京戦史』の結論だ、と主張するわけね?

Re: おいおい

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 07:50 投稿番号: [18641 / 41162]
>俺は、南京大虐殺の犠牲者の名簿などないと述べた。

だからその根拠を問うているのよ。まさか思いつきで「ない」と言ったわけじゃないんでしょ?
基本資料をもれなくあたったうえでなかったから「ない」といったんじゃないの?   で、その資料の中に南京軍事法廷関連の資料はあるのか?   と聞いているのよ。これはあんたの知的誠実さに関わる問いだからさ。あんたが「ない」とする根拠を答えないなら私が「ある」とする根拠を答える必要もないわな。

>「捕虜」の殺害ではなく、投降兵、敗残兵、便衣兵などの処断だと言ってるんだよ。

現場の部隊では事実上「捕虜」と認識したうえで殺害した事例がちゃんとあるんだよ。
それから南京攻略戦で「便衣兵」が存在したというソースをどうぞ。「軍服を脱いだ」ってのはダメよ。軍服を脱いだだけならただの「軍服を脱いだ兵隊」だから。便衣兵から攻撃を受けた、という証言・証拠をどうぞ。

>俺は、投降の拒否を認める戦時法規の解釈を示し、当時現場で戦闘していた日本軍が判断することだと述べたのだから

その判断が妥当だったことを論証できなければなにも論証したことにはならんじゃない。

>捕虜収容所は南京の刑務所などを利用したり上海などに移送されて労働などをさせられた。

捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?

>戦闘中に、投降兵、敗残兵、便衣兵などをどうするかは、その時、その場の主権者である日本軍の判断による。

こんなもん答えになってないよ。その判断の妥当性が肝心なポイントなんだよ。判決は裁判官が決めることだ、だから東京裁判は正しかった、と言ってるのと同じだぞ?

>だから、それには何と書いてるんだ?

読めば分かるんだよ。自分の手抜きの尻拭いをして欲しいならそれなりの頼み方というものがあるだろ?

>筑波大学名誉教授・村上和雄が述べている説明の方が遥かに説得力あるが、何か?

あ〜あ…。インテリジェント・デザイン説のバックにいるのが統一協会だということすら知らないの?

朝日新聞の大うそだんべ、、

投稿者: dogezaman1gou 投稿日時: 2007/05/30 03:30 投稿番号: [18640 / 41162]
シナにヨ、南京ウソすだれをヨ、表彰された朝日だんべ〜♪

シナ人民がヨ、世界遺産に登録せよとヨ、騒いだらシナ共産党はヨ、大あわてで止メタンだんべ。ウソがばれてはヨ、世界的大恥。ガハハハハハ!

Re: 安易な相対主..

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/30 03:12 投稿番号: [18639 / 41162]
歴史学は現在の社会及び将来の社会に役立たなければならない。
第二次世界大戦後、国際社会は戦勝5ヶ国が核兵器を持ち、安保理で拒否権を持って世界を支配して来た。

世界が現在抱えている問題は、長年懸案の中東戦争。これはアメリカの拒否権で国際法廷に挙げられない。また、カンボジアのポルポト裁判やスダーン紛争、チベット問題も中国の拒否権に阻まれている事である。第二世界大戦後世界で行われた戦争の後ろには必ず中国、ロシア(旧ソ連)、アメリカの影がある。その為にそれらの国の拒否権により問題は解決していない。特に中国傀儡ポルポトに300万人大虐殺されたカンボジアは中国傀儡から海外に逃げた大東亜時代の親日民主家が戻り常任理事国の統治を嫌い大東亜共栄圏時代の日本人明石康と自衛隊の統治を求めたのである。このまま南京事件の馬鹿なカードでポルポト裁判を中国の拒否権で行われなければ、日本は世界平和に貢献出来ない国になるだろう。もし日本が中国に謝罪などしたら、戦争犯罪国に戦争犯罪人は裁けないと余計、ポルポト裁判を妨害する。

