三・一運動論 6
投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 15:09 投稿番号: [1565 / 7270]
の事情から考えて、彼等の大部分が暴動そのものの同情者であるとは思われない。いわんや教唆扇動の事実をや。予輩は又外国宣教師と総督府との間につまらぬ誤解に基する反感の有った事を知って居る。もしそれ朝鮮統治の政策に対する多少の不平に至っては、我々日本人が目本の立場から考えてこれを抱いて居る位だから、彼等が鮮民そのものの立場から考えてこれを抱くは許し難い事であるにしろ、多少これを諒とすべき事情はある。まして彼等は鮮民の開発指導に就ては日本人の先輩である。而して対日暴動の指導者の多くが彼等の教育したものの間から出て居る以上、自らこれに一種の同情を寄するは又怪しむに足らない。これだけの情状を酌量して、しかる後に我々は彼等宣教師の態度を吟味すると云う措置に出でなけれぱたらない。軽々に彼等を煽動者呼ばわりをするのは、国交上面白くない事は言う迄も無いが、一つは日本人の偏狭を曝露する実例たるのみたらず、又一つには事実の真相を明かにする所以でも無い。
朝鮮の暴徒が多く基督教徒の間から出たからと云うて、宣教師そのものが日本の敵であるかの如くに考うるのは、あまりに軽卒な論断である。すべてかくの如き運動は、国民の開発に伴う一つの免るべからざる結果である。何故民心が開発してしかも日本に敵対すると云う馬鹿な事をするかと問うならぱ、ここに日本の静かに反省すべき何ものかがあると答えて置こう。善かれ悪かれ、鮮民は教育され開発されて、ああ云う運動を起したのは、ちょうど支那の留学生が日本の教育を受けて熱烈な革命党となったと同様である。目本の教育は決して留学生に革命を鼓吹はしなかった。朝鮮基督教学生が暴動を起したが故に宣教師の教育に責任ありと云うならぱ、日本の教育はまさに前清朝に向って大いなる責任を負わねぱなちぬ道理であった。
予輩は、固よりここに宣教師の無罪を弁護せんとするものではない。ただかかる国交上極めてデリケートな間題は、事実の慎重にして公平なる糺明を俟って論ずぺく、而して軽卒なる論厳の結果、いたずらに責任を他に嫁して自ら反省するの労を避くるは、断じて大国民の襟度に非ざるを断言したい。自分の事を棚に上げていたずらに人を傷つげるのは、個人の問に在ってもこの上も無き醜態である。而して国家問題としてはただに醜態だと云うぱかりでなく、事実の糺明を怠らしめ、問題の根本的解決を誤らしむるところに、堪うべからざる弊害が横たわって居る。
いったい我国には、何か事があると、それを一二少数の陰謀に帰したがる癖がある。早稲田大学に騒動〔一九一七(大正六)年の後半、早稲田犬学学長の椅子をめぐって天野為之派と高田早苗派が争い、学生ストライキもおこった〕が起ったと云えば、後藤男が黒幕に居って操縦したとか、朝日新聞撲滅の運動*が起ると、その蔭に犬養氏があるとか、事実そうであったかなかったかは、固より予輩の与り知らざる所であるが、こんた風の解釈をして喜ぶ癖、又こんな風に解釈せねば根本の真相が攫まったとは云えないと云うような癖がある。これおもうに、古い専制時代の歴史哲学に累せらるる謬解ではあるまいか。専制時代では、一人の英雄が天下を率い、又英雄と英雄との談笑の間に外交の懸引が決まる。したがって又この間に無限の歴史的興味もある。例えば維新の大業も、これを南洲と海舟との一場の会合の展開として観れば、歴史はここに一個の微妙たるローマンスとたる。而して歴史をすべてこう云う立場から解釈すると、歴史的進化は即ち個人的なる陰謀譎詐、誤解瞞着等の綜合的成果にして、後から見れぼ興味ある物語になるが、直接その事に当ればこれほど危い仕事は無い。
*一九一八年八月、米騒動のとき大阪朝日新聞の記事中の「白虻貫日」の一句が不穏であるとして、
朝鮮の暴徒が多く基督教徒の間から出たからと云うて、宣教師そのものが日本の敵であるかの如くに考うるのは、あまりに軽卒な論断である。すべてかくの如き運動は、国民の開発に伴う一つの免るべからざる結果である。何故民心が開発してしかも日本に敵対すると云う馬鹿な事をするかと問うならぱ、ここに日本の静かに反省すべき何ものかがあると答えて置こう。善かれ悪かれ、鮮民は教育され開発されて、ああ云う運動を起したのは、ちょうど支那の留学生が日本の教育を受けて熱烈な革命党となったと同様である。目本の教育は決して留学生に革命を鼓吹はしなかった。朝鮮基督教学生が暴動を起したが故に宣教師の教育に責任ありと云うならぱ、日本の教育はまさに前清朝に向って大いなる責任を負わねぱなちぬ道理であった。
予輩は、固よりここに宣教師の無罪を弁護せんとするものではない。ただかかる国交上極めてデリケートな間題は、事実の慎重にして公平なる糺明を俟って論ずぺく、而して軽卒なる論厳の結果、いたずらに責任を他に嫁して自ら反省するの労を避くるは、断じて大国民の襟度に非ざるを断言したい。自分の事を棚に上げていたずらに人を傷つげるのは、個人の問に在ってもこの上も無き醜態である。而して国家問題としてはただに醜態だと云うぱかりでなく、事実の糺明を怠らしめ、問題の根本的解決を誤らしむるところに、堪うべからざる弊害が横たわって居る。
いったい我国には、何か事があると、それを一二少数の陰謀に帰したがる癖がある。早稲田大学に騒動〔一九一七(大正六)年の後半、早稲田犬学学長の椅子をめぐって天野為之派と高田早苗派が争い、学生ストライキもおこった〕が起ったと云えば、後藤男が黒幕に居って操縦したとか、朝日新聞撲滅の運動*が起ると、その蔭に犬養氏があるとか、事実そうであったかなかったかは、固より予輩の与り知らざる所であるが、こんた風の解釈をして喜ぶ癖、又こんな風に解釈せねば根本の真相が攫まったとは云えないと云うような癖がある。これおもうに、古い専制時代の歴史哲学に累せらるる謬解ではあるまいか。専制時代では、一人の英雄が天下を率い、又英雄と英雄との談笑の間に外交の懸引が決まる。したがって又この間に無限の歴史的興味もある。例えば維新の大業も、これを南洲と海舟との一場の会合の展開として観れば、歴史はここに一個の微妙たるローマンスとたる。而して歴史をすべてこう云う立場から解釈すると、歴史的進化は即ち個人的なる陰謀譎詐、誤解瞞着等の綜合的成果にして、後から見れぼ興味ある物語になるが、直接その事に当ればこれほど危い仕事は無い。
*一九一八年八月、米騒動のとき大阪朝日新聞の記事中の「白虻貫日」の一句が不穏であるとして、
これは メッセージ 1564 (tell_me_honto_gou_2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1565.html