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Re: クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: yajiuma2006 投稿日時: 2010/07/15 09:28 投稿番号: [45801 / 62227]
正直、ここ何十年も鯨の肉なんぞ口にしてません。缶詰ぐらいでしょうか。
たまに調査捕鯨の肉が売られたりしてますが高い。
小さい頃、スポンジみたいな鯨の肉を食べたことがありますがまずかったなあ。
日本の食文化を守れとはいうけど
結局、捕鯨関係者の保護のためだけなんでしょうね。

クジラは魚を連れてくるエビス様

投稿者: r13812 投稿日時: 2010/07/15 09:22 投稿番号: [45800 / 62227]
日本において、昔から「クジラは魚を連れてくるエビス様」ってことで

漁民の間で信仰の対象となっていた、そんな漁村風景は

結構、多かったようです。

勿論こういったことは捕鯨サークルのウェブサイトで語られることはありません。


ちなみに高知のカツオ一本釣り、これは「カツオを連れてくるニタリクジラ」ってことで有名です。

でも専門家である遠水研御用学者はこのことに言及したことはありません。

あの例の水産大学某教授も・・。

資源健全の証明は漁業側にあるべき

投稿者: r13812 投稿日時: 2010/07/15 09:03 投稿番号: [45799 / 62227]
これを受けて、漁業者や水産庁のような漁業支援組織は、資源減少の証拠を確実かどうかをとことん確認しようとする。また、回遊の変化とか天候の影響とか、思いつくままに別の可能性を指摘して、それらが否定されるまでは対応を遅らせることができる。

つまり、資源が被害を受けていることを証明するのは、保護を要求する側の役目である。これでは、資源が壊滅して、誰も反論できなくなるまで待つしかない。

これからは、この仕組みを逆にして、資源が悪化していないことを証明する責任を漁業サイドに与えるべきであると私は考える。その証明ができなければ漁業を止めるなり、漁獲量を削減させるのである。外国の水産研究者の間にも同様の主張がでてきた。環境汚染物質の排出規制などでは、このような安全重視のやり方が一般的になっている。

この仕組みには、明確な資源管理目標の設定とならんで、研究の場と情報の公開が不可欠である。昔はスジイルカの資源研究は大学の研究者がしていたが、1980年代からは水産庁研究者も参加してきた。研究者層の広がりとしては好ましい方向だが、憂慮すべき現象も出始めている。一部のイルカ漁業者は漁獲物の研究を、水産庁研究者にしか許さなくなってきたのである。

批判者を排除した組織は独善に陥りやすい。
多くの研究者が参加してこそ学問の進歩や早いし、資源管理も安全なものにある。
人類の共有財を利用する水産業の社会的責任も忘れてはならない。

http://dolph.osakazine.net/e33778.html

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: roran_jp 投稿日時: 2010/07/15 08:50 投稿番号: [45798 / 62227]
↓訂正<(_ _)>
>・・・・国産の肉類の肉類に利用されている。

>・・・・国産の肉類生産のための飼料に利用されている。

鯨・イルカは食べるのに犬は食べないの?

投稿者: yajiuma2006 投稿日時: 2010/07/15 08:48 投稿番号: [45797 / 62227]
イルカは人間に好意的で共同で魚漁を行うイルカもNHKで紹介された。

ハイビジョン特集
イルカと生きる〜ミャンマー・大河に息づく伝統漁〜
2008年4月27日 デジタルBS Hi
番組紹介
ミャンマーのエーヤワディー(イラワジ)川に棲むカワゴンドウは、人間との共同漁を行うイルカとして知られている。歴史が育んだ人とイルカの心温まる共生の暮らしを描く。
ミャンマーを縦断する大河エーヤワディー(イラワジ)。その中流域にすむカワゴンドウ(イラワジイルカ)は、人間との共同漁を行うイルカとして知られる。イルカが魚群を囲い込んだところで合図を送り、漁師が投網を打つと文字通り“一網打尽”。網からこぼれた魚はイルカのエサになるという仕組みだ。人とイルカはその技を代々受け継ぎ、川の恵みを分け合って暮らしてきた。歴史がはぐくんだ人とイルカの心温まる暮らしを描く。

ここの住民に日本人がイルカを追い込み、こん棒でイルカの頭を叩き割りなぶり殺しにしてるビデオを見せてその感想を聞いてみたい。身体障害者と一緒に泳いでリハビリに協力するイルカを食う文化ってなんじゃい?

鳩は?
アグネスちゃんが日本に来た時に公園に鳩がたくさんいるので驚いた。香港ではすぐに捕まえて食べるらしい。「美味しいよ」と彼女は云っていた。靖国神社にも鳩がたくさんいる。よく見ると野鳩も混じっている。みんななぜ食べないのだろう。

30万匹の犬・猫の殺処分。
毎年、引き取り手がなく殺処分される保護された犬・猫の数。中には「飽きたから」と保健所に持ち込む者のいるとか。どうせ殺処分するなら喰ったら?彼らも犬死じゃないから成仏するんじゃない?(笑)

両方を単一行政部局が行う仕組みに問題あり

投稿者: r13812 投稿日時: 2010/07/15 08:46 投稿番号: [45796 / 62227]
日本近海の海生哺乳類の現状と保全のあり方(粕谷俊雄)詳細版
http://www.asahi-net.or.jp/~zb4h-kskr/biodiversity/kasuya0.html

イルカの追い込み漁業は静岡県方面で江戸時代から続いていた。江戸時代の漁獲種組成は解明されていないが、明治時代からはスジイルカが漁獲の主体を構成していた。第2次世界大戦を期に漁獲量が増加し、1950年代には年間1-2万頭のスジイルカが水揚げされていた。1960年ころから1980年代初めまで、ほぼ同じ規模の操業のもと、漁獲量は1万頭から次第に低下し、1980年代始めには千頭以下に減少した。この事実と他の若干の生物学的知見をもとに、私は沿岸系個体群が壊滅したものと解釈し、IWCの科学委員会でもおおかたの支持を得ている。しかし、水産行政当局者は、1970年代始めにはスジイルカの資源が消滅しても問題はないとの意見を述べていたが、70年代末には減少傾向は統計的に有意ではないと主張し減少の事実すら認めなかった。その後、80年代になり減少傾向が統計的に有意となると、スジイルカは何かの原因で沖合いに移った可能性があるとして、依然として資源減少の事実を認めていない。
資源状態について楽観的な評価をくだしたことが原因となってスジイルカの漁獲が続いているのか、漁獲を続けたい意向が楽観的な評価をもたらしているのか、ふたつの要因の因果関係は外部からは伺いがたいが、それらには密接な関連があると考えざるを得ない。科学的データを解釈して保全政策を決定する作業と、その政策の実施との両方を単一の行政部局がおこなう仕組みに問題があることを示している。

