南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>南京強姦 2万人?

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 14:57 投稿番号: [6415 / 41162]
>南京攻城戦に日本軍は何人参加したのか知らないが

日本側記録で約20万人です。

>2万人も強姦するのでは戦闘どころでは無かったのではないか。

この2万というのは安全区委員長ラーベの推定値なのですね。
委員の一人ベイツは当初八千件と推定していました。


ベイツ書簡−アメリカのキリスト者への手紙

有能なドイツ人の同僚たちは(安全区国際委員長ラーベのこと)強姦の件数を二万件とみています。私にも八〇〇〇件以下とは思われません。いずれにしても、それを上回る数でしょう。われわれの職員家族の若干と現在アメリカ人が住んでいる住宅を含めて金陵大学構内だけでも、一〇〇件以上の強姦事件の詳細な記録がありますし、三〇〇件ほどの証拠もあります。
  ここでの苦痛と恐怖は、あなたにはほとんど想像できないでしょう。金陵大学構内だけでも、十一歳の少女から五三歳になる婦人まで強姦されています。ほかの難民グループでは酷いことにも、七十二歳と七十六歳になる老婆が犯されているのです。神学院では白昼、一七名の日本兵が一人の女性を輪姦しました。実に強姦事件の三分の一は日中に発生したのです。

これが、外国人達の見たところです。


では、日本側記録ではこれをどう見ているかと言いますと、
こんな通達が出ていたことが知られています。

杭州占領に伴ふ秩序維持及配宿等に関する件    昭和12年12月20日
掠奪、婦女暴行、放火等の厳禁に関しては屡次訓示せられたる所なるも、本次南京攻略の実績に徴するに、婦女暴行のみにても百余件に上る忌むべき事態を発生せるを以て、重複を顧みず注意する所あらんとす
(第十軍作戦指導に関する参考資料其の三)

と、あるように、第十軍だけで百件以上という認識を示しています。
また、その第十軍の法務官であった小川関次郎氏の日記には
「是迄の犯行数(その実際の数を挙げれば莫大ならん)」
とあるわけで、第十軍だけでも百件では済みそうにありません。

これだけでは実数がどれぐらいかは、何とも言えないのですが、
同時期の陸軍省人事局長阿南惟幾少将のメモにはこうあります。

「中島師団婦人方面、殺人、不軍紀行為は、国民的道義心の廃退、
戦況悲惨より来るものにして言語に絶するものあり。」
(阿南惟幾   S12.12.22陸軍省局長会報におけるメモ)

どうも、第十軍よりも上海派遣軍の第十六師団の乱行を問題にしているので、
第十軍の強姦よりも上海派遣軍の強姦の方がひどかったようです。

結局、日本側の記録から読みとれるのは、百件よりははるかに(たぶん桁違いに)
多かったらしい、ということまでで、実数は記録されていません。
たとえ推定でも、それなりの数字を挙げてくれていれば、8000説とか2万説の
裏付けなり反証になるのですが、この書き方では明白な否定材料にもなりません。

日本側記録は、2万説について否定も肯定もしていない。
と言うところが結論になろうかと思います。


>>ちょっと違います

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 13:41 投稿番号: [6414 / 41162]
>そういえば笠原さんも30万人というのは幻想であるとおっしゃってましたね。

そうですね。
どこかのシンポジウムでアイリス・チャンに、あなたの本は間違いが多いと
いうようなことを言って、嫌な顔をされたそうですから   (^^;

面と向かって批判するというのは東中野氏はしてないわけですよ   (^◇^

>ちょっと違います

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/09 12:12 投稿番号: [6413 / 41162]
それでは訂正しておきます。

笠原さんについて正確に知ろうとしていなかったのかもしれません。

そういえば笠原さんも30万人というのは幻想であるとおっしゃってましたね。

当時は日本軍による市民虐殺の認識なし

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 11:24 投稿番号: [6412 / 41162]
>>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?

>1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
>「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
>これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。


つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?




>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>そりゃあ身勝手というものだぞ。

説明不可能なんだね。
つーか、2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?
でなければ、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と矛盾するよね。




>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点…

>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
>>お答えください。
>>簡潔に人数を述べれば良いのです。

>(無視)

無視せず、簡潔に人数をお答え下さい。
0人ですか?




>>お答えください。
>>それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?

>(無視)

お答え下さい。
1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?




>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。


中国『中央社通信』って何ですか?
それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?




>マッカラムが日記に
>…
>と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

>エスピー報告には
>…
>という一節があるが、民間人だけの話ではないし、

>マギーの日記には
>…
>とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。

>結局民間人殺害の話は、この時期には、
>第一報であるダーディンの
>「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
>スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
>スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
>くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


私が#5196などで述べてきたとおり、1937年12月18日付NY・タイムズ、ダーディンの記事の『民間人の殺害』などは、やっぱり戦後の東京裁判まで誰からも相手にされなかったということだね。

今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?

何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのだから、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスチールが「日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」と言っても世間が問題にしないのは当然だよね。

戦ふ兵隊・亀井文夫監督

投稿者: antimarck 投稿日時: 2005/07/09 11:01 投稿番号: [6411 / 41162]
戦ふ兵隊・亀井文夫監督
http://www.bbsplus.com/aws/asin/B000666S1I

一度映像を見ることをお奨めします。

前線指令所の緊張した命令伝達。このような軍隊で、虐殺などが発生するものなのか?そのようなことは信じられないというのが大方の意見だと思う。

この映画に作為はほとんどないと思う。軍部から公開を禁止されていることでもそれがわかる。

話が違いますが

投稿者: fangwen2005jp 投稿日時: 2005/07/09 09:34 投稿番号: [6410 / 41162]
中国の街を歩いていると・・・
売春婦(18歳〜22歳)が
喜んで、自分の父親くらいの男性に
ぶら下がって連行されていきます。
(今の日本よりひどい、しかも露骨)

そんな光景を小さい子供も見ながら
大人になります。
日本で言えば60年前〜40年前の事だと
思いますが・・・
今は2005年、中国では現在も進行形です。

中国も地域によって違うでしょうが、
国が言っていることとやっていることが
あまりにも違いすぎますね。



最近は抗日60周年のドラマ、ドキュメンタリーが盛んです。
ドラマでは八路軍、強いです・・・。
感動の勝利を演出しています・・・。

今はもう2005年・・・。

ちょっと違います

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 08:30 投稿番号: [6409 / 41162]
>虐殺数が30万とかなっているのは   1985年以後に編纂された中国の地方の文献によるものです。

