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「(14)」(自国の国歌・国旗への敬愛)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:23 投稿番号: [1599 / 7270]
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                    99年07月17日
■■   ノモンハン・60年目の夏(14)
■■   作家   岩田玲文

▼   冬そしてノモンハン   ③   ▼

自国の国歌・国旗への敬愛

まともな人間の行為
  「ザイサン丘の友好の塔の壁画で、ソ連とモンゴルの兵士にへし折られ、踏みつけられている旗は、日の丸ではなくあれは旭日旗です。旭日旗は国旗ではないけど、モンゴルの国章と同じものです。モンゴルの国章も太陽ですが、日の丸も旭日旗も太陽です。私はモンゴルの国章が、太陽であることに親しみを覚えます。太陽は遥か宇宙の彼方から、この地球上の生きとし生けるもの全てに、貴重なエネルギーを、惜しみなく贈りつづけてくれています。命あるものすべてに分け隔て無く平等に、限り無く|です。

  私は日の丸を国旗とし、君が代を国歌としている以上、日本人たる者、太陽のごとき慈しみの心をもって、君が代の幸福を祈りなさい。でなければ真物の日本人ではありませんぞと、いつもそう自分に言い聞かせています。ですから国歌や国旗は私にとっては大へんに大切です。それはみなさんが、モンゴルのそれを大切に思われるのと同じです。

  自分の国の国歌や国旗を愛し、大切に思うとき、そこに他国の人にとってもまた、その国の国歌や国旗は大切なものなんだという理解が生まれます。それを足で踏みつけたり、火をつけて燃やしたりするのは、これは真面な人間のする行為ではない。たとえいか様な恨みや鬱憤があろうとも、他国の国旗を足で踏みつけたり、燃やしたりすることは、人間として決して、してはいけません。なぜなら、もし自分たちの国旗が、他国の人に土足で踏みつけられたり、燃やされたりしたら、貴方たちはどんな気持ちがしますか?   いい気持ちはしない筈です。

  正直言って私は、共産主義者や独裁者によって統治されている、現在の支那中国や北朝鮮という国は好きではない。好きでないと言うより、嫌いです。でも私は、中国や北朝鮮の国旗を足で踏みつけたり、火をつけて燃やすようなことは決してしません。それは私が(人間でありたい)と思っているからです。私に一人の若いモンゴルの友人がいます。みなさんと同じ年頃の青年です。ある日、彼が私にこう言うんです。

  <僕は夜一人でザイサン丘に登って、あの壁画を黒いスプレーで塗り潰してきます。>って。私は、それは足で踏みつけたり、燃やしたりするのと同じ線上の行為だからやめなさいと言って止めました。問題はそんなことではないんです。一人だけのことではなく、モンゴル人みんなの心の問題です。

  この二十世紀のはじめ、支那中国に統治されていたモンゴルは、国ごと丸裸にされて苦境に喘いでいた。その苦しみから逃れ独立するために、ロシアに助けを求めた。その肝心のロシアは、帝政から共産革命政府へと変貌したが、とにかくモンゴルが、支那中国の鎖を断ち切って独立するのに力を貸してくれた。そしてそれと引き替えにモンゴルは、ロシアに次ぐ世界で二番目の社会主義国として独立した。

  が|やがて、ソビエト連邦の十六番目の共和国、と言われるまでに、完全にソビエト連邦に隷属し、『モンゴル人民共和国』という名ばかりの独立国として、七十年の歴史を歩むことになった…。しかし、モンゴル人たちは、例え名ばかりであっても『モンゴル』という国と領土を守り抜いて、それを次の世代に渡さなければ|と歯を喰いしばって頑張った。と、私はモンゴルの近現代史をそう理解しています」

「〜60年目の夏(13)」(「旭日旗〜」)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:16 投稿番号: [1598 / 7270]
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                     99年07月05日

■■   ノモンハン・60年目の夏(13)   ■■   作家   岩田玲文

▼   冬そしてノモンハン   ②   ▼


旭日旗折り踏みつけた壁画

日本人に気持のよくない塔
  その日、ウランバートルに着いたのは、夜半の二時過ぎだった。

  熱いシャワーと、ほどよく暖房の効いた部屋で休めることに(有難い)と感謝したせいか、翌朝は日が天空に昇るまでぐっすり熟睡した。

  朝の珈琲がうまい。うまい珈琲を飲みながら(二百五十四段の石段は大へんだが、今日はザイサンの丘に登ろう)と思った。

  丘はウランバートルの市街地から南へ二㌔のところにあり、頂上に白い塔が聳え建っている。「ソ連・モンゴル友好の塔」である。

  「ソ連戦士の記憶は、空の太陽のように永遠であり、大地の燃える火のように神聖である」と、キリル文字で刻んだ碑が丘の入り口にあって、市街が一望出来る。

  今どき(ソ連戦士は太陽のように永遠で、火のように神聖だ)と思っているモンゴル人が、どれだけいるのか私にはわからないが、少なくとも日本人にとってこの塔は、あまりいい気持のものではない。私がはじめて丘に登ったのは二年ほど前だが、塔の内側にぐるりと描かれた、両国人民の歴史的友好を讃いあげた、モザイクの壁画を見たとき私は(モンゴル人って一体どんな精神構造をしているのだい)と腹立たしく思ったものである。

  ソ連とモンゴルとの友好を嫉妬したわけではない。モンゴルがどこの国と仲良くしようがそれを、日本人である私がとやかく言うことはない。それぐらいのことは心得ている。だが、その友好の印にソ連とモンゴルの兵士が堅い握手を交わしている靴下に、へし折られ踏みつけられているのが、日本の旭日旗ということになると、そうはいかない。

  ある時、私は学生たちに言った。学生たちというのは、外国語大学の日本語科で、ブルガン先生の日本文学史と日本語会話を受講している学生たちだ。私はモンゴルを訪ねるたびに、そこで週六時間の補習講義をすることにしている。

  講義というと大そうに聞こえるが、雑談風に日本文化・文学史を語るという程度のもので、勿論無料奉仕である。

  「私は、日本の国歌(君が代)と国旗(日の丸)をこよなく愛しています。私はと念を入れたのは、君が代を歌い日の丸を掲げると戦争になる、と思っている日本人もいるからです。(『新古今集』についての授業だったから)君が代の本歌は今日の新古今集にある恋の歌です。君というのはあなたです。日本人で私以外の人はみんな君、あなたです。そのあなたである君の象徴が大君で、つまり天皇です。国歌君が代の君は、大君を中心としたすべての日本の君なんです。君が代でなくわが世の方がいい、という人もいます。しかし、わが世では駄目なんです。わが世だと自分の幸福だけを祈ることになります。それでは自分だけで終わってしまいます。大切なことは、すべての君の幸福を祈ることです。すると祈りは無限に拡がって行きます。いつまでもいつまでも君の幸福を祈るという、国歌(君が代)は祈りの歌なんです。そして日の丸もまたそうなんです−」

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(略、3〜11)「〜60年目の夏(12)」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:11 投稿番号: [1597 / 7270]
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                     99年07月03日

■■   ノモンハン・60年目の夏(12)   ■■   作家   岩田玲文

▼   冬そしてノモンハン   ①   ▼

死んだら星になり天へ

大地に寝ころび見つめる
  なぜ死んだと   寒芒にまた独り言


  寒芒が、季語になるのかどうかよく分からないが、冬の夜空に、寒そうに瞬いている星が、寒芒である。子供の頃の一時期私は、人は死んだらいつか星になって天に帰るのだと信じていて、あの人はあの星、この星、と懸命になって探したことがあった。ふとそのことを想い出して、私は車を停めてもらい草原に立った。

  そして、うすく雪の降り積もった大地に、仰向けに寝ころんで寒天を見た。ツェルン村からウランバートルへ帰る道すがらのことだ。オクトの死に、いささか尋常心を失っていたのか、そんなことはないと思うが、背中の雪が、刻々体温を奪って行くのを覚えながら、格別のことを思うでもなく、ただ私は天を見つめた。

  (オクトの奴は、モンゴルからの電報がそう簡単には私のところに届かないことを知っていた筈なのに、なぜ電報を打ってくれって言ったのだろうか、私に何を伝えたかったのだろうか、それにしても、電文は一体何語で打ったのだろう…)

  身近に雪の軋む音を聞いて、私は頭をもたげた。いつの間に来たのか、足許のところにブルガンが私と同じように、仰向けになって寝ころんでいた。しばらく、私たちは黙って天を見ていた。

  光も音も色も、すべて純粋に冴えていた。それにしても寒い−寒極って水が凝る寒さを(寒冱)というが、もうとっくに零下二十度を越しているのだから(寒冱)ではなかろう。厳寒、酷寒、極寒、祁寒…私は知る限りの、それなりの言葉を探したが、ぴったりこれというものはなかった。とにかく素適な寒さというよりない寒さに、私は震えた。