侵略の定義もA級戦犯の定義も定めず、政治的意図のみでA級戦犯を指定したニュルンベルク裁判、東京裁判を否定しなければ、人類が現在や未来に抱える問題が何も解決しない現実がある。

1995年国際司法裁判所でニュージランドのケイト・デュイス氏の「ニュルンベルク裁判でも東京裁判でも戦勝国の論理で判決が下されました。国際司法裁判所なら、中立の立場で人類が直面する最も重要な問題に答えてくれると思いました。」の提訴のもと「広島・長崎大虐殺は第二次世界大戦最大の戦争犯罪」と国際司法の勧告が出た。この勧告に反対票を投じたのは第二世界大戦の中国、アメリカなど戦勝5ヶ国、イスラエルと敗戦国日独伊の9ヶ国のみ。しかし日本政府はアメリカへの賠償請求を放棄する。この事で日本は全世界から顰蹙を買う事になるが、この勧告の翌日の国連総会で日本とドイツの敵国条項削除の採決が下される。また、全世界は日本とドイツの後ろ向きな態度に苛立ち、ニュルンベルク裁判、東京裁判の否定、南京事件とドイツのユダヤ人に対するホロコーストの歴史修正論が沸き起る。そこに国際刑事裁判所(ICC)の設立の動きとなる。

国際刑事裁判所(ICC)ローマ会議1998年7月17日
侵略の罪(A級戦犯)について
第二次世界大戦後の国際軍事法廷において侵略戦争を訴追、処罰し、また、国連憲章第2条4項において、国際関係での武力行使と武力による威嚇を原則として全て禁止していること、さらに、第39条において、安全保障理事会が強制行動をとることができるということ、からも確認される。しかし、個人が、国家機関として決定した後に侵略が行われるのであり、個人に侵略行為の刑事責任を問う制度ができない限り、国家の侵略を阻止することができないといえ、問題にされるようになってきた。
ICC規定を採択したローマ会議においては、侵略の罪を対象犯罪の一つとすること自体は決めたが、その構成要件の定義に一致することができなかった。一致できなかった理由としては二つあるとされる。一つには、安保理が認定する侵略と個人の犯罪としての侵略は、形式的には別だとしても、侵略という一つの具体的な行動は同じ行為であり、安保理の決定を前提にしなければ、犯罪類型としての侵略の罪を据えることができないのではないかという問題であり、もう一方は、安保理という政治的機関が侵略の有無を認定することによって、個人の犯罪としての侵略の罪が成立するというのでは、裁判所の独立性から言っておかしいという法律論の問題があった。そのため、問題はICC規定発効の7年後に行われる再検討会議まで先送りされたのである。
※2002年7月1日国際刑事裁判所設立条約(ローマ規程)が発効

Re: 安易な相対主..

投稿者: in_black83 投稿日時: 2007/05/29 23:45 投稿番号: [18638 / 41162]
歴史哲学に於いて客観性は重要だ。 世界史の中で、自国を客観的立場で見る事は難しい面もある。 歴史に謙虚になるという事は、ナショナリズムやイデオロギーを持ち込むなという事。 それが出来ない人は、主観的視点しか持たず、自分勝手な物語りを創造しがちである。 自分が国の代表者の如く歴史を語る者がいるが、そういう立場に立ってしまえば、客観性を失うのは当然だ。

Re: もっと端的に聞きましょうか?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/29 23:31 投稿番号: [18637 / 41162]
>『南京戦史』って「膨大な量」というほどの本じゃないと思うが…。学術書の単行本ってたいていあれくらいの量だぞ?


全部読んでないくせに偉そうなことを言うな。

早く他を答えろよ!

1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?

