李朝朝鮮

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Re: >昭顕太子殺害

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/08 20:43 投稿番号: [602 / 1329]
>それは失礼致しました。以後気をつけます。

いえいえ、恐らく「堕落の2000年史」(崔基鎬)から引用されたかと思います。

>財政をみていくのも君主にとって大切なことなんですけど。
末頼もしい奴だと思わないところが君主として暗愚すぎる。
彼が国王になったら朝鮮の交易が活発になった時期を作ったかもしれませんね。

うまくいけば、清の文化に学んで、のちの「実学派」を先取りしたような形の政策が行なわれたかもしれません。
韓国人で、このようなIFを考える人はいるんでしょうかねぇ?

・・・もっとも、党争の具に使われてグデグデになるのがオチになったような気が大いにしますが。(苦笑)

Re: >昭顕太子殺害

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/08 20:31 投稿番号: [601 / 1329]
>この記述は誤りがありますね。

それは失礼致しました。以後気をつけます。

>太子は瀋陽で捕虜になっていた朝鮮人を募って田畑を開発し、収穫した農産物を交易していたため、いつも屋敷は大賑わいだった。

こんなこと、日本の武士というか大名あたりは普通にやってもぜんぜんでしたのにね。

>朱子学的には賤業とされた商業に手を染めたことも仁祖の不興を買った原因でしょうね。

財政をみていくのも君主にとって大切なことなんですけど。
末頼もしい奴だと思わないところが君主として暗愚すぎる。
彼が国王になったら朝鮮の交易が活発になった時期を作ったかもしれませんね。

>昭顕太子殺害

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/08 00:57 投稿番号: [600 / 1329]
>遂に仁祖は、我が子である昭顕を毒殺した。

こういう記述がありました。

初、世子在瀋陽時, 作室塗以丹[丹+獲のつくり]、又募東人之被俘者、屯田積粟、貿換異物、館門如市、上聞之不平。(中略)世子東還未幾, 得疾数日而薨、挙体尽黒、七竅皆出鮮血、以玄幎覆其半面、傍人不能弁、其色有類中毒之人、(仁祖実録   仁祖二十三年(1645年) 六月二十七日条)

ようは、太子は瀋陽で捕虜になっていた朝鮮人を募って田畑を開発し、収穫した農産物を交易していたため、いつも屋敷は大賑わいだった。で仁祖はこれを聞いて不愉快に思ったと。どうやら朱子学的には賤業とされた商業に手を染めたことも仁祖の不興を買った原因でしょうね。
で、帰国後数日と経たない内ににわかに病死。しかも身体は黒ずみ、7つの穴(口、両鼻、両耳、両目)から出血した、と。これは水滸伝のような支那小説で見られる典型的な毒殺の描写ですな。

Re: >朝鮮のキリスト教

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/08 00:34 投稿番号: [599 / 1329]
>昭顕(ソヒョン)王子は
中国が世界に中心に在り、中国の皇帝が全宇宙のただ一人の統治者であるという華夷思想を否定するものに触れてしまったから、
危険人物として殺害されたのですね。

結局、天朝たる明のほかに価値を見てそれに触れてしまったというのが、いわばタブーに触れたようなもんでしょうね。明だけを信じて他者(清であり西学であり)は排斥するという一種の「攘夷」運動の犠牲でもあるでしょう。
しかし、明はドイツ人宣教師アダム・シャール(湯若望)のつくった大砲(紅夷砲)で清の太祖ヌルハチを撃退しているんですがねぇ。(苦笑)

>仁祖王は、清の太宗に屈辱的な降伏をした後に、降伏条件に従って長男の昭顕世子、その妻の姜嬪と、次男の鳳林大君、三男の麟坪大君を人質として差し出した。
  3人の王子は300人以上の官僚や、従者を伴って満州の瀋陽へ赴いた。その時は、清はまだ北京を攻め取っていなかった。

この記述は誤りがありますね。丙子胡乱のさい、江華島に逃れた次男の鳳林大君、三男の麟坪大君はそこで清軍の捕虜になりましたが、三男の麟坪大君夫婦は三田渡の屈辱の後、送還されており、人質として清の首都瀋陽に赴いたのは昭顕太子夫婦と鳳林大君夫婦です。(仁祖実録   仁祖十五年(1637年)2月1日条)