  「おい風邪を引くぞ、車に戻っていなさい」声を掛けるとブルガンは、

  「大丈夫です、私はブリヤート人ですよ、それに貴方の活力源、仙人力にんにく卵黄を二粒づつ飲んでいますから、風邪など飛んで行けです」

  とおどけた口調で答えた。そのとき風が吹いて、雪が舞った。舞った雪は周りをすっぽり包んで、風に連れ去られて行った。

  「貴方のあの『怪談』の雪女のシーンに似ていますね。舞っている雪の中から雪女が姿を見せてくれそうな感じ…」

  ブルガンが(貴方のあの怪談)と言ったのは、映画『怪談』の製作に私が係わっていたのを知っていたから、そう言ったのである。

  「私は子供のころね、人は死んだら星になって天に戻るんだと思っていた。だから、こんな可愛いい妹は世界中にいない、と思っていたその妹が死んだとき、夜になると妹の星を探して庭に立ちつくした。その頃の日本の空はモンゴルの空に負けないくらいに美しかった…」

  「見つかりましたか?」

  「うん見つかった。でも今はそれがどの星だったのか、どうしても想い出せないのだ。なにせ半世紀も前のことだから…」

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「〜60年目の夏(2)」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:00 投稿番号: [1596 / 7270]
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                     99年05月10日
■■   ノモンハン・60年目の夏(2)   ■■   作家   岩田玲文

▼   地図を身ながら   ②   ▼

4万余の血を吸った大地に

日本の白い蕎麦の花を
  私には、司馬さんの代わりにノモンハンを書こう、などとそんなおおそれた気持はさらさらない。司馬さんと私とは、ノモンハン事件についての考えが、ほんの少し違っているように思うし、仮に同じだったとしても、とてもとても司馬さんのように書けるものではないからだ。

  また「戦史」ものとしてのノモンハンを書くつもりもない。それは、半藤一利さんの力作『ノモンハンの夏』を越える作品を書く力が、私にあるとは思えないからだ。

  「じゃノモンハンの何を書くつもりかい?」

  と聞かれたら答えに窮する。私はノモンハン事件が起きた年、小学校に上った許りだった。だから事件のことを知ったのはかなり後のことで、それも

  「ノモンハンという満州とモンゴルとの国境でロシアと戦争をして、日本はこてんぱんに負けたらしいぞ」という、噂としての悲報であった。なぜ悲報かというと、私が生まれたのは、満州国の建国宣言がなされた年で、遊び仲間に満州男や満州子が多勢いて、満州やモンゴルの草原が、私たちの夢を限りなく増幅させてくれる場であったからだ。

  (それじゃもうゴビの砂漠の夕陽は見られないだろうなァ)と私たちは悲しんだのである。その時の悲しみが還暦を過ぎたある日突然に蘇ったのである。

  私は憑かれたようにモンゴルのあちこちを旅し、モンゴルの人や馬や歴史や、とにかくモンゴルのあれこれにふれ、驚き、怒り、悲しみ、ある時は少年の日の夢を取り戻せた喜びに浸りながら、二年半にわたり本紙上に『天馬の国へ』を書きつづけてきた。

  本稿はその続編であり完結編である、と思っていただけばいい。

  実は私は今、六十年目の夏のノモンハンに日本の白い蕎麦の花を咲かそうと、一所懸命になっている。私が蕎麦屋をやろうというのではない。蕎麦の商売をしようというわけでもない。私はただ、日本人とモンゴル人とロシア人の、四万余の血を吸った大地に、蕎麦の白い花を咲かせたいと願っているだけである。

  この話をしたら、友人たちはとても喜んでくれて、山梨から目黒源友君が、鹿児島から永松範夫君が、熊本から田中千洋君と坂本武美君が、そして長野から宮本政秀君が、六十余㌔の種子を送ってくれた。

  私はその種子を担いで、せっせとモンゴルに通った。今年になって二月と四月、酷寒のモンゴルを訪ねたのだから、せっせと通った、と云ってもよさそうな気がする。

  蕎麦のことだけではなく、馬の話もあった。

  ツェルン村の子供たちが、日本の障害を持った子供たちに、馬と楽しく遊んで欲しいからと、五十頭の馬を貰って欲しいというのである。それに八月十五日のウランバートルの日本人墓地で、慰霊のコンサートを行う企画もあって、とにかく大忙しで、国中が雪に埋もれた、零下四〇度のモンゴルの二月を、私はあちこちと走り廻った。そして、旧暦の元旦を、ツェルン村に住むオクトの家族と一緒に過ごすべく、私はウランバートルから七時間、ジープに揺られて村を訪ねた。そしてそこで、オクトが一週間前に急死したことを知らされるのである。

  オクトは、私の義理の息子だった。

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「ノモンハン・60年目の夏(1)」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/31 23:55 投稿番号: [1595 / 7270]
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                    99年05月08日

■■   ノモンハン・60年目の夏(1)
■■   作家   岩田玲文

▼   地図を身ながら   ①   ▼

4ヵ月に及ぶ惨劇的戦い

日本を考えさせられた事件
  この高原の国は、北をぐるりとロシアに、そして、南はさらにながながと、中国と直に国境を接しているから、どこにも出口がない。もちろん入口もなく、まったく閉塞の地である。

  両大国に挟まれ、ふて腐れてごろりと寝転んだ羊の姿で、この国が在る。西が頭で東が尻尾だ。とすると、北のロシアに短い足を投げ出し、南の中国に、頑固にその丸っこい背中を向けたこの羊、なかなかのもののように見える。

  そう見えるのは私だけかも知れないが、地球上に在る国で、ただ一筆でその国の型が描ける、数少ない国の一つであることだけは確かだ。

  一九九二年まで『モンゴル人民共和国』を名乗っていたこの国は、人民共和国を消し、今はただの『モンゴル国』である。その方がすっきりしていていい、と私は思う。××民主主義人民共和国などと、とんでもない国名を持つ国もあるが、そんなものに真者があった例がないからだ。

  モンゴル国というと(なァんだチンギス汗の国か)と、ほとんどの日本人は、すぐに納得する。だが、それでおしまいだ。それ以上の知識の持ち合わせは、残念ながらない。

  「いやそんなことはない」という人もいるが、それとてせいぜい「旭鷲山や旭天鵬が生まれた国だろう」で話が終わる。たまに、「確か神戸の大震災の時、最初に救援物資の毛布数千枚を送ってくれた国ですよね」と云ったり、「領土面積百五十六万六千五百・・はおよそ日本の四・一倍、人口(二百四十万人弱)は日本の五十分の一、首都はウランバートルで、社会主義を放棄したチベット仏教の国でしょう」と云ってくれる人もいたりするがしかし、そんな人は極く極く稀である。そんな極く稀な人や、私と同世代以上の古強者には、表題の「ノモンハン」について、くどくどと語る必要はないのだが、しかし、「ノモンハン?それって何?」と聞き返す人に、いささか押しつけがましい気がしないでもないが、ぜひ「ノモンハン」を知って欲しいという思いが私にはある。

  それはノモンハンで、ソビエト・モンゴル連合軍と日本の関東軍とが、およそ四カ月に及ぶ惨劇的な戦いを交えてから、今年で六十年目を迎えるからだ。六十年前の夏、ノモンハンは戦場だった。

  「いったい日本とは何だろうということを、最初に考えさせられたのは、ノモンハン事件でした。昭和十四年(一九三九年)私が中学の時のことでした。こんなばかな戦争をする国は、世界中にもないと思うのです」

  と司馬遼太郎さんは『昭和という国家』の中でそう語っている。話しはなお「ノモンハンには、実際に行ったことはありません。その後に入った戦車連隊が、ノモンハン事件に参加していました。(略)私は、ノモンハン事件のことを調べてみたかったのです。ずいぶん調べました。資料も集めました。人にも会いました。会いましたけれども、一行も書いたことがないのです。それを書こうと思っていながら、いまだに書いたことがなくて、ついに書かずに終わるのではないか、そういう感じがします」

  とつづいている。そしてその言葉通り、司馬さんはとうとう書かずじまいで、この世を去った。

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「日本人は執着心が強い」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/31 23:50 投稿番号: [1594 / 7270]
  中国語での「執着心」のニュアンスは日本語とは少し違うようですね。
  (日本語だと否定的な意味合いが強いような・・・私の周辺だけかな?)

