李朝朝鮮

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日本学教授

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/21 02:31 投稿番号: [319 / 1329]
>宿題は〜無理〜ってことで。。。かんにんして〜。

もう、皆さんのお知恵を拝借トピですね。(笑)
「能ある鷹は爪を隠す」の喩え通り、次回を期待しています。


『あの時のあの日本人たち』
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006081926028
>一番目の人物は、征韓論を主張して権力闘争で押された西郷隆盛。
>次に「朝鮮を取ることこそ神聖な道」と主張した吉田松陰、
>日本では近代思想の先駆者として崇められたが、アジア蔑視の理念を提供したとも評価される福沢諭吉、
>韓国統監として悪名高い伊藤博文などが登場する。
>韓国強制占領に関与した人々を先に取り上げたのは、日本人の間違った韓国観のルーツを捜すためだ。

>李ウォンドク国民(ククミン)大学日本学教授
------------------------------------------

これは著者の言葉か、この「日本学教授」の言葉か分かりませんが、どちらにしても、
こうした表層的な知識と、「日本人の間違った韓国観」という判断基準で日本人を分析して、どうするんでしょう。(苦笑)


なお、トピ主殿のご提供のサイトによると、上記の人物は次のように説明されています。

明治開化期の日本と朝鮮(1)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi012.html
>「征韓論」というと直ぐに西郷隆盛が代表され、朝鮮侵略、植民地化を狙ったものである、などと言う者があるが、これは違っている。(キッパリ)
>「征韓の議論」とは、要するに、怒っているのである。そのために、「けしからん、いっそのこと軍隊を送って征服せよ」「いやそんなことをしては国家の財政が破綻する」「しかしこのまま黙っておれるか」「その気持ちは分かるがここは辛抱するしかない」「いや、これ以上皇国に対する無礼に堪えられるか」などなどの議論が国を挙げて百出したのである。
>朝鮮を本当に征服したいのではない。要するに、懲らしめたいのである。言葉としては「征韓論」であるが、これは征服の「欲望」論ではなく、怒りの「感情」論と言うほかはない。

>他国を征服すると言えば、吉田松陰が次のように述べている。
>『朝鮮を攻めて質を納れ貢を奉ること古の盛時の如くなさしめ、北は満州の地を割き、南は台湾・呂宋の諸島を収め、漸に進取の勢を示すべし。然る後に民を愛し士を養ひ、慎みて辺圉を守らば、即ち善く国を保つと謂ふべし。』(吉田松陰「幽囚録」)
>今ではよく「征韓論」の走りとして紹介される文章であるが、「日本は侵略者である」としたくてたまらない人々は卑怯にも必ず「・・・進取の勢を示すべし。」のところまでしか引用記述しない。しかしその次には「然る後に民を愛して武士(軍人)を養い、慎んで辺境を守るなら、すなわち善く国の保全が出来るというものである」と言っているのである。「犬の糞」のようなそこの人間は追い出してしまえとは言っていない。逆に民を愛し、軍人を養成して、そこの国の安全を守れ、というのである。つまり、白人西洋列強の侵略からアジアを守らなければならない使命感が言わせた言葉であることは明らかであろう。

ソウル大開校60周年記念図書展示会

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/18 15:01 投稿番号: [318 / 1329]
まえは偶然見つけた広告(?)だったので再び見ることができませんでした。
考えてみると、「ソウル大」から引っ張りゃぁよかったんですよね。
ありました。前に見たときより詳しい内容が出ていました。

http://www.snu.ac.kr/
(SNU NEWSの下から2番目をクリック)

「朝鮮時代初期に宋の上疏文中、優れたものを選んで刊行した、国宝150号『宋朝表総類』、ダビンチの〜、ホッブスの〜、1670年に出版され、人皮装丁と推定される『オランダ   東インド会社が中国帝国で行った記念的職務』などを公開する」(略および意訳<誤訳も?>あり)

なんかスゴイもんが見られそうですな。展示期間は10/17までなので、ソウルへ行ける方、是非どうぞ。ソウル駅から青いバス、501,750,152番に乗れば正門まで行けます。

Re: 宮女

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/18 11:39 投稿番号: [317 / 1329]
色々調べていただきありがとうございますとお返事するのを忘れていました。

あたりまえですが、
料理係は財力が無い両班かちょっと普通より豊かな庶民の娘が入るのですね。

配膳係は別だったら、王様の料理作る女性が配膳するあのドラマは違うってことになりますね。

宿題は〜無理〜ってことで。。。かんにんして〜。

>思いたいところです。

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/18 11:12 投稿番号: [316 / 1329]
だって、そういう感覚があれば、

とっくの昔に、ソメイヨシノや剣道ウリナラ起源は韓国人の内輪で消滅してると思うし・・・(笑)

Re: れ: 「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/18 11:08 投稿番号: [315 / 1329]
>いまソウル大の図書館で蔵書の披露をしているそうです。
京都の某大学のS教授によると(って、友人の伯父さんですが)日帝時代の本も多数ある
そうで(数年前に調べに行ったそうだ)、そのころの本、見てみたい気がしまつ。

すごいかたとお知り合いなのですね。
日帝時代というか、日韓併合時代も日本独自に朝鮮の歴史の研究をしたりしたと思いますが、どんなんだったか知りたいものです。

れRe: 貴族クルミ

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/18 11:07 投稿番号: [314 / 1329]
>違うなら、植物学者が何か言うぐらいの自浄作用がかの国にもあると