>その妻の姜嬪も才女だったが、貿易業を営んで、滞在中の経費を賄うと共に、清の宮廷の機嫌を取り結ぶ為に、珍しい物品を献じたりした。人質の滞在経費は、主として朝鮮王室から送られ、清も補助したが、姜嬪もまたそれを賄うのに功が在ったのである。

これは事実でしょうね。たしか仁祖実録あたりに「商売して財貨を増やし、田畑も多く購入した」とか書いてあったはずなんですが。

昭顕(ソヒョン)王子殺害後

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/07 23:57 投稿番号: [598 / 1329]
明国の復興を願う非常識

  仁祖は王世子を、鳳林大君に代えた。鳳林大君は兄と共に人質と為って居た間、西学には一切耳を貸さず、蟄居して朱子学の研究に専念していたから、仁祖から見ると可愛かったのである。仁祖と新しい世子は、昭顕が蒐集した貴重な西学の書物を、全て焼却した。唯一思想という妖怪が、李氏朝鮮を呪縛していたのだ。
  鳳林大君は、仁祖王の没後の1649年に、17代孝宗王として即位したが、それまでの狂気の国王達と変らなかった。そして、有ろう事か、8年に亘る人質としての辛苦を恨みに思い、清を嫌い、明に親しむ「親明排清」思想を深めた。
  このころ、中国では、明の残党がまだ周辺の地域を支配して、復活を狙って居たのである。
  孝宗王は即位すると、8年の屈辱を雪ぐべく、清に対する復讐を誓い、北伐計画を樹て、軍備拡張を進めた。
  北伐計画とは、即ち清を伐つ事であったが、朝鮮の人口の方が満州族を凌いでいたし、満州に攻め込めば、数が圧倒的に多い漢族が内応して立ち上がる事を、期待したものだった。

Re: >朝鮮のキリスト教

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/07 23:49 投稿番号: [597 / 1329]
昭顕(ソヒョン)王子は
中国が世界に中心に在り、中国の皇帝が全宇宙のただ一人の統治者であるという華夷思想を否定するものに触れてしまったから、
危険人物として殺害されたのですね。
___________________________________

崔基鎬著「韓国・堕落の2000年史(9)」

   「17世紀後半から18世紀まで」
9章   いまに続く朝鮮の宿痾
   ○なぜ、日本では党派争いが起こらなかったのか?
 
清から戻った皇太子は、なぜ殺されたのか?
 
  仁祖王は、清の太宗に屈辱的な降伏をした後に、降伏条件に従って長男の昭顕世子、その妻の姜嬪と、次男の鳳林大君、三男の麟坪大君を人質として差し出した。
  3人の王子は300人以上の官僚や、従者を伴って満州の瀋陽へ赴いた。その時は、清はまだ北京を攻め取っていなかった。
  人質達は、初めは瀋陽に置かれた瀋陽館所に滞在し、清が北京を支配する様になった後に、北京に移った。瀋陽館所は李朝の大使館に当たり、瀋館と略して知られた。
  昭顕世子が人質として出発した時は、24歳だった。鳳林大君は7歳年下だった。昭顕世子は生まれつき利発で、清に滞在していた間に、次代を担う使命感から、西学と呼ばれた西洋の科学を学び、モンゴル語と外交を研究した。
  その妻の姜嬪も才女だったが、貿易業を営んで、滞在中の経費を賄うと共に、清の宮廷の機嫌を取り結ぶ為に、珍しい物品を献じたりした。人質の滞在経費は、主として朝鮮王室から送られ、清も補助したが、姜嬪もまたそれを賄うのに功が在ったのである。
  3人の王子は、清で8年の歳月を送った。昭顕はこの間、清の遠征に積極的に従軍した事から、清朝の信頼を得る様になった。更に仁祖が清の太宗に懇願した事によって、世子は、二人の弟と共に帰国する事を許された。
  昭顕世子は、西学の文献を多く携えて、帰国した。ところが、朱子学に頑ななまでに凝り固まっていた父王の仁祖にとって、昭顕が説く西がくは邪学でしか無かった。昭顕が得意になって父王に披露した地球儀も、仁祖には狂器にしか見えなかった。
  昭顕は、北京で、西洋のキリスト教宣教師が齎した西学に触れて、天文学を始めとする西洋科学や、天主教の教義などを学んだのだが、それは地球儀一つを執っても、中国が世界に中心に在り、中国の皇帝が全宇宙のただ一人の統治者であるという華夷思想を否定するものだった。儒教を奉じる李氏朝鮮に於いて、これは許される事では無かった。
  遂に仁祖は、我が子である昭顕を毒殺した。
  貿易業に才覚を見せた、その妻の姜嬪も、商業を賤業扱いしていた儒学に反した罪によって、やはり毒殺された。3人の罪の無い孫達も、穢しい子と見做されて、済州島へ配流された。姜嬪の父母、兄弟も、皆、賜薬を賜って、毒殺処分にされた。
  この連座制の伝統は、今日、北朝鮮で公然と行なわれている。韓国でも生命を奪う事までは無いものの、皆無とは言い切れない。

