三・一運動論 9
投稿者: tell_me_honto_gou_2004 投稿日時: 2004/08/27 16:00 投稿番号: [1569 / 7270]
朝鮮統治の改革に関する最少限度の要求
我が黎明会*に於きましては、先般来朝鮮の間題を多少研究して居りましたが、最近又朝鮮の有志からいろいろ話を聴いたり**、その他いろいろの材料を見たり聞いたり致しましたところからして、とにかく朝鮮の統治は、吾々学問を研究する者の立場から見ても、改革を必要とする。もっともどう改革をすれぱ宜いかということに就ては、固より吾々の間に意見の一致を見た訳ではありませぬ。ただ改革の必要と、而して一日もこれを等閑に附することが出来ないということだけは一同の均しく感じた所でありました。そこで吾々が各自の考を諸君に愬えて、そうして更に汎く国民全体の問題として、この研究の必要を愬え、又当局に向っても、その改革の急務なる所以を、国民の声としてこれを明かにしたいという所から、取り敢えず今日を第一回として、吾々各自の立場を申上げて見たいということで、今目この会を開いた訳であります。
*一九一八(大正七)年二一月二三目創立。一一月の吉野と浪人会の立会演説会を契機として、大庭柯公が劃策し、吉野作造と福田徳三を提唱者として、民本主義的な学者四二名を糾合し、民主主義の世界史的大勢に逆行する「頑冥思想を撲滅すること」をめざして、議演会を主とする啓蒙活動を行たった。二〇年夏、解散。
**三月一九目の第四回例会で、金雨英ら学生を含む朝鮮人八名を招いてその談話を聞いた。(『黎
・明講演集』第四輯七二頁)
朝鮮で騒動が起りまして以来、既に三箇月を経て居ります。この騒動に伴れて吾々国民の間には、なんらか改革を必要とするという考が起った。なんらか改革を必要とするという点は、殆んど皆凡ての人のいわゆる異口同音に唱うる所である。彼の騒動は幸いに若干の兵力を増して、つまり武圧でいったんは鎮まった。武圧でいったん鎮静に帰したから、あのままで放任して宜いという考は、吾々の間に殆んど無い。ただ時期の問題でありましようが、兵力の方は早晩これを従来の旧に復する、或は従来よりも更に圧迫の手を緩めて ── 兵力を以て臨む関係を緩めて、いわばもっと文明的の政治をするということに改むる必要はないか。この点に於ても、殆んど諸君も皆御同感であろうと思うのであります。当局の間にも無論、相当の攻究は有るだろうと思いすけれども、今日まで吾々局外の目に触るる所に依れば、不幸にして殆んどどうするということの見極めが、未だ明かに定められて居ないようであります。否民間に於ても、この点はどうすれぱ宜いかという事に就ての、的確なる意見の発表を見ないのであります。中には忘れたかの如く、等閑に附して居る者もある。昨目か今目かの新聞に ── 確か今日の新聞と思いますが ── 載つてあったと記憶して居りますが、両三日前に新政会[衆麓無所属の官僚派グループ]という政党の人々が、原総理大臣を訪間して、今日最も緊急とするところの諸問題に就て質問したということでありますが、その中に朝鮮問題というものが一も無い。いやしくも天下の政党として、朝鮮の問題を等閑に附したということは、実に驚くべき事である。
かくの如き次第で、官民共に朝鮮の問題を軽視して居るということは、私は甚だ遺憾に思う所でありますが、たまには又朝鮮と日本との数千年来の関係を説いて、昔からこういう関係の近い国であるから
我が黎明会*に於きましては、先般来朝鮮の間題を多少研究して居りましたが、最近又朝鮮の有志からいろいろ話を聴いたり**、その他いろいろの材料を見たり聞いたり致しましたところからして、とにかく朝鮮の統治は、吾々学問を研究する者の立場から見ても、改革を必要とする。もっともどう改革をすれぱ宜いかということに就ては、固より吾々の間に意見の一致を見た訳ではありませぬ。ただ改革の必要と、而して一日もこれを等閑に附することが出来ないということだけは一同の均しく感じた所でありました。そこで吾々が各自の考を諸君に愬えて、そうして更に汎く国民全体の問題として、この研究の必要を愬え、又当局に向っても、その改革の急務なる所以を、国民の声としてこれを明かにしたいという所から、取り敢えず今日を第一回として、吾々各自の立場を申上げて見たいということで、今目この会を開いた訳であります。
*一九一八(大正七)年二一月二三目創立。一一月の吉野と浪人会の立会演説会を契機として、大庭柯公が劃策し、吉野作造と福田徳三を提唱者として、民本主義的な学者四二名を糾合し、民主主義の世界史的大勢に逆行する「頑冥思想を撲滅すること」をめざして、議演会を主とする啓蒙活動を行たった。二〇年夏、解散。
**三月一九目の第四回例会で、金雨英ら学生を含む朝鮮人八名を招いてその談話を聞いた。(『黎
・明講演集』第四輯七二頁)
朝鮮で騒動が起りまして以来、既に三箇月を経て居ります。この騒動に伴れて吾々国民の間には、なんらか改革を必要とするという考が起った。なんらか改革を必要とするという点は、殆んど皆凡ての人のいわゆる異口同音に唱うる所である。彼の騒動は幸いに若干の兵力を増して、つまり武圧でいったんは鎮まった。武圧でいったん鎮静に帰したから、あのままで放任して宜いという考は、吾々の間に殆んど無い。ただ時期の問題でありましようが、兵力の方は早晩これを従来の旧に復する、或は従来よりも更に圧迫の手を緩めて ── 兵力を以て臨む関係を緩めて、いわばもっと文明的の政治をするということに改むる必要はないか。この点に於ても、殆んど諸君も皆御同感であろうと思うのであります。当局の間にも無論、相当の攻究は有るだろうと思いすけれども、今日まで吾々局外の目に触るる所に依れば、不幸にして殆んどどうするということの見極めが、未だ明かに定められて居ないようであります。否民間に於ても、この点はどうすれぱ宜いかという事に就ての、的確なる意見の発表を見ないのであります。中には忘れたかの如く、等閑に附して居る者もある。昨目か今目かの新聞に ── 確か今日の新聞と思いますが ── 載つてあったと記憶して居りますが、両三日前に新政会[衆麓無所属の官僚派グループ]という政党の人々が、原総理大臣を訪間して、今日最も緊急とするところの諸問題に就て質問したということでありますが、その中に朝鮮問題というものが一も無い。いやしくも天下の政党として、朝鮮の問題を等閑に附したということは、実に驚くべき事である。
かくの如き次第で、官民共に朝鮮の問題を軽視して居るということは、私は甚だ遺憾に思う所でありますが、たまには又朝鮮と日本との数千年来の関係を説いて、昔からこういう関係の近い国であるから
これは メッセージ 1567 (tell_me_honto_gou_2004 さん)への返信です.
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