>思いたいところです。

「思いたい」に「ところ」までつくんですね。期待してないことが、はっきり分かります。

せめて、植物関係の"アマチュア学者"の意見くらいはないとね。

>神社、神社信仰の起源について

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/18 11:04 投稿番号: [313 / 1329]
あ〜ら、半○城さんが好きそうな話題のような。

彼もせっせと工作してるんだろう〜な(-ω-)

Re: 貴族クルミ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/18 10:59 投稿番号: [312 / 1329]
種類によって胡桃も長生きするのと、短命なのがあるのでは・・・

とか、

違うなら、植物学者が何か言うぐらいの自浄作用がかの国にもあると

思いたいところです。

貴族クルミ

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/17 23:56 投稿番号: [311 / 1329]
>このクルミは、全羅南道長興山で300年以上も現存するクルミの木から取れるもので、過去の王朝時代には王へ指圧用として献上された

庭師さんによると胡桃の木の寿命は100年ぐらいだそうです。
http://www.e-kasama.jp/cgi-local/news/news.cgi?id=466&userid=9

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「貴族クルミ」何と2つで100万ウォン!
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/16/20060816000054.html

ロッテ百貨店本店で16日、クルミ2つで販売価格が100万ウォンにもなる「貴族クルミ」を店頭に並べた。このクルミは、全羅南道長興山で300年以上も現存するクルミの木から取れるもので、過去の王朝時代には王へ指圧用として献上された(写真=聯合ニュース)。

朝鮮日報

れRe: れ: 「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/16 23:34 投稿番号: [310 / 1329]
う〜む。私が誰かと「勘違い」したみたいでつね。
私が読んだのには「韓国語のコムと日本語のクマの音が似ているのが面白い」と書かれてたのを思い出したんですが。
あと、ほかにも似ている部分も偶然か必然かを疑って書かれてましたから。私が読んだのは、鮮于さんだったか?   論説集の中の何かだったか?

>韓国の歴史や文化〜
歴史なんて習いませんよ(ガイジンはまともなこと知ってますから)。料理とか博物館見物とかです。
韓国語の達者なアメリカ人英語講師は、どこまで級を進めたんでしょうかねぇ。彼ならその辺くわしいでしょう。

Re: れ: 「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/16 23:06 投稿番号: [309 / 1329]
>>>和書ダウンロードフロア>検索: 日本の中の朝鮮文化

>>日本全国をまわってご苦労なことで。
>>でもきっと突っ込みどころ満載な悪寒が・・・

>キム・ダルスさんの著なので、「勘違い」はあるでしょうが(もしくは検証ミス)、案外マトモだと思いまつ。

レッド・マンゴーさんの「案外マトモ」の基準が分かりませんが、
最近も、この著者の説に騙された日本人のサイトを歴史論争の資料に上げていたアチラの人がいるので、困りますね。

--------------------------------------------------

神社、神社信仰の起源について
http://www2.odn.ne.jp/~had26900/topics_&_items2/on_jinja.htm

○日本の中の朝鮮文化を批判する
以上、神社の朝鮮起源説に対する反論を述べてみたが、それが“百済ぬ俗説”以下のものである。根拠自体が支離滅裂かつ薄弱、また神社信仰の基層が明らかに中国江南の照葉樹林文化にあることから、照葉樹林文化を育むほどの風土をもたない朝鮮半島に神社信仰の発祥を求めることが民俗学的観点から如何に荒唐無稽であるか理解できるだろう。ここで、民団湘南のホームページで紹介されていた朝鮮語の熊を意味する「コム」が日本語の「カミ」となったということに関してもう少し議論の核心を広げてみたいと思う。この論法は、金達寿氏が「日本の中の朝鮮文化」の中で日本各地の地名の語源にうんざりするほど用いているものであるが、その他、「万葉集は朝鮮語で読める」などの俗説でも多用されている。万葉集に関しては別ページで詳述しているので、ここでは省略するが、地名の語源を朝鮮語に結びつける金氏の手法に多くの日本人が誤解している現実があるので、それが言語学的に全く意味のない語呂合わせあるいはこじつけの類であることを示しておこう。金達寿氏の書を読んだことのある方で何の疑問をもたずに納得してしまう人は陳腐な詐欺師の言葉にころっとだまされやすい性格であることを自覚すべきだろう。読んだことはないがこれから読もうという方はここで説明しようとする内容を理解した上で読めば、この書には金氏一流の詭弁や巧妙な言葉の語呂合わせに満ちており、筋道を追って考えていけば多くの矛盾が噴出することがわかるはずだ。

(以下、面白いのですが、略)

Re: れ: 「イ・ヨンエの宮廷料理人」

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/16 22:24 投稿番号: [308 / 1329]
>ところであの学校、語学だけ教えるんじゃないのが面白いんですがね。

そうなんですか。
でも下手に韓国の歴史や文化にこだわりもって教えてもらっても、
もうひねくれてしまった私には斜めで観てしまうかも。
新鮮な気持ちで韓国の博物館を回った素直なイルボン高校生だった私、カムバック〜!?

そいうえば、古墳で私達に「アイラブユー」(習いたての英語だったんだろうね)と叫んでくれた小学生の男の子達どんな子になったのかな〜?

