金ちゃんにお答え
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/05 21:01 投稿番号: [6374 / 41162]
>いろんな日記の証拠としての価値はどれほどのものなのですか。
>私の知っている範囲では、あくまでも事実の一側面としか言えないのではないかと思えるのですが。
>それを積み重ねていっても歴史の検証といえるのかどうか疑問に思っております。
うん、では、歴史の検証とは、何を積み重ねたら出来るのでしょうか?
たとえば、コーネリアス・ライアンの "the Longest day"であるとか、
大宅壮一の「日本の一番長い日」、ゴートン・W・プランゲの”tora!tora!tora!"
など、すべて、当事者の日記やインタビューを積み上げたものですよね。
当事者の日記や回想と、公式資料の比較検証、これが歴史の検証だと思うのです。
当事者の語る言葉は、貴重なものですし、ましてやその時になされた記録は
第一級の価値があります。
生資料とは、常に歴史の一側面に過ぎません。
だって、それを見た、あるいは記録した主体がある以上は、一側面なのですよ。
で、その生資料を積み重ねていくというのは歴史の検証として、
ごく当たり前の手法だと思いますけどね。
どうでしょ?
これは メッセージ 6367 (syubinohito さん)への返信です.
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