4.南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言うが(#18568)、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい。

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/29 23:06 投稿番号: [18636 / 41162]
>ごまかしてるのはそっちだろ?   いまは南京軍事法廷の判決が正しいかどうか?   なんてことは関係ないんだよ。『岡村寧次大将陣中感想録』の記述が国民党への配慮のために歪められているかどうか?   が問題なんだよ!   国民党に配慮したというのが本当なら、なぜ犠牲者数が「30万」になってないのか?   と聞いてるんだよ!


だから、いつ国民党が犠牲者数を「30万」にしたか知らないので問題にしているわけであり、オマエが南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言ったのだから、答えてくれよ。

(再掲)
―――――――
南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?
ベイツは東京裁判で30万人大虐殺などとは言わず、騙し易いように市民1万2千人大虐殺を主張した。
だから、岡村が4〜5万と言っても、おかしくはない。
最近は、共産支那でさえ、30万人説を放棄しようとしている。
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12924615.html
―――――――



>おいおい、勝手に捏造するなよ。岡村寧次は38年6月に第十一軍司令官になってるんだよ。その隷下に南京攻略戦に参加した師団があるから調査をしたんだよ。


俺は何も捏造しせずに、オマエが言ってるとおりの事実を述べただけじゃん。

(再掲)
―――――――
南京戦当時、岡村寧次自身は満州に居て南京に居なかったくせに、戦後になってから、支那において部下たちと共に国民党軍によって拘束されているときに他人から聞いた話として、抜粋・適記(編集)した。
後年、敵国において敵に命を握られている最中に、伝聞情報として抜粋・適記(編集)したモノなど絶対に「証拠」とはなり得ない。
残念だったね。
―――――――



>>俺は手許にはないが、第6章、第2節だ。

>本当に「第6章、第2節」を全部読んだのか?   そのうえで「偕行社の『南京戦史』の結論は、市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人ということ」と主張しているわけ?   後になって「勘違いだった」とか言い出さない?


手許にないから「第6章、第2節」の全部かどうか言明しないが、不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。
だから、後になって「勘違いだった」とか言い出さないよ。



>全部は読んじゃいないよ。しかし『南京戦史』に依拠して何かを主張するときには、ちゃんと読んだ部分にしか依拠しないよ。


俺も、同じだよ。
不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。
オマエ、大したことでもないことに、もったいぶり過ぎ。
そんなヒマあったら、早く自分が回答すべきことを回答しろ。

Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/29 23:00 投稿番号: [18635 / 41162]
>馬鹿は誰かな?   南京軍事法廷関連の資料すら調べずに「無い」と断言する人間がいるとは思わないだろ?   青木書店から出ている『南京事件資料集 2 中国関係資料編』はみたことあるわけ?   ないの?   ないのに「名簿は無い」と断言したわけ?


オマエ、いい加減にしろよ。
俺は、南京大虐殺の犠牲者の名簿などないと述べた。
そしたら、オマエが、「南京大虐殺の犠牲者の名簿はある。」と言ってきたから、俺は、「その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?」、「人数は何人?」と質問したんだ。
早く答えろよ。



>一般論を聞いてるんじゃないんだよ。南京攻略戦に於いて、捕虜の殺害を正当化するどのような状況が成立していたのか?   と聞いてるんだよ。そのくらいのことも分からんの?


「捕虜」の殺害ではなく、投降兵、敗残兵、便衣兵などの処断だと言ってるんだよ。
だから、俺は、投降の拒否を認める戦時法規の解釈を示し、当時現場で戦闘していた日本軍が判断することだと述べたのだから、俺の説明は完璧だ。



>ふ〜ん。で、その「捕虜」はどうなったの?   「捕虜」収容所を作って「捕虜」情報局も設置したわけ?


捕虜収容所は南京の刑務所などを利用したり上海などに移送されて労働などをさせられた。



>判断の根拠も示せないのに「正当な殺害だった」と主張する馬鹿がいるか?アホ!


