ビックリ台湾!?
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Re: 為替レート
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/12 10:15 投稿番号: [1817 / 3149]
>3/9に今回、初めて北市重慶南路にある第一銀行総行(本店)?で両替しました。だいたい同時刻、レートは、0.3510。お隣のでは、0.3501。
____________________
そのあたりがあなたの行動範囲であるならば、華南銀行総行よりもすこし南(衡陽路の方向)へ行くと台湾銀行の小さな支店があり、更に南へすこし行くと台湾企銀の支店があります。そこへも行ってレートを見たらどうでしょう。
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Re: 為替レート
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/03/11 12:52 投稿番号: [1816 / 3149]
3/9に今回、初めて北市重慶南路にある第一銀行総行(本店)?で両替しました。だいたい同時刻、レートは、0.3510。お隣の華南銀行総行では、0.3501。今日あたりのレートは、0.34台です。当日、10万円で90元(弁当約1個分)の差で第一銀行が良かったです。両行とも手続き費は、取りません。また、仕事は、第一銀行がパスポートのコピーなどしない分、速いです。
昨年のリーマンショック以来、個人的に敏感になっています。
これは メッセージ 1814 (mrt952006 さん)への返信です.
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デジタルカメラ
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/11 12:52 投稿番号: [1815 / 3149]
デジタルカメラの進歩が止まらない。被写体の人物の顔に自動で焦点を合わせる「顔認識」機能はほとんどのカメラについている。最近では、複数の人物が被写体となる場合、予め登録しておいた「特定人物」をカメラが探し出し、その人の顔に自動で焦点を合わせるという優れた機能まで出現している。さらに驚くのは、人物の瞼を開き、眼をパッチリとさせる「整形」まで出来て、「いくらなんでも、それはやりすぎではないか」と思うようものまで出てきた。普通の撮影なら500万でも充分な画素数も1000万以上が主流となり、マスコミのカメラマンも例外なくデジタルカメラを使っていて、メーカーもフィルムカメラから完全に撤退してしまった。
出たばかりの新製品は値引きも僅かだが、一年も経つと半値になる。先日、「ビック・カメラ」で張さん買ってあげたカメラは台湾では幾ら位するのかと「ヤフー奇摩」で調べてみたが殆ど差がなかった。値段が大きく違えば素人でも「運び屋」をして稼げるがそうは問屋が卸さない。白状するが、わたしも昔はただ台湾に遊びに行くだけでは能がないと思い、なにか商売になるものはないかとあれこれ考えるだけは考えたが、結局、なにも出来なかった。
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Re: 為替レート
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/03/11 09:27 投稿番号: [1814 / 3149]
>為替レートで弁当を食う人にはじめて見参。
1食80元の弁当に換算してです。
喰うに困らない人は、いいですね・・・。
これは メッセージ 1812 (unhoo さん)への返信です.
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古董
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/08 14:26 投稿番号: [1813 / 3149]
日本では「骨董」という。この底無し沼に引き擦り込まれたらタダでは済まない。鑑識眼を養うには長い修養と経験が要るし、素人が欲と道連れで集めだせば古物商のいいカモになって一財産が消える。
昔から、旧家を廻って古物を買い集める人がいて、「うぶ出し屋」とか言うそうだ。ときには凄いものを見つけることがあるが、もちろん顔には出さない。商売だからテクニックがある。品物を前にして、自分が欲しくないものはビックリするような高値を付けて相手を喜ばせる。「これがいくら、あれがいくら」と、たちどころに数百万の値段になる。狙った本命のブツは数万円の値段をつけおき、何も買わないで帰るんじゃ悪いというような顔でそれ持ち帰るのである。
わたしも陶器や漆器の類が好きでインターネットのオークションに嵌ったことがあるが、集めてもきりがないし、カネも続かないから最近では見ないことにしている。
昨年の夏、オークションで変なモノを見つけた。一本角のある兜で、一瞬、第一次大戦のドイツ軍のヘルメットかと思ったが、そうではなく、中国の古い青銅兜だった。出土品らしく緑青がわいてボロボロだが原形は保っている。それが、なぜ日本の東北地方から出品されたのか、いつ頃のどこのモノなのか、出品者に問い合わせても「蔵にあった物で、由来などは何もわからない」という返事しかなかった。数日後、それが私に落ちて送られてきた。品物は写真で見て判っているし、オークションで売るのも面倒だから箱も開けずに放っていた。
先日、張さんの弟に、それを台湾のオークションで売ったらどうかとメールを出して、今月初めEMS特急便で送ってやった。彼は早速、NT50000の最低落札価格をつけて出品した。わたしのほうの原価はこれより桁違いに安い。
http://goods.ruten.com.tw/item/show?11090306842139
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Re: 為替レート
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/08 11:26 投稿番号: [1812 / 3149]
>10万円≒35,000元、今朝のレートだと34,770元、230元の差、
弁当3個弱分が飛んじゃった。
為替レートで弁当を食う人にはじめて見参。
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為替レート
投稿者: mrt952006 投稿日時: 2009/03/05 10:28 投稿番号: [1811 / 3149]
最近、華南銀行より第一銀行がレートが良いのを発見。
昨日まで0.35台だったのに今朝は、0.3477で始まっている。
10万円≒35,000元、今朝のレートだと34,770元、230元の差、
弁当3個弱分が飛んじゃった。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: 蒋経国の車隊
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/04 17:08 投稿番号: [1810 / 3149]
親衛隊が憲兵を射殺とは恐いお話ですが、戒厳下の台湾ではありそうなことです。
三木のり平という喜劇役者がいて、その懐旧談「のり平のパーッといきましょう」を読み終わった。昔の人の話は聞いておくもので、自分の知らない話がずいぶん出てきた。
「寿司で思い出した。食い物がこの頃ずいぶん変わったな。いま、寿司屋に行くと《大トロ時価》なんて書いてある。冗談じゃない。僕の家は待合をやっていたから、よく知っているけどね、トロを食うのは下衆の人間って決まっていた。トロは捨てるところだったんだから。そうだよ、「トロは車夫馬丁の食い物」って相場が決まってたんだ。ところが、どうだい、いまじゃ、それが最高級だもんな。寿司というものはね、基本的には生で食うもんじやないんだ。全部、煮てあるか、焼いてあるか。イカでもシャコでもハマグリでもアナゴでも。マグロはヅケっていって、醤油に漬けておくものだし、コハダは酢でしめとくとかな。だからイカを注文するんでもさ、『煮たイカかい、焼いたイカかい』なんて板前が言ったもんだよ。刺身はあったよ。ああ、刺身を食べるっていうのは、すごい高級なことだったんだ」【後略】
寿司とは、なんでもかんでもナマの魚介類がのってるものだと思っていたんですが、そうじゃなかったんですね。昔は冷蔵庫なんかなかったからだそうですが、なるほど聞いて見なきゃわからないものです。
これは メッセージ 1809 (unhoo さん)への返信です.