東京裁判、南京裁判での検察側立証が「30万以上」なのですね。
よく言われる最近になって増えたというのは、完全なガセです。


>笠原さんの説は、その文献をもとにしていますので信憑性は少ないといえます。

笠原説の柱は、むしろ日本軍の「戦闘詳報」など、日本側公式記録の積み上げなのですね。
信憑性を問題にする人は、「日本軍の戦果発表など、デタラメに決まっている。
”大本営発表”というのを知らないのか。」   てなことを、言うわけです   (^^

さて、ダムの貯水量も回復したし

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:41 投稿番号: [6408 / 41162]
水を撒くのはこの辺でやめです。


>> 今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
>> 外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
>> しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

>どうしても1/4NYタイムス報道と1/25チャイナプレス報道はその実体が同一の物であったという説に引っ張って行きたいようですね。

全く同じ時期に類似の事件があったというのは、まあ可能性ゼロでないとして、
1/4NYタイムズ記事の内容通りの事件が別にあったのなら、1/25記事に
出てくる憲兵隊報告書は、なぜそれを載せなかったのでしょうか?
同じ情報の別のバリエーションと考えた方が、理解はしやすいでしょう。

>撹乱工作のニュースソースが外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」であるというのは、現段階では根拠のない仮説でしかありません。

いえいえ、推測を一切排除して、単純に事実だけを見て下さい。
1/4NYタイムズ記事の情報源が不明なままである以上、
誰かが確認した情報の出所は「日本軍憲兵隊報告書」だけなのです。
だから、
>> 今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
>> 外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
>> しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

推測を排除すれば、確認できる事実はこれだけです。


>確認された事実は、NYタイムスとチャイナプレスが中国兵による撹乱工作を報じた、
ということであって、それが日本軍の宣伝工作であったという説は「確認された事実」ではありません。

NYタイムズ1/4記事は、「中国兵による攪乱工作」を報じている、
これは事実です。
では情報源はどこか、可能性としては   (1)安全区の委員達、
(2)日本の軍、外交筋、が考えられますが、記事だけからは
特定できません。
ただ、「中国兵による攪乱工作」は外国人達の記録には出てこない。
別の日本軍発表だと言われるものには出てくる。   ここまでは言えます。

チャイナプレス1/25記事は「中国兵による攪乱工作」を報じている
情報源は「日本軍憲兵隊報告書」である、   事実ですね。
したがって、確認された情報の出所は「日本軍憲兵隊報告書」だけなのです。
そして、それは広報、宣伝の行為としてなされた。
事実ですね?


>同じ議論を繰り返すのは時間の無駄です。

「冷静に事実を確認する」という私の提言にあなたが合意なさらない以上、
私としては「まず事実を確認しましょう」というしかありません。
「推測」や「物語」を語るのはその後でもよいでしょう。
まず材料がきちんと揃わないと、事実に立脚した議論にはなりません。


でりちゃんは楽でいい  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:39 投稿番号: [6407 / 41162]
>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。


誰かが「認識した」ということと、それが外部に伝わって「共通認識」に
なっているかどうかというのは、全く別の話だ。
当時はケータイはおろか、有線の市外電話さえなかったのだよ。
たとえば、

ジョン=ラーベが
「中国の発表によれば総計一〇万入の中国の民聞人が殺害されたそうです。これは少し過大な数字でしょう。われわれヨーロッパ人はその数は約五万ないし六万人と推定しています。」
と、書いて、これを公表したのは1938年6月のことだ。
ラーベは2月22日に南京を後にしているので、2月20日ごろの認識ではないかな。
ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。

マッカラムが日記に
「此の故に私は諸君が数日間食慾を失ふ様なこんな恐ろしい物語を話すことが出来ました。それは全然信ぜられぬことでありますが、然し数千(の)人々が残忍にも屠殺されました。───幾人あるか想像するも困難です。───其の数が一〇、〇〇〇人に近いだらうと信じて居る人々も有ります。」
と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

エスピー報告には
「兵士であった者および兵士の嫌疑を受けた者はことごとく組織的に銃殺された。正確な数は不明だが、少なくとも二万人がこのようにして殺害されたものと思われる。」という一節があるが、民間人だけの話ではないし、
1月25日付で漢口のアメリカ大使館宛に提出されたもので、一般には伝わっていない。

マギーの日記には
「火曜日(12月14日)の晩にも四人一組に縛られて連れていかれるのを見ました。夕暮れでよくわかりませんが5000人か6000人はいたと思います。もう何人殺されたか誰も数え切れませんが、二万人はいるでしょう」
とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。


結局民間人殺害の話は、この時期には、
第一報であるダーディンの
「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


なお、私見で勝手な想像をすれば、日本軍侵入時の小競り合いによる民間人の死者について、
日本軍が率直に「遺憾の意」を表明して状況を説明し、その後の占領行政が整然と行われていれば、
あとで「虐殺」扱いされることはなかったのではないかと思う。


でりちゃんは楽でいい

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:37 投稿番号: [6406 / 41162]
>全然、無理じゃないでしょ。
>キミは、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と言った。
>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?

1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
「占領後もなお続く市民への暴虐行為」   なのだし、
これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。


>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人(8人じゃねーよ)や前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。

「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。

でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
そりゃあ身勝手というものだぞ。


>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

もったいぶってるんじゃあない。   根拠を持ってものを言おうと思ったら、
それなりの準備が必要なんだよ。
私はでりちゃんのように信念があれば根拠がなくてもいいという主義は
とらないのだ。

おはよーございます (^^*

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:37 投稿番号: [6405 / 41162]
>こちらもまだまだ勉強中で不明な点とかあります。
おわかりになる方、お願いします。

こんにちは。
「執拗な主張をする」   jaです    (^^;


資料の網羅という点で、こちらが充実しておりますので、ご参考に。
http://www.geocities.jp/yu77799/

犠牲者数の考察から、順にお読み下さい
http://www.geocities.jp/yu77799/giseisha.html

(補足)無辜の市民犠牲者は0人〜数人

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 00:06 投稿番号: [6404 / 41162]
「南京事件」日本人四十八人の証言
平成十四年一月一日 小学館文庫

