「(14)」(自国の国歌・国旗への敬愛)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:23 投稿番号: [1599 / 7270]
______________________________________
99年07月17日
■■ ノモンハン・60年目の夏(14)
■■ 作家 岩田玲文
▼ 冬そしてノモンハン ③ ▼
自国の国歌・国旗への敬愛
まともな人間の行為
「ザイサン丘の友好の塔の壁画で、ソ連とモンゴルの兵士にへし折られ、踏みつけられている旗は、日の丸ではなくあれは旭日旗です。旭日旗は国旗ではないけど、モンゴルの国章と同じものです。モンゴルの国章も太陽ですが、日の丸も旭日旗も太陽です。私はモンゴルの国章が、太陽であることに親しみを覚えます。太陽は遥か宇宙の彼方から、この地球上の生きとし生けるもの全てに、貴重なエネルギーを、惜しみなく贈りつづけてくれています。命あるものすべてに分け隔て無く平等に、限り無く|です。
私は日の丸を国旗とし、君が代を国歌としている以上、日本人たる者、太陽のごとき慈しみの心をもって、君が代の幸福を祈りなさい。でなければ真物の日本人ではありませんぞと、いつもそう自分に言い聞かせています。ですから国歌や国旗は私にとっては大へんに大切です。それはみなさんが、モンゴルのそれを大切に思われるのと同じです。
自分の国の国歌や国旗を愛し、大切に思うとき、そこに他国の人にとってもまた、その国の国歌や国旗は大切なものなんだという理解が生まれます。それを足で踏みつけたり、火をつけて燃やしたりするのは、これは真面な人間のする行為ではない。たとえいか様な恨みや鬱憤があろうとも、他国の国旗を足で踏みつけたり、燃やしたりすることは、人間として決して、してはいけません。なぜなら、もし自分たちの国旗が、他国の人に土足で踏みつけられたり、燃やされたりしたら、貴方たちはどんな気持ちがしますか? いい気持ちはしない筈です。
正直言って私は、共産主義者や独裁者によって統治されている、現在の支那中国や北朝鮮という国は好きではない。好きでないと言うより、嫌いです。でも私は、中国や北朝鮮の国旗を足で踏みつけたり、火をつけて燃やすようなことは決してしません。それは私が(人間でありたい)と思っているからです。私に一人の若いモンゴルの友人がいます。みなさんと同じ年頃の青年です。ある日、彼が私にこう言うんです。
<僕は夜一人でザイサン丘に登って、あの壁画を黒いスプレーで塗り潰してきます。>って。私は、それは足で踏みつけたり、燃やしたりするのと同じ線上の行為だからやめなさいと言って止めました。問題はそんなことではないんです。一人だけのことではなく、モンゴル人みんなの心の問題です。
この二十世紀のはじめ、支那中国に統治されていたモンゴルは、国ごと丸裸にされて苦境に喘いでいた。その苦しみから逃れ独立するために、ロシアに助けを求めた。その肝心のロシアは、帝政から共産革命政府へと変貌したが、とにかくモンゴルが、支那中国の鎖を断ち切って独立するのに力を貸してくれた。そしてそれと引き替えにモンゴルは、ロシアに次ぐ世界で二番目の社会主義国として独立した。
が|やがて、ソビエト連邦の十六番目の共和国、と言われるまでに、完全にソビエト連邦に隷属し、『モンゴル人民共和国』という名ばかりの独立国として、七十年の歴史を歩むことになった…。しかし、モンゴル人たちは、例え名ばかりであっても『モンゴル』という国と領土を守り抜いて、それを次の世代に渡さなければ|と歯を喰いしばって頑張った。と、私はモンゴルの近現代史をそう理解しています」
99年07月17日
■■ ノモンハン・60年目の夏(14)
■■ 作家 岩田玲文
▼ 冬そしてノモンハン ③ ▼
自国の国歌・国旗への敬愛
まともな人間の行為
「ザイサン丘の友好の塔の壁画で、ソ連とモンゴルの兵士にへし折られ、踏みつけられている旗は、日の丸ではなくあれは旭日旗です。旭日旗は国旗ではないけど、モンゴルの国章と同じものです。モンゴルの国章も太陽ですが、日の丸も旭日旗も太陽です。私はモンゴルの国章が、太陽であることに親しみを覚えます。太陽は遥か宇宙の彼方から、この地球上の生きとし生けるもの全てに、貴重なエネルギーを、惜しみなく贈りつづけてくれています。命あるものすべてに分け隔て無く平等に、限り無く|です。
私は日の丸を国旗とし、君が代を国歌としている以上、日本人たる者、太陽のごとき慈しみの心をもって、君が代の幸福を祈りなさい。でなければ真物の日本人ではありませんぞと、いつもそう自分に言い聞かせています。ですから国歌や国旗は私にとっては大へんに大切です。それはみなさんが、モンゴルのそれを大切に思われるのと同じです。
自分の国の国歌や国旗を愛し、大切に思うとき、そこに他国の人にとってもまた、その国の国歌や国旗は大切なものなんだという理解が生まれます。それを足で踏みつけたり、火をつけて燃やしたりするのは、これは真面な人間のする行為ではない。たとえいか様な恨みや鬱憤があろうとも、他国の国旗を足で踏みつけたり、燃やしたりすることは、人間として決して、してはいけません。なぜなら、もし自分たちの国旗が、他国の人に土足で踏みつけられたり、燃やされたりしたら、貴方たちはどんな気持ちがしますか? いい気持ちはしない筈です。
正直言って私は、共産主義者や独裁者によって統治されている、現在の支那中国や北朝鮮という国は好きではない。好きでないと言うより、嫌いです。でも私は、中国や北朝鮮の国旗を足で踏みつけたり、火をつけて燃やすようなことは決してしません。それは私が(人間でありたい)と思っているからです。私に一人の若いモンゴルの友人がいます。みなさんと同じ年頃の青年です。ある日、彼が私にこう言うんです。
<僕は夜一人でザイサン丘に登って、あの壁画を黒いスプレーで塗り潰してきます。>って。私は、それは足で踏みつけたり、燃やしたりするのと同じ線上の行為だからやめなさいと言って止めました。問題はそんなことではないんです。一人だけのことではなく、モンゴル人みんなの心の問題です。
この二十世紀のはじめ、支那中国に統治されていたモンゴルは、国ごと丸裸にされて苦境に喘いでいた。その苦しみから逃れ独立するために、ロシアに助けを求めた。その肝心のロシアは、帝政から共産革命政府へと変貌したが、とにかくモンゴルが、支那中国の鎖を断ち切って独立するのに力を貸してくれた。そしてそれと引き替えにモンゴルは、ロシアに次ぐ世界で二番目の社会主義国として独立した。
が|やがて、ソビエト連邦の十六番目の共和国、と言われるまでに、完全にソビエト連邦に隷属し、『モンゴル人民共和国』という名ばかりの独立国として、七十年の歴史を歩むことになった…。しかし、モンゴル人たちは、例え名ばかりであっても『モンゴル』という国と領土を守り抜いて、それを次の世代に渡さなければ|と歯を喰いしばって頑張った。と、私はモンゴルの近現代史をそう理解しています」
これは メッセージ 1598 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1599.html