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蒋経国の車隊
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/04 13:16 投稿番号: [1809 / 3149]
長い間忘れていたことを思い出した。蒋経国が総統だった時代の総統車隊は、ピストルの名手が乗った車が先行し、総統車のうしろにも親衛隊の車が数台続いていた。予定通路には憲兵が警備に立っていた。中国語で言うところの「如臨大敵」(大敵に臨むが如し)であった。そして、警備の憲兵はその職務に立つのがこわくてたまらないのだそうだ。何故かというと、以前にこんな事件があったというのだ・・・警備の憲兵の中に姿勢が規定と違う者があった。たちまち先行車の中のピストルの名手がその憲兵を射ち倒した。すると後続車から数人の親衛隊が走り出して、倒れた憲兵を担いで行った・・・。こういう事件があったという話が憲兵の間に流布していたので、警備の役を命じられた憲兵はみな戦々競々だったという。
この話をわしに聞かせたのは市政府の一公務員で、彼は親しくなった一人の憲兵から聞いたのである。二十数年前にわしがその公務員からこの話を聞いたとき、疑わずに事実だと信じたものである。当時は人々がこの話を事実と信ずる雰囲気があった。今になって思い出すと、ほんとかなあと思うのだが。
李登輝総統の時代に変わると、一瞬間で総統車隊の通り道の憲兵の警備がなくなり、赤信号では総統車隊も停車することになった。この点でも李登輝は偉い。陳水扁政府は李登輝政府よりもさらに「怖くない政府」だったが、陳水扁退陣後の台湾には、検察ファッショの陰影が現れた。李、陳の二代の政府が、蒋政権の刑事訴訟法をチェックしなかったのは不幸であった。
蒋政権が持ってきた刑事訴訟法は1917年(一次大戦の最中)に編成されたもので、その後少数の条文が改訂されたとは言え、基本的には検察官は自分の心証だけで人民を有罪と推定して拘禁する権力があり、しかも拘禁期間に制限がない。現代文明国の「人民は有罪の判決を受けて、その判決が確定するあらざれば、無罪の推定を受ける」という思想は、蒋政権が持ってきた下等な刑事訴訟法にはないのである。
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薄青色の高さ2mぐらいのポストみたいな物
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/03 14:26 投稿番号: [1808 / 3149]
それは信号の制御器だろうと思います。もちろん、自動制御なのですが、非常時には警察官が扉の鍵を開けて手動で操作することもできるはずです。日本では今でも、
天皇陛下が御料車で御通行のみぎりは必ず警察官の手動操作です。昔、中国の訒小平閣下が「ご来臨」の折にも、各地の「ご視察」はすべて「NON STOP」でありました。
台湾ではどうでしょうか。中華民国総統が公用車でお出かけの時、その高級車が赤信号で止まるようなら立派な民主国家として世界に通用するでしょうが、いかがでしょうか。他のアジア諸国では聞かずとも判りきったことであります。
ただ、フィリピンのアキノ大統領の時代は手動ではありませんでした。
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Re: 2.28記念碑はすでに有る
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/03 10:38 投稿番号: [1807 / 3149]
わざわざタクシーで確認にお出かけとは恐れ入りました。すでに記念碑はあったのですか。事件の後、その顛末を日本語で書きしるした本は意外に多く、大きな図書館には何冊かの蔵書が眠っています。もちろんすべて台湾人の著作で、当時、事件は完全に封圧され、いつ終わるとも知れない蒋政権のもとで出版の自由があろうはずもなく、彼らはこの大事件をせめて日本語の本にでも残しておこうとしたのでしょう。「天馬茶房」はこの事件の発端には必ず出てくる名前ですが、この「茶房」とは、日本でいうところの喫茶店ではなく、台湾でよく見かける「天仁銘茶」のような店でありましょうか。
碑文は漢字と英文だそうですが、台湾を訪れる外国人は日本人が最も多く、双方の交流も盛んですから「日本語」も欲しかったですね。と言っても、日本語も日の丸も東アジア全体で忌避されていますからこれは無理な注文でしょう。
これは メッセージ 1806 (unhoo さん)への返信です.