あとがき

  南京を歩きまわってあちこち見ていた日本人の証言から、どんなことが浮かびあがってくるであろう。
  南京でいわゆる「三十万人の大虐殺」を見たという人は、四十八人の中にひとりもいない。それがひとつ。それから九年たち、南京での暴虐が東京裁判で言われたとき、ほとんどの人にとっては、それがまったくの寝耳に水だった。
  つぎに、四十八人の証言から、市民や婦女子に対する虐殺などなかったことがわかる。とくに婦女子に対する暴虐は誰も見ていないし、聞いてもいない。
  南京にはいたるところに死体があり、道路が血でおおわれていた、としばしば語られるけれど、そのような南京は、四十八人の証言の中にまったくない。東京裁判で語られたような悲惨なことは架空の出来事のようだ。
  一般市民に対してはそうであるけれど、しかし軍隊に対してはやや違うようだ。
  中国兵を処断している場面を何人かが見ている。中国兵を揚子江まで連れていって刺殺しているし、城内でも刺殺している。南京に向かう途中でも、そのような場面を見ている人がいる。揚子江岸にはのちのちまで処断された死体がたくさんあった。
  これらから推察すると、南京事件と言われているものは、中国兵に対する処断だったのであろう。

  といって、だからそれが虐殺として責められるべきことかといえば、必ずしもそうではない。大騒ぎすることではない、それが戦争だ、戦場だ、と大多数の証言者は見なしている。
  大多数ということは、そうでない人もいた。なかには、処断の場面を見て残酷だと感じ、行き過ぎだと見なす人がいた。しかし、そういう人でも、とくに話題にすることはなかったから、特別なこととは見なしていなかった。
  四十八人の証言者のなかには軍人がいた。彼らの証言をみると、中国兵をとくに虐待しようとしていた人はいなかった。中島今朝吾師団長、長勇参謀のように、中国兵にきびしく当たるような言動の人もいたけれど、軍からそのような命令が出たわけではない。反対に、最高司令官である松井石根大将は中国兵には人道的に対応するように命じている。
  中国軍は、証言にもあるように、降伏を拒否していた。日本軍と最後まで戦うつもりだったし、追い詰められても、降伏は認められていなかったから、捕虜になるという考えや気持ちもなかった。最後の段階になって中国軍は軍服を脱ぎ、市民のなかに紛れこんだ。中国軍には戦時国際法が念頭になかった。
  一方、中国兵を処断した日本兵は、そのことを隠すこともしないし、なかには、ジャーナリストらにわざわざ処断の場面を見せようとするものもいた。中国兵の処断は戦闘の続きだ、と日本兵は見なしていたからである。後に虐殺だと言われるとは思いもしなかっただろう。

  それでは、中国兵の処断は戦時国際法からどのようにみなされるのだろうか。
  現在の研究からみると、意見は分かれる。
  ひとつは、司令官が逃亡し、中国兵が軍服を脱いで武器を隠し持ち市民に紛れこんだ段階で捕虜として遇されることはなくなった。日本が非難されるいわれはない、とみなす意見である。
  その反対に、最後まで中国兵を人道的に遇すべきだし、処断は戦時国際法違反だ、という見方がある。
  また、処断するにしても、軍律会議などを経るべきだった、そうすれば非難されることはなかっただろうという見方もある。
  ともあれ、南京事件といわれるものの実態は、中国兵の処断である。戦場であったから、悲惨な場面はいくらもあった。逃げようとする中国兵のなかには城壁から落ちて死んだものもいた。しかし、それは戦場ならどこにでもある光景である。四十八人の証言はそういったことを教えてくれる。
  二〇〇一年十一月二十一日

阿羅 健一

虐殺の犠牲者数は30人以下だと思います

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/08 23:54 投稿番号: [6403 / 41162]
>私も色々本を読んだり、HP見たりしているのですが、今は中国側の主張するような30万人という虐殺は無かったと思っています。


と言うか、30人の虐殺もなかったと思いますよ。

砲撃や空爆による犠牲者や便衣兵の疑いをかけられて誤って処刑されてしまった者などもいたでしょうが、それらは「虐殺」ではありません。
もちろん、戦死者は虐殺犠牲者には数えません。

そうすると、日本軍が、民間人と知っていながら、正当な理由もなく殺害した人数は、「0人〜あったとしてもせいぜい10人ぐらい」だと思います。


私は、未だかつて南京虐殺の犠牲者とされる人の名前を10人も知りません。
数人の名前は見たことがありますが、証言などを聞くと全て嘘っぽいです。
南京事件の支那人犠牲者の名簿は、日本も蒋介石政府も汪兆銘政府も南京安全区国際委員会も南京市民も誰も作成しませんでした。
当時、日本人が虐殺された済南事件(犠牲者十数人)や通州事件(犠牲者約260人)では、日本人が犠牲者の名簿を作成しました。
また、ソ連による「日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件」でも、数十万人に及ぶ犠牲者全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などをソ連が作成していました。
その名簿の一部(数万人分)は、ゴルバチョフ来日の際に日本に渡されました。

誰ひとりとして南京虐殺の犠牲者が分からない以上、南京虐殺で犠牲になった人数は0人〜(あったとしてもせいぜい10人くらい)だったと思います。


●済南事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(田中外相宛西田領事報告など)

●通州事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり
2.支那側の命令書   ×なし
3.日本政府の認識   ○あり(被害者側の日本外務省が公式声明)

●カチンの森事件
1.ポーランド人犠牲者の名簿   △大体あり
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(スターリンが命令し、内務人民委員部長官、ラヴレンティ・ベリヤが命令書に署名)
3.各国政府の認識   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
被害を受けたポーランド   ○あり
濡れ衣を着せられたドイツ   ○あり(事件の3年後に捕虜収容所にいた元ポーランド軍将校、公務員、警察協力者、情報部員、憲兵隊員、獄吏等の遺骸を発見)

●ソ連による日本人拉致・シベリア強制連行・殺害事件
1.日本人犠牲者の名簿   ○あり(全員の名簿や死亡年月日、死因、埋葬地などがあり○。死亡者は50万人超と言われ、ゴルバチョフ来日の際、名簿の一部のみが日本に渡された)
2.ソ連の命令書その他公式文書   ○あり(マリク駐日大使がモロトフ外相に宛てた文書で、「1946年12月時点で、まだ生存している抑留日本人が105万人以上居る」と記載。
3.政府の認識
被害者側の日本   ○あり
加害者側のソ連   ○あり
第3国の米国   ○あり