>朝鮮のキリスト教

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/07 22:42 投稿番号: [596 / 1329]
>1645年、清に人質としてやられていた昭顕(ソヒョン)王子が帰国の際に親しくしていたドイツ人神父、アダム・シャールから地球儀などとともに天主教の本をもらったのが最初です

仁祖の長子ですね。
彼はキリスト教宣教師らと交友し、西洋の学問にふれたことで、相変わらず清を憎み明を重んじようとする父の仁祖に疎まれ、帰国後毒殺と疑われる不審な死を遂げます。

Re: 秋風さん、残念でしたね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/07 22:40 投稿番号: [595 / 1329]
43とはヨンサマのことでしょうか(´・ω・`)?

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/07 22:37 投稿番号: [594 / 1329]
>今年も、このトピは酔っ払って始まったのかなと思います。(苦笑)

おおっ3回も同じレスを入力してたから、
みんなにヨッパーと思われてるようです。

単に睡眠時間だっただけですよ〜。
昔はそうでなかったんですが、このところ12時過ぎまで起きてることはなかったですから。
と言っても、お酒は入ってたカナ?(記憶にない^^ゞ)

キリスト教についての投降ありがとうございます。
ずいぶん日本よりは穏やかな感じ。

朝鮮のキリスト教の伝来は
>天主教と呼ばれたカトリック
>学問としてまず書籍から入ってきたことが日本との大きな違いです。
>1645年、清に人質としてやられていた昭顕(ソヒョン)王子が帰国の際に親しくしていたドイツ人神父、アダム・シャールから地球儀などとともに天主教の本をもらったのが最初です
>その後、実学者たちがカトリックを宗教というよりは学問思想として取り入れていきます。

>プロテスタントはさらにその後1世紀遅れた19世紀になり、アメリカから伝来します。

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/06 22:42 投稿番号: [593 / 1329]
あけましておめでとうございます。今年もどうかよろしゅうに。

>クマ年は檀君の国なので通年陰の干支なんどす。

だけど酒が入ると毎年トラ年だったりします。って、酒に関係なく火病ってまんがな、と。

>おおっ!!だんくんと入力して変換すると、檀君としっかり出てくる・・・(前々から知ってたかもしれないけど)
なんでだろう。

あー、私もそうだ。「新羅本紀」「朴正煕」といった用語は、たいがい辞書登録しているんですが、檀君は登録なしでも一発変換だ。

>キムジョンイルも一発で金正日って出てくるし。

金親子と全斗煥以降の大統領は、朝鮮語のカタカナ音入力で出るようになってますよ。

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/01/06 11:59 投稿番号: [592 / 1329]
>4様の映画「スキャンダル」では   キリスト教弾圧の場面がありますね

>いや   それだけなんですけどね(笑)

同じニダ。(笑)
あの映画は、「親日(純愛)を装って日本(女性)に近づき、もてあそぼうとするが、真の友好(愛情)に目覚めて本当の親日になる男の話」ニダ!(笑)

秋風さん、残念でしたね

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/01/06 11:57 投稿番号: [591 / 1329]
やはり43どまりだったようです。

エトさんは反省汁!

