当時は日本軍による市民虐殺の認識なし
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/09 11:24 投稿番号: [6412 / 41162]
>>キミが言う「南京事件」とは、「掠奪・強姦事件」であって、「殺人事件」ではないのかね?
>1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
>「占領後もなお続く市民への暴虐行為」 なのだし、
>これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。
つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?
>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。
>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>そりゃあ身勝手というものだぞ。
説明不可能なんだね。
つーか、2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?
でなければ、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と矛盾するよね。
>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点…
>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
>>お答えください。
>>簡潔に人数を述べれば良いのです。
>(無視)
無視せず、簡潔に人数をお答え下さい。
0人ですか?
>>お答えください。
>>それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?
>(無視)
お答え下さい。
1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?
>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。
>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。
中国『中央社通信』って何ですか?
それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?
>マッカラムが日記に
>…
>と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。
>エスピー報告には
>…
>という一節があるが、民間人だけの話ではないし、
>マギーの日記には
>…
>とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。
>結局民間人殺害の話は、この時期には、
>第一報であるダーディンの
>「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
>スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
>スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
>くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。
私が#5196などで述べてきたとおり、1937年12月18日付NY・タイムズ、ダーディンの記事の『民間人の殺害』などは、やっぱり戦後の東京裁判まで誰からも相手にされなかったということだね。
今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?
何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのだから、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスチールが「日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」と言っても世間が問題にしないのは当然だよね。
>1月中旬時点で、上海で話題になっていたのは、
>「占領後もなお続く市民への暴虐行為」 なのだし、
>これに対する釈明を日本軍が続けているというのが当時の状況だよ。
つまり、1月24日時点では、「占領後もなお続く市民への暴虐行為」に殺人は含まれず、世間は日本軍による民間人虐殺を認識していなかったということだね。φ(. . )メモ
皇軍の名を騙って掠奪暴行をしていた元巡警11人が捕まった2月16日頃ではどうかね?
>>日本軍が、どうせ「南京事件」を擦り付けるとしたら、大佐一味7人や前第88師副師長の馬・ポウシャン中将や元巡警の11人などに「殺人事件」を擦り付けるのが普通でしょ。
>>いい加減に誤魔化すのはやめて、どうして、日本軍は、彼ら撹乱工作隊に「民間人殺害」の犯罪を擦り付けなかったのかを答えなさい。
>「普通でしょ」とか「自然でしょ」と言ったところで、それは起きた事実の話ではなく、
>そこから出たでりちゃんの判断なのだよ。
>「妄想」と言って悪ければ、「素朴な疑問」というやつだ。
>でりちゃんの思いつきが正当であることの根拠を私が説明しなくてはならないと
いうのかな?
>そりゃあ身勝手というものだぞ。
説明不可能なんだね。
つーか、2月16日頃、日本軍や内外のマスコミに、日本軍による民間人殺害の認識がなかったんだろ?
でなければ、「南京事件について言えば、擦り付けの工作を開始したのは日本側が先ですね。」と矛盾するよね。
>>>もうひとついえば、12月末〜1月20日頃の時点…
>>その時点で、民間人の殺害が何人ほどと認識されていたのですか?
>>お答えください。
>>簡潔に人数を述べれば良いのです。
>(無視)
無視せず、簡潔に人数をお答え下さい。
0人ですか?
>>お答えください。
>>それとも、1938年1月24日時点においても、数十人以上の民間人殺害は、認識されていなかったのですか?
>(無視)
お答え下さい。
1月24日時点においても2月16日時点においても、数十人の民間人殺害は認識されていなかったのですね?
>>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。
>ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
>「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。
中国『中央社通信』って何ですか?
それまでずっと南京に居て安全区国際委員長をしていたラーベよりも、どうして南京の様子について詳しかったのですか?
>マッカラムが日記に
>…
>と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。
>エスピー報告には
>…
>という一節があるが、民間人だけの話ではないし、
>マギーの日記には
>…
>とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。
>結局民間人殺害の話は、この時期には、
>第一報であるダーディンの
>「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
>スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
>スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
>くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。
私が#5196などで述べてきたとおり、1937年12月18日付NY・タイムズ、ダーディンの記事の『民間人の殺害』などは、やっぱり戦後の東京裁判まで誰からも相手にされなかったということだね。
今まで私が、「当時は、蒋介石も何応欽も毛沢東も国際社会も『南京大虐殺』を認識しておらず、『南京大虐殺』は9年後の東京裁判で突如でっち上げられた事件だった」と言うと、キミは、「そんなことはない」と言ってきたが、結局キミが間違っていたのだね?
何ヶ月・何年間も南京に居続けた15人の南京安全区国際委員会のメンバーが、日本軍による市民虐殺を1件も目撃しなかったのだから、戦闘開始後たった2日間しか居なかったスチールが「日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」と言っても世間が問題にしないのは当然だよね。
これは メッセージ 6407 (ja2047 さん)への返信です.