●南京事件
1.支那人犠牲者の名簿   ×なし(日本も×、蒋介石政府も×、汪兆銘政府も×、南京安全区国際委員会も×、南京市民も×、誰も作成せず)
2.日本の命令書その他公式文書   ×なし
3.政府の認識   ×なし(当時は、日本にも×、何応欽にも×、蒋介石にも×、毛沢東にも×、事件の認識×なし)

pokopokogonさまへ

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 22:09 投稿番号: [6402 / 41162]
死者の数の推定は   スマイス報告が基準になっている場合が多いですね。
虐殺数が30万とかなっているのは   1985年以後に編纂された中国の地方の文献によるものです。
笠原さんの説は、その文献をもとにしていますので信憑性は少ないといえます。

虐殺はなかったという人もいるようですが
軍紀の乱れによる殺害はあったと思われます。
それも中国軍が民間に紛れ込んだために起こったものとする説もあります。

このあたりになると、十分な資料が存在しているとはいえず、
とりようによってはいずれとも言いがたいと思われます。

事実としては相当数の犠牲者がいたと思われますが、4ないし5万といったところまででしょう。
この中には正規の戦闘による中国軍の死者も含まれます。


日本軍の軍紀の乱れから犯罪は相当数起こったと思われますが
中国の主張とはかけ離れていることは事実といえるでしょう。


私が上げさせていただいた方々は、
非常に詳しく研究されており
学者の議論を聞いているより参考になると思います。
時々意見の食い違いから、罵倒のしあいというおまけもついていますが。

民間の研究者としては非常に優れた人たちだと思います。
機会があればお聞きになると面白いと思います。

追伸
ひょっとすれば、本物の研究者かもしれません。
真偽のほどは、ご自分でご確認ください

kintakunte2002様

投稿者: pokopokogon 投稿日時: 2005/07/08 21:48 投稿番号: [6401 / 41162]
ありがとうございました。
私も色々本を読んだり、HP見たりしているのですが、今は中国側の主張するような30万人という虐殺は無かったと思っています。

それが何人なのかは、研究者により説が分かれるので一つ一つ見ていくのも中々大変だな、と感じている次第です。

向こうのトピで今紹介されているものは大体読んだのですが、こういう民間の一研究者(?)の方などは論争に加わらないのでしょうか?
中には随分詳しい人もいらっしゃるようですので。

>>わかる方教えて下さい

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 21:42 投稿番号: [6400 / 41162]
なお、詳細については
nmwgip氏
deliciousicecoffee氏
ja2047氏
n_o_i_s_e_m_a_n氏

がお詳しいのでお聞きになると良いと思います。

訂正

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 21:36 投稿番号: [6399 / 41162]
軍機→軍規(軍紀)   です。

>わかる方教えて下さい

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/08 21:33 投稿番号: [6398 / 41162]
少なくとも中国が主張するような大虐殺はないといえますね。

このトピでは、軍機の乱れによる虐殺があったのかなかったのかが問題になっているくらいで
30万人という大虐殺に関してはなかったという点で合意を見ています。

中には執拗に根拠のない主張をする人もいますが
正しい検証による主張は今申し上げた通りです。

わかる方教えて下さい

投稿者: pokopokogon 投稿日時: 2005/07/08 20:46 投稿番号: [6397 / 41162]
こんばんは。
日中関係のトピで南京大虐殺について色々資料を挙げてる方がいらっしゃるのですが、こちらもまだまだ勉強中で不明な点とかあります。
おわかりになる方、お願いします。

>四面楚歌の計

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/08 16:41 投稿番号: [6396 / 41162]
>四面楚歌とは本来、味方のいない孤立状態を指すのではなく、味方がいないと錯覚させ抵抗を諦めさせる戦術でした。

なるほど。

四面楚歌の計

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/08 12:20 投稿番号: [6395 / 41162]
>日本人は中国に何を言われても仕方が無いのだという負け犬意識を植え付けることが、いわゆる南京大虐殺の主張の目的とするところです。

そうなんだよね。アサヒは、日本人の口封じのために、これを今でも、言っている可能性があるというわけ。

もし、そうなら、狡猾で、卑怯なやり方だと思う。左派人全てがそうではないと思うけれど、アサヒは、日本を壊そうとしている可能性はあるってことだよ。

左派人の人にお願い。アサヒのようなことをやっていては、世界に平和なんてこない。中国共産党の手先になっても、平和は来ないんだよ。それを分かってよ。

南京強姦 2万人?

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/07/08 09:48 投稿番号: [6394 / 41162]
>強姦される女性の数は20,000であるためにそこにいた・・・

この記事に依ると強姦されたのは2万人の女性とのこと。

南京攻城戦に日本軍は何人参加したのか知らないが
2万人も強姦するのでは戦闘どころでは無かったのではないか。
強姦にかかりきりにならなければ身が持たぬわい。

しかも、この後30万人も殺さなければならないのだから・・・

小泉は英国BBCにクレームつけんのか?。

投稿者: bady17jp 投稿日時: 2005/07/08 02:50 投稿番号: [6393 / 41162]
あの外交オカマめ。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/223038.stm

根拠無しと結論済み

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/07 23:57 投稿番号: [6392 / 41162]
「せっかち」「あなたの頭の中には、いきなり宣伝=虚偽という図式が出来ているように見えてしょうがない」「「悪辣」という言葉を用いたあなたの「悪意」を除いて、同意します」「論点を曖昧にしたまま、あれが気にくわない、これがおかしいと、思いつきで否定的な捉え方だけをピックアップしていけば」
  挙げていけば限は無いですか、私に対して挑発的な発言を繰り返しているのは貴方のほうです。

> 撹乱工作説は妄想であるという私の【主張】の根拠は、既に示してありますよ。

  これらが根拠にならないことは既に論じ終えています。
  貴方自身も一連の議論の結果認めているじゃないですか。

>「攪乱工作」の存在については、今日、事実とも虚偽とも判定は付きません。
(#6272)

  貴方は忘れているかもしれませんが、問題になっているのは「東中野教授の撹乱工作説が正しいかどうか」ではなく「NYタイムス及びチャイナプレスで報じられた撹乱工作が虚偽であったかどうか」です。

> 今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
> 外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
> しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

  どうしても1/4NYタイムス報道と1/25チャイナプレス報道はその実体が同一の物であったという説に引っ張って行きたいようですね。
  ですが二つの記事の間で、中国兵による撹乱工作があったという大きな事実以外に、共通点が無いことは既に論じ終えています。
  撹乱工作のニュースソースが外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」であるというのは、現段階では根拠のない仮説でしかありません。
  確認された事実は、NYタイムスとチャイナプレスが中国兵による撹乱工作を報じた、ということであって、それが日本軍の宣伝工作であったという説は「確認された事実」ではありません。
  上海爆撃が中国軍の仕業であるにも関らず、中国政府はそれを日本軍の仕業であると虚偽の宣伝をした、という「確認された事実」と同列に並べることはできません。
  また、仮に「日本軍憲兵隊報告書」がニュースソースであったとしても、それが日本軍による擦り付け工作であるという証明にはなりません。軍の発表=宣伝=擦り付け工作というのは貴方の価値判断に過ぎません。
  同じ議論を繰り返すのは時間の無駄です。

