>>>toitatoiさん
投稿者: toitatoi 投稿日時: 2004/07/20 12:40 投稿番号: [5515 / 29399]
>今週の【新潮記事】の題名が、【歴史を覆す?】と言うようなものだったので、それなら、これらをなぜ無視するのか?と思ったのです。
前の投稿でも書きましたが、私には判りません。
ただ、無視した、というより、取り上げていない、だけだと思います。
>>私個人の見解は以前の投稿でも述べていますが、もう一度述べますと
まず、母校で語ったという、志々目証言について
1.本当にそういうこと(母校で講演)があったのか?
>これは、【戦いで百人斬り】と思っていた志々目少年には、【捕虜殺害であったと言う野田氏の講演】は、衝撃だったので、この部分を覚えていたそうです。
挙げていただいた内容については承知しています。
志々目氏自身が覚えていた、と言うことに関しては本人にしかわからないのですから、「そうですか」というしかありません。それが本当かどうかの証明は、一人だけに対して行われたものでなければこそ、本人以外の資料・証言からも補強できるはずです。内容を覚えてないにせよ、「野田少尉来たよ」くらい、他の人達からも出るでしょ。まあ、覚えてないのが普通ですから、「当時のことなど忘れた、またはわからない」のが本当の本当でしょうが。証明できないからこそ、説得力を持たないのです。
そもそも、この志々目証言(内容として据物斬り)とは、いったい、いつ公になったものでしょう。ご存知のように「中国」1971年12月号に掲載されています。1971年といえば、あの本多勝一氏が「中国の旅」というルポの中で戦後20年間誰も公に話題にしていなかった100人斬りを取り上げ、据物斬り、という考え方を示した年です。1970年までは据物斬り、などという考え方は公に出ていませんでした。この本多氏のルポを補強するような同じタイミングで出た上、翌年単行本化された「中国の旅」で注釈で引用されるなど、「ん? 都合よく出てきたな」、といわれても仕方ない状況で発表されたものです。
その後、その証言(講演があった)に対しての傍証もありません。
>>手紙についても、
1.所詮は新聞の記事で手紙が来た、と言っているだけで、本当に手紙は存在しているのか? 現物は? 本当に本人が書いたものなのか?、など、疑問点が解消されていない。
>手紙は【個人宛】で氏名も公表されています。
>【虚偽】なら、その友人から異議の声があがったはずです。
あの〜。名前掲載するようなものなら、記事を出す前に、それに関する対応はしてるでしょ。普通。
今、旬の話題の「100人斬りの記事作るんで、名前貸してよ」とか。
>もしこれらが事実で無いなら【こんな念入りな嘘をついた野田少尉】にだまされた毎日や、本田氏が、なぜ名誉毀損に訴えられるのか、分かりません。
念入りですか?
日日の取材はずさんでしたよ。しかも記事を書いた日日の記者浅海氏も含め、捏造の臭いもぷんぷんする。
なぜ、訴えているのかは、裁判の原告側のHPを観て下さい。
↓
http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/0010.htm
>>>それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。
どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?
1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。
1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。
>>私は、1972年当時の佐藤カメラマンの置かれている個人的な環境や状況は良くわかりませんが、今回の裁判では、傍聴した方によると佐藤氏は「戦後浅海氏には同じジャーナリストとして武士の情けで追及しなかったような心境」を語ったとのことです。
>そうですか。
だとしても、【野田氏達から聞いた話】を浅海記者は記事にした・・・と佐藤氏は証言しているわけですよね?
「これからやる」という話を聞いたのね。本当にやるかどうか、冗談かもしれない話をね。で、浅海氏は、すでに「やった」という風に捏造した。とても、「聞いたことを書いただけ」などというレベルではないですよ。「冗談かもしれない、やるかどうか判らない話」を聞いて、「彼らは今やっている」って書いたら、捏造でしょ?
聞いた話を材料にして「捏造しました」が正しくない?