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: roran_jp 投稿日時: 2010/07/15 08:44 投稿番号: [45795 / 62227]
>なんの動物も食べなくても大丈夫だ。
植物蛋白でいける。

では植物蛋白の資源をどこに求めるのだ?
穀類に含まれる蛋白はすでに未分離のまま人間の食料や国産の肉類の肉類に利用されている。それにアミノ酸バランスが悪くて単独では肉類の代替にはならない。
可能性があるのは大豆だが、これはすでに400万トン/年 アメリカ、アルゼンチンなどから輸入している。重要な食用油と、搾油粕は牛豚の飼料をはじめ豆腐、発酵調味料などの原料として利用されている。すでに牛豚肉として利用され間接的に人間に使われているのだ。
大豆の作柄は天候に左右されやすく価格も常に上昇気味。産地の水資源問題も懸念される上に、特に近年では大豆油は産地の段階でバイオジーゼル油に仕向けられ、今後の安定供給には不安がいっぱいだ。
農水省では米あまり対策として2007年?大豆栽培に助成金を付け、各地で取り組んだものの、現在までの結論は、湿気の多い日本の気候では病虫害の多発で栽培できる場所は限られる。その結果が国内供給が全消費に占める6.5%(2009)と言う低水準だ。

蛋白源としての南氷洋の鯨は資源豊富、天候に左右されず、世界相場に左右されないし、資源調査も進んでいて今のところ競合相手もない。他に追従できない技術の壁もある。
何でいまさら蛋白を植物資源にもとめる?
それなら、日本で輸入植物蛋白を最も利用している畜産産業の是非をまず問うべきでは?

「なぜ6隻だけ許可されているのか」

投稿者: r13812 投稿日時: 2010/07/15 08:10 投稿番号: [45794 / 62227]
イルカ漁、保護と伝統せめぎ合い
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-17475-storytopic-1.html

イルカ追込み漁の歴史/沖縄・統計おまけ

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 07:32 投稿番号: [45793 / 62227]
(以下、2009年IWC科学委員会報告Annex Lより)
Okinawa_Gms__Pc_____Tt____Sa____Dd__Others___Total___
1997_____66______3_____8_____-_____-_____1_______78__
1998_____61______8_____7_____-_____-_____-_______76__
1999_____79______5_____8_____-_____-_____1_______93__
2000_____89______8_____8_____-_____-_____-_______105__
2001_____92______8_____8_____-_____-_____-_______108__
2002_____38______-_____3_____-_____-_____-________41__
2003_____36______4_____7_____-_____-_____-________47__
2004_____72______3____10_____-_____-_____-________85__
2005_____90______1____10_____-_____-_____-_______101__
2006_____56______5____12_____-_____-_____-________73__
2007_____79______4_____4_____-_____-_____-________87__
2008許可枠100___20_____9_____-_____-_____-_______129_

Gms:コビレゴンドウ(Short-finned Pilot Whale, Globicephala macrorhyncus
Pc: オキゴンドウ(沖巨頭、Pseudorca crassidens)False Killer Whale
Tt : ハンドウイルカ(半道海豚、Tursiops truncatus /Bottlenose Dolphin
Sa:マダライルカ(Stenella attenuata)Pantropical -Spotted Dolphin
Dd:マイルカ Short-beaked Common Dolphin, Delphinus delphis
Others:1997, 1 Killer Whale : 1999, 1 Rough-toothed Dolphin

イルカ追込み漁の歴史/沖縄・統計

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 07:30 投稿番号: [45792 / 62227]
表1:沖縄・名護のイルカ追い込みおよびクロスボウ漁
Tabte 1
Catch of dolphins by drive and crossbow fisheries at Nago<11>.
Crossbow fishery started in 1975 and almost replaced the driving.

<1> イルカ種名略記号
Gms: Globicephala macrorhynchus (southern form); コビレゴンドウ南方系
Pc: Pseudorca crassidens; オキゴンドウ   False Killer Whale
Tt: Tursiops truncatus; ハンドウイルカ   Bottlenose Dolphin
Sa: Stenella attentuata; マダライルカ   Pantropical Spotted Dolphin
Dd: Delphinus delphis. マイルカ Short-beaked Common Dolphin
<2> Includes T. truncatus.
<3> Includes P. crassidens and T. truncatus.
<4> Steno bredanensis. シワハイルカ
<5> Peponocephala electraカズハゴンドウ(140 individuals) and unidentified
dolphins (49 individuals) taken by driving.
<6> Uchida (1985) reported 91 individuals driven in this year.
<7> Uchida (1985) reported 9 individuals taken by driving.
<8> Unidentified dolphins.
<9> Grampus giseus (1 individual) and S. bredanensis (1 individual).
<10> In addition about 20 individuats were reported to have been driven
(the Okinowa Shinpo, 1989; the Okinawa Times, 1989).
<11> From Uchida (1985) and Kasuya (1986a) (before 1979) and
Japan Fisheries Agency statistics (1979 and after).

_______________Species <1>___________________
Year___Gms___Pc___Tt___Sa___Dd_Others_Total__
1960__243<2>___0____-____0____0____0___243__
1961__281______0____0____0____0____0___281__
1962____0______0____0____0____0____0_____0__
1963__189______0____0____0____0____0___189__
1964__318______0____0____0____0____0___318__
1965____0______0____0____0____0____0_____0__
1966____0______0____0____0____0____0_____0__
1967___150_____0____0____0____0____0___150__
1968___150_____0____0____0____0____0___150__
1969___500_____0____0____0____0____0___500__
1970_____0_____0____0____0____0____0_____0__
1971___165<3>___-____-____0____0____0___163__
1972___170_____0____0____0____0____0___170__
1973____87<2>__0____0____0____0____0____87__
1974____53_____0____0____0____0____0____53__
1975____49_____0____0____0____0____0____49__
1976____36_____0____0____0____0__23<4>__59__
1977___301_____0____0____0____0____0___301__
1978_____0_____0____0____0____0____0_____0__
1979_____0_____0____0____0____0_189<5>_189__
1980____80<6>__5____0____0___22____0___107__
1981____50_____7____2____0___25____0____84__
1982_____5<7>__0____0____0___82____0____87__
1983_____0____17___16____0____0_131<8>_164__
1984____88_____5___63____0____0____0___159__
1985____70_____0___31____0____0____0___101__
1986____82_____2___77____0____0____0___161__
1987____92_____2___18____0____0__2<9>__114__
1988___116_____6____9____0____0__2<8>__133__
1989____93____25___24<10>_0___0__2<8>__144__
1990____74_____3____0____0____0__2<8>___79__
1991____52_____9___16____0____0__3<8>___80__