戦闘中に、投降兵、敗残兵、便衣兵などをどうするかは、その時、その場の主権者である日本軍の判断による。
投降兵処断の判断基準は、#18600で示したとおり。
――――――
投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。
  (オッペンハイム)
――――――



>自分こそちゃんと答えろよ。基礎中の基礎資料である第十軍法務部陣中日誌の存在を知っていたのか、知らなかったのか。知っていて読んだのか、読まなかったのか。


俺はちゃんと答えてる。
いい加減に早く答えなさい。

(再掲)
―――――――
第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されているなんて知らん。
何と記録されているか示してくれ。
「知らないのに市民虐殺がゼロ(0人)だったなんて言ったんですか?」などと馬鹿なことは言うなよ。
「ある」と言ってる方がある物を示すのが最初だ。
同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
本当に国民党軍の話か?
―――――――



>秦郁彦の『日本人捕虜』読め、って書いただろ?   読めよ。


だから、それには何と書いてるんだ?
戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
本当に国民党軍の話か?
何度も同じことを言わせるな。
早く答えなさい。



>   あんた、マジでそんなの信じてるの?


さっぱり、回答しない、説明しない、具体的に示さないオマエの言ってることよりは、筑波大学名誉教授・村上和雄が述べている説明の方が遥かに説得力あるが、何か?

オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記憶といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
本当は、ないからだろ。

Re: 皇軍兵士天野中尉の活躍

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/29 20:54 投稿番号: [18634 / 41162]
>天野による強姦、暴力事件が軍法会議にかけられたのは、南京中で起こされていた
日本兵の犯罪のほんの一部である。


要するに、その犯罪は、日本軍が許していなかった犯罪という事ですね。
だから、軍法会議にかけられたわけだ。

つまり、この証言者は自分たちの、悪行三昧を、日本軍の犯罪にすり替え、
日本国の悪に責任転嫁しているわけだ。

松井大将は、この男たちの悪行で、身代わりに処刑されたけど、罪の意識を感じないのかな。
この上、まだ、日本国のせいにしようとしているのかー。


もし、南京の犯罪が、彼らの言う通りなら、
彼らは、国家の命令を無視して、悪行を働き、国家の知らぬ所で、日本国を犯罪国家に仕立てているのだから、
彼らの罪は大きい。

彼らの言葉が事実なら、日本国は、彼らを全員逮捕し、
中国に献上し、残虐な処刑をしてもらうしかないだろう。

彼らの生首102個を、南京記念館の前に積み重ね、
彼らの腹を切り裂き内臓を出し、陰部を抉り取るなどして、それを南京記念館に展示してもらい、

かつ、日本は、教科書にこの102人の犯罪者の名前を書くことによって、被害者の溜飲を下げてもらい、
中国様に南京の件は、これで終りにしていただく事ですな。

この際、日本国は被害者であって、大虐殺の命令など出していないから謝罪する必要はない。
犯罪者を引渡せば、事たりる。

ただ、問題は、犯人を仮名により、匿っている者がいることですな。
この隠匿者も極刑に処すべきでしょうな。


>(ラーペ日記)や上海派遣軍参謀長の(飯沼守日記)に天野事件について記されている。

ラーベの日記には、天野事件など、書いてないけど。
私の見落としかなー、   何月何日のところにあるのか、教えてほしいなー。


要するに、この人達の証言は、実は自分の体験ではなく、他人の書いたものを読んで、
自分の体験のように、語っているだけという事だけだね。

自分の体験なら、ラーベの日記も飯沼守日記も必要ないからな。
こんなものを書いている事が、この証言は体験談ではないことを曝露している。

中国保安隊の大活躍です。

投稿者: baribaripati 投稿日時: 2007/05/29 19:20 投稿番号: [18633 / 41162]
>天野中尉は南京陥落前後、またその後も、自分の部下を使って中国女性を捕まえて強姦したり、銀行の金庫を爆破して金を奪ったり、暴行を行ったりした。