日本の古代史についても見直そう

投稿者: kusuo1 投稿日時: 2007/01/06 11:53 投稿番号: [590 / 1329]
日本の古代史の通説は妄想だった?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E7%8E%8B%E6%9C%9D%E8%AA%AC

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: licky_etozero 投稿日時: 2007/01/06 07:49 投稿番号: [589 / 1329]
4様の映画「スキャンダル」では   キリスト教弾圧の場面がありますね

いや   それだけなんですけどね(笑)

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/01/05 23:40 投稿番号: [588 / 1329]
今年も、このトピは酔っ払って始まったのかなと思います。(苦笑)
トピ主殿のアバターのグラスの中のお酒が揺れているのを見ていると、頭がグラグラしてきます。(笑)
それはともかく、今年もよろしくお願いします。

---------------------------------------------- -

クリスマス特集   韓国のキリスト教伝来   その1   天主教の伝来
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=190

クリスマス特集   韓国のキリスト教伝来   その1   プロテスタントの伝来
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=189

カトリックの迫害と洪景来の乱
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm?No=1146

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/05 00:34 投稿番号: [587 / 1329]
クマ年は檀君の国なので通年陰の干支なんどす。

おおっ!!だんくんと入力して変換すると、檀君としっかり出てくる・・・(前々から知ってたかもしれないけど)
なんでだろう。

キムジョンイルも一発で金正日って出てくるし。

十年後はスラッカンと入力すれば刺繍館とでも出てくるのかな?

今日は眠いので、レスは後日ってことで・・・。

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/05 00:34 投稿番号: [586 / 1329]
クマ年は檀君の国なので通年陰の干支なんどす。

おおっ!!だんくんと入力して変換すると、檀君としっかり出てくる・・・(前々から知ってたかもしれないけど)
なんでだろう。

キムジョンイルも一発で金正日って出てくるし。

十年後はスラッカンと入力すれば刺繍館とでも出てくるのかな?

今日は眠いので、レスは後日ってことで・・・。

Re: ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/05 00:34 投稿番号: [585 / 1329]
クマ年は檀君の国なので通年陰の干支なんどす。

おおっ!!だんくんと入力して変換すると、檀君としっかり出てくる・・・(前々から知ってたかもしれないけど)
なんでだろう。

キムジョンイルも一発で金正日って出てくるし。

十年後はスラッカンと入力すれば刺繍館とでも出てくるのかな?

今日は眠いので、レスは後日ってことで・・・。

ことしもよろしく(・∀・)ノ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/01/05 00:20 投稿番号: [584 / 1329]
┌――――――――――――――――――――――┐
|    ∩___∩                         |
|    | ノ       ヽ   明けまして                |
|    /    ●     ● |      クマ──―――!!      |
|   |      ( _●_)   ミ                      .|
|   彡、     |∪|    、`\                     .|
|/   __   ヽノ   /´>   )                     |
|(___)     /   (_/                     .|
|   |        /                         .|
|   |    /\   \     今年もよろしクマ――!!      |
|   |   /     )   )                         |
|   ∪     (   \             2007年クマ年元旦|
|        \_)                        |
└――――――――――――――――――――――┘

Re: 光海君の歎き その4

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/01/04 02:46 投稿番号: [583 / 1329]
>講和条件の王弟を人質を送る段になって、臣下の子を王弟に仕立て上げて送るという行為、それを諌めた臣下に「昔にも王姓を臣下に与えた例はあるが何か?」と軽くキレる仁祖。

で、王弟に仕立て上げられた人間は、「敵の案内役になっている朝鮮人韓潤(かつて謀叛に失敗して清に逃亡していた)は、私の顔を知っています。詰問されたらどう答えればよいのですかぁ。(泣)」と訴える始末。その辺も考えて選べよな、と。

で、結局は、あまり身分の高くなかった王族を王弟として送ることにしたんですがね。

実は、1636・37年の清の侵攻「丙子胡乱」のさいにも同じ手を使いました。
この時もニセの「王弟」「大臣」を派遣したのですが、
「お前ら、前回パチモンつかませたやろ。今回もそうなんちゃうん?」
とあっさり疑われ、問いつめられるも答えられず。
仲介役をつとめていた朝鮮使臣(かつて清の捕虜となっていた)が本物です、と答えてごまかそうとしたものの、激怒した清人は、見せしめとばかりにその朝鮮使臣を斬り殺すわけです。