Gms:コビレゴンドウ(Short-finned Pilot Whale, Globicephala macrorhyncus
Pc: オキゴンドウ(Pseudorca crassidens)False Killer Whale
Tt : ハンドウイルカ(Tursiops truncatus /Bottlenose Dolphin
Sa:マダライルカ(Stenella attenuata)Pantropical -Spotted Dolphin
Dd:マイルカ Short-beaked Common Dolphin, Delphinus delphis
Others:1997, 1 Killer Whale : 1999, 1 Rough-toothed Dolphin

イルカ追込み漁の歴史/沖縄

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 07:26 投稿番号: [45791 / 62227]
<Nago, Okinawa>
The inhabitants of Nago, on the west coast of the Okinawa
Island, operated an opportunistic drive fishery when
dolphin schools came close to the port. The operation is
believed to have existed in the late 19th century (Mr S.
Uchida pers. comm. in June 1992) but is unclear when it
began. In 1971, the remodelling of the port decreased the
area of sandy beach making the operation more difficult
(Nishiwaki and Uchida, 1977) as did changes within the
community (Nishiwaki and Uchida, 1977, Uchida, 1985).
A crossbow fishery, began in 1975 by some Nago
fishermen on the southern form short-finned pilot whale,
has since replaced the drive fishery. The fishery, operated
by six vessels, is permitted only in Okinawa (see Other
Related Fisheries).

<名護、沖縄>
沖縄島西岸、名護の住民はイルカが港に近づくと適宜追込み漁を
行うという操業の仕方をしてきた。このやり方は19世紀末には
すでにあったと考えられているが(1992年6月、S.内田氏の
個人的情報)、いつ始まったのかははっきりしない。
1971年に港湾が改修されて砂浜の領域が減少したことが、集落内
の構造変化とあいまって、この漁法に困難を増加させた。
1975年に名護の漁師数名がコビレゴンドウ南方系の漁にクロスボウ
漁法を使い始め、これが以前の追込み漁にとってかわった。
この漁法には6隻の船が使われているが、沖縄だけで許可されている
漁法である(関連他漁法の項参照)。

The drive fishery took mainly short-finned pilot whales,
but the recent crossbow fishery takes other species in
addition to short-finned pilot whales (Table 1). The last
two drives were in 1982 (9 southern form short-finned pilot
whales) and in 1989 (20 bottlenose dolphins) (Okinawa
Shinpo and Okinawa Times, March 1989). No license was
issued in 1982 and the drive fishery is legally 'extinct' in
Okinawa.

追込み漁では主にコビレゴンドウを捕っていたが、クロスボウ漁法では
コビレゴンドウ以外も捕られている(Table 1)。
追込み漁最後の二回は1982年(コビレゴンドウ南方系9頭)と
1989年(ハンドウイルカ20頭)に行われた(Okinawa
Shinpo and Okinawa Times, March 1989)。
1982年にライセンスは発行されず、沖縄の追込み漁は法的に「絶滅」した。

イルカ追込み漁の歴史/五島列島2

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 07:25 投稿番号: [45790 / 62227]
The catch in the Goto Islands in the 18th century
included at least bottlenose dolphins and false killer whales
(based on a drawing by Kisaki (ms.) cited in Hawley
(1960)). The Bureau of Fisheries (1911) listed takes of false
killer whales ('nyudo-iruka' or 'bouzu-iruka') and 'haseiruka'
or 'ma-iruka' which may represent common dolphin
and/or other dolphins reaching 2.4m (Ito, 1986). Kasuya
(1985b) listed annual catches of dolphins in the Goto
Islands for 1965-1982 by species. Judging from the large
number of catches (51 - 1,182 individuals/year) and
method of species identification (the author was present),
bottlenose dolphins, false killer whales, common dolphins
and spotted dolphins may have been taken by either
driving or 'assisted stranding', which are hard to separate
in the fishery. The main seasons were stated to be spring,
autumn and winter (Bureau of Fisheries' 1911).

18世紀の五島列島での捕獲種は少なくともハンドウイルカと
オキゴンドウを含んでいる(Hawley(1960)に引用されたKisaki (ms.)
の描画)。水産局(1911)はオキゴンドウ(「入道イルカ」ある
いは「坊主イルカ」)と「ハセイルカ」または「マイルカ」を
捕獲種としてあげているが、後者はマイルカおよび/あるいは
2.4mに達する他種のイルカを示していると思われる(Ito, 1986)。

Kasuya(1985b)は五島列島での1965−1982年のイルカ類年間
を種類別に列挙している。多数の捕獲(年間51〜1,182)を
イルカ種同定方式によって判断し(筆者臨席)、ハンドウイルカ、
オキゴンドウ、マイルカ、マダライルカが追込み漁か、あるいは
「誘導されたストランディング(座礁)」によって捕られた
と判定した。この両漁法を区別するのは難しい。
主要漁期は春、秋および冬と記されている(水産局1911)。

We have not included in the statistics an incident of the
'stranding' of 582 Risso's dolphins at Miiraku (Goto
Islands) in November 1990, because there was no evidence
of human interference that might have caused the dolphins
to be left on the beach during low tide in the morning,
although there may possibly have been human 'assistance'
when the school entered the harbour the previous evening
(there was at least a short period of effort, using a net, to
keep the school in the harbour during the night).

われわれは1990年11月の三井楽(五島列島)で起った582頭の
ハナゴンドウの「座礁」という事件を統計に含めなかった。
その理由は人為的な影響が朝の干潮時にイルカが浜辺に残されて
いたという出来事の原因になっていたという証拠が無かったから
である。しかしその前の晩、群が港湾に入った時に人為的な
「補助」があったという可能性はある(少なくとも前の晩、
網を使って群をその晩、港湾内に保持しようとする短い時間の
努力はあった)。

===(つづく)===
REP. INT. WHAL. COMMN 43, 1993 441

イルカ追込み漁の歴史/五島列島1

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 07:24 投稿番号: [45789 / 62227]
<Goto Islands, East China Sea>
<五島列島、東シナ海>

The use of nets for hunting dolphins was first recorded in
1377 at Arikawa on the northwestern coast of the Goto
Islands (Japan Academy, 1982), and was interpreted as an
indication of a drive fishery. Later, the Bureau of Fisheries
(1911) listed another village Uonome, near Arikawa, as
operating a drive fishery. The operation was opportunistic,
but had an established system to share the catch among
village members. Tsutsumi et al. (1961) recorded recent
operations at Arikawa and Miiraku on the southwestern
coast of the Goto Islands, and at nearby Tobishima Island
off northern Kyushu. These locations were in long deep
bays along the coast. Ito (1986) reported the total number
of dolphins taken by this fishery between 1965 and 1985
and indicated that the operation, at least until 1985, was
partly for dolphin culling. None of the fishing villages on
the Goto Islands acquired a drive fishery license in 1982,
and the fishery was discontinued except for the prefecture
bounty of dolphin culling; as noted above the bounty for
Nagasaki Prefecture lasted from 1971 to April 1991.