7月7日は、「七・七事変」の日

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/07 23:25 投稿番号: [6391 / 41162]
「盧溝橋事件」は、支那共産党が計画的に行なった事件です。
支那共産党が仕掛けたという一つの根拠は、「七・七事変」という名称そのものです。
彼らが日本軍に発砲したのは7月7日ですが、日本軍が反撃したのは7月8日です。
日本軍を犯人に仕立てたければ、支那共産党は「七・八事変」としなければなりません。


日本軍が7月7日に盧溝橋で行なっていたのは空砲演習であり、しかも、空砲演習にも拘わらずに異例の事前通告をしていた。

―――――――――――――――――――
  日本側に、冀察政務外交専員の林耕宇から「空砲で演習する場合でも、あらかじめ中国側に通告して欲しい」との要請があり、特務の方で検討する事になりました。
  北清議定書では、実弾射撃の場合は通報する事になっていますが、空砲の場合は規定されていません。
  「日本だけ勝手に規定を変える事はできない、ここは他の列強と協議してからでなければ」
  「しかし、今、不穏なこの時期、間違いがあれば大変な事になる」
  「ここは一時的に彼らの要求を通したら」
という事で、『7月6日、7日、9日、10日の4日間、日本軍が盧溝橋の原で昼夜空砲を使って演習する』という通告が、その日の晩に、中国側に通達されました。
  1937年7月7日、日本軍は盧溝橋の原で、鉄帽もかぶらず空砲を使って演習していました。
『盧溝橋事件』寺平忠輔著
―――――――――――――――――――

これでは、近くに居た支那軍も、日本軍と同じように銃撃を受けたとされるが、「日本軍からの銃撃」とは認識しなかっただろう。


ところが、支那共産党は早くも7月8日、延安から全国へ次の電報を打った。

「7月7日夜10時、日本は盧溝橋でおいて中国の駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し、(以下略)」
『中国共産党資料集・第8巻』日本国際問題研究所

日本軍が応戦したのは翌日8日の朝なのに、夜10時と特定されている。
しかも日支両軍の司令部すら事態の真相をつかんでいない時点でこうした電報を打ったことは、最初の一発から共産党のシナリオができていたことを推測させるに十分な証拠である。


コミンテルンは、次のような秘密司令を発していた。

①あくまで局地解決を避け、日支の全面衝突に導かねばならない
②右目的の貫徹のため、あらゆる手段を利用すべく、局地解決や日本への譲歩によって支那の解放運動を裏切る要人は抹殺してもよい
③下層民衆階級に工作し、彼らに行動を起こさせ、国民政府として戦争の開始のやむなきに立ち至らしめねばならない
(以下略)
『コミュンテルン並びに蘇聯邦の対支政策に関する基本資料』興亜院政務部発行

その後の事態は、まさにこのコミンテルンの司令文書どおりに進行した。



●1937年
7月7日、盧溝橋事件。夜10時30分頃、演習中の日本軍が2度にわたって銃撃を受ける
7月8日、午前3時25分に支那側から3度目の射撃、4時20分に牟田口連隊長が反撃を命令、5時30分の4度目の銃撃をきっかけに反撃開始
7月9日、午前4時に現地で停戦の約束がされるまで日本側戦死11人・負傷36人、支那側(推定)戦死30人・負傷約100人。蒋介石は4個師団と戦闘機を北支に派遣
7月10日、支那側が攻撃を再開、日本側も応戦、日本側に戦死6人、負傷10人。参謀本部第三課と陸軍軍事課は、支那側が「対日武力戦争を準備」しており、北京地区1万2千人の居留民保護に不安があり、支那第29軍7万5千人に対抗するため10万人規模の「北支出兵」を主張。石原部長も承認して陸軍の決定となる
7月11日、現地で停戦協定が成立。支那の何応欽部長が、7月末までに戦争準備を整える全兵力動員の「戦争計画」を指示。14時、日本の閣議で5個師団の「華北派兵」が決定し声明
7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺
7月14日、支那兵が日本の騎馬兵を惨殺
7月16日、事件を収集させようとする宋哲元に対し、蒋介石は「日本の策謀に乗じるな、戦備を整えよ」と打電
7月17日、蒋介石が『生死関頭』演説を行い戦争の決意を表明
7月25日、郎坊事件、日本軍が攻撃を受ける
7月26日、広安門事件、日本軍が攻撃を受ける
7月28日、日本軍が華北への攻撃を開始
7月29日、通州事件。日本人居留民約260名が虐殺される
8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される

簡単に答えれば良いことだ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/07 22:37 投稿番号: [6390 / 41162]
>>少し変えて、もう一度、質問します。
>>1938年1月4日付(1月3日発)NY・タイムズ記事の大佐一味7人
>>1938年1月24日の日本軍が記者会見で発表した反日撹乱工作を扇動していた前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将
>>1938年2月17日付大阪朝日記事の元巡警の呉堯邦ら11人
>>どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?

>命が惜しくて潜伏中の将兵計8人と、通訳の腕章を付けて強盗をしていた民間人11人にかね?
>そりゃ無理でしょ・・・・・・・って。     オイ   (−−;


全然、無理じゃないでしょ。
キミは、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と言った。
キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?
日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人(8人じゃねーよ)や前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。




>>>>どうして、【南京市民の大虐殺】を擦り付けなかったのですか?
>が、いつのまにか
>>どうして、・・【民間人殺害の罪】を擦り付けなかったのですか?
>に変わってるぞ    (^^;
>姑息なことをするなよ。


「少し変えて、もう一度、質問します。」(#6384)、とわざわざことわってから述べているが、何か?




>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害がいかほどと認識されていたかということがありますね。

>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?

>(無視)


お答えください。
簡潔に人数を述べれば良いのです。




>>もしも、その時点で、数十人以上の民間人殺害が認識されていれば、日本軍は、武器を隠し持っていた撹乱工作隊に対して「掠奪」や「強姦」のようなチンケな犯罪を擦り付けずに、「民間人殺害」を擦り付けたはずですよね?