れ: 「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/16 22:23 投稿番号: [307 / 1329]
>>故宮博物館じゃなくて?またパクッた?まさか、漢字間違えたとか…。
ハングルで書くと「故」も「古」も同じなので間違えたんでしょうね。意味も近いし。

>でもきっと突っ込みどころ満載な悪寒が・・・
キム・ダルスさんの著なので、「勘違い」はあるでしょうが(もしくは検証ミス)、案外マトモだと思いまつ。

話は違いますが、いまソウル大の図書館で蔵書の披露をしているそうです。
京都の某大学のS教授によると(って、友人の伯父さんですが)日帝時代の本も多数ある
そうで(数年前に調べに行ったそうだ)、そのころの本、見てみたい気がしまつ。
ところでそのS教授、専門は中国なんですが、何を調べに行ったんでしょうかねぇ。

Re: 「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/16 22:10 投稿番号: [306 / 1329]
>>国立古宮博物館

>故宮博物館じゃなくて?またパクッた?まさか、漢字間違えたとか・・・。

韓国カテに数年いると、
もうその程度のことはε= (-c_-`o)って心境になっております。

それより気になるのは、
その下にあったサイト


  和書ダウンロードフロア>検索: 日本の中の朝鮮文化
http://www.papy.co.jp/sc/list/search/_xvzL3KTOw+akzsSrwa-KuLK9

日本全国をまわってご苦労なことで。
でもきっと突っ込みどころ満載な悪寒が・・・

Re: れ: 「イ・ヨンエの宮廷料理人」

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/16 00:11 投稿番号: [305 / 1329]
>まるいちゃぶ台に、シンプルな金属製食器がこちゃごちゃ並んで
>あんまり美味しそうに見えないのですが。
そうですか。じゃぁアヤシイ料理がホンモノだったんですね。

>ナルオ君で気持ち悪かった〜(-ω-)
>タレントの魚の帽子かぶってかん高い声を出してるサカナ君みたい。
まさか、出演している日本人て、ソウル大の語学学校の学生じゃぁないでしょうねぇ。
ここの学生の日本語族で一番多いのは在日ですが、日本人もひとクラスに2,3人いますからねぇ。

>イ・ヨンエのファッションとか美容法とかどうでもいい感じ。
>韓国語講座、ちょこっと見たけど、スルーしてそのまま返却しそう。
スルーしちゃたほうが好いと思いますよ。
ところであの学校、語学だけ教えるんじゃないのが面白いんですがね。
そういえば、英語の講師でムチャクチャ韓国語の巧いアメリカ人がいます。

「朝鮮王室の印章」特別展

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/15 23:55 投稿番号: [304 / 1329]
朝鮮王室の印章って、中国の芸術だろ?(しかも、竜の爪が3本しかない)
虚しくならないのかな?

>国立古宮博物館

故宮博物館じゃなくて?またパクッた?まさか、漢字間違えたとか・・・。

_____
|属     恒|
:國 王 久|    
| <`∀´> |  
~ ̄ ̄~ ̄

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
国立古宮博物館、15日から「朝鮮王室の印章」特別展

国立古宮博物館で15日から10月8日まで開催される「朝鮮王室の印章」特別展は、朝鮮第24代王憲宗(1834〜1849年)が収集した朝鮮王室の芸術的印章をひと目で見ることができる展示会だ。

「萬幾餘暇」 「元軒」 「香泉」(以上憲宗の号)など憲宗自身の印章をはじめ、正祖の印章「極:天の中心である北極星から取り、王を象徴:写真」、高宗の「扇太和於仁寿:政治を上手く行い、百姓から慕われ、長生きするという意など210点の印章が展示される。

イ・ハンス記者

朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/15/20060815000036.html

Re: 妓生が廃止されなかった理由

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/15 14:00 投稿番号: [303 / 1329]
燕山君(1476−1506)の時代は相当ひどかったのですね。

>奸臣・任士洪を「採紅使(或いは探紅使)」という特別な官職に任命し、各地方、各都の美人の誉れの高い女性達を、人妻だろうが、妾だろうが、一切構わずに強奪させ、「運上」すねように命じた。
宮中の女妓、医女、絃首は勿論のこと、宰相、宗室、族親の妻妾など、手当たり次第であり、また、各都の八歳から十二歳の容色の優れた女達を「運上」させ、これと淫したという記録もある。

今放送している韓国ドラマのチャングムの誓いでは、
彼が幼少の時から義理母として存在してた皇太后が(燕山君の腹違いの弟)実の息子の政治に駄々をこねてハンストしてたけど、
燕山君の時は傍観でスルーだったのかいしら?

(いえ、ドラマの話です。)

妓生が廃止されなかった理由

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/14 02:13 投稿番号: [302 / 1329]
李朝時代、世宗・成宗・燕山君の時代の妓生
http://toron.pepper.jp/jp/syndrome/keysen/richouki.html

Re: れ: 「イ・ヨンエの宮廷料理人」

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/12 17:06 投稿番号: [301 / 1329]
これはred_mangouさん、お久しぶりです。

>日帝時代を経ているのに日本語ができない、というのは何かヘンですね。

確かにそうです。最後の女官達なので日本語教育を受けてないにしても、日本人が経営していた日本料理店で働いてたのに、おかしいですね。
日本人が半島から逃げた店で米国人相手に洋食屋経営してた時は英語をペラペラしゃべってましたよ。

>韓国伝統料理ってのは、どんなもんなんでしょう。

わかりません。
まるいちゃぶ台に、シンプルな金属製食器がこちゃごちゃ並んであんまり美味しそうに見えないのですが。
はっきり言って、日本料理の見栄えと比べると洗練されてません。
海老やお肉って、昔は庶民には食べれないご馳走ですよね。
宮廷料理って今から見るとありきたりの普通な食材で作られたものだったんじゃないでしょうか?
(特別の時はアワビとか出るとしても)
ごま油が使われたナムルだって、農民クラスの家だとご馳走だったかも?