<五島列島、東シナ海>

網を使ったイルカ漁の最初の記録は、1377年の五島列島北西岸、有川
のものである(Japan Academy, 1982)。これは追込み漁を意味している
と理解されている。後に水産局(1911)は有川に近い別の村、魚目村を
追込み漁で記載している。操業は適宜機会的だったが、村民への
獲物の配分についてはシステムが出来上がっていた。

Tsutsumi et al. (1961)は五島列島南西部、有川、三井楽および近傍の
北九州沖飛島での最近の操業記録を記している。いずれも沿岸の長く、
深い湾に位置している。

Ito (1986)は1965年から1985年にかけてのこの漁労によるイルカ捕獲
総数を報告しており、少なくとも1985年まではこの操業は部分的に
イルカ駆除・間引きのためのものだったと述べている。

五島列島のどの集落も1982年のライセンスを取得しておらず、
イルカ漁は県の報償によるイルカ駆除を例外としてそれ以外は
断絶した。先に記したように、長崎県の報奨制度は1971年から
1991年4月まで継続した。

===(つづく)===

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2010/07/15 06:55 投稿番号: [45788 / 62227]
>だけど1982年に水産庁がイルカ漁を許可制にした時に、
>ほとんどのところはライセンスを取らずにあきらめてます。
>直観的に駄目だ、ということだったんだろうけど、プロの
>理論家じゃないかぎり、普通の人は直観でよいのだと思います。

漁業のライセンス制導入で廃業者が出るのは、増殖云々の問題でも直感のセイでもなく、制度導入に伴う”割当量”。総量規制のため。多すぎる漁業者を淘汰し、収益を確保せねばならないからにすぎない。

Re: “国民の利益”だから守らねばならない

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2010/07/15 06:42 投稿番号: [45787 / 62227]
>だってここで問題にしているのは国民の認識なんだろう?

だったら現実社会を見れば「鯨は資源として利用してよいもの」で「現在も捕鯨は産業として需要供給がある」、しかも「反捕鯨の理由に論理的根拠が無い」ことくらいは最も主な理由として、いとも簡単に思いつくよ。

>ブログなどかなり広範囲に観察しているが、その範囲での捕鯨賛成の
>理由付けは私が書いたようなもののいずれかに入る。

現実否定しても、たまたま君が捜したブログが国民の声とイコールになるわけではないし、君の示す珍妙な理由が”主な理由”に相当するモノとしてお目にかかったことも無い。
現実の与論はそんな莫迦な根拠を理由にしない。
http://www8.cao.go.jp/survey/h13/h13-hogei/index.html

>したがってそれらの理由付けをレベルが低いと決め付けるのは、
>私でなく、これ等の国民大衆を侮辱した事になる。
>身の程を省みて気をつけろ。

侮辱?。現実否定論者が何をかいわんや(苦笑)。
身の程弁えろ。
自分が抽出したり、創造した意見を民意として騙るな(苦笑)。

イルカ追込み漁の歴史/壱岐の間引き

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:38 投稿番号: [45786 / 62227]
A drive fishery was operated between 1944 and 1963 by
three villages on lki Island (Goonoura, lshidamura and
Toobu) taking bottlenose dolphins, Risso's dolphins, false
killer whales and some unidentified dolphin species
(Anonymous, 1988). The operation was opportunistic and
had almost ceased by around 1968 due to the low price of
dolphin meat and a decline in dolphin occurrence
(Anonymous. 1988).

1944〜1963年に壱岐島の3つの集落(郷ノ浦、石田村、東部)で
追込み漁が行われ、ハンドウイルカ、ハナゴンドウ、オキゴンドウ、
いくらかの非同定種が捕獲された(Anonymous, 1988)。
操業は機会的であり、1968年頃にはほとんど停止された。
理由はイルカ肉の低価格とイルカ出現の減少である(Anonymous. 1988)。

A bounty for culling dolphins was instigated in 1957 by
the Katsumoto Fishery Cooperative Union and Katsumoto
Town (Nagasaki Prefecture) as a result of the fishery dolphin
conflict. Financial support was given by Nagasaki
Prefecture in September 1974 (lto, 1986) but this ceased in
April 1991. After attempts to use a whaling canon, handharpoons
and shot guns, Katsumoto fishermen started
driving to cull dolphins in 1976 and the culling expanded to
some other islands in the prefecture. Large catches
continued until around 1986. Catch statistics are available
in Kasuya (1985b) and Ito (1986) for earlier years, and in
Japanese Progress Reports to the IWC for seasons since
1979* under the item 'driving' in the Nagasaki Prefecture
(both the 'culling' and 'take for human consumption' are
combined).

1957年に勝本漁業協同組合と勝本町(長崎県)からイルカ駆除・間引き
(culling)への報奨金が提唱された。漁業とイルカとの利害対立に起因
するものである。
長崎県による財政補助が1974年9月に開始されたが(lto, 1986)、
これは1991年4月に停止された。

勝本の漁民は捕鯨砲と手持ち銛で試みたのち、1976年に追込み漁による
駆除、間引きを開始し、この駆除、間引きは圏内の他の島々へ拡大した。
大規模な捕獲は1986年頃まで続いた。初期の捕獲統計は Kasuya (1985b)
および Ito (1986) に示されており、1979年以降の漁期については
IWCの日本プログレス報告中、長崎県における「追い込み」の項目
で記されている(ここでは「駆除・間引き」と「人間の消費のための捕獲」
が統合されている)。

===(つづく)===
ソース:REP. INT. WHAL. COMMN 43. 1993 pp.439-452
SC/44/SM16
第43回国際捕鯨委員会年報(1993年)437-452頁
Review of Japanese Dolphin Drive Fisheries and Their Status
Toshiya Kishiro and Toshio Kasuya

イルカ追込み漁の歴史/対馬、壱岐...

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:37 投稿番号: [45785 / 62227]
<Tsushima and lki lslands, Sea of Japan/East China Sea
boundary>
<対馬と壱岐諸島、日本海/東シナ海海境>

At least fìve driving teams operated on the Tsushima
lslands situated either between the Sea of Japan and East
China Sea, or between Kyushu and Korea (Ohyama and
Shibahara, 1987); three in the Asaji-wan and one each in
the Tairyo-wan and Miura-wan, all located in the long deep
bays of this complex coastline. The opportunistic
operations involved a total of 20 villages (three to seven
villages per team). The first written reference to the fishery
was in 1404, in the tax records of one of the harbours. The
local importance of the fishery was witnessed by the
presence of a taxation system under the local governor and
by the relocation of one of the villages to a better operation
site in the 17th century. Although the use of nets there was
first recorded in 1846 (Ohyama and Shibahara, 1987), it is
possible that they were used prior to that time, as they were
used in the Goto Islands, only about 150km away.