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2.28記念碑はすでに有る
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/03 04:19 投稿番号: [1806 / 3149]
現場を見たくて、3月2日の午後末娘同伴、タクシーで現場へ乗りつける。末娘は2.28事件当時はまだ生まれていなかったが、事件のことは知っている上に、記念碑がすでにあることも知っている。
>グーグルアースは各所に小さな青色の四角いマークがあって、そこを押すと写真が出てくる。南京西路と延平北路の交差点付近にもそのマークがあったからクリックして写真を見ると「新銀座」という看板の建物が出てきた。
↑上文はtokyo_cachito3 さんの投書の一部であるが、延平北路よりも東50mのところにも、四角いマークがあって、それをクリックするとやはり新銀座の写真が出てくる。そのマークのある場所が偶然にも実在の記念碑の位置にきわめて近い。
記念碑の碑面は1m四方ぐらいの台湾大理石製で、コンクリートの脚で、水平より20度ぐらい傾けて、人が立って読むに都合のよい高さに支えられてある。碑文は漢字の横書きと英語とで刻まれている。碑面の上半が漢字、下半が英語。碑文の漢字は1000字ぐらいかな、英語には漢字と同じ内容のことが書かれてあるはずだ。字に塗った金塗料が剥げちょろで、甚だ読みにくいので、読まなかった。記念碑を建てた年月日だけでも見ておくべきだったが、不覚だった。おそらくは陳水扁氏が台北市長だった時期に建てたのであろうと思う。
記念碑の在る場所は、事件が発生した横丁の入り口である。グーグルアースの写真では、その横丁は建物の影になっているが、tokyo_cachito さんが駐車場にはいる道と言ったのがその横丁である。駐車場は臨時のものであったので、今では建物が建てられてある。事件当時横丁の奥行きは20mほどしかなく、突き当たりに「天馬茶房」という喫茶店があった。以前人々は「事件が起こった場所は天馬茶房のある小巷」と言っていたようだ。今では天馬茶房は取り払われ、横丁はずっと向こうまで通り抜けになっている。
わしが最初に記念碑を建てるべき地点として経緯度を与えた場所は、グーグルアースの写真が撮られた当時(2006年)は建築工事の最中だったのであって、今では工事が完成して建物になり、横丁などはない。
四角いマークをクリックすると出てくる新銀座の写真には、薄青色の高さ2mぐらいのポストみたいな物が歩道にデンと坐わっている。あれは電力会社が据え付けた鉄製の四角な箱で、中に何か電気設備が有る。触ると感電の危険があると、けしからん張り紙が貼ってある。台北市にはそのような電気設備がたくさんあって、それがきまって交通の邪魔になる場所にある。市民の抗議に対して電力会社は、その場所でなくちゃだめなので仕方がないと答える。
これは メッセージ 1805 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 2.28記念碑を建てるべき地点
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/01 19:00 投稿番号: [1805 / 3149]
グーグルアースは各所に小さな青色の四角いマークがあって、そこを押すと写真が出てくる。南京西路と延平北路の交差点付近にもそのマークがあったからクリックして写真を見ると「新銀座」という看板の建物が出てきた。多分、日本統治時代のものだろう。「新銀座」とはどんな商売の店なのか、これだけの建物だから「ヤフー奇摩」で検索すればなにか判るだろうと思い、そこで「新銀座・南京西路」と入力してみた。はたして、いくつかのサイトが出てきて以下の記事と写真のサイトを見つけた。
http://www.wretch.cc/blog/afboy/16987374鄢美人大酒家 北市列歷史建物
〔記者林秀姿/台北報導〕叱吒一時的「鄢美人大酒家」日前被台北市文化局登錄為歷史建物,文化局認為,「鄢美人大酒家」的建物緊鄰台北二二八事件現場,而且建築立面與其樓仍保留一九三○年代的形貌,具有歷史氛圍,加上該建物曾經營酒家,見證早期台北酒家歷史興衰,也是繼歸綏街文萌樓(日治時期公娼館)被列為市定古蹟後,第二件「情色場所」被登錄為歷史建物的文資案。
写真を見比べた結果、様子は変わっているが、「新銀座」と「黒美人」は同一の建物だと判断できたのは大収穫だった。と言うのも、もう30年近くも前だが、わたしはその「黒美人」に這入ったことさえあるのだ。日本の若い女にはまず見られない、均整がとれ、すらりとしてなお肉感的な小姐の旗袍姿も昨日のことのように覚えている。そして、そのなかの記事に、「鄢美人大酒家」的建物緊鄰台北二二八事件現場,とあるのを読んで、いつどこで聞き覚えたか忘れたが、「2.28事件の発端の場所は黒美人のあたり」というかすかな記憶も蘇ってきた。
あらためてunhoo先生にお礼を述べたい。
これは メッセージ 1804 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 2.28記念碑を建てるべき地点
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/01 17:19 投稿番号: [1804 / 3149]
>もう20メートルほどで延平北路ですが、その場所から「北へ入る8m幅の横丁」が見当たりません。それは駐車場の東側から北に延びる一方通行の横丁のことだと思いますが、どうでしょうか。
____________________
青屋根の建物の大きさは東西に10m、南北に20mですね。わしにはその建物が8m幅の横丁に接しているように見えます。横丁であるか横丁でないかを確かめるために現地へ行って見ようかと、ふと思ったが、一人で行っちゃオートバイに突き飛ばされる。もしわしが見当をつけた場所が現在も以前も横丁でないなら、そこは事件発生ばしょではない。そこより東へ30mのところににある「駐車場の東側から北に延びる一方通行の横丁」の入り口が事件発生の正しい場所です。
とにかく事件発生場所は、北へ行く横丁の入り口です。その横丁に入って行くと、右側の第一間の店が「男装社」という当時台北市では有名なテーラーでした。
これは メッセージ 1802 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 2.28記念碑を建てるべき地点
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/01 13:30 投稿番号: [1803 / 3149]
これは メッセージ 1802 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 2.28記念碑を建てるべき地点
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/03/01 11:55 投稿番号: [1802 / 3149]
unhoo先生
ご丁寧にありがとうございました。グーグルアースの「25°03′14.42″N,
121°30′43.38″E」の地点には。「2.28事件発端の場所」というタイトルをつけて黄色のピンを刺しておきました。そこは薄青色の屋根の建物と15台ほどの駐車場の間になり、もう20メートルほどで延平北路ですが、その場所から「北へ入る8m幅の横丁」が見当たりません。それは駐車場の東側から北に延びる一方通行の横丁のことだと思いますが、どうでしょうか。
現在、台北には2.28記念公園などがありますが、民進党政権時代にその駐車場でも買い取って其処にこそ記念碑、記念館を建てるべきではなかったかと思います。
あと、当時40歳で二人の子供を抱えた寡婦の林江邁さんはその後どうなったのでしょうか。まさか、逮捕されてその後は行方不明なんてことはないでしょうね。
これは メッセージ 1801 (unhoo さん)への返信です.