<   中国保安隊は、・・・・・・・・・・・・
・・・・・日本人居留民の家を一軒残らず襲撃し、
無辜(むこ)の居留民(多数の老幼婦女子を含む)に対して
略奪、暴行、凌辱(りょうじょく)、
殺戮(さつりく)などおよそ残虐の限りを尽くした。

  中国兵特有の猟奇的な殺害、処刑の場面が白昼堂々、各所で展開された。
  その凄惨(せいさん)なること、かつての南京・済南両事件を上回り、我が軍の危惧(きぐ)した通り、尼港事件の再現となったのである。

いわゆる南京事件の前に、中国軍がした大虐殺(残虐に殺し尽くした事件)だよね!

之には証拠がありますぜ!


個人の犯罪じゃなく、中国軍つまり国家犯罪だよ!


http://www.history.gr.jp/~showa/tushu.html

Re: 安易な相対主..

投稿者: franzenj2000 投稿日時: 2007/05/29 18:45 投稿番号: [18632 / 41162]
すいません、あなたのおっしゃることは高度に観念的でよく分からないんですよ。
「尊敬しあうことで同じ立場に立つ」とか「歴史に謙虚になる」とか今度のコメントもちょっと理解不能です。
尊敬とか尊重という言葉は通常、差異を認め合う場合に使われると思うのですがね。

だから具体的事実を一つ書いてみたわけなんですよ。
別に挙げてみるなら、去年出て話題になった本『日本の200年』。
http://www.msz.co.jp/book/detail/07246.html
勝者であるアメリカ人が書いた近・現代史の本ですが、冒頭に歴史の相対主義に対する強い批判が書かれていますね。

Re: 安易な相対主..

投稿者: in_black83 投稿日時: 2007/05/29 18:28 投稿番号: [18631 / 41162]
君に理解力が無い証拠だな。 立場の問題を示したんだがね。(笑) 勝者の立場、敗者の立場に立っていては交わらないという事だよ。 その立場を越える為には、相手を尊敬し、謙虚でなければならない。 互いに尊敬し合う関係を築いてこそ、歴史に謙虚になれるんだよ。 違う立場に立っていては、互いの立場での主張のし合いだよ。 歴史に謙虚になるという事は、互いの立場を越え、同じ立場に立つという事だ。

Re: やっと政治家も議会で動く。

投稿者: denn8denn 投稿日時: 2007/05/29 18:13 投稿番号: [18630 / 41162]
>バカに認定されれば、本物という事じゃの。

よい評価している輩もいるが↓
http://www.shahyo.com/0547shohyo.html

早野透
http://my.reset.jp/~borderside/mirror/2003/08/04/02/

細見和之
http://www.h3.dion.ne.jp/~mozu/pages/mouhitotu.html

徐京植
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%F9%B5%FE%BF%A2?kid=69872

津田道夫
http://www.dwell-info.com/tsuda/chikushima.pdf

見るだけで赤くなりそうだ。

Re: 安易な相対主..

投稿者: franzenj2000 投稿日時: 2007/05/29 18:08 投稿番号: [18629 / 41162]
>勝者の歴史と敗者の歴史をぶつけ合っても、交じり合う事はない。

おや、戦後、ドイツとポーランド間で、歴史学者間の共同研究が行われ、双方の国家の教科書に反映されたことをご存知ないとは。

Re: 安易な相対主..

投稿者: in_black83 投稿日時: 2007/05/29 17:09 投稿番号: [18628 / 41162]
歴史には、勝者の歴史と敗者の歴史が存在する。勝者は、勝者故の正当性を主張し、敗者は、過去の繁栄を懐かしみ、勝者に対する怨念を込め、正当性を主張するのだ。 古代の歴史を記した、所謂偽書と言われている物の多くは、敗者の歴史を記した物だ。 歴史に真実を求める事は愚かだ。 歴史に真実性が無い事は、世界の誰もが知っている。 敗者の歴史を勝者の歴史に変える為には、勝者になるしかないではないか。 勝者になる為に、もう一度戦争でもするつもりなのか。 勝者の歴史と敗者の歴史をぶつけ合っても、交じり合う事はない。