佐藤氏は元となった材料を聞いただけ、ですよ。
前の投稿でも書きましたが、私には判りません。
ただ、無視した、というより、取り上げていない、だけだと思います。
>>私個人の見解は以前の投稿でも述べていますが、もう一度述べますと
まず、母校で語ったという、志々目証言について
1.本当にそういうこと(母校で講演)があったのか?
>これは、【戦いで百人斬り】と思っていた志々目少年には、【捕虜殺害であったと言う野田氏の講演】は、衝撃だったので、この部分を覚えていたそうです。
挙げていただいた内容については承知しています。
志々目氏自身が覚えていた、と言うことに関しては本人にしかわからないのですから、「そうですか」というしかありません。それが本当かどうかの証明は、一人だけに対して行われたものでなければこそ、本人以外の資料・証言からも補強できるはずです。内容を覚えてないにせよ、「野田少尉来たよ」くらい、他の人達からも出るでしょ。まあ、覚えてないのが普通ですから、「当時のことなど忘れた、またはわからない」のが本当の本当でしょうが。証明できないからこそ、説得力を持たないのです。
そもそも、この志々目証言(内容として据物斬り)とは、いったい、いつ公になったものでしょう。ご存知のように「中国」1971年12月号に掲載されています。1971年といえば、あの本多勝一氏が「中国の旅」というルポの中で戦後20年間誰も公に話題にしていなかった100人斬りを取り上げ、据物斬り、という考え方を示した年です。1970年までは据物斬り、などという考え方は公に出ていませんでした。この本多氏のルポを補強するような同じタイミングで出た上、翌年単行本化された「中国の旅」で注釈で引用されるなど、「ん? 都合よく出てきたな」、といわれても仕方ない状況で発表されたものです。
その後、その証言(講演があった)に対しての傍証もありません。
>>手紙についても、
1.所詮は新聞の記事で手紙が来た、と言っているだけで、本当に手紙は存在しているのか? 現物は? 本当に本人が書いたものなのか?、など、疑問点が解消されていない。
>手紙は【個人宛】で氏名も公表されています。
>【虚偽】なら、その友人から異議の声があがったはずです。
あの〜。名前掲載するようなものなら、記事を出す前に、それに関する対応はしてるでしょ。普通。
今、旬の話題の「100人斬りの記事作るんで、名前貸してよ」とか。
>もしこれらが事実で無いなら【こんな念入りな嘘をついた野田少尉】にだまされた毎日や、本田氏が、なぜ名誉毀損に訴えられるのか、分かりません。
念入りですか?
日日の取材はずさんでしたよ。しかも記事を書いた日日の記者浅海氏も含め、捏造の臭いもぷんぷんする。
なぜ、訴えているのかは、裁判の原告側のHPを観て下さい。
↓
http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/0010.htm
>>>それに【浅海記者】が嘘っぱちを書いた・・と証言しているようですが、すでに【浅海記者】は故人であり、反論できません。
どうして、ずっと以前に【百人斬り論争】があったときに、【あの記事は嘘っぱち】と証言しなかったのでしょうか?
1972年当時の【新潮】にも今回の佐藤カメラマンが証言していますが、【嘘っぱち】なんていっていませんね。
1972年当時だったら、浅海記者も存命だったと思いますが、変ですね。
>>私は、1972年当時の佐藤カメラマンの置かれている個人的な環境や状況は良くわかりませんが、今回の裁判では、傍聴した方によると佐藤氏は「戦後浅海氏には同じジャーナリストとして武士の情けで追及しなかったような心境」を語ったとのことです。
>そうですか。
だとしても、【野田氏達から聞いた話】を浅海記者は記事にした・・・と佐藤氏は証言しているわけですよね?
「これからやる」という話を聞いたのね。本当にやるかどうか、冗談かもしれない話をね。で、浅海氏は、すでに「やった」という風に捏造した。とても、「聞いたことを書いただけ」などというレベルではないですよ。「冗談かもしれない、やるかどうか判らない話」を聞いて、「彼らは今やっている」って書いたら、捏造でしょ?
聞いた話を材料にして「捏造しました」が正しくない?
佐藤氏は元となった材料を聞いただけ、ですよ。
これは メッセージ 5511 (dorawasabi5000 さん)への返信です.