>(無視)


お答えください。
それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?




>>>この時点で外部に漏れていたのは「難民への大暴行」でしょ。
>>>犠牲者数万人説はこの時期以降に出てくるのです。

>>へ?
>>1月24日時点では、日本軍による「民間人の殺害」は、全く外部に漏れていなかったのですね。φ(. . )メモφ(. . )メモ
>>で、犠牲者数万人説は、いつごろ出てきたのですか?

>うーん、もう。
>あのね、コピペと大言壮語だけで持たせてる人は楽だろうけど。
>私はいちいち根拠を再確認して書きこんどるのですよ。
>「教えてくん教室」は週末まで待っていただきたい。


何年何月ごろかを述べれば良いだけでしょ。




>1月25日のニューヨークタイムズ記事を再引用するね。
>これが、1月後半時点での上海の認識だから、日本軍の
>記者会見はこれに対する弁明のためのものだと言うことは
>理解できるね?
(全略)
>十二月二十六日、上海の日本側高官たちは南京で略奪、暴行が続いていることを残念ながら認めると言い、
(中略)
>さらに一月七日にも日本当局は記者に、遺憾ながら南京はまだ嘆かわしい情況であると認め、統制を逸し、日々に何百という婦人や少女への暴行を働いている軍の師団は二、三日中に南京から退去される見込みだ、と保証した。
(以下略)


では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。

事実に興味を持つのはいいことだ 2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/07 06:15 投稿番号: [6389 / 41162]
>>「教えてくん教室」は週末まで待っていただきたい。
だけでは不親切なので、
1月25日のニューヨークタイムズ記事を再引用するね。
これが、1月後半時点での上海の認識だから、日本軍の
記者会見はこれに対する弁明のためのものだと言うことは
理解できるね?


南京の無法状態
ハレット・アベンド
<ニューヨーク・タイムズ>特電
  一月二十四日、上海発。軍事的必要その他の日本側の口実をすべて剥ぎ取ってみるに、日本軍の中国前首都攻撃から一月と十日経った南京の現状は、日本当局が外交官以外のいかなる外国人の南京訪問をも許可できないほど無法で蛮虐であるという赤裸々な事実が残る。
  十二月二十六日、上海の日本側高官たちは南京で略奪、暴行が続いていることを残念ながら認めると言い、記者に対し、軍規劣悪、命令不服従の部隊は小部隊ずつ長江北岸に移動されているところであり、その守備地域は精選された軍規厳正、行動良好の部隊によって替わられる、と約束した。
  さらに一月七日にも日本当局は記者に、遺憾ながら南京はまだ嘆かわしい情況であると認め、統制を逸し、日々に何百という婦人や少女への暴行を働いている軍の師団は二、三日中に南京から退去される見込みだ、と保証した。

<無法の支配が続く>
  だが一月二十日の遅きに至っても無法の支配は何ら抑制されることなく続いている。もし約束どおりに部隊の交替が行われたのならぱ、新来の部隊も旧来本市に駐屯して法と秩序の擁護者をもって任じてきた部隊と同様、無規律であるいうことになろう。
  先週金曜日夜、上海の日本当局は率直に、この情況に関する電信報告は検閲を通過しないと通告し、事実上、日本軍の声威を傷つける恐れある「悪意ある」報告の海外打電を禁止する旨を宣言した、
  包囲、攻撃の間ずっと生命をかけて難民キャンプの運営に当たってきた宣教師や福祉活動家が上海に宛てた南京概況報告や、現在南京駐在の領事等外交官の報告が、すぺて悪意あるものとはとうてい考えられない。これらの報告はいずれも一致し、日本軍側の残虐行為と無統制の放縦についての目撃者の証言を含んでいるのである。
  これらの報告は、その主要部分は印刷不可能であるが、当地ではきわめて厳重な憶測を呼んでいる。南京地区の軍隊のなかに事実上の反乱状態が存在するのではないか、蛮行を重ねる部隊は市外への撤去、北進して徐州方面へ進撃中の日本軍に合流せよとの命令服従を拒んでいるのではないか、と観察する者もいる。また、いまや無規律は長江デルタ地帯の日本軍全師団に広がったのか、松井石根大将など指緯官はこれを制御できないほど無力なのだろうか、と考える者もある。
  上海の外国人特派員は日本の検閲により、上海諸新聞の外国人所有者の編集コメントの海外打電を禁じられた。それは南京地区の現状は日本軍の軍服に泥を塗り、その礼儀、行動良好の評判をまったく地に落とすものだ、ということを恐れることなく宣言するものであった。
(「南京事件資料集1   アメリカ関係資料編」P443)


事実に興味を持つのはいいことだ

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/07 06:12 投稿番号: [6388 / 41162]
>>王新倫ら4人にですか?
>>それは物理的に無理というものです。

>(・・。)は??
>少し変えて、もう一度、質問します。

王新倫ら4人には押し付けようがなかったと言うことは理解できるのだね。


>どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?

命が惜しくて潜伏中の将兵計8人と、通訳の腕章を付けて強盗をしていた民間人11人にかね?
そりゃ無理でしょ・・・・・・・って。     オイ   (−−;
>>>どうして、【南京市民の大虐殺】を擦り付けなかったのですか?
が、いつのまにか
>どうして、・・【民間人殺害の罪】を擦り付けなかったのですか?
に変わってるぞ    (^^;

姑息なことをするなよ。


>で、犠牲者数万人説は、いつごろ出てきたのですか?

うーん、もう。
あのね、コピペと大言壮語だけで持たせてる人は楽だろうけど。
私はいちいち根拠を再確認して書きこんどるのですよ。
「教えてくん教室」は週末まで待っていただきたい。

牟田口を叩くな

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/07 06:09 投稿番号: [6387 / 41162]
>安っぽい挑発で時間稼ぎをしなくても

挑発には乗らないぞと言う宣言なのですがね。
「冷静に」というのが私のお願いですから。
あなたは「合意してない」とおっしゃいますが、
これぐらいは合意できますよね?