  林思雲博士の記事に遺骨収集のことが出ていましたので、
  トピずれですがノモンハン関連の記事をご紹介します

  ↓   1999年放映のドキュメンタリーの取材記録を記事にしたもののようです。
    (なぜかリンクが貼れなかった・・)
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                        99年12月27日
■■   ノモンハン・60年目の夏(45)   ■■   作家   岩田玲文

▼   夏そしてノモンハン   6   ▼ 草原で語り合う日のために  

  夕日の中の2つのイス

  尻切れ蜻蛉のまま、この物語もいよいよ最終回を迎えてしまった。

  このことは、初めにお断わりしたかと思うが、私には、ノモンハン事件の戦史を書くつもりはまったくなく、ノモンハンの戦地を巡礼しながら、草原に眠る英霊と語り、ビルワさんと語り、私なりのノモンハンを歩いて、この二年半ほど書き続けてきた「天国の国へ」の結末のようなものにしようと思っていた。だがその辻妻を合わせる前に、この回で鉛筆を置くことになってしまった。

  読者のみなさんには何とも申し訳ないのだが、虫のいい詫び言を聞いて頂けるならば、大晦日の夜七時から九時まで、二時間にわたって放映される『ノモンハン事件と蕎麦の花』(スカイ・パーフェクト・テレビ三七〇CH、デレク・テレビ六二六CH)レッツトライ放送を是非に御覧いただきたいのである。

  番組は(草原の国モンゴルは、東アジアの北限に在る)と、この物語の冒頭と同じ語りで始まる。そして最後の六分間は、ただ一言の語りもなく、三牧可奈さんのピアノと田中藍さんが奏でるヴァイオリンによる(望郷のバラード)の曲と、映像のみが流れて、完る。賢明なる諸兄妹にはそれだけで、ノモンハン事件のことも、日本人捕虜のことも、モンゴルのことも、私がこの物語で語りたかったことなども、それぞれに感応していただけるのではないかと、いささか自負しています。

  ここに一通の葉書があります。友弘国雄さんに頂いたものだ。友弘さんのことは『ノモンハン事件と蕎麦の花』の中でもご紹介させて頂いているのだが、昭和二十年八月の終戦時に、満州で不法にもソ連軍によって拉致され、シベリアからモンゴル国へと送られた、一万四千余人の日本人捕虜の中の一人で、モンゴルで強制労働を課せられての俘虜生活を送るうちに、凍傷により両足を切断、義足などあろう筈もなく、それからの二年を躄のまま生き抜いて、日本に帰って来た人である。

  ここで友弘さんのことを語るのは、私の作品が、それが活字にせよ映像にせよ、再びみなさんのお目にとまるようなことがあるとすれば、それは恐らく春日幸雄さん(友弘さんと同じくモンゴルで捕虜生活を送られた軍医)と、友弘さんのことについて、私が語る時だろうと思うからだ。

  ノモンハン事件は、あの東京裁判に於て、日本帝国主義の侵略戦争という裁定を下されたまま、まさに風化せんとしている。そして日本人捕虜の話は、人にその事実さえも知られないまま、さらに極悪の条件に耐えられず命果てた英霊たちの墓地は、今はもう詣でる人とてなく、草原に消えようとしている。いうまでもなく、その英霊たちが帰り行く祖国はこの日本である。ならば今、その祖国日本に生きている者たちは、祖国のために何を為すべきか…。そのことを私はこれからも自らに問いかけながら、生きて行きたいと思う。

  忘れられたように置かれている、夕陽の中の二つの椅子は、若しいつか、あなたとモンゴル草原で語り合える日があるとき、そのときのためにフイ高地に私が置いてきたものです。
(おわり)
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  45回連載の最終回です。

  元モンゴル兵士との話や「国旗」など興味深いエピソードが多いので、
  順次ご紹介したいと思っているのですが・・かまわないでしょうか?

入れるようになりましたが

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/08/30 22:15 投稿番号: [1593 / 7270]
またおかしくなるかも知れませんね。

軽視論入り口

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 21:14 投稿番号: [1592 / 7270]
軽視論最新投稿:たけしのTVタックル
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=4z9q7zbbkoc0a2ab4z9qbfma4nbb22ca1a2b g4bf7de&sid=1835396&mid=10892

>復活するまでここを使って下さい>軽視論トピの皆様.

あれ、パパさんですね・・・投稿制限ですか(笑

軽視論,どうしちゃったんでしょうね.

投稿者: yusura_papa 投稿日時: 2004/08/30 20:52 投稿番号: [1591 / 7270]
全然開けなくなってますね.ちゃんと復活すればいいんですが.

復活するまでここを使って下さい>軽視論トピの皆様.


我ながら火事場泥棒みたいですね.

朝鮮日報過去記事 2001年上半期

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 20:23 投稿番号: [1589 / 7270]
朝鮮日報の記事   2001年1日1日   〜   6月30日
http://the.data-room.info/0900/0100/8101/3101/20010101_20010630.htm

主に韓国カテの投稿から、朝鮮日報の記事のリンクを貼り付けたものをリストしました。

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軽視論トピがまたおかしい。こうなるともう訳解りません。

イカは出てくるし・・・

こちらにマルチポストしておきます。

「冬ソナ」人気で友好促進

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 18:47 投稿番号: [1587 / 7270]
「冬ソナ」人気で友好促進   日韓議連でユン監督講演

  政治も真心が大事−。日韓議員連盟(会長・森喜朗前首相)は30日午後、韓国ドラマ「冬のソナタ」の人気に乗って日韓友好を促進しようと、東京・永田町の議員会館で、同ドラマのユン・ソクホ監督の講演会を開いた。
  同監督は、純愛ドラマがアジア各国で高い評価を受けたことから「人間には常に純粋さと美しさへの渇望がある」と強調。「強い権力や財力だけが世の中を支えるのではなくロマンチックな力が必要だ」と述べ、文化交流の拡大を訴えた。
  これに対し、森氏は1950年代に純愛ラジオドラマ「君の名は」が大ブームとなったことを紹介。「(今の)日本人はむさぼり、奪う愛の物語を求めるようになったが、監督は『愛は寛大で待つものだ』と教えてくれ、われわれに衝撃を与えた」と称賛。参加議員も「政治も真心だと教えてくれたのだろう」と、すっかり“毒気”を抜かれた様子だった。

http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=SBS&PG=STORY&NGID=home&NWID=2004083001002735

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ふ〜、能天気といおうか、この議員さんたちの頭の中は何が入っているんだろうか・・・

実は、空っぽだったりして(爆

もう一度再掲します。

えっ、「ヨン様」までが反日!?
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0850540121020001

>ホント号さん,恐縮です.

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 17:35 投稿番号: [1586 / 7270]
>早速テキストをDLして出張中の空き時間にでも読もうと思い
ます.

怪しいところを見つけたら校正をお願いします(笑

最近は、効率アップのため、OCR使って一次入力を省略化してます。で、変換してそのままでは使い物にならず、目検はしているのですが、やはり量が多くなるとょっと苦しいですね(苦笑

今、

朝鮮総督府官制とその行政機構
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=D&ID=080052013101

をテキスト化しています。こちらはメモの欄に画像URLを記載してますので、もし怪しいところがありましたら、こちらも宜しくお願いします。

>教育カテの

最近ユスラさんがお出ましでないので、ご無沙汰してました。まあ、あってためになるトピではなかったので・・・

執着心強いのか.

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/30 17:15 投稿番号: [1585 / 7270]
言われてみればそうかもしれませんねえ.何でも水に流して
忘れるのが日本人の特性という一面も有るんですが,どう
考え分ければいいんでしょうか.

>理工学院卒の理系出身ではあるが、文学や歴史に興味を持ちその方面の書籍を愛読する。

他人とは思えませんなあ(笑)

面白そうなのでこれも出張中の楽しみに取り込んでおくことに
します.ご紹介頂き有難うございました.

ホント号さん,恐縮です.

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/30 17:09 投稿番号: [1584 / 7270]
>三・一運動論   テキスト化終了しました

お疲れ様でした.すっかりサボってしまい申し訳ありません.
早速テキストをDLして出張中の空き時間にでも読もうと思い
ます.

ところで,全然関係無いですが,教育カテの○門フェチのトピ,
落ちてますね.トピ主が自分の醜さに気付いたんでしょうか
(んなわけないか).

続き:中韓関係は・・・

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 15:53 投稿番号: [1583 / 7270]
最後が切れてしまいました。

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実はかなり昔、中国人と韓国人の留学生を企業研修生として面倒みたことがありました。その時得た教訓は・・・

原則として中国人と韓国人を同じ職場で受け入れては絶対にいけない・・・でした。

あくまでも、当時の私の個人的な教訓です(思い出し苦笑

中韓関係は・・・

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/30 15:51 投稿番号: [1582 / 7270]
「中韓関係発展の4提案」   賈慶林・全国政協主席
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  人民政治協商会議全国委員会(全国政協)の賈慶林主席は28日、訪問先の韓国で経済4団体が主催する昼食会に出席した。賈主席は席上、「互恵協力の強化、すばらしい未来の共創」と題し、中韓関係の発展について次のようにスピーチした。

  激しい国際競争や、経済グローバル化、地域経済の一体化という潮流に直面するわれわれは、手を携え、協力を強化し、相互利益を実現しなければならない。2国間の友好協力モデルを創造し、引き続き両国関係の新たな発展を推進していかなければならない。このために、次の4つの提案をしたい。

  (1)相互尊重を堅持し、協調と共存を追求する。

  (2)経済協力を優先し、全面的な発展を進める。

  (3)対話により信頼を深め、協力により安全を図る。軍事力の対抗により安全保障上の優位を図る古い安全保障観が無益であることは、歴史と現実が明確に物語っている。ややもすれば武力に訴えたり、武力により威嚇したりすることは、世界の平和と安寧に影を落とし、破壊することになる。本地域の諸国は冷戦思考を捨て、対話による安全、協力による安定を図るべきだ。中国政府はこれらの認識に基づき、相互信頼・相互利益・平等・協力を核心とする新しい安全保障観を提起した。これは互いの相違や対立を乗り越え、対話により相互信頼を深め、交渉により紛争を解決し、協力により安全を促すことが主旨だ。近年、朝鮮半島南北の和解と協力のプロセスが前進を続け、北京での6カ国協議も進展を得ていることを、嬉しく思う。本地域の平和と安全に関わる重大問題について、韓国と緊密な意思疎通と協力を続け、本地域の長期平和と繁栄のためにたゆまぬ努力をしていきたい。