<対馬と壱岐諸島、日本海/東シナ海海境>

日本海と東シナ海の間、あるいは日本と韓国の間に位置する対馬諸島では
少なくとも5つのチームがイルカ追込み漁を行っていた (Ohyama and
Shibahara, 1987)。浅茅湾で3組、大漁湾と三浦湾でそれぞれ1組である。
すべてこの複雑な海岸線の深い湾の中に位置している。

不規則に時折行われる漁には総計20の村が参加していた(一鯨組
あたり3−7カ村)。この漁について書き残された一番古い記録は
1404年のもので、ある港の租税記録である。この漁が地域的な
重要性を持っていたということは、地方統治者による租税システムに
組み入れられていたこと、ある村では17世紀に操業のしやすい
位置に村を移転させたということで伺い知れる。

網の使用が最初に記録されるのは1846年だが(Ohyama and Shibahara, 1987)
それ以前にここで網捕り式が行われていたというのはあり得ること
である。五島列島ではそれ以前から網取りが行われており、ここから
の距離はわずか150kmである。

Although Ohyama and Shibahara (1987) stated that the
last drive operation in the Goto lslands took place in 1948,
we believe there were several additional drives or 'assisted
strandings' at least until 1979, as indicated in the catch
statistics presented by Kasuya (1985b). No groups
obtained licenses in 1982 and the Tsushima Islands
operation has ceased.

Ohyama and Shibahara (1987)は五島列島で最後に追込み漁が
行われたのは1948年だと述べているが、われわれは少なくとも
1979年までいくらかの追込み漁あるいは「人為的補助による
ストランディング(座礁)」が行われたと考えている。これは
Kasuya (1985b)による捕獲統計が示すところである。
どのグループも1982年のライセンスを取得しておらず、
対馬諸島では操業は中止された。

The species driven in the Tsushima Islands were
bottlenose dolphins and false killer whales (identified on a
photograph of Ohyama and Shibahara, 1987), and/or
common dolphins, bottlenose dolphins and false killer
whales (judged from statistics in Kasuya (1985b)). The
season for these opportunistic operations has not been
recorded.

対馬諸島で追い込まれたイルカ種はハンドウイルカ、
オキゴンドウ(Ohyama and Shibahara, 1987の写真による
同定)および/あるいはマイルカ、ハンドウイルカ、オキゴンドウ
(Kasuya (1985b)の統計からの判定)である。
この機会的操業の季節は記録されていない。

===(つづく)===

イルカ追込み漁の歴史/能登..2

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:35 投稿番号: [45784 / 62227]
The dolphin species caught on the Noto coast included
Pacific white-sided dolphins ('kama-iruka'), false killer
whales ('nyudo-iruka') and unidentifiable dolphins called
'ma-iruka', which formed large schools (Bureau of
Fisheries, 1911). Earlier exploitation of these species was
indicated by the excavation of abundant skeletal remains at
the Mawaki archaeological site dating back 7,000 years
(Hiraguchi, 1986).

能登で捕獲されたイルカの種類は、カマイルカ、オキゴンドウ
(入道イルカ)、同定されていない「マイルカ」であり、これは
大きな群をなしていた(Bureau of Fisheries, 1911)。
7000年遡ることができる真脇の考古学的発掘サイトで豊富に
残されている骨により、これらの種の初期における捕獲が確認
された(Hiraguchi, 1986)。

Tsutsumi et al. (1961) recorded drive-fishing for
bottlenose dolphins and false killer whales at Ohmishima
in Yamaguchi Prefecture, on the southwestern coast of the
Sea of Japan. Such operations may have been carried out
opportunistically at this village, which was known for its
history of net-whaling for large cetaceans. It did not
acquire an operation license in 1982.

Tsutsumi et al. (1961)は日本海南西部、山口県青海島のハンドウイルカ
およびオキゴンドウ追込み漁を記録している。大型鯨類に対する
網取り捕鯨の歴史で知られているこの集落では、このような
操業が機会的、偶発的に行われていたのであろう。ここは1982年に
操業ライセンスを取得しなかった。

The village of Ine (35°27'N, 135°30'E) on the northwest
coast of the Wakasa Bay, which had a long history of
opportunistic net-whaling, is also known to have operated
opportunistic dolphin driving during 1732-1901 from the
catch and selling records preserved in the village (Wakuta,
1989). Although details of the records have not been
analysed yet, the catch included an unidentified delphinid
'mairuka' and another species 'nyudoiruka' which is
presumed to be the false killer whaÌe.

若狭湾北西岸にある伊根(北緯35°27’東経135°30’)は網取り捕鯨を
機会的、偶発的に行っていたという長い歴史がある。集落に保存
されていた捕獲と販売の記録から、ここでは1732-1901年の
間に、日和見的(機会的、偶発的)にイルカ追込み漁も行われて
いたことがわかる。
記録はまだ詳細に分析されていないが、捕獲に含まれていたのは
同定不能の「マイルカ」とこれとは別種の「入道イルカ」である。
後者はオキゴンドウであると推測される。

===(つづく)===
ソース:REP. INT. WHAL. COMMN 43. 1993 pp.439-452
SC/44/SM16
第43回国際捕鯨委員会年報(1993年)437-452頁
Review of Japanese Dolphin Drive Fisheries and Their Status
Toshiya Kishiro and Toshio Kasuya

イルカ追込み漁の歴史/能登..1

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:33 投稿番号: [45783 / 62227]
[PAST DRIVE FISHERIES]
[過去の追い込み漁]
<Noto and Wakasa area, Sea of Japan>
<能登、若狭海域、日本海>

金田帰逸   and Tanba (1899) は能登沿岸、高倉村(=真脇)のイルカ
追込み漁に言及しており、後に農商務省水産局はこの地域がイルカ漁で
有名であると述べて4つの村(真脇、小木村、宇出津、中居)を
挙げている。中居は長い湾の中にあるが、他はそうではない。
Kaneda and Tanba (1899) referred to dolphin driving at
Takakura-mura (= Mawaki) on the Noto coast and later
the Bureau of Fisheries (1911) stated that the area was

440 KISHIRO & KASUYA: JAPANESE DRIVE FISHERIES

famous for its dolphin flshery and listed four operating
villages (Mawaki, Ogi-mura, Ushizu, Nakai). Nakai is
located in a long deep bay, but the others are not. During
the driving season (March to June), dolphin spotters
placed on hill tops searched for dolphins using telescopes,
whilst scouting boats surveyed nearby waters (Bureau of
Fisheries, 1911). Kaneda and Tanba (1899) stated that a
decline in catches began in the mid 1890s. The date of
closure of the fishery is unknown, but the last post-war
operation occurred long before 1969 (Kasuya,
unpublished). In 1982. drive fisheries were placed under
the control of prefecture governments by the Japanese
government; no villages in this area obtained licenses to
drive dolphins.

