四面楚歌の計
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/07/06 23:33 投稿番号: [6385 / 41162]
皆さんは四面楚歌という故事成語の語源をご存知でしょうか?
紀元前3世紀、長年におよんだ楚と漢の戦いがいよいよ最終局面となった頃、漢の劉邦に追いつめられ、垓下の城壁に立て籠もった楚の項羽の耳に、ある夜、砦の周りの四方から祖国である楚の国の歌が聞こえてきた。
これを聞いた項羽は、「敵軍の中に、こんなにも楚の国の人々がいるということは、すでに楚は漢に落ちてしまったのだろう。」と嘆き、自分の最期を悟ったと伝えられる。
これは劉邦軍の軍師、韓信(張良という説もあり)が企てた、自軍の兵士に楚の国の歌を歌わせ、項羽に孤立していると錯覚させて抵抗の意思を挫く計略だったと伝えられています。
四面楚歌とは本来、味方のいない孤立状態を指すのではなく、味方がいないと錯覚させ抵抗を諦めさせる戦術でした。
この言葉を使ったlonglivezhongguo(cafearomatiser)が、ここまで意識していたかどうかは不明ですが、中国の対日戦術及び彼がこのトピでとっていた行動は、この四面楚歌の計に則ったものです。
世界中が日本を非難していると強調し、世界で日本が孤立していると錯覚させ、更に国内の反小泉勢力に働きかけて靖国参拝を続ける小泉首相の政治姿勢は日本の国益に反すると日本国民に向けて宣伝させ、日本国民に「中国の主張に反論することは無意味である」という諦念を植えつけること、これが反日デモ以来中国が採用してきた外交戦術です。
トピずれになりますが、靖国問題について正論8月号に興味深いインタビューが掲載されていましたので、少々長くなりますが全文引用してみましょう。
中国民主化運動海外連席会議アジア地域代表の相林氏の発言です。
「実は、日本に来るまで、靖国神社は『戦後、A級戦犯を祀る目的で作られた軍国主義賛美の施設だ』と教えられてきました。
ところが、実際に来てみると、明治維新で亡くなられた方々をはじめとする国のための戦没者を祀っていることを知り、驚きました。私たち中国民主化運動に携わる者にとって、明治維新とは中国革命のモデルであり、維新の志士たちは尊敬の対象です。中国人から見れば、日露戦争はロシアの侵略から中国を守る戦いでした。ですから、私たちが尊敬する人々、そして中国を救ってくれた恩人が祀られているところ、それが靖国神社だと分かったのです。そこで、日本に来る中国民主化運動の同志たちを、私はたびたび靖国神社に連れてきます。そして、靖国神社は私たち民主化運動の恩人が祀られているところだと説明すると、みなびっくりして、丁重にお参りします。しかし、中国共産党政府は、靖国神社を軍国主義の施設と教えていますから、一般の中国人たちもそう信じてしまっています」
「まず理解して欲しいことは、中国共産党は無神論者である、ということです。だから現在の中国は宗教の自由も認めていません。法輪功の信者たちが弾圧されていることは皆さんもご存知でしょう。毛沢東時代には自分の先祖を家で祀ることすら許されていませんでした。日本の国土より27倍も大きな中国では靖国神社のような国のために犠牲になった英霊の魂を祀る所は一箇所もないのです。中国のために死んだ英霊たちが安心して眠る場所が中国にはないのです。
本来なら無神論者の中国共産党政権は日本人の靖国参拝に関心はないはずです。その証拠に30年前の日中国交回復の時、中共は靖国神社のことに一言も触れませんでした。江沢民は3年前にイタリアを訪問した時に無名戦士のお墓に献花しました。数年前に米国を訪問した際にアーリントン国立墓苑で献花しています。このアーリントン墓地には、朝鮮戦争で中国人民解放軍と戦った兵士も祀っています。旧敵国軍兵士に敬意を表するのであるならば、江沢民は来日の際に靖国神社にも献花するべきなのです。そうしないのは、近年日本の中国に対する弱腰外交を見て、責めればODAや円借款等の多額の援助が取れるから、中国共産党は、靖国問題や教科書問題は日本との外交の切り札として使っているのです」