  (4)民間の友好関係を深め、交流と協力を強化する。

  中国は、韓国と永遠に良き隣人、良き友人、良きパートナーであることを望んでいる。共に努力し、互恵協力を強化し、すばらしい未来を創ろう。 (08/30)

http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200408300300.html

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賈慶林・中国主席、現代車・サムスン電子を訪問

  韓国を訪れている賈慶林・人民政治協商会議主席兼中国共産党政治局常務委員(党序列4位)が現代(ヒョンデ)自動車とサムスン電子を相次いで訪問した。

  賈主席は29日、鄭夢九(チョン・モング)現代自動車グループ会長が慶州(キョンジュ)・現代ホテルで主催した晩餐会に出席、今後の中国での自動車関連事業の拡大方策について意見を交わした。

  賈主席は「現代自動車グループの中国事業は中国国内でも最も成功的なもので、地域経済と中国自動車産業の発展に大きく貢献している」と評価した。

  鄭会長はあいさつを通じ、「北京現代自動車など現代自動車グループが中国に設立した工場が、中国政府の支援を受け速い速度で発展している」とし、「この先、中国で鉄鋼や自動車部品、ローン金融など自動車関連事業を拡大する方針」と述べた。

  同日の晩餐に先立ち、鄭会長と賈慶林主席は慶州の仏国(プルグク)寺をともに訪れた。また、30日には現代自動車の蔚山(ウルサン)工場を見学する予定。現代自動車は中国での自動車関連事業を効率的に進めるため、今年9月、中国に持ち株会社を設立する予定だ。

  賈主席はこれに先立ち28日、サムスン電子の水原(スウォン)事業所を訪れた。サムスン電子の尹鍾龍(ユン・ジョンヨン)副会長に迎えられた賈主席一行は会社の現況について紹介を受けた後、広報館と歴史館を見回った。

  賈主席は同日、「中国に多くの投資をしているサムスン電子は、中国全域で見かけることのできる、最も親近感の持てる企業の1つ」とし、「アテネ五輪で見せたサムスンの底力を北京五輪でも遺憾なく発揮してほしい」と語った。

  賈主席はサムスン電子の35年の歴史を整理した歴史館を見学、「新経営コーナー」に大きな関心を示し、中国の発展に向け、サムスンに協力と支援を求めたと会社側は伝えた。

金宗浩(キム・ジョンホ)記者 tellme@chosun.com

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/08/29/20040829000027.html

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実はかな\xA4

>他トピにあった投稿

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/30 03:01 投稿番号: [1581 / 7270]
  はじめまして、兎亀蝸牛と申します。

  リンクの写真拝見しました。かなりショッキングなものですね。

  >沢山ありすぎて困る〜

  事実ならしょうがないですよ。批判されるだけの事は山ほどあるでしょうし・・。

  立派な人は立派ですが、その他の程度がなぁ・・小人養い難し(漢字違ってるかも)

  >道端で死んでいたら〜

  fukurouさんの投稿とはズレますけど、
  その写真だと、死体かどうかまだわからない段階ではないでしょうか。
  死体と確認済みの上での撮影なら何も言いませんが・・・

                 ★

  【A morning in the Chinese province of Hunan brings an unimaginable sight of cruelty and horror. Lying in the gutter of a bustling main road is the tiny, twisted body of a dead baby girl. She is naked, surrounded by only dirty pieces of hospital gauze. Buses and bicycles speed past the corpse, spraying it with mud.
Nameless and unwanted, the newborn痴 been dumped by the roadside during winter. Few of the locals hurrying by give her a second glance. To them, she is just one of thousands of baby girls abandoned each year as a result of China痴 ruthless one-child policy. 的 think the baby had just died,・says a woman who was the only person to attempt to rescue the infant. 的 touched her skin, and it was warm. Blood was still coming out of her nose.・/font> 】

                 ★


>的 think the baby had just died,・says a woman who was the only person to attempt to rescue the infant.


  the only person って・・   おい!撮影者。お前、何時からそこにいたんだよ!!

  一枚撮ったら用は足りるだろうが!スクープ狙いの、この外道!
 
  外国語は苦手なんで、勘違いかもしれないですが、
「告発」に熱中のあまり自己の人間性を忘れた映像に思えました。
  (撮影者が「確信犯」なら別です。どんなに罵倒されても「記録」は必要ですから)

>国家100年の計は教育にあると叫んだ国の教育に疑問を感じます。

  100年の計に「値する」教育は、スローガン叫ぶのとはわけが違うと、
考えた人は少数派(いなかったとは言いません)だったか、
  拝金主義と賄賂行政に教育も呑み込まれたか・・・
 
  「大男、総身に智慧がまわりかね」状態の解決策は地道にコツコツ・・・
  「愚公」の故事でも思い出してもらわねば、本家本元なんですから。
  (あ、愚公は村人からは嘲笑されてたんでしたね。昔からかぁ、駄目だこりゃ)
 
>ため息しかでません

  あそこの政府、10年後まだ存続しているのかどうか
  なんか危ない気がしてしょうがないです。(5年持たないか・・)

  とにかく、切り替る時が大荒れで無い事を祈るばかりです。

 

>人を大切にしない中国

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/29 18:08 投稿番号: [1580 / 7270]
既読されているかもしれませんが、いまちょっと読んでいるのが

『暗黒大陸   中国の真実』   ラルフ・タウンゼント   芙蓉書房出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4829503459/qid%3D1093769144/250-5946043-1631446

まだ四分の一程度しか読んでいないのですが・・・

>中国批判の切り口は沢山ありすぎて困るのですが、

これが実感できると思います。

この本は約70年程前にアメリカ人が書いたものですが、今の中国を観察していて思い当たることが、かなり書かれています。

中華思想がもたらす闇、更にその闇にどっぶりと浸かっている中国人を知らずして、中国と中国人には向き合えない・・・そんなことを想起させる一冊だと思います。

加えて、日本が味わった近代史の苦渋を理解するためにも当時の中国の有り様を知る必要を再認識させられつつあります。

>中国版のyusuraさん?

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/29 13:24 投稿番号: [1579 / 7270]
>(中国は好きなんですよ。面白い所が沢山あるし・・)

どうも、この中国が好きというは私もそうなんですが、今の中国に、かつての文化宗主国としての幻想を見ているからなんでしょうか。で、今の中国にその痕跡を見出そうとする。そして、結局はその幻想を今の中国は見事に裏切ってくれる。

このあたりの、幻想は年代が上の人ほど深刻のようで、今の経営者の世代以上の人達は、中国大陸から引き上げてきた人もかなりいて、その贖罪意識とあいまって、どうもちゃんとした計算を中国に対しては出来ない、よきにはからってしまう・・・そんなことが往々にしてあるようです。

まあ、それこそ孫子('そんし'ではなく'まごこ'です、念のため)のためには、自分達のやるせない中国への想いは胸に押し込んで、少しは毅然としてもらわないとお互いのためにならないと思います。

余談ですが、この前、東京国立博物館に行ったのは、十年近く前に「紫禁城(故宮)展」を見に行っていらいでした。で、来月は中国国宝展だとか・・・ぶつぶつ文句をいいながら、又行ってしまうと思います(笑
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=755

>部分のコピペですので、全文を読まれることをおすすめいたします。m(_   _)m
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm

中々、読ませますね。他の記事も結構面白そうですね。まあ、露骨に共産党批判できないからその分は割引ますが・・・

人を大切にしない中国

投稿者: matikadono_fukurou 投稿日時: 2004/08/29 02:26 投稿番号: [1578 / 7270]
横レス失礼します。
中国批判の切り口は沢山ありすぎて困るのですが、人をあまりに大切にしない惨い社会というのも一つの原因でしょう。

人が道端で死んでいたら無視などできませんが、中国ではほったらかしです。
他トピにあった投稿ですがコピペします。


http://www.taliacarner.com/deadnewborningutter.htm


人が道端で死んでいても、無視・無視・無視....。何事もないかのように人々は通り過ぎていく社会は問題です。国家100年の計は教育にあると叫んだ国の教育に疑問を感じます。それ以上に、このようなことが日常茶飯事なのかと思うと、ため息しかでません。

中国版のyusuraさん?