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2.28記念碑を建てるべき地点
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/03/01 09:52 投稿番号: [1801 / 3149]
グーグル・アースによって説明します。
南京西路は、円公園の東の部分は30m幅、円公園より西の部分は20m幅になっています。20m幅の起点から西へ220メートル歩く。そこに北へ入る横丁がある。横丁の幅は8m。その横丁の入り口が記念碑を建てるべき地点です。
その地点は25°03′14.42″N,
121°30′43.38″Eです。
わしは30歳代のときは南京西路のその部分を歩くチャンスが多かったが、それは今から50年前です。グーグル・アースでは屋根しか見えない。屋根の様子では建物が全面的に変わっている。わしの今の年齢では、一人でそこをうろつきに行ったら交通事故に遭います。グーグル・アースをもっとうまく使いこなせば、もっといい説明ができると思うが、わしにはそれほどのテクニックがありません。
これは メッセージ 1800 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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2.28
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/28 17:57 投稿番号: [1800 / 3149]
62年前の今日だ。もう20年近くも前だが事件の発端となった場所、つまり、林江邁さんがヤミ煙草を売っていたのは何処だったのか探し回ったことがある。マル公園の近くだとは聞いていたが、そのときは結局わからず仕舞いだった。これが日本なら舗道に「記念碑」が立っているのは間違いないが、台湾とは習慣が違うからそれが必ずあるとも言い切れない。
だが、例え、その場所が特定されたとしても当時とは街の様子がすっかり変わっていて往時を偲ぶことはできないだろう。しかも、その事件を書物の上で知るだけのわたしには何の感傷もないはずだ。だが、どうにも不思議なのだが、その場所に立ってみたいという気持ちが今でも消えない。
これは メッセージ 1799 (unhoo さん)への返信です.
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礼拝へ日参
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/28 10:55 投稿番号: [1799 / 3149]
毎日少なくとも一回、ときには二回、特に多い日は三回、これじゃ礼儀過剰、慇懃無礼、鉄面皮・・・(あとは言わない)。喪主は故人の三男だったが、たいへんな迷惑だ(迷惑したであろうと言う必要はない。「迷惑だ」が事実にきまってる)。午前に来て、午後にまた来て、やれやれとひと息つこうとしたら、また来た。
これは メッセージ 1797 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 李登輝氏は単純な人物(二)
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/27 23:54 投稿番号: [1798 / 3149]
台湾の友人に「李登輝氏が中国から三億元を貰ったと陳水扁が暴露したそうだが、これについて台湾ではどのように受け止められているか」というメールを送ったがまだ返事はない。双方がいかに不仲ではあっても、いやしくも中華民国総統であった人が事実無根のデッチアゲをして不当な攻撃をするとは思えない。しかも、総統職にあれば国家機関が集めたあらゆる情報が入り、中には思いもよらぬ極秘情報があっても異とするに足りない。
国際政治には謀略がつきもので政敵を倒すには醜聞が最も安上がりでてっとり早いが、へたをすればそれを仕組んだ者が逆にやられてしまう危険もあるだろう。李登輝がその在職中にあったときの頭脳、経験、政治力、胆力は陳水扁などには足元にも及ばないほど秀絶なものであったから、仮に三億元を手に入れ、それが暴露されても「話にもならぬ戯言」と一蹴すれば簡単に済んでしまうだろう。「そりゃ、そうだろう。あれほど李登輝を目の仇にした宿敵の北京政府がカネを出すはずはない」とだれもが納得するからである。台湾では逮捕収監によって、強度のノイローゼに罹った前総統の戯言だと無視されているに違いない。しかし、unhoo先生のように「ありうる」という少数意見の人もいるだろう。世の中には「まさか」と思うようなことが現実に起こるものだ。
これは メッセージ 1796 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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総統へ昇格の道
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/27 23:29 投稿番号: [1797 / 3149]
蒋経国の死により、蒋政権が作った憲法では副総統李登輝が直ちに総統に昇格する。しかし当時の新聞ニュースでは、李登輝氏は頑強な牽制に遭ったのではないかと思われる。李登輝氏はその日からすぐ大直の蒋経国官邸へ遺体を礼拝しに日参した。桃園縣では遺体を安置する建物の建築が始まったが、その建物が落成するに一ヶ月以上かかった。その間李登輝総統は毎日少なくとも一回、日によっては二回、多い日には三回も総督府から大直官邸まで4kmの道のりを、車隊を連ねて礼拝のためにに往復した。そうやって自分は先総統から副総統に選ばれ、先総統時代から存在する憲法によって総統に昇格したのであると示威に努めた。その様子は、詳しく書くことを避けて筆を擱く。
これは メッセージ 1796 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 李登輝氏は単純な人物(二)