>>ドラマのセリフを教材にした韓国語・韓国文化講座などが付いている。
これを監修した学校よく知っています。

そうですか、さすがですね。
日本人の少年と韓国の少年が出てくるのですが、
ナルオ君で気持ち悪かった〜(-ω-)
タレントの魚の帽子かぶってかん高い声を出してるサカナ君みたい。
イ・ヨンエのファッションとか美容法とかどうでもいい感じ。
韓国語講座、ちょこっと見たけど、スルーしてそのまま返却しそう。

韓国って日本に賞賛される姿が好きなのかな?
韓国版おしん「クッキ」もお菓子が日本の業者に認められるって話があるし、
この料理人の話も着物姿がちらほら見えるパーティ会場で誇らしげに語るチマチョゴリ老婦人だったし。
(しかし、紺・白のあの着物はパーティに着る着物じゃないような、手書き友禅ならわかるけど)

れ: 「イ・ヨンエの宮廷料理人」

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/12 14:49 投稿番号: [300 / 1329]
>日本語通訳を通じて誇らしげに韓国伝統料理の説明をするシーンはしっかりあって〜
日帝時代を経ているのに日本語ができない、というのは何かヘンですね。
で、韓国伝統料理ってのは、どんなもんなんでしょう。ソウル観光で味わうとか、作ってみる、
みたいなのがツアーに混ざっていますが、このドラマと同様にどこも怪しいし。

>ドラマのセリフを教材にした韓国語・韓国文化講座などが付いている。
これを監修した学校、よく知っています。

「イ・ヨンエの宮廷料理人」

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/12 14:26 投稿番号: [299 / 1329]
http://www.k-plaza.com/shop/item.html?l_id=05&m_id=22&item_id=05220202
「イ・ヨンエの宮廷料理人」は「宮廷女官 チャングムの誓い」の基となった作品でイ・ヨンエが10代から70歳の老人役までを演じている。
ドラマのセリフを教材にした韓国語・韓国文化講座などが付いている。


滅びそうな王宮が細々と残り、日本軍が占拠してる朝鮮王宮で、
2人の貧しい女の子が宮廷料理人として成長し、
日帝時代・アメリカ占領時代・朝鮮戦争と時代の移り変わりを体験し、失われた伝統料理を老いて伝えるという話でした。

ウォルナム(イ・ヨンエ)にライバルの女の子が言います。
「宮廷で料理を学んだと言えば、日本料理店ではひっぱりだこよ。」

えっ?

しばらくして、繁盛した和食店で働いてモダンガール姿になったライバル
「和食に私の方法(韓国風ってこと?)を取り入れたの。」

回想で言い合う場面「日本料理店で寿司を握ったわね」



アメリカ占領時代の時はあんなにウォルナム(イ・ヨンエ)は西洋料理を身につけるのに大変で「チーズは豆腐じゃない、薄く切れ」とか、ホイップクリームで寝る前も悩むほど苦戦してるのに、
寿司をはじめとする日本料理の技術取得は楽勝だったのでしょうか。

時代の移り変わりの表現は雑すぎるし、

臨時政府を支援していたライバルの愛人が日本政府に目を付けられ自殺する話とか、
老いてウォルナム(イ・ヨンエ)より長生きしたライバルが
日本語通訳を通じて誇らしげに韓国伝統料理の説明をするシーンはしっかりあって、ちょっとなんだかな〜な感じ。

Re: キムチ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/12 13:36 投稿番号: [298 / 1329]
あげを兼ねてのキムチのお話ありがとうございました。

丁度、ドラマで学ぶ韓国料理「イ・ヨンエの宮廷料理人」のDVDを観たところです。

>朝鮮でもかつては、木の器、小枝の箸、木の匙で、手に器を持って食べていた。
しかし、器を金属にしたら、熱くて重くて、手に持てなくなったため、犬食いスタイルになってしまった。

なるほど・*:・(人´∀`)、そういうことだったんですね。
日本と似たような座敷に座り、低いテーブルスタイル(日本のちゃぶ台の方がもっと低いか)なのに、
西洋のようにお茶碗を持ち上げることの無いマナーは変だと思っていました。

Re: キムチ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/09 21:40 投稿番号: [297 / 1329]
キムチの歴史を自分なりに調べてみました。

>中国の「三国志」、「魏志東夷傳(中国の史書)」の中に、“高句麗人が作った酒、醤油、味噌、塩辛などの発酵食品は良く出来ている”とあり、
>「三国史記」では神文王(新羅時代第31代の王)・・・品目の中にも醤油、味噌、塩辛類が入っており・・

これは、中国の醤油、味噌、塩辛ですね。朝鮮独自のものではありません。

>高麗時代のキムチは、・・・大根を主材料とする・・・

これも、中国から伝わった大根の塩漬け、醤油漬けの「漬物」のことです。

>朝鮮時代には野菜の栽培が盛んに行われ、外国から色々な野菜が流入し、
>キムチの重要な材料である唐辛子は、文禄の役以後に韓国に流入しましたが、それから200年が過ぎた18世紀から積極的にキムチに使われるようになり、キムチが赤くなったのです。

朝鮮時代に唐辛子や白菜が入ってきた。
そして、”中国・清から塩の製造を禁止されていた朝鮮”は、漬物に、塩の代わりに唐辛子をぶち込んでみたら、偶然に少ない塩で美味しい漬物ができた。記録では1700年代のことである。
様々な香辛料を入れるキムチは最近のこと。