Re: やっと政治家も議会で動く。

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/29 16:59 投稿番号: [18627 / 41162]
>画面の最下位■賛同者■の中に松原仁議員の記載>

やはりのー!南京確信犯は何で皆マヌケ面しとるんじゃろな。
まあ、まともなのは、石原都知事だけじゃろ。

>ところで「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて」は捏造認定済みですが?>

バカに認定されれば、本物という事じゃの。

Re: やっと政治家も議会で動く。

投稿者: denn8denn 投稿日時: 2007/05/29 16:32 投稿番号: [18626 / 41162]
>何で又、むしっかえすのかな、このバカ↑

↓を知らないのか?
http://www.nankinnoshinjitsu.com/
画面の最下位■賛同者■の中に松原仁議員の記載

ところで「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて」は捏造認定済みですが?
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H16/1609/1609010special.html

安易な相対主義は止めましょう

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/29 15:28 投稿番号: [18625 / 41162]
>一つの出来事がどうにも解釈できるっちゅう事じゃろうが

「南京戦後日本はすぐに汪兆銘南京国民政府と和睦」したかどうかとか、中支那派遣軍(後には支那派遣軍)が部隊を南京に駐留させていたかどうかは、あなたにとっては「解釈」の問題なんですか?   私にとっては解釈の余地のない、事実問題なんですけど。
だいたい、そんな安直な相対主義を持ち出したら、中国が南京事件の犠牲者数についてなにを言おうが「解釈の問題」だということになってしまいますよね?   「いつまでも過去に振り回されるな」っていうのも、「もう60年近く前に戦犯裁判で南京大虐殺はあったということになって、その裁判込みで講和したんだからいまさら“なかった”とか言うな」と返されてしまいますよ?

Re: またゴマカシですか

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/29 15:21 投稿番号: [18624 / 41162]
>南京攻略戦の段階ではまだ?介石政府を相手に戦争してたわけだけど?   で、どういう講和条約結んだんですか?

何をほざいてるんだ。南京戦の敗北で蒋介石は下野したも同然だ。

1940年11月30日「日本国中華民国基本関係に関する条約」(両国の対等外交、内政不干渉を取極める)
1943年11月5日〜6日大東亜会議「大東亜宣言」(植民地解放)
1943年11月「日華同盟条約」(租界の返還が盛り込まれる)

>そりゃあ高官や将軍をそうそう殺したりはしないでしょう。利用価値があるし。誰も「南京大虐殺で国民政府の高官や中国軍の将軍が多数虐殺された」なんてことは主張してないでしょ?   一体なにが言いたいんですか?

はぁ、当時の支那の高官も将軍も軍閥なんだよ。日本で言え戦国大名みたいな物。部下や領民が虐殺されて敵にすぐに寝返る将軍について行くものはいねぇよ。兵力があっての将軍だ。部下が皆殺しにされた裸の王様には価値がないんだよ。

>むしろ「非道な虐殺」があったから「警備兵」が必要になったと考えるのが普通じゃないの?

強盗などの警備だけじゃ、虐殺の恨みを持った南京軍1個連隊が重慶政府に寝返ってクーデターを起せば壊滅する位の弱小兵力じゃい。

>意味が分からない…。

おめぇには親日派が求めている民主化と言うのが判らないのか。

魏京生氏(中国民主化運動の第一人者)
>中国共産党政権には絶対に期待しないでほしいと警告している。靖国問題や歴史認識問題など、日中両国間には摩擦が耐えないが、それらの多くは中国共産党の裏工作によって仕組まれているものであると、海外在住の中国人の多くは認識できている。

>親日派民主化運動家を支援すりゃいいじゃないですか。南京事件がどうであれ。

民主化と言う言葉を出すたびに南京事件て出すのはどちらさんだ。胡耀邦が「日中友好四原則」や「百花斉放・百家争鳴」(言論の自由化)を再提唱してを確立したのを対抗して南京虐殺小芝居記念館など立てたのは誰だ。南京事件は胡耀邦と日本の関係を断ち切り、胡耀邦を失脚される為に政争の道具に使ったのは誰だ。

>なるほど、「天安門広場で」数千人が虐殺された、というのがあなたの天安門事件に関する認識なんですね?   まちがいありませんね?