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/27 18:40 投稿番号: [1796 / 3149]
以前、出稼ぎのフィリピン人が、彼のお婆さんあたりから直接聞いた話をしてくれた。戦前のマニラに日本人の商人がいて現地妻と暮らしていた。商売は聞きそびれてよく覚えていないが小売業で細々と暮らしていたらしい。酒飲みで魯鈍で仕事もせず地元の不良たちとオートバイで遊びまわり、まわりからは「日本人でもあんな馬鹿がいるんだね」と笑われていたという。日本軍がマニラに進攻してきたとき、一時的に姿を消したが、やがてマニラの占領とともに彼は佐官級の軍服を着てその町内に現れ皆を驚かせた。日本軍が戦前から東南アジアの各地に間諜を放っていたのは事実で、その正体が最後まで暴露されなかったから彼が一流の特務であったのは間違いない。
だが、およそスパイほど割に合わない仕事はない。見つかれば拷問と処刑は確実で、首尾よく目的を遂げても「ご苦労であった」でお仕舞いかもしれない。
李登輝氏は京大に学び、マルクス主義を知り、さらには日本軍の下士官として千葉の高射砲部隊に配属され、三月十日の東京大空襲では大いに奮戦してB29をかなり撃墜したという。戦後は台湾に帰り、中国共産党とも関係を持ち、2.28を体験して白色テロの犠牲になりかかったこともある。その後はアメリカにも留学している。彼は時と場所で常に言うことが変わり、台独については言葉を濁す。「親日」は隠さないが、彼の生い立ちを考えれば不自然ではない。つまり、彼は絶対に尻尾を掴ませなかった人で、その正体は本当にわからない。例の三億元も、私は「ありえない」とは言ったが、人生経験の豊かなunhoo先生は「ありうる」と言う。たしかに拘置所にいる前総統が発狂でもしていない限り、それを無視することもできない。
これは メッセージ 1795 (unhoo さん)への返信です.
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李登輝氏は単純な人物(二)
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/27 12:44 投稿番号: [1795 / 3149]
蒋政権集団がどうやって農業経済の役所の一職員だった李登輝氏に目をつけて、官選台北市長に任命したのかはわからないが、官選市長から官選省主席になり、継いで副総統になったのは、李登輝氏が権謀術策を運用したのでも、蒋経国に諂って機嫌を取ったのでもなく、無為無策で勤めたから、蒋政権集団から危険のない男と思われて、取り立てられたのだ。
李氏が副総統に取り立てられたとき、蒋経国の健康状態はすでにわるく、副総統が総統に昇格する日が来ることは、誰にもわかっていた。この時期に、今まで政治的野心のなかった李氏の心の中で昇格総統になる準備が成熟して行ったのである。
これは メッセージ 1794 (unhoo さん)への返信です.
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李登輝氏は単純な人物
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/27 05:52 投稿番号: [1794 / 3149]
李登輝氏は当時の総統蒋経国によって台北市長に任命された。当時台北市長は民選でなく官選であった。それまで李登輝氏は政治には関係のない農業経済の役所の一職員だった。
李登輝氏の前任の官選台北市長は林洋港氏、彼は台湾人で、李登輝氏よりも4歳若く、能吏というタイプだったらしい。蒋経国一党がどうやって李登輝という人物を見つけたのか、わしのような普通人は知る由もない。当時の新聞論説でも、今まで聞いたことのない人物だと書いていた。
李登輝氏が台北市長に任命されると、林洋港氏は台湾省主席に昇任した。
数年後李登輝氏が台湾省主席に昇任し、林洋港氏が行政院院長(日本の総理大臣に近い)に昇任した。このように4歳若い林洋港氏は常に李登輝氏の一歩先を歩き、しかも評判がよかった。
そのころ、台湾人副総統の謝○○氏(今、名が思い出せない)が老齢で引退し、後任の台湾人副総統に林洋港氏でなく李登輝氏が任命された。そのとき蒋経国総統の糖尿病はすでに重く、いつでも病死の可能性があり、副総統が総統に昇格する可能性が大きい。蒋政権一味は蒋経国死亡後の昇格総統になる人物として林洋港氏でなく李登輝氏を選んだのである。この選択がおこなわれた理由は、わしのような普通人には探知する方法がないが、当時の新聞か雑誌に、次のような記事があった。
李登輝氏は自分の周囲に忠実な子分を養っておくということをしない性格の人で、台北市長だったときも、台湾省主席だったときも、一匹狼でやって行った。それに比べると林洋港氏は大勢の取り巻きを作る人だった。今蒋経国総統が死亡して、副総統が総統に昇格した場合、その昇格総統が子分のたくさんある林洋港では、蒋政権の残党が政権を取りもっどすに苦労する。それに比べると取り巻きが一人もいない李登輝なら、総統昇格後数ヵ月たって、総統職を辞するように勧告し、前総統に祭り上げ、蒋政権の残党から新しい総統を産生するのは容易であろう。そういう理由で李登輝氏が副総統に選ばれたのだ・・・と。
これは メッセージ 1793 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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共匪
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/26 12:53 投稿番号: [1793 / 3149]