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/29 01:46 投稿番号: [1577 / 7270]
  ただ「理系」ってことで、他意はございません   m(_   _)m


  「中国はどうして日本に後れを取ってしまったのか」

http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm

  工学博士林思雲 Lin Si Yun
______________________________________

1963年中国南京市生まれ。南京大学理工学科卒。1992年に日本に留学。1996年に日本で工学博士を取得し、日本の化学材料の会社に務める。理工学院卒の理系出身ではあるが、文学や歴史に興味を持ちその方面の書籍を愛読する。1997年以降、インターネット上に独自の観点から書かれた政治、歴史、日中関係に関する文章を数多く発表している。

______________________________________

  ここなど、面白いです______________________________________
〜略〜
  原因5:中国人は忘れがちであるが、日本人は執着心が強い

  日本人が新年の初詣に靖国神社を参拝することは、戦犯を偲ぶもので、軍国主義復活の兆候であると、中国国内では絶えず批判の声がある。その動機はどうあれ、毎年、大勢の日本人が自発的に神社に参拝していることは、日本人には、昔国家に命をささげた「先祖」達に対する感謝の気持ちがあることを物語っている。一方、抗日戦争(日中戦争)の際、国家のために大勢の中国人が犠牲になったが、現在、その存在は殆ど忘れられ、ましてその魂を参拝することはありえない。自らの祖国に命を捧げた先祖をすぐ忘れてしまう民族には、強大な民族集結力が永遠に訪れないのである。

戦後、日本は巨額の資金を投入し、かつて激戦が繰り広げられていた太平洋の島々に残された日本兵の遺骨を日本に持ち帰り、埋葬している。ベトナム戦争後、アメリカはベトナムと国交を回復する際、ベトナムに対しアメリカ兵の遺骨の返還とベトナム各地における米兵の遺骨の調査を行う事を要求した。しかし、中国とベトナムとの関係の正常化が実現するときに、戦死した中国兵士の遺骨を回収に関する問題は殆ど提起されたことがなく、人気のあった中越戦争の中国軍の英雄達も、現在は忘れられようとしているし、まして朝鮮戦争、抗日戦争でなくなられた先祖のことは、完全に忘れられているといっても過言ではない。

中国人は絶えず日本に侵略された歴史を忘れるなと言い張るが、実際、大多数の中国人はもはやその事実を忘れかけている。中国の大学生が日本留学を試み、少女ができるだけ日本人との結婚を望み、そして農民達が相次いで日本に密入国を図る現状からも、中国人の日本に対する憎しみの度合いを推し量ることができよう。数年前にユーゴスラビアで中国大使館がアメリカの誤爆にあったが、それによって引き起こされた中国大学生達の激しい反米感情はわずか数ヶ月程度ですっかりなくなった。TOEFLの試験を受けてアメリカに行きたがる人数は減るどころか、むしろ増加していることも、中国人が歴史を忘れがちであることを示す一例であるといえる。
〜略〜(2003年6月16日)
______________________________________

  部分のコピペですので、全文を読まれることをおすすめいたします。m(_   _)m

>中国という幻想

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/29 01:14 投稿番号: [1576 / 7270]
  こういうのが「大国」意識ってものなんでしょうか・・
  中国なんだから「大人(たいじん)の国」を目指してもらいたいもんですが、
  これじゃ見栄っ張りなだけのの小人大国になっちまう・・・
  (中国は好きなんですよ。面白い所が沢山あるし・・)


  共産党政権であろうが無かろうが、永年の思想は消せなかった、
  消す気もなかったかもしれませんね。(それが「良い」か「悪い」かの意味ではありません)  

  ↓中華思想を認識した対中戦略

http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=PAGE&ID=08505401230100020000000000031500

______________________________________

〜東アジアの国際的空間には歴史的・構造的にこのような中華世界の秩序観が存在してきた。この秩序意識は毛沢東の時代、訒小平の時代、そして今日の時代においても変わっていない〜

______________________________________

  その昔、中国は何かというと「ハケン云々」とニュースで報じられていましたが、(「ハケン」て何?と親に尋ねた記憶あり)
  この調子だと「日中平和友好条約」の条文解釈も日中間にズレがあるかもしれません。

   ↓「日中平和友好条約」中国関連用語解説より

http://www.long-net.com/chineseworld/kankei.htm#w6  

______________________________________

  1978年8月12日、園田直外相と黄華外相が調印。第1条で、主権、領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政への不干渉などがうたわれ、第2条で「覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対する」との反覇権条項を規定した。条約交渉は74年11月に始まったが、この反覇権条項をめぐって、ソ連を刺激したくない日本が反対し、調印まで時間がかかった。

______________________________________

>第1条で、主権、領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政への不干渉などがうたわれ、

  あれ、この条約はすでに破棄されているみたいですね
  (まだ有効なら、向うさんは条約違反だらけです)

>覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対する

  「いかなる国」ですか・・・「いかなる他国」とでも解釈しているのかな。

  ここで、戯れ標語をひとつ。m(_   _)m

  「笑って誤魔化せ、自分の失敗。指差し罵れ、他人の失敗。」

  これを地で行く世界が列島の東の大陸にあるようで、
  「白村江の昔より東は『凶』だ。関わるな」説にひかれます。

広大な中国という幻想

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/28 20:31 投稿番号: [1575 / 7270]
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0850540123010002

中華世界の変動と日本
台湾に内政干渉した日本政府
中国への常識レンズ
対中ODAを即刻中止すべき
中華世界に変動の芽
中華思想を認識した対中戦略が必要
日本にとっての台湾の重要性

正論   2004年3月号   第19回「正論大賞」受賞記念論文

飲み残しのワインの活用法

投稿者: sonoba_kagiri 投稿日時: 2004/08/28 02:41 投稿番号: [1574 / 7270]
>飲み残しのワインは冷凍させ、後にスープなどを作る時に入れると淡白な味を楽しめる。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/08/27/20040827000009.html

日本人が書いたのならわかるのですが、朝鮮人が書いたとなると、非常に違和感を覚えます。

吉野作造  中国・朝鮮論

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:43 投稿番号: [1572 / 7270]
吉野作造   中国・朝鮮論
http://devs.data-room.info/cgi-perl/bunken/serv.cgi?CHOICE=D&ID=080074013101

現在以下のものが完了しています。


             ▼序言、凡例、
二十一ヵ条要求以前     ▼露国の満州占領の真相(一九〇四)
二十一ヵ条要求以前     ▼大いに黄禍論の起れかし(一九〇四)

第一次大戦下の変貌     ▼満韓を視察して(一九一六)

三・一運動論(一九一九)   ▼対外的良心の発揮
三・一運動論(一九一九)   ▼朝鮮統治の改革に関する最小限度の要求
三・一運動論(一九一九)   ▼新総督及び新政務統監を迎う

三・一運動論 テキスト化終了しました

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:02 投稿番号: [1571 / 7270]
  ご協力いただいた皆様方には厚く御礼申し上げます。m(_ _)m

  資料室   管理人

三・一運動論 10

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:01 投稿番号: [1570 / 7270]
して、この点を能く朝鮮人に訴えたならぱ、なんらか解決の途が付くだろうと、極めて暢気な楽観説を唱えて居る者もあります。むろんそれにも一の理窟は有りますけれども、吾々が数千年来乃歴史を説いて、朝鮮の人の反省を求めるならば、これと同時に、日本人も数千年来の日韓の歴史に依って、反省すべきところが有るだろうと思う。不幸にして吾々同胞の間には、日本の方で反省するという方面から立てた議論はてんで聞かない。そうして朝鮮の人の言い分には耳を傾けないで、ただいたずらに彼等を漫罵するというようなことでありまして、国民の間には、どういう訳で朝鮮の方で不平を言うかという事惰がサッバリ判らぬ。今度の騒動は非常な大事件であります。あんな大事件が起ったのだから大いに反省して、いろいろ研究するかと思うと、ただいたずらに罵るぱかりだ。むろん彼等が乱暴をしたのであるから、罵っても宜い。けれどもただ罵るほかりで、吾々の方で反省する声は聞かぬのであります。漸くこの頃二三の新聞が、西洋人の指摘に狼狽して動き出したような訳であります。


  西洋人の指摘に依って新聞に表れて居る事で、最近最も問題となって居るのは、彼の水原事件*であります。水原に於て、朝鮮の数十名の良民を或る教会堂に集めて、それを皆焼き殺してしまった。又自分の亭主がどうたったろうと思って、安否を尋ねに往った婦人をも、鉄砲で以て撃ち殺したという事件である。これに就て、私は往って視た訳ではありませぬからして、確言することは出来ませぬけれども、これはその現場を後から往って視た外国人などがある。或は又私の友人で ── これは日本人ですが、私のごく親しい友人で朝鮮に居る立派な紳士が、その点を或る点まで是認しまして、もしいざという必要の有った時分には、いつでも往って証人になるという手紙を、私にくれた人があります。その他各方面の報道に依りますと、今度の騒動に於ては、日本の方でも残念ながら、いわゆる野蛮性を発揮して居る


事が随分ある。

  *四月一五目、京畿道水原郡堤巖里で発生したこの事件については、吉野は『中央公論』七月号でも「時論」欄で「水原虐殺事件」の題下に、その暴虐を非難している。

  むろん朝鮮人の間にも、残酷に憲兵を殺したとか、或は巡査を殺したとかいう事に付て、責むべき点は多々ありましょう〔のち当局発表では日本軍の死者はわずかに二名〕。けれども朝鮮人がやったからこちらでもやっても宜いという理窟は有りませぬ。残念ながらそういう暴行をしたという点が、吾々の方に多いようであります。その一例は、今度の騒擾の時に消防夫が出て往って、鳶口を以て、朝鮮人の四つか五つになる子供の頭を引掛けたという事もある。いったい今度の騒擾の鎮定に、消防夫を使ったいうような事は、善いのか悪いのか判らぬげれども、私共は甚だ貴憾と思う。初には万歳万歳と言うのを腕力を以て逐い退ける訳にいかぬから、消防夫を喚んで来て水を引っかけた。それから在郷軍人団が出て手伝うというようなことで、吾々から見ると、相当の程度を超えた取締を随分やったようであります。これも私の友人の話でありますが、警察官に捕えられて引張って往かれる朝鮮人を、どこかの雑貨屋の小僧が出て来て、その店で売って居るべースボールのバットで以て殴った。けれども巡査がいっこうそれを咎めなかったという例もあります。