Re: 光海君の歎き その4

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/29 11:46 投稿番号: [582 / 1329]
>「金軍に包囲される開封東京城」と

>「開封東京城中で   延々と喧々囂々の論議を主張する太学生」

>「諸大名に包囲される小田原城」が思い浮かぶのは…

ああ、ジャスティナ嬢はそっちを思い浮かべられましたか。
なお、1627年、第一回目の後金(清)の朝鮮攻撃(丁卯胡乱)にさいしては、もっとひどい状況が見られます。

講和に反対する臣下の上疏に「講和は敵の鋭鋒を避ける一時しのぎだ。この真意をよく知れよ」と国内向けの言い訳を行なう仁祖。
講和条件の王弟を人質を送る段になって、臣下の子を王弟に仕立て上げて送るという行為、それを諌めた臣下に「昔にも王姓を臣下に与えた例はあるが何か?」と軽くキレる仁祖。

仁祖が江華島に向けて出発した翌日には、民が逃げ去り、守将たちも王の護衛と称して逃げ散り、盗賊の横行する漢城。そして、敵接近の報に接して逃亡する留守大将、盗賊による放火もちゃんとおきました。

Re: 光海君の歎き その4

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/12/29 11:21 投稿番号: [581 / 1329]
しかし…

一連の流れを見ていくと…

「金軍に包囲される開封東京城」と

「開封東京城中で   延々と喧々囂々の論議を主張する太学生」

さらに

「諸大名に包囲される小田原城」が思い浮かぶのは…



なぜでしょう?(藁

光海君の歎き その4

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/29 11:14 投稿番号: [580 / 1329]
前回の続きです。

「今わが国の人心を見ると、国内はグデグデ、外交は偉そうな口先だけじゃない!あなたたちは『武将たちはみんな出征決戦の決意をしている』っていうけど、それが本当なら、どうしてかんじんの兵士たちは、出征することを死地に赴くかのように懼れているんでしょうね!(而近観我国人心、内不弁事、外務大言、試以廷臣收議見之、武将所献、皆是臨江決戦之意、甚為可尚矣。然則今之武士、何以畏西辺如死域乎?)
  わが国人の大言壮語のせいで、最後には国を誤ることになるわ!(我国人終必以大言、誤国事矣)」

光海君日記   光海君13年(1921年)6月6日条

現代にもそのまま当てはまりそうな歎きですねぇ。

光海君の歎き その3

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/29 10:32 投稿番号: [579 / 1329]
なんだかシリーズ化していますが、サルフの戦い以降、後金(清)との交誼を持つ方向に転換した光海君の歎きを今回も紹介します。(苦笑)

光海君は敗戦と前線部隊の降伏という事態をしたたかに利用して、後金の捕虜となった司令官姜弘立をパイプ・情報源にしながら、現実的外交を展開しました。

ですが、戦いから2年たっても、廷臣たちは名分論に固執して、光海君の苦労を理解しようとしませんでした。

「後金の勢いは日に日に盛んなのに、わが国の兵力人心は、何も備えるところがなく、高尚ぶった大言壮語してるけど、後金の攻勢を防ぐことができるの?   女真鉄騎兵の馬蹄が蹂躙するとき、その談論で攻撃できるの?筆で突き刺すことができるの?(賊勢日熾、而我国兵力人心、無一可恃、高談大言、能遏滔天之兇鋒乎?鉄騎蹂躪之日、其可以談鋒撃之乎、筆翰衝之乎?)
  あなたたち、後金に送る国書の格式がどうとか言っているけど、そんなことグデグデ言っている場合じゃないでしょ。これは、国家の存亡にかかる大事なのよ!(此係宗社存亡)」

光海君13年(1921年)6月1日条

(光海君のアイコンに女性キャラをあててしまったので、こんな口語訳にしてます)

Re: 光海君のぶち切れ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/29 08:26 投稿番号: [578 / 1329]
>彼等の意識の中では都合の良い時は支那人になりきっているんでは。