商業や農業が初歩的な朝鮮では、食品製造業というのがほとんどなく、
日本のように、中国とは異なる醤油、味噌、豆腐、納豆、お酒、寿司などの食品の発達は、ほとんど見られない。

--------------------------------------------------
本当のキムチの歴史
http://konn.seesaa.net/article/5574355.html

>まず、秀吉軍が朝鮮出兵の再、防寒用具として足に入れていた唐辛子が朝鮮に伝わりました。
>それが朝鮮人に伝わり毒草として栽培されました。
>中国から伝わったニンニクも毒薬として栽培されていました。
>唐辛子を倭芥子と言っていました。

>朝鮮の漬物は中国の漬物と同じでしたが、清により塩の生産が禁じられたためかわりに唐辛子を入れたのがキムチの歴史の始まりです。
>文献に唐辛子を使ったキムチが現れるのは、1766年に発行された「増補山林経済」です。

>驚くほど歴史の浅い料理で保存が利かず、今でも北朝鮮の人は保存食としてキムチより沢庵を食べています。
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その他、朝鮮料理一般についての疑問解消。
http://konn.seesaa.net/article/7113057.html
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エトさんへ、報告。
朝鮮でもかつては、木の器、小枝の箸、木の匙で、手に器を持って食べていた。
しかし、器を金属にしたら、熱くて重くて、手に持てなくなったため、犬食いスタイルになってしまった。
朝鮮には食事の習慣はあっても、日本のような礼法・作法はないらしい。チュウことですね。

キムチ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/08/09 00:29 投稿番号: [296 / 1329]
アップを兼ねて。

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韓国文化院
http://www.koreanculture.jp/culture02.html
キムチの由来及び歴史

韓国民族は古代から野菜をよく食べ、塩を使って塩辛、醤油、味噌などの醗酵食品を作ってきたといいます。韓国のキムチに関する最古の記録としては、中国の「三国志」、「魏志東夷傳(中国の史書)」の中に、“高句麗人が作った酒、醤油、味噌、塩辛などの発酵食品は良く出来ている”とあり、この時代からすでに貯蔵発酵食品が生活の一部となっていたことが分かります。「三国史記」では神文王(新羅時代第31代の王)が683年に結婚をする時のぺベック(結婚の前に新郎が新婦に贈る贈り物)の品目の中にも醤油、味噌、塩辛類が入っており、発酵食品が広く普及していたことを表わしています。そしてこの時代には一定の土地への定着生活が一般化していて、野菜の貯蔵性を高めるための簡単な塩漬けが盛んに行われていたと推定されます。

三国時代以後から登場した高麗時代のキムチは、単に冬用の食品としてだけではなく、季節に関係なくいつでも楽しめる調理加工食品として変わり始めました。この時代は調味料が発達し、各種野菜に香辛料を混ぜてつくったキムチがあったものと推定されます。この時代のキムチは大根を主材料とするドンチミ(大根を塩水に漬けた水キムチの一種)、チャンジ(大根の塩漬け)、ジャンアチ(大根、キュウリなどを醤油に漬けたもの)が多く、今日のような白菜と唐辛子粉を主材料とするキムチは朝鮮時代の中期以後に白菜と唐辛子粉が流入してから普及したと推定されます。

朝鮮時代には野菜の栽培が盛んに行われ、外国から色々な野菜が流入し、キムチの製造法とキムチの材料がもっと多様になりました。朝鮮時代の中期には商業の発達によって各種野菜や果物の栽培、園芸農作物、薬草が普及しキムチの材料として使われるようになりました。「飮食知味方」(1670年頃作られた韓国最初の飲食調理書)にはニンニクをキムチに加えたことや、肉類の雉とキュウリを一緒に漬けたセンチキムチも記録されています。1766年に書かれた「増補山林経済」では、現在のキムチの代名詞である白菜キムチが“スンチンジョ”と書かれてあり、キムチに魚と肉が加わったことが分かります。

朝鮮中期を経て、韓国のキムチは白い素朴な姿から現在のような赤く華麗な姿へと変身しました。キムチの重要な材料である唐辛子は、文禄の役以後に韓国に流入しましたが、それから200年が過ぎた18世紀から積極的にキムチに使われるようになり、キムチが赤くなったのです。そして単純なキムチから唐辛子、ネギ、ニンニク、生姜などの調味料や塩辛、各種海産物を一緒に混ぜ、漬けることによって今日のようなキムチが誕生しました。その後は果物、肉類、松の実など好みに合わせた材料を加えるなどの変化が見られます。

東亜様、行ってらっしゃいまし

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/08/05 14:58 投稿番号: [295 / 1329]
律儀にお知らせいただきありがとうございます。

何をお勉強しに行かれるかわかりませんが、
中国からの視点からの李朝のお話とか
できたらお聞きしたいものです。

私も色々忙しく、どうでもいいつぶやきスレには投稿するのに、
こちらは資料を読んだりする手間もあってご無沙汰してしまいました。

東亜様もはじめ、他の方々にもあげていただき、感謝しております。

れRe: >朝鮮王が、日本の天皇陛下の臣下

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2006/08/05 13:51 投稿番号: [294 / 1329]
>李氏朝鮮王朝の滅亡は1947年なんですね。
「大韓帝国の成立」の189?年か、「日帝支配」の1910年ではないでしょうか。