いま、「共産主義」はすっかり廃れてしまったので「共匪」という言葉も死語に近い。現在の中国が文革期の時代とはすっかり様変わりして、世界で最も過激な資本主義国家に変貌しているのは誰の目にも明らかだ。中ソ論争に絡むソ連との戦争の恐怖や文化大革命の混乱などは中国の年配者なら自らの体験としてしっかり記憶にあるはずだ。ところが、中国共産党はなおも7000万の党員と200万の軍隊を擁し、依然として全中国を支配している。このあたりは「君子豹変」中国人の真髄をみる思いである。
改革開放が目を見張るほどの成功を遂げた中国は今世紀の半ばに達する以前に、世界一の超大国になる可能性が高い。もちろん別の見方をする人もいて、「独裁政権というものは脆く、中国は国内の抜き差しならぬ諸矛盾から、いずれソ連のように崩壊するだろう」という意見もある。
もう十数年前、「改革開放」がまっしぐらに突き進んでいるころ、横浜国立大学の中国人留学生と懇意になり、彼の一時帰国時に「毛沢東選集」を買ってきてくれるよう頼んだことがある。自分の持っている日本語版と対比して読み、あわせて中国語の学習をしようと目論んだのだが、あれほど頼んだのに買ってこなかった。彼の曰く「どこの書店にもない。店員に聞いてみると予約でいっぱいで、それも全然入ってこないから入手は不可能だ」という。「まったく不思議だ、不思議だ」と首をひねっていた。中国の書店で「毛沢東選集」が買えないとは俄かには信じられなかったが、結局、これが紛れもない事実だとわかった。改革開放の急激な変化について行けず、目の前で広がる格差と不正に憤慨しながらもなす術を知らない中年以上の人々に毛沢東や周恩来の時代を懐かしむ流れがあったのだろう。だが文革を発動し、恐ろしいほどの混乱と破壊を招いたご当人の著作は事実上の発禁処分になっていたものと思われる。いま、それが本屋で買えたとしても、看向銭に浸った中国の若者たちは堅苦しそうな(読めば面白いのだが)毛沢東の本などは見向きもしないだろう。
これは メッセージ 1791 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 李登輝氏に中国から3億元
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/26 08:44 投稿番号: [1792 / 3149]
李登輝氏は一介の農業学者から権謀術数の渦巻く台湾の政界に乗り出し、蒋経国に取り入ってついには総統まで上り詰めた人ですからタダ者でないことは確かです。中華民国総統となれば、袁世凱の例に倣って皇帝になることだって不可能ではありません。そういうお方には三億元ばかりの銭は何程の物でもないでしょう。
しかし、今の台湾は堂々たる民主国家として世界に認知されています。どこの国でもほとんど例外なく外国からの政治資金提供は法律で禁止しているはずで台湾も例外ではないでしょう。そうしたなか、三億元の動かぬ証拠が出てきて、李登輝さんがそれを認めたら台湾の国民は「バカな共匪を出し抜いた。えらい、えらい」と言いますかね。
もしそれが事実だとしたら、「そんなことがありうる事だろうか」と率直な疑問を呈したわたしは、unhoo先生から冷ややかに「中国や台湾のことなどは何にも判っちゃいないな」と言われても黙り込むしかない。
これは メッセージ 1791 (unhoo さん)への返信です.
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李登輝氏に中国から3億元
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/26 04:53 投稿番号: [1791 / 3149]
>李登輝氏に中国から3億元の資金というのは確かに「爆弾発言」だ。だが、そんなことがありうる事だろうか。
____________________
わしは、有りうると思います。共匪はみなバカですから。で、李登輝総統はお金だけ取っておいて、後は知らん顔してたんですね。えらい、えらい。
これは メッセージ 1790 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 階段で転んだ。
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/25 18:32 投稿番号: [1790 / 3149]
陳・前総統が爆弾発言 】
陳水扁・前総統は24日の公判で、梅毒で強制退去となった黒人タレントの「チョコレート」と馬英九総統の親密な関係を写したCDがあったが、去年の総統選挙時に特捜班の検察官がこれを知り、謝長廷陣営に公開を中止させ、馬英九陣営に通報したと爆弾発言した。さらに、陳・前総統の自宅の捜索で李登輝・元総統が中国から3億元の資金を得た証拠を得ながら何もしていないと、これまた爆弾発言した。
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「チョコレート」の件はどうでもいいが、李登輝氏に中国から3億元の資金というのは確かに「爆弾発言」だ。だが、そんなことがありうる事だろうか。北京政府が当時の李登輝総統に「台独を放棄し、運動を弾圧してくれ、統一について話し合いたいから北京に来てくれ。この通り、カネは出す」とでも言ってきたのだろうか。中国は僅か三億元で台湾を譲り渡して貰える、すくなくとも李登輝が統一の話し合いに応じてくれるとでも思ったのだろうか。到底、ありうるべき話ではなく、陳水扁の妄言を信じる人はどこにもいないだろう。
これは メッセージ 1789 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 階段で転んだ。
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/23 03:02 投稿番号: [1789 / 3149]
日本では電車の中で老人に席を譲る人はないようです。台湾では、わしがまだ60に達する前からバスで席を譲られるので、そんなに老けて見えるのかと戸惑った。しかしわしよりも5歳若い友人が、席を譲られて困ると言ったので、わしだけでないことがわかりました。