自己認識、現状認識が明確ではないのは今も同じのようで。

テレビで韓国では北朝鮮崩壊後を模索することが流行ってると報道されていましたが、どこまで現実に対応できるのだろう。
なんだかまたどこかが勘違いのままなのではないだろうかと危惧してしまいます。

>孔子が大将で孟子が副将になって攻めてきたら即刻靴の底にすりすりして臣下の誓いやってます。

やるでしょう(笑)
国教が儒教だったんですから。教祖様にはそれぐらい当然でしょうね。

Re: 大儀名文

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/29 07:46 投稿番号: [577 / 1329]
滝川さん、お久しぶりですね。

いえ、もう年の瀬ですから。

クリスマスが過ぎたら、家の中はお正月飾りですわよ〜ん。

もう鏡餅を床の間・玄関に飾って、戸の前にはしめ縄飾り。

黒豆とかの正月料理の材料はぽちぽち買い始めています。

もう年賀状は11月中に作成終了したし(笑)

来年もよろしくおつきあいくださいませ。

Re: 光海君のぶち切れ

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/29 02:39 投稿番号: [576 / 1329]
>孔子が大将で孟子が副将になって攻めてきたら即刻靴の底にすりすりして臣下の誓いやってます。

山崎闇斎の問答にありましたね。
「孔子が大将で孟子が副将になって攻めてきたら、それを撃って虜にし、国恩に報じるのが、孔孟の道だ」ってやつですね。

Re: 光海君のぶち切れ

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2006/12/29 02:25 投稿番号: [575 / 1329]
>自国の歴史より支那の歴史を勉強する李朝の臣下達のほとんどがこんなもんだったんでしょうけど

彼等の意識の中では都合の良い時は支那人になりきっているんでは。
孔子が大将で孟子が副将になって攻めてきたら即刻靴の底にすりすりして臣下の誓いやってます。

Re: 大儀名文

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2006/12/29 00:23 投稿番号: [574 / 1329]
気が早い挨拶ですねえ〜。あ、そのアバタね

Re: 光海君日記

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/29 00:04 投稿番号: [573 / 1329]
>本気で朝鮮の人民を思うなら、暗殺するより、朝鮮人民にとって有利な現実路線を開く行動があったと思うんですよね。

>でもそれをやった朝鮮人の子孫は今ごろ裁かれるめにあってるのかしらん。

3.1運動に刺激されて上海臨時政府に投じたものの、そのグデグデぶりに失望して帰国、文芸活動による啓蒙を志し、1937年に投獄された後は「親日派」として創氏改名を率先して行って「皇民化」政策の先頭に立った李光珠。また、3.1運動宣言文の起草者である崔南善、彼らは独立運動から自治運動、さらには「親日派」と変遷していきました。

彼らが、うるるさんのおっしゃる現実路線を選択した人物にふさわしいでしょうね。
当然、現在では悪人扱いですがね。去年発表された「親日派」リストにもちゃんと載せられています。

大儀名文

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/28 23:40 投稿番号: [572 / 1329]
まぁ、今も昔もこれに凝り固まってるわけで、靖国や教科書問題に固執してるあたり進展がないような。

大義名分
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
大義名分(たいぎめいぶん)とは、儒教に由来する考え方で、本来は臣下として守るべき道義や節度、出処進退などのあり方を指した。
今日では転じて、「行動を起こすにあたってその正当性を主張するための道理・根拠」を指す事が多い。

儒教文化圏では古くから、大義名分の有り様についての議論が行われ、日本では儒学者のみならず国学者の間でも様々な説が立てられた(大義名分論)。

Re: 光海君日記

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/28 23:36 投稿番号: [571 / 1329]
>あん?何を偉そうな理屈をぬかしてやがる?んなもん何の役にも立たねぇんだよ。そんなことをグダグダ言ってる暇はねーっつうの。

目的が寄りかかってた大国に敵が出現、どう生きるかって時に理屈を並べてもしょうがありませんもんね。

民族運動家安重根も暗殺するぐらいなら、統治した日本にすりより、
なんとか朝鮮人民に有利な方向にいくような行動はできなかったのでしょうか。
伊藤博文に憂国の朝鮮人としてサシで話して、親日政権を作る代わり、日本統治を許してもらうようにするとか、
本気で朝鮮の人民を思うなら、暗殺するより、朝鮮人民にとって有利な現実路線を開く行動があったと思うんですよね。

