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「〜60年目の夏(13)」(「旭日旗〜」)

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/01 00:16 投稿番号: [1598 / 7270]
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                     99年07月05日

■■   ノモンハン・60年目の夏(13)   ■■   作家   岩田玲文

▼   冬そしてノモンハン   ②   ▼


旭日旗折り踏みつけた壁画

日本人に気持のよくない塔
  その日、ウランバートルに着いたのは、夜半の二時過ぎだった。

  熱いシャワーと、ほどよく暖房の効いた部屋で休めることに(有難い)と感謝したせいか、翌朝は日が天空に昇るまでぐっすり熟睡した。

  朝の珈琲がうまい。うまい珈琲を飲みながら(二百五十四段の石段は大へんだが、今日はザイサンの丘に登ろう)と思った。

  丘はウランバートルの市街地から南へ二㌔のところにあり、頂上に白い塔が聳え建っている。「ソ連・モンゴル友好の塔」である。

  「ソ連戦士の記憶は、空の太陽のように永遠であり、大地の燃える火のように神聖である」と、キリル文字で刻んだ碑が丘の入り口にあって、市街が一望出来る。

  今どき(ソ連戦士は太陽のように永遠で、火のように神聖だ)と思っているモンゴル人が、どれだけいるのか私にはわからないが、少なくとも日本人にとってこの塔は、あまりいい気持のものではない。私がはじめて丘に登ったのは二年ほど前だが、塔の内側にぐるりと描かれた、両国人民の歴史的友好を讃いあげた、モザイクの壁画を見たとき私は(モンゴル人って一体どんな精神構造をしているのだい)と腹立たしく思ったものである。

  ソ連とモンゴルとの友好を嫉妬したわけではない。モンゴルがどこの国と仲良くしようがそれを、日本人である私がとやかく言うことはない。それぐらいのことは心得ている。だが、その友好の印にソ連とモンゴルの兵士が堅い握手を交わしている靴下に、へし折られ踏みつけられているのが、日本の旭日旗ということになると、そうはいかない。

  ある時、私は学生たちに言った。学生たちというのは、外国語大学の日本語科で、ブルガン先生の日本文学史と日本語会話を受講している学生たちだ。私はモンゴルを訪ねるたびに、そこで週六時間の補習講義をすることにしている。

  講義というと大そうに聞こえるが、雑談風に日本文化・文学史を語るという程度のもので、勿論無料奉仕である。

  「私は、日本の国歌(君が代)と国旗(日の丸)をこよなく愛しています。私はと念を入れたのは、君が代を歌い日の丸を掲げると戦争になる、と思っている日本人もいるからです。(『新古今集』についての授業だったから)君が代の本歌は今日の新古今集にある恋の歌です。君というのはあなたです。日本人で私以外の人はみんな君、あなたです。そのあなたである君の象徴が大君で、つまり天皇です。国歌君が代の君は、大君を中心としたすべての日本の君なんです。君が代でなくわが世の方がいい、という人もいます。しかし、わが世では駄目なんです。わが世だと自分の幸福だけを祈ることになります。それでは自分だけで終わってしまいます。大切なことは、すべての君の幸福を祈ることです。すると祈りは無限に拡がって行きます。いつまでもいつまでも君の幸福を祈るという、国歌(君が代)は祈りの歌なんです。そして日の丸もまたそうなんです−」

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