  そういう風に今度の事件には、日本人も随分野蛮性を発揮して居るのでありまして、その点が外国人などの指摘するところとなって、どうも問題とせない訳にいかないようになって居る。げれども初はこういう事実が、公表が無かったのでありますから、吾々は知らなかった。外国人の方からはそういう報道がありますが、日本の官憲の方の報告には、そういう事が無いのです。どちちが本統か分らなかった。

三・一運動論 9

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:00 投稿番号: [1569 / 7270]
朝鮮統治の改革に関する最少限度の要求

  我が黎明会*に於きましては、先般来朝鮮の間題を多少研究して居りましたが、最近又朝鮮の有志からいろいろ話を聴いたり**、その他いろいろの材料を見たり聞いたり致しましたところからして、とにかく朝鮮の統治は、吾々学問を研究する者の立場から見ても、改革を必要とする。もっともどう改革をすれぱ宜いかということに就ては、固より吾々の間に意見の一致を見た訳ではありませぬ。ただ改革の必要と、而して一日もこれを等閑に附することが出来ないということだけは一同の均しく感じた所でありました。そこで吾々が各自の考を諸君に愬えて、そうして更に汎く国民全体の問題として、この研究の必要を愬え、又当局に向っても、その改革の急務なる所以を、国民の声としてこれを明かにしたいという所から、取り敢えず今日を第一回として、吾々各自の立場を申上げて見たいということで、今目この会を開いた訳であります。

  *一九一八(大正七)年二一月二三目創立。一一月の吉野と浪人会の立会演説会を契機として、大庭柯公が劃策し、吉野作造と福田徳三を提唱者として、民本主義的な学者四二名を糾合し、民主主義の世界史的大勢に逆行する「頑冥思想を撲滅すること」をめざして、議演会を主とする啓蒙活動を行たった。二〇年夏、解散。

  **三月一九目の第四回例会で、金雨英ら学生を含む朝鮮人八名を招いてその談話を聞いた。(『黎


・明講演集』第四輯七二頁)

  朝鮮で騒動が起りまして以来、既に三箇月を経て居ります。この騒動に伴れて吾々国民の間には、なんらか改革を必要とするという考が起った。なんらか改革を必要とするという点は、殆んど皆凡ての人のいわゆる異口同音に唱うる所である。彼の騒動は幸いに若干の兵力を増して、つまり武圧でいったんは鎮まった。武圧でいったん鎮静に帰したから、あのままで放任して宜いという考は、吾々の間に殆んど無い。ただ時期の問題でありましようが、兵力の方は早晩これを従来の旧に復する、或は従来よりも更に圧迫の手を緩めて ── 兵力を以て臨む関係を緩めて、いわばもっと文明的の政治をするということに改むる必要はないか。この点に於ても、殆んど諸君も皆御同感であろうと思うのであります。当局の間にも無論、相当の攻究は有るだろうと思いすけれども、今日まで吾々局外の目に触るる所に依れば、不幸にして殆んどどうするということの見極めが、未だ明かに定められて居ないようであります。否民間に於ても、この点はどうすれぱ宜いかという事に就ての、的確なる意見の発表を見ないのであります。中には忘れたかの如く、等閑に附して居る者もある。昨目か今目かの新聞に ── 確か今日の新聞と思いますが ── 載つてあったと記憶して居りますが、両三日前に新政会[衆麓無所属の官僚派グループ]という政党の人々が、原総理大臣を訪間して、今日最も緊急とするところの諸問題に就て質問したということでありますが、その中に朝鮮問題というものが一も無い。いやしくも天下の政党として、朝鮮の問題を等閑に附したということは、実に驚くべき事である。

  かくの如き次第で、官民共に朝鮮の問題を軽視して居るということは、私は甚だ遺憾に思う所でありますが、たまには又朝鮮と日本との数千年来の関係を説いて、昔からこういう関係の近い国であるから

三・一運動論 8

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:11 投稿番号: [1567 / 7270]
いかようにも操縦が出来ると誤解した事である。而して排日の事実起れば、当局は故意か有意か、自ら反省するの煩を避けて、直ぢに第三者の煽動に帰する。而して、さらでだに開拓を怠った彼の国の民心をして、これが為にいっそう噴慨の念を強うせしめる。かくまでして努めた苦心と又投じたる巨資とは、今日になって見れば、ただ失態の曝露によって酬いられたに止ったではないか。かくても当時対支外交の衝に当った人々は、我々はかくかくの計画を立てかくかくの利権を拡張するつもりであったと負惜しみを言う。それだけの計画が、先方の民心の自由な納得を得て確実に得られるかどうかを顧慮することなく、ただいわゆる経綸を述べ立つるだけの事なら、我輩は一夜の中に世界併合の方策を立案するを難しとせない。

  これと同じような事は、満蒙の間題、西比利亜の間題に就ても、一々実例に徴して論ずる事が出来るが、くだくだしいから今は略する。

  日米間題の如きも、多少趣は違うが、結局は同一に帰すると思う。米国に於ける排日の根本原因は一つは、日米両国人の接触より来る共同生活上のいくたの不便であり、又一つには、我国の東洋政策より類推して、米人が我対外発展の根本動機に対する不安疑倶の念である。この中のどれだけが誤解に属するかは、事実問題として別に論究するを要するも、少くとも我に於て大いに反省するの必要あるは云うを俟たない。而して、漫然人種的差別待遇の不当を説いて彼を責むるは、その主張にどれだけの真理あるにしろ、自己反省を欠く点に於て、我々は国民を警告するの必要を認める、いわんや日米間題の本質は、いわゆる人種的差別待遇に非ざるに於てをや。したがって予輩は、日米問題の解決も亦、或る意味に於て国民の自己反省を欠くの態度に誤られて居ると信ずるものである。



  いずれにしても、我々の自己反省を欠くの態度が、今日どれだけ外交的失敗の原因を為して居るか分からない。人は云う、国際関係は殺伐だと。けれども、一面に於て世界は割合に公平である。我々は事実の公平明白なる諒解の上に、道理によって問題を解決せんとする態度さえ誤らなければ、世界的共同生活の中に帝国の地歩を確立するに、毫も困難は無いと思う。この考よりして吾人は、国民に向って対外的良心の発揮を力説するの必要、今日より急なるは無いと考うるものである。*

(『中央公論』大正八年四月号)

  *この論文とほとんど同趣旨のことを、吉野は三月二二日の黎明会第三回講演会の開会の辞「まず自已を反省せよ」(『黎明講演集』第三輯)で述べている。

三・一運動論 7

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:10 投稿番号: [1566 / 7270]
新聞紙法違反事件に発展した。浪人会などの国粋主義者は、大々的に朝日攻撃の運動を展開した。

  しかし今日の時勢は、もはやかくの如き個人的なる不合理の横行を許さない。むろんその局に当る者は少数の識者であるに相異ないが、しかし彼等を動かすものは、大体に於て国民の間に流るる犯し難い一大潮流である。したがっていわゆる裏面に活躍する個人的陰謀は、固より小波欄を誘起するの効無きに非ざるも、汪洋として流るる一大底潮をいかんともすることが出来ない。熊谷直実が、一子小次郎の首を無官太夫敦盛の首たりと偽って実検に供えた。何も彼も飲み込んで居る義経は、直実の苦衷に感激して、敦盛の首に相異たいとこれを受け取った。しかし今日の時勢に於ては、いかに義経と直実との間に意志の疏通があっても、小次郎の首はどこまでも小次郎の首と去わずしては、とうてい間題の解決は出来ない。けれども陣屋の熊谷に限りなき興趣を感ずる日本の国民は、現代の歴史の解決にも、ややもすれぼこの筆法を用いたがる。ロイド・ジョージ〔イギリス首相〕を操縦するものがノースクリッフ〔『タイムズ』の経営者。大戦中イギリスの排敵宣伝相〕なりとか、ウィルソソ〔アメリカ大統領〕を操縦するものはハウス大佐〔ウィルソソの政治参謀。バリ平和条約の起草を援助する〕であるとか、又はロイド・ジョージがヒウス〔パリ平和会議のオーストラリア代表〕をして南洋諸島の間題に関して日本に当らしめて居るとか、さまざまの事を言う。予輩はこれらの事実を直ちに否認するものではないが、こう云う考え方が常に我々を誤って、朝鮮の問題に就ても、支那、西比刑亜の問題に就ても、何かと云うと二言目には何某が黒慕に居ると云う風に解して、遂に間題の真相を捕捉するに失敗せしむる。孫逸仙は曾て、従来の革命は英雄革命なり、我輩の陣頭に立つ今後の革命は国民革命なりと称して、新時代に於ける運動の国民的意気を発揮したが、この見識が無けれぱとうてい現代各種の運動を諒解すること