紀元前3世紀、長年におよんだ楚と漢の戦いがいよいよ最終局面となった頃、漢の劉邦に追いつめられ、垓下の城壁に立て籠もった楚の項羽の耳に、ある夜、砦の周りの四方から祖国である楚の国の歌が聞こえてきた。
これを聞いた項羽は、「敵軍の中に、こんなにも楚の国の人々がいるということは、すでに楚は漢に落ちてしまったのだろう。」と嘆き、自分の最期を悟ったと伝えられる。
これは劉邦軍の軍師、韓信(張良という説もあり)が企てた、自軍の兵士に楚の国の歌を歌わせ、項羽に孤立していると錯覚させて抵抗の意思を挫く計略だったと伝えられています。
四面楚歌とは本来、味方のいない孤立状態を指すのではなく、味方がいないと錯覚させ抵抗を諦めさせる戦術でした。
この言葉を使ったlonglivezhongguo(cafearomatiser)が、ここまで意識していたかどうかは不明ですが、中国の対日戦術及び彼がこのトピでとっていた行動は、この四面楚歌の計に則ったものです。
世界中が日本を非難していると強調し、世界で日本が孤立していると錯覚させ、更に国内の反小泉勢力に働きかけて靖国参拝を続ける小泉首相の政治姿勢は日本の国益に反すると日本国民に向けて宣伝させ、日本国民に「中国の主張に反論することは無意味である」という諦念を植えつけること、これが反日デモ以来中国が採用してきた外交戦術です。
トピずれになりますが、靖国問題について正論8月号に興味深いインタビューが掲載されていましたので、少々長くなりますが全文引用してみましょう。
中国民主化運動海外連席会議アジア地域代表の相林氏の発言です。
「実は、日本に来るまで、靖国神社は『戦後、A級戦犯を祀る目的で作られた軍国主義賛美の施設だ』と教えられてきました。
ところが、実際に来てみると、明治維新で亡くなられた方々をはじめとする国のための戦没者を祀っていることを知り、驚きました。私たち中国民主化運動に携わる者にとって、明治維新とは中国革命のモデルであり、維新の志士たちは尊敬の対象です。中国人から見れば、日露戦争はロシアの侵略から中国を守る戦いでした。ですから、私たちが尊敬する人々、そして中国を救ってくれた恩人が祀られているところ、それが靖国神社だと分かったのです。そこで、日本に来る中国民主化運動の同志たちを、私はたびたび靖国神社に連れてきます。そして、靖国神社は私たち民主化運動の恩人が祀られているところだと説明すると、みなびっくりして、丁重にお参りします。しかし、中国共産党政府は、靖国神社を軍国主義の施設と教えていますから、一般の中国人たちもそう信じてしまっています」
「まず理解して欲しいことは、中国共産党は無神論者である、ということです。だから現在の中国は宗教の自由も認めていません。法輪功の信者たちが弾圧されていることは皆さんもご存知でしょう。毛沢東時代には自分の先祖を家で祀ることすら許されていませんでした。日本の国土より27倍も大きな中国では靖国神社のような国のために犠牲になった英霊の魂を祀る所は一箇所もないのです。中国のために死んだ英霊たちが安心して眠る場所が中国にはないのです。
本来なら無神論者の中国共産党政権は日本人の靖国参拝に関心はないはずです。その証拠に30年前の日中国交回復の時、中共は靖国神社のことに一言も触れませんでした。江沢民は3年前にイタリアを訪問した時に無名戦士のお墓に献花しました。数年前に米国を訪問した際にアーリントン国立墓苑で献花しています。このアーリントン墓地には、朝鮮戦争で中国人民解放軍と戦った兵士も祀っています。旧敵国軍兵士に敬意を表するのであるならば、江沢民は来日の際に靖国神社にも献花するべきなのです。そうしないのは、近年日本の中国に対する弱腰外交を見て、責めればODAや円借款等の多額の援助が取れるから、中国共産党は、靖国問題や教科書問題は日本との外交の切り札として使っているのです」
これは メッセージ 6343 (nmwgip さん)への返信です.