でもそれをやった朝鮮人の子孫は今ごろ裁かれるめにあってるのかしらん。

朝鮮王朝実録の光海君のぶち切れ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/28 23:26 投稿番号: [570 / 1329]
>敗報を聞いた臣下たちは、「天朝(明)の将軍が戦死したのに、おめおめと命乞いとは何事だ!」「臣下にして逆賊に下るとは天下の極悪!」などと騒ぎ

臣下達は自国の存亡&国益第一を考えなければならないのに、しっかり明に洗脳れ、変に大義名分にこだわってたということですね。

それに比べ、自国の軍隊が脆弱としっかり把握し、明や朝鮮の臣下の援軍出兵を拒む姿勢だった光海君や
弱くなった大国に見切りをつけて降参し、自国の利益のために状況報告の密書を送る姜弘立

は現実的だってことですね。

ハングル使用を支那への謀反と思って使わず、自国の歴史より支那の歴史を勉強する李朝の臣下達のほとんどがこんなもんだったんでしょうけど。

光海君日記

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/27 20:09 投稿番号: [569 / 1329]
もうひとつ、光海君日記からのネタです。

先ほどと同じく、あいも変らず、姜弘立の家族や、釈放されて帰ってきた張応井(ヌルハチからの書状を持ってきた)を逮捕処罰せよ、と騒ぐ臣下たちにぶちきれた発言です。

「あん?何を偉そうな理屈をぬかしてやがる?んなもん何の役にも立たねぇんだよ。そんなことをグダグダ言ってる暇はねーっつうの。ガキどものちゃらちゃらした議論ゴッコはいい加減にしろ!(高論談鋒、無益於國事。姜弘立等論罪、豈無其時?年少浮薄之論、姑停可矣。)」

光海君日記   光海君11年(1919年)4月8日条

Re: 朝鮮王朝実録

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/27 19:01 投稿番号: [568 / 1329]
>何かネタがあったらまたご投稿ください。楽しみにしてます。

では早速ネタを。
コンテンツ用の流用なので、妙な口語訳をしていますが。(苦笑)

ヌルハチの後金を討伐するため、明や朝鮮の臣下はたびたび援軍出兵を要請しますが、光海君は「ウチの兵じゃ弱くて助けになんないよー」と言って拒み続けました。
結局出兵せざるを得なかったのですが、その結果サルフの戦い(1919年)で、明軍は壊滅し、朝鮮の援兵1万のうち5千が壊滅、総司令官の姜弘立は残った5千とともに降伏しました。

その敗報を聞いた臣下たちは、「天朝(明)の将軍が戦死したのに、おめおめと命乞いとは何事だ!」「臣下にして逆賊に下るとは天下の極悪!」などと騒ぎ、姜弘立の家族を処罰しようとします。(支那朝鮮じゃ、出征将軍は一族の生命財産を担保にして軍事を請け負っていますから)

で、光海君は、そんな臣下どもにぶちきれるわけです。()内は原文です。

「あなたたち、後金の勢いをどう考えてる?わが国の兵力で防げると思ってるの?明の出兵要請のとき、私が心配したのは派兵自体ではなく、わが国の人心に確固たる信念がなく、兵も訓練されていないから、援軍を送っても何の役にも立たないってことなのよ。(予所憂慮者、非欲防徴兵之送、必先陳我国人心本来不固、軍兵素未教錬、一朝駆入無補於助戦之用、急急敷奏於経略未出来之前。)
  それに、もし天朝の兵が強く国境を固く守って『虎豹山に在り』って感じの勢いなら、後金がいかに強盛でも私を恐れないでしょうけどね。
  だけど現況はどう?そうじゃないでしょ。これを知らないで軽々しく深入りすれば、負けること間違いなし。(天朝若陳兵耀武、厳守華夏之境、有如虎豹在山之勢、賊雖猖獗、必不敢侮予矣。不此之思、軽進深入、則必敗無疑。)
  わたしがこれを懼れて発狂するくらいまでいつも悩んでいることは、みんな知ってるでしょ!(予為是懼、日夜憂憫、心恙尤劇、若発狂疾之状、左右之人、孰不知之?)
  姜弘立はね、不幸にも捕虜になったけど、わざわざ状況報告の密書を送ってきているのよ。これをどう思うの?(弘立等、不幸陷於賊中、凡所見聞、密書以啓、有何不可?苟如本司之啓、則雖陷虜中、不為書送其聞見可乎?)
  ほんと、まともなヤツは排斥され尽くして、こんなバカガキどもしかいないんじゃ、国家を誤っても不思議じゃないわよ!(嗟嗟!廟堂[言于]謨老成之才、則斥逐殆尽、使不得預聞、年少生踈之人、多入於備局、謀国不臧、無足怪也。)」光海君日記   光海君11年(1919年)4月8日条