は出来ない。

  旧式の歴史哲学に拘泥するの弊が、ただ事実の真相に通ずるを妨ぐるだけに止まるならまだ我慢も出来る。けれどもこの思想が更に一歩を進めて各種の対外政策を指導するに至っては、国家の利益の為にとうていこれを黙視することは出来たい。何となれば、この思想は、外交に於ける国民的勢力の影響を無視するからである。近時我国の対支並びに対西比利亜政策の失敗の原因は、外交問題の解決はその局に当る個人を操縦すれぼいいものだと云う考に基き、あらゆる手段を尽してその籠絡に努めた結果では無いか。人間は器械ではない。いかに巧妙な手段を尽しても、必ずしもこちらの寸法に合うように動くと限らない。いわんや彼がいかに動いたからとて、背後の国民が納得しない以上、外交問題の解決は決して一歩をも進むるものではない。

    六

  前内閣〔寺内内閣〕の援段政策が、原内閣となって不徹底な南北融和勧誘策となり、而して勢の迫るところ遂に日支両国問に締結せられたる凡ゆる秘密条約公表と云う段取にまで進んだのは、当局者に何の弁解があるにしろ、我々国民は断じてこれを最も見苦しき失態の曝露と断ずる。我国の外交史上にかくの如き一大汚点を印したる原因は、一つには偏狭なる利已的政策の誤りにも因るけれども、又一つには、世界の物議と支那民衆の排日心理とに重きを措かなかった罪であり、殊に袁世凱とか段旗瑞[北洋軍閥をひきいた袁世凱の後継者。国務総理〕とか有力な一人の利已心を満足せしめれぱ、支那の天下は

三・一運動論 6

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:09 投稿番号: [1565 / 7270]
の事情から考えて、彼等の大部分が暴動そのものの同情者であるとは思われない。いわんや教唆扇動の事実をや。予輩は又外国宣教師と総督府との間につまらぬ誤解に基する反感の有った事を知って居る。もしそれ朝鮮統治の政策に対する多少の不平に至っては、我々日本人が目本の立場から考えてこれを抱いて居る位だから、彼等が鮮民そのものの立場から考えてこれを抱くは許し難い事であるにしろ、多少これを諒とすべき事情はある。まして彼等は鮮民の開発指導に就ては日本人の先輩である。而して対日暴動の指導者の多くが彼等の教育したものの間から出て居る以上、自らこれに一種の同情を寄するは又怪しむに足らない。これだけの情状を酌量して、しかる後に我々は彼等宣教師の態度を吟味すると云う措置に出でなけれぱたらない。軽々に彼等を煽動者呼ばわりをするのは、国交上面白くない事は言う迄も無いが、一つは日本人の偏狭を曝露する実例たるのみたらず、又一つには事実の真相を明かにする所以でも無い。

  朝鮮の暴徒が多く基督教徒の間から出たからと云うて、宣教師そのものが日本の敵であるかの如くに考うるのは、あまりに軽卒な論断である。すべてかくの如き運動は、国民の開発に伴う一つの免るべからざる結果である。何故民心が開発してしかも日本に敵対すると云う馬鹿な事をするかと問うならぱ、ここに日本の静かに反省すべき何ものかがあると答えて置こう。善かれ悪かれ、鮮民は教育され開発されて、ああ云う運動を起したのは、ちょうど支那の留学生が日本の教育を受けて熱烈な革命党となったと同様である。目本の教育は決して留学生に革命を鼓吹はしなかった。朝鮮基督教学生が暴動を起したが故に宣教師の教育に責任ありと云うならぱ、日本の教育はまさに前清朝に向って大いなる責任を負わねぱなちぬ道理であった。


  予輩は、固よりここに宣教師の無罪を弁護せんとするものではない。ただかかる国交上極めてデリケートな間題は、事実の慎重にして公平なる糺明を俟って論ずぺく、而して軽卒なる論厳の結果、いたずらに責任を他に嫁して自ら反省するの労を避くるは、断じて大国民の襟度に非ざるを断言したい。自分の事を棚に上げていたずらに人を傷つげるのは、個人の問に在ってもこの上も無き醜態である。而して国家問題としてはただに醜態だと云うぱかりでなく、事実の糺明を怠らしめ、問題の根本的解決を誤らしむるところに、堪うべからざる弊害が横たわって居る。

  いったい我国には、何か事があると、それを一二少数の陰謀に帰したがる癖がある。早稲田大学に騒動〔一九一七(大正六)年の後半、早稲田犬学学長の椅子をめぐって天野為之派と高田早苗派が争い、学生ストライキもおこった〕が起ったと云えば、後藤男が黒幕に居って操縦したとか、朝日新聞撲滅の運動*が起ると、その蔭に犬養氏があるとか、事実そうであったかなかったかは、固より予輩の与り知らざる所であるが、こんた風の解釈をして喜ぶ癖、又こんな風に解釈せねば根本の真相が攫まったとは云えないと云うような癖がある。これおもうに、古い専制時代の歴史哲学に累せらるる謬解ではあるまいか。専制時代では、一人の英雄が天下を率い、又英雄と英雄との談笑の間に外交の懸引が決まる。したがって又この間に無限の歴史的興味もある。例えば維新の大業も、これを南洲と海舟との一場の会合の展開として観れば、歴史はここに一個の微妙たるローマンスとたる。而して歴史をすべてこう云う立場から解釈すると、歴史的進化は即ち個人的なる陰謀譎詐、誤解瞞着等の綜合的成果にして、後から見れぼ興味ある物語になるが、直接その事に当ればこれほど危い仕事は無い。

  *一九一八年八月、米騒動のとき大阪朝日新聞の記事中の「白虻貫日」の一句が不穏であるとして、

三・一運動論5(左頁)

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:08 投稿番号: [1564 / 7270]
の尊敬を受くる大家の旦那などと云うものは、畢竟かかる平凡た人類の心理に通じた人である。植民政策成功の秘訣は又この外に出でない。多少趣が違うが、昔伊太利王国(イタリア)が羅馬(ローマ)占領の際法皇領の市民に対して採った態度の如きは、心理尊重の道に於て、第一歩を正しく踏み出しさえすれば、その後の始末がいかに容易なるかを語るものである。要は第一歩の踏み出し方いかんに在る。而してこの第一歩に於て誤らんか、後に至っていかに悔ゆるも及ばざるの難局に遭遇する事は、現に我々の経験しつつあるところである。聞くところに依れば、我人が従来動物に近しと迄蔑んで居った台湾の生蕃さえ、いわゆる一寸の蟲にも五分の魂に洩れず、一部邦人の心無き所業に対して深き怨恨を抱いて居るとやら。いわんや朝鮮人はともかくも長き歴史を背景として独特の文明を有する民族ではないか。自分の値打は自分の思うほど世間で高く買ってくれないと同じく、他の人はこちらの思うほど自分で自分をつまらないと思わないものである。自らを不当に高く値踏みし、他をば不当に低く値踏みするの弊は、殊に民族の間に甚だしい。それだけ我々が自ら一日の長を自負して他の民族に臨む場合には、取りわけ対手の心理を尊重するの必要がある。これを等閑に附してしかも朝鮮統治に成功を期するは、いわゆる木に縁って魚を求むるよりも難い。

  第二に、暴動の起因が第三者の煽動に在りと考えて居る間も亦、吾人はとうてい根本的解決に達する事が出来ない。外国宣教師が事実どれだけ朝鮮の暴動に関係ありやは、先入の偏見を去って冷静に事実そのものを明白にする必要がある。彼我共に納得し得べき明白なる事実に基くに非ざれば、人を責むるも何の効も奏しない。予輩は、一部の宣教師の問に極端に目本の統治を誤解し、又極端な反感をこれに向けて居る者あることを耳にして居る。けれども、基督教の精神並びにその伝道の動機その他いろいろ

三・一運動論 分担表 ピンチヒッター

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:07 投稿番号: [1563 / 7270]
吉野作造   中国・朝鮮論 三・一運動論
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0800740131010009
http://devs.data-room.info/bunken/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0800740131010010

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   分担         担当
・1から上がる     yusuraさん   代打   ホント号
・10から下がる     dylakeさん
・11から上がる     猫飯さん
・20から下がる     兎亀さん
・21から上がる     ホント号
・31から下がる

「つくる会」の歴史教科書、採択される

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 12:15 投稿番号: [1562 / 7270]
「つくる会」の歴史教科書、都立の中高一貫校で採択
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教科書採択を見守ろうと、20人の都教委傍聴席に対して173人が並んだ=26日、東京都庁で


  「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集された歴史教科書(中学生用・扶桑社版)が、26日に開かれた東京都教育委員会で、来春開校する都立中高一貫校の教科書として採択された。扶桑社版教科書をめぐっては「戦争を美化している」などの批判もあり、全国的にはほとんど使われていないが、都立の普通校での採択は初めて。

  都教委の審議は午前10時から公開で始まり、6人の委員が8社の歴史教科書を比較した資料を基に検討。北朝鮮による拉致問題の扱いや、神話・伝承を知り、日本文化や伝統に関心を持たせる資料かどうかなどについて違いを研究した結果、5人が扶桑社版教科書を推した。