胡耀邦が死んだ時に天安門事件と同時に、チベット自治区共産党書記の胡錦濤がラサに戒厳令を布告してとんでもない事をも合わせてやってたな。

まぁ、反日独裁政権支持派の君と親日民主化支持派の俺とは認識の違いはある。
はっきり言って俺の方が君より支那人や朝鮮人の友人多いぞ。むろんお姉ちゃんの数を引いてもだ。

Re: やっと政治家も議会で動く。

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/29 14:08 投稿番号: [18623 / 41162]
>民主党の松原仁議員は二十五日の衆院外務委員会で、
南京で虐殺など無いに等しいと申しております。>

何で又、むしっかえすのかな、このバカ↑

Re: またゴマカシですか

投稿者: kankoku_ankoku 投稿日時: 2007/05/29 12:06 投稿番号: [18622 / 41162]
もういい加減にせんかいな。
おのおのの主観的立場、もっと言えばだな
どういう思想、主義主張、政治的バックボーンによって
一つの出来事がどうにも解釈できるっちゅう事じゃろうが。
真実は一つ。しかしながら当時の出来事は今を生きている
若い世代には全く現実感がわかんのじゃよ。
中国よ、中国大好き人間共よ、いつまでも過去に振り回されるな。
政治的プロパガンダにしてはカビ臭過ぎる。
前と上を向いて歩こう。

またゴマカシですか

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/29 11:33 投稿番号: [18621 / 41162]
>あのな、個人事業の店舗を出すにも1、2日なんかじゃ出来ない。まして国家設立など2、3年をすぐにて言うんじゃい。

へぇ。で、「南京戦後日本はすぐに汪兆銘南京国民政府と和睦」した、というわけ?   南京攻略戦の段階ではまだ?介石政府を相手に戦争してたわけだけど?   で、どういう講和条約結んだんですか?

>捕虜になった高官も将軍も誰も虐殺などされてない現実を知れ。

そりゃあ高官や将軍をそうそう殺したりはしないでしょう。利用価値があるし。誰も「南京大虐殺で国民政府の高官や中国軍の将軍が多数虐殺された」なんてことは主張してないでしょ?   一体なにが言いたいんですか?

>部隊としては撤退している一部の在留邦人の警備兵だけじゃい。おまえな非道な虐殺をしてたらいつ寝返るか怖くて小規模の警備でも置けねぇよ。

なにこれ?   警備兵は「部隊」を構成せずに個人として駐留してたってわけ?   むしろ「非道な虐殺」があったから「警備兵」が必要になったと考えるのが普通じゃないの?
で、38年2月にできた中支那派遣軍は南京に部隊を駐留させてない、というのがあなたの主張なんですか?

>南京虐殺の捏造などは、日本に親日派民主化運動家を支援させない為のプロパガンダである。

意味が分からない…。親日派民主化運動家を支援すりゃいいじゃないですか。南京事件がどうであれ。

>※天安門事件   胡耀邦、趙紫陽のもと作られた「日中友好二十一世紀委員会」を中心とした民主化要求200万人デモ隊が天安門広場で数千人虐殺された。

なるほど、「天安門広場で」数千人が虐殺された、というのがあなたの天安門事件に関する認識なんですね?   まちがいありませんね?