Re: 朝鮮王朝実録

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/26 22:16 投稿番号: [567 / 1329]
>サイトのコンテンツ作りのために

ついつい、久々そちらの方をのぞいてしまいました。

>朝鮮王朝実録の光海君日記や仁祖実録を集中的に読んでおります(そのせいで掲示板はご無沙汰気味なんですね)。

精力的ですね。何かネタがあったらまたご投稿ください。楽しみにしてます。

>光海君の先代の宣祖時代は、ちょうど党争の勃興期(?)にあたるのですが、うんざりするほど弾劾の上疏文が多いです。しかも無意味なまでに文章が長い

とにかく効果がでるまでくどくどごねるってことですね。

>清軍に包囲されている中でも弾劾合戦を欠かさないのは、何と言うべきか・・・

HP大河の釣り人の朋党政治関連人物一覧 を見るとそれを感じます。
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/3914/hohtohseiji.html
>弾劾を受け罷職された。
があちことで見ることができます・・・ヽ(`Д´)ノ

Re: 宮廷料理研究者の死

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/12/26 21:53 投稿番号: [566 / 1329]
これを読んで、すぐDVDで見たイ・ヨンエの「宮廷料理人」を思い出しました。

>生涯を宮中料理の研究と伝承に尽くした。

女学校を出てるなら、料理の基礎は日本料理にあったりして。

朝鮮王朝実録

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/12/26 19:52 投稿番号: [565 / 1329]
最近、サイトのコンテンツ作りのために、朝鮮王朝実録の光海君日記や仁祖実録を集中的に読んでおります(そのせいで掲示板はご無沙汰気味なんですね)。

読んでて気づいたことが一つ。
「臣下同士の弾劾奏上ばっかりじゃねーか!」

光海君の先代の宣祖時代は、ちょうど党争の勃興期(?)にあたるのですが、うんざりするほど弾劾の上疏文が多いです。しかも無意味なまでに文章が長い。

それにしても、清軍に包囲されている中でも弾劾合戦を欠かさないのは、何と言うべきか・・・

大長今 総集編

投稿者: licky_eto 投稿日時: 2006/12/26 16:53 投稿番号: [564 / 1329]
29日金   22:00〜

30日土   22:30〜

いぬえっちけー   総合




私は見ませんが(笑)

Re: イノシシ肉、ぼたん鍋

投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2006/12/23 16:49 投稿番号: [563 / 1329]
超遅レスですが、鹿は赤身で淡白ですね。

関東北部にいたころ刺身で時々食べました。

鹿ってやつは、寄生虫対策で一度冷凍するんですね。

まぁ   寄生虫ってやつは、やるときゃやるヒットマンですからそれなりに覚悟はしとかないといけませんね。

ワニ、カエル、ダチョウ、ウサギ   どれもそんなに美味いと思って食べたことないです。

イノシシは格別に美味い。

皮付きの肉はまた別格。

子イノシシの肉は軟らかく、成獣は硬いそうです。


前にも書いたことがあるかもしれませんが、朝鮮では美味いイノシシがいたそうです。

魯山人と親しかった倉橋という御仁の家には毎年朝鮮からイノシシが届いたそうです。

そいつをみんなで食おうということになって、魯山人がすき焼きにするのですが、ボタン鍋もいいですが、これがまた美味そう。

頭も美味いそうです・・
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