追い込みシーズン中(3−6月)には丘の上の見張り人が望遠鏡で
イルカを探し、探査船が近傍海域を捜索する(Bureau of
Fisheries, 1911)金田&Tanba (1899)は1890年代の中頃に
捕獲数の低下がはじまったと述べている。

1982年に日本政府により、追込み漁が各県行政の管理下に
置かれることになった。この地域のどの集落もイルカ追い込みの
ライセンスを取得しなかった。

===(つづく)===

日本のイルカ追込み漁/イントロ

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:30 投稿番号: [45782 / 62227]
【Review of Japanese Dolphin Drive Fisheries and Their Status】
Toshiya Kishiro and Toshio Kasuya
[INTRODUCTION]
[導   入]

日本のイルカ追込み漁はその分布、操業組織とも時代につれて
変化している。入手しうる記録によると19世紀とそれ以前に
わたってひろい地理的範囲で数多くの捕獲チームがこれに
たずさわっており、地域的消費(Ohyama and Shibahara, 1987)、
他地域との取引双方のかたちが見られる。

このことは高い利益生産(Ohyama and Shibahara, 1987)、
イルカ油が商業品目として利用されていたという事実(Bureau
of Fisheries, 1892)および商業の詳細な記録(Kawabata. 1986)に
よって示されている。

The location and number of operating bodies in Japanese
drive fisheries for dolphins have changed over time. The
available records indicate that the fishery operated over a
wider geographical range and involved a greater number of
fishing teams during and prior to the 19th century, both for
local consumption (Ohyama and Shibahara. 1987) and for
trading with other regions. This is suggested by the high
profits made (Ohyama and Shibahara, 1987), the fact that
porpoise oil was used as a trading item (Bureau of
Fisheries, 1892) and the detailed records of their commerce
(Kawabata. 1986).

1900年代中頃まで生き延びた追込み漁は、第二次世界大戦中に
外洋の漁業から沿岸漁業への転換が強いられ、また戦後イルカ肉
への需要が高まったことにより、拡大の機会を得た。

たとえば西伊豆の安良里でこのようなことが起っている
(Board of Education of Shizuoka Prefecture, 1986)。

しかしこの拡大に続いて捕獲チーム数の減少、チーム内部の変化、
年間捕獲数の減少、目標イルカ種の変化が起こっている(Miyazaki, 1983;
Kasuya, 1985a)

The drive fisheries that survived to the mid-1900s were
given the opportunity to expand when offshore fisheries
were forced to switch to coastal fisheries during World War
II and as a result of increased demands for dolphin meat
after the war. This occurred, for example, at Arari village
on the west coast of the Izu Peninsula (Board of Education
of Shizuoka Prefecture, 1986), but the expansion was
followed by a decline in the number of fishing teams,
changes within the fishing teams, a decline in the annual
catches and a change in the target species (Miyazaki, 1983;
Kasuya, 1985a).

この研究の第一の目的は日本のイルカ追い込みの最近の捕獲状態と
資源状態を概観することだが、この産業初期の歴史を知ることが
現在の状況のより良い理解の助けとなるので、まず最初に
断続的な操業を概観し、そののちに現在の操業をレビューする。

Although the primary aim of this study is to review the
recent exploitation of delphinids by Japanese drive
fisheries and their status, knowledge of the earlier history
of the industry will improve our understanding of the
current situation. Therefore, we will first review the
operations that have been discontinued and then review
current operations.

日本にはこの他に2種類のイルカ漁がある。小型捕鯨による
コビレゴンドウ北方系(reviewed by Kasuya and Tai, 1993)と、
主にイシイルカを対象種とする突きん棒漁(Kasuya, 1982:
Kasuya and Miyashita,1989; Kasuya, 1992)である。

There are two additional fisheries in Japan: small-type
whaling for northern form short-finned pilot whales
(reviewed by Kasuya and Tai, 1993); and a hand-harpoon
mainly directed at Dall's porpoises and some boreal
delphinid species (Kasuya, 1982: Kasuya and Miyashita,
1989; Kasuya, 1992).

===(つづく)===

IWC1993年報:日本のイルカ追込み漁

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:13 投稿番号: [45781 / 62227]
REP. INT. WHAL. COMMN 43. 1993 pp.439-452
SC/44/SM16
第43回国際捕鯨委員会年報(1993年)437-452頁
Review of Japanese Dolphin Drive Fisheries and Their Status
Toshiya Kishiro and Toshio Kasuya
Nationol Research Institute of Far Seas Fisheries, 5-7-1, Orido, Shimizu-shi, Shizuoka-ken, 424 Japan
【日本のイルカ追込み漁とそのトレンド概観】

<要約>

日本のイルカ類追い込み漁は15世紀に東シナ海沿岸で確認できる。
19世紀には日本海の少なくとも6つの地域で温帯性、熱帯性のイルカが
追込み漁で捕られていた。東シナ海と太平洋では黒潮暖流かその支流の
影響を受けているが、操業の数が低下した原因は不明である。

第二次世界大戦前後に捕獲数は増加したようであるが、それ以後
イルカ追込み漁は減少している。近年では太平洋岸の二つの村落から
追込み漁が出漁している(1982年以降政府許可性)。
紀伊の太地と伊豆の富戸である。

追込み漁の統計は、戦後初期には大きな漁獲が登録されているが
不完全である。1963年以後にはほぼ完全な統計がある。

伊豆海岸では主にスジイルカが捕られ、これにハンドウイルカ、コビレ
ゴンドウ南方型が加わる。1960年以前には追込み漁で10,000頭以上の
スジイルカが捕られていたが、1980年代初期には漁獲努力量が不変で
続いているにもかかわらず、捕獲数は1,000頭以下に減少している。

太地では戦後、スジイルカとコビレゴンドウ南方系の追込み漁が1969年
にはじまったが、以後目的種はハンドウイルカ、マダライルカ、オキゴンドウ、
ハナゴンドウに拡大しており、これはスジイルカの捕獲が1980年代初期
の3,000頭ないしは11,000頭という水準から近年の1,000頭以下に減少
したということと同時に起こっている。

この期間を通じてイルカ肉の価格は上昇している。
追込み漁で捕獲対象とすることができる太平洋岸のスジイルカは過去
30年間で減少し、漁業は他のイルカ種へ転換することを強いられたと
われわれは結論する。

他のイルカ種ストックの状態は、系群同定の不確実性と捕獲トレンドの不確実性
により、不明である。

ABSTRACT
A Japanese drive fishery for dolphins existed in the 15th century on the East China Sea coast. ln the 19th century, the fishery operated
on temperate and tropical species in at least six regions of the Sea of Japan. East China Sea and Pacific Ocean that came under the
influence of the warm Kuroshio Current or its tributaries, but the number of operations declined for unknown reasons. Although the
catch may have increased temporarily around World War II, operations declined further in subsequent years. In recent years the
fìshery has operated (under governmental license from 1982) from two villages on the Pacifìc coast: Taiji on the Kii peninsula and
Futo on the lzu coast.
Statistics for the drive fisherics are nearly complete since 1963, although incomplete but greater catches have been recorded for
earlier post-war operations. On the lzu coast, catches were mainly of striped dolphins with some additional bottlenose dolphins and
southern form short-fìnned pilot whales. Over 10,000 striped dolphins were taken by the fishcry before 1960, but the catch had
declined to below 1,000 by the early 1980s although the effort remained unchanged. Taiji began a post-war drive fishery in 1969 on the
striped dolphins and southern form short-finned pilot whales, and expanded the target specics to bottlenose doiphins, spotted
dolphins, false killer whales and Risso's dolphins concomitant with decline of the striped dolphin catch from 3,000 to 11,000 in the
early 1980s to less than 1,000 in recent years. The price of dolphin meat incrcased during the period.
We conclude that the availability of striped dolphins to the drive fisheries on the Pacific coast has declined over the past 30 years,
and the fishery has been forced to switch to other dolphinds. The status of other dolphin stocks is unknown due to uncertainties in
stock identity and the catch trend.