  扶桑社版教科書を使うことになったのは、都立初の中高一貫校となる白鴎高校付属中学校(仮称、台東区)。来年度は1年生のみ約160人を募集する予定で、「日本の伝統文化の教育に力を入れる」ことを特色として掲げている。

  都教委は01年、養護学校2校と1分教室向けに扶桑社版の教科書を採用。文部科学省によると、同教科書を使う公立校は現在、都立養護学校のほか、愛媛県立の中高一貫校3校と養護、ろう学校の一部だけで、私立を含めた採択率は0.097%にとどまっている。

  扶桑社版教科書については中国、韓国が「侵略戦争の本質を隠している」などと検定段階で反発し、日本政府に表現の修正などを要請。文部科学省も137カ所にのぼる検定意見を付け、修正後に合格となった。しかし、「歴史を歪曲(わいきょく)している」「女性蔑視(べっし)の表現が目立つ」との批判がある。

  都立養護学校で採用された01年、都教委には全国から「戦前の侵略戦争や植民地支配を肯定している」などと採択に反対する意見が多数寄せられた。今回も、市民グループが全国から集めた約2万8000人の署名を都教委に提出するなどの反対運動が起きていた。 (08/26 17:52)

http://www.asahi.com/national/update/0826/017.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
>文部科学省によると、同教科書を使う公立校は現在、都立養護学校のほか、愛媛県立の中高一貫校3校と養護、ろう学校の一部だけで、私立を含めた採択率は0.097%にとどまっている。

まず、この「とどまっている」という表現に、朝日の悔しさが滲み出てるように思います。更に、採択阻止は出来なかったが、採択率の低さを強調してこの教科書は偏った異常なものであるという印象を植えつけたい・・・お得意の印象操作も兼ねているような感じがします。

あと、他の批判は毎度聞き飽きてますが、

>「女性蔑視(べっし)の表現が目立つ」

これは更に巧妙な印象操作でしょうか。実際に教科書を私は読んでないのでなんとも言えませんが、単に歴史認識だけではなく、女性蔑視という単語を並べることにより、より強い反社会性を印象付けたいのかもしれません。

>今回も、市民グループが全国から集めた約2万8000人の署名を都教委に提出するなどの反対運動が起きていた。

2万8千程度では・・・東京にあって・・・しかも、全国から集めたとしているから、まあ、反対運動は思いのほか盛り上がらなかったみたいですね。

愛媛の時は県内で、採択反対は3万程度はあったはずだけど。ちなにみに採択賛成の署名は40万を超えていたはず。


そういえば、扶桑社なんて教科書の営業にまるで実績がないんだから、作られた当時無視すれば採択するところはなかったろうに、なまじ騒ぐもんだから一般の書店でベストセラーになってしまったという、サヨク得意の自爆芸を思い出しました。

で、あまり騒がないのはその教訓のせいか???、まさかね(笑

以下読売、毎日、産経同趣旨の記事です。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040826i504.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2004/08/26/20040826dde041040076000c.html
http://www.sankei.co.jp/news/040827/morning/27iti003.htm

>>地方紙特集

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/25 07:32 投稿番号: [1561 / 7270]
>↑   このコーナーで「山陽中央〜」

毎度お世話になります。ご指摘ありがとうございます。早速訂正しました。
http://devs.data-room.info/news/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0200200401000001


あ、それでついでといってはなんですが、駒大苫小牧優勝おめでとうございます。

次は、みちのくへ・・・くるといいなぁ。

>地方紙特集

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/08/25 03:29 投稿番号: [1560 / 7270]
>これ以外にも地方紙を覗きたかったら


  入り浸りそうで恐いですが・・(日々、充実の資料室。頭が下がります)

  有難く覗かせて頂いております。m(_   _)m


>▼社説から何が読取れるか


  ↑   このコーナーで「山陽中央〜」とあるのは・・・つまらんこと書いてすみません   m(_   _)m

 

>>新聞社リンク

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/24 17:23 投稿番号: [1559 / 7270]
>ところで、最近、産経新聞の紙面がそのままパソコンで読める有料サー
ビスが気になっています。産経新聞は北海道版が無いので、これは有り
難いシステムです。

http://www.newsvue.net/


実は私も資料室を開設する時に、年表代わりに使おうと思って色々な新聞社のデータベースサービスを比較したことがあります。

本当は読売と朝日を契約しようかと思ったのですが、朝日が高い!!!

これはある意味、過去記事を検索させないための策略かと思ったくらいで(笑

まあ、どこだかの調査では高学歴、高収入の読者が一番多いとか妙な自慢をしていたお高い朝日のことですから、貧乏人は使うな、ってことでしょうね。

で、結局読売のサービスだけ使っています。検索も従量制ではなく固定で月額525円ですから、かなりお値打ちだと思います。

ヨミダス文書館
http://www.yomiuri.co.jp/bunshokan/

産経も取りたいのだけど二つはちょっと・・・

まあ、「正論」は買ってますから、それで許してください(笑

>新聞社リンク

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/08/23 13:46 投稿番号: [1558 / 7270]
また面白いデータが整備されましたね。管理人様、お疲れ様です。

朝日新聞のサイトから発行部数を調べると、2003年上期(1〜6月)
のデータとして、828万5千部となっていますね。ほんの数年前は読売と
競り合いながら1000万部を伺っていたはずなのに、結構な凋落ぶりです
(読売新聞は2003年下期のデータで1004万部弱)。

で、読売新聞の方のデータには2003年下期の主要全国紙のデータが掲載
されているのですが、こちらでは朝日新聞の発行部数が823万8千部弱と
なっています。なんと半年で5万部弱の減少です。減少傾向は着実に続いて
いるようですね。対して産経新聞は、2003年の上期(208万6千部)から
2003年10月(211万4千部)にかけて3万部弱の伸びだそうです。更にその
前年は6万部強の伸びを記録しています。

気になって毎日新聞も調べてみましたが、2003年の上期(395万8千)から
下期(391万4千)にかけて、なんと4万強の落ち込みです。どうも左系の
メディアが軒並み購読者を減らしているようですね。

ところで、最近、産経新聞の紙面がそのままパソコンで読める有料サー
ビスが気になっています。産経新聞は北海道版が無いので、これは有り
難いシステムです。

http://www.newsvue.net/

地方紙特集

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/21 18:12 投稿番号: [1557 / 7270]
▼社説から何が読取れるか
http://devs.data-room.info/news/serv.cgi?CHOICE=P&ID=0200200401000001

>では、ご期待にこたえて(・・ないかも知れませんが)

では、私もご期待にこたえて(・・ないかも知れませんが(笑

で、社説となっていますが、社説がない場合や、適当なものが無かった新聞社もあります。

その際は、省略したり、他に変わるものがあるときはそれを採りました。

要は、その新聞社のスタンスができるだけ解るものをと心がけました。大体は8月15日の社説ですが、そうでないものも先の通りいくらかあります。

まあ、社説をちゃんと載せている場合は程度の差こそあれ大概は、「ヒダリ」みたいですねぇ(笑

それに社説読まなくても、提携している新聞社、通信社をみればなんとなくわかる場合もあるし・・・

で、全部読むのは大変ですから、何かゆかりのある場所でもちょっと読んでみると面白いです。

ちなみに、テレビは電波法の規制があって不偏不党であるべし(つまりお上のチェックが入る)、となっているようですが、「紙」に関してはそんな規制はないので(当然と言えば当然ですが)、いくら偏向しても(売れるか売れないかは別にして)、それは自己責任だとか。

それで、これ以外にも地方紙を覗きたかったら
http://the.data-room.info/020_news/index.html

をご利用ください。

「東洋人と呼ばれるのがいちばん好き」

投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/21 17:52 投稿番号: [1556 / 7270]
http://www.epocaclub.com/kagayaku/zz16kin.htm

>「韓国人が中国で生まれ育ち、日本にくると三国人になるんです。三カ国にすごく愛着を感じています」

この人はそれぞに愛着をもった上で「東洋人」と呼ばれたいというのはなんとなく、共感できます。

まあ、地球市民などと、祖国を否定した挙句のうすらさむい軽薄な呼称ではないと認められますね。

まあ、この話をしだすとくどくなるのでしませんが(笑

で、

> 「三カ国には、それぞれの文化があり感受性も違います。違っていていいんですね。無理やり同じにしようとするのが間違いです。どちらがいいかでなく、違いを認め合うことが大切です」

この点は大いに共感します。私も韓国や中国に対して批判はしますが、こちらの考えを認めないからといって相手を否定したりはしません。まあ、確かにこちらの道理とあちらの道理が違うこともあるでしょうから、お互い道理を通しているつもりでも、衝突することは少なくないと思います。

ですが、明らかに悪意をもったものに対しては、とことん怒るべきだと思うし、逆ゆずるべきところはこだわりなくゆずるべきだとも思います。

まあ、これからは、当分、喧々諤々とやりあうべきですよね。何も、鉄砲を向け合って喧嘩するわけじゃない。逆に、鉄砲を向けて日本もやられると、こちらもそれに対応しなくてはなりませんから、そうすると日本も鉄砲が必要になるから、それはして欲しくない。

まあ、何度も話しに出てきますが、「みせかけの友好」なんて必要ないです。本当に友好を望むなら、とことん(本音の議論を)やるべきです。
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