ところで、こういうのメッケました。
http://blog.naver.com/bu1220?Redirect=Log&logNo=50005388478
「李氏朝鮮の文化」だそうです。
「李氏朝鮮の文化の大略、次のことです。
李朝歴史観と李朝時代の精神文化ですが…
被害意識
劣等意識
事大意識
?(分かりません)
事故卑下
兄弟仲がよければ嫉妬
兄弟中傷
……」
誤訳もあるでしょうが(ちゃんと辞書引けよ)、そんなことが書かれています。

Re: >朝鮮王が、日本の天皇陛下の臣下

投稿者: kusuo1 投稿日時: 2006/08/05 08:04 投稿番号: [293 / 1329]
李氏朝鮮王朝の滅亡は1947年なんですね。

うるるさま

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/08/05 03:23 投稿番号: [292 / 1329]
私、今日から2週間、中国に留学してまいります。
トピ主代理という大任をお受けしながら、お留守にすることと報告が遅れたことをお詫びします。
2週間当トピのほうをどうかよろしくお願いします。

李朝朝鮮の身分制度

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2006/08/02 09:25 投稿番号: [291 / 1329]
ガイシュツだったらごめんなさい

アゲを兼ねてますもんで(笑)

ttp://www31.ocn.ne.jp/~matsuo2000/D/Kaihosha6.htm

Re: 宮女

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/07/27 22:41 投稿番号: [290 / 1329]
>>順序は階級順

>お、以前に師父がいい加減な訳をしていたやつを修正補強していただけるものですね。


>>2、繍房   −   宮中で所用する服飾または装飾品に刺繍を刺す
>>3、針房   −   王や王妃の衣服や枕やヌビ、王宮で所用する各種衣服を作る

>衣服の作製と、刺繍は別なのですね。

申し訳ありません。
韓国の刺繍と宮女の階級は、下記のサイトからの引用です。(笑)
正確な知識については、トピ主殿の宿題にしましょう。(笑)
トピ主殿はこのところ、どこで遊んでいるのでしょうかねえ。(笑)

------------------------------------------------ -
http://myseoul.hp.infoseek.co.jp/shoulder/sishu.htm
「韓国刺繍について」

トチョン内人
針房・繍房などを言った。内人は刺繍を刺したり、絵を描いたり、筆も上手かった。トチョン内人はいつも人員が不足して随時選出した。大体7、8歳で連れてきて技術育成をし、ほかのところは12、13歳で入宮させた。針房・繍房は至密の次に知られた優雅で慎ましやかなところだった。選出するとき一番大事な条件は、先祖が謀反を犯し烙印を押された家は許されず、また、近所に悪い病気を持った人がいないこと。ほかに面接のようなことがあり、推薦をされたらその場の責任者の尚宮と色掌内人が出かけて対面して決定した。

宮中に入る前に衣次で明紬1反を貰い受ける。韓服のチョゴリは黄色、チマは青、白ズボンを着てかごに乗って宮中入りする。トチョン内人は高宗(1863-1907)33年まで選出された。内人の服装は王妃が着る黄色いチョゴリは禁止され、ピンクのチョゴリを着せられた。娘が内人に決まり入宮が決まると、洗濯・針仕事は実家でやりのけておく。冠礼して家事を教え花嫁修業まで支度しておくので貧しい家では嫁に出すより経済的にもつらかった。

「韓国飲食大鑑より」抜き出したものですが、洗水間・焼廚房・生果房・洗踏房は處所内人と呼ばれ、別に隔てなく簡単に入れるところで身分の低いものも入ることができた。とも書かれており、繍房・針房の内人たちがそれなりの教育を受けたものだけが入る特別なところだと想像できます。

Re: 宮女

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/07/27 18:56 投稿番号: [289 / 1329]
>韓国   朝鮮時代(李氏朝鮮)宮女たちの任務

>順序は階級順

お、以前に師父がいい加減な訳をしていたやつを修正補強していただけるものですね。師父に代わって御礼申しあげます。

>2、繍房   −   宮中で所用する服飾または装飾品に刺繍を刺す

>3、針房   −   王や王妃の衣服や枕やヌビ、王宮で所用する各種衣服を作る

衣服の作製と、刺繍は別なのですね。

宮女

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/07/23 21:45 投稿番号: [288 / 1329]
「承政院日記」を調べていたら出てきましたので、既出でしょうが、アップを兼ねて投稿しておきます。

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知られざる宮女の実態に迫る『宮女』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/04/30/20040430000067.html

>『朝鮮王朝実録』と『承政院日記』の膨大な記録の中でも宮女についての記述はほぼ見当たらない。
>宮女とは原則的に「王の女」だったため、王以外に知られてはならない存在だったからだ。
>ところが意外にも逆謀事件に関する法廷記録である『推案及鞫案』には、宮女たちの詳細についてが具体的に記されており、この本の中心的資料となった。
>宮女に対する多くの疑問はこの一冊でほぼ解決する。

>「時代劇で部屋の扉を開ける宮女は24時間寝ずに待機しているのか?」。
>昼夜交代制で通常は12時間働いて36時間休んだ。

>「王の寵愛を受けられなかった宮女はどうやって性的不満を解消したのだろうか?」
>宦官や別監とのスキャンダル、若しくは同性愛に至ったという記録も多く見られる。

>「余暇の時間はどう過ごしたのか?」
>縫物や物書き、投壺(矢を壺の中に投げ入れる遊戯)などを楽しんだ…。

>3年前にこの世を去った“最後の宮女”を紹介した最終章はもの悲しい。
>1966年まで純宗の皇后である尹皇后に仕えた成玉艷(ソン・オクヨム)尚宮は出家をして暮らしていたが、遺品は財布に残っていた2万3000ウォンがすべてだったという。
>もしかしたら初の女性専門職だったかも知れない彼女たちの人生は、最後まで前近代の桎梏から脱することができなかったのだろう。
----------------------------------------------------------
韓国   朝鮮時代(李氏朝鮮)宮女たちの任務