===(つづく)===

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/07/15 06:06 投稿番号: [45780 / 62227]
>イルカも喰わんでもいい。
>マグロも喰わんでもいい。
>喰いもんが無いならともかく。

単純明快ですね。
捕鯨ナショナリストのコテコテの理屈でメチャメチャにやられてるみたいだけどw

難しく理論的にやると、鯨やイルカみたいに増殖率が利子率より低い野生生物は
近代産業の捕獲対象にはなりえない、という理論が1970年代から先進国の学問の
世界や官庁では基本になっているのですが、どうも日本の学界、官界はそういうもの
を平気で無視しているようで...

こういうところが、欧米先進国との世論の食い違いの大きな原因になっている
のじゃないかと思います。

鯨、イルカ、マグロにかぎらず、屋久杉や珊瑚、ウミガメ等、成長率の低い
野生動物は、利子率に追われる近代産業にかかるとすぐに乱獲される、
という理論は:

C.W.クラーク:生物経済学―生きた資源の最適管理の数理 (竹内 啓、 柳田 英二訳)
C.W.クラーク:生物資源管理論(田中昌一監訳)

というのがオリジナルです。両方とも同じ本の別の日本語訳です。

あと、7月11日の産經新聞、見出しが滅茶苦茶だけれど、書いてあることはまともです。
http://sankei.jp.msn.com/science/science/100711/scn1007111801000-n1.htm
杉浦美香の環境白書】生物多様性を守るために海の魚が食べられなくなる? (1/4ページ)
2010.7.11 18:00

生物資源管理論とか、生態系理論とか、難しい理論を使わなくても、本当は
日本の各地で昔からイルカを捕ってた人たちは、「これは金稼ごうと一生懸命に
捕ると、すぐに駄目になる生き物だ」ということは知ってたのじゃないかと
思うのですがね。

太地以外でも江戸時代からイルカの追込み漁をやっていたところはいっぱい
あるわけで、だけど1982年に水産庁がイルカ漁を許可制にした時に、
ほとんどのところはライセンスを取らずにあきらめてます。

直観的に駄目だ、ということだったんだろうけど、プロの理論家じゃないかぎり、
普通の人は直観でよいのだと思います。

まあ、現代は利害関係や「思想」がいろいろ難しくなってるから、本当なら、
当該官庁や学者、政治家、マスコミが、難しい理論を素人にわかりやすく説明
すべきだと思うのですがね。野生の牛や猪/豚はもともと増殖効率が良かった
から昔の人が家畜にしたとかね。

イルカについて、かつてのまともな理系水産官僚の論文がたまたま手元にあるので、
貼っときます。長いから一日じゃあ終わらないと思うけど。

テレビの「真相究明番組」みたいに、コレダッ!というはっきりした結論を
出しているわけじゃないけど、じっくり読むといろいろなことがわかる論文です。

無料でどこに貼ってもかまわない国際機関の出版物なのだけれど、日本国内じゃあ
入手がわりと難しいので原文もスキャンしたまま置いときます。

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい yoko

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2010/07/15 05:35 投稿番号: [45779 / 62227]
過去の   a   のアホ発言

これだけで以下に   マヌケ   かよくわかる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2006年2月22日 18:10:23 げんた(genta)

基本的に大豆蛋白を中心とした菜食の方向に進むべきです。
大量の大衆魚を餌として与えて量を減らす養殖魚などは、国策とし
て禁止すべきです。


地球の裏にまで出かけて殺してきた鯨を学校児童に奨励するなど理
解しがたい悪趣味です。



投稿者 :
aguatibiapy



経済成長至上主義で地球の危機が迫っている。
もうこれではやっていけない。   私は次のことを提案する。

内閣総理大臣は高級車を止め軽自動車にせよ。   黒塗りにしたければそうすればよい。   然し大きな車は止めよ。

クールビズでは総理大臣が範を示し一定の成功を収めた。
自動車の寸法も同じ事だ。

げんた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: legal_guardian01 投稿日時: 2010/07/15 00:04 投稿番号: [45778 / 62227]
>なんの動物も食べなくても大丈夫だ。
>植物蛋白でいける。

そうだね。植物蛋白でいけるだろうね。でさ

>その「何か」は、個別の事情で違ってくるのであり、他人が強制する物ではない。 (Msg.45769)

君の大好きなおーすとらりあやにゅーじーらんどの人たちに、「植物蛋白でいける」って説明して、カンガルーの生息区域を侵害して畜産するのを止めろっていってくれないかな。

ついでに、絶滅危惧種のディンゴを【食いもせずに】捕獲するのを止めろって言ってくれないか。

さらについでに、日本で泣いて反省するとか言いながら、母国に帰ったすぐにあれは芝居だとかぬかす卑怯者を、擁護するマスコミを持っていることが恥ずかしくないのか聞いてみてくれないか。

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: sanba_3_sanba 投稿日時: 2010/07/15 00:00 投稿番号: [45777 / 62227]
>>しかし何かの動物は食べなくてはいけない。



>なんの動物も食べなくても大丈夫だ。
植物蛋白でいける。


蛋白質だけで生きていけると思っている段階で終了。
生物は必須栄養素を摂取しなくては生命を維持できない。
人間は動物を食べなくては生きていけない。

Re: “国民の利益”だから守らねばならない

投稿者: aguatibiapy 投稿日時: 2010/07/14 23:58 投稿番号: [45776 / 62227]
>a君の思いつく理由とはその程度のレベルの低さなんだね。

だってここで問題にしているのは国民の認識なんだろう?