Re: ごまかさないでもらいたい

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/05/29 11:07 投稿番号: [18620 / 41162]
>>1938年3月   南京に梁鴻志中華民国維新政府成立(梁鴻志は1946年中国政府から本当の南京大虐殺で殺される。)
>>1938年12月   汪兆銘が南京に入る

>そんなこと聞いてるんじゃないのよ。「汪兆銘南京国民政府」ができたのは「南京戦後(…)すぐに」なのか?   と聞いてるのよ。

あのな、個人事業の店舗を出すにも1、2日なんかじゃ出来ない。まして国家設立など2、3年をすぐにて言うんじゃい。

それより現実はその政権は旧南京政府高官や南京軍将兵で作られた現実じゃい。捕虜になった高官も将軍も誰も虐殺などされてない現実を知れ。

>ということは、38年2月以降敗戦まで、南京には日本軍の部隊はただの一つも存在しなかった、と主張するわけ?   それで間違いない?

はぁ、現在でも自衛隊の人間が外務省に出向して諸外国の大使館にいますが、外交武官がいて当たり前だろう。部隊としては撤退している一部の在留邦人の警備兵だけじゃい。おまえな非道な虐殺をしてたらいつ寝返るか怖くて小規模の警備でも置けねぇよ。
ついでに南京政府軍はアウサンスーチー女史の父親のビルマ自由軍みたいに日本軍の指揮下に入っていない。同盟国として蒋介石政権や共産ゲリラに対して別指揮の下で協力して攻撃した。そのため、日本軍からすると軍事的価値は少なかったといわれている。

アウサンスーチー女史がまた中国傀儡独裁政権に弾圧を受けている。汪兆銘南京国民政府は親日民主化要求の中国人達からも再評価の声が挙がっている。南京虐殺の捏造などは、日本に親日派民主化運動家を支援させない為のプロパガンダである。

魏京生氏(中国民主化運動の第一人者)
天安門事件は彼の釈放運動から起こる。
http://dadao.kt.fc2.com/ron46wei.htm
>中国共産党政権には絶対に期待しないでほしいと警告している。靖国問題や歴史認識問題など、日中両国間には摩擦が耐えないが、それらの多くは中国共産党の裏工作によって仕組まれているものであると、海外在住の中国人の多くは認識できている。

※天安門事件   胡耀邦、趙紫陽のもと作られた「日中友好二十一世紀委員会」を中心とした民主化要求200万人デモ隊が天安門広場で数千人虐殺された。

金完燮(光州事件民主化リーダー、親日民主化市民が虐殺された事件)
金大中大統領時代に国家偉功者として顕彰
現在はウリ党独裁政権により自宅軟禁されている

「親日派のための弁明」
http://www.atc.ne.jp/seikindo/html/sinnichiha.htm
抑圧的な旧体制の清算と朝鮮の近代化は日本の支援なくして
ありえなかったとして日本統治を高く評価。
韓国政府がおこなってきた反日教育をささえる歴史認識は
誤っていると厳しく批判し、韓国で事実上の発禁処分となった
革命的ともいうべき評論集である。

皇軍兵士天野中尉の活躍

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/05/29 10:01 投稿番号: [18619 / 41162]
天野中尉は南京陥落前後、またその後も、自分の部下を使って中国女性を捕まえて強姦したり、銀行の金庫を爆破して金を奪ったり、暴行を行ったりした。
南京陥落後一月半もたっているのに、南京城内外では強姦や殺人が、日本軍の将兵によって頻繁に起こされていた。
天野による強姦、暴力事件が軍法会議にかけられたのは、南京中で起こされていた
日本兵の犯罪のほんの一部である。
偶然にも外国人の要求で憲兵隊が現場に出向き、現場を重要な人間に目撃された
状況にあったにすぎない。
(ラーペ日記)や上海派遣軍参謀長の(飯沼守日記)に天野事件について記されている。
このような中国人を人間として見ない犯罪は部隊内や日本軍の中で黙認されていた。

(社会評論社刊   南京戦   閉ざされた記憶を尋ねて:参照)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)