順序は階級順

1、至密   −   秘書のような役割

2、繍房   −   宮中で所用する服飾または装飾品に刺繍を刺す

3、針房   −   王や王妃の衣服や枕やヌビ、王宮で所用する各種衣服を作る

4、洗水間   −   王や王妃の洗顔、お風呂、トイレなどの世話係

5、焼廚房   −   食事のお世話をする

6、生果房   −   デザート・茶菓の世話をする

7、洗踏房   −   洗濯をする

8、僕伊處   −   燈火をつける

9、退膳間   −   配膳係、火炉の管理

Re: 李朝朝鮮

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/19 22:12 投稿番号: [287 / 1329]
こういうものがありました。
つっこむところもいろいろあるのですが。

・・・・・・・

朝鮮時代の人々の暮らし - その1.身分制度と女性の暮らし

16世紀中頃の韓半島の人口は1千万人を超える程度だったと推測されます。政府は3年ごとに所帯数と人口の調査を行いました。この調査の時には年齢に従い老年、壮年、少年、子どもに区分されました。ただしこの中には10歳以下の幼児は含まれていません。これはハシカや栄養失調で死亡する幼児、乳児の数が多かったからです。また、60,70歳以前に死亡するのが一般的だったので、50歳を過ぎれば老年に分類されていました。

当時は厳しい身分制度の世の中でした。建国直後には良民と賎民に分けられ、さらに良民は両班と一般良民に分かれていました。朝鮮の建国当初は両班でなくとも、能力さえあれば両班に身分上昇することが可能だったのです。しかし食べていくだけでもやっとというほどに貧しく、各種軍役などにあえいでいた人々にとっては科挙の勉強をする余裕はありませんでした。結局、両班階層が大部分の管理職を独占し、彼等が朝鮮の社会を実質的に動かすようになります。

17世紀に入り、両班は軍役を免除されるという特権を得るようになります。また両班階層と一般良民階層の間に中人階層が登場してきますが、彼等も世襲的な性格が強く、そのため17世紀になり両班、中人、一般良民、賎民の4つの身分に分かれるようになります。両班と一般の良民の間に位置した中人階層は、外国語、医学、法律などの専門的な知識を備えた人々と、行政の実務者で今の公務員にあたる人々で構成されていました。そして中人階層の中でも外国語を通訳する訳官の勢力は無視できないほどの力をもつようになります。通訳官らは外交だけではなく、貿易でも重要な役割を果たしました。
両班と中人は朝鮮社会で権勢を握る特殊な身分でした。ではそれ以外の大部分の人々は何をしていたかと言うと、農民でした。農業は朝鮮時代の最も重要な産業でした。そのため農民は商人や手工業者よりも社会的に上の待遇を受けていました。もちろん、商人や手工業者の国家経済に占める役割も無視できません。国家はいろいろな特権を保証してやるという方式で、商業を奨励していました。

そして一番低い階層として、賎民階層がありました。ここには奴婢、広大と呼ばれた大道芸人、そして家畜の食肉処理を担当した白丁がいました。このように厳格に区分された身分は強力な差別政策を伴いました。

朝鮮時代にはこの4つの身分の他に特別の身分階層がありました。庶オルと呼ばれるもので、父が両班でも母が妾や奴婢である子どもたちとその子孫のことです。朝鮮王朝が成立した直後、家族制度と関連した規制に変化を生じ、妻妾制度が確立しました。官吏など権力と財産のある人々が正式の夫人以外に別途に側室を得る場合、その女性を妾、側室とすることにしたのです。そして両班出身ではあるけれども妻ではない、側室との間にできた子を庶子、賎民階級の妾との間にできた子をオル子と呼び、この2つを合わせて庶オルと言っていました。これは朝鮮時代第3代王の太宗が始めた政策です。

このような身分差別以外にもう一つの差別がありました。男女の差別です。性理学を統治理念とした朝鮮王朝はすべての生活風習も性理学の倫理に従うようにします。そして朝鮮王朝は性理学を定着させるために内外法を強化しました。この法律は男女間の自由な接触を防ぐために女性の活動を規制する法律です。また17世紀から女性は財産の相続権も失い、すべての権利は息子に受け継がれる父系中心の世の中になります。そして女性は結婚しても息子を産めないと、離婚させられてしまうという差別を受けるようになります。17世紀以後、女性の社会的地位は低くなり差別と抑圧の中で暮らすようになります。そのため、この時代の女性の最も大きな美徳は服従でした。

http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_click_detail.htm

種受(シバジ)

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/07/14 21:49 投稿番号: [286 / 1329]
日本が禁止するまでこんなことをしていた民族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE%E5%8F%97

種受け(シバジ)とは、朝鮮半島において、李氏朝鮮時代まで存在した職業の一つで、後継ぎがいない名家の主人と性交をし、後継ぎの男の子を出産する事により代金を得る職業である。 嫉妬した夫人に虐待される事も多い。 男子では無く、女子が生まれた時は、その子は引き取られ、母親と同じ種受となり、世継ぎの子を出産したら顔も見ない内に直ぐにその家を立ち去る事がシバジの掟である。種受は日韓併合後に禁止された。

