南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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でりちゃんは楽でいい  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/09 07:39 投稿番号: [6407 / 41162]
>では、「民間人の殺害犠牲者が数万人」という説は、何年何月ごろに、誰が、認識したのか、もったいぶらずにお答えください。


誰かが「認識した」ということと、それが外部に伝わって「共通認識」に
なっているかどうかというのは、全く別の話だ。
当時はケータイはおろか、有線の市外電話さえなかったのだよ。
たとえば、

ジョン=ラーベが
「中国の発表によれば総計一〇万入の中国の民聞人が殺害されたそうです。これは少し過大な数字でしょう。われわれヨーロッパ人はその数は約五万ないし六万人と推定しています。」
と、書いて、これを公表したのは1938年6月のことだ。
ラーベは2月22日に南京を後にしているので、2月20日ごろの認識ではないかな。
ラーベが南京を離れる直前の2月20日の中国『中央社通信』が
「虐殺された市民は八万」としているそうなので、このあたりを踏まえての話だろうね。

マッカラムが日記に
「此の故に私は諸君が数日間食慾を失ふ様なこんな恐ろしい物語を話すことが出来ました。それは全然信ぜられぬことでありますが、然し数千(の)人々が残忍にも屠殺されました。───幾人あるか想像するも困難です。───其の数が一〇、〇〇〇人に近いだらうと信じて居る人々も有ります。」
と、書いたのは12月29日だが、これは兵士も含めての話のようだし、外部に伝えたかどうかは定かではない。

エスピー報告には
「兵士であった者および兵士の嫌疑を受けた者はことごとく組織的に銃殺された。正確な数は不明だが、少なくとも二万人がこのようにして殺害されたものと思われる。」という一節があるが、民間人だけの話ではないし、
1月25日付で漢口のアメリカ大使館宛に提出されたもので、一般には伝わっていない。

マギーの日記には
「火曜日(12月14日)の晩にも四人一組に縛られて連れていかれるのを見ました。夕暮れでよくわかりませんが5000人か6000人はいたと思います。もう何人殺されたか誰も数え切れませんが、二万人はいるでしょう」
とあるが、これも無抵抗の兵士と民間人を合わせての話。


結局民間人殺害の話は、この時期には、
第一報であるダーディンの
「民間人の死傷者の数も、千人を数えるほどに多くなっている。」、「年齢、性別にかかわりなく、日本軍は民間人をも射殺した。消防士や警察官はしばしば日本軍の犠牲者となった。」とか、
スチールの「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。」、
スミス記者の「散発的に銃声が聞こえたが、道端にはあちこちに―日本軍が言うには―逃走中に撃たれた市民が倒れていた。」
くらいしか伝わっていなかったのじゃあないだろうか。


なお、私見で勝手な想像をすれば、日本軍侵入時の小競り合いによる民間人の死者について、
日本軍が率直に「遺憾の意」を表明して状況を説明し、その後の占領行政が整然と行われていれば、
あとで「虐殺」扱いされることはなかったのではないかと思う。


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