「一つずつ」とわざわざ銘打って続けている議論に対して
いささか感情的な言葉のちりばめられた(例、デマ、虚偽、
先入観に囚われて、まんまと騙された、頓馬、虚言症、
恥知らず、)反論のあとで、結びに
「いくら議論を捻じ曲げようとしようと韜晦を試みようと、無駄であると言っておきます。」
という、挑発以外の何者でもない言葉が続けば、
「とりあえず落ち着け」、という一言は、私としても言わざるを得ない。


>撹乱工作が妄想であるという貴方の思い込みの根拠をゆっくり探してください。

撹乱工作説は妄想であるという私の【主張】の根拠は、既に示してありますよ。
というか、いきなり根拠の提示から入っている。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=5998
既に再まとめすらやっています。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6115

これらを踏まえた上で、
「一個ずつね    d(^^   」を始めたのです。
話をここへ戻しましょう。

今のところ、「中国兵による攪乱工作があった」という話の出所は、
外国人記者会見用の「日本軍憲兵隊報告書」しか、確認されていない。
しかし、日本側にはこの内容を裏付ける記録、証言は残っていない。

よろしいですね?

四面楚歌の計(2)

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/06 23:37 投稿番号: [6386 / 41162]
  南京大虐殺についても同じです。
  世界に宣伝するよりも、日本人に対して、世界中から非難され、日本人自身も南京大虐殺はあったと認めている、こう思い込ませることで、罪悪感と共に、日本人は中国に何を言われても仕方が無いのだという負け犬意識を植え付けることが、いわゆる南京大虐殺の主張の目的とするところです。
  国内に存在する全ての南京大虐殺肯定派は、本人の意識、信条、目的の如何に関らず、中国政府の「四面楚歌の計」に加担する工作員です。本人にそのつもりが無くても、結果的に中国政府の手先として活動しているのです。
  日中戦争の一切は、日華平和条約、日中共同声明及び日中平和友好条約で決着しています。中国が何を言おうと、日本政府は「決着済みである」の一言で済ませればいいのです。それが国際ルールなのですから。
  平和条約が成立した後に戦争責任に言及した、余りにも非常識でしかも調印すら行われていない日中共同宣言など空文に過ぎません。
  もし南京攻略戦に関して何かを主張しなければならないとすれば、虐殺記念館を世界遺産に、などというふざけた運動に対して、「中国の主張するような」南京大虐殺は無かったという証拠を世界に向けて発信するだけで十分です。日本兵による違法行為があったかどうかなんて触れる必要はありません。
  香港返還の際、英国王室が何と言ったかご存知ですか?
  エリザベス女王は「1世紀以上にわたる英国統治は終わりを迎える。この間、香港は小さな植民地から世界で有数の貿易都市に成長した」と発言し、チャールズ皇太子は「この1世紀半の香港の成功に責任を持ち、その枠組みを提供したことに、英国は誇りを感じる」と述べています。香港が租借地=事実上の植民地であったことに反省の言葉は一切無しです。
  それに対して中国共産党政府が何と言ったかご存知ですか?
  江沢民は「香港が中国に復帰した、この厳かなときに、中英両国をはじめ、復帰を支持してきた世界の人々に、心より感謝の意を表する」と述べたのです。支持も何も、香港は条約で定められた租借期間が満了して返還されただけであるのに、です。
  日本の政治家は、英国王室のこの態度を見習うべきです。

四面楚歌の計

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/06 23:33 投稿番号: [6385 / 41162]
  皆さんは四面楚歌という故事成語の語源をご存知でしょうか?

  紀元前3世紀、長年におよんだ楚と漢の戦いがいよいよ最終局面となった頃、漢の劉邦に追いつめられ、垓下の城壁に立て籠もった楚の項羽の耳に、ある夜、砦の周りの四方から祖国である楚の国の歌が聞こえてきた。
  これを聞いた項羽は、「敵軍の中に、こんなにも楚の国の人々がいるということは、すでに楚は漢に落ちてしまったのだろう。」と嘆き、自分の最期を悟ったと伝えられる。

  これは劉邦軍の軍師、韓信(張良という説もあり)が企てた、自軍の兵士に楚の国の歌を歌わせ、項羽に孤立していると錯覚させて抵抗の意思を挫く計略だったと伝えられています。
  四面楚歌とは本来、味方のいない孤立状態を指すのではなく、味方がいないと錯覚させ抵抗を諦めさせる戦術でした。
  この言葉を使ったlonglivezhongguo(cafearomatiser)が、ここまで意識していたかどうかは不明ですが、中国の対日戦術及び彼がこのトピでとっていた行動は、この四面楚歌の計に則ったものです。
  世界中が日本を非難していると強調し、世界で日本が孤立していると錯覚させ、更に国内の反小泉勢力に働きかけて靖国参拝を続ける小泉首相の政治姿勢は日本の国益に反すると日本国民に向けて宣伝させ、日本国民に「中国の主張に反論することは無意味である」という諦念を植えつけること、これが反日デモ以来中国が採用してきた外交戦術です。
  トピずれになりますが、靖国問題について正論8月号に興味深いインタビューが掲載されていましたので、少々長くなりますが全文引用してみましょう。
  中国民主化運動海外連席会議アジア地域代表の相林氏の発言です。
「実は、日本に来るまで、靖国神社は『戦後、A級戦犯を祀る目的で作られた軍国主義賛美の施設だ』と教えられてきました。
  ところが、実際に来てみると、明治維新で亡くなられた方々をはじめとする国のための戦没者を祀っていることを知り、驚きました。私たち中国民主化運動に携わる者にとって、明治維新とは中国革命のモデルであり、維新の志士たちは尊敬の対象です。中国人から見れば、日露戦争はロシアの侵略から中国を守る戦いでした。ですから、私たちが尊敬する人々、そして中国を救ってくれた恩人が祀られているところ、それが靖国神社だと分かったのです。そこで、日本に来る中国民主化運動の同志たちを、私はたびたび靖国神社に連れてきます。そして、靖国神社は私たち民主化運動の恩人が祀られているところだと説明すると、みなびっくりして、丁重にお参りします。しかし、中国共産党政府は、靖国神社を軍国主義の施設と教えていますから、一般の中国人たちもそう信じてしまっています」
「まず理解して欲しいことは、中国共産党は無神論者である、ということです。だから現在の中国は宗教の自由も認めていません。法輪功の信者たちが弾圧されていることは皆さんもご存知でしょう。毛沢東時代には自分の先祖を家で祀ることすら許されていませんでした。日本の国土より27倍も大きな中国では靖国神社のような国のために犠牲になった英霊の魂を祀る所は一箇所もないのです。中国のために死んだ英霊たちが安心して眠る場所が中国にはないのです。
  本来なら無神論者の中国共産党政権は日本人の靖国参拝に関心はないはずです。その証拠に30年前の日中国交回復の時、中共は靖国神社のことに一言も触れませんでした。江沢民は3年前にイタリアを訪問した時に無名戦士のお墓に献花しました。数年前に米国を訪問した際にアーリントン国立墓苑で献花しています。このアーリントン墓地には、朝鮮戦争で中国人民解放軍と戦った兵士も祀っています。旧敵国軍兵士に敬意を表するのであるならば、江沢民は来日の際に靖国神社にも献花するべきなのです。そうしないのは、近年日本の中国に対する弱腰外交を見て、責めればODAや円借款等の多額の援助が取れるから、中国共産党は、靖国問題や教科書問題は日本との外交の切り札として使っているのです」