『朝鮮』に音読みしかないのはなぜか

投稿者: yu_dablu 投稿日時: 2006/07/14 21:47 投稿番号: [285 / 1329]
  もしも『朝鮮』という国名の起源が古代にまでさかのぼることができ、その古代王朝が半島独自の民族がつくったものだとするならば、『朝鮮』という言葉に音読みしかないのはおかしいと思う。

  音読みとは古代中国語の発音が起源であり、ウラル・アルタイ語系と言われる日本語・韓国語とは本来系統のことなる言語である。日本人や韓国人は一説によるとツングース系と言われ、その言語からも推察されるように基本的に中国人(漢族)とは民族・言語の系統を異にする。

  そのため日本語に大和言葉があるように、韓国語にも漢字に由来しない朝鮮民族固有の言葉が存在する。それなのになぜ『朝鮮』という国名に漢字の音読みしか存在しないのだろう。

  日本語の『日本』には、古代中国語に由来する音読みの「ニホン・ニッポン」のほかに、「ヤマト」という大和言葉による読み方がある。韓国の首都『ソウル』だって恐らく音読みではなく、韓国版の大和言葉のようなものだろう。

  なのになぜ肝心の国名である『朝鮮』に音読みしかないのか?そのことが『朝鮮』という国名の起源を物語っているのではないだろうか。そしてもし本当に紀元前に古代朝鮮王朝が存在したのだとしても、その王朝が中国系の民族によるものだったことの証のように思う。

  朝鮮民族は、自らの国名と民族名が漢字の音読みでしか読み表せないことの意味するところをもっと良く考えてみるべきだと思う。

Re: 朝鮮第10代王燕山君の墓初公開

投稿者: honkytonk_woman_2005_x 投稿日時: 2006/07/12 03:11 投稿番号: [284 / 1329]
>わが国の「淡路廃帝(はいだい)」

>あ、「淳仁」「仲恭」は明治時代になってから贈った諡号ですから。

むむむ…!

Re: 朝鮮第10代王燕山君の墓初公開

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/07/12 03:01 投稿番号: [283 / 1329]
>漢籍の   と言うのはどういうものなのか   ご教示ください

すいません。四字熟語になるのは「撥乱反正(乱をおさめて正しきにかえす)」でした。クーデターを起こした側からすれば正義を回復した、ということになりますので。
元ネタは春秋公羊伝(哀公十四年)の「撥乱世、反諸正」です。

このように、天皇の漢風諡号の多くは、漢籍に出展・元ネタがあります。師父は10年ほど前に大学のレポートを書くさいに、森鴎外「帝謚考」を読んで調べたことがあります。履中の元ネタはなんだったっけ?

しかし、この熟語って「乱をひらいて正しきにそむく」と正反対の意味にも読めてしまいますね。

Re: 朝鮮第10代王燕山君の墓初公開

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/07/12 02:27 投稿番号: [282 / 1329]
>漢籍にいう「履中反正」を使った表現ですね。

イルボソでは履中反正と言えば   オホササギノスメラミコトのあとの
オオエノイザホワケとタジヒノミズハワケの両スメラミコトですが

漢籍の   と言うのはどういうものなのか   ご教示ください

トピズレでスマソ

Re: 朝鮮第10代王燕山君の墓初公開

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/07/12 02:18 投稿番号: [281 / 1329]
>遼の海陵王はどうなるんでしょーね?

北方の蛮族が皇帝なんておこがましくてー。
でも、ほんとどうしたんでしょうね。

>支那辺りで廃帝なんか出るようでは   その王朝はもはや末期的   滅亡のカウントダウン真っ盛りですが

外戚や権臣の人形さんですね。あとは禅譲を待つのみ。

>李氏朝鮮ではまだ   日本の皇室に似て   廃帝が出ても王朝滅亡には至らなかったのですね

燕山君:実母が宮中の争いに巻き込まれ殺害されたせいもあって人間不信。
国立大学をキーセン養成所にして、自分を批判する文章がハングルで書かれていたためハングルを弾圧、結局中宗にクーデターを起こされる。
世にいう「中宗反正」。←漢籍にいう「履中反正」を使った表現ですね。

光海君:朝鮮出兵で荒廃した国力を立て直すため奮闘し、国力・軍事力の現状を考慮することなく後金に対し強硬論をとなえる臣下を抑え続ける。
結局、クーデターで廃位。その後朝鮮は「春秋の大義」に従って後金に無謀な勝負(しかも臣下は口先だけ勇ましく、現実の軍備の整備はまったくしない)に出て惨敗。三田渡で屈辱の講和。これ以降後金(清)に莫大な貢物を献上し続け、三跪九叩頭するはめに・・・

Re: 朝鮮第10代王燕山君の墓初公開

投稿者: justina_eto 投稿日時: 2006/07/12 02:05 投稿番号: [280 / 1329]
>>燕山君の墓は「陵」ではなく「墓」と呼ばれる。中宗反正というクーデターにより王の座を追われたからだ。

>なんだか、わが国の「淡路廃帝(はいだい)」とか「九条半帝」にやや似てはいるみたいですね。


遼の海陵王はどうなるんでしょーね?

支那辺りで廃帝なんか出るようでは   その王朝はもはや末期的   滅亡のカウントダウン真っ盛りですが
李氏朝鮮ではまだ   日本の皇室に似て   廃帝が出ても王朝滅亡には至らなかったのですね
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