ブログなどかなり広範囲に観察しているが、その範囲での捕鯨賛成の理由付けは私が書いたようなもののいずれかに入る。   物々しい理由付けは殆ど見かけない。

したがってそれらの理由付けをレベルが低いと決め付けるのは、私でなく、これ等の国民大衆を侮辱した事になる。   身の程を省みて気をつけろ。

Re: 牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: aguatibiapy 投稿日時: 2010/07/14 23:49 投稿番号: [45775 / 62227]
>しかし何かの動物は食べなくてはいけない。

なんの動物も食べなくても大丈夫だ。
植物蛋白でいける。

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: roran_jp 投稿日時: 2010/07/14 23:39 投稿番号: [45774 / 62227]
これは先輩に対して大変失礼いたしました。
御気に障るようでしたらお許しください<(_ _)>

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: corax_lupus 投稿日時: 2010/07/14 23:08 投稿番号: [45773 / 62227]
>ついでに魚なんかも喰わんでいいし、米なんか喰わんででもいい。
>小麦なんかも喰わんでいいし、酒なんかも飲まんでいい。

はっきり言えば、鯨を「食わなくてはならない必然性」なんぞ無いです。
全く同様に、米やイワシやサバや豆腐や納豆や味噌汁やタクワンを「食わなくてはならない必然性」もないです。
大概の人間は食わなくてはならない必然性がないものをあれこれ食べており、
一方でそれを「食べてはならない」必然性もない場合、
「食っちゃダメ!」と言われる理由もない。

食っちゃダメなら理由を聞こう、と思ったら、どれもなんていうか、
牽強付会つーかクジラブつーか。
それに尽きます。

「捕鯨は可能である。してはいけない理由もない。しかし、我々は鯨が好きだから食べて欲しくない。必然性がないなら食べないでおく事も可能ではないか。食べないことにしてはどうか。」

そうはっきり言う方が、多分、ウケがいい。
そう言い切れないで全方位自爆ケチ付けをするから、突っ込まれる。

Re: くじら党

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2010/07/14 22:01 投稿番号: [45772 / 62227]
ワロタ。

現実には   社民党   =くじら党   =グリンピース   =rちゃん=   カス・糞の集まり


ということでしょうなあ。www

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: roran_jp 投稿日時: 2010/07/14 20:12 投稿番号: [45771 / 62227]
>イルカも喰わんでもいい。
マグロも喰わんでもいい。

喰いもんが無いならともかく。

よしよし、

ついでに魚なんかも喰わんでいいし、米なんか喰わんででもいい。
小麦なんかも喰わんでいいし、酒なんかも飲まんでいい。

もちろんこのトピにも出んでもいい、
阿呆の相棒が出てるならともかくW(^O^)W

Re: 鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2010/07/14 20:01 投稿番号: [45770 / 62227]
>鯨なんぞ喰わんでもいい。
●アフォのオメーは喰わんでもええんじゃ!

>イルカも喰わんでもいい。
●イルカ肉もクジラ肉と殆ど変らんくらい、美味いぞ!( ^)o(^ )

>マグロも喰わんでもいい。
●マグロもこれまで通り喰って、ええんじゃ!w(^0^)w

>喰いもんが無いならともかく。
●鯨もイルカも、他の食肉と何ら変わらん、美味いぞ。
●食材が多いという事は、選択種が増えるという事じゃ。(^◇^)

牛なんぞ喰わんでもいい

投稿者: sanba_3_sanba 投稿日時: 2010/07/14 19:29 投稿番号: [45769 / 62227]
牛も食わんでも良い。別の物を食えばいいから

豚も食わんでも良い。別の物を食えばいいから


ほうれん草も食わんでも良い。別の物を食えばいいから

米も食わんでも良い。別の物を食えばいいから


「○○は食わなくて良い」ってのは基本的に詐欺論法。

食べ物には個別に食べる必要・不必要が無い。あるのは「栄養素・栄養価」を捕る必要があるかどうか。


ビタミンB12を摂取しようと思えば、動物性食材であれば何でも良い。牛でも鯨でも豚でも。
牛じゃなきゃ駄目なんて事にはならない。つまり「牛も食べる必要は無い」
しかし何かの動物は食べなくてはいけない。

その「何か」は、個別の事情で違ってくるのであり、他人が強制する物ではない。

鯨なんぞ喰わんでもいい

投稿者: yajiuma2006 投稿日時: 2010/07/14 17:18 投稿番号: [45768 / 62227]
イルカも喰わんでもいい。
マグロも喰わんでもいい。

喰いもんが無いならともかく。

Re: “国民の利益”だから守らねばならない

投稿者: crawlingchaos_g 投稿日時: 2010/07/14 17:02 投稿番号: [45767 / 62227]
>>南極で鯨を殺すと日本近海の魚が助かる。

商業捕鯨が再開されれば、沿岸の小型鯨類の捕獲数が減らせるのではないかと個人的には思ってるんですがね。

Re: “国民の利益”だから守らねばならない

投稿者: crawlingchaos_g 投稿日時: 2010/07/14 16:59 投稿番号: [45766 / 62227]
>しかし。
>>南極で鯨を殺すと日本近海の魚が助かる。
>>頂きますと手を合わせると何でも食っていい。
>こんな珍妙なモノが理由などといったい誰が言っているのか?

つぎはぎでしか資料に目を通している一部反捕鯨ちゃん。(ちゃんと読める人がいると思いたい・・・)

Re: 何が“国民の利益”だ、ふざけるな!

投稿者: crawlingchaos_g 投稿日時: 2010/07/14 16:53 投稿番号: [45765 / 62227]
>財団法人日本鯨類研究所と共同船舶の利益でしかない。

利益が上がっているなら借金する必要もないし、母船の新造も楽に出来るはずだがはて・・・・・?^ ^;;;;;;;;


>ま、調査捕鯨の本当のことを国民にちゃんと知らせたならば
>たぶん支持は得られないと思うな。

試しに言うてみ?^ ^;;;;;;;;
どうせ妄想だろうけど・・・・・^ ^;;;;;;;;

Re: オオミエ切ったんだから

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2010/07/14 15:44 投稿番号: [45764 / 62227]
永年のネット界での御大方の情熱度を考慮すると、とっくに出来ててもおかしくはなかったんですが。クジラ党。

まあ、出来たとしても、分派活動を理由に市民運動系既存政党から虐められて終っちゃいそうですが・・・・。

Re: オオミエ切ったんだから

投稿者: roran_jp 投稿日時: 2010/07/14 13:22 投稿番号: [45763 / 62227]
>なんならrちゃん達が「くじら党」を作って民意を問うてみるとか。

それ面白そうですね。

「くじら党」
案外鯨料理好きを自負する人が、勘違いして入れるかもW(^O^)W

Re: オオミエ切ったんだから

投稿者: corax_lupus 投稿日時: 2010/07/14 13:09 投稿番号: [45762 / 62227]
社民あたりが
「調査捕鯨は欺瞞です!やめさせましょう!」
てな公約を掲げて、それを国民が支持する
・・てな事も、ありそうにないですしねえ・・・

なんならrちゃん達が「くじら党」を作って民意を問うてみるとか。
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