謎は深まる一方だ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/06 22:26 投稿番号: [6384 / 41162]
>>>南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。
>>>たとえば、小林よしのりの紹介ですっかり有名になった
>>>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>>>ですが、   外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。

>>どうして、日本は、「掠奪や強姦」のようなチンケな非行を擦り付けようとしたのですか?
>>どうして、「南京市民の大虐殺」を擦り付けなかったのですか?
>>武器も大量に発見したと言っていたのですから、どうせ、擦り付け工作をするなら、市民大虐殺を擦り付ければ良かったと思いませんか?

>王新倫ら4人にですか?
>それは物理的に無理というものです。


(・・。)は??

少し変えて、もう一度、質問します。

1938年1月4日付(1月3日発)NY・タイムズ記事の大佐一味7人
1938年1月24日の日本軍が記者会見で発表した反日撹乱工作を扇動していた前第88師副師長の馬(マー)・ポウシャン中将
1938年2月17日付大阪朝日記事の元巡警の呉堯邦ら11人

どうして、日本軍は、上に列挙したような撹乱工作隊に「民間人殺害」の罪を擦り付けなかったのですか?




>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害がいかほどと
>認識されていたかということがありますね。


(・人・)ほ?
その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
もしも、その時点で、数十人以上の民間人殺害が認識されていれば、日本軍は、武器を隠し持っていた撹乱工作隊に対して「掠奪」や「強姦」のようなチンケな犯罪を擦り付けずに、「民間人殺害」を擦り付けたはずですよね?




>この時点で外部に漏れていたのは「難民への大暴行」でしょ。
>犠牲者数万人説はこの時期以降に出てくるのです。


へ?
1月24日時点では、日本軍による「民間人の殺害」は、全く外部に漏れていなかったのですね。φ(. . )メモφ(. . )メモ

で、犠牲者数万人説は、いつごろ出てきたのですか?

無駄口を叩くな

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/06 21:08 投稿番号: [6383 / 41162]
「とりあえずおちつけ」等という安っぽい挑発で時間稼ぎをしなくても、1ヶ月や2ヶ月姿を見せないくらいで逃亡扱いしませんから、撹乱工作が妄想であるという貴方の思い込みの根拠をゆっくり探してください。

>>金太さん

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/06 19:50 投稿番号: [6382 / 41162]
>事実関係には慎重であることが伺えてうれしい限りです。

本人としましては、あまり正面からお褒めいただくと、むしろ居心地が悪い   (^^;


>反対の立場で意見を述べられている方もまた、十分な検証をしておられますので

いやあ、この辺の配慮の行き届いた表現には感嘆の他ありません。

>金太さん

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/06 07:23 投稿番号: [6381 / 41162]
ありがとうございます。

事実関係には慎重であることが伺えてうれしい限りです。

反対の立場で意見を述べられている方もまた、十分な検証をしておられますので
読み応えのある議論となっていると思います。

双方ともがんばってください。

deliciousicecoffeeさんにお答え

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/06 06:20 投稿番号: [6380 / 41162]
>どうして、「南京市民の大虐殺」を擦り付けなかったのですか?

王新倫ら4人にですか?
それは物理的に無理というものです。


もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点で、民間人の殺害がいかほどと
認識されていたかということがありますね。
この時点で外部に漏れていたのは「難民への大暴行」でしょ。
犠牲者数万人説はこの時期以降に出てくるのです。

金太さん

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/06 06:14 投稿番号: [6379 / 41162]
>同一の事象について相反する記述のある場合、どう判断するのかという難しさがあります。

本当に同じ場所で、同じものを見たとして、立場の違いで内容が違うことは
あって当然と思います。
総合的に判断するしかないでしょうね。

私は全体に日本側証言の方が信頼度が高いし、公式記録と一致する証言が多い
と思いますので、中国式「南京大屠殺」は疑わしいと思っているわけです。

ja2047さんに質問

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/05 22:59 投稿番号: [6378 / 41162]
>南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。


どうして、日本は、「掠奪や強姦」のようなチンケな非行を擦り付けようとしたのですか?

どうして、「南京市民の大虐殺」を擦り付けなかったのですか?

武器も大量に発見したと言っていたのですから、どうせ、擦り付け工作をするなら、市民大虐殺を擦り付ければ良かったと思いませんか?

四面楚歌、心理戦争2

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/05 22:43 投稿番号: [6377 / 41162]
こいういうのもある。

2.中国の反日暴動について

経緯等
  日本の常任理事国入りに反対するという名目で始まった各地での反日暴動ですが、韓国以上の盛り上がりを見せ、日本企業や料理店への破壊行動、さらにはウィーン条約で保護されているはずの大使館への攻撃という国際社会が見逃さない行動も目だった。日本は謝罪を求めたが中国側は「歴史を反省していない」日本が悪いの一点張りで拒否しました。

背景
  これらの一連の行動は、韓国と同じように戦後中国が一貫として行ってきた、捏造教育、反日教育に起因するものであり、共産党が、国民の自らへの批判のガス抜きとして反日活動を裏で操ったという見解もあるようです。
  当初は中国の主張通り、日本に非があるかのような報道をする外国メディアも目立ちましたが、暴動が過激になるにつれ、「中国の共産党による体制維持の為の反日活動だ。歴史を捏造しているのはそもそも中国である」等の批判記事が多くの外国メディアでも報道されることになり、国際的に孤立するような形にもなりました。
   
   参考:・指導権狙い日本「悪者」に   米紙が中国批判評論 :産経
      ・中国の歴史教科書が書かないこと:米CNN      
      ・China suffers memory lapses too:英BBC

http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/19967431.html

>金ちゃんにお答え

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/05 22:01 投稿番号: [6376 / 41162]
返信ありがとうございます。

状況の把握には一級の資料ということに異論はありません。
合致するものが存在すれば、推定として真実といえるとは思っています。

同一の事象について相反する記述のある場合、どう判断するのかという難しさがあります。

論争になる多くの場合は、相反する資料の存在によるところが多いですね。
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