台北に市内および近郊を走る電車(捷運線電車)が走るようになったのはわしが70代の半ばに達してからですが、わしが車内に踏み込んだとき、満員でなくても入り口あたりに空き席がなければ、必ず座っている人が席を譲ってくれます。それもごつい男学生よりも、うら若い小姐が機敏に立ち上がって席を譲ります。
最近見た中国發のニュースでは、北京では老人が若者に席を譲ることが善い行為として奨励されているそうだ。若者は勉強したり仕事したりで疲れているが、老人は何もしていないから、老人は若い者に席を譲るべきだというのです。これは姥捨て思想の始まりですな。
町を歩いている人がつまずいて転んだら、台湾ではたしかに人がすぐ駆けつけてきます。
これは メッセージ 1788 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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階段で転んだ。
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/22 19:07 投稿番号: [1788 / 3149]
今月、張さんたちと新宿に行った帰り、小田急・町田駅の階段上がり口で張さんが転んだ。夕刻の雑踏のなか、わたしはその数段前にいて気づかず、一緒に歩いていた張さんの姪がすぐに抱き起こした。その直後はかなり痛がっていて二人で当人を両脇から支え、乗り換えの横浜線のホームまでたどり着いた。痛みは翌朝には引いて、帰国したあとで念のため掛かり付けの医者にレントゲンを撮ってもらったが幸いに骨折などはなかったという。
今日になって、無料の国際電話「スカイプ」でその話が出た。
「台湾では人が転べば周囲の人が足を止め、声を掛けてくれる。しかし、日本はそんなことはない」と言う。パパ譲りの「崇日」で、何かというと「日本はいい、台湾はダメ」という人の言葉だからこれはちょっとショックだった。たしかに、今のガサついた日本の都会では駅の階段上り口で足を踏み外して転んだ人がいてもすぐに声を掛け、介抱してくれる人はまずいないだろう。
台湾ではそれがあるらしい。国家社会がまだまだ健全な証拠だろう。
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検査
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/21 16:59 投稿番号: [1787 / 3149]
台湾はその外貨準備を始め、富裕な近代国家であることは疑いようもない。張さんはすでに帰国したが、いまだに解せないことがある。例えば、日本の量販店で電器製品などをを買ったとする。カードで買った場合は品物を受け取り、レシートにサインをして終わりだが、張さんからは以前、「日本では買ったときにどうして品物の検査をしないのか」とよく聞かれた。「日本は壊れたものは売らない」と説明して、それでとっくに了解したものと思っていたが、こんど、デジタルカメラを買ったときも「検査は? 検査は?」とわたしに聞いてきた。まさかとは思うが、台湾では店員が客の前で品物を箱から出して正常に作動するかどうかのチェックをするのだろうか。これがアフリカなどで中古の家電を売買する店頭でならそれも必要だろうが、巨大な消費社会であるはずの台湾では考えられない。多分、昔の台湾ではそういうこともあって、張さんが時代から大きく遅れているのだろう。もう歳だからやむを得ない。
これは メッセージ 1786 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 外国語
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/20 05:38 投稿番号: [1786 / 3149]
ある日本人に「娘という字は、台湾ではお母さんのことです」と言ったらびっくりして、同席のわし以外の台湾人に「ほんとですか、ほんとですか」と尋ねた。わしへの礼儀を忘れるほどびっくりしたんですな。
ただし台湾語で新娘とは花嫁のことで、新しいお母さんという意味ではない。
娘という字は女性に対する敬語でもあった。道教の女神の名は、最後に娘の字が敬称としてつく。
漢字で書かれた万葉集でも、娘の字を貴婦人への敬称として使っている。
支那では娘の字をdaughterやgirlの意味に使うことはないようだ。
これは メッセージ 1778 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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デパート
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/15 20:52 投稿番号: [1785 / 3149]
昨日は「バレンタイン・デー」。何十年も昔からの菓子メーカーの力闘努力が奏功してこの日は三日前の「建国記念の日」などは及びもつかない日本の重要な行事になっている。残念ながらわたしには無縁のことでチョコの欠片すらありつけなかったが、先週、張さんたちと出掛けたデパートのバレンタイン特設売り場は凄かった。その日の厖大な需要をあて込んだデパートが欧州各国のチョコレートをメーカー別のブースに分けてショーケースに並べていた。照明を落とし、赤いカーペットまで敷いて高級感を演出してたのはさすが日本のデパート商法である。私も近くを通ったがその女だらけの場所立ち入ることは出来なかったので値段まではわからなかった。
デパートは貧乏人には用のないところだと言っては身もふたもないが、何一つとっても安物なんか置いていない。ただ、日本の深刻な高齢化はここにも及んでいて女店員もいい歳のオバサンばかりである。台湾のデパートでは当たり前の若くて可愛い小姐服務員は至って少ない。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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Re: ビックリ台湾!?
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/14 19:08 投稿番号: [1784 / 3149]
昨日、張さん一行が無事に帰国した。はとバスのコースで普段なら間違っても行かない帝国ホテルのバイキングも体験したが、そもそも帝国ホテルに闖入したのも初めてだ。ただ、バスの団体さんは裏口から入ってホテルの案内人に従い、17階のバイキングまでエレベータで直行である。はとバスの客を表玄関から入れてあの広大なロビーを渡らせるなどということはない。もちろん、立派なバイキング料理ではあったが外国人を一人も見かけなかったから、あれは主に団体向けで宿泊者には別の場所があるに違いない。その前日は電車を乗り継いで渋谷と新宿に行ったが帰りの電車はちょっと奮発した。新宿から出ている小田急のロマンスカーで、ホームに待機していたその電車に乗るのだと知った張さんたちは破顔一笑、嬉しそうな声をあげた。
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Re: 焼きそば
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/14 09:57 投稿番号: [1783 / 3149]
「焼きそば」とは「炒麺」のことで、中華料理ですからもちろん「蕎麦」ではありません。しかし、われわれはそれを「焼きそば」と言っています。たしかに「蕎麦」ではないので平仮名を使っています。
漢字の本場の人からみれば日本では相当に生半可でいい加減な漢字を使っていると思われているのではないでしょうか。「焼肉」とか「焼魚」と言いますが、焼けば灰になってしまいます。
「せっかく立派な文字を教えてやったのに意味もわからずに間違った使い方をしている」と思われているに違いありません。
徒手空拳の青年が日本に来て僅か二十年で多くの店舗を持つとは驚きですが、実は昨日、張さん一行と中華街を歩いていたら同じ場所にまだ「一号店」がありました。「梅蘭」で検索すれば出てきます。
「日本人は我々を商売の天才のように言うが、冗談じゃない。我々は逆立ちしたってソニーは経営できない」昔、横浜在住の華僑の人がそう言っていましたが、なんの、中国や台湾には多くの堂々とした大企業があり、商売に日本人も台湾人も中国人もありません。
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Re: 焼きそば
投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/02/14 03:58 投稿番号: [1782 / 3149]
その焼きそばは,蕎麦ではなくて、麺だろうと思いますが。なんだかそんな料理では、蕎麦ではだめだという気がする。
昭和11年の春から夏にかけての4ヶ月、プライベートな理由でわしは東京は阿佐ヶ谷の父の友人(台湾人)の家に厄介になっていました。そのときわしと仲良しになった5歳年上の台湾人の学生が、よく夕食にわしを「支那そば」食いに誘い出しました。双方自分で食った分は自分で払うという条件で、あの店この店と食い歩き、愉快な思い出になっています。商品名は支那そばでも、たいていは麺で、ごく稀に蕎麦の店があっただけでした。まだ子どもだったわしには、どちらでもよかった。あの時代の阿佐ヶ谷はまだ郊外で、広い原っぱが残っていて、すばらしかったですよ。
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焼きそば
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/11 20:49 投稿番号: [1781 / 3149]
20年ほど前、横浜中華街の裏通りにあった「梅蘭」という小さな店に紛れ込んだことがある。二十代の若い男が廃業した寿司屋の店舗のまま借受け、改装もせずに脇に調理のガスレンジを置いて、「焼きそば」を作っていた。なんと、メニューはその「焼きそば」だけだという。聞けば中国から来たばかりで日本語も覚束なかったが、その「焼きそば」は肉や野菜を炒めた具が揚げた麺に包まれているという日本人には目新しいものだった。
今、彼の店は横浜と東京に十数店舗を構え、今日、はとバスで張さん達と行った「六本木ヒルズ」にも彼の豪華な店があった。店の前のスタンドには多くの中国料理を網羅した立派な装丁のメニューが置いてあったが、その第1ページにはあの「焼きそば」が大写しで載っていた。
めでたいと言うほかはない。
これは メッセージ 1780 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 外国語
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/11 08:09 投稿番号: [1780 / 3149]
東京や横浜あたりしか知らないが、近頃のJR鉄道の駅名表示にはローマ字と中国の簡体字、さらにハングル文字が併記されている。ローマ字は世界中の人が読めるから当然としても簡体字とハングルの表示にはちょっと驚く。「別にそこまでしなくても」という気もするが、その「費用対効果」は大きなものだろう。事情の知らない初来日の中国人や韓国人が見たら驚天動地の出来事に違いない。「日本人にこれほどの大度があるとは知らなかった。われわれの言葉で駅名を表示してくれるとは…。わが国の駅には日本語の表示など逆立ちしたって見つからない。これは日本人を考え直さなければならんぞ」と思ってくれるに違いない。そう思いたい。
これは メッセージ 1779 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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Re: 外国語
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/10 22:13 投稿番号: [1779 / 3149]
「漢文」は高校になると選択科目ではあるが独立した教科になっている。しかし、これは「中国語」として教えられるのではなく、語順を変え、すべて「訓読み」、つまり日本語として学ぶのである。昔の日本人は「レ点・一,二、三」などの印をつけて語順を変え、外国語の書物を直接、日本語で読むという奇想天外なことを考え出した。もちろん、当時は比べようもない文化先進国の書を読みたいとする欲求が産み出したものに違いない。したがって、訓読みの漢文を中国人が聞いても何を読んでいるのか絶対にわからず、さらに現代の中国人の大多数が、教養のある日本人の多くが日本語で古代の漢文を読むことができるとは知らないだろう。
これは メッセージ 1778 (tokyo_cachito3 さん)への返信です.
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外国語
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2009/02/10 21:28 投稿番号: [1778 / 3149]
昨日、張さんの姪が薬局で「乳酸菌・新表飛鳴」と書いた紙を女店員に見せたが、相手は首を傾げるばかりで、結局買えなかったという。その紙片を今日になって見せてもらった。「表」は一応、「ピャオ」と発音するとして、「飛」は「飛機」の「フェイ」だと知っていたが、「鳴」がよく判らない。取りあえず音読みで「メイ」と読めば「新ピャオフェイメイ」とあいなる。さらに「乳酸菌」という漢字に助けられて、これは「新ビィオフェルミン」の事だと判断できた。この薬は有名で日本では誰もが知っている。
薬局の店員を責めるつもりはないが、「これは乳酸菌製剤のことで、新○○」のことだと推定すれば、新ビィオフェルミンを取り出して「これですか?」と応対できるはずだが無理だったのか。薬局の白衣は着ているが商品知識もなく気が利かない女店員は困りものだ。
テーマが「外国語」と大きいから続編も書きたい。
これは メッセージ 1 (bikkuri_